著者
西村 有平
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.150, no.2, pp.88-91, 2017 (Released:2017-08-08)
参考文献数
37
被引用文献数
1

新たに承認される薬の数は,開発コストあたりに換算すると過去数十年間に渡り減少し続けている.この課題の解決に向けたアプローチのひとつとして,ゼブラフィッシュを創薬に導入する機運が高まっている.ゼブラフィッシュは,ヒトへの外挿性,組織の複雑性,化合物スクリーニングの簡便性・高速性の三軸において比較的優れたバランスを持つモデル動物であり,産学官ともに創薬ツールとして利用される機会が増えている.本総説では,ゼブラフィッシュの表現型を指標とするin vivoスクリーニングを基軸とする創薬と,データベースなどを利用したin silicoスクリーニングとゼブラフィッシュの統合的利用を基軸とする創薬,という二種類のアプローチを用いた神経疾患治療薬の開発について概説する.また,ゼブラフィッシュを用いて発見された疾患治療薬が臨床に進んでいる具体例を提示する.今後,ゼブラフィッシュを用いた創薬研究の発展に伴い,ゼブラフィッシュで発見される疾患治療薬が臨床において真に有用である割合が明らかにされ,トランスレーショナルリサーチツールとしてのゼブラフィッシュの意義が確立されていくことが期待される.
著者
南嶋 洋司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.1, pp.40-45, 2020 (Released:2020-01-01)
参考文献数
11

後生動物のように個体の生存に酸素が必須な生物の細胞には,必要とする酸素よりも利用出来る酸素が少なくなった低酸素状態(hypoxia)に対する応答反応(低酸素応答)がプログラムされている.低酸素環境下で必要な遺伝子群の多くは,低酸素応答のマスターレギュレーターとも呼ばれる転写因子HIF(hypoxia-inducible factor)によって誘導されるのだが,低酸素応答の研究は,そのHIFの発見によって飛躍的に進化した.2019年のノーベル生理学・医学賞が低酸素応答の研究者3名に授与されたことからもわかるように,「酸素濃度のセンシングと,低酸素環境への適応」の分子メカニズムに関する研究領域は,その面白さと重要性が広く認知されている.正常酸素濃度環境(normoxia)においては,酸素添加酵素(oxygenase)に分類されるプロリン水酸化酵素PHDが,分子状酸素O2を用いてHIFのα-サブユニット(HIFα)の特定のプロリン残基を水酸化する.プロリン水酸化されたHIFαは,ユビキチン-プロテアソーム依存的タンパク質分解へと導かれるため,normoxiaにおいてはHIFによる低酸素応答は不活性化されている.一方でhypoxiaにおいては,酸素添加酵素であるPHDの酵素活性が低下するために先述したHIFαのプロリン水酸化が抑制されるため,プロリン水酸化依存的タンパク質分解を免れてタンパク質発現量が急速に上昇したHIFαが,β-サブユニット(HIFβ/ARNT)と結合し,ヘテロダイマー型転写因子HIFとして低酸素時に必要な遺伝子群の転写をドライブする.すなわち,HIFを介した低酸素応答は酸素濃度依存的なPHDの酵素活性によって制御されているため,PHDこそが酸素濃度センサーとして機能しており,PHDの活性を抑制すると正常酸素分圧下においてもHIFを介した低酸素応答を活性化させることが出来る.本稿では,PHD-HIF経路を介した低酸素応答を,近年開発されたPHD阻害薬(HIF-PH阻害薬.本邦では2019年9月20日付けで腎性貧血治療薬として認可された)を用いて人為的に活性化させることで,様々な疾患の治療に応用しようといういくつかの試みについて紹介させて頂きたい.
著者
杜 偉彬 前川 祐理子 夏井 謙介
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.1, pp.6-11, 2019 (Released:2019-07-12)
参考文献数
21
被引用文献数
2

アレルゲン免疫療法(allergen immunotherapy:AIT)は,原因アレルゲンを有効成分として投与することにより,アレルギーの根治が期待できる唯一の治療法とされている.日本では,1960年代より花粉やダニに起因するアレルギー性鼻炎に対する皮下免疫療法(subcutaneous immunotherapy:SCIT)が導入され,その臨床効果も認知されている.しかし,SCITでは,アナフィラキシーなどの全身性反応のリスクが課題であり,それを解決するために舌下免疫療法(sublingual immunotherapy:SLIT)が確立された.日本では,スギ花粉症の成人及び12歳以上の小児において,初めてのSLIT製剤としてスギ花粉舌下液が2014年に承認された.その後,当社は至適用量の設定や服薬の利便性の向上を実現させるために,SLIT錠の開発に着手した.ダニアレルギー性鼻炎の成人及び12歳以上の小児においては,ダニ舌下錠が2015年に承認されたのち,2018年に12歳未満の小児においても追加適応の承認を取得した.一方,スギ花粉症に対しては,スギ花粉舌下錠が2018年に年齢制限がなく承認された.本稿では,SLITの液剤及び錠剤の開発経緯とともに,SLIT錠の製剤技術,舌下投与後のアレルゲンの体内分布についても述べる.

1 0 0 0 OA 依存性試験

著者
宮脇 出
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.3, pp.211-215, 2007 (Released:2007-09-14)
参考文献数
25

近年の世界的な薬物乱用の増加によって,適切な依存性評価の重要性が高まってきている.しかし,ICH(International Conference on Harmonization)では,依存性試験について積極的な議論はなされておらず,各極の依存性試験に対する対応や考え方は一様ではない.さらに,日米欧の三極から出されているガイドラインや指針には依存性評価の基本概念が記載されているだけで,具体的な試験の内容については触れられていない.このような理由から新薬製造メーカーの研究者は依存性試験の実施について戸惑う点も多いと推察される.本稿では(1)各極の依存性に関するガイドラインや指針の特徴,(2)一般的な薬物依存性試験の方法と問題点,(3)乱用/依存の可能性を評価する際の留意点について,筆者なりの見解をまとめた.
著者
清木 雅雄 上木 茂 田中 芳明 添田 美津雄 堀 裕子 会田 浩幸 米田 智幸 森田 仁 田頭 栄治郎 岡部 進
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.95, no.5, pp.257-269, 1990 (Released:2007-02-20)
参考文献数
31
被引用文献数
33 32

新規化合物Z-103の抗潰瘍剤としての有用性を明確にするため,各種実験胃損傷(ストレス胃損傷,塩酸aspirin胃損傷,histamine胃損傷及び塩酸ethanol胃損傷),並びにmepirizole十二指腸潰瘍モデルに対する作用をラットを用いて検討した.対照薬物としてspizofuroneおよびcimetidineを使用した.Z-103は各モデルに対して用量依存的な抑制効果を示し,特に塩酸ethanol胃損傷およびmepirizole十二指腸潰瘍モデルに:おいてはspizofuroneおよびcimetidineよりは,強い抑制作用を示すことが判明した.さらに胃諸機能に対する作用について検討したところ,in vitro実験において,Z-103は制酸効果および抗ペプシン作用を有することが判明した.また,ethanol胃損傷時における胃粘膜被覆粘液量減少,並びにaspirinによる胃粘膜電位差低下に対して,それぞれ用量依存的な予防作用を有することが判明した.一方,ラット胃液分泌に対しては,高用量(300mg/kg)で若干減少させるが,それ以下の用量では影響を及ぼさなく,また,Heidenhain pouch犬の胃液分泌に対して全く作用を及ぼさないことが明確となった.以上をまとめると,Z-103は,ラット各種実験胃損傷,並びに十二指腸潰瘍モデルに対して著効を示し,その抑制効果は抗分泌作用によるものではなく,若干の制酸効果,および防御因子増強作用(mucosal protection作用,胃粘膜関門,並びにmucus bicarbonate barrierの恒常性維持作用)によるものが主体であろうと考えられる.よって,本薬剤はヒトにおいても防御因子増強型潰瘍治療薬として,十分に期待できるものと考えられる.
著者
勝山 真人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.6, pp.285-290, 2013

NADPHオキシダーゼは食細胞において同定されたスーパーオキシド(O<sub>2</sub><sup>&minus;</sup>)産生酵素であり,感染微生物の殺菌に重要な役割を果たす.O<sub>2</sub><sup>&minus;</sup>は食細胞以外でもNADPH依存的に産生されるが,この十数年の間に,非食細胞型NADPHオキシダーゼが相次いで同定された.その触媒サブユニットNOXには,NOX1からNOX5までの5種類と,関連酵素であるDUOX1とDUOX2の計7種類のアイソフォームが存在する.各アイソフォームはそれぞれ活性発現に必要な共役サブユニットや組織分布が異なっており,遺伝子改変マウスを用いた解析の結果,それぞれ独自の生理機能をもつことが明らかとなりつつある.本総説では主に各NOXアイソフォームの発現調節機構について紹介し,薬物治療への応用の可能性についても言及する.
著者
粕谷 善俊
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.1, pp.21-26, 2015 (Released:2015-01-10)
参考文献数
24

p38は,細胞外の刺激を核内の転写制御機構へとつなぐシグナル分子,MAPK(mitogen-activated protein kinase)ファミリーの1つであり,特に,ストレスや炎症性サイトカインにより活性化されることから,JNK(c-Jun N-terminal kinase)やERK5とともにストレス活性化プロテインキナーゼ(stress-activated protein kinase:SAPK)とも呼ばれている.p38の発見から20年が経過し,その多岐にわたる生理的・病態生理的機能が明らかになっているとともに,関節リウマチを始めとする炎症性疾患の創薬ターゲットとして着目され,近年,p38阻害薬の開発が精力的に行われてきた.本稿では,p38の機能を解説するとともに,p38阻害薬の治療応用の可能性も含めて,その動向についてふれたい.
著者
毛利 彰宏 野田 幸裕 溝口 博之 鍋島 俊隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.1, pp.4-8, 2006 (Released:2006-03-01)
参考文献数
40
被引用文献数
2 2

非競合的N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体拮抗薬であるフェンシクリジン(PCP)の乱用者は,統合失調症とよく似た精神症状を示すことから,統合失調症の病態仮説として「グルタミン酸作動性神経系機能低下仮説」が提唱されている.PCPは単回で投与した場合には一過性の多様な薬理作用を示すが,連続投与した場合は,依存患者が摂取を中止した後も,その精神症状が数週間持続する様に,動物でも行動変化が持続する.例えばPCPをマウスに連続投与すると,休薬後において少量のPCPを投与すると運動過多が増強(自発性障害:陽性症状様作用)され,一方,強制的に水泳をさせても泳がなくなる無動状態が増強(意欲低下の増強:陰性症状様作用)され,水探索試験における潜在学習や恐怖条件づけ試験における連合学習が障害(認知機能障害)される.このようなPCP連続投与マウスに認められる情動・認知機能障害にグルタミン酸作動性神経系がどのように関与しているのか分子機序を調べたところ,運動過多の増強はPCPがNMDA受容体拮抗作用を示し,その結果ドパミン作動性神経系を亢進することによっていた.生理食塩水連続投与マウスでは強制水泳ストレス負荷および水探索や恐怖条件づけ試験で訓練するとCa2+/calmodulin kinase IIやextracellular signaling-regulated kinaseのリン酸化が著しく増加するが,PCP連続投与マウスでは増加しなかった.一方,PCP連続投与マウスの細胞外グルタミン酸の基礎遊離量は著しく減少していた.これはグリア型グルタミン酸トランスポーターのGLASTの発現が増加し,グルタミン酸の再取り込みが増加しているためであることが考えられた.したがって,PCP連続投与マウスに認められる精神行動障害には,グルタミン酸作動性神経系の前シナプス機能およびNMDA受容体を介する細胞内シグナル伝達の低下が関与しているものと考えられる.
著者
相馬 義郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.4, pp.222-223, 2013 (Released:2013-04-10)
参考文献数
8
被引用文献数
1 1
著者
小野 信文
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.113, no.4, pp.203-210, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
50
被引用文献数
1 1

脳血流(CBF)は自動調節(autoregulation)能によってほぼ一定に保持されている.その調節には種々の因子が関与するが,神経性調節を中心にその特徴を述べる.CBFは圧の減少に依存する減少,血圧に依存しない一定量の保持状態,高圧時に圧に依存する増加(breakthrough)を特徴とし,自動調節は保持状態の部分である.これは全身血圧低下による酸素欠乏と全身血圧の異常上昇・CBF増加による脳浮腫から脳組織を保護するための調節機構である.脳血管の緊張低下に関係する脳内機構は,コリン神経,興奮性アミノ酸あるいはGABAなどが神経性にあるいは非ニューロン的に働いている.AChについては,前脳基底部のマイネルト核から大脳皮質へ投射する系と前脳基底部の中隔から海馬へ投射する系があり,コリン系神経興奮によって大脳皮質ではムスカリン性ならびにニコチン性受容体のいずれもCBF増加を起こし,海馬では主にニコチン性受容体を介している.血管緊張に与る系は,交感神経系支配によるノルエピネフリン,セロトニン神経などがある.セロトニンの収縮性受容体は5-HT1Dβならびに5-HT2Bであるが,一部5-HT7受容体性の拡張性も持つ.神経走行が明確でないが,NO,アンジオテンシン,ブラジキニン,PG類も自動調節に影響する.NOS阻害薬は自動調節の上限を強く抑制し,breakthrough発現を抑え,breakthrough時にはNO産生の亢進が推察される.また洞大動脈神経切除によってもbreakthrough発現が見られない.アンジオテンシンの産生を抑制すると自動調節を血圧の低い方ヘシフトする.ブラジキニンは脳血管に対しB2受容体と関連する血管拡張,血管透過性亢進ならびに血液脳関門透過性亢進作用がある.PGF2αもbreakthrough発現を抑える.また,自動調節の下限域では血中TX B2が増加し,上限域ではPG Eタイプや6-keto-PGF1αが増加し,血圧の状態によって異なるPGが産生される.
著者
吉岡 充弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.106, no.5, pp.311-319, 1995 (Released:2007-02-06)
参考文献数
49
被引用文献数
3 3

It is known that serotonin is widely distributed in the body; its receptors are located in various tissues and organs. It has been reported that serotonin receptors without apparent synaptic structure exist in the peripheral nervous system. These serotonin receptors might be the target of circulatory serotonin. In particular, serotonin has a potent depolarizing action on vagal afferent nerves. This stimulation causes various autonomic reflexes, so-called von Bezold-Jarisch reflex, that consist of bradycardia, hypotension and apnea. The peripheral 5-HT3-receptor subtype seems to be responsible for the initiation of these reflexes. The physiological and pathophysiological significance of these serotonin-induced modulations have not, however, been established. The present study was designed to examine the effects of exogenous serotonin on the chemosensitive afferent nerves including carotid sinus nerves, cervical vagus nerve, and efferent motor nerves, such as phrenic nerves and pharyngeal nerves. Because little is known about the involvement of the serotonergic system in the pulmonary reflex and pulmonary-related reflexes (swallowing or vomiting), the distribution of the motor component of these nerves within the brain stem of the rat was also determined.
著者
望月 秀紀 谷内 一彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.147-150, 2006 (Released:2006-05-01)
参考文献数
17

ポジトロン断層影像法(PET)など脳機能画像法が開発されたことによって,これまで研究することが困難だった中枢レベルの痒みの研究が可能となった.現在,中枢における痒みのイメージング研究において2つの展開がある.ひとつは“痒み”という感覚が脳内でどのように作り出されているのか,そして,もうひとつは,中枢神経系を介した痒みの抑制システムの存在についてである.痒みと痛みは同じ末梢神経線維によって伝達されるにもかかわらず,私たちはそれらを異なる体性感覚として知覚する.その違いが脳内でどのように作り上げられているのかが最近のPET研究によって明らかにされつつある.痒みと痛みの脳内ネットワークは非常によく似ているがいくつかの相違点があると考えられている.例えば,痛みの認知に関係する視床や二次体性感覚野は痒み刺激を与えてもあまり反応しない.このような脳内ネットワークの違いが,痒み・痛みといった感覚の違いを作り出している可能性がある.アトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー疾患は,現在,国民の3割が患う国民病として知られており,その治療法の開発が強く望まれている.特に,アトピー性皮膚炎患者の場合,掻きむしる行為が原因で症状が悪化する.痒みの治療法として,抗ヒスタミン薬など薬剤治療が一般的に用いられるが,それでも痒みの治療は多くの問題を抱えている.その問題のひとつは,心理的ストレスによる痒みの悪化である.逆に,趣味に没頭しているときなどは痒みが軽減される.このような現象から,脳内に痒みを増減するようなシステムが存在する可能性が指摘されている.我々は痒みに関するPET研究から,中脳中心灰白質を中心とした痒みの中枢性抑制システムの存在をヒトにおいて証明した.今後,中枢性痒み抑制メカニズムによる痒みの新たな治療薬の開発が期待される.
著者
佐々 茂
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.4, pp.248-251, 2007 (Released:2007-10-12)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

ヘムタンパク質から遊離するフリー・ヘムはヘム・オキシゲナーゼによって,鉄イオン,ビリベルジンIXα,COに分解される.この反応はこれまで代謝・分解反応として考えられて来たが,一方この酵素反応の結果(1)酸化的ストレスであるフリー・ヘム濃度が減少する事,(2)鉄イオンはフェリチンの誘導を介して酸化的ストレスを軽減する事,(3)ビリベルジンIXαおよびその還元体であるビリルビンIXαはいずれも重要な抗酸化作用を示す事,(4)COはストレスによる細胞死を抑制する事,などの事実も明らかになった.従ってヘムの代謝産物はいずれも酸化的組織障害に防御的貢献をしている.すなわちヘム・オキシゲナーゼ活性,およびフリー・ヘムによるヘム・オキシゲナーゼ遺伝子の活性化はいずれも生体防御反応において重要な役割を果たしている.フリー・ヘムはさらにいろいろな遺伝子の活性化機構にも関与している事も明らかになり,この章ではフリー・ヘムの遺伝子活性化に及ぼす影響を概説した.ヘムによる遺伝子活性化機構の解明は組織防御を始めとする各種の重要な生体反応の理解に極めて重要であると考えられる.
著者
小林 裕美
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.5, pp.285-287, 2008 (Released:2008-11-14)
参考文献数
11
被引用文献数
6 6

アトピー性皮膚炎は症例毎に異なる悪化因子が関与するため,治療に個別のアプローチが必要である.悪化因子が比較的単純で除去しやすい例は,標準的治療のみで充分軽快するが,複雑な因子が関与し長年にわたる経過のうちに悪化の方向に向かう一群も存在する.このような例に対して,私たちはまず漢方で重視する「食」について指導し,なお改善しない場合に漢方方剤内服を併用してきた.アトピー性皮膚炎に用いる漢方エキス製剤は多岐にわたり,それぞれの薬理作用の理解のもとに使用する.小児,成人ともに気虚を伴う例に用いる補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は,内因を改善する補剤の代表方剤である.補中益気湯のアトピー性皮膚炎治療における有用性を明らかにするため,私たちは,内服前後における血中サイトカイン値の変動を検討するなど症例集積研究を重ねてきた.さらに最近,プラセボを対照薬とした多施設共同無作為化二重盲検比較試験を行った(Evidence-based Complementary and Alternative Medicine 2008; doi: 10.1093/ecam/nen003).対象は,4週間以上の標準治療にても緩解しない難治症例でかつ,補中益気湯の使用目標となる気虚判定表のスコアで気虚と判定された例に限定した.試験開始前と同じ治療内容を継続し,補中益気湯またはプラセボを24週間投与し,皮疹の重症度の推移のみならず,外用剤の使用量を点数化し,また安全性についても検討した.3カ月後では有意な差はみられなかったが6カ月後の結果において補中益気湯群で外用量の有意な削減効果がみられ,皮疹が消失した著効例も補中益気湯群に多く,増悪例は有意に少なかった.
著者
佐伯 万騎男 江草 宏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.6, pp.277-280, 2014
被引用文献数
1

骨粗鬆症治療薬は骨吸収抑制薬と骨形成促進薬に分類される.従来の骨粗鬆症治療薬は骨吸収抑制薬が主流であったが,破骨細胞と骨芽細胞の活性が共役する機構が存在するために長期的には骨形成が低下して効果が減弱したり副作用が生じたりする問題点があった.骨形成促進薬anabolic agent としてはヒト副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone:PTH)製剤であるテリパラチドが現在唯一の治療薬である.我々は破骨細胞におけるnuclear factor of activated T cells (NFAT)シグナルをターゲットとした骨吸収抑制薬の創薬を当初の目的として,RAW264.7 細胞を用いたセルベースアッセイ系を構築し,様々な化合物ライブラリーを用いた創薬スクリーニングを行ってきた.スクリーニング中に多くのNFAT 活性化小分子化合物を発見し,これらの破骨細胞を活性化させる化合物が,anabolic therapy に使用できる可能性があるのではないかと考えた.Anabolic agent として唯一臨床応用されているPTH 製剤が血中のカルシウム濃度を上昇させるしくみの一つに,骨吸収の促進がある.したがって,PTH の骨吸収促進という教科書的事実に固執していたら,テリパラチドが骨形成促進薬として開発されることもなかったであろう.PTH の持続的投与は骨吸収の促進をもたらすが,間歇的投与intermittent PTH(iPTH)treatment によるPTH の骨形成促進作用に注目したことが,テリパラチドという骨形成促進薬の開発につながった.我々はこのテリパラチドの例をヒントに,あえて破骨細胞の活性化薬をスクリーニングすることから,新しい骨形成促進薬を開発できないかと考えている.
著者
佐藤 輝紀 久場 敬司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.4, pp.172-178, 2019 (Released:2019-04-11)
参考文献数
41

Apelinは内因性のAPJ受容体アゴニストであり,生体内に広く発現し,血管拡張作用,心筋収縮力増強,体液調節,代謝の制御,心血管系の発生,骨格筋の再生など多くの生理機能を有することが解明されてきた.高血圧,心不全,肺高血圧,動脈硬化など心血管系病態に対するApelinの改善効果について多くの研究がなされてきたが,近年サルコペニアや加齢性疾患における役割が注目されている.Apelinの薬理作用のひとつにレニン-アンジオテンシン系(RAS)との相互作用があるが,これまでの私たちの研究成果から,アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の制御を介して,RASを負に調節することで心不全病態を改善することが明らかになってきた.また近年,第2のAPJ受容体リガンドElabela/Toddlerが心臓発生に不可欠なホルモンとして同定され,Apelinと同様にElabelaが心機能維持,心保護効果の薬理作用を有することが明らかになってきた.心不全パンデミックとよばれ,心不全患者が年々増加している一方で,その病態解明ならびに治療方法の開発はいまだ十分とは言えない.Apelinは強心作用と心保護効果を併せ持つことから新規カテゴリーの心不全治療薬候補であり,今後ApelinあるいはAPJ受容体アゴニストが新しい心不全治療薬として発展することが期待される.
著者
大西 治夫 伊藤 千尋 鈴木 和男 仁保 健 下良 実 山口 和夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.78, no.3, pp.139-144, 1981 (Released:2007-03-09)
参考文献数
18
被引用文献数
3 2

tofisopam の嗅球摘出ラットにおける拘束ストレス潰瘍,水浸拘束ストレス下における腸管輸送能およびウサギ視床下部電気刺激による自律神経反応に及ぼす影響について検討した.嗅球摘出ラットに拘束ストレスを負荷することにより,胃潰瘍の発現率および潰瘍指数の上昇が認められた.tofisopam は嗅球摘出ラットにおける拘束ストレス潰瘍を著明に抑制した.ラットに水浸拘束ストレスを負荷したところ,明らかに腸管輸送能の亢進が認められたが,tofisopam はこの腸管輸送能の亢進を抑制した.ウサギの視床下部(内側視索前野)を電気刺激したところ,耳介細動脈および細静脈の収縮,耳朶温の低下,瞳孔径の増大などの変化が認められた.tofisopam 1mg/kg 静注により,視床下部の電気刺激による耳介細動脈および細静脈の収縮ならびに瞳孔径の増大に対する抑制が認められた.また,tofisopam 0.1mg/kg の脳脊髄内投与によっても,視床下部の電気刺激による耳介細動脈の収縮,耳朶温の低下および瞳孔径の増大に対する抑制が認められた.これらの結果は,tofisopam が各種ストレス負荷時にみられる自律神経系の異常を改善し,さらに,自律神経系の高位中枢である視床下部に対しても作用を有することを示すものと思われた。
著者
片山 謙一 森尾 保徳 芳賀 慶一郎 福田 武美
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.105, no.6, pp.461-468, 1995-06-01
参考文献数
15
被引用文献数
10

消化管運動賦活調整薬であるシサプリド(cis-4-amino-5-chloro-N-[1-[3-(p-fluorophenoxy)propyl]-3-methoxy-4-piperidy1]-o-anisamide)のセロトニン(5-HT)<SUB>4</SUB>受容体への親和性を,モルモット脳線条体を膜標品とする<SUP>3</SUP>H-GRIl3808結合試験を用いて検討した.<SUP>3</SUP>H-GR113808は解離定数(Kd値)0.21&plusmn;0.009nM,最大結合量(B<SUB>max</SUB>値)162&plusmn;7.7fmol/mgタンパクで単一結合部位に結合した(Hill係数1.0&plusmn;0.03).しかし,<SUP>3</SUP>H-GRI13808と特異的に結合した膜標品に高濃度のシサプリドを添加すると,<SUP>3</SUP>H-GRI13808は急速に受容体から解離し,シサプリドは<SUP>3</SUP>H-GR113808と同一部位に結合することが示唆された,シサプリドの<SUP>3</SUP>H-GRII3808に対する阻害作用は濃度依存的であり,高濃度では完全に阻害した.結合阻害定数(K<SUB>i</SUB>値)は70nMであり,5-HT<SUB>4</SUB>受容体への親和性は5-HTの約1.9倍,5-メトキシトリプタミンの約7.3倍,モサプリドの約4.3倍,ザコプリドの約11倍,メトクロプラミドの約26倍であった.ドンペリドンの親和性は非常に弱く,マレイン酸トリメブチンおよびナパジシル酸アクラトニウムは親和性を示さなかった.<SUP>3</SUP>H-GR113808結合に対する阻害作用の様式を検討したところ,シサプリドは<SUP>3</SUP>H-GR113808のKd値を増加させ,B<SUB>max</SUB>値には影響を及ぼさなかった.以上の結果から,シサプリドは5-HT<SUB>4</SUB>受容体に対し<SUP>3</SUP>H-GR113808と競合的に結合することが明らかとなった.
著者
東 泰孝 竹内 正吉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.6, pp.275-278, 2014 (Released:2014-06-10)
参考文献数
44

炎症性腸疾患は,難治性の慢性腸炎であり,小腸および大腸を好発部位とするクローン病および大腸に起こる潰瘍性大腸炎が代表的な疾患である.いずれも慢性的な炎症の緩解と再燃を繰り返す疾患である.原因は未だ完全には解明されていないが,これまでに,IL-2,IL-10およびT 細胞受容体の遺伝子欠損マウスが炎症性の腸炎を惹起することから,免疫異常,特に粘膜免疫系の過剰な反応によって誘発される可能性が示されている.今回,IL-10ファミリーに分類されるIL-19の炎症性腸疾患における役割を検討したところ,クローン病モデルおよび潰瘍性大腸炎モデルのいずれにおいても,IL-19遺伝子欠損に伴い炎症の悪化が起こることが明らかとなった.
著者
濱田 祐輔 山下 哲 田村 英紀 成田 道子 葛巻 直子 成田 年
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.3, pp.128-133, 2016 (Released:2016-09-01)
参考文献数
17

慢性疼痛患者は,持続的な痛みを訴える一方で,二次的にうつや不安障害などの精神障害や睡眠障害などの高次脳機能障害を伴うケースが多い.特に,睡眠障害は多くの慢性疼痛患者において共通して認められる症状のひとつであり,逆に睡眠の量や質の悪化が痛みの重症度やうつ・不安障害の悪化に密接に関係している.このような複雑な合併症状による負の連鎖は,「慢性疼痛」という病態を複雑にして患者のQOLを著しく低下させてしまう.こうした現状は,疼痛治療において,疼痛以外の併発・合併症状の改善も考慮に入れて治療を行う必要性を示唆している.そこで我々は,慢性疼痛下における睡眠障害の発現メカニズムについて解析を試みた.神経障害性疼痛モデルマウスを作製し,疼痛下の前帯状回領域において,グルタミン酸遊離量の増加ならびに細胞外GABA濃度の低下を認め,前帯状回領域における神経回路の興奮-抑制のバランスの異常により睡眠障害が惹起されうる可能性を見出した.また,この神経障害性疼痛モデルマウスにおいて,前帯状回領域における神経活動の機能変化にアストロサイトの活性化が一部寄与していることが明らかとなった.さらに,オプトジェネティクス法を駆使した前帯状回アストロサイトの特異的活性化により,睡眠障害が惹起されることを見出した.したがって,慢性疼痛下における睡眠障害の発現の一端には,前帯状回領域における興奮-抑制バランスの調節不全ならびに神経-グリア相互作用の機能異常が関与している可能性が考えられる.