著者
古川 哲史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.5, pp.375-383, 2003 (Released:2003-10-21)
参考文献数
42
被引用文献数
1 1

Na+チャネル·Ca2+チャネルなどの陽イオンチャネルに比べて,Cl−チャネルの細胞機能に果たす役割は今まであまり注目されていなかった.近年,数多くのCl−チャネルcDNAのクローニング,ヒト遺伝性疾患の原因遺伝子として複数のCl−チャネル遺伝子の同定,ノックアウトマウスの解析,Cl−チャネルタンパク質結晶のX線構造解析,タンパク質相互作用によるCl−チャネル制御など,Cl−チャネルに関して画期的な研究成果が相次いで発表された.細胞内膜Cl−チャネルは細胞内小胞の酸性化に重要であり,ClC-5は腎尿細管で低分子タンパク質の再吸収に関与し,ClC-7は破骨細胞osteoclastの骨基質吸収に関与する.これらの異常はそれぞれタンパク尿と腎結石を主徴とするDent病·骨過形成を主徴とする骨化石症osteopetrosisをもたらす.細胞表面膜Cl−チャネルのClC-K1,ClC-K2,ClC-3Bは上皮細胞に特異的に発現し,一方向性Cl−輸送に関与する.これらの異常もヒト疾患と関連しており,ClC-K1の異常は尿崩症,ClC-K2の異常はBartter症候群をもたらす.
著者
進藤 軌久 豊柴 博義
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.1, pp.41-46, 2022 (Released:2022-01-01)
参考文献数
5

世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をパンデミック(世界的大流行)と認定してから1年以上が経過した.いまだ有効な治療薬は限られており,その開発は世界中で喫緊の課題となっている.このような状況において,我々が独自に開発した人工知能(AI)システムConcept Encoderは,創薬プロセスを劇的に加速しつつある.Concept Encoderはライフサイエンス領域に特化したAIであり,膨大な文献情報の中から疾患と遺伝子の関係を学習している.そして,現時点では明らかになっていない疾患と遺伝子の関連の強さを予測し,原因性因子なのか応答性因子なのかといった疾患と遺伝子の関係性についても予測することができる.さらに,分子間相互作用や酵素基質の関係等の分子と分子の関係についても学習しており,原因性因子と応答性因子の間をつなぐ分子を網羅的に探索し,疾患の分子ネットワークの全体像を明らかにしている.我々は,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の遺伝子のいくつかに着目してCOVID-19治療薬の研究を進めており,本稿ではそのうちのひとつであるORF8に関する解析の一端を紹介する.
著者
安井 正人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.5, pp.231-234, 2019 (Released:2019-05-14)
参考文献数
17
被引用文献数
2 3

我々の身体の約2/3は水分子で構成されている.体液(水・電解質)調節は,個体の機能維持に必須である.実際,心不全など多くの疾患で体液調節の異常が認められる.驚くべきことに脳における体液調節の仕組みはほぼ未解明のままであった.最近になり,「脳リンパ流」が存在することを示唆する証拠が相次いで報告された.中でもNedergaardらが2012年に提唱した「glymphatic system」では,アクアポリン4(AQP4)が関与している可能性,睡眠によって制御されている可能性が示唆され,注目を集めた.AQP4は哺乳類の脳に主に発現していて,グリア細胞であるアストロサイトの終足(血管周囲空間とのインターフェースおよび脳室周囲)にあることから,脳の体液調節に関与している可能性が以前より示唆されていた.「Glymphatic system」は,まだ概念的な要素が多く,その実態は十分に把握されていない.一方,その解明は高次脳機能や精神・神経疾患の病態におけるグリア細胞の役割に対する理解を深めるのみならず,脳内薬物動態に対する理解にもつながり,睡眠薬や精神疾患作用薬の開発やより適切な使用法の改善も期待される.最近,不眠と慢性疾患(糖尿病や高血圧など)との関連も大変注目されているが,実際,国民の約5人に1人が不眠の問題を抱えている.更に,高齢化社会を迎え,認知症が増えていくことを考えると,脳リンパ排泄の生理とその破綻における病理を解明していくことは,科学的にも社会的にも極めて重要である.そこで,本総説では神経変性疾患の病態生理におけるAQP4の役割を解説すると同時に「脳リンパ流」に関する最近の知見も紹介する.
著者
出口 芳樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.156, no.3, pp.171-177, 2021 (Released:2021-05-01)
参考文献数
16

開発候補品の臨床における中枢神経系の副作用予測のために,非臨床試験で用いられるIrwinの変法や機能観察総合評価法(FOB)は,肉眼的観察が中心で,観察者の観察能力に大きく依存する.そのため,観察者の適切な訓練や所見の目合わせが非常に重要であり,方法や判断基準についても統一的な見解を共有する必要がある.また,動物福祉への配慮やバイオ医薬品および抗がん薬の開発の増加などから安全性薬理評価を一般毒性試験に組み入れる機会が多くなっている.特に中枢神経系の評価は,比較的容易に,経時的に一般毒性試験に組み込むことが可能である.しかし,検出力を減じず,信頼性のあるデータが取得できるように試験をデザインする必要がある.このように医薬品開発において,信頼性の高い中枢神経系への影響を検出するためには,中枢神経系評価の技術レベルの向上および技術の継承が大切である.
著者
山本 経之 釆 輝昭
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.3, pp.173-180, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
35
被引用文献数
5 4

精神疾患の動物モデルは,その根底に存在する神経機構の解明や前臨床における新規化合物の治療効果の予測を行う上において欠くことが出来ない.しかし当然のことながら,動物の脳内で起っている事とヒトの脳内で起っている事が等しいという証拠を見い出せない為に,適切な精神疾患の動物モデルを確立することは極めて困難である.ヒトにおける精神疾患の初期の動物モデルは,ヒトと動物で観察される行動上認められる症状の類似性,即ち“表面妥当性”(face validity)に基づいたものが多かった.その後,行動系の変容と神経系の変容との関連性が,動物での変化とヒトの臨床像との間で認められるか否かという“構成妥当性”(construct validity)に基づいた動物モデルの開発もなされるようになってきた.動物モデルの実際的な有用性は,結局,精神疾患に対する新規化合物の臨床効果を予測する“予測妥当性”(predictive validity)にある.本稿では,主に,精神疾患患者の症状に類似した症状を引き起こすことが期待できる環境ストレスや薬理学的処置による分裂病とうつ病の動物モデルに焦点を当て,これらの妥当性を考慮に入れながら概説する.
著者
國石 洋 関口 正幸 山田 光彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.156, no.2, pp.62-65, 2021 (Released:2021-03-01)
参考文献数
32

慢性的なストレスへの暴露は,シナプス伝達といった脳の情報処理機構に様々な影響を与える.特に,前頭前皮質と扁桃体など情動処理に関与する脳領域に対し,ストレスが与える影響やその詳細なメカニズムを理解することは,ストレス関連精神疾患に対する新しい治療標的の探索のために重要である.近年,うつ病などのストレス関連精神疾患の症状を引き起こす責任部位として,前頭葉の腹側領域である眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex:OFC)が注目されている.OFCは扁桃体などの辺縁系領域や,腹側被蓋野など報酬系といった情動に関与する様々な領域に神経投射を送っており,特にOFC外側領域は負の情動処理に重要な機能を持つと推測される.本稿では,OFCの機能とストレス関連疾患への寄与を示すこれまでの知見を記述しつつ,マウスの外側OFCから扁桃体基底外側核(basolateral amygdala:BLA)へ投射するシナプス伝達を光遺伝学的に単離計測し,ストレス負荷が与える影響と負情動行動への寄与を明らかにした,我々の研究について紹介する.
著者
久保山 昇 藤井 彰 田村 豊幸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.77, no.6, pp.579-596, 1981 (Released:2007-03-09)
参考文献数
35
被引用文献数
16 16

熊笹葉エキス(bamboo Leaf extracts,BLE)および熊笹葉リグニン(bamboo leaf lignin,BLL)の抗腫瘍作用を,in vivo で benzopyrene(BP)および4-nitroquinoline-1-oxide(4NQO)誘発腫瘍マウス,ラットを用いて検討した.またその作用機序を in vitro で,Rec-assay 法および Ames test を用いて検索した.in vivo 抗腫瘍作用は,ddY 系雄性マウス1群20~30匹,16群を使用し,実験期間は120日間とした。対照群は水,実験群には1%,10% BLE および0.1% BLL を自由飲水させた.実験開始と同時に週1回の割で,BP を5回,4NQO を3回背部皮下に投与し誘発腫瘍を作成した。ラットを用いた実験では, Wistar 系雌性ラット1群10匹,9群を用い,実験期間は150日間とした.あらかじめ1%,10% BLE を自由飲水させ,30日後に週1回の割で3回 BP を皮下投与した.抗腫瘍性はマウス,ラットの各群における腫瘍出現率,摘出腫蕩重量,発癌性指数,および腫瘍抑制率を用いて算出した.また,体重変化,一般症状も観察した.実験期間を通じて,BLE および BLL を自由摂取したマウス,ラットは体重変化,一般症状,および主要臓器の病理組織学的所見において,特に異常は認められなかった.よって,BLE および BLL の毒性はきわめて低く,長期大量投与の可能性も示唆きれる.抗腫瘍作用に関してはマウス,ラット共に1% BLE 群(0.71mg/ml)が腫瘍抑制効果が最も高いことが認められた.また弱い抗腫瘍性が10% BLE,0.1% BLL に認められた,このことから BLE の最適投与量は1%溶液であることが示唆される.in vitro の実験では,Rec-assay 法において BLE 1.4mg/disc から DNA 損傷作用が現われ,また,Ames testにおいて BLL(0.565mg/plate)のラット S-9 代謝産物に,TA98 で spontaneous mutation の約2倍の His+ の出現がみられた.このことから,BLE およびこの成分中の BLL の抗腫瘍作用は,腫瘍細胞に直接的に作用する可能性を示唆している.
著者
頭金 正博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.1, pp.18-21, 2016 (Released:2016-07-13)
参考文献数
10

医薬品の有効性や安全性には,民族差がみられる場合があり,グローバルな多地域で新薬開発を進めるためには,医薬品の応答性における民族差に留意する必要がある.そこで,有効性と安全性の民族差の評価においてレギュラトリーサインス研究が必要になる.具体的には,薬物動態をはじめとして,効果や副作用における民族差がどの程度あるのか,また民族差が生じる要因は何か等の課題をレギュラトリーサインス研究によって明らかにすることがグローバル開発では必須になる.グローバル開発戦略に関しては,日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)E5ガイドラインが公表されて以来,ブリッジング戦略が2002年頃までは多く用いられた.一方,ブリッジング戦略は,諸外国で開発が先行することを前提とした開発戦略であり,ドラッグ・ラグの問題が提起されるようになり,最近では,同じプロトコールを用いて複数の地域(民族)を対象にした臨床研究を同時に実施する,いわゆる国際共同治験が行われるようになった.近年の薬物動態での民族差に関する研究の進展により,遺伝子多型等の民族差が生じる要因が解明される例も多くみられるようになった.一方,有効性や安全性に関する民族差については,民族差が生じる詳細な機構は不明であるが,抗凝固薬の例にみられるように,定量的に民族差を評価することが可能になった.また,最近は有効性や安全性を反映するバイオマーカーに関する研究も進展しているが,バイオマーカーにも民族差がみられる可能性もあり,留意する必要がある.今後は,これらの知見を基にして効率的なグローバルでの医薬品開発の促進が期待される.
著者
岩倉 洋一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.5, pp.303-313, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
38
被引用文献数
2 2

関節リウマチは世界人口の1%が罹患するきわめて重要な疾患である.その病因,発症機構はまだ完全には明らかにされていないが,自己免疫疾患と考えられ,関節滑膜における慢性的な炎症の結果,関節の破壊が起こる.関節で炎症性サイトカインの発現亢進が見られることが1つの特徴である.我々はヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のtax遺伝子を導入したトランスジェニック(Tg)マウスを作製し,関節リウマチによく似た関節炎を自然発症することを先に報告した.このマウスの関節では多くのサイトカインの発現が亢進していたが,これはTaxの転写促進活性によるものと考えられる.これらのサイトカインのうち,特に発現の高かったIL-1の役割を調べるために,IL-1ノックアウト(KO)マウスを作製したところ,KOマウスでは関節炎の発症が約1/2に抑制されることが分かった.この結果はIL-1が病態形成に重要な役割を果たしていることを示唆する.そこで,IL-1シグナルが過剰に入ることが予想されるIL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1Ra)KOマウスを作製したところ,このマウスがやはり自己免疫になり,関節炎を自然発症することを見いだした.IL-1の免疫系に対する影響を調べたところ,IL-1はT細胞上にCD40LやOX40などの副シグナル分子を誘導し,T細胞を活性化することが分かった.このため,IL-1KOマウスではT細胞の活性化が障害されており,抗体産生やサイトカイン産生が低下する.また,抗CD40L抗体や抗OX40抗体はIL-1RaKOマウスの関節炎を抑制することが分かった.これらの所見からIL-1/IL-1Raシステムが免疫系の恒常性の維持に重要な役割を果たしており,IL-1の過剰シグナルは自己免疫を引き起こすことが示された.本稿ではこれらの研究の創薬への応用の可能性についても触れたい.
著者
伊藤 亮治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.4, pp.160-165, 2018 (Released:2018-04-07)
参考文献数
16

ヒト細胞や組織が高効率で生着し,部分的にヒトの生体を模倣できるヒト化マウスは,昨今の医学研究において重要なツールとして位置付けられている.2000年以降NOGマウスの樹立を皮切りに,BRG,NSGマウスといった複合型重度免疫不全マウスが開発され,従来の免疫不全マウスに比べて多種多様なヒト細胞,組織を効率よく生着させることが可能となった.特に,ヒト造血幹細胞を移植したヒト免疫系マウスは,マウス血球の半数近くがヒト血球に置換され,骨髄や脾臓では実に6~9割程度のヒト細胞が生着する.近年これらヒト化マウスを用いて,いくつかのヒト病態を再現したヒト免疫疾患モデルの構築が可能となり,創薬研究における新たな前臨床評価系としての期待が高まっている.本稿では,ヒト化マウスの概要から次世代型NOGマウスの開発,さらにこれらを応用したヒト疾患モデルと創薬研究への応用について紹介する.
著者
小泉 修一 佐野 史和
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.6, pp.268-274, 2018 (Released:2018-12-08)
参考文献数
37
被引用文献数
1 1

てんかんは最も頻度が高い中枢神経疾患の一つである.複数の作用メカニズムの異なる抗てんかん薬が既に存在するおかげで,てんかんの多くはコントロール可能である.しかし,てんかんの約30%は既存薬が奏功しないいわゆる難治性てんかんである.抗てんかん薬は大きく分けると,神経細胞の興奮性を抑制するもの,及び抑制性を亢進するものに分類できる.興奮性神経の抑制は,Na+等各種イオンチャネル阻害薬,グルタミン酸放出阻害及びグルタミン酸AMPA受容体をする薬剤,一方抑制性神経の亢進はGABAA受容体を亢進させる薬剤である.いずれも,神経細胞を標的としたものである.最近の脳科学の進歩により,グリア細胞が脳機能,神経細胞の興奮性に果たす役割の重要性が明らかにされつつある.グリア細胞は,自身は電気的に非興奮性細胞であるが,細胞外の神経伝達物質,グリア伝達物質,イオン濃度の調節,エネルギー代謝調節,さらにシナプス新生及び除去により,神経細胞の興奮性を積極的に調節している.従って,グリア細胞の機能が変化すると,これらの調節機能も変化し,ひいては神経細胞の興奮性も大きく変化する.てんかん原性とは,脳が自発的なてんかん発作を起こし易い状態になることであり,上述したグリア細胞の機能が変調することが,このてんかん原性獲得と大きく関係していることが示唆されている.本稿は,グリア細胞の中でも特にアストロサイトに注目し,てんかん発作により反応性アストロサイトの表現型に変化した際の機能変調とてんかん原性との関連性を述べ,グリア細胞を標的とした抗てんかん薬開発の可能性について述べる.
著者
富澤 郁美 邱 詠玟 堀 由起子 富田 泰輔
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.158, no.1, pp.21-25, 2023 (Released:2023-01-01)
参考文献数
39

アルツハイマー病(AD)の発症機構を理解する上で,AD発症原因分子であるアミロイドβペプチド(Aβ)の産生機序を理解することは重要である.Aβは,アミロイド前駆体タンパク質(APP)がβ-セクレターゼとγ-セクレターゼによって段階的に切断されることで産生されるが,その詳細な制御機構は未だ明らかではない.そこで我々は,Aβ産生に関わる制御因子を同定するためにCRISPR-Cas9システムを用いたゲノムワイドスクリーニングを構築し,Aβ産生を負に制御する新規因子としてcalcium and integrin-binding protein 1(CIB1)を同定した.CIB1発現量の低下はAβ産生量を上昇させた.また,免疫沈降法によって細胞内におけるCIB1とγ-セクレターゼとの相互作用を確認すると共に,CIB1発現量の低下がγ-セクレターゼの細胞膜への局在を低下させることを明らかにした.このことからCIB1は,相互作用によってγ-セクレターゼの細胞内局在に影響しAβ産生を負に制御していることが考えられる.さらに,ヒトAD患者脳内でのシングルセルRNAシークエンス解析から,初期AD患者脳においてCIB1 mRNAレベルが低下していることも明らかになった.これらの結果から,AD初期において脳内のCIB1発現量が低下することでAβ産生量が増加し,AD発症に寄与している可能性が示唆された.
著者
曽良 一郎 猪狩 もえ 山本 秀子 池田 和隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.6, pp.450-454, 2007 (Released:2007-12-14)
参考文献数
26
被引用文献数
1 1

モノアミントランスポーターはコカイン,メチルフェニデート,メタンフェタミン(MAP)などの覚せい剤の標的分子であることから,覚せい剤依存の病態における役割を明らかにするための詳細な精神薬理学的研究が行われてきた.モノアミントランスポーターには,各モノアミンの前シナプス終末に主に発現する細胞膜モノアミントランスポーターと,すべてのモノアミンを基質とするシナプス小胞モノアミントランスポーター(VMAT)の2種類がある.覚せい剤は,モノアミン輸送を阻害し,神経細胞内外の分画モノアミン濃度を変化させ薬理効果を示す.コカインは細胞膜モノアミントランスポーター阻害作用を有し,その報酬効果はドパミントランスポーター(DAT)を介しているとする「DAT仮説」が提唱された.しかし,DATとセロトニントランスポーター(SERT)が共に関与していることが示された.ただし,SERTよりもDATがより大きな役割を果たしていると考えられる.「DAT仮説」は当初提唱された以上に複雑であると思われる.また,メチルフェニデートを健常人に投与すると投与が興奮や過活動を引き起こすが,注意欠陥多動性障害(ADHD)患者へは鎮静作用がある.DAT欠損マウスはメチルフェニデートを投与されると移所運動量が低下することから,ADHDの動物モデルの一つと考えられる.MAPはコカインとは異なる薬理作用を有する.コカインがDATを阻害し,細胞外ドパミン(DA)を増加させるのに対して,MAPはDATに作用して交換拡散によりDAを細胞外へ放出させることで細胞外DA濃度を増加させる.さらに,MAPはVMATに作用して小胞内のDAを細胞質へ放出させる.MAPの反復使用は,逆耐性現象(行動感作)や認知機能に障害を引き起こすことから,覚せい剤精神病や統合失調症などの動物モデルの一つと考えられている.依存性薬物のモノアミントランスポーターへの複雑な作用機序を明らかにすることにより,薬物依存の病態の新たな知見が得られてくると期待される.
著者
塩見 浩人 田村 豊
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.116, no.5, pp.304-312, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
25
被引用文献数
10 12

冬季,環境温度の低下への適応として,一部の哺乳動物では体温を低下させ,非活動の状態で冬期を過ごす冬眠行動をとる.哺乳動物の冬眠は,気温が上昇する春季まで持続するのではなく,冬眠-覚醒のサイクルを何度も繰り返す.しかし,冬眠への導入と維持ならびに冬眠からの覚醒における生理機構はほとんど解明されていない.我々は,冬眠への移行期の体温下降ならびに冬眠状態から覚醒への移行期の体温上昇に関与する中枢機構を検討し,以下の知見を得ている. (1)非冬眠ハムスターの体温(37°C)は,アデノシンA1受容体作用薬,N6-cyclohexyladenosine(CHA) の側脳室内投与により用量依存性に下降する. (2)冬眠初期の低体温(6°C)は,アデノシンA1受容体拮抗薬,8-cyclopentyl-theophylline (CPT) の側脳室内投与により活動期正常体温へ急激に上昇する. (3)A1受容体を介するアデノシンの体温下降作用は,視床下部後野の熱産生中枢の抑制作用による. (4)深冬眠期にはCPT処置によって体温上昇が起こらないことから,アデノシンとは異なる系が熱産生中枢を抑制している可能性がある. (5)冬眠初期,深冬眠期のいずれにおいても, TRH (thyrotropin releasing hormone)の側脳室内投与は活動期正常体温へと急激に体温を上昇させる. (6)非冬眠ハムスターの体温をCHA投与により急性的に15°C以下に低下させると, CPTの拮抗作用は発現せず, TRH の体温上昇作用も現れない.これらの結果から,冬眠導入期には中枢アデノシンが,冬眠からの覚醒には,中枢TRHが重要な役割を演じていることが示唆される.また,自然冬眠時には低温時でも作動する非冬眠時とは異なる熱産生系の存在が示唆される.
著者
中根 貞雄 酒井 健
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.1-7, 1974 (Released:2007-03-29)
参考文献数
14
被引用文献数
1

本研究において,自律神経薬ほか諸種薬物の潰瘍形成と胃液分泌およびPSB漏出量におよぼす影響を検討し,以下の結果を得た.1)本実験で,phenoxybenzamineを除き,ストレス潰瘍抑制作用を示した薬物は,潰瘍抑制量で胃液分泌減少とpH上昇作用を示した.このことは,ストレス潰瘍抑制には胃液分泌の抑制が重要な要因であることを示唆するものと考えられる.2)atropineは,潰瘍抑制量において,ストレスによるPSB量減少に対し,少くとも増強作用を示さなかった.また,propranolol,DCIおよびchlorpromazineは,ストレスによるPSB量減少に対し,むしろ阻止的であった.これより,ストレスによる胃粘膜血流の阻止ないし抑制が抗潰瘍作用の一因となると考えられる.
著者
日置 寛之 濱 裕 孫 在隣 黄 晶媛 並木 香奈 星田 哲志 黒川 裕 宮脇 敦史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.4, pp.173-179, 2017 (Released:2017-04-04)
参考文献数
32

脳が,認知・思考・記憶・感情といった高次機能を実現する仕組みを解き明かすには,その構造的基盤である神経回路網の理解が必要不可欠である.「構造無き機能は無い」からである.国内外で続々と開発されている脳透明化技術は,高速かつ大規模な三次元構造解析を可能にする革新的技術であり,神経回路解析に新たなブレイクスルーをもたらすと期待される.透明化技術を比較する上で重要なポイントが「clearing-preservation spectrum」である.透明化能力(clearing capability)の向上は散乱光の抑制につながり,深部まで安定して高精細な画像を取得するために大事である.一方で,透明化処理の影響によって組織の構築や標識シグナルの保持が悪くなるというトレードオフが厳存する.標識された構造物を再現よく定量的に観察するためには,構造や各種シグナルを適切に保存・維持する能力(preservation capability)が重要である.このトレードオフ問題に真正面から取り組み,両者を高い次元で両立することに成功したのが,筆者らが開発した透明化技術ScaleS法である.透明化能力の向上はもちろんのこと,①蛍光タンパク質の蛍光の保持,②抗原性の保持,③超微細構造の保持,など標識シグナルの保持に優れている.特に,超微細構造が保持されることで,光学顕微鏡と電子顕微鏡とを繋ぐ「ズームイン」技術の発展が期待される.「かたちをよくみる」バイオイメージングは,生命現象の真理を理解する上で非常に重要なステップであり,「標識」「観察」「解析」といった各要素において様々な技術が要求される.遺伝子工学技術等の発展により,「標識」技術は目覚ましい進展を遂げてきた.そして透明化技術の台頭により「観察」「解析」が大きく進展すると期待され,バイオイメージングは今まさに新たな時代を迎えようとしている.
著者
茶谷 文雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.133, no.2, pp.82-86, 2009 (Released:2009-02-13)
参考文献数
6
被引用文献数
1 1

精巣は次世代をつくるための精子産生と雄性機能発揮のためのホルモン産生を担う生殖器官であり,医薬品開発時の動物を用いた毒性試験においてしばしば変化が認められる.精巣毒性の多くは精上皮細胞(精細胞とセルトリ細胞)を標的とし,萎縮,空胞,多核巨細胞,脱落,消失,精子遊離遅延などの変化が生じる.精巣毒性の評価には,精子形成段階を理解した病理組織学的検査と安全マージンや病変発現メカニズムを考慮したヒトへの外挿性の判断が重要である.
著者
戸苅 彰史 近藤 久貴 平居 貴生 兒玉 大介 新井 通次 後藤 滋巳
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.3, pp.140-145, 2015 (Released:2015-03-10)
参考文献数
45
被引用文献数
1 3

骨芽細胞および破骨細胞にアドレナリン受容体(AR)の発現が見出されて以来,骨代謝における交感神経系の生理的役割についての研究が著しく進展した.これら細胞へのARシグナルが神経由来であることも示されている.交感神経の骨代謝に及ぼす影響として,β2-ARによる骨吸収の促進および骨形成の抑制による骨量低下が認められている.一方,α1-ARによる骨形成の促進も見出されており,その促進機構を明らかにすると共に,骨芽細胞におけるβ2-ARとα1-ARシグナルの相互関連の解析が求められている.また,臨床的にβ-AR遮断薬が骨折リスクを低下させることが高血圧患者において認められているが,歯科矯正治療における歯の移動をβ-AR遮断薬およびβ-AR作動薬により調節できる可能性も動物実験で示されている.骨組織の局所におけるメカニカルストレスが交感神経活動を制御する機構を解析するため,交感神経と感覚神経との相互関連の解析も望まれる.
著者
葭山 稔 大村 崇 吉川 純一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.2, pp.83-89, 2004 (Released:2004-07-26)
参考文献数
13
被引用文献数
5 5

急性心筋梗塞後心臓リモデリングに対するACE阻害薬の有効性は広く知られているが,今回は,アンジオテンシンII受容体拮抗薬とアルドステロン拮抗薬の併用療法について検討した.モデルはウィスターラットを用いて心筋梗塞を作成してアンジオテンシンII受容体拮抗薬カンデサルタンを1 mg/kg/dayまたはエプレレノン100 mg/kg/dayその併用について心筋梗塞後4週間目に左室拡大,心機能を心エコー図にて確認した.結果は単独でもリモデリング抑制効果が認められたが併用にて,その効果は単独よりも効果が認められた.急性心筋梗塞後心臓リモデリングに対する両薬剤の併用は有効な治療方法と考えられる.
著者
佐和 貞治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.3, pp.112-116, 2015 (Released:2015-03-10)
参考文献数
24
被引用文献数
2 2

急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)は,急性肺傷害のなかで最も救命率の低い致死性病態である.細菌性肺炎が原因となることが多いことから,細菌感染に対する治療法がARDSの高い死亡率を改善するうえではもっとも重要な戦略である.近年,多くの病原性グラム陰性細菌は,Ⅲ型分泌システムと呼ばれる新しく発見された毒素分泌メカニズムを介してその病原性を発揮することが解明されてきた.この分泌システムを用いて細菌はその毒素を直接,標的細胞の細胞質に転移させる.転移した毒素は,真核細胞の細胞内シグナリングをハイジャックし,細菌がホストの免疫機構から回避できるよう誘導する.我々はこれまで緑膿菌性の急性肺傷害のメカニズムについて研究を進め,その結果,緑膿菌のⅢ型分泌システムが緑膿菌性肺炎における急性肺傷害の病態メカニズムに深く関与していることを見出した.細胞毒性の強い緑膿菌は,肺上皮の急性壊死を引き起こすⅢ型分泌毒素を分泌し,急速に全身循環への細菌播種を誘導して敗血症へと進展させる.Ⅲ型分泌に関わるタンパク質の中でV抗原と呼ばれるPcrVタンパク質にⅢ型分泌毒性に対抗できる免疫効果があることを発見した.ヒト化された抗PcrV抗体が開発され,現在臨床試験が行われている.他の多くの病原性グラム陰性菌もこのV抗原相同体,もしくはV抗原様相同体を持つ.従って,V抗原抗原やその相同体は,致死性の細菌感染に対する現在新しいワクチンや治療のターゲットとして注目されている.