著者
竹内 孝治 加藤 伸一 香川 茂
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.21-28, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
40

胃粘膜に軽微な傷害が発生した場合,酸分泌は著しく減少し,胃内アルカリ化が生じる.このような酸分泌変化は非ステロイド系抗炎症薬ばかりでなく,一酸化窒素(NO)合成酵素阻害薬の前処置によっても抑制される.特にNO合成酵素阻害薬の存在下に胃粘膜傷害を発生させた場合,胃酸分泌は“減少反応”から“促進反応”に転じ,この変化はヒスタミンH2拮抗薬,肥満細胞安定化薬,および知覚神経麻痺によって抑制される.すなわち傷害胃粘膜では,プロスタグランジン(PG)およびNOを介する酸分泌の抑制系に加えて,粘膜肥満細胞,ヒスタミンおよび知覚神経を介する酸分泌の促進系も活性化されており,両者のバランスによって傷害胃での酸分泌反応が決定されている.通常は抑制系が促進系を凌駕しているために“酸分泌減少”として出現するが,NO合成阻害薬では抑制系が抑制される結果,促進系が顕在化し,“酸分泌促進”を呈する.傷害発生に伴い管腔内に遊離されてくるCa2+はNO合成酵素の活性化において必要であり,管腔内Ca2+の除去も胃内アルカリ化を抑制する.興味あることに,PGは傷害胃の酸分泌変化において両面作用を有しており,“抑制系”の仲介役に加えて,“促進系”の促通因子としての作用も推察されている.また,傷害胃で認められる酸分泌変化に関与するPGやNOはそれぞれCOX-1およびcNOS由来のものであり,傷害後に認められる胃内アルカリ化は選択的COX-2阻害薬やiNOS阻害薬によっては影響されない.このように,傷害胃粘膜の酸分泌反応は正常胃粘膜とは明らかに異なり,内因性PGに加えて,NO,ヒスタミン,知覚神経を含めた複雑かつ巧妙な調節系の存在が推察される.このような酸分泌変化は障害発生に対する適応性反応の一つであり,傷害部への酸の攻撃を和らげることにより,傷害の進展を防ぎ,損傷部の速やかな修復を促す上で極めて重要である.
著者
田辺 光男 高須 景子 小野 秀樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.299-303, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
37
被引用文献数
1 1

抗てんかん薬ガバペンチンは,欧米において神経因性疼痛治療薬としての地位を確立しているが,その作用メカニズムについては未解明な部分が多い.我々はその作用部位として上位中枢に焦点を当てた研究を行い,脳室内投与したガバペンチンが神経損傷(マウス坐骨神経部分結紮モデル)後の疼痛症状(熱痛覚過敏および機械アロディニア)に対し障害依存的な鎮痛作用を発揮することを示し,ガバペンチン全身投与後の鎮痛作用において,上位中枢を介する効果が大きく寄与することを見出した.ガバペンチンの全身投与あるいは脳室内投与によって引き起こされる鎮痛効果は,脳幹から脊髄へ下行するノルアドレナリン(NA)神経を消失させると大幅に減弱し,また,α2-アドレナリン受容体アンタゴニストヨヒンビンの全身投与や脊髄内投与によって同様に減弱した.脳室内投与したガバペンチンが脊髄腰部膨大部のNA代謝回転を神経障害依存的に促進させたことからも,上位中枢に作用したガバペンチンが下行性NA神経を介して脊髄内においてNA遊離を増加させ,α2-アドレナリン受容体を介した鎮痛効果を発揮すると考えられる.さらに,坐骨神経部分結紮による神経障害後に作製したマウス脳幹スライスの青斑核ニューロンにおいて,ガバペンチンはGABA性の抑制性シナプス伝達をシナプス前性に抑制することを明らかにした.Sham手術マウス由来のスライスではガバペンチンはこの抑制性シナプス伝達抑制作用を示さず,また,神経障害後でも興奮性シナプス伝達に対しては影響を及ぼさなかった.これらの研究結果より,ガバペンチンは青斑核においてGABA性の抑制性入力を抑制することによって青斑核ニューロンを脱抑制し,下行性NA疼痛抑制経路を活性化させて神経因性疼痛を緩解することが示唆された.
著者
林 元英
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.205-214, 1977 (Released:2007-03-29)
参考文献数
7
被引用文献数
28 33

生薬紫根の薬理学的研究の一環として,その代表的製剤である紫雲膏の炎症反応に対する影響を,紫根ならびに当帰工一テルエキス軟膏の局所適用と比較検討した.紫根エキスはhistamine, bromelain, bradykininおよび抗ラット・ウサギ血清によって惹起した血管透過性充進を明らかに抑制した.抗ラット・ウサギ血清および熱刺激による浮腫に対しても有意な抑制作用を示し,紫外線照射ならびに熱刺激による局所皮膚温の上昇をも抑制した.創傷治癒に対しては創傷部の牽引法および面積法の両方法において明らかな治癒促進効果を示した.紫根エキスによるこれらの作用は0.2~0.1%濃度が最も強力で,それより上下の濃度になるにつれて効果は減弱した.当帰エキスは血管透過性充進を軽度抑制し,濃度の高い程作用も強く,急性浮腫に対しては0.04%濃度軟膏のみに抑制作用が認められた.しかし炎症性皮膚温の上昇や創傷治癒に対しては何ら影響しなかった.紫雲膏は紫根および当帰成分をそれぞれ0.2%,および0.04%含有し,両者が最も強力な効果を示す理想的な濃度を含有することが認められた.そして紫雲膏は紫根エキスと同様な作用を示し,当帰配合による有意差は認められなかったものの,紫根単独より多少強力な効果を呈した.それ故紫雲膏は炎症性の腫張ならびに発赤,発熱を抑制し,創傷治癒を促進すると共に紫根には抗菌作用があると言われるので外傷などの治療薬として好ましい製剤であることが認められた.
著者
中丸 幸一 菅井 利寿 木下 宣祐 佐藤 雅子 谷口 偉 川瀬 重雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.104, no.6, pp.447-457, 1994 (Released:2007-02-06)
参考文献数
38
被引用文献数
9 7

特発性炎症性腸疾患(IBD)である潰瘍性大腸炎とクローン病に対する治療薬としてメサラジン(mesalazine)顆粒(Pentasa®)が開発された.我々はすでにメサラジン顆粒の実験的大腸炎モデルに対する有効性を見い出した.本研究では,メサラジン(5-aminosalicylic acid)のラジカルおよび活性酸素の消去作用をin vitroの系で,脂質過酸化に対する作用をin vitroおよびin vivoの系で,さらにはロイコトリエンB4(LTB4)生合成に対する作用を検討した.その結果,メサラジンはフリーラジカルである1,1-diphenyl-2-picrylhydrazylを還元し,IC50値は9.5μMであった.また,活性酸素である過酸化水素と次亜塩素酸イオンの消去作用を示し,IC50値はそれぞれ0.7μM,37.0μMであったが,スーパーオキサイド消去作用は示さなかった.さらに,ラット肝ミクロソームでの過酸化脂質の生成を抑制し,IC50値は12.6μMであった.in vivoの系では,幽門部を結紮したラットにおいて,胃を虚血再灌流することで生じる胃粘膜過酸化脂質量に対する効果を検討した.メサラジン25,50mg/kgの胃内投与で十分量のメサラジンが胃粘膜に分布するとともに,用量依存的に過酸化脂質抑制効果を示し,50mg/kgでは有意(P<0.01)であった.ラットの腹腔から採取した好中球でのLTB4生合成に対してメサラジンは抑制作用を示し,IC50値は44.9μMであった.メサラジンの代謝物であるN-acetyl-mesalazineは高濃度(1mM)でLTB4生合成を抑制したが,ラジカル,活性酸素の消去作用および過酸化脂質の抑制作用は示さなかった.以上の成績から,メサラジンは炎症部位で生じる活性酸素を消去することで細胞障害を抑制すること,さらにはLTB4生合成を阻害することで好中球の浸潤を抑制することが示唆された.そして,メサラジン顆粒はこれらの作用機序を介してIBDに有効であることが示唆される.
著者
大島 清 清水 慶子 穐本 晃 津田 健 大廻 長茂 粟田 浩
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.90, no.3, pp.171-175, 1987

妊娠ラットおよびサルを用いて,麻酔下で子宮運動をバルーンカテーテル又はオープンエンドカテーテル法により測定し,OU-1308の子宮に対する作用をprostaglandinF2<SUB>2&alpha;</SUB>(PGF2<SUB>2&alpha;</SUB>)と比較検討した.妊娠ラットにおけるPGF2<SUB>2&alpha;</SUB>およびOU-1308の静脈内投与での子宮収縮量は,妊娠8日目でいずれも30&mu;g/kg,妊娠20日目でいずれも10&mu;g/kgであった.妊娠50~120日目のサルにおけるPGF<SUB>2&alpha;</SUB>およびOU-1308の静脈内投与での子宮収縮量はいずれも10&mu;g/kgであった.なお,OU-1308の500&mu;g/kgの経口投与では妊娠サルの子宮運動に影響を及ぼさなかった.以上の結果から,OU-1308は静脈内投与でPGF<SUB>2&alpha;</SUB>と同等の子宮収縮作用を有する事が明らかになった.
著者
桜井 武
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3, pp.236-242, 2003 (Released:2003-08-26)
参考文献数
32
被引用文献数
2

近年,摂食行動を制御する機構について,関心が高まっており,視床下部を中心とした中枢神経系における摂食行動とエネルギー収支の制御機構の一部が明らかになってきている.とくに,レプチンの発見以降,その影響を受ける中枢性の因子として,多くの生理活性ペプチドが食欲を制御していることがわかってきた.本稿では,神経ペプチドの役割を中心に摂食行動やエネルギー収支の制御メカニズムについて概説する.
著者
劉 世玉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.3, pp.131-135, 2013 (Released:2013-03-08)
参考文献数
14

近年,医薬品への研究開発投資は上昇しており,その一方で上市される医薬品の数は横ばいあるいは低下傾向にあり,医薬品1剤あたりの開発コストの上昇,研究開発の生産性低下が問題となっている.研究開発の生産性を高めるため,様々な取り組みが行われており,Exploratory IND(探索的IND,IND:investigational new drug),バイオマーカーの利用,PGx(pharmacogenomics:ファーマコゲノミクス,またはゲノム薬理学)の導入やイメージング技術などを医薬品開発の加速ツールとするトランスレーショナルリサーチ(translational research:TR)は大きく期待されている.PGxは,特定の疾患において,患者のゲノム情報に基づいて,有効で安全性の高い医薬品を提供することを目的としている.製薬企業にとっては,ゲノム情報を用いた「個別化医療」の実現を目指した創薬開発と言える.TRにおけるPGxの役割は,ゲノム情報を導入することにより,探索の段階では,より早期に各疾患の創薬ターゲットやバイオマーカーの確立を可能にする.また臨床試験において,①早期のGo/No-goの意思決定の提供,②レスポンダーや高リスク患者群の同定,③臨床試験において患者の層別など特定のサブグループに焦点を当てた医薬品開発を行うことにより,試験サイズ・費用の低減,開発期間の短縮,成功確率の向上に繋がる.一方,上市後に撤退した薬剤の救済や,レスポンダーとノンレスポンダーの解析結果を基礎研究へフィードバックすることにより新しい創薬にもなりうる.特に,上市後において安全性の問題で市場からの撤退を余儀なくされた場合は,その副作用に関連する遺伝子を同定するために国内製薬企業が構築した日本人のコントロールDNAデータベースを利用し原因遺伝子を特定することにより,その副作用リスクを有する患者群を対象患者から除いた新たな患者層に対する薬剤として再申請し復活させることも可能である.
著者
有吉 範高
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.3, pp.181-186, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
23

ヒューマンゲノムプロジェクトの成果が今後の医療を大きく変革させると言われている.とりわけ医薬品に関わる業界へのインパクトは大きく,創薬のプロセスから臨床現場における薬剤の使い方に至るまで薬物に関わるおおよそ全ての過程が変貌するであろうと予想されている.文部科学省科学技術政策研究所·科学技術動向研究センターの技術予測調査によれば,2012年には個人個人の遺伝子の構造,一塩基多型(SNPs)等を含む全塩基配列が即座に安価で決定できるようになり,診断やオーダーメード治療に普及する,そうである.しかしながら薬物療法の現場において治療前にどのような遺伝子診断を行い,患者一人一人に最適な与薬を行うかという問題を,概念的にではなく現実問題として捉えた場合,技術の発展による診断法の進歩と低コスト化だけではおおよそ不充分である.インフォームドコンセントの在り方等倫理的な問題を含めた遺伝子診断体制の整備も無論急務ではあるが,もっとも重要と考えられることは臨床における充分なevidenceの蓄積である.すなわち与薬前に判定を行う遺伝子多型は,診断や薬物療法における有用性が確立されたものであり,真に患者のメリットになるものでなければならないのはもちろんのこと,遺伝子型にプラスして表現型に影響を及ぼす患者の年齢,病態,併用薬等を加味した上での投与設計がなされて始めて個人個人に最適化された薬物療法が達成できる.本稿では,遺伝因子が薬物療法において重要であるとの認識の出発点から,薬理遺伝学という学問領域の開花·発展の歴史を振返り,現状における問題点を通じて10年後(2012年)という近い将来の薬物療法への臨床薬理遺伝学の応用について展望してみたい.
著者
三澤 日出巳 森﨑 祐太
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.2, pp.64-69, 2018 (Released:2018-08-10)
参考文献数
16
被引用文献数
2

筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は,大脳皮質運動野の上位運動ニューロンおよび脳幹と脊髄の下位運動ニューロンが選択的かつ系統的に障害される進行性の神経変性疾患である.ALSで障害されるα運動ニューロンは,構成する運動単位からFF(fast-twitch fatigable),FR(fast-twitch fatigue-resistant),S(slow-twitch)と3つのサブタイプに分類され,FF,FR,S型α運動ニューロンの順番で変性が生じる.近年,マトリクスメタロプロテアーゼ9(MMP9)がFF型α運動ニューロンに発現し,変性誘導に関与することが報告された.我々は,細胞外マトリクス(ECM)タンパク質であるオステオポンチン(OPN)が,MMP9とは異なるFR及びS型α運動ニューロンに発現することを発見し,OPNがALSの運動ニューロン変性に与える影響について検討した.ALSモデルマウス(SOD1G93Aマウス)脊髄中のOPNの局在を検討したところ,OPNは病態進行に伴い細胞外に放出され,ECMで粒子状構造物として観察された.またALS発症期の前後において,野生型マウスでは殆ど認められないOPN/MMP9共陽性の運動ニューロンが認められた.この共陽性の運動ニューロンは,FF型α運動ニューロンの変性(変性第1波)の後に代償的にリモデリングしたFR/S型α運動ニューロンであることを発見し,小胞体ストレスマーカーやOPN受容体であるαvβ3インテグリンの発現が認められたことから,ALS病態進行における運動ニューロン変性第2波の機序に,OPNによるインテグリンを介したMMP9活性化の関与が示唆された.またOPN欠損SOD1G93Aマウスは発症の遅延及び寿命の短縮を示し,OPNはALSの病態進行に対して2面性の性質を持つ可能性が示唆された.すなわち,OPNはALSの発症を規定する運動ニューロンに対しては障害的に,ALSの進行を規定するグリア細胞には保護的に作用する可能性が考えられた.以上より,我々はALSの第2波の運動ニューロン変性の機序としてOPN-インテグリン-MMP9系を新たに見出した.
著者
千本松 孝明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.4, pp.258-261, 2007 (Released:2007-04-13)
参考文献数
28
被引用文献数
1

レニン-アンジオテンシンシステム(RAS)は心血管系の機能調節並びに疾患形成に関わる重要な因子であり,循環器領域に関わる臨床医,研究員にとって最も関心深いシステムの一つである.アンジオテンシンII(Ang II)による成長促進,血圧上昇,肥大と言った作用は主に1型受容体(AT1)を介していると考えられている.一方,2型受容体(AT2)の作用はホスファターゼの活性などAT1受容体の作用に対して拮抗するものと考えられているが,その細胞内情報伝達機構は未だ不明な点が多い.RASを抑制する薬剤としてAngiotensin Converting Enzyme Inhibitor(ACEI)とAngiotensin II Type1 Receptor Blocker(ARB)がある.両薬の循環器疾患に対する有効性は数々の臨床大規模試験で証明されているが,その相違は未だはっきりしていない.この両薬はAT1受容体を介するAng IIの作用を抑制するが,ARBでは血中Ang II濃度が上昇しそれがAT2受容体を刺激する.一方ACEIはAng II産生そのものを抑制するためAT2受容体を抑制することになる.AT2受容体の機能がAT1受容体に拮抗するものであれば,理論的にはARBはACEIよりも有効性が高いはずなのだが,ARBの優位性を求めた臨床大規模試験ではその優位性を完全に立証することが出来ていない状態である.我々はAT2受容体遺伝子欠損マウスを用いて,腹部大動脈縮窄による慢性圧負荷およびAng IIの長期投与を施行したところ,AT2受容体遺伝子欠損マウスは心肥大を示さなかった.さらに心臓においてAT2受容体はpromyelocytic leukemia zinc finger protein(PLZF)を介して成長促進に作用していることを発見した.PLZFは74 kDのトランスクリプションファクターで組織選択的発現性が高く,心臓,肝,腸管では発現を認めるが,少なくとも正常な血管,腎では発現を認めない.AT2受容体はPLZF存在下では成長促進を示すが,非存在下ではホスファターゼの活性など成長抑制を示した.AT2受容体の新しい作用を示したこれらの結果はACEIとARBの使い分けのヒントを提示する可能性がある.
著者
近藤 宣昭
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.2, pp.97-102, 2006 (Released:2006-04-01)
参考文献数
33

哺乳類の冬眠動物が冬眠時期に数℃という極度の低体温を生き抜くことは良く知られている.さらに,細菌や発ガン物質などにも抵抗性を持ち,脳や心臓では低温や低酸素,低グルコースにも耐性を示すとの興味深い報告もなされている.このことから,冬眠現象には種々の有害要因や因子から生体を保護する機構が関与しているとの指摘がなされ,最近,生物医学分野での関心が高まりつつある.特に,冬眠発現に関わる体内因子には古くから強い関心が寄せられ探索されてきたが成功せず,近年その存在も疑問視されてきた.これには,冬眠が複雑な生体機能の統合による現象であることや,その発現が1年の長い周期性を持つこと,体温低下により生体反応が著しく抑制されることなど,実験の障害となる深刻な問題が関わっていた.その様な状況下で,我々は1980年代初期に始めた心臓研究を切っ掛けに,冬眠にカップルする新たな因子をシマリスの血中から発見した.冬眠特異的タンパク質(HP)と命名した複合体は,冬眠時期を決定する年周リズムにより制御され,血中から脳内へと輸送されて冬眠制御に深く関わることが明らかになってきた.ここでは,冬眠研究の現状や問題点を含めて,我々が見出したHP複合体が初めての冬眠ホルモンとして同定されるまでの経緯を概説し,医薬分野での新たな応用を秘めた冬眠現象について述べる.
著者
泰地 和子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.3, pp.171-179, 2004 (Released:2004-08-27)
参考文献数
31
被引用文献数
9 7

塩酸デクスメデトミジン(プレセデックス)は,強力かつ選択性の高い中枢性α2アドレナリン受容体作動薬である.α2アドレナリン受容体作動薬は,鎮静および鎮痛作用,抗不安作用,ストレスによる交感神経系亢進を緩和することによる血行動態の安定化作用等,広範な薬理作用を示す.本薬はラット大脳皮質における受容体親和性試験において,α2アドレナリン受容体に対して高い親和性と選択性を示し,α2受容体への親和性はα1受容体への親和性よりも約1300倍高かった.鎮静作用については,各種動物モデルで,用量依存的な自発運動量の低下,正向反射の消失,鎮静スコアの増加がみられた.鎮痛作用についても,各種動物モデルで,用量依存的な痛みからの逃避潜時延長作用がみられた.本薬の鎮静作用に関する作用部位は青斑核であると考えられ,本薬を青斑核内投与することにより,ほぼ全例で正向反射の消失が認められた.また,α2A受容体変異マウスにおける成績より,本薬の鎮静作用はα2A受容体サブタイプを介して発現することが示唆された.本薬は,ほとんどが肝代謝を受け,血中から速やかに消失する.日本において実施された第II/III相多施設共同プラセボ対照二重盲検ブリッジング試験では,胸部·上腹部の手術後,集中治療室に収容された患者を対象とし,有効性および安全性を検討した.鎮静作用については,挿管中に治療用量のプロポフォール(>50 mg)の追加投与を必要としなかった症例の割合を有効率として算出し,本薬投与群で有意に高かった(本薬群:90.9%,プラセボ群:44.6%).鎮痛作用については,挿管中にモルヒネの追加投与を必要としなかった症例の割合を有効率として算出し,本薬投与群で有意に高かった(本薬群:87.3%,プラセボ群:75.0%).有害事象については,本薬群で高血圧および低血圧が主なものであった.
著者
徳冨 芳子 鳥橋 茂子 徳冨 直史 西 勝英
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.4, pp.227-234, 2002 (Released:2003-01-21)
参考文献数
42
被引用文献数
2 3

消化管律動性収縮の起源として,神経と平滑筋細胞の間に介在するCajal間質細胞(ICC)が関与することが,従来から指摘されていた.我々は,レセプター型チロシンキナーゼをコードするc-kit遺伝子の機能を調べる過程で,c-kit 遺伝子座(W )ミュータントマウスおよびc-Kit中和抗体投与BALB/cマウスの消化管におけるc-kit 発現細胞の著しい減少と自動運動能の低下を見い出した.また,ICCがc-kit 遺伝子を発現していること,そしてICCのネットワーク構造の発達と維持にc-Kitタンパクが重要な役割を果たしていることも明らかにした.このc-KitをICCの特異的なマーカーとして用いることにより,ICCが,律動的な電気的slow waveの発生源(ペースメーカー細胞)として,また,神経から平滑筋細胞へのシグナル伝達のメディエーターとして機能していることが分かってきた.ICCは間葉系細胞に由来し,前駆細胞からの分化もc-Kitに依存することが示されている.ICCは分布する組織層によって分類され,それぞれのサブタイプで平滑筋細胞,或いは線維芽細胞様の微細構造を呈している.c-Kitタンパク(レセプター)のリガンドであるSl 因子は,消化管において神経細胞と平滑筋細胞に発現しており,Sl 遺伝子座ミュータントマウスや,W 或いはSl 遺伝子座にlacZ を導入したトランスジェニックマウスなどを用いた解析からも,c-Kit/Sl 因子がICCの分化·増殖に関与すること,即ち消化管律動性収縮の“key molecule”であることが示唆されている.本稿では,これらの知見に加えて,c-Kit/Sl 因子の関与が示唆されている消化管運動性疾患の病態生理学についても紹介する.
著者
永田 清
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.3, pp.146-148, 2009 (Released:2009-09-14)
参考文献数
5
被引用文献数
1 2

チトクロムP-450(P450)が発見され半世紀が過ぎようとしているが,その間にP450の単離精製,それに続くcDNAの単離および遺伝子配列の解明は,薬物代謝の研究に大きな進歩をもたらした.その大きな成果の一つとして,薬物代謝が関わる薬物相互作用の分子機構の解明が挙げられる.その結果,酵素活性阻害や酵素誘導の予測が可能となってきた.また,各個人に適した薬物投与設計,即ちPersonal Medicineが近年注目を浴びており,その実現を目指して個人間の異なる薬理効果あるいは副作用・毒性発現の原因をP450遺伝子配列の違いによって説明する試みが行われている.一方で薬物代謝酵素活性の個人間変動は,これら酵素の遺伝子多型ではすべて説明できないことも判明してきた.さらに,P450は化学物質の酸化反応の過程で活性代謝産物を生じやすく,それが原因で毒性を引き起こすことがあるため問題となっている.
著者
檜杖 昌則
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.6, pp.349-358, 2010 (Released:2010-12-06)
参考文献数
25

マラビロクは,HIV(human immunodeficiency virus)が宿主細胞に侵入する際に補受容体として利用するCCケモカイン受容体5(CCR5)に対して選択的に作用するCCR5阻害薬である.既存の抗HIV薬とは異なり,細胞膜上のCCR5に結合してHIV-1エンベロープ糖タンパク質gp120とCCR5との結合を遮断することによりCCR5指向性HIV-1の細胞内への侵入を阻害するという新規作用機序で,抗ウイルス作用を発揮する.CCR5指向性実験室HIV-1株および臨床分離株を用いた抗ウイルス作用の検討では,マラビロクはすべてのクレードのCCR5指向性HIV-1に対してほぼ同等の抗ウイルス作用を示した.一方,CXCR4指向性および二重指向性HIV-1に対しては作用を示さなかった.また,逆転写酵素阻害薬耐性またはプロテアーゼ阻害薬耐性ウイルスに対しても野生型と同等の抗ウイルス作用を示した.In vitroでの検討で耐性ウイルスの出現が確認されたが,これらはCCR5指向性を維持しており,指向性変化は認められなかった.他の抗HIV薬による治療歴がある最適背景療法(OBT)実施中のCCR5指向性HIV-1感染患者を対象に行われた主軸となる2つの臨床試験では,ベースライン値から投与48週目までのHIV RNA量の減少量は,OBT単独群(プラセボ)に対し,マラビロク300 mg 1日1回または2回投与群で有意に減少幅が大きく,また,CD4リンパ球の増加量においてもプラセボ群より有意に高い結果が得られ,OBTにマラビロクを上乗せすることでOBT単独よりも優れたウイルス学的,免疫学的効果が得られることが示された.マラビロクは,新しい作用機序を有する抗HIV薬であり既存の薬剤に耐性のHIV感染症にも有効であることが示唆され,HIV感染の薬物治療の新たな選択肢として重要な役割を果たすことが期待される.
著者
岩木 和夫 林 譲
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.4, pp.207-211, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
5
被引用文献数
2

検出限界は,ある物質を検出できる最少量であり,ノイズとシグナルの境界とも言える.科学としての学問的興味から,分析化学の分野では数十年前から熱心な研究が行われている.一方,ある物質が存在するか否かは,クリティカルな国際問題とも成りえることから,国際ルールである分析法バリデーションにおけるパラメータとして採用されている.たとえば,ISO,IUPACなどで検出限界が取り上げられている.しかし,検出限界の概念を統計学的に与えてある解説は多いが,実際に求める方法を提示してある文献は少ない.現実には,分析者は,自分の分析法の検出限界を自分の責任で推定し,提出または公表しなければならない.しかし,求めた検出限界の信頼性が最も重要な問題である.数少ない繰り返し測定から求めた検出限界は,求めるごとに数倍異なることもある.少ない実験からの検出限界はばらつくことを知りながら,その偶然の値を採用し,危険な物質の検出限界を大きく推定することや,発見したい目的物質の検出限界を小さく見積もるのは反則である.本稿では,ISO11843 Part5の方法を解説する.この方法は,統計的に信頼できる検出限界を与えるので,国際的に通用するデータの信頼性を保証できる.分析法としては,競合法ELISAと非競合法ELISAを例に挙げる.
著者
西条 寿夫 堀 悦郎 田積 徹 小野 武年
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.68-70, 2005 (Released:2005-04-05)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

扁桃体は,自己の生存にとってそれぞれ有益および有害な刺激に対する快および不快情動の発現(生物学的価値評価)に関与する.一方,ヒトの扁桃体損傷例や自閉症患者の研究から,扁桃体は,これら情動発現だけでなく,表情認知など人間生活に必須な社会的認知機能(相手の情動や意図を理解する精神機能)に中心的な役割を果たしていることが示唆されている.さらに,われわれの神経生理学的研究によると,サル扁桃体には,価値評価に関与するニューロンおよび相手の表情に識別的に応答するニューロンが存在する.以上から,生物学的価値評価と社会的認知の2つのシステムが扁桃体に存在し,2つのシステムが並列的に機能している仮説的神経回路を提唱した.
著者
渡邉 雅一 児玉 寛 長谷川 浩二 伊藤 佳子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.3, pp.221-231, 2007 (Released:2007-09-14)
参考文献数
22

パタノール®点眼液0.1%は,塩酸オロパタジンを有効成分として,抗アレルギー作用と抗ヒスタミン作用を併せ持つアレルギー性結膜炎治療剤である.本剤は結膜肥満細胞からのヒスタミンなどの化学伝達物質の遊離抑制作用と,選択的かつ強力なヒスタミンH1受容体拮抗作用により痒感,充血などのアレルギー性結膜炎症状を改善させると考えられている.非臨床試験において眼の即時型アレルギーに対する抑制作用,ヒスタミン誘発血管透過性亢進に対する抑制作用,各種化学伝達物質の遊離抑制作用および選択的ヒスタミンH1受容体拮抗作用を示した.第III相臨床試験では,対照薬のフマル酸ケトチフェン点眼液に劣らない有効性を示し,安全性において副作用発現率は有意に低かった.長期投与試験では10週間の連続点眼を行ったが副作用は認められず,結膜抗原誘発試験では本剤のアレルギー性結膜炎に対する有効性と効果の持続時間が確認された.本剤は,抗アレルギー作用と抗ヒスタミン作用という2つの作用によりアレルギー性結膜炎症状の改善をもたらし,高い安全性を有することが示された.