著者
杉田 典正 海老原 淳 細矢 剛 神保 宇嗣 中江 雅典 遊川 知久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2038, (Released:2021-08-31)
参考文献数
62

環境省レッドリストに掲載された多くの分類群は、個体数が少ない、生息地がアクセス困難であるなどの理由から保全管理計画の策定に必要な情報が不足している。博物館は過去に採集されたレッドリスト掲載の分類群の標本を所蔵している。ラベル情報に加え形態・遺伝情報を有する標本は、保全に関する様々な情報を供給可能である。しかし、標本の所在情報は各博物館の標本目録や台帳に散在しており標本の利用性は低かった。これらの情報は公開データベース等で共有化されつつあるが、情報の電子化・共有化は不完全であり、依然として利用性が低い状況にある。本研究は、環境省レッドリスト 2019ならびに海洋生物レッドリスト 2017に掲載の絶滅危惧種(絶滅と野生絶滅、絶滅危惧 I類のみ対象)の標本所在情報を集約するために、国立科学博物館の標本データベースおよびサイエンスミュージアムネット( S-Net)の集計と聞き取り等による標本所在調査をおこなった。国内の博物館は、約 95.9%の絶滅危惧種につき標本を 1点以上保有し、少なくとも 58,415点の標本を所蔵していた。海外の博物館も含めると約 97.0%の絶滅危惧種の標本所在が確認された。約 26.5%の絶滅危惧種が個体群内の遺伝的多様性の推定に適する 20個体以上の標本数を有した。本研究により絶滅危惧種標本へのアクセスが改善された。これらの標本の活用により、実体の不明な分類群の検証、生物の分布予測、集団構造、生物地理、遺伝的多様性の変遷といった保全のための研究の進展が期待される。一方でデータベースの標本情報には偏りが認められ、例えば脊椎動物はほとんどの高次分類群で 50%以上の絶滅危惧種の所蔵があったが、無脊椎動物では全く所蔵のない高次分類群があった。採集年代と採集地にも偏りがあり、 1960 -1990年代に標本数が多く、生息地間で標本数が異なる傾向があった。データベースの生物名表記の揺れや登録の遅延は、検索性を低下させていた。利用者が標本情報を使用する際は情報の精査が必要である。保全への標本利用を促進するために、データベースの網羅性と正確性を向上させる必要がある。博物館は、絶滅危惧種に関する標本の体系的な収集、最新の分類体系に基づいた高品質データの共有化、標本と標本情報の管理上の問題の継続的な解決により、絶滅危惧種の保全に標本が活用される仕組みを整えることが求められる。
著者
大澤 剛士 三橋 弘宗 細矢 剛 神保 宇嗣 渡辺 恭平 持田 誠
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2105, (Released:2021-10-31)
参考文献数
56

Global Biodiversity Information Facility(GBIF)日本ノード JBIFは、体制を刷新した 2012年以降、国内における生物多様性情報に関わる活動の拠点として、生物多様性に関わるデータの整備や公開、それらの支援、普及啓発等の活動を行ってきた。日本は 2021年 6月をもって GBIFの公式参加国、機関から外れることが決定しているが、 JBIFは引き続き同様の活動を継続していく。本稿は、 JBIFのこれまでの主な活動をまとめると同時に、国内における生物多様性情報が今後進むべき方向、課題について意見を述べ、日本の生物多様性情報の発展について今後必要と考える事項について提案する。
著者
細矢 剛
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.209-214, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
12
被引用文献数
2

地球規模生物多様性情報機構(Global Biodiversity Information Facility、GBIF)は、地球規模で生物多様性情報を収集・提供する機構である。GBIF は、国、研究機関などの公式の機関が参加者となり、意思決定は、年に1 回開催される理事会においてなされる。実質的な運営は執行委員会と事務局が担っている。各参加国からのデータは、ノードと呼ばれる中核機関を通じてGBIF に提供されており、現在5.7 億件の標本情報、観察情報をだれでもホームページからダウンロードして利用できる。日本国内の活動は日本ノード(JBIF)が担っており、国立科学博物館(科博)・国立遺伝学研究所(遺伝研)・東京大学が拠点となって、GBIF への情報提供のほか、普及活動、アジア地域での活動への対応がなされている。GBIF の活動は世界6 地域に地域化し、日本はアジア地域で最多のデータ提供国であるが、アジアからのデータ数はGBIF 全体の3%に過ぎず、いっそう活発な活動が求められる。今後、データの統合・利用の互換性を維持のための技術的な問題の他、コピーライトの問題など、解決しなくてはならない課題が多数あるが、生物多様性情報学的な常識・基礎知識の普及や、オープンアクセスなど、オープンマインドな知識共有の文化醸成が今後の課題である。
著者
草本 真実 白水 貴 保坂 健太郎 細矢 剛 Kusamoto Mami Shirouzu Takashi Hosaka Kentaro Hosoya Tsuyoshi
出版者
三重大学大学院生物資源学研究科
雑誌
三重大学大学院生物資源学研究科紀要 = The bulletin of the Graduate School of Bioresources Mie University
巻号頁・発行日
vol.47, pp.1-11, 2021-12

Auricularia specimens deposited in the National Museum of Nature and Science, Japan, were observed to reexamine their species identification based on updated taxonomic criteria, and to verify the taxonomy and distribution of Auricularia spp. in Japan. Four of the ten specimens previously identified as A. auriculajudae were reidentified as A. americana (1), A. cornea (1), and A. villosula (2) based on morphological criteria such as medullae, abhymenial hairs, and basidiospores. The remaining six specimens could not be identified at the species level due to the lack of distinguishing morphological characteristics. Two of the five specimens previously considered A. minor were identified as different species due to basidiospore size discrepancy, but the remaining two specimens and the type specimen were in poor condition, and their basidiospores could not be properly observed. Three of the nine specimens previously identified as A. polytricha were reidentified as A. cornea based on morphological criteria. The remaining six specimens were not identified as A. polytricha. The type specimens of A. polytricha f. leucochroma and A. polytricha f. tenuis were in poor condition, and their basidiospores could not be properly observed. Reexaminations of existing specimens based on recent taxonomic criteria will contribute to updating the taxonomy and distribution of Auricularia spp. in Japan.
著者
細矢 剛 神保 宇嗣
出版者
デジタルアーカイブ学会
雑誌
デジタルアーカイブ学会誌 (ISSN:24329762)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.159-162, 2022-11-01 (Released:2023-01-05)
参考文献数
18

自然史データの代表として生物多様性情報をとりあげ、その基盤となる標本情報の集積・利用上の課題を議論した。国立科学博物館においては、館内のデータ管理には「標本・資料統合データベース」が、国内の自然史博物館のデータの集積を目的として「サイエンスミュージアムネット(S-Net)」がある。両者のシステム導入とデータの長期保管・長期利用における課題をスペック、仕様書、長期の維持と保証、データフォーマットとデータ移行の点から比較した。これらの観点に加え、今後は外部連携・セキュリティなどが評価できる人材の育成や、システム構築のノウハウ共有が大切である。
著者
大野 理恵 細矢 剛 真鍋 真
出版者
デジタルアーカイブ学会
雑誌
デジタルアーカイブ学会誌 (ISSN:24329762)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.211-213, 2020 (Released:2020-04-25)
参考文献数
6

国立科学博物館では2019年4月現在、470万点以上の自然史系および理工系の標本資料を管理・保管している。館内の膨大な数かつ多種多様な分野にまたがる標本資料を一元的に管理し、またその情報を一般市民に公開するため、当館では標本資料統合データベース(以下統合DB)を管理・運用している。統合DBに登録されている自然史系標本のデータは、S-Net(サイエンス・ミュージアムネット)やGBIF(地球規模生物多様性情報機構)、ジャパンサーチに提供され、公開されている。本発表では、統合DBの概要と利用状況について紹介するとともに、統合DBが有する様々な課題について報告する。
著者
中江 雅典 細矢 剛
出版者
デジタルアーカイブ学会
雑誌
デジタルアーカイブ学会誌 (ISSN:24329762)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.345-349, 2019-06-24 (Released:2019-08-30)
参考文献数
5

日本国内における自然史標本コレクションの電子化の進捗状況を把握するためのアンケート調査を行った。その結果、節足動物、維管束植物および魚類のコレクション規模が大きいこと、藻類、無脊椎動物化石および鳥類コレクションで電子化の進捗率が相対的に高いこと、標本の画像化はどの分類群のコレクションでも進捗率が低いことが明らかとなった。また、多くの機関がコレクション全体を徐々に電子化させる方針であるが、電子化の作業は主に非常勤職員が担い、職員の時間がなく、資金もなく、必要作業量が膨大であるため、電子化の遂行に苦労しているとの傾向・状況が明らかとなった。
著者
大澤 剛士 細矢 剛 伊藤 元己 神保 宇嗣 山野 博哉
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.215-220, 2016 (Released:2016-06-01)
参考文献数
21
被引用文献数
1

要旨: 2013 年、生物多様性情報学の世界的な現状と課題をまとめた地球規模生物多様性情報概況(Global Biodiversity Informatics Outlook: GBIO)が公開された。これは地球規模生物多様性概況(Global Biodiversity Outlook: GBO)の生物多様性情報分野版に相当するもので、生物多様性情報学という分野の趨勢を確認し、今後を見据える重要文書である。筆者らGBIF 日本ノードJBIF では、本文書を意訳し、オープンデータライセンス(CC-BY)で公開した。さらに文書の公開に併せて公開ワークショップを実施し、国際的な状況と日本の現況について議論を行った。その結果、生物多様性情報の分野において、国際的な課題と日本の課題の間にはギャップがあることが見えてきた。本稿は、GBIO 翻訳版の公開に併せ、2014 年12 月15 日に開催された第9 回GBIF ワークショップ「21 世紀の生物多様性研究ワークショップ(2014年)「日本と世界の生物多様性情報学の現状と展望」」における議論をもとに、日本における生物多様性情報の現状と課題について論じる。
著者
細矢 剛 保坂 健太郎
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.6, 2008

「菌類」は俗に言う「日陰者」であり,一般には,悪いイメージでとらえられる.科博における大学・一般を対象としたアンケート調査(n=29)でも,菌類からイメージされる形容詞には「汚い・怖い・暗い・くさい・しぶとい」など,どちらかというとネガティブな単語が並ぶ.しかし,菌類は自然界では環境の調和を図る存在として重要な役割を担うばかりでなく,人間とも様々な利害関係を持っている.このような重要な存在をアピールし,菌類の知名度を向上するため,国立科学博物館では,日本菌学会にも協力を得て,本年10月より,菌類をテーマにした特別展を開催する予定である.本講演では,この展覧会の内容を紹介し,話題提供としたい.本展覧会は以下のような構成である.0)プロローグ:生命の星地球は菌類の星(コミック「もやしもん」のキャラクターなどによる展覧会全体の紹介),1)菌類の誕生と多様化(菌類の化石を展示し,地球と菌類の生命史を紹介する),2)菌類ってどんな生物(二界説・五界説など生物の世界での菌類の立ち位置を紹介し,バクテリア,変形菌など紛らわしい生物についてもとりあげる),3)菌類のすがた(各門の代表的な菌類を紹介する.大型の菌類は樹脂含浸品,液浸標本を展示する.微小菌類は拡大模型・写真),4)光るきのこのふしぎ(ヤコウタケ),5)きのこKids(においをかいでみよう,音をきいてみよう,さわってみよう,顕微鏡をのぞいてみよう,などの体験コーナーで,菌類に実際にふれていただく,子供を主な対象としたコーナー),6)菌類が支える森(寄生・共生・腐生によって様々な形で他の生物と関わる菌類の自然界の中での姿を紹介し,環境の中での菌類の役割を考える),7)菌学者の部屋(日本の菌学の発展に貢献した菌学者の紹介),7)菌類と私たちの生活(アイスマンのきのこ,縄文きのこ,コウジカビから始まる菌の利用,鎌倉彫,食用きのこ,毒きのこ,など),8)菌類研究最前線(カエルツボカビなど),9)菌類と地球の未来.以上の展示を通じ,菌類が人間の活動や自然界で欠かせない,無視できない存在であることをアピールする.
著者
細矢 剛
出版者
一般社団法人 情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.54-59, 2021-02-01 (Released:2021-02-01)

どのような生物が,いつ,どこに存在したかを記述したオカレンスデータは,生物多様性情報の基盤である。オカレンスデータは,集積し,時間軸や空間軸に沿って解析されることによって大きな意味をもつ。オカレンスデータは,ダーウィンコアによって標準化されている。GBIF(地球規模生物多様性情報機構)は,世界スケールで標準化された生物多様性情報を集積・提供しており,その活動には日本も大きく貢献している。集積されたデータによって,気候変動,健康や経済に関する予想,保全生態学的知見などが得られる。データの追跡はDOIの利用によって可能となり,DOIは種概念の整理にも役立っている。
著者
細矢 剛 神保 宇嗣 中江 雅典 海老原 淳 水沼 登志恵
出版者
デジタルアーカイブ学会
雑誌
デジタルアーカイブ学会誌 (ISSN:24329762)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.60-63, 2018 (Released:2018-05-18)
参考文献数
5
被引用文献数
1

気候変動解析や保全政策などのためには、どこにどのような生物がいたかというオカレンスデータ(在データ)は重要であり、多数のデータを集積して利用するという活動が必要となる。GBIF(地球規模生物多様性情報機構)はこの目的で2001年に設立された。この活動のため、日本の機関から生物系の自然史データを収集し、国内利用のためにデータを公開しているのがサイエンス・ミュージアムネットである。S-Netは、国立科学博物館が運営する標本情報の公開サイトであり、現在80を超える日本全国の協力機関から収集された450万件の自然史標本データが公開されており、検索・ダウンロードの他、検索結果を地図に表示することができる。これらのデータは、チェックリストの作成や、分布域の予想などに利用されている。S-Netから公開されているデータの大部分は動物および植物であり、菌類のデータ数は限られている。また、データは日本全域をカバーしてはいるが、数は全国で一定ではない、などの課題も多い。
著者
佐藤 豊三 埋橋 志穂美 細矢 剛
出版者
首都大学東京
雑誌
小笠原研究 (ISSN:03868176)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.59-160, 2010-03

Approximately 1,000 taxa of fungi found and/or collected in the Bonin Islands were listed based on previous reports, collection data of dried specimens and background dataset of living cultures. Five hundred 6 (50.8%), 203 (20.4%) and 180 (18.1%) of them belong to Basidiomycota, Deuteromycota (Mitosporic Fungi) and Ascomycota, respectively. The others (total 10.7%) are mixomycetous (56 taxa), zygomycetous (24 taxa), chytridiomycetous (14 taxa), oomycetous (12 taxa) and blastocladiomycetous (1 taxon) fungi. About 100 taxa containing texts, "bonin", "munin", "ogasawara," "chichi", "haha", in their scientific and/or common names were found in the list. It indicates that at least 10% of taxa reported from the islands have type localities there and/or endemic. More taxa new to the islands will obviously turn up if various mycologists repeatedly place the full weight of their effort on collecting and identifying materials there, because those found are merely ca. 8.3% of known species of fungi in Japan.小笠原諸島で採集・発見・同定された菌類のうち文献として公表され、あるいは標本や分離菌株が公的機関に保存されている約1,000 学名(分類群)を網羅した。その主な内訳は担子菌類506 種(50.8%)、不完全菌類203 種(20.4%)、子のう菌類180 種(18.1%)で、残りの10.7%は変形菌類56 種、接合菌類24 種、ツボカビ類14 種、卵菌類12 種、コウマクノウキン類1 種である。学名や和名のローマ字表記の中に"bonin"、"munin"、 "ogasawara"、 "chichi"、 "haha"の語を含む種等が100 以上あることから、少なくとも10%の分類群が同諸島をタイプロカリティーとしており、また、その中には特産種も含まれているものと思われる。リストアップされた菌類は国内既知種の8.3%に過ぎず、今後、様々な菌学者が繰り返し同諸島の菌類を採集・同定することにより、さらに多くの種が明らかになると予想される。