著者
瀧山 健 進矢 正宏
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.112-122, 2016-09-05 (Released:2016-10-31)
参考文献数
20

多くの運動学習実験は実験室環境にて行われてきた.実験パラダイムとしてしばしば,巨大で高価なマニピュランダムが必要となる腕の到達運動と外乱学習が用いられる.すなわち,運動学習実験を行うためには,巨額の資金と広い実験スペースが必要不可欠である.被験者もまたマニピュランダムが設置された実験室へ移動する負担を課せられる.この負担は特に,感覚運動疾患患者(脳卒中患者など)を対象とした実験を行う際に大きな問題となる.本研究では無料で利用できるゲーム開発エンジンUnity3Dを用いて,スマートデバイス(スマートフォン・タブレット端末等)上で運動学習実験を行う新たなアプリケーション,Portable Motor Learning Laboratory(PoMLab)を開発した.人口の7割以上が所有しているスマートデバイスを利用することで,安価に,被験者の都合が良い時間・場所にて,実験室への移動という負担を強いることなく,いつでもどこでも運動学習実験を行うことが可能となる.加えて,Unity3DではAndroid,iOS,Windowsなどオペレーティングシステムに依存しないマルチプラットフォームアプリケーションの開発が容易であり,所有しているスマートデバイスを用いていつでもどこでも運動学習実験を行うことが可能となる.本研究ではPoMLabの開発,そして性能評価を行った.実験室にてPoMLabを用いた運動学習実験を行った後に,PoMLabの場所依存性・時間依存性を検証するため,スポーツサイエンスの授業中に実験データを取得した.その結果,場所依存性・時間依存性は認められず,PoMLabを用いていつでもどこでも運動学習実験データを取得できる可能性を支持する結果を得た.そして従来の運動学習実験との関係を検証するためにマニピュランダムを用いた実験とPoMLab を用いた実験との比較を行った.より統制された実験環境であるマニピュランダムを用いた実験ではデータのばらつきが少なく,より多くの運動学習効果を獲得できることが判明した一方,PoMLabを用いた実験ではいつでもどこでも被験者への負担が少なく運動学習実験データを取得可能であり,加えて被験者は実験設定に気づくことなく運動学習が進むことが判明した.したがって,マニピュランダムを用いた実験系とPoMLabを用いた実験系とでは異なる利点を有する,互いに相補的な実験系であると言える.以上の結果は,マルチプラットフォームアプリケーションであるPoMLabを用いることで,いつでもどこでも負担少なく運動学習実験を行うことができる可能性を支持している.
著者
望月 彰子 大森 隆司
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.81-89, 1996-09-05 (Released:2010-12-13)
参考文献数
11
被引用文献数
5 4

In our real life, it is well known that our cognitive process is always influenced by our environment. It is called as “context dependency” of the cognition. In this paper, we propose a memory model “PATON” that is based on a macroscopic structure of a cortico-hippocampal memory system; it has three components of a symbolic layer, a pattern layer, and an attentional system. The attentional system sends signals to control a change of the model's structure dynamically. The change induces a modulation of metric between memorized items. Computer simulation shows an association process dependent upon a context based on the modulation.
著者
古川 徹生
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.10-17, 1998-03-05 (Released:2011-01-17)
参考文献数
37

The discovery of nitric oxide (NO) as an intercellular messenger brought about new concepts regarding the induction of synaptic plasticity in the neural circuits. Its importance has been recognized since the first enthusiasm, though certain inconsistent results have been reported recently on the effects of NO. In this review, latest studies are surveyed focusing on the functions of NO in vertebrate visual systems. There, this simple gas plays a role of adaptation signal in the retina, and it also acts as an important messenger involved in the self-organization of the optic nerve projection during the development.
著者
中野 秀洋
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.70-78, 2014-06-05 (Released:2014-07-31)
参考文献数
18

ニューラルネットワークは個々の動作が単純であり,高い並列性を有する演算が可能であるため,大規模な組合せ最適化問題を効率的に解くことができる.一方,進化的計算の研究分野では,実数値の設計変数を最適化するための優れた手法が数多く提案されている.本稿では,第一段階でニューラルネットワークを用いた組合せ最適化によって設計変数の削減を行い,第二段階で進化的計算を用いた実数値の設計変数の最適化を行うことで,大規模最適化問題を効率的に解くアプローチを紹介する.本アプローチは,様々な工学システムの最適化に対して適用できると考えられる.筆者らの最近の研究対象である無線センサネットワークにおける問題を例題として取り上げ,本アプローチの有効性と今後の発展性について議論する.
著者
古屋 晋一
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1-2, pp.10-14, 2019-06-05 (Released:2019-09-30)
参考文献数
26

音楽演奏に見られる巧緻な運動は,幼少期からの訓練によって獲得される技能である.しかし,膨大な訓練を経てもなお,演奏技能の個人差は大きく,さらには訓練の過程で局所性ジストニア等の脳神経疾患を発症し,技能を喪失することも少なくない.そのため,熟達支援と故障予防の両方の観点から,訓練の量よりも質,すなわち適切な訓練とその機序の理解が求められる.本稿は,脳神経系が筋骨格系の持つ多数の自由度(筋や関節)を協調して制御する仕組みに着眼を置き,このような身体運動の協調構造が演奏技能の洗練や喪失に伴い,どのように変化するのか,さらには協調構造の変容が演奏技能とどのように関わっているかについて,神経生理学実験と数理手法を組み合わせた近年の研究成果を中心に概説する.
著者
松原 崇
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.87-92, 2014-06-05 (Released:2014-07-31)
参考文献数
33

脳や神経系の活動を把握することは,その計算機構の解明に重要であり,様々な粒度で研究がなされてきた.脳の活動は酸素を消費し,血中酸素濃度を変化させる.fMRIは人体に磁場をかけその応答を取り出すことにより,血中酸素濃度に依存する信号(BOLD信号)を得ることが出来,脳の活動部位を調べることが出来る.非侵襲な脳活動の計測法として広く用いられているが,BOLD信号からは脳活動を間接的に知ることしか出来ないため,背後にある脳活動を明らかにする数理モデルが多数考案されてきた.本稿では単一の神経組織に関するBOLD信号の数理モデルと,それらのネットワークを対象とした数理モデルを紹介する.
著者
國府 寛司 大林 一平
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.68-77, 2015-06-05 (Released:2015-07-31)
参考文献数
20
被引用文献数
1

時間と共に変化する現象の多くは,非線型力学系として捉えられ,それを数理的に良く理解することで,現象の予測や制御が可能になる.しかし現実の現象のダイナミクスは,その非線型性や規模の大きさのために数学的解析が困難であり,数値シミュレーションも容易でないことが多い.また,物理的現象のように,その現象を理解するための法則が第一原理として与えられる場合を除けば,現象を数理的に記述する絶対的な基本法則が存在せず,異なる観点から複数の数理モデルが導かれる場合には,現象のダイナミクスの本質をそれらの数理モデルからどのように理解すれば良いかも必ずしも明らかではない.本論説では,非線型現象のダイナミクスの相空間の大域的構造の最も粗い情報に着目して,その現象を表現する数理モデルに過度に依存しない形で抽出することで,複数の数理モデルを貫く現象のダイナミクスの本質を見出そうとする試みを,筆者らの最近の研究に基づき,技術的細部は大胆に省略して,その考え方の骨格を紹介したい.
著者
進矢 正宏
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.98-103, 2016-09-05 (Released:2016-10-31)
参考文献数
11

ヒトや実験動物の行動・運動を研究する研究者にとって,モーションキャプチャーは最も基本的な計測ツールである.しかしながら,従来の光学式モーションキャプチャーには,マーカーの貼付やキャリブレーションの手間など,自動計測を行う上での難点があった.Microsoft社が2010年に家庭用ゲームデバイスとして発売したKinectは,その価格の安さと簡便さで,運動計測分野に革命をもたらした.本稿では,Kinectセンサーからの深度情報と画像処理を組み合わせて実験動物の行動推定を行った事例と,リハビリテーション分野を中心に骨格情報を用いた事例を,過去の文献からレビューするとともに,著者らが行ったこどもの静止立位動揺測定の事例を紹介する.
著者
成瀬 康 横田 悠右
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.104-111, 2016-09-05 (Released:2016-10-31)
参考文献数
6

本稿では,我々が取り組んでいるポータブルな脳波実験系の構築について解説する.そのために,まず,可搬であり簡易に計測が可能なウェアラブル脳波計について紹介する.続いて,ウェアラブル脳波計を用いたポータブルな脳波実験系の例として,ワークロードを推定するための実験系について解説し,歩行中であってもワークロードに関連する脳活動を計測することが可能であることを示す.
著者
田中 利幸
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.126-135, 2008-06-05 (Released:2008-11-28)
参考文献数
26
被引用文献数
1

難しい組み合わせ最適化問題に対して,個々の問題の代わりにランダムな問題群を考え,問題の規模を十分大きくすることによって問題の詳細によらない巨視的な構造を捉えよう,という情報統計力学の方法論が注目を集めている.本稿では,kSATに対する近年の情報統計力学的アプローチの概要を解説するとともに,線形符号の復号の問題を一種の組み合わせ最適化問題として捉え,kSATとの対比に留意しつつ情報統計力学からのアプローチの一端を紹介する.
著者
野村 泰伸
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.85-98, 2011-06-05 (Released:2011-07-22)
参考文献数
28
被引用文献数
2

静止立位姿勢の神経制御メカニズムの本質的特徴は,姿勢の柔軟性と安定性が同時にかつロバストに実現されている点にあると考えられる.従来の生体運動制御理論の立場では,姿勢あるいは運動の柔軟性と安定性は互いに相反する性質であり,高い安定性を求めると姿勢や運動の柔軟性は低下する.近年,我々は,柔軟性を保ちながらも立位姿勢をロバストに安定化することができる神経制御メカニズムとして,静止立位姿勢の間欠制御モデル(intermittent control hypothesis)を提唱している.本稿では,これまで定説であった立位姿勢のスティッフネス制御と新しい仮説である間欠制御に関して考察する.
著者
大前 彰吾
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.15, no.4, pp.289-297, 2008-12-05 (Released:2009-03-16)
参考文献数
13

この講義録は2007年ASCONEにて,吉田正俊先生が行われた「盲視(Blindsight)が明らかにする「気づき」(awareness)の脳内情報処理」の講義の記録である.講義では「意識」や「気づき」といったあいまいな概念をどうやって検証できる形に持ってゆくか,という問いを設定し,盲視(Blindsight)という現象の紹介を通して「気づき」に迫る手法について講義·議論が交わされた.
著者
宮川 博義
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.43-47, 1995-06-05 (Released:2010-12-01)

脳の動作原理を理解するための戦略には大きく分けて, 分析的戦略と構成的戦略とがある. 理学的と工学的, あるいは実験的と理論的といってもよい. 神経回路学会の会員諸氏の多くは構成的戦略も取っておられるであろう. 構成的戦略を取る研究者が, 分析的戦略から得られた成果, すなわち神経細胞の特性や脳の動作様式に関する最新の, あるいは一般的な知見を得たいと思っても, なかなか容易ではない. 分析的手法を取る者と構成的手法を取る者との間のギャップは意外に深いのである. このギャップをうめるためには教育システムの改変が必要なのだと筆者は考えるが, 現時点では, 各研究者が個人的な努力をして勉強せざるをえない. 本稿は, その様な研究者のための勉強の指針である. 筆者は細胞および局所回路網レベルでの神経生理学的研究をしている. その立場から, 1)どのようなギャップが深刻かという現状の(一人よがりな)分析をまず述べ, 2)神経回路学会の会員諸氏がそのギャップをうめるには, 何処から情報を引き出せばよいのかを示すことにしたい.
著者
三浦 佳二
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.14, no.3, pp.226-237, 2007-09-05 (Released:2008-11-21)
参考文献数
13

この講義録はAutumn School for Computational Neuroscience (ASCONE2006) における酒井先生の講義を文章にしたものです. この講義は神経経済学をテーマとしてASCONE2006の第3日目の午前に行われたもので, 同日午後の鮫島先生の講義に含まれる強化学習とゲーム理論の準備も兼ねていました. なお, 講義を録音したものを文章に直す際に, 読みやすくするために文章を修正している点がありますので, ご了承ください.
著者
甘利 俊一
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.7-11, 1994-08-31 (Released:2010-12-01)
参考文献数
7
被引用文献数
1 1
著者
米丸 泰央
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.15-19, 2020-03-05 (Released:2020-05-07)

大阪大学大学院の博士後期課程を修了し,装置メーカーへの就職を選んだ私の半生を通じて,研究者への思いや脳科学研究への期待について述べます.また,装置メーカーに入り,研究者から技術者へと転向し,現在では新規事業の探索者として働いている若輩者の私から,研究者の方々へ思いを綴りました.不快に感じる方もいらっしゃると思いますが,少しでも共感を得られればと幸いに思います.
著者
林 浩平
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.193-201, 2022-12-05 (Released:2023-01-06)
参考文献数
40
被引用文献数
8

畳み込みニューラルネットワーク(CNN)は画像など特定ドメインのデータの処理に対して高い性能を発揮することが知られている.しかしながら同時に計算能力も必要とするため,CNNの軽量化は深層学習コミュニティにおいて広く行われてきた.本稿ではテンソル分解を使ったCNNの軽量化に焦点を当てる.まずCNNのコンポーネントである畳み込み層の演算が,複数テンソル間の線形演算の表現方法であるテンソルネットワークによって記述できることを示す.次に畳み込み層の軽量化がテンソル分解によって特徴づけられること,またその分解方法もテンソルネットワークによって記述できることを示す.最後に可能な分解を探索することによって,予測精度と時間/空間複雑さのトレードオフを実験的に比較する.その結果,いくつかの非線形分解は既存の分解を凌駕することがわかった.なお,本原稿は著者らの論文1)を和訳しわかりやすく解説したものである.
著者
釡口 力 小坂田 文隆
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.56-65, 2023-06-05 (Released:2023-07-05)
参考文献数
43
被引用文献数
1

脳には膨大な数のニューロンが存在し,それらがシナプスを介して複雑に絡み合うことで神経回路システムを構築している.この神経回路で行われる情報処理が様々な脳機能の基盤となっていることから,神経回路の構造・機能をそれを構成する多様な神経細胞種と関連づけて理解することが脳の仕組みの理解へ繋がると考えられる.我々は神経回路を解析する手法として,経シナプス感染能を有する狂犬病ウイルスベクターを用いた神経回路標識法を開発してきた.近年では,分子生物学,光学,行動心理学,情報学などと組み合わせることにより,分子・細胞・回路・領域・行動を階層的に結びつけるマルチスケールな解析が可能になってきた.本稿では,G欠損狂犬病ウイルスベクターを用いた経シナプストレーシング法とその応用的な解析に焦点を当て,脳神経回路研究の展望について紹介する.