著者
三部 篤
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.6, pp.256-259, 2012 (Released:2012-06-11)
参考文献数
18

低分子ストレスタンパク質(heat shock protein: HSP)の遺伝子変異(点変異,欠損変異など)は,筋原線維性ミオパシー(myofibrillar myopathy: MFM)などの神経筋疾患,白内障などの眼疾患,遺伝性末梢性運動性ニューロパシー(distal hereditary motor neuronopathy: HMN)およびシャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease: CMT病)などの神経変性疾患の原因であることが知られている.しかし,低分子HSP変異を原因とするそれぞれの疾患の詳細な病態発症機序は明らかではない.低分子HSP異常により発症する疾患の病態解明とその治療法の開発を目的として,心筋特異的α-Bクリスタリン点変異体(120番目アルギニン→グリシン)トランスジェニック(TG)マウスなどのような変異低分子HSPを発現している遺伝子改変マウスが作製されている.それら作製された病態モデルを解析した結果,主な疾患原因としては遺伝子変異によって発生した変異低分子HSPタンパク質自体が変性タンパク質として細胞内に蓄積し,ミトコンドリア障害や細胞死を介して病態発症に関与(gain of function)していることが明らかとなっている.また,これら低分子HSP関連疾患モデルを用いて,疾患治療の試みも盛んに行われている.
著者
徳田 久美子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.3, pp.173-176, 2006 (Released:2006-09-14)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

統合失調症治療薬(抗精神病薬)には,ほぼ全てに共通してドパミンD2受容体拮抗作用があり,ドパミン神経機能の異常に基づく病態モデルにおいて,各種の行動異常を抑制する.このようなD2受容体拮抗作用は,臨床における幻覚,妄想等の陽性症状改善に寄与すると考えられている.しかし,D2受容体に選択的な拮抗薬では,重篤な運動障害である錐体外路系副作用(EPS)や内分泌系副作用を誘発しやすい点が問題とされたため,最近では,EPSが軽減された非定型抗精神病薬による治療が主流となっている.非定型抗精神病薬の多くは,D2受容体拮抗作用に加えて,セロトニン5-HT2受容体拮抗作用を有し,感情鈍磨や自発性欠如等の陰性症状にも有効とされる.一方,抗精神病薬による過度の鎮静・血圧降下等の副作用には,アドレナリンα1受容体やヒスタミンH1受容体に対する拮抗作用が関与すると言われる.現在,NMDA受容体機能低下仮説に基づく非ドパミン系の薬剤や,認知機能改善に焦点を当てた薬剤も開発が進められており,今後の動向が注目される.
著者
清水 孝彦 白澤 卓二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.138, no.2, pp.60-63, 2011 (Released:2011-08-10)
参考文献数
18
被引用文献数
1

加齢と共に変動し,老化や加齢を予測できる因子を老化バイオマーカーと位置付けている.これまでに,性ホルモンのエストロゲンやテストステロンが知られている.Insulin-like growth factor-1やビタミンDなどの成長因子やビタミンも加齢性の変動を示す.カロリー制限アカゲザルの研究からdehydroepiandrosterone sulfate,インスリン,体温の変化が長期縦断研究の加齢性変化データと一致することが判明し,注目されている.さらに最近では,生活習慣病と強くリンクする成分も加齢性変化を示すことが明らかとなった.高齢社会を迎えた現在において,現在の健康状態や老化状態を客観的に評価する老化バイオマーカーの利用価値は高まっている.
著者
杉本 佳奈美
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.2, pp.64-68, 2014 (Released:2014-08-10)
参考文献数
23

高コレステロール血症治療薬である胆汁酸吸着剤は,市販後調査データあるいは臨床試験で2 型糖尿病患者の高血糖改善や体重低下の成績が得られてきており,その新規薬効に注目が集まっている.作用機序については様々な説が提唱されているものの,十分に解明されていない.今回我々は高脂血症およびインスリン抵抗性を呈する高脂肪食負荷apoE3-Leiden transgenic マウスを用いて,胆汁酸吸着剤コレスチランのインスリン感受性増強作用・体重低下作用およびその作用機序について検討した.コレスチランの8 週間混餌投与により体重,脂肪組織重量,血中コレステロールが低下し,肝脂質合成および糞中への脂質排泄が増加した.一方糖代謝に対して,コレスチランは血中グルコースおよびインスリンを低下させ,クランプ試験において末梢のインスリン感受性を増大させた.標識脂肪酸のinfusion 試験によりコレスチランは胆汁中への脂肪酸由来コレステロールおよびリン脂質の排泄を増加させることが見出された.以上の結果から,コレスチランは糞中への胆汁酸,コレステロール,リン脂質の排泄により,肝臓での脂質合成を増加させ脂肪組織の脂肪酸を動員させることにより,内臓肥満の改善および末梢インスリン感受性を増加させることが示唆された.胆汁酸吸着剤は,肥満,インスリン抵抗性および2 型糖尿病の新たな治療薬となる可能性が考えられる.すでに市販されている薬剤の臨床データから得られた新規知見を活用して新たな薬効・作用機序を見出していくことは,新規創薬ターゲット発掘において有用な研究戦略の一つとなりうると考えられる.
著者
新井 裕幸 倍味 繁 田原 俊介 伊藤 晋介 中原 夕子 守本 亘孝 小林 伸好 板野 泰弘 山口 高史 丹羽 一夫 関 二郎 志垣 隆通 中村 和市
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.3, pp.126-132, 2014 (Released:2014-09-10)
参考文献数
2
被引用文献数
1

医薬品の研究開発において,動物試験は新薬候補物質のヒトでの安全性および有効性を予測するために非常に重要なものである.また,3Rs(Replacement,Reduction,Refinement)の観点からも,より効率的に新薬候補物質の評価を行うことが必要である.このような理由から,疾患モデル動物には高い精度,再現性,ヒトへの外挿性を有することが求められている.日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 基礎研究部会では,これまでの医薬品開発に貢献した疾患モデル動物について把握するとともに,今後の疾患モデル動物の開発に資することを目的として,加盟企業を対象にアンケート調査を行った.調査票では,これまでに新薬の開発等で使用した疾患モデル動物,使用によって得られた成果,使用の際に苦労した点および当該疾患モデル動物について改善されるべき点を尋ねた.さらに,今後期待される疾患モデルに関して意見を求めた.アンケートの回答は62 社中31 社から得られた.その結果,これまでに様々な疾患を対象とした医薬品の開発に多様な疾患モデル動物が使用されており,その多くの事例で疾患モデル動物の使用によって目的とする疾患に対する新薬候補物質の有効性が確認されていた.すなわち,新薬開発における疾患モデル動物の有用性と意義が改めて示された.使用の際に苦労した点としては,試験方法の至適条件の設定や疾患モデル動物作製の困難さ等に関する意見が多かった.各疾患モデル動物の改良すべき点としては,動物福祉の観点から動物に与えるストレスレベルのさらなる軽減,ヒトの病態や発症機序への類似性,薬効のヒトへの外挿性,ばらつきの程度,データの精度・再現性,モデル作製に要する手術等の高度な技術を必要としない簡便性が挙げられた.将来的な期待としては,ヒトの病態をより正確に反映した,外挿性の高いモデルの開発を期待するとの意見が多かった.本稿では,これらの調査結果の詳細を報告するとともに,動物試験および疾患モデル動物の役割,ならびに今後の展望について考察を加えた.
著者
木山 博資
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.5, pp.210-214, 2013

持続的なストレスは恒常性の維持機構を破綻させ,精神的あるいは器質的な障害を引き起こす.慢性的なストレスなどによって引き起こされると考えられている慢性疲労症候群や線維筋痛症などの機能性身体症候群に属する疾患の病態生理を明らかにするために,私たちは比較的類似した症状を呈するモデル動物の確立をめざしている.いくつかの慢性ストレスモデルのなかで,ラットの低水位ストレス負荷モデルは比較的安定した慢性的複合ストレスモデルであり,睡眠障害や疼痛異常など,機能性身体症候群の代表的な症状を示す.このモデルを用いて,脳や末梢臓器の組織的な変化を検討したところ,視床下部での分子発現の変化が起点となって,下垂体の一部に細胞レベルで器質的な変化が起こることが明らかになった.中間葉ではメラノトロフの過剰活動と細胞死,前葉ではソマトトロフの分泌抑制と萎縮が見られた.これらの変化は全て視床下部での分子発現の変化が引金となっていた.また,視床下部以外にも海馬での神経新生も影響を受けていた.この他,胸腺などの免疫系の臓器も影響を受けており,恒常性の維持機構である神経,免疫,内分泌系の臓器に細胞や分子レベルでの多様な変化が生じていた.これらの知見の解析は,今まで器質的な変化が明確に検出されていない機能性身体症候群の診断マーカーの確立や,疾患の分子メカニズムの解明に繋がると期待される.
著者
福島 哲郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.1, pp.11-14, 2010 (Released:2010-07-09)
参考文献数
25
被引用文献数
2

要約:アルツハイマー病(AD)は進行性の神経変性疾患であり,アミロイドβ(Aβ)やタウの凝集・蓄積に起因する神経変性が病態に関与すると考えられている.T-817MAは,神経栄養因子様作用を有する低分子化合物であり,ADの進行抑制と症状改善を目指す治療薬として,現在北米で臨床試験が進められている.T-817MAは,培養ラット神経細胞において神経突起伸展を促進し,Aβが誘発する神経細胞死を抑制した.また,AD病態モデルとして知られているラット脳室内Aβ持続注入モデルにおいて,Aβ持続注入4週目にみられる認知機能の低下に対してT-817MAは抑制作用を示した.さらに,Aβ持続注入8週間後からT-817MAの投与を開始した場合でも低下した認知機能を回復させた.一方,病理学的観察においてもT-817MAはAβ持続注入による海馬歯状回領域の神経細胞変性を抑制し,神経新生の減少を回復させることが確認された.これらの結果により,T-817MAは神経保護効果に加え,神経ネットワークを再構築することにより症状を改善する効果を有すると示唆された.また,ヒト変異タウ(P301L)トランスジェニックマウスにおける海馬歯状回領域のシナプトフィジンの低下を抑制し,認知機能の低下を改善するなど,T-817MAの神経保護効果の作用メカニズムは,軸索変性に対する抑制作用が関与していることが示唆されている.以上より,T-817MAはADの進行を抑制し,認知機能を回復させる治療薬として期待される.
著者
田原 誠 柴田 篤 山口 志津代 浜田 悦昌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.133, no.4, pp.215-226, 2009 (Released:2009-04-14)
参考文献数
44
被引用文献数
1

スニチニブリンゴ酸塩(以下スニチニブと記す)は腫瘍の細胞増殖,血管新生および転移の制御に関与する様々な受容体型チロシンキナーゼ(RTK)におけるシグナル伝達を選択的に遮断する,マルチターゲットの経口チロシンキナーゼ阻害薬である.スニチニブおよび主要代謝物(脱エチル体,SU012662)は酵素レベルまたは細胞レベルのin vitroアッセイにおいてVEGFR-1,-2および-3,PDGFR-αおよび-β,KIT,CSF-1R,FLT-3ならびにRETのチロシンキナーゼ活性を強く阻害した.またスニチニブはin vitroで内皮細胞の増殖および発芽を阻害し,その作用機序として血管新生阻害活性が重要であることが示された.さらに,上記の標的RTKを発現するGISTを含む各種腫瘍細胞の増殖を阻害した.スニチニブはin vivo試験においても標的RTKリン酸化,VEGF誘導性の血管透過性亢進および血管新生を阻害し,種々の異種移植腫瘍モデルに対し,抗腫瘍効果(増殖阻害および腫瘍退縮)を示した.これらの試験の用量反応相関およびPK/PD解析の結果から,スニチニブの有効血漿中濃度は50 ng/mLと推定され,この結果は臨床試験における目標血漿中濃度の設定にも用いられた.臨床試験では,イマチニブに治療抵抗性または不忍容の消化管間質腫瘍(GIST)患者および腎細胞癌患者におけるスニチニブの有効性および安全性が国内外で検討され,いずれの疾患においても,日本人患者における治療成績は外国人患者における成績と同様に優れた有効性を示した.また,日本人患者におけるスニチニブによる有害事象発現の頻度は外国第III相試験より高かったが,概して可逆的で,減量や休薬により管理可能であった.これらの非臨床および臨床試験成績よりスニチニブの有用性が明らかとなり,本邦ではイマチニブ抵抗性のGISTおよび根治切除不能または転移性の腎細胞癌の治療薬として2008年4月に承認された.
著者
今井 輝子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.5, pp.281-284, 2009 (Released:2009-11-13)
参考文献数
7
被引用文献数
1 2

Carboxylesterase(CES)は,エステル結合やアミド結合によって分子修飾された医薬品の代謝に重要な役割を果たしている.プロドラッグに代表される医薬品の分子修飾は,バイオアベイラビリティや薬効の改善を達成することが可能な創薬手法の一つである.本稿では,創薬を考える上で,代謝活性化の中心的役割を担っているCESの細胞局在性,基質特異性,種差,臓器差,個人差について概説する.
著者
榊原 敏弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.4, pp.170-173, 2012 (Released:2012-04-10)
参考文献数
3

「薬の候補」を用いて国の承認を得るために行われる臨床試験を「治験」といい,この「治験」に用いる薬のことを「治験薬」という.「治験薬」を製造する際に遵守すべき適切な製造管理および品質管理の方法ならびに必要な構造設備に係る事項を定めた基準が治験薬GMPである.米国で起こった薬害に端を発して1963年に米国でGMPが制定された.日本でも,1980年にGMPが厚生省令として公布された.GMPは国に承認を得た医薬品を対象としており,治験薬はGMPの対象外であったが,1997年の省令GCPの制定に伴い,治験薬GMPが厚生省薬務局長通知として発出された.本稿では,治験薬GMPの21の条文の中から「1. 目的」,「5. 治験薬製造部門及び治験薬品質部門」,「13. 変更の管理」,「14. 逸脱の管理」,「18. 教育訓練」を取り上げて,解説を加えた.
著者
中井 康博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.133, no.6, pp.337-340, 2009 (Released:2009-06-12)
参考文献数
4
被引用文献数
1

薬物の吸収には複数の機構があるため,創薬段階においてもそれらを含む高次評価としてモデル動物を用いたin vivo評価を実施することが望ましい.しかし,in vivoの評価系では代謝なども寄与する生物学的利用率(Bioavailability:BA)と吸収率を切り分けることは煩雑な手技が必要となる.適切な仮定をおくことによって,限られた情報の中からBAと吸収率を算出すること,適切なモデル動物の選択をすることによりヒトにおける吸収性を予測することが創薬段階における吸収性の評価には重要である.また,吸収性の評価において,溶解性と投与量の関係を考慮することは不可欠である.本稿では物性の評価,in vitroでの吸収性評価を終えた段階でin vivoの吸収性評価を実施する際に筆者がどのような手法を用いているかを述べる.
著者
久留 一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.6, pp.325-329, 2010 (Released:2010-12-06)
参考文献数
13
被引用文献数
2

高尿酸血症は高血圧患者の心血管事故の危険因子であることが報告されている.その原因として尿酸トランスポーターの役割が注目されている.尿酸トランスポーターURAT1は腎での尿酸再吸収を担い血清尿酸値を規定する分子であるが,近年URAT1が腎のみならず,血管や脂肪細胞に発現し尿酸を細胞内に取り込み細胞内レドックスの異常を惹起して血管の炎症やアディポサイトカインの分泌異常を惹起する.この事実は高尿酸血症による臓器障害は細胞内尿酸濃度の増加によると考えられる.一方で低すぎる血清尿酸値も相対的な酸化ストレスの増大が血管の攣縮を来して,腎不全のみならず心血管事故に関与する可能性が示されている.高尿酸血症・痛風の治療ガイドラインに沿った高尿酸血症合併高血圧の管理が重要である.
著者
新谷 紀人 橋本 均 馬場 明道
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.123, no.4, pp.274-280, 2004 (Released:2004-03-25)
参考文献数
35
被引用文献数
4 5 1

PACAPは神経伝達物質·神経調節因子としての作用のほか,神経栄養因子様の作用や神経発生の調節作用が示唆されている神経ペプチドである.これまで主として脳室内投与実験からPACAPの高次脳機能調節作用の一端が示唆されてきた.しかし,薬理学的濃度よりも極めて低濃度でも作用が認められることから,PACAP投与実験の結果が生体内におけるPACAPの働きとして普遍化できるものではなかった.そこで最近著者らは,PACAPの遺伝子欠損マウス(PACAP-KO)を作成し,主として行動薬理学的解析により本マウスの種々の高次脳機能を解析した.PACAP-KOは新規環境や新規物体刺激に対する反応性が変化しており,不安レベルの低下あるいは好奇心の亢進が認められた.また各種中枢神経作用薬に対する反応性が変化していることも見い出された.PACAP-KOでは記憶·学習の分子基盤として考えられているin vivo LTP形成や,記憶·学習行動にも異常が見い出された.また雌性PACAP-KOでは交配時の行動異常に起因すると考えられる妊孕率の低下が認められた.以上の結果により,多様な高次脳機能の調節にPACAPが関与することが示されたとともに,内因性PACAPの予想外の生理機能が見い出された.また,これらの精神運動行動の異常はある種のヒト精神疾患の一面を反映すると考えられることから,本マウスがこれらの疾患の発症メカニズム等を解析する上で有用なツールとなる可能性が示されたと言える.

2 0 0 0 OA 肝機能障害

著者
池田 敏彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.6, pp.454-459, 2006 (Released:2006-08-01)
参考文献数
47
被引用文献数
1 1 1

薬物性肝障害には,用量依存的で動物実験でも再現される非特異体質性肝障害と,動物実験では再現できない特異体質性肝障害が知られている.両者とも化学的に反応性の高い代謝物の生成が最初の引き金であると考えられている(一次反応).これに続いて,大部分は未解明のままであるものの,免疫システムの活性化が原因であると考えられ,非特異体質性肝障害では自然免疫システムが,特異体質性肝障害ではこれに加えてアレルギー反応や自己・非自己認識に関わる免疫システムが関与すると推察される(二次反応).アセトアミノフェンに代表される非特異体質性肝障害においては,反応性代謝物による細胞傷害と細胞ストレスが進行すると,クッパー細胞が細胞傷害性リンパ球を肝臓に動員し,これらの細胞からインターフェロンγが分泌されることによって種々サイトカインの産生が刺激されることが,肝障害発現に重要な鍵となると考えられている.一方,特異体質性肝障害については,二次反応が重きをなすと推察されており,臨床像からはハロセンに代表されるアレルギー性特異体質性肝障害とトログリタゾンに代表される代謝性特異体質性肝障害に分類される.前者は薬疹,発熱および好酸球増多などのアレルギー症状を伴い,薬物曝露から比較的短期間(1カ月以内)に発症するのに対し,後者ではこのような症状が無く,発症までに長期間を要する点で異なっている.ハロセンの場合,反応性代謝物でハプテン化されたタンパク質に対する数多くの抗体が生じており,その種類によってはアレルギー性反応の原因となっているものと考えられる.代謝性特異体質性肝障害では恐らくこのような抗体が少量であるか,あるいは産生していないと推察される.しかし,2種類の特異体質性肝障害とも,反応性代謝物で化学修飾されたタンパク質が,免疫系により非自己と認識されることが肝障害の原因ではないかと推察される.
著者
小島 肇夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.2, pp.52-55, 2018 (Released:2018-02-07)
参考文献数
25
被引用文献数
1

動物実験を用いない代替法については,遺伝毒性・内分泌かく乱・局所毒性試験のin vitro試験法の開発が一段落し,化学物質,農薬,医薬品および化粧品の安全性評価において行政的な利用が進んでいる.日本も経済協力開発機構(OECD:Organisation for Economic Co-operation and Development)等における試験法開発で貢献してきた.世界の潮流は全身毒性(反復投与毒性,発がん性,免疫毒性,生殖毒性等)代替法の開発に向かっている.特に生理学的薬物動態PBPK(physiologically based pharmacokinetic)モデル,トキシコキネティクスの開発が盛んである.日本においても全身毒性試験のin vitro試験法,in silicoの利用検討が始まった.
著者
本間 健資
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.27-36, 1978 (Released:2007-03-29)
参考文献数
30
被引用文献数
3 4

マウスにmethamphetamine(MA)を40mg/kg i.p.投与して群居させると,1匹ずつ,隔離した時に比べて死亡率が大幅に上昇した.この死亡率は,同居する他のマウスがMAを投与されているか否かにより変化しなかった.マウスを1匹ずつ透明ケージに入れて並べても完全隔離マウスに比べて死亡率は高かった.群居マウスを収容するケ一ジの面積を大きくしても,死亡率はほとんど下がらなかった.Neurolepticsはいずれも少量でMA群居毒性に拮抗したが,clozapineは作用が弱く,sulpirideは無効であった.αおよびβ遮断薬のうちでphentolamineとpropranololが高い投与量で群居毒性に拮抗した.Reserpineとtetrabenazineの前処置は明らかに群居毒性に拮抗した.Tyrosine hydroxylase阻害薬であるH44/68は強力な拮抗作用を示したが,dopamine-β-hydroxylase阻害薬であるDDC,U-14,624,FLA63の拮抗作用はやや弱かった,MAを5mg/kg i.p.投与して群居させたマウスの死亡率は約3%であった.Reserpineの同時投与,clonidine,L-DOPA,MAO阻害薬であるtranylcypromine,atropine sulfate,methysergide,cyproheptadine,benzodiazepine系抗不安薬などは,MA5mg/kg i.p.投与時の群居毒性を増強した.Apomorphincは増強しなかった.MAを120mg/kg i.p.投与すると隔離マウスの死亡率は約90%であった.これに対しpropranololがわずかに抑制作用を示した他は,phentolaminc,chlorpromazine,haloperidolは大量投与でも全く抑制しなかった.以上の結果から,マウスはMAを投与された状態では他のマウスの存在を認識することが死亡率の上昇をもたらし,この現象には,catecholamine特にnorepinephrineの役割りが重要であるように思われる.Neurolepticsは,主に中枢におけるα遮断作用により群居毒性に拮抗する事が示唆された.
著者
渡邊 泰男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.5, pp.285-289, 2016 (Released:2016-05-13)
参考文献数
36

システインのチオール基側鎖にイオウ原子が繋がったポリサルファー化システインなどの活性イオウ分子は,細胞のレドックス恒常性の維持に重要な生理活性物質である.実は,これまでに,ほ乳類動物では活性イオウ分子の存在が知られていたが,その生体におけるシグナル応答と制御メカニズムについては不明であった.近年,質量分析法によるプロダクト解析によって,ヒト組織・血漿中に低分子から高分子の多種多様な活性イオウ分子が存在することが発見された.その一部は既知のグルタチオンと比しても,極めて強力な活性酸素消去能を有することが分かってきた.興味深いことは,このポリサルファーシステインは,タンパク質の構成アミノ酸にも認められていることである.これまで,タンパク質構成アミノ酸中の特定のシステインのチオール基の化学修飾(酸化,S-ニトロシル化,S-グルタチオン化,アルキル化)が,そのタンパク質の機能制御に関わることが報告されていた.つまり,この〝再発見〟された活性イオウ分子は,これまでのシステインチオール基を介した酸化修飾に新たに,あるいは既に相乗りする形でタンパク質機能を制御していると考えられる.本稿では,活性イオウ分子のユニークな生理機能の1つである細胞内タンパク質の修飾について,これまでのシステインのチオール基の化学修飾との関連性について述べる.
著者
植田 勇人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.116-118, 2007 (Released:2007-02-14)
参考文献数
15

欧米の抗てんかん薬の臨床開発事情から10数年の遅れをとり,我が国でもここ数年以内にトピラメイト,ラモトリジン,レベチラセタムなどの上市をみる予定である.2006年には既にガバペンチンが上市された.いずれも他剤との併用療法使用に限られるが,それぞれが有する抗てんかん作用機序が異なるため,従来の抗てんかん薬に難治性を示してきたてんかん性病態に対しての多角的なアプローチが可能で,多くの奏功事例を産むことが強く期待される.ここでは,すでに海外で報告されている新規抗てんかん薬の副作用や従来薬との相互作用などに触れながら,薬物治療の将来展望に言及する.
著者
笠松 真吾 藤井 重元 赤池 孝章
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.5, pp.299-302, 2016 (Released:2016-05-13)
参考文献数
10

システインパースルフィドなどの活性イオウ分子種は,チオール基に過剰にイオウ原子が付加したポリスルフィド構造を有する化合物であり,通常のチオール化合物に比べ,高い求核性と抗酸化活性を有している.近年,ポリスルフィドは,システインやグルタチオンなどの低分子チオール化合物だけでなく,タンパク質中のシステイン残基にも多く存在し,細胞内の様々なタンパク質がポリスルフィド化されていることが明らかになってきた.タンパク質中のシステインチオール基は,活性酸素や親電子物質によりもたらされる酸化ストレスのセンサーとして重要な役割を果たしていることが知られており,ポリスルフィド化はタンパク質機能制御を介したレドックスシグナル伝達メカニズムとして,細胞機能制御に関与することが予想される.しかしながら,複雑な化学特性を有するポリスルフィドは検出が難しいことから,生体内におけるタンパク質ポリスルフィド化の分子メカニズムやその生理機能は不明な点が多く残っており,特異的で高感度,かつ簡便なポリスルフィド化タンパク質検出方法の開発が求められている.タンパク質ポリスルフィド化の検出に関してはこれまで様々な問題点があり研究進展の妨げになっていたが,最近,信頼性のあるポリスルフィド化タンパク質の解析方法が報告され,様々なタンパク質が内因的にポリスルフィド化していることや複雑なポリスルフィドの構造と化学特性などが徐々に明らかになってきている.検出におけるいくつかの問題点は残されているものの,プロテオミクス研究への応用も期待されている.今後さらに,タンパク質ポリスルフィドのユニークな構造と化学特性に基づく特異的で高感度な検出方法の開発を進めることにより,タンパク質ポリスルフィドの生物学的意義の解明が大きく進展するものと考えられる.