2 0 0 0 OA 消化管毒性

著者
大石 裕司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.5, pp.373-377, 2008 (Released:2008-05-14)
参考文献数
7
被引用文献数
1

消化管とは口腔から肛門までの管状の器官を指し,消化吸収に関連する舌,各種の唾液腺,膵臓,肝臓,胆嚢を含めて消化器と称する.消化管の基本構造は,粘膜,筋層,漿膜の3層より成り,筋層内には脊髄に匹敵するほどのニューロンを有する腸管神経系を持ち交感・副交感神経を介して中枢神経と連携するとともに,粘膜に存在する多種類の神経内分泌細胞とその消化管ホルモンにより,微妙な制御がなされている.医薬品開発上の安全性試験で遭遇する消化管毒性の主な症状所見として悪心・嘔吐,排便異常,便の性状異常,鼓腸などがあり,何れも注意深い動物の観察が重要である.消化管毒性の組織変化としては,粘膜の出血,粘膜の損傷・再生,粘膜の欠損すなわちびらん・潰瘍,炎症,粘膜の萎縮,消化管の癒着,リン脂質・脂質やカルシウム塩の蓄積症などが剖検や病理組織検査で認められ,頻度は少ないものの増殖性の悪性腫瘍に至る変化も認められる.
著者
大場 雄介 津田 真寿美
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.138, no.1, pp.13-17, 2011 (Released:2011-07-11)
参考文献数
17

下村脩博士によって,Aequorea victoria の発光器官から緑色蛍光タンパク質GFP(green fluorescent protein)が発見され,1992年にそのcDNAが単離されて以来,生細胞イメージングは生物学研究の必須ツールになっている.GFPはcDNAの細胞導入のみで,生理的環境下での目的タンパク質の局在や局在変化を可視化し,種々のカラーバリアントが入手可能な現在では複数のタンパク質の挙動の同時観察も可能である.また,フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET: Förster resonance energy transfer)や蛍光タンパク質再構成法(BiFC: bimolecular fluorescence complementation)等の技術を用いることで,個々のタンパク質の局在や動態のみならずタンパク質の質的変化,つまりタンパク質間相互作用・構造変化等の時間的・空間的な変化の解析も可能である.これらの手法は細胞内シグナル伝達のダイナミクスを解析するために,最も適したツールと言っても過言ではない.本稿では,蛍光イメージングの基礎や応用例の紹介と各実験系が持つ得失を比較し,それぞれの実験系が何を可視化するのに適しているかを議論したい.
著者
金丸 みつ子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.150, no.4, pp.177-182, 2017 (Released:2017-09-30)
参考文献数
31

閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)は,睡眠中に気道閉塞とそれに伴う無呼吸/低呼吸を繰り返し起こす.それに伴う繰り返す低酸素/高炭酸ガス血症や中途覚醒は,メタボリックシンドロームや認知症や骨粗鬆症等を併発させ,心筋梗塞や脳血管障害のリスクを高め,日中の眠気から交通事故や労働災害を引き起こす.世界的にも罹患率の高い疾患であり,肥満度の低い日本人においても上気道の解剖学的特徴から罹患率は欧米並みである.軽症から中等症OSAS患者には,持続陽圧換気(CPAP)の治療適応がなく,薬物治療等の新たな治療法が求められているが未だ確立したものはない.多くのOSAS患者の上気道閉塞部位が咽頭気道であることから,その前壁を構成する頤舌筋の緊張の調節因子として,舌下神経核のセロトニン(5-HT)神経について研究が進んできている.舌下神経核の5-HT2受容体を介した頤舌筋の調節が報告されている.我々は,低酸素や高CO2換気・気道応答に対して舌下神経核と孤束核を含む背内側延髄の5-HT2受容体を介した作用を検討した.背内側延髄の5-HT2受容体活性の低下時に,低酸素刺激では反応初期に気道抵抗が増大し換気増大が遅れ,低酸素/高CO2刺激では反応初期の気道抵抗の増大や換気増大の遅れは消失していた.CO2換気・気道応答の結果と合わせて,背内側延髄の5-HT2受容体活性は速やかな低酸素換気・気道応答に重要であるが,CO2の存在により代償されることが示唆された.OSAS治療薬として期待されていた5-HT関連薬のミルタザピンは,臨床試験の途中で体重増加と眠気が大きな壁となった.最後に,OSAS治療薬としての5-HT関連薬の可能性について,上気道の開大性,中途覚醒の抑制,食欲の抑制の視点から考察した.
著者
榊原 巌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.5, pp.265-269, 2008 (Released:2008-11-14)
参考文献数
12
被引用文献数
4 6

漢方製剤が薬価に収載されてすでに30年以上が過ぎ,医療の現場においても漢方製剤が治療アイテムとして定着してきている.また,15改正日本薬局方において初めて6処方の漢方エキスが収載され,医療用医薬品の地位を固めつつある中,その品質保証の面で,科学の進歩に合わせたより高度な分析評価が望まれるようになってきている.一方,欧米においては補完代替医療(CAM)の考え方が定着し,多くのサプリメントが普及されるようになってきている.その中,アリストロキア酸含有生薬が配合された製品が引き起こした腎障害事例,エフェドラによる脳出血の事例など,ハーブによる様々な問題も表面化されるようになり,植物薬の品質管理面での社会的な要望が高まりつつある.米国FDAならびに欧州EMEAでは植物薬の品質評価として“フィンガープリント”を提唱している.この流れを汲み,漢方製剤の国際化も考慮し,“漢方製剤の3Dフィンガープリント評価法”を確立した.本評価法は原料となる生薬および製品である漢方製剤の双方の品質評価に有用であり,特に配合する生薬の品質が最終製品である漢方製剤の品質を左右することから,より均一な漢方製剤を提供するためには原料生薬レベルでの品質の安定化を図る取り組みが重要となる.またフィンガープリントによる同等性評価としての新たな試みとして,統計学的な手法を用いたパターン認識法による同等性の解析評価法を開発した.漢方製剤を高次なレベルで評価する取り組みが今後,益々重要視されてくる.
著者
倉石 泰
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.4, pp.160-164, 2012 (Released:2012-04-10)
参考文献数
69
被引用文献数
2

痒みは,皮膚表層の生体防御感覚であり,マスト細胞,ケラチノサイト,T細胞,一次感覚ニューロンなどが産生・放出するアミン,ペプチド,サイトカイン,プロテアーゼ,脂質メディエーターなど多種多様な因子が起痒因子となる.痒みの受容にTRPV1チャネルを発現する一次感覚ニューロンが重要な役割を果たす.すなわち,TRPV1チャネルは起痒因子による一次感覚ニューロンの発火に関与する.一次感覚ニューロンのガストリン放出ペプチドは脊髄後角における痒み信号の伝達に関わり,BB2ボンベシン受容体を発現する後角ニューロンは多様な痒み信号の入力を受ける.脊髄後角では下行性ノルアドレナリン作動神経がα-アドレナリン受容体を介して痒み信号の伝達を抑制する.脳および脊髄のμ-およびκ-オピオイド受容体も痒み信号の調節に関わる.
著者
鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.6, pp.365-371, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
12
被引用文献数
6 7

現在,覚せい剤を中心とする薬物乱用が大きな社会問題となってきている.それゆえに薬理学領域では医療上あまり有用性のない依存性薬物を世の中に出さないようにすること,一方医療上必要な薬物はその適正使用に努めること,依存形成機構の解明,依存症の治療薬の開発などが使命となってきていると考えられる.これらを行うには依存動物モデルを確実に,かつ安定して獲得する方法論を確立することが重要である.一般的に,薬物依存の形成においては精神依存がその基礎となる.そこで,本論文においては精神依存を予測する方法として最近広く使用されるようになってきている条件づけ場所嗜好性試験(CPP法)の考え方,方法論,注意点,応用,問題点などについて総括した.CPP法では薬物の報酬効果を非常に簡便に,かつ短期闘で評価できることから,近年数多くの薬物の報酬効果が検討されている.また,本法はこれまで最も信頼性の高い精神依存の評価法として用いられている薬物自己投与法での結果と良く対応することも明らかにされており,精神依存の評価,依存形成機構の解明や依存症の治療薬の開発などに広く応用されるようになってきている.一方,CPP法は薬物の報酬効果のみならず,薬物による嫌悪効果の評価にも応用することができる.嫌悪効果は薬物の有害作用につながる可能性があり,これらの点からも本法は医薬品の精神毒性などの研究にも応用できるものと考えられる.さらに本法は,感度の高い身体依存の評価法としても応用できる.このようにCPP法は非常に有用な方法であるため,実験を行うに当っての注意点や問題点を良く理解した上で有効に用いて行くことが望まれる.
著者
佐田 登志夫 水野 誠
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.4, pp.257-269, 2004 (Released:2004-10-01)
参考文献数
36
被引用文献数
5 4

オルメサルタン メドキソミル(オルメテック®)はプロドラッグタイプのアンジオテンシンII(AII)受容体拮抗薬(ARB)であり,消化管で吸収された後,速やかに脱エステル化を受け,活性体オルメサルタンに変換され薬効を示す.オルメサルタンはチトクロムP450系と相互作用せず,ヒトにおいてその約60%が肝臓から,約40%が腎臓から排泄される.オルメサルタンは,AII受容体のAT1サブタイプに対し強力かつ競合的な拮抗作用を示すが,AT2サブタイプには殆ど作用を示さず,AII受容体以外のホルモン受容体やイオンチャネルにも作用を示さない.摘出血管のAIIによる収縮反応の用量反応曲線は,オルメサルタンを前処置することにより,右方への移動は殆どみられず最大反応が大きく抑制される(insurmountable antagonism).また薬物除去後も収縮抑制作用が持続する.これらの現象は,オルメサルタンがAT1受容体に強固に結合することに起因する.ラットおよびイヌにおいて,AIIによる昇圧反応は,オルメサルタン メドキソミル経口投与後,強力かつ持続的に抑制される.これらin vitro,in vivoにおける本剤のAII拮抗活性は,類薬の中で最強の部類に属する.各種の高血圧モデル動物において,本剤は,持続的な降圧効果をもたらし心拍数や交感神経活性には殆ど影響を与えない.降圧作用以外に,本剤には心血管や腎臓の保護効果が動物モデルで観察されている.特に,心不全や腎不全を呈するモデルにおいては,本剤の投与により延命効果が示されている.臨床試験において,本態性高血圧患者でのオルメサルタン メドキソミルの降圧効果は,常用量で比較した場合,既存の類薬に比べ有意に優ること,副作用はプラセボ群と差がないことが示されている.これらの特徴を有するオルメサルタン メドキソミルは臓器保護効果の期待できる有用な降圧薬である.
著者
石井 新哉 亀谷 純
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.2, pp.77-82, 2006 (Released:2006-04-01)
参考文献数
10

摂食調節は視床下部の摂食促進因子であるneuropeptide Y(NPY)/agouti-related peptide(AGRP)と抑制因子であるproopiomelanocortin(POMC)/cocaine and amphetamine-regulated transcript(CART)が末梢のシグナルを感知し制御されると考えられている.我々は甲状腺中毒症での摂食亢進のメカニズムを検討する目的で,甲状腺ホルモンT3を投与した甲状腺中毒症ラットにおける摂食状態の変化,視床下部神経ペプチドの変化を観察した.甲状腺中毒症ラットでは,体重の減少と摂食量の増加を認めた.血中インスリン濃度は増加していたが,血中レプチン濃度は有意に低下していた.胃のグレリン遺伝子発現,血中グレリン濃度は変化しなかった.視床下部NPYは増加し,POMC/CARTは減少した.オレキシン,melanin concentrating hormone(MCH)は変化しなかった.甲状腺中毒症ラットの脳室内にNPY/Y1受容体特異的拮抗薬であるBIBO3304を投与すると摂食量,飲水量ともに抑制された.以上より,甲状腺ホルモンによる摂食亢進は甲状腺ホルモンの作用によるエネルギー消費の亢進ではなく,血中レプチン濃度の減少とそれに伴う視床下部NPY遺伝子発現の増加とPOMC/CART遺伝子発現の減少によってもたらされると考えられた.BIBO3304の中枢投与により摂食量と飲水量が抑制されたことよりこの摂食亢進はY1受容体を介することが示唆された.次に我々は低用量のT3単回皮下投与4時間後の摂食量を測定した.低容量T3投与群では,摂食量は有意に増加したが,視床下部NPY,POMC遺伝子発現は対照群との間に差は認めなかった.このことより,低用量のT3はレプチン-NPY系を介することなく,T3の直接作用による摂食調節機構の存在が想定される.
著者
芦澤 一英
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.213-216, 2006 (Released:2006-05-01)
参考文献数
12
被引用文献数
5 7

近年,製薬企業は効率的な新薬開発実施のために製品開発のスピード化が強く要請されている.一方,開発候補化合物の約4割が生物薬剤学的性質に基づく理由で開発段階においてドロップアウトし,開発コストを押し上げ創薬難度を高める原因になっている.そのため,創薬のスピードアップには,探索段階における莫大な数の試験サンプルの合成や評価を実施する際に,経口吸収性に関わる溶解度や脂溶性などの物性評価も,同時に短時間で実施することが重要である.また,開発候補化合物は,最終的な原薬と製剤の品質保持を考慮し,原薬開発基本形である塩形および結晶形を選定する必要がある.新しい化合物を医薬品として世に送り出すためには,開発の早い段階であらゆる化合物特性をよく調べておくことが重要であり,本稿は「創薬段階における物性評価の重要性」についてまとめた.
著者
中野 紀和男 高松 真二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.118, no.1, pp.15-22, 2001-07-01
参考文献数
15
被引用文献数
5

従来. ヒスタミンは肥満細胞や好塩基球に蓄えられていたものが, アレルゲン-IgE複合体の刺激により放出され, 喘息などのアレルギーの原因物質となるなど, 生体にとってマイナス因子として作用すると言われてきた, しかし, 我々は最近, ヒスタミンにはマクローファージ(M&phi;)やTリンパ球によりヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)の誘導を経てデノボに生成される経路もあり, さまざまな生命現象を調節し, 生体の恒常性を維持するためのプラス因子として働くことを明らかにした. まず, 生体内にある各種M&phi;様細胞はエンドトキシンなどの刺激でヒスタミンを生成した. エンドトキシンで刺激された骨髄由来M&phi;によるヒスタミン生成はとくにGM-CSFおよびIL-3によって促進された. さらに脾臓M&phi;により作られたヒスタミンはIL-1生成の促進による免疫反応の調節を, 骨髄M&phi;により作られたヒスタミンはIL-6, M-CSF, G-CSFなどのサイトカイン類生成の調節による血球分化の制御を, さらに肝臓M&phi;であるクッパー細胞により作られたヒスタミンは肝細胞増殖因子の生成促進による傷害肝の再生と, 種々の生命現象の細胞間刺激伝達因子として働くことが明らかになった. 一方, ConAなどの免疫刺激を受けたCD4<SUP>+</SUP>およびCD8<SUP>+</SUP>Tリンパ球もHDC誘導性のヒスタミンを生成した. ConA刺激によるヒスタミン生成もやはりGM-CSFおよびIL-3によって特徴的に増強された. これらTリンパ球によって作られたヒスタミンはそれら細胞自身の増殖, 幼若化反応などの免疫反応を調節した. グラム陰性菌感染時にはM&phi;とTリンパ球の協調により作られたヒスタミンは免疫反応を調節する一方, アレルギーなど過剰な免疫反応が起った場合は, 末梢器官と脳との間の臓器間刺激伝達因子として働き, 視床下部-脳下垂体-副腎皮質系を刺激してグルココルチコイドを分泌した. グルココルチコイドはM&phi;およびTリンパ球によるヒスタミン生成そのものを阻害するのを初め, 種々の免疫反応を抑制し, 生体をアレルギーによる傷害から保護するものと考えられた.
著者
小久保 博雅 細谷 俊二 市川 雅幸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.4, pp.213-219, 2013 (Released:2013-04-10)
参考文献数
18

プルモザイム®吸入液2.5 mg(有効成分:ドルナーゼ アルファ)は,ヒトデオキシリボヌクレアーゼI(DNase I)遺伝子を用いて作製した遺伝子組換えヒトDNA分解酵素製剤で,「嚢胞性線維症における肺機能の改善」の効能・効果として2012年3月に承認された.嚢胞性線維症患者の痰を用いた試験において痰の流動性増加,コーンプレート粘度の低下がみられ,嚢胞性線維症患者に投与後気道分泌物中でDNase濃度と酵素活性が6時間にわたって維持された.気道内分泌物中に含まれている死滅好中球由来のDNA加水分解により,分泌物の粘稠性を低下させ気道からの除去を容易にすることが,肺機能の改善の主たる作用機序と考えられている.努力肺活量(FVC)が予測値の40%以上である嚢胞性線維症患者を対象に実施された臨床試験において,ネブライザーによる本薬吸入(2.5~10 mg 1日2回)は呼吸1秒量(FEV1)の増加効果を示しFVC,呼吸困難,嚢胞性線維症関連症状等,QOLの改善が認められた.また,第III相試験として気道感染の発症率低下とFEV1の持続的改善効果が示され,抗生物質非経口投与の累積日数および累積入院日数が短縮した.安全性については第III相試験において,すべての被験者で,本剤投与の忍容性に問題はなかった.主な副作用は軽度の発声障害と咽頭炎であった.以上のことから,ドルナーゼ アルファはこれまで十分な治療が施せなかった本邦の嚢胞性線維症患者の肺機能改善に寄与することが期待される.
著者
今井 由美子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.138, no.4, pp.141-145, 2011 (Released:2011-10-11)
参考文献数
40

近年,SARS,H5N1鳥インフルエンザ,そして2009年の新型インフルエンザ(H1N1)と,新興ウイルス感染症が社会的問題となっている.これらの新興ウイルス感染症はヒトに急性呼吸窮迫症候群(ARDS),全身性炎症反応症候群(SIRS),多臓器不全(MOF)をはじめとした非常に重篤な疾患を引き起こし,集中治療室(ICU)において救命治療が必要となる.2009年にパンデミックを引き起こした新型インフルエンザ(2009/H1N1)は弱毒型であったが,一部では重症化してARDS,心筋炎,脳炎などを引き起こした.その中には少数ではあるが,体外式膜型人工肺(ECMO)を必要とするような劇症型のものも含まれていた.一方,東南アジア,中国などを中心に拡がりをみせている強毒型のH5N1鳥インフルエンザが,次の新型インフルエンザのパンデミックを引き起こすリスクは依然として続いている.しかしながら新興ウイルス感染症が重症化して,ARDS,SIRS,MOFを引き起すメカニズムは十分解明されておらず,重症化すると決め手となる有力な治療法がない.本章では新興ウイルス感染症による呼吸不全の病態に関して,インフルエンザによるARDSの発症機構に焦点を当てて,RNAiスクリーニング,マウスモデル,ヒト検体などを用いた研究を中心に述べる.次いで,抗ウイルス薬,新しい治療薬の可能性に触れ,最後に,救命に不可欠である人工呼吸に関して,肺保護戦略の重要性に言及したい.
著者
太田 尚
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.2, pp.73-77, 2009 (Released:2009-08-12)
参考文献数
7

温度,大気圧,光などの環境因子が生体機能に影響を及ぼすことはこれまでの多くの研究で明らかであるが,地上において常に一定方向から一定の大きさで存在する重力が生体機能に及ぼす影響を検討することは地上においては不可能である.宇宙空間という微小重力下での滞在は宇宙飛行士の骨密度の低下や筋肉量の低下を引き起こすことが知られているが,どのような機序で起こっているかは明らかでない.1Gという重力環境で生活していた人類が宇宙空間という微小重力環境に滞在すると明らかに地上とは異なった生体応答が生じていることは重力が生体機能維持に重要な働きをしていることの傍証であると考えられる.重力が生体に及ぼしている影響を調べるには1G下での生体機能と微小重力下での生体機能との比較が一つの手段と考えられるが,微小重力という環境は非常に限られた方法でしか得ることが出来ない.今回,航空機によるパラボリック(放物線)飛行により得られる微小重力環境においてマウスを用いた実験を行うことが出来た.微小重力負荷により,血中コルチコステロンの上昇が認められたことから微小重力負荷は少なくともマウスにストレス応答を引き起こしていることが明らかとなった.また,下肢骨格筋や視床下部での遺伝子発現解析結果は遺伝子発現レベルが短時間の微小重力負荷後,時間単位で変化することを示しており,パラボリック飛行による短時間の微小重力負荷であっても,生体機能変化を分子レベルで追跡できる可能性を示している.本稿ではパラボリック飛行による微小重力下で行った実験に基づいて実験に関する方法論および実験上の注意点に関して紹介する.
著者
石橋 正 西川 弘之 釆 輝昭 中村 洋
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.6, pp.351-360, 2008 (Released:2008-12-12)
参考文献数
30
被引用文献数
10 10

ブロナンセリン(ロナセン®)は大日本住友製薬株式会社で創製された新規抗精神病薬であり,ドパミンD2およびセロトニン5-HT2A受容体に対する強い遮断作用により抗精神病作用を発現する.リスペリドンやオランザピンといった第二世代抗精神病薬の多くはセロトニン5-HT2A受容体結合親和性がドパミンD2受容体より高いが,ブロナンセリンでは逆にドパミンD2受容体結合親和性がセロトニン5-HT2A受容体よりも高く,ドパミン-セロトニンアンタゴニストと呼ぶべき特徴を持っている.また,アドレナリンα1,ヒスタミンH1,ムスカリン性アセチルコリンM1など,他の受容体への結合親和性は低いことから,ブロナンセリンは極めてシンプルな受容体結合特性を有する新しいタイプの第二世代抗精神病薬といえる.更に,各種動物試験より,本薬が第二世代抗精神病薬の特長といえる「臨床用量での精神症状改善効果と副作用の分離」を示すと考えられた.臨床試験ではハロペリドールとリスペリドンのそれぞれを対照とした2つの国内二重盲検比較試験を実施し,いずれの試験でも精神症状改善効果の対照薬に対する非劣性が検証され,特に陰性症状の改善効果はハロペリドールより高かった.また,有害事象や副作用の発現割合では,ハロペリドールより錐体外路系症状や過度鎮静が,リスペリドンより高プロラクチン血症,体重増加,食欲亢進,起立性低血圧が少なかった.長期投与試験でも効果は維持され,目立った遅発性有害事象の発現はなかった.これらのことより,ブロナンセリンの持つドパミン-セロトニンアンタゴニストと呼ぶべき特徴と選択性の高い極めてシンプルな受容体結合特性は,医療現場で有効性と安全性のバランスがとれた高い治療有用性を発揮し,統合失調症の急性期から慢性期まで幅広く使用できるfirst-line drugに位置付けられることが期待される.
著者
松川 純 稲富 信博 大竹 一嘉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.5, pp.275-282, 2015 (Released:2015-11-11)
参考文献数
16
被引用文献数
1 4

ボノプラザンフマル酸塩(TAK-438,以後ボノプラザン)は胃潰瘍,十二指腸潰瘍,逆流性食道炎,低用量アスピリンあるいは非ステロイド性抗炎症薬投与時における胃潰瘍または十二指腸潰瘍の再発抑制およびH. pyloriの除菌補助の効能効果で承認された新規胃酸分泌抑制薬である.カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)とも呼ばれる新たな作用機序を有するボノプラザンは,胃のH+, K+-ATPaseを従来のプロトンポンプ阻害薬(PPI)とは全く異なる様式で阻害する.ボノプラザンは酸に安定で胃壁細胞に高濃度集積し,消失が遅いことから従来のPPIよりも作用持続が長く,またPPIとは異なり酸による活性化を必要としないことから胃内pHを高く上昇させることができる.PPIで問題となっている薬物におけるCYP2C19遺伝多型の影響をほとんど受けないことから,効果のばらつきも小さく,PPIよりも有用性が高い治療薬としての可能性が示唆された.ボノプラザンの強力な酸分泌抑制効果,その効果発現の早さ,効果の持続の長さは臨床試験でも示され,逆流性食道炎などの酸関連疾患の治療やH. pylori除菌補助において優れた有効性・安全性が確認された.ボノプラザンは酸関連疾患などの治療におけるunmet medical needsに応えることのできる新たな選択肢として期待される.
著者
山野邊 進 川元 博 大嶽 憲一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.4, pp.180-185, 2017 (Released:2017-04-04)
参考文献数
33

多くの製薬企業では,過去の創薬研究で合成した化合物や外部から入手した化合物をデータベース化し,各種試験に素早く使用できるよう保管庫に管理している.このような化合物コレクションを「化合物ライブラリー」と呼ぶ.化合物ライブラリーのスクリーニング試験から見出されたヒット化合物は,薬理活性・物性・薬物動態・安全性の観点から最適化され,膨大な試験を繰り返しながら前臨床候補化合物となる.当然,ヒット化合物に物性・薬物動態・安全性の問題があれば,その克服には多くの試験や期間が費やされてしまう.このため化合物ライブラリーには,創薬の出発点として相応しい物性・薬物動態・安全性の懸念の少ない化合物が求められる.本稿では,このような要求に応える高質な化合物ライブラリーを設計するための考え方や技術を解説し,最後に化合物ライブラリーを取り巻く最新動向を紹介する.
著者
中津井 雅彦 鎌田 真由美 荒木 望嗣 奥野 恭史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.6, pp.281-287, 2017 (Released:2017-06-14)
参考文献数
7

医薬品研究開発プロセスの効率化によって研究開発コストを抑制することは製薬業界にとっての急務であり,人工知能(AI)や分子シミュレーションの技術を駆使した「インシリコ創薬」に大きな期待が寄せられている.しかし,これまでの「インシリコ創薬」においては,主に計算機性能の不足により,①膨大な化合物ライブラリから疾患原因タンパク質と結合する化合物を網羅的に探索できない,②医薬品候補化合物の薬理活性を正確に予測することが難しい,といった課題があった.本稿では,これらの課題の解決を目指して筆者らが取り組んできた,スーパーコンピュータ「京」を活用した世界最大規模の高速・超並列バーチャルスクリーニング,および大規模分子動力学シミュレーションを活用したタンパク質-化合物結合親和性の高精度予測について紹介するとともに,次期のスーパーコンピュータであるポスト「京」の圧倒的な計算性能が実現するインシリコ創薬の未来を展望する.
著者
田中 英夫 長尾 香織 池田 了
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.147-151, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
10

ここ20年の抗HIV薬の開発は目覚しく,現在20種を超える薬剤が上市されている.治療に使用されている逆転写酵素阻害薬,プロテアーゼ阻害薬に加え,新規作用機序を持つ薬剤も開発段階にあり,今後さらに治療の選択肢が増えることが期待される.しかし,薬剤耐性ウイルスの出現,長期服用に伴う副作用,HIV感染症の根本治療の困難さなど課題は残されている.
著者
篠塚 和正 和久田 浩一 鳥取部 直子 中村 一基
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.6, pp.283-288, 2014 (Released:2014-06-10)
参考文献数
50

ATPは様々な細胞から遊離されるが,ATPとその代謝産物のアデノシン(ADO)をアゴニストとする受容体もほとんどの細胞の細胞膜上に存在している.したがって,遊離された ATPやADOは,自身または隣接した細胞の受容体に作用し,異種細胞間の共通した細胞外シグナル分子として相互作用(クロストーク)に寄与している可能性がある.血管交感神経終末部にADO(A1)受容体が存在し,交感神経伝達を抑制的に調節していることはよく知られているが,筆者らはα1受容体刺激により血管内皮細胞から ATP やADO が遊離されること,これがノルアドレナリン(NA)の遊離を抑制することを見出し,逆行性のNA遊離調節因子として機能している可能性を報告した.また,培養内皮細胞の ATP(P2Y)受容体を刺激することにより,内皮細胞内のカルシウムイオンレベルが増加するとともに細胞の形状が変化し,細胞間隙が増大して内皮細胞層の物質透過性が増加することを見出し,ATPが生理学的・病態生理学的な透過性調節因子として機能している可能性を報告した.一方,ヒト線維芽肉腫由来細胞(HT-1080)からATPが遊離されることを見出し,これが血管内皮細胞のP2Y受容体を刺激して細胞内カルシウムイオンレベルを増加させることを明らかにするとともに,このような内皮細胞の反応ががん転移機序の一部に寄与する可能性を報告した.さらに,HT-1080のADO(A3)受容体刺激により,cyclin D1発現量の低下を介した抗がん作用が現れることを見出し,内皮細胞がA3受容体を細胞拮抗に利用している可能性を示唆した.このように,内皮細胞を中心としたATPによるクロストークは多様であり,組織の生理学的・病態生理学的機能変化を総合的に理解する上で,クロストークの役割の解明は重要であると考えられる.
著者
杉浦 一充
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.5, pp.252-255, 2015 (Released:2015-11-11)
参考文献数
13

汎発性膿疱性乾癬は指定難病である.急激な発熱とともに全身の皮膚が潮紅し,無菌性膿疱が多発する.ときに内臓病変を合併し,治療に難渋し死に至ることもある.誘発因子は上気道感染,抗生剤などの薬剤,妊娠などである.従来,汎発性膿疱性乾癬の病因は不明であったが,近年著者らにより,「尋常性乾癬を伴わない汎発性膿疱性乾癬は大半がIL36RN遺伝子変異によるIL-36RN機能欠損を背景とした疾患である」ことが,また,基本的には常染色体劣性遺伝型式を背景とするが,ときにはヘテロ接合体変異を背景としても発症することが解明された.2015年度から難病の特定疾患調査表にも,IL36RN遺伝子変異解析結果を記載する欄が新たに設けられた.汎発性膿疱性乾癬の類縁疾患で,妊婦に発症する重症の膿疱症である,疱疹状膿痂疹の大半の症例でもIL36RN遺伝子変異が関連する可能性がある.同様に汎発性膿疱性乾癬との鑑別が時に困難である,重症薬疹の1つの病型である急性汎発性発疹性膿疱症の一部の症例にもIL36RN遺伝子変異があることもわかってきた.IL36RN遺伝子ヘテロ接合体変異は日本人の2%弱が保有していることから,IL36RN遺伝子変異の関連する膿疱症は実際にはかなりの多症例数であることが予測される.汎発性膿疱性乾癬のみならず,疱疹状膿痂疹や急性汎発性発疹性膿疱症などの全身性の膿疱症では早期診断早期治療介入,あるいは病因検索と誘発因子回避の指導のために,IL36RN遺伝子変異解析を実施すべきである.IL-36RN欠損症による膿疱症の治療標的はIL-36受容体ならびにそのアゴニストであるIL-36α,IL-36βおよびIL-36γであることは明白なので,今後の根本的治療薬の開発が大いに期待されている.