著者
古戎 道典 石田 貴之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.4, pp.269-276, 2020 (Released:2020-07-01)
参考文献数
31
被引用文献数
3 3

パーキンソン病は,運動緩慢,無動,振戦などの運動症状を主症状とする神経変性疾患である.中脳黒質のドパミン作動性神経細胞の変性脱落することにより,脳内のドパミンが枯渇し,大脳基底核の運動制御機能が異常になると考えられている.サフィナミドは,選択的で可逆的な新たなモノアミン酸化酵素B(MAO-B)阻害薬であり,ドパミン代謝酵素であるMAO-Bを阻害することで,脳内のドパミン量を増やすと考えられている.さらに本剤は,ナトリウムチャネル阻害作用やグルタミン酸放出抑制作用などの非ドパミン作用を有していることが特徴である.非臨床試験では,ドパミン作動性神経を破壊したラットやカニクイザルにサフィナミドが投与され,進行期のパーキンソン病症状であるウェアリングオフ様症状を改善することが示された.また,カニクイザルを用いた実験では,サフィナミドがレボドパに対する応答時間を延長すると同時に,レボドパ誘発性のジスキネジアを抑制した.これらの結果から,本剤は,MAO-B阻害作用による脳内ドパミン量の増加に加え,非ドパミン作用の影響を介した治療効果が期待できる.臨床試験では,サフィナミドがウェアリングオフを有するパーキンソン病患者のオン時間を延長し,Unified Parkinson’s Disease Rating Scale(UPDRS)Part III(運動機能検査)を改善させることが明らかにされ,パーキンソン病患者の日常生活の活動性を高めることが示された.この結果を受けて,本剤は,ウェアリングオフを有するパーキンソン病に対するレボドパ併用薬として,2019年9月に本邦で承認された.パーキンソン病治療の新たな選択肢として期待される.
著者
阿部 芳春 小関 靖
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.1, pp.76-84, 2022 (Released:2022-01-01)
参考文献数
33
被引用文献数
1

ホリトロピン デルタ(遺伝子組換え)(製品名:レコベル皮下注12 μgペン/同皮下注36 μgペン/同皮下注72 μgペン)は,フェリング・ファーマ株式会社が開発した遺伝子組換えヒト卵胞刺激ホルモン(rFSH)である.ヒト由来細胞株(ヒト胚性網膜芽細胞:PER.C6)にヒト卵胞刺激ホルモン(FSH)を分泌する遺伝子を組み込み,無血清条件下で内因性のFSHと同様の「α2.3及びα2.6結合シアル酸を有する糖鎖構造」の原薬を生成することが可能になった.本剤は世界初のヒト細胞株由来の遺伝子組換えFSH製剤であり,この2つのシアル酸を有する糖鎖構造によって,内因性FSHと類似した血中動態が期待できる.さらに,血清抗ミュラー管ホルモン(AMH)値及び体重を指標とした投与量アルゴリズムにより,個々の患者に適した投与量で至適な卵胞発育及び安全性リスクの軽減も期待できる.第Ⅱ相臨床試験では,ホリトロピン デルタの用量範囲6~12 μg/日の用量反応性が認められ,有効性と安全性が示されたこと,及び母集団薬物動態/薬力学解析結果から,非日本人女性で設定した個別化用量は日本人でも適切であることが確認された.第Ⅲ相臨床試験では,主要評価項目として臨床的妊娠率(海外試験)および採卵数(国内試験)においてホリトフォリトロピン アルファ(海外試験)またはベータ(国内試験)に対するホリトロピン デルタ非劣性が検証された.また,ホリトロピン デルタ群で全卵巣過剰刺激症候群を発現した被験者及び/又は予防的介入を実施した被験者の割合は,フォリトロピン アルファまたはベータ群と比べて統計学的に有意に低く,その他の安全性評価においてもこれらと同様のプロファイルを示した.以上より,生殖補助医療における調節卵巣刺激を受ける不妊症の女性において,本剤の個別化用量の臨床的ベネフィットが認められたことから,安全性を保ちながら有用な新規の治療選択肢を患者及び医療現場に提供できると考える.
著者
斉藤 昌之 大橋 敦子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.118, no.5, pp.327-333, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
21
被引用文献数
5 5

筋肉運動とは別に, 食事や薬物によって代謝的熱産生を増やし体脂肪を減少させようとする試みのターゲットとして, ミトコンドリア脱共役タンパク質UCPが注目されている. UCPはプロトン輸送活性を有しており, その名の通りミトコンドリア内膜での酸化的リン酸化反応を脱共役させて, エネルギーを熱として散逸する機能を持っている. 代表的なUCPである褐色脂肪細胞UCP-1の場合, 寒冷曝露や自発的多食などで交感神経の感動が高まると, 放出されたノルアドレナリンがβ3受容体に作用して細胞内脂肪の分解を促し, 遊離した脂肪酸がUCP-1のプロトン輸送活性を増加させると同時に, 自ら酸化分解されて熱源となる. 更にノルアドレナリンの刺激が持続すると, 転写調節因子や核内受容体の作用を介してUCP-1遺伝子の発現も増加する. 従ってこれらの関与分子を活性化すれば, 熱産生の亢進と肥満軽減の効果が期待される. 事実, β3受容体に対する特異的な作動薬を各種の肥満モデル動物に投与すると, エネルギー消費が増加し体脂肪が減少することが確かめられている. 最近各種のUCP isoformが発見され, 特にUCP-2は広く全身の組織に, またUCP-3は熱産生への寄与が大きい骨格筋に高発現していることが明らかになって, 肥満との関係に多くの関心が集まっている. 現在までに, これらUCPの遺伝子発現の調節については多くの知見が集積したが, 今後, 脱共役機能自体の解析を進めることが抗肥満創薬において重要である.
著者
金田 勝幸 出山 諭司 李 雪婷 張 彤 笹瀬 人暉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.3, pp.135-139, 2020 (Released:2020-05-01)
参考文献数
16

ストレスは麻薬や覚醒剤などに対する欲求を増強させる.薬物欲求増強は一旦中止した薬物を再摂取してしまう再燃につながると考えられることから,欲求増強に関わる神経機構の解明が重要である.薬物欲求には,腹側被蓋野,側坐核,内側前頭前野(mPFC)などから構成される脳内報酬系に加え,報酬系と密接に関わる脳幹の背外側被蓋核(LDT)が関与する.また,ストレス時には,mPFCおよびLDTでのノルアドレナリン(NA)レベルが上昇する.したがって,ストレスによる薬物欲求増強に,これらの脳部位でのNA神経伝達の亢進が関与している可能性が推測される.そこで,コカイン条件付け場所嗜好性試験(CPPテスト)に拘束ストレス負荷を組み合わせる実験系を考案し,この仮説を検証した.ポストテスト直前に拘束ストレスを負荷することで,CPPスコアの有意な増大,すなわち,コカイン欲求の増強が認められ,この増強はLDTへのα2あるいはβ受容体拮抗薬の局所投与により抑制された.さらに,コカイン慢性投与後の動物から得たLDTニューロンでは,NAにより抑制性シナプス後電流が抑制されたことから,コカイン摂取により抑制性シナプス伝達に可塑的変化が誘導され,これが,LDTニューロンの興奮性を増大させることが示唆された.一方,NAはα1受容体を介してmPFC錐体ニューロンの興奮性を上昇させた.また,mPFCへのα1受容体拮抗薬の局所投与はストレスによるCPP増大を抑制し,さらに,薬理遺伝学的手法によりmPFC錐体ニューロンの活動を選択的に抑制することによっても,ストレス誘発性CPP増大は減弱した.以上の結果から,ストレスにより遊離の亢進したNAがLDTおよびmPFCニューロンを活性化させることで,コカイン欲求行動を増強させると考えられる.したがって,NA神経伝達の制御が,再燃に対する治療薬・治療法の開発につながることが期待される.
著者
山浦 克典 鈴木 昌彦 並木 隆雄 上野 光一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.135, no.6, pp.235-239, 2010 (Released:2010-06-11)
参考文献数
59
被引用文献数
1 1

2000年に新規同定されたヒスタミンH4受容体は,主に免疫系細胞に発現し免疫反応への関与が示唆されている.我々は関節リウマチ患者の関節滑膜に着目し,マクロファージ様および線維芽細胞様滑膜細胞いずれにもH4受容体が発現していることを確認した.次に,表皮および真皮のH4受容体発現を検討し,表皮においてはケラチノサイトが分化に伴いH4受容体の発現を増強することを,また真皮においては真皮線維芽細胞にH4受容体が発現することを確認した.さらに,皮膚に発現するH4受容体の役割として掻痒反応への関与が示唆されているため,サブスタンスPによるマウス掻痒反応において,H4受容体遮断薬が抗掻痒作用を示すことを確認した.サブスタンスPにより誘発する掻痒反応では,マスト細胞の関与は小さいこと,ケラチノサイトが反応に重要な役割を果たすとされることから,ケラチノサイトに発現するH4受容体を介する掻痒反応機構の存在が示唆された.
著者
井家 益和 小澤 洋介
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.3, pp.150-153, 2011 (Released:2011-03-10)
参考文献数
12
被引用文献数
2 1

自家培養表皮「ジェイス」は,ヒト細胞を用いた日本初の再生医療製品であり,2007年に承認された.自家培養表皮は,患者自身の皮膚を原材料として作製した表皮細胞シートである.ジェイスの製造は,3T3-J2細胞のフィーダーと,ウシ胎児血清や増殖因子を添加した培地を用いて表皮細胞を培養するGreen法を採用しており,数cm2の皮膚から体表をすべて覆う面積の表皮細胞シートを製造することができる.ジェイスを広範囲熱傷の熱傷創面に適用すると,表皮細胞が生着することによって創が閉鎖される.ジェイスの生着は,移植部位の状態に大きく影響されることがわかっている.生着を阻害する要因には,感染,炎症,物理的刺激,細胞傷害性物質などが考えられる.ジェイスの有効性を発揮させるために,わが国の医療現場に適した移植手技が標準化されることが望ましい.再生医療製品では,細胞毒性が低い併用薬の選択が求められることから,薬理学的なサポートも重要である.
著者
石井 健敏 谷口 弘之 斉藤 亜紀良
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.3, pp.205-209, 2008 (Released:2008-03-14)
参考文献数
20

片頭痛は頭痛発作を繰り返す疾患であり,本邦では人口の8.4%に存在する.男性に比べて女性での発症率のほうが高く,症状は悪心および嘔吐を伴うことが多い.痛みは激烈で,日常生活および社会生活に大きく影響することから,その病態の解明や治療法の確立は重要且つ急務であると考えられる.片頭痛の治療は,本邦においても2000年にトリプタン製剤が承認されて以降,スマトリプタンを含み合計4種類が臨床で使用されるようになり,新時代を迎えた.セロトニン1B/1D受容体作動薬であるトリプタン系の薬剤は片頭痛に対して治療有効性が高く,多くの患者に有益な効果と日常生活の質の向上をもたらした.しかし,トリプタン製剤もその治療効果は必ずしも十分であるとは言い切れない.また,血管収縮作用を有することから,その使用にあたり制限があることや,熱感,倦怠感,めまいなどの副作用が誘発されるなど,いまだ問題を抱えている.したがって,片頭痛の治療において新規な作用メカニズムを有する薬剤を創製することは今後も必要であろう.片頭痛の発症機序および病態生理についてはいまだ十分には解明されていないものの,血管説,神経説および三叉神経血管説の3つの仮説が有力である.これら3つの仮説のいずれかに当てはまる現象を指標として創薬研究が行われている.
著者
草刈 洋一郎 平野 周太 本郷 賢一 中山 博之 大津 欣也 栗原 敏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.123, no.2, pp.87-93, 2004 (Released:2004-01-23)
参考文献数
25

正常の心臓は律動的な収縮·弛緩を繰り返し,全身に絶え間なく血液を送り出している.これは,細胞内Ca2+-handlingを中心とした興奮収縮連関が規則正しく行われている結果である.一方で興奮収縮連関が破綻すると,収縮不全や拡張不全が招来されることが明らかになってきた.心筋細胞内Ca2+handlingの調節には多くのタンパク質が関わっているが,中でも筋小胞体のCa2+ポンプであるSERCA2a(心筋筋小胞体Ca2+-ATPase)が中心的な役割を果たしている.近年,分子生物学的手法を用いて,SERCA2aを心筋に選択的に過剰発現させると,心肥大や心不全になりにくいことが指摘されている.しかし,これまでの遺伝子変異動物を用いた研究では主として慢性心不全に関する研究は多いが,急激に起こる心機能の低下の原因に関する研究は少ない.そこで,今回我々は,SERCA2a選択的過剰発現心筋を用いて,急性の収縮不全や拡張不全を起こす病態時に,SERCA2aの選択的機能亢進により細胞内Ca2+-handlingと収縮調節がどのような影響を受けるのかについて調べた.急性収縮不全をきたす病態として,呼吸性(CO2)アシドーシスを用いた.アシドーシスならびにアシドーシスからの回復時における細胞内Ca2+と収縮張力を,SERCA2a過剰発現心筋と正常心筋とで比較した.アシドーシス時の収縮抑制に対しても,またアシドーシスからの回復時の収縮維持に関してもSERCA2a過剰発現心筋は正常心筋よりも収縮低下が抑制された.この結果は虚血性心疾患の初期などでおこるアシドーシスによる収縮不全に対して,SERCA2aの選択的発現増加による細胞内Ca2+-handlingの機能亢進が有用であることを示唆している.
著者
平山 晴子 樅木 勝巳 椎名 貴彦 志水 泰武
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.6, pp.270-274, 2014 (Released:2014-06-10)
参考文献数
24

グレリンとは,主に胃から分泌される,28個のアミノ酸からなるペプチドホルモンである.他のホルモンにはないグレリンの特徴として,3番目のセリン残基に脂肪酸による修飾を受けていることが挙げられる.この脂肪酸修飾がグレリン受容体を介した作用発現には必須である.生体内にはグレリンの脂肪酸修飾を持たない型も存在し,デスアシルグレリンと呼ばれるが,脂肪酸修飾を欠くというその構造上,グレリン受容体に対しては不活性型である.しかし近年では,デスアシルグレリンのグレリン受容体以外の経路を介する作用についても多数の報告がなされている.グレリンの作用としては,成長ホルモン分泌促進や,食欲亢進,エネルギー消費の抑制をはじめとし,循環器系への作用,消化器系への作用と,その作用は非常に多岐に渡る.グレリンの消化管運動に対する作用としては,胃や小腸,大腸の運動性を亢進させることなどがこれまでに報告されている.また,消化器疾患におけるグレリンの関与についてもさまざまな知見が報告されており,今後の研究の展開が期待されている.我々はこれまでに,in vivoの実験系を用い,グレリンの脊髄腰仙髄部の排便中枢を介する大腸運動への作用について研究してきた.本稿ではこの結果について,実験系も含め紹介する.
著者
馬庭 貴司 山本 寛
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.129-134, 2007 (Released:2007-02-14)
参考文献数
11
被引用文献数
2 2

アムビゾームは,現在でも深在性真菌症治療のgold standardとされているアムホテリシンB(AMPH-B)の優れた抗真菌活性を維持しつつ,副作用を低減させたリポソーム製剤である.本剤はリン脂質およびコレステロールで構成された単層膜リポソームの脂質二重膜にAMPH-Bを保持した製剤である.アムビゾームは深在性真菌症の主要起炎菌である,Aspergillus属,Candida属,およびCryptococcus属を始めとする各種真菌に対し,幅広い抗真菌活性を示し,その作用は殺菌的であった.また,アムビゾームは各種真菌感染モデルにおいて,既存のAMPH-B製剤(d-AMPH-B)と比較して,優れた感染防御効果ならびに治療効果を示した.海外臨床試験において,d-AMPH-Bで問題とされる投与時関連反応や腎障害の発現を有意に減少させ,臨床においても本剤のコンセプトが証明された.国内第II相臨床試験においても,Aspergillus属,Candida属,およびCryptococcus属による深在性真菌症に有効であり,他剤無効例に対しても効果を示した.また,臨床的に大きな問題となる副作用は認められず,長期間の投与が可能であった.d-AMPH-Bでは累積投与量が5gを超えると不可逆的な腎毒性の発現が懸念されるが,アムビゾームでは総投与量の大幅な増大が可能であった.血中のAMPH-Bの存在形態を検討したところ,遊離型として存在しているAMPH-Bは平均値で0.8%と低く,そのほとんどがリポソームに保持されており,血中でアムビゾームは安定に存在していた.以上より,アムビゾームは深在性真菌症治療に新たな選択肢になると考えられた.
著者
山村 彩
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.5, pp.278-280, 2016 (Released:2016-11-01)
参考文献数
12
著者
木村 英雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.1, pp.6-8, 2012 (Released:2012-01-10)
参考文献数
20
被引用文献数
9 8

卵の腐敗臭を放つ毒ガスとして知られている硫化水素(H2S)が,生体内で作られることが日本でもようやく知られるようになってきた.Cystathionine β-synthase(CBS),cystathionine γ-lyase(CSE),3-mercaptopyruvate surfurtransferase(3MST)の3つの酵素が脳,肝臓,腎臓,血管,膵島などでH2Sを生産する.そして,神経伝達調節,平滑筋弛緩,細胞保護作用,インスリン分泌調節,抗炎症,血管新生など,H2Sは多様な作用を示す.このうち,細胞保護作用は神経細胞を酸化ストレスから保護する働きを皮切りに,心筋を虚血再還流障害から保護することが見つかり,アメリカではH2Sを冠状動脈バイパス手術に適用する第II相効果試験に入るなど,臨床応用への動きが目覚ましい.H2Sがmonoamine oxidase(MAO)を抑制する作用やミクログリアからのサイトカイン放出を抑制する作用を利用し,レボドパ(L-dopa)にH2Sをゆっくりと放出する構造をもつ化合物が開発され,パーキンソン病モデル動物ではL-dopaより優れた結果が出ている.さらに,H2Sが非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)による消化管の炎症を抑えることから,新薬の開発が進んでいる.基礎研究においても今年に入ってから,すでに5つのグループからそれぞれ特色の異なったH2S蛍光プローブが報告されている.これによって,H2Sがどのような時に,いかなる刺激によって放出され,消失していくかをリアルタイムで追跡できることが期待される.
著者
前原 俊介
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.6, pp.280-284, 2013 (Released:2013-12-10)
参考文献数
29

統合失調症は,思春期や青春期にその多くが発症する精神疾患であり,羅患率は総人口の約1%と比較的高いことが知られている.統合失調症の症状は多彩で一義的ではないものの,主症状として,幻覚,妄想などの陽性症状,感情鈍麻,意欲減退,社会的引きこもりなどの陰性症状および注意力低下,実行機能障害などの認知機能障害がある.既存の統合失調症治療薬は,主としてD2受容体および5-HT2A受容体に対する拮抗作用を有しており,陽性症状には奏功するものの,陰性症状や認知機能障害に対する改善作用は未だに十分ではなく,依然として統合失調症患者の約30%は薬剤抵抗性を示している.また,錐体外路症状や高プロラクチン血症,体重増加などの副作用を発現することなどから,新しいメカニズムを有する統合失調症治療薬の開発の必要性が強く唱えられている.その一つとして,主に前頭皮質のグルタミン酸神経伝達異常が原因であるといういわゆるグルタミン酸仮説(NMDA受容体機能低下仮説)に基づく創薬が活発化している.現在,グリシントランスポーター1阻害薬や代謝型グルタミン酸受容体2/3型(mGluR2/3)アゴニスト,mGluR2ポジティブアロステリックモジュレーターなどが臨床試験中である.我々は,新規ターゲットとして代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)に着目し,その拮抗薬の創薬を進めてきた.本稿では,新規mGluR1拮抗薬の特徴とその統合失調症動物モデルでの有効性および副作用に関する評価および受容体占有率との関係を中心に概説し,mGluR1拮抗薬の新規統合失調症治療薬としての可能性について考察する.
著者
吉崎 尚良 青木 一洋 望月 直樹 松田 道行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.2, pp.135-141, 2005 (Released:2005-10-01)
参考文献数
22

細胞内シグナルは,複数の分子の相互作用と酵素反応の連携によって伝播する.細胞外からシグナルが入力されると,多数の分子が相互作用するが,その相互作用は,時間的,空間的に様々に変化する.そしてそれら多様な相互作用は,細胞の分化,細胞骨格の再構成,遺伝子発現,という生命現象として最終的に出力される.こうした細胞内シグナル伝達に関わる分子の同定や機能解析は従来,遺伝学的,生化学的,分子生物学的手法によって行われてきた.これら既存の手法は目的の分子のシグナルカスケードにおける位置や,試験管内での酵素活性を知るには有効であるが,“細胞内のどの部位で,いつ”という時空間的な情報を知ることはできなかった.この問題を解決するために,近年,蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した生体内の反応を可視化するFRETプローブ群が開発されている.とくに,緑色蛍光タンパク質(GFP)をこのプローブ群の作製に用いると容易に細胞内に導入できるため,その利用に拍車がかかっている.さらに,これらのFRETを利用すれば,特定のタンパク質の活性を非侵襲的に画像化することが可能となることから,1細胞単位での分子機能の解析のみならず,さまざまな病気の診断や治療評価まで役立てようとする試みが始まっている.本文ではこのGFPを利用したFRETプローブの一例として低分子量Gタンパク質であるRhoの分子センサーを用いて,その利用の実際とそれによりわかってきたRhoファミリーGタンパク質の活性変化について解説する.
著者
清水 翔吾 清水 孝洋 東 洋一郎 齊藤 源顕
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.250-254, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
37

前立腺肥大症は,尿道閉塞による排尿困難や,二次的に発生した刺激が膀胱に伝わり頻尿及び夜間頻尿など下部尿路症状を引き起こす.近年の臨床及び疫学研究において,高血圧,高脂血症,糖尿病といった動脈硬化に関連する疾患が,前立腺肥大症を含む下部尿路症状の危険因子になりうるとの報告がなされた.また,複数の実験動物モデルを用いた基礎研究においても,前立腺血流低下(虚血)が,前立腺の細胞増殖や線維化,前立腺平滑筋収縮の増大に関与することが報告されている.そのため,臓器そのものだけでなく,骨盤内または前立腺血流自体が前立腺肥大症の治療標的になりうると考えられている.著者らは,自然発症高血圧ラットを用いて,前立腺血流低下に伴う前立腺肥大症発症メカニズムの解明並びに血管拡張薬の有用性について報告を行ってきた.本稿では,前立腺虚血及び前立腺肥大に関する研究成果を,著者らの研究成果を中心に紹介する.
著者
山口 浩史 栗田 麻希 吉永 遼平 淺尾 靖仁 岡 美智子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.259-264, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
19

慢性前立腺炎は泌尿器科領域ではもっとも一般的な疾患のひとつである.下腹部や会陰部の慢性的な痛みおよび不快感によりQOLが著しく損なわれる疾患であるが,確立された診断方法はなく,治療に難渋する患者も多いことから,新たな治療薬の開発が求められている.薬物評価を行う目的で,様々な急性および慢性の動物モデルが報告されてきたが,ヒトの病態との相関やモデルとしての妥当性に関しては十分な考察がされてこなかった.そこで,我々は今回,慢性モデルとして報告されている自己免疫性(EAP)モデルとホルモン誘発性(HCP)モデルを用い,慢性前立腺炎の特徴である疼痛および前立腺の炎症に関して評価を行った.Von Frey法により下腹部を刺激し疼痛様行動を評価したところ,EAPモデルおよびHCPモデルにおいて疼痛様行動の有意な増加が認められた.また,前立腺の炎症についてHE染色により病理組織学的に評価したところ,EAPモデルでは前立腺の腹葉特異的な炎症が認められたのに対し,HCPモデルでは前立腺の側葉特異的な炎症が認められた.前立腺肥大症に伴う排尿障害改善薬であるタダラフィルが,臨床において,慢性前立腺炎患者の疼痛症状を改善することが報告されている.そこで,EAP,HCPモデルを用いて,タダラフィルの作用について検討したところ,タダラフィルの反復投与はEAPモデルの疼痛様行動の増加を有意に抑制し,前立腺腹葉の炎症も有意に抑制した.HCPモデルにおいてもタダラフィルの反復投与は,疼痛様行動の増加を有意に抑制した.以上のことから,EAP,HCPモデルは慢性前立腺炎患者の特徴である疼痛と前立腺の炎症を示すモデルであり,薬物を評価するのに有用なモデルであると考えられた.
著者
高山 淳二 高岡 昌徳 松村 靖夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.1, pp.37-42, 2008 (Released:2008-01-11)
参考文献数
29
被引用文献数
2 4

腎不全時には,水分・電解質バランスの異常や老廃物の蓄積により生命が脅かされることから,透析療法が導入されることも少なくない.わが国の透析導入患者数は増加の一途をたどる現状であり,腎疾患治療薬の更なる開発が望まれる.著者らは,急性および慢性腎不全モデル動物を作製し,その発症・進展機構とそれらに有効な治療薬について研究している.従来から急性腎不全モデルとしては,虚血再灌流,重金属,各種薬物などによる腎機能低下モデルが用いられているが,主に著者らは腎臓の血流を一時的に遮断した後,その血流を再開通させることで発症する腎虚血再灌流障害モデルを用いている.技術的にも比較的容易であることから,安定した腎機能障害動物が得られ,実験者間の個人差も比較的少ない.費用の面でもきわめてリーズナブルである.本モデルを用いて著者らの研究室では,腎虚血再灌流障害の発症と進展に関わる種々の因子を同定するとともに,その障害をきわめて効果的に改善する薬物も見出している.一方の慢性腎不全モデルでは,腎部分切除や腎動脈分枝を結紮することにより,機能糸球体数を物理的に減少させて慢性的に腎障害を引き起こす方法が用いられることが多い.また最近では,糖尿病誘発性のモデルを用いた例も多くみられる.本稿では,誌面の都合上,急性腎不全モデルとして腎虚血再灌流障害,慢性腎不全モデルとして腎部分摘除の各モデルを取り上げ,動物の作製方法について解説する.さらに,腎機能低下の程度や進行並びに組織病変はそれぞれの病態モデルで特徴的であるため,それらがわかるように著者らの実験結果を例に挙げて記述する.
著者
川崎 博己 山本 隆一 占部 正信 貫 周子 田崎 博俊 高崎 浩一朗
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.98, no.5, pp.345-355, 1991
被引用文献数
1

新規抗うつ薬,milnacipran hydrochloride(TN-912)の脳波および循環器に対する作用をimipramine(IMP)およびmaprotiline(MPT)の作用と比較した.TN-912(10~100mg/kg)の経ロ投与は無麻酔・無拘束ラットの自発脳波と音刺激による脳波覚醒反応に対して,著明な変化を示さなかったが,IMP(10~100mg/kg)およびMPT(10~100mg/kg)の高用量投与は自発脳波の徐波成分の増加傾向と脳波覚醒反応の軽度抑制を生じた.無麻酔-無拘束ラットの循環器に対して,TN-912(10~100mg/kg)の経ロ投与により平均血圧の軽度上昇と高用量において心拍数減少がみられた.IMP(10~100mg/kg)とMPT(10~100mg/kg)により,用量依存性の血圧上昇と心拍数増加が認められた.麻酔イヌにおいてTN-912(1~30mg/kg),IMP(0.3~10mg/kg),MPT(1~10mg/kg)静脈内投与は,血圧下降を生じた.心拍数に対してTN-912は一定の作用を示さなかったが,IMPおよびMPTは用量依存的な増加を生じた.大腿動脈血流量はTN-912の30mglkgにより減少,IMPおよびMPTの低用量により減少,MPTの高用量により増加,IMPの高用量により著明に減少した.心電図に対して,TN-912(1~30mg/kg)によりS波の増大と高用量においてT波の増高がみられた.IMPは,投与直後・過性のRとS波振幅の減少,T波の増高,PQ間隔の延長を生じた.MPTは高用量においてR波振幅の減少,著明なT波の増高,PQ間隔の延長を生じた.モルモット摘出心房標本においてTN-912は高濃度の10<SUP>-4</SUP>Mにおいて軽度の収縮力の増大と律動数の減少を生じた.IMP(10<SUP>-6</SUP>M~10<SUP>-4</SUP>M)およびMPT(10<SUP>-6</SUP>~10<SUP>-4</SUP>M)は濃度依存的な収縮力の減弱と律動数の減少を生じ,10<SUP>-4</SUP>Mにおいて自動運動は停止した.以上,TN-912は既存の抗うつ薬IMPおよびMPTに比べて脳波および循環器に対する影響が少ない抗うつ薬である.
著者
夏目 やよい 水口 賢司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.2, pp.91-95, 2017 (Released:2017-02-01)
参考文献数
11
被引用文献数
1 1

創薬研究における時間,労力,費用といった様々なコストを下げ,革新的な創薬シーズを効率よく探索する試みの一つとして,コンピュータ解析(①データベース,②統計的モデリング,③数理モデリング)が積極的に利用されつつある.年々増加の一途を辿るデータベースを有効に利用するために,データベースの統合や,格納されたデータの解析を支援するプラットフォームの構築といった試みが需要を増している.また,収集された大量のデータから生物学的に意味のある情報・知識を引き出す技術が必要となることから,機械学習の手法の重要性は高い.一方,利用できるデータ量が不十分である場合などにおいても,理論計算によってシミュレーションをおこなうことにより観測している現象の本質を推定するアプローチも有効であり,これらの手法の特徴を理解した上で目的に応じたコンピュータ解析をおこなうことが肝要である.
著者
藤田 泰久
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.1, pp.31-37, 2022
被引用文献数
1

<p>レムデシビルは米国Gilead Sciences社(以下,ギリアド社)が開発した,ウイルスのRNA合成を阻害する直接作用型抗ウイルス薬である.コロナウイルスを含む一本鎖RNAウイルスに対し,細胞培養系及び動物モデルにおいて抗ウイルス活性を示すことが明らかになっており,2015年からエボラウイルス感染症の治療薬として開発が進められてきたが,これまでいずれの国でも承認されたことはなかった.2019年12月に中華人民共和国湖北省武漢市で確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,発熱,咳,呼吸困難などを主な症状とする呼吸器疾患である.重症例では重篤な肺炎や多臓器不全を引き起こし,死に至る可能性がある.米国ギリアド社は中東呼吸器症候群(MERS)及び重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こす一本鎖RNAコロナウイルスであるMERS-CoV,SARS-CoVに対し,in vitro及びin vivoでの抗ウイルス活性が認められていたレムデシビルを候補薬として,COVID-19治療薬の開発に着手した.COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2に対するレムデシビルの抗ウイルス活性がin vitroで確認されたことにより,2020年2月から臨床試験を開始した.米国国立アレルギー感染症研究所(NIAID)及び米国ギリアド社が実施した臨床試験,人道的見地から行われた投与経験の結果を受け,わが国でも「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)に基づく特例承認制度により,2020年5月7日に「SARS-CoV-2による感染症」を効能又は効果として特例承認に至った.本稿では,レムデシビルの開発の経緯,作用機序,及びその臨床成績の概要について解説する.</p>