著者
秋吉 恵 重岡 恒彦 鳥居 慎一 牧 栄二 榎本 悟 高橋 宏正 平野 文也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.3, pp.175-184, 2002 (Released:2002-12-24)
参考文献数
31
被引用文献数
2 3 3

レボカバスチンは4-arylcyclohexylamine誘導体のひとつで,ベルギーのヤンセン社において合成された新規H1ブロッカーである.選択性が高く,特異的なヒスタミンH1受容体遮断作用のほかに,肥満細胞からのケミカルメディエーター遊離抑制作用や好中球·好酸球の遊走抑制作用を持つ.ヒスタミン点眼および感作動物への抗原点眼により誘発した結膜炎モデルにおいて,レボカバスチンは結膜炎症状を改善した.レボカバスチンはモルモットにおける抗原誘発結膜炎モデルの涙液中ヒスタミン量増加の抑制や,ヒスタミン点眼並びに抗原点眼による結膜炎モデルでの血管透過性亢進をレボカバスチンが抑制することが示された.また,ヒスタミンおよびサブスタンスP誘発鼻炎モデル並びに感作動物における抗原誘発鼻炎モデルにおいて,レボカバスチンは血管透過性亢進を抑制した.さらに,レボカバスチンの抗ヒスタミン作用用量と非特異的作用用量との差(特異性指数)は他の抗アレルギー薬と比べ非常に大きく,その非特異的作用としては眼瞼下垂が認められたのみであった.このような選択的,特異的な抗アレルギー作用と,局所投与経路の優位性を有するレボカバスチンは,臨床においてアレルギー性結膜炎並びに鼻炎治療薬としての有用性が期待され,国内外の臨床試験においてアレルギー性結膜炎や春季カタル,アレルギー性鼻炎の治療に有効かつ安全な薬剤であることが示されている.
著者
大村 剛史 川嵜 哲雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.1, pp.37-46, 2006 (Released:2006-03-01)
参考文献数
43

塩酸エピナスチンは,1975年にドイツベーリンガーインゲルハイム社により合成されたアレルギー性疾患治療薬である.日本においては,気管支喘息,アレルギー性鼻炎,蕁麻疹,湿疹・皮膚炎,皮膚掻痒症,痒疹,掻痒を伴う尋常性乾癬の治療薬として,1994年4月にアレジオン®錠10およびアレジオン®錠20として輸入承認を取得し,同年6月から販売している.その後,小児への適用のためドライシロップ製剤の開発が進められ,アレルギー性鼻炎,蕁麻疹,皮膚疾患(湿疹・皮膚炎,皮膚掻痒症)に伴う掻痒の適応症にて2005年1月にアレジオン®ドライシロップ1%として承認された.本薬は選択的ヒスタミンH1受容体拮抗作用を主作用とし,ロイコトリエンC4(LTC4),血小板活性化因子(PAF),セロトニン等に対する抗メディエーター作用と肥満細胞からのメディエーター(ヒスタミン,SRS-A(LTs),PAFなど)の遊離抑制作用を有しており,アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎などに効果を示すと考えられている.また,種々の病態モデル(皮膚炎モデル,皮膚掻痒モデルおよび鼻炎モデルなど)で効果を示すことが明らかとなっている.臨床試験においては,アレルギー性鼻炎およびアトピー性皮膚炎患児において,ケトチフェンドライシロップとの非劣性が検証された.また,安全性にも特に問題はみられなかった.さらにアトピー性皮膚炎患児に12週間投与し,掻痒に対する有効性と安全性が確認された.また,中枢への作用が少ないことは非臨床ならびに臨床試験において明らかとなっている.以上のように,本剤の抗ヒスタミン作用は強力で,その作用発現は速く作用持続も長い小児用製剤として初めての1日1回の用法を持つドライシロップ製剤である.また,本剤は選択的ヒスタミンH1受容体作用を有するが,従来の抗ヒスタミン作用を有する小児用のドライシロップ剤とは異なり中枢移行性が少なく,中枢抑制作用の少ない特性を有する.
著者
関 成人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.5, pp.368-373, 2007 (Released:2007-05-14)
参考文献数
13
被引用文献数
1

排尿障害は蓄尿(尿をためる)障害と排出(尿を出す)障害に大別される.蓄尿障害には排尿筋の収縮を抑制する薬物(抗コリン薬や平滑筋弛緩薬)あるいは膀胱出口部抵抗を増強する薬物(α1およびβ2受容体作動薬)が用いられ,排出障害には排尿筋収縮を増強する薬物(コリンエステラーゼ阻害薬など)ないし膀胱出口部抵抗を減弱させる薬物(α1遮断薬や抗男性ホルモン薬)が適用される.しかし閉塞性疾患(前立腺肥大症など)と合併する過活動膀胱に代表される,蓄尿および排出障害が混在する病態における抗コリン薬の有用性は十分確立されておらず,その使用は慎重に行う必要がある.排尿障害の薬物治療における問題点としては,排尿筋収縮力障害に対する有効な薬物に乏しいことと,有病率の高い過活動膀胱に対する第一選択薬である抗コリン薬の有害事象が挙げられ,抗コリン作用とは異なる作用機序を有する治療薬物の臨床応用や開発が進められている.
著者
池田 文昭
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.4, pp.339-344, 2003 (Released:2003-09-19)
参考文献数
15
被引用文献数
8 9

ミカファンギンナトリウム(以下,ミカファンギン,商品名:ファンガード)は,リポペプチド系抗真菌物質の誘導体合成研究により創出されたキャンディン系抗真菌薬である.ミカファンギンは,真菌細胞壁の主要構成成分である1,3-β-glucanの生合成を非競合的に阻害し,深在性真菌症の主要起因菌であるCandida属およびAspergillus属に対して優れた抗真菌活性を示した.その作用様式はCandida属に対して殺菌的であり,A. fumigatusに対しては菌糸先端部破裂による菌糸発育阻止作用であった.また,ミカファンギンはCandida属の主要菌種およびA. fumigatusによる各種マウス感染モデルにおいて,アゾール系抗真菌薬よりも優れ,アムホテリシンBとほぼ同等の感染防御効果を示した.国内における臨床試験ではアスペルギルス症に対して57.1%,カンジダ症に対して78.6%の総合臨床効果が得られた.副作用は17.9%に認められたが,その程度は軽度または中等度で,用量依存的に発現する副作用やミカファンギンに特徴的な重篤な副作用は認められなかった.これらの基礎および臨床試験成績からミカファンギンはAspergillus属およびCandida属による深在性真菌症に高い有効性を有し,かつ安全性に優れ,これら深在性真菌症の第一選択薬として幅広い病態の患者に使用できる薬剤と考えられる.
著者
山口 高史 植仲 和典 今岡 丈士
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.6, pp.469-477, 2008 (Released:2008-06-13)
参考文献数
16
被引用文献数
1 2

タダラフィル(シアリス®錠5 mg,10 mg,20 mg)は,強力かつ選択的なPDE5阻害作用を有する勃起不全(ED)治療薬である.In vitro試験系において,タダラフィルは強力なPDE5阻害作用を示したが,その他のPDEアイソザイムに対する作用は弱く,視覚機能への影響などの有害事象が発現する可能性が低いことが示唆された.タダラフィルはニトロプルシドナトリウム(SNP)によるヒト陰茎海綿体組織中のcGMP濃度上昇作用を増強させ,また,ヒト陰茎動脈あるいは陰茎海綿体平滑筋に対するSNP,アセチルコリンまたは電気刺激による弛緩作用を増強させた.以上の成績から,タダラフィルはそのPDE5阻害作用により,性的刺激によって産生されるNOによる平滑筋弛緩作用を増強させ,EDに対して治療効果をもたらすものと推察された.臨床薬理試験の結果から,タダラフィルの血漿中消失半減期は他のPDE5阻害薬より長く,また,薬物動態に対する明らかな食事の影響を受けないことが明らかにされた.臨床試験の結果から,性行為の前に必要に応じてタダラフィルを服用することで重症度や病因の異なるED症例の勃起機能が有意に改善することが立証され,忍容性および安全性も明らかにされた.反応時間を検討した臨床試験結果からタダラフィルは投与後30分以内に効果を発現すると考えられ,また投与後36時間まで有効性が認められている.
著者
藤田 秋一 置塩 豊 竹内 正吉 畑 文明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.123, no.3, pp.170-178, 2004 (Released:2004-02-29)
参考文献数
25
被引用文献数
4 3

消化管には外来性に刺激がなくとも自発運動がみられる.近年,この自発運動のペースメーカー細胞としてカハールの介在細胞(interstitial cells of Cajal: ICC)が注目されてきた.ペースメーカー細胞としてmyenteric plexus層およびsubmuscular plexus層に分布するICCが考えられており,ICCで発生した活動電位は隣接する平滑筋細胞へと伝えられ,消化管の自発運動が引き起こされると考えられている.またコリン作動性神経あるいはnitrergic神経を介する平滑筋の収縮あるいは弛緩反応は,神経から一旦ICCにそのシグナルが伝わり,その後ICCからgap junctionを介して平滑筋細胞へとシグナル伝達が起こると考えられている.これらの知見はICCを欠如したミュータントマウス(W/WVおよびSl/Sld)を用いた検討により,主に食道,胃および小腸において明らかにされてきた.W/WVマウスでさらに詳細に検討することにより,小腸ではペースメーカー細胞としての働きを担うと考えられてきたmyenteric plexus層のICC-MYが,神経を介する収縮·弛緩反応に深く関わっていることが判明した.さらに伸展反射によって引き起こされる上行性収縮および下行性弛緩はW/WVマウスの小腸ではみられないことから,ICC-MYが蠕動反射に関与する神経経路のシグナル伝達に関わることが示唆された.一方,ICC-MYおよび輪走筋層内に分布するICC-IMが完全に消失しているW/WVマウスの遠位結腸においては,伸展刺激などによる神経を介する収縮·弛緩反応はwild typeマウスと同様にみられた.従って遠位結腸においては,神経から平滑筋細胞への神経伝達にICC-MYおよびICC-IMが関与することはなさそうである.消化管運動調節へのICCの関与の度合い,あるいは関与の様式は消化管の部位により異なると考えられる.
著者
兼松 隆 照沼 美穂 後藤 英文 倉谷 顕子 平田 雅人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.123, no.2, pp.105-112, 2004 (Released:2004-01-23)
参考文献数
52

イオンチャネル内蔵型のGABAA受容体は,γ-アミノ酪酸(GABA)をトランスミッターとし,脳における抑制性神経伝達をつかさどる主要な受容体である.この受容体の異常は,不眠·不安·緊張·けいれん·てんかんなどの様々な病態を引き起こすことが知られ,GABAA受容体の正常な働きは,複雑な脳·精神機能を形成する分子的基盤の重要な一角をなす.興奮性神経伝達機構の解析が分子レベルで進む中,抑制性神経伝達機構の解析は後手にまわっている感があった.しかし近年,GABAA受容体の相互作用分子が次々と発見され,それらの分子をとおしてGABAA受容体の機能制御機構を解析することで,その全体像が明らかになりつつある.本総説は,現在明らかになっているGABAA受容体の構築から分解系に至る分子メカニズムを「GABAA受容体の一生とそれを調節する分子達」と題してまとめたものである.我々は,新規イノシトール1,4,5-三リン酸結合性タンパク質(PRIP-1)研究を進める中,PRIP-1に相互作用する2つの分子を同定した.その一つがGABARAP(GABAA受容体の膜輸送に関係があるとされる分子)であったことから,PRIP-1欠損マウスを作製しGABAシグナリングの解析を行った.するとこのマウスは,GABAシグナリングに変調をきたした.また,PRIP-1はプロテインホスファターゼであるPP-1に結合し,この酵素活性を負に調節する.最近,PRIP-1がGABAA受容体自身のリン酸化/脱リン酸化反応をPP-1の酵素活性を制御することで調節することをみいだした.あわせてここで紹介する.今後,抑制性神経伝達機構解明研究が分子レベルで進めば,複雑な脳·精神機構の理解が深まり,多くの脳·精神疾患の新しい治療法や新薬の開発につながることが期待できる.
著者
佐々木 康夫 長井 紀子 沖村 勉 山本 格
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.89, no.1, pp.1-7, 1987 (Released:2007-02-23)
参考文献数
24
被引用文献数
6 3

シアニン系感光色素であるlumin(4,4'-{3-[2(1-ethyl-4-(1-H)quinolidene)ethylidene]}propenylene[bis(1-ethyl quinolinium iodide)])を用いて,種々のアレルギー反応に及ぼす影響を検討し,以下の成績を得た.1)luminはIgE抗体産生を軽度に抑制したが,IgMおよびIgG抗体産生には何ら影響を及ぼさなかった.2)luminはラットの481時間homologous PCAを軽度に抑制し,in vitroの抗原抗体反応によるhistamine(His)遊離に対しても若干の抑制作用を示した.3)luminは遅延型過敏(DTH)反応においてcyclophosphamide(CY)によるDTH反応の亢進を有意に抑制した.以上の結果より,luminは免疫薬理作用を介することにより抗アレルギー作用を示すことが示唆された.
著者
丹羽 俊朗 本田 真司 白川 清治 今村 靖 大崎 定行 高木 明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.2, pp.93-103, 2006 (Released:2006-08-31)
参考文献数
144
被引用文献数
2 2

選択的セロトニン再取り込み阻害薬フルボキサミンの薬物相互作用に関するin vitro阻害試験および臨床試験の報告を総説としてまとめた.まず,各cytochrome P450(CYP)の代表的な基質であることが知られている薬物に対するin vitro阻害試験および臨床試験結果を整理した.In vitro阻害試験において,フルボキサミンはCYP2A6,CYP2C9,CYP2D6,CYP2E1およびCYP3A4に比べCYP1A2およびCYP2C19を強く阻害し,臨床試験での阻害効果はCYP1A2>CYP2C19>CYP3A4>CYP2C9>CYP2D6(阻害無し)の順である.次に,国内にてフルボキサミンと併用される約80種の薬物(特に血糖降下薬および高血圧治療薬)とフルボキサミンとの薬物相互作用のin vitro阻害試験および臨床試験の報告を調査したが,いずれも一部の薬物で検討されているのみであった.そこで,それぞれの薬物の代謝に関与する薬物代謝酵素および尿中未変化体排泄率を調査したが,主にフルボキサミンにより阻害されるCYP(特にCYP1A2およびCYP2C19)で代謝される薬物ではフルボキサミンとの併用の際には注意を要し,代謝を受けにくく尿中未変化体排泄率が高い薬物ではフルボキサミンによる薬物相互作用を受けにくいことが推察される.したがって,フルボキサミンとの併用治療を行う際には,併用薬の薬物動態を考慮し,CYP阻害による薬物相互作用を起こしにくい併用薬を選択する必要があると考えられる.
著者
矢賀部 隆史 宮下 達也 吉田 和敬 稲熊 隆博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.5, pp.256-261, 2013 (Released:2013-05-10)
参考文献数
60
被引用文献数
2 1

野菜や果物は栄養学上「体の調子を整えるもの」として,ビタミン,ミネラルの重要な供給源であるが,これら栄養成分の他にも,ファイトケミカルと呼ばれる「健康によい影響を与える」化合物が微量含まれている.中でも,天然の色素であるカロテノイドは,経口摂取すると吸収,運搬され,様々な組織に蓄積する.カロテノイドは,そのプロビタミンAとしての作用や活性酸素を消去する抗酸化作用から,多くの疾病の予防や改善への効果が期待されてきた.本総説では,野菜や果物に含まれている主なカロテノイドである,リコピン,β-カロテン,ルテイン,ゼアキサンチン,β-クリプトキサンチン,カプサンチンについて,それぞれ特にエビデンスが蓄積し,予防や改善が確かになりつつある疾病への効果について,最近の疫学研究の成果を中心に紹介する.
著者
佐藤 廣康 西田 清一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.3, pp.126-129, 2015 (Released:2015-09-10)
参考文献数
11

シノメニンは漢方生薬,防已の主要含有フィトケミカルである.シノメニンの主たる心循環作用は血管弛緩作用であり,血管内皮依存性と血管平滑筋への複雑な作用機序に起因している.木防已湯と防已含有シノメニン単独の血管弛緩作用を比較すると,シノメニンは老齢ラットに対して弛緩作用が減弱するが,木防已湯は老齢ラットでもその弛緩作用を保持した.したがって,木防已湯に含有する多数の生薬成分,含有フィトケミカルによる複雑な相互作用によって,木防已湯は薬理作用の加齢変化を受けにくくなっていると推測された.一方,シノメニンは心室筋膜イオンチャネルにも作用し,抗不整脈作用を示し,心筋保護作用を表すことが解明された.よって,木防已湯エキス剤によって循環器疾患を改善する可能性が示唆された.すでに漢方薬を用いた診療は広い領域に応用されており,そのエビデンスも少しずつ構築されつつあるが,循環器領域における漢方薬,木防已湯の臨床適用に関する研究の発展は,今後一層期待される.
著者
和田 悌司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.1, pp.22-26, 2013 (Released:2013-01-10)
参考文献数
39

骨転移は乳がん,前立腺がん,甲状腺がん,腎がん,肺がんをはじめとする種々のがん患者において高頻度で認められ,その患者数は増加する傾向にあると言われている.骨転移はしばしば重大な骨関連事象(病的骨折,脊髄圧迫,骨への放射線治療,または骨に対する外科的処置)を引き起こし,患者のQuality of Lifeを著しく低下させることから,骨関連事象の発現を抑制することが望まれている.骨病変とその結果として生じる骨関連事象には,骨内に進入したがん細胞とそれを取り巻く骨環境が関与している.骨内でがん細胞は骨芽細胞等を介してRANKL(receptor activator for nuclear factor-κB ligand:RANKリガンド)の発現上昇を引き起こす.RANKLは破骨細胞の形成,機能,および生存を司る必須の因子であり,破骨細胞および破骨細胞前駆細胞に発現するRANKL受容体(RANK)に結合し,破骨細胞による骨吸収を促進することで骨破壊を誘導する.骨吸収の際にはがん細胞の増殖や生存を促す因子が放出され,がん細胞のさらなる自己増強(悪循環)に陥る.非臨床試験において,この「悪循環」に重要な役割を果たす分子のひとつであるRANKLを阻害することで,骨病変の進行抑制が認められることが乳がん,前立腺がん,および肺がんのマウスモデル等において確認されている.近年,ヒトRANKLに特異的かつ高い親和性を示すヒト型抗RANKLモノクローナル抗体,デノスマブによるRANKL阻害への期待が寄せられていることから,本稿では,デノスマブの作用機序およびデノスマブの標的であるRANKLに関して基礎研究データを概説するとともに,RANKL/RANK経路に関する最近の研究を紹介する.
著者
中西 康友 樋口 潤哉 本田 直樹 小村 直之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.156, no.6, pp.370-381, 2021 (Released:2021-11-01)
参考文献数
46
被引用文献数
6

アナモレリン塩酸塩(以下,アナモレリン)は,成長ホルモン放出促進因子受容体タイプ1a(GHS-R1a)の内因性リガンドであるグレリンと同様の薬理作用を有する経口投与可能な低分子薬剤であり,食欲不振を伴う体重減少を愁訴とするがん悪液質の治療薬として本邦で初めて承認された.アナモレリンは,培養ラット下垂体細胞からの成長ホルモン(GH)の分泌を促進し,ラット,ブタ及びヒトへの経口投与によって血漿中GH濃度を増加させた.また,ラットにアナモレリンを1日1回6日間反復経口投与したとき,初回投与後から摂餌量の増加を伴う体重増加が認められた.アナモレリンはGHS-R1aに対する選択的な作動薬であり,GHS-R1aを介して下垂体からのGH分泌を促進するとともに摂餌量を増加させ,その結果として体重増加作用を示すと考えられた.非小細胞肺がんに伴うがん悪液質患者を対象とした2つの国内第Ⅱ相試験において,除脂肪体重(LBM)及び体重の減少並びに食欲不振を改善することが確認された.また,消化器がんである大腸がん,胃がん及び膵がんを対象とした国内第Ⅲ相試験においても,LBM及び体重の維持・増加並びに食欲不振の改善が認められ,大腸がん,胃がん及び膵がんでのがん悪液質に対する有効性が確認された.なお,非小細胞肺がんに伴うがん悪液質患者を対象とした海外第Ⅲ相試験で認められた有効性は,2つの国内第Ⅱ相試験の結果と一貫するものであった.安全性については,肝機能パラメータの異常,心機能及び血糖上昇に関連した副作用が認められたものの,重大なリスクと考えられる事象は認められなかった.以上,アナモレリンは,これまで有効な治療法がなかったがん悪液質の治療薬として,医療現場に新たな一手をもたらすことが期待される.
著者
大澤 匡弘 山田 彬博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.4, pp.201-202, 2013 (Released:2013-10-10)
参考文献数
8
著者
丸山 祐哉 吉田 拓允 丸山 格
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
pp.22161, (Released:2023-07-15)
参考文献数
38

抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎(AAV)は全身の臓器病変を伴う壊死性の血管炎である.グルココルチコイド(GC)と免疫抑制薬を組み合わせた標準療法によりAAVの予後は大きく改善されているものの,GC使用に伴う副作用など対処すべき問題が残されている.アバコパン(タブネオス®カプセル)はAAVのうち,顕微鏡的多発血管炎(MPA)及び多発血管炎性肉芽腫症(GPA)を効能または効果として,本邦で2021年9月に製造販売承認された経口投与可能な選択的C5a受容体(C5aR)拮抗薬である.補体成分C5aによって引き起こされる好中球の機能亢進(プライミング)はAAVの病態形成に深く関与するが,アバコパンはC5aRの拮抗阻害を通じてこれを抑制する.非臨床試験においてアバコパンはC5a-C5aRシグナルの活性化によって引き起こされる好中球の細胞走化性やプライミングに対して抑制作用を示した.また,ANCAによって誘発される糸球体腎炎モデルマウスの腎炎及び腎障害の発症を有意に抑制した.MPA及びGPAを対象とした日本を含む国際共同第Ⅲ相臨床試験(ADVOCATE試験)において,アバコパン群はプレドニゾン群と比較し,26週時の寛解について非劣性を,また52週時の寛解維持について優越性を示し,主要評価項目を達成した.同時に,Glucocorticoid Toxicity Indexによってスコア化されたGC毒性はアバコパン群で有意に低く,また,GCとの関連が否定できない有害事象の発現も少なかった.さらに,推算糸球体ろ過量(eGFR)による腎機能評価についても,アバコパン群はプレドニゾン群と比較して良好な改善作用を示した.以上,補体系を標的とする新規作用機序を有するアバコパンは,GCによる副作用の軽減や腎機能の改善を可能とするAAVの新たな治療選択肢になると期待される.
著者
大木 雄太
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.3, pp.145-148, 2020 (Released:2020-05-01)
参考文献数
22
被引用文献数
3 3

アルコールは,身近に存在する嗜癖性を有する物質であり,多量飲酒はアルコール依存症の発症につながりうる.アルコールをはじめ依存症形成に共通して重要と考えられているのは,脳内の報酬系回路といわれる中脳腹側被蓋野から側坐核に投射するドパミン神経系の活性化であり,側坐核におけるドパミンの遊離により快の情動が生じる.アルコール依存症においては,内因性オピオイドとその受容体であるオピオイド受容体が報酬系回路の制御に重要な役割を果たす.アルコールを摂取すると,腹側被蓋野や側坐核においてβ-エンドルフィンやダイノルフィンなどの内在性オピオイドペプチドが遊離される.β-エンドルフィンはμオピオイド受容体を活性化し,報酬系回路を賦活することで,正の強化効果を生じさせる.一方で,ダイノルフィンはκオピオイド受容体を活性化し,負の強化効果を生じさせる.アルコールによるオピオイド受容体を介したこれらの作用が,アルコールの摂取欲求を高め,アルコール依存症に関与すると考えられている.ナルメフェンはオピオイド受容体調節薬であり,オピオイド受容体に作用することで,報酬系回路を制御し,アルコール依存症患者における飲酒量低減効果を示すと考えられている.アルコール依存症の治療の原則は,断酒の継続であるが,近年は,ハームリダクションの概念が提唱され,ヨーロッパでは2013年からナルメフェンが飲酒量低減薬として使用されてきた.日本においても,アルコール依存症治療における飲酒量低減を治療目標に加えることが,2018年の治療ガイドラインにより示された.本総説では,最初に,アルコール依存症における脳内報酬系回路とオピオイド受容体との関連についてまとめ,次に,ナルメフェンの薬理学的作用について,非臨床試験及び臨床試験の結果をまとめる.
著者
張 剛太 中江 良子 石川 康子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.4, pp.267-272, 2006 (Released:2006-06-01)
参考文献数
40
被引用文献数
1 1

生活習慣病,老化,体液・電解質の代謝異常,薬物の副作用やシェーグレン症候群等の原因により口腔乾燥症が発症する.唾液成分の99%以上は水であり,唾液腺において水輸送は極めて重要である.水を大量に輸送する臓器では,水チャネル・アクアポリン(AQP)がその役割を果たしており,唾液腺にはAQP1,AQP3,AQP5,AQP8の存在が認められている.耳下腺のM3ムスカリン受容体やα1アドレナリン受容体が刺激を受容すると管腔膜側にてAQP5がラフトとともに細胞内移動することが,Triton X-100による可溶化実験やsucroseおよびOptiPrepによる浮揚実験さらには免疫組織化学を応用した共焦点顕微鏡や電子顕微鏡による可視化実験によっても認められた.そして,持続的唾液分泌促進薬・セビメリンはAQP5の管腔膜での持続的な増量を誘導した.本総説では,口腔乾燥症の発症機序をAQP5の細胞内移動との関連で解説するとともに,セビメリンのこの疾患に対する治療効果について病因別に概説する.
著者
瀧原 圭子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.5, pp.239-243, 2016 (Released:2016-11-01)
参考文献数
23

肺高血圧症(PH)はさまざまな病態に関連して発症することが知られており,第5回ワールドシンポジウムによる肺高血圧症の臨床分類(Nice分類)では病因・病態が類似していると考えられる症例を5つの群に分類している.しかしながら,第5群には「詳細不明・複合的要因による肺高血圧症」として,未だ発症の因果関係が明確でない多様な疾患も数多く含まれている.肺動脈性肺高血圧症(PAH)の病態は,肺動脈のれん縮と器質的病変に由来し,肺動脈病変は血管構成細胞の異常増殖を伴う血管リモデリングにより形成される.肺動脈血管リモデリングには遺伝子異常だけでなく,構成細胞の増殖を制御するさまざまな増殖因子やサイトカイン,そしてこれらの情報伝達系の異常が深く関与していると考えられているが,その発症・進展過程に「炎症・感染」というプロセスも大きく関わっていることが近年指摘されている.Human immunodeficiency virus(HIV)感染だけでなく,他のウイルス感染により引き起こされた「慢性炎症」がPAH発症に関与している可能性を示唆する症例も相次いで報告されている.また,低酸素に暴露されることによりさまざまな炎症性サイトカインの産生が肺組織において増強していることも観察されている.PAH病態を理解する上で,bone morphogenic protein(BMP)シグナルと血管作動性サイトカインや増殖因子との機能的関連だけでなく,炎症性サイトカインとの関連を含めた新たな“multiple-hits theory”を理解することが必要と思われる.
著者
中瀬 朋夏 髙橋 幸一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.3, pp.130-134, 2015 (Released:2015-09-10)
参考文献数
21

生薬・植物由来の化学物質フィトケミカルは,経験的に優れたがん抑制作用を持つことが知られていたが,近年,がん予防・治療に対するエビデンスが明らかにされてきた.なかでもセスキテルペノイド類については,日本で急激に増加している乳がんに対して,抗がん作用機序の解明や,ナノテクノロジーを用いたがん組織への送達技術の開発が進み,安全で有効性の高い乳がん治療戦略の開発が注目されている.欧米で関節炎や偏頭痛の治療に使われているフィーバーフューというナツシロ菊の葉や花から抽出された主成分であるパルテノライド(PLT)は,転写因子NFκBの作用を強力に阻害する結果,オートファジーを伴う細胞死を誘導し,抗がん作用を発揮する.近年,PLTはまた,選択的にがん幹細胞増殖抑制作用を持つ小分子化合物として初めて同定され,がん幹細胞の撲滅による新しい乳がん治療法に有用である可能性が明らかにされた.他のセスキテルペノイド類においても,構造中のendoperoxide bridgeと鉄イオンとの反応によりフリーラジカル産生能力を持つマラリア特効薬,アルテミシニンやその誘導体において,がん細胞選択的な細胞毒性作用を発揮する.さらに,アルテミシニン誘導体の機能を維持したまま,がん組織への集積性と細胞内送達効率を高めたpH感受性アルテミシニン誘導体を内包するナノ粒子製剤が開発され,乳がん担がんマウスにおいて,高い腫瘍形成抑制作用が示された.薬理学的研究から臨床応用へ向けた薬剤学的な観点を含めた多角的なフィトケミカルのがん研究によって,安全で有効な乳がん治療法の開発が期待される.