著者
山本 希美子 安藤 譲二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.5, pp.319-328, 2004 (Released:2004-10-22)
参考文献数
24
被引用文献数
1 1

血管内面を一層に覆う内皮細胞は血流と直接接していることから,機械力である流れずり応力に曝されている.内皮細胞は流れずり応力の変化を認識し,その情報を細胞内に伝達して,形態や機能や遺伝子発現の変化につながる細胞応答を起こす.流れずり応力に対する内皮細胞の応答は生体で生じる血流依存性の現象である血管新生や血管リモデリング,粥状動脈硬化症の発生に重要な役割を果たすと考えられている. 近年,流れずり応力の情報伝達に関する多くの研究により流れずり応力がGタンパク,アデニル酸シクラーゼ,イオンチャネル,タンパクキナーゼ,接着分子など多彩な情報伝達因子を活性化することが示された.この事実は流れずり応力の情報伝達に複数の経路が関わっていることを示唆している.現在のところ,これらの経路のうち,どれが一次的で,どれが二次的であるかは分かっていない.同時に複数の経路を活性化するのが,流れずり応力の情報伝達の特徴かもしれない. 内皮細胞にずり応力を作用させると,細胞内情報伝達系でセカンドメッセンジャーとして働くカルシウムの濃度が即座に上がることから,カルシウムシグナリングを介した感知機構がある.内皮細胞にずり応力が作用すると細胞内カルシウム濃度が上昇する反応が起こる.そこで本報告では,ヒト肺動脈内皮細胞において,ずり応力の強さに依存して細胞外カルシウムの細胞内への流入が起こることを観察した.このカルシウム流入反応には主にATP作動性カチオンチャネルであるP2XプリノセプターのサブタイプであるP2X4を介していた.また,血管内皮細胞は流れずり応力に反応して,多種類の血管作動性物質を合成,貯蔵,放出することが知られている.この点に関して,我々は流れずり応力を受けた内皮細胞から応力依存的にATPが放出されることを確認した.以上の結果から,この流れずり応力により放出される内因性のATPがP2X4レセプターを活性化することで,内皮細胞のカルシウム反応を修飾する機序が示唆される.
著者
稗田 蛍火舞 砂川 陽一 刀坂 泰史 長谷川 浩二 森本 達也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.1, pp.33-39, 2015 (Released:2015-07-10)
参考文献数
73
被引用文献数
2 2

高血圧は心血管疾患,脳卒中などの疾患の発症につながる動脈硬化の主要危険因子の一つである.多くの臨床研究から血圧を管理することは,これらの罹患率,死亡率の減少につながることが明らかになっている.しかしこれらの合併症に対する予防効果は降圧薬を用いた治療をもってしても50%未満である.近年,健康的な食事が生活習慣病を予防するだけでなく,治療につながるのではと考え,食品の持つ効果について注目が集まっている.塩分制限,適度なアルコール摂取,およびカロリー制限などの食生活の改善が高血圧の予防のために重要である.また,古くから日本と中国で日常的に飲まれてきた緑茶は降圧効果を有すること,さらにはその有効成分はカテキンであることが明らかとなった.このように降圧効果を持つ食品に関して多くの研究が行われ,これらの機能性食品がレニン・アンジオテンシン系抑制や抗酸化作用,利尿作用,交感神経抑制作用,および血管拡張作用を有する一酸化窒素の合成促進作用などによって降圧効果を示すことが報告されている.今後これらの機能性食品を土台にして,日常の食生活を改善することによって血圧を管理し,健康寿命を延ばすことができると期待される.本総説は動物実験やヒト臨床試験で降圧効果を有することが報告されている機能性食品とその成分についてまとめたものである.
著者
七田 崇
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.1, pp.9-14, 2018
被引用文献数
5

<p>脳梗塞は脳卒中全体の7割程度を占め,脳組織が虚血壊死に陥ることにより炎症が惹起される.脳梗塞に対する有効な治療薬の開発は未だに十分ではない.脳梗塞後の炎症は,治療可能時間の長い新規治療薬の開発にあたって重要な治療標的となりえる.脳は無菌的な臓器であるため,脳細胞の虚血壊死に伴う自己組織由来の炎症惹起因子(DAMPs)の放出によって炎症が引き起こされる.DAMPsは脳血液関門を破綻させ,脳内に浸潤した免疫細胞を活性化して炎症を惹起する.ミクログリア,マクロファージ,T細胞は脳梗塞巣で炎症性因子を産生して梗塞体積の拡大,神経症状の悪化を引き起こす.T細胞はマクロファージに遅れて脳内に浸潤することから,脳梗塞における新規の治療標的として注目されている.脳梗塞後の炎症を抑制する治療法は有効性が見出されていないが,これはマクロファージやミクログリアが脳梗塞後の炎症の収束期には,修復性の機能を担う細胞へと転換するためであると考えられる.今後は,脳梗塞後の炎症が収束して修復に至るまでのメカニズムが詳細に解明されることにより,炎症の収束を早める治療法の開発に期待が高まっている.</p>
著者
坪井 一人 上田 夏生
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.138, no.1, pp.8-12, 2011 (Released:2011-07-11)
参考文献数
43

N -アシルエタノールアミンは長鎖脂肪酸のエタノールアミドであり,動物組織に存在して脂質メディエーターとして機能する一群の脂質分子である.そのうちN -アラキドノイルエタノールアミン(慣用名アナンダミド)はカンナビノイドレセプターのアゴニストとして働き,カンナビノイド様生物作用を発揮する.またN -パルミトイルエタノールアミンとN -オレオイルエタノールアミンは,それぞれ抗炎症・鎮痛作用,食欲抑制作用を持つ.これらの化合物はグリセロリン脂質を出発材料として生合成された後,脂肪酸とエタノールアミンに加水分解されることで生物活性を失う.分解酵素については膜に存在する脂肪酸アミド加水分解酵素(fatty acid amide hydrolase: FAAH)が古くから知られているが,著者らが見出したリソソーム酵素であるN -アシルエタノールアミン水解酸性アミダーゼ(N -acylethanolamine-hydrolyzing acid amidase: NAAA)も同じ反応を触媒する.本稿では,N -アシルエタノールアミンの生理機能を概説した後これら2つの加水分解酵素に焦点を当て,さらに新規医薬品への応用が期待されているこれらの阻害薬の開発についても紹介する.
著者
阿部 智行 宮川 伸 中村 義一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.6, pp.362-367, 2016

アプタマーとは,複雑な三次元立体構造をとることで標的分子に結合する一本鎖のRNAまたはDNA分子である.標的となる分子は,タンパク質,ペプチド,炭水化物,脂質,低分子化合物,金属イオンなど多岐にわたり,その高い結合力と特異性から,医薬品や診断薬,分離剤などさまざまな分野で実用化されている.医薬品としては,世界で初めてのアプタマー医薬であるMacugen<sup>®</sup>が滲出型加齢黄斑変性症治療薬として2004年にアメリカで承認され,いくつかのアプタマーが臨床段階にある.また,ドラッグデリバリーシステム(DDS)のツールとしての研究も進んでおり,医薬品分野におけるアプタマーの重要性がますます高まることが予想される.そこで本稿では,医薬品としてのアプタマーの取得方法,最適化について概説し,臨床試験中のアプタマー医薬の最新の動向について紹介する.
著者
村本 賢三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.2, pp.58-62, 2013 (Released:2013-08-09)
参考文献数
10

Biologicsと言われる生物学的薬剤は,医療全体に大きな影響を与え,治療における改革を促進してきている.これらから新たに得られている知見も多く,病気の発症メカニズムの解析にも大きく貢献している.たとえば,抗TNFα抗体は,関節リウマチの前臨床モデルにおける抑制効果はあまり強くはないが,臨床においてTNFαが重要な働きをしていることに議論の余地はない.今後も生物学的薬剤は,成長し貢献していくことが予測される.しかしながら,世界的に医療費高騰が問題となりつつある中,より安価な薬剤の開発が求められているのも事実である.そこで,現状での生物学的薬剤の状況を踏まえた上で,開発中の低分子薬剤の状況について説明する.また,日本発の低分子薬剤,中でも我々が検討してきた新規抗リウマチ薬であるイグラチモドの開発経緯とその関節リウマチにおける抑制メカニズムに関して概説する.イグラチモドは,第III相試験において,メトトレキセートの効果不十分例における併用試験において24週で,プラセボ群30.7%に対して,イグラチモド群は69.5%と有意な改善効果を示した.我々は,この抗リウマチ作用のメカニズムとして,既存の抗リウマチ薬にない作用であるB細胞に対する抑制作用を提唱している.イグラチモドは,細胞増殖等には影響がないが,ヒトとマウスのB細胞からの抗体産生を明確に抑制する作用を示した.これは他の抗リウマチ薬にない作用であり,新規の薬剤であると言える.最後に,今後の薬剤開発の方向性やこれらの使い分けに関して,論じた.この拙文が今後の自己免疫疾患領域における創薬を考える一助となれば幸いである.
著者
嶋澤 雅光 西中 杏里 原 英彰
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.150, no.6, pp.293-297, 2017 (Released:2017-12-08)
参考文献数
10

網膜静脈閉塞症(retinal vein occlusion:RVO)は,糖尿病網膜症についで罹患率の高い網膜血管病変であり,高血圧,糖尿病,高脂血症などが原因で網膜静脈が閉塞されることによって引き起こされる.浮腫や無灌流領域の形成が頻発し,これらの病態の進行は視機能の悪化と密接に関わっていることから,臨床においても重要視されている.薬物治療法として抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)抗体が使用されているが,浮腫や無灌流領域の形成などRVOの病態機序は不明であるため,抗VEGF抗体に対して反応性が低い患者や投与により症状が改善した場合でも再発を繰り返す患者が存在する等の問題が指摘されている.したがって,RVO病態機序の解明による抗VEGF抗体の最適な治療タイミングの判断や新たな作用機序を有した治療薬の開発が望まれている.臨床研究では患者背景が異なるため,抗VEGF抗体の作用検討や新規治療薬の開発は困難であり,臨床と酷似した病態を有するRVOモデルの作製が必要である.これまで,RVOモデルの作製に関して研究が行われているが,RVOの特徴的な病態である嚢胞状の浮腫を再現し抗VEGF抗体の治療効果を検討した動物モデルは報告がない.したがって,RVOの病態解明や新規治療薬の探索を行うためには,臨床病態をできる限り正確に反映した動物モデルが必要である.本稿では,マウスを用いたRVOモデルの作製法並びにその評価法について紹介する.さらに,RVOの治療薬として使用されている抗VEGF抗体及びカリジノゲナーゼの効果についても紹介する.
著者
高橋 信明 丹羽 倫平 中野 了輔 冨塚 一磨
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.4, pp.235-240, 2016 (Released:2016-04-09)
参考文献数
33
被引用文献数
1

抗体は,現在では医薬品創出に欠かせないフォーマットとして確立し,幅広く認知されている.だが,一口に抗体医薬といっても,複数の要素技術が採用されており,複合的な技術の蓄積が今日の繁栄を支えている.開発初期には,マウスで取得した抗体の抗原性が問題となっていた.この課題を,マウスなどの異種の動物由来の抗体を部分的にヒト抗体配列に置き換える,キメラ抗体技術や,ヒト化抗体技術,さらには,ファージディスプレイ法やヒト抗体産生遺伝子改変マウスなどによりヒト抗体を取得する方法を開発することにより克服してきた.一方,ADCC活性などの抗体本来の機能をさらに高めるポテリジェント(Potelligent®)技術や,新規機能を付加したバイスペシフィック抗体技術などを搭載した抗体薬品の臨床試験が進んでおり,徐々に上市され始めている.本レビューでは,現在までの抗体技術開発の経緯と将来の技術開発の展望を解説する.
著者
南 勝 遠藤 泰 平藤 雅彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.108, no.5, pp.233-242, 1996 (Released:2007-02-06)
参考文献数
50
被引用文献数
6 7

There are now abundant evidence to confirm the role of serotonin (5-HT) and in particular, 5-HT3 receptors in the control of cisplatin-induced emesis. Emesis caused by cisplatin is associated with an increase in the concentration of 5-HT in the intestinal mucosa and in the area postrema. The intestinal mucosa contains enterochromaffin (EC) cells that synthesize and secrete approximately 80% of all 5-HT produced in the body. A selective 5-HT3 agonist, 2-methyl-5-HT, induced a dose-dependent increase in 5-HT level from the ileum. Furthermore, a selective 5-HT4-receptor agonist, 5-methoxytryptamine also induced a concentration-dependent increase of 5-HT level. Both 5-HT3 and 5-HT4 receptors may be involved in intestinal 5-HT release. It is proposed that anticancer drugs cause 5-HT release from the EC cells and that the released 5-HT stimulates the 5-HT3 receptors on the afferent vagal fibers, resulting in their deporalization. Electrical stimulation of the abdominal vagal afferents is capable of inducing emesis, and abdominal vagotomy suppresses cisplatin-induced emesis. These results indicate that the vagus is the major afferent pathway involved in the detection of emetic stimuli.
著者
福田 陽一 沢多 美和 鷲塚 昌隆 東野 雷太 福田 義久 田中 芳明 武井 峰男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.4, pp.233-238, 1999-10-01
参考文献数
12
被引用文献数
3

ウシ肝臓水解物のラット肝再生に対する作用について70%部分肝切除モデルを用いて検討した.肝臓水解物は肝切除24時間後の肝重量を用量依存的に増加させ, その効果は, 0.5g/kg, p. o. の用量から有意であった.細胞増殖の指標として, 肝オルニチンデカルボキシラーゼ (ODC) 活性およびproliferating cell nuclear antigen (PCNA) labeling indexについて検討した.肝臓水解物は肝切除4時間および24時間後の肝細胞質中の0DC活性を有意に上昇させた.また, 肝切除24時間後のPCNA labeling indexを用量依存的に上昇させ, その効果は0.5g/kgの用量から有意であった.以上の結果から, 肝臓水解物は肝再生促進作用を有すことが示唆された.
著者
森本 史郎 安部 りょう子 福原 厚子 松村 靖夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.239-249, 1978

ラットにおけるmetolazone(MET)の利尿作用についてhydrochlorothiazide(HCT)と比較検討し,次の結果を得た.1)雄性ラットにおいて,METは0.O1mg/kgの経口投与から有意な利尿作用を示し,尿中Na排泄の増加をきたした.このNa利尿作用は,投与量0.01~0・5mg/kgまではほぼ用量依存的に増強されたが,さらに1~5mg/kgに増量しても作用強度に増大が認められなかった.尿中K排泄の増加も0.01mg/kgの投与から有意に増加したが,Naに比べて軽度であり,尿中Na/Kの上昇が認められた.METによる最大利尿効果は,対照尿量と比較して約2.5倍で,HCTよりやや強い程度であったが,最小有効量からみるとHCTの20倍強力であった.2)雄性ラットにおけるMET腹腔内投与による利尿作用は,最小有効量,作用強度ともに経口投与の場合とほぼ同じで,HCT腹腔内投与群に比べてやや強いNa利尿作用を示した.最少有効量から比較すると,METはHCTより10倍強力であった.3)これらMETおよびHCTの利尿作用には,雌雄両性ラットの間で有意差が認められなかった.4)METの経口投与あるいは腹腔内投与で,電解質排泄増加に一致して滲透圧クリアランスは著明に増加した.自由水再吸収量には増加傾向が認められたが有意なものではなかった.5)METは腎血漿流量,糸球体濾過量に明らかな影響を与えず,腎尿細管に直接作用し,電解質の再吸収を抑制することにより利尿作用を発揮するものと考える.
著者
廣瀬 毅 間宮 教之 山田 佐紀子 田口 賢 亀谷 輝親 菊地 哲朗
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.5, pp.331-345, 2006 (Released:2006-11-14)
参考文献数
59
被引用文献数
3

統合失調症は,生涯罹病危険率が人口の0.75~1 %を占める代表的な精神疾患であり,中枢のドパミン作動性神経の過剰活動にその主な原因があると考えられている(ドパミン過剰仮説).過去には,クロルプロマジンを始めとしてハロペリドールなどのドパミンD2受容体アンタゴニスト作用を有する薬剤が数多く開発された.これら定型抗精神病薬は総合失調症の症状の中で,幻覚,妄想および精神運動性興奮などの陽性症状に対しては効果がある反面,情動の平板化,感情的引きこもりおよび運動減退などのいわゆる陰性症状に対しては効果が弱い.安全性の面では,アカシジア,ジストニア,パーキンソン様運動障害などの錐体外路系副作用が多く,高プロラクチン血症が問題になっていた.1990年代に入って,非定型抗精神病薬の概念を確立させたクロザピンに続くオランザピンの開発,リスペリドンを始めとするserotonin-dopamine antagonist(SDA)の開発などで,先述した定型抗精神病薬の欠点の中で特に錐体外路系副作用を軽減することができた.しかし,非定型抗精神病薬の残る副作用として,体重増加,脂質代謝異常,過鎮静作用,心臓QT間隔延長などがクローズアップされ,より安全性と効果の面で優れた,次世代の抗精神病薬の登場が待たれていた.大塚製薬では,1970年代後半より,統合失調症のドパミン過剰仮説にのっとり,シナプス前部位ドパミン自己受容体へのアゴニストの研究を開始した.その後,その研究をシナプス前部位ドパミン自己受容体へはアゴニストそしてシナプス後部位ドパミンD2受容体に対してはアンタゴニストとして作用する新しい化合物の研究へと発展させ,その成果として,ドパミンD2受容体部分アゴニスト,アリピプラゾールを見出した.アリピプラゾールは,ドパミンD2受容体部分アゴニスト作用を有する世界で初めての抗精神病薬であり,既存薬とは異なりドパミン神経伝達に対してdopamine system stabilizer(DSS)として働くことより次世代の抗精神病薬として注目されている.
著者
藤倉 直樹 横山 達朗 増田 幸則 鹿田 謙一 田中 作彌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.108, no.5, pp.267-274, 1996 (Released:2007-02-06)
参考文献数
22
被引用文献数
2 2

麻酔開胸イヌにおけるジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬,塩酸エホニジピン(NZ-105)の心筋組織内酸素分圧に対する作用を検討し,その作用をニフェジピンおよびニソルジピンと比較した.心筋組織内酸素分圧は酸素電極を心筋に刺入することにより測定した.塩酸エホニジピン(10および30μg/kg)の静脈内投与はニフェジピン(1および3μg/kg)およびニソルジピン(1および3μg/kg)の静脈内投与と同程度に平均血圧を低下させた.塩酸エホニジピンは冠血流量を用量依存的に増加させ,ダブルプロダクトを用量依存的に減少させた.これと同様な効果がニフェジピンおよびニソルジピンにも認められたが,ニフェジピンのこれらに対する効果は一過性であった.塩酸エホニジピンによる冠血流量の増加作用はニフェジピンおよびニソルジピンよりも持続的であった.塩酸エホニジピンは用量依存的に心筋組織内酸素分圧を増加し,その作用は心筋外層側に比較し心筋内層側でより顕著であった.一方,ニフェジピンは心筋組織内酸素分圧に対しては有意な増加作用を示さず,ニソルジピンは心筋内層側の酸素分圧を有意に増加させた.塩酸エホニジピンによる心筋組織内酸素分圧の増加作用はニソルジピンよりも強く持続的であった.以上の成績から,塩酸エホニジピンは麻酔開胸イヌにおいて心筋外層側よりも内層側の酸素分圧を増加させ,この増加作用には持続的な酸素供給の増加および酸素需要の減少が関与していることが示唆された.
著者
藤倉 直樹 横山 達朗 増田 幸則 鹿田 謙一 田中 作彌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.108, no.2, pp.39-48, 1996 (Released:2007-02-06)
参考文献数
27
被引用文献数
5 5

麻酔開胸イヌを用いて,ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬の塩酸エホニジピンの心筋酸素需給バランスにおよぼす効果をニフェジピンおよびニソルジピンと比較検討した.麻酔開胸イヌにおいて塩酸エホニジピン(30μg/kg)はニフェジピン(3μg/kg)およびニソルジピン(3μg/kg)と同程度平均血圧を低下させたが,その降圧効果はニフェジピンおよびニソルジピンよりも持続的であった.そのとき心拍数は塩酸エホニジピンおよびニソルジピンにより減少したのに対しニフェジピンでは逆に増加した.心筋酸素消費量は塩酸エホニジピン(30μg/kg)により投与初期に軽度増加したが,その後は有意な変化は認められず一過性の反応であった.一方,ニフェジピン(1および3μg/kg)では投与直後に有意な増加が認められたのに対しニソルジピン(3μg/kg)では有意な変化は認められなかった.しかし塩酸エホ=ジピン,ニフェジピンおよびニソルジピンはともに冠状静脈洞血流量を増加させ動静脈酸素濃度較差を減少させたことより,これらの薬剤はともに心筋への酸素供給を増加させることが示唆された.また塩酸エホニジピン,ニフェジピンおよびニソルジピンによりダブルプロダクトが減少したことより,これらの薬剤は心筋の酸素需要を減少させることが示唆された.以上の結果から,塩酸エホニジピンは心筋酸素消費量を一過性に増加させたが,持続的な酸素供給増加作用および持続的な酸素需要減少作用を示したことより,心筋酸素需給バランスを改善する可能性が示唆された.
著者
横山 達朗 藤倉 直樹 増田 幸則 鹿田 謙一 田中 作彌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.108, no.6, pp.307-321, 1996-12-01 (Released:2011-09-07)
参考文献数
24
被引用文献数
3 3

左冠動脈前下行枝結紮により急性心筋虚血を惹起した麻酔開胸イヌの心血行動態および心機能におよぼすジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬, 塩酸エホニジピンの効果をニフェジピンおよびニソルジピンと比較検討した.塩酸エホニジピン (10または30μg/kg) またはニソルジピン (1または3μg/kg) は冠動脈結紮10分前に, ニフェジピン (1または3μg/kg) は冠動脈結紮3分前にそれぞれ静脈内投与し, 冠動脈結紮50分後まで観察した.塩酸エホニジピン, ニフェジピンまたはニソルジピンは用量依存的に, 総末梢血管抵抗および血圧を減少させ, 心拍出量および心筋局所血流量を増加させた.冠動脈結紮により虚血領域における局所血流量減少および心筋壁運動異常が認められ, さらに末梢血管抵抗がほとんど変化しないにも拘わらず血圧および心拍出量の減少が認められた.塩酸エホニジピン, ニフェジピンまたはニソルジピンは, 虚血領域における局所血流量減少および心筋壁運動異常を抑制する傾向が認められた.冠動脈結紮による全身循環動態の変化に対して, 塩酸エホニジピン, ニフェジピンまたはニソルジピンは異なる影響をおよぼした.溶媒投与群との比較において塩酸エホニジピン (30μg/kg) は, 心筋虚血中, 心拍数, 血圧および末梢血管抵抗を低値に, 心拍出量を高値にそれぞれ維持した.ニソルジピン (3μg/kg) によっても同様な作用が認められたが心拍数の減少は認められなかった.ニフェジピン (3μg/kg) は冠動脈結紮による全身循環動態の変化に対してほとんど影響をおよぼさなかった.以上の結果より, 塩酸エホニジピンは心筋酸素需要を減少させることにより虚血による心機能障害を抑制する効果を有することが示唆された.
著者
石井 伸一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.5, pp.265-269, 2010 (Released:2010-11-10)
参考文献数
27
被引用文献数
1 1

2型糖尿病患者では脂肪肝/NAFLDを合併する頻度が高く,肝臓への異所性の脂肪蓄積が,インスリン抵抗性の増大やメタボリックシンドローム発症の危険因子の1つとして考えられている.また,ALT値やγ-GTP値の上昇が糖尿病発症率と相関することから,肝機能異常の糖尿病発症への関与が示唆されている.さらに,我国の糖尿病患者の死因の調査結果によれば,全死因に占める肝癌・肝硬変症の割合が増大していることから,糖代謝異常と肝疾患は密接に関係している可能性が高い.コレステロール異化の最終産物である胆汁酸は,肝臓・胆嚢および腸管を中心とした生合成や脂質の吸収排泄を調節する因子として研究されてきた.近年,新たに胆汁酸が核内受容体FXRやGPCRのTGR5の内因性リガンドとして働くことが報告され,metabolic modulatorとしての作用に注目が集まっている.胆汁酸によるFXRあるいはTGR5活性化作用は,主に疎水性胆汁酸では認められるが,ウルソデオキシコール酸(UDCA)のような親水性胆汁酸にはほとんど見出されない.一方タウリン抱合型UDCAのERストレス減弱によるインスリン抵抗性改善作用が最近報告され,親水性胆汁酸の作用にも着目されている.本稿では,胆汁酸の機能や胆汁酸からの糖・脂質代謝異常への新たなアプローチについて紹介する.
著者
加地 喜代子 瀬山 義幸 山下 三郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.83, no.4, pp.325-329, 1984 (Released:2007-03-07)
参考文献数
14
被引用文献数
5 2

抗高脂血症作用を有するヨード卵について,その有効画分は卵黄脂質画分であり,高コレステロール血症低下作用が特に著しいことが知られている.そこで今回はヨード卵卵黄脂質画分をさらに,中性脂質画分(IEY-NL)と極性脂質画分(IEY-PL)に分画し,得られた画分を収量に応じて,実験的食餌性高コレステロール血症を起こさせたラットに投与し,その有効画分を検索した.また,同時に各画分のヨウ素含量と抗高脂血症作用との関係を調べた.実験の結果,ヨード卵卵黄のIEY-NL群が高コレステロール飼料飼育群(Ch群)に比して血清コレステロール値が70%に低下したが,IEY-PL群にはこの様な作用は認められず,IEY-NLが有効画分であることが明らかになった.また,IEY-NLの1目投与量当たりのヨウ素含有量を換算すると,他の画分に比して低い31ngであり,これはラットの1日当たりのヨウ素要求量の1/50という僅かな量であるにもかかわらず,この画分が最も強い血清コレステロール低下作用を有していた.肝総コレステロール量は血清コレステロール量と異なり,Ch群に比しIEY-NL群では変化しないか,もしくは若干増加する傾向が認められた.以上から,ごく少量のヨウ素を含むIEY-NLが血清コレステロール低下作用を有し,この際,肝コレステロールは減少させないことが明らかになった.
著者
井田 智章 松永 哲郎 藤井 重元 澤 智裕 赤池 孝章
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.5, pp.278-284, 2016

感染や炎症に伴い生成される活性酸素(ROS)は,酸化ストレスをもたらす組織傷害因子となる一方,細胞内レドックスシグナルのメディエーターとして機能していることがわかってきた.著者らは,生体内でROSと一酸化窒素の二次メッセンジャーである親電子物質8-ニトロ-cGMPの代謝にcystathionine β-synthase(CBS),cystathionine γ-lyase(CSE)が深く関わることを報告した.しかしながら,その代謝機構については未だ不明な点が多く残っていた.そこで,8-ニトロ-cGMPを代謝する真の活性分子種の同定に向けて,質量分析装置(LC-MS/MS)を用いた詳細なメタボローム解析を行った.その結果,CBS,CSEはシスチンを基質にシステインのチオール基が過イオウ化(ポリスルフィド化)したシステインパースルフィド(Cys-S-SH)を効率よく生成することが示された.さらに,LC-MS/MSを用いて,細胞,組織における代謝物プロファイリングを行った結果,CBS,CSEに依存したCys-S-SHなどの多様な活性イオウ分子種の生成を認めた.特に,マウス脳組織においては,100 μMを超える高いレベルのグルタチオンパースルフィドの生成が示された.活性イオウ分子の機能について,抗酸化活性とレドックスシグナル制御機能に注目して解析した結果,高い過酸化水素消去活性と8-ニトロ-cGMP代謝活性を発揮することが明らかとなった.これらの結果より,CBS,CSEにより産生される真の代謝活性物質は,Cys-S-SHなどの活性イオウ分子種であり,これらはその高い求核性や還元活性を介して,レドックスシグナルの重要なエフェクター分子として機能することが示唆された.活性イオウ分子種によるレドックスシグナル制御機構の解明は,酸化ストレスが関わる疾患の新たな治療戦略や創薬開発につながることが期待される.
著者
阿部 岳 稲村 伸二 赤須 通範
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.98, no.5, pp.327-336, 1991 (Released:2007-02-13)
参考文献数
36
被引用文献数
4 7

ニホンマムシ毒のマウスに対する致死作用およびラットの循環器系への障害を抑制するCepharanthinの作用が検討された.マウス腹腔内投与によるニホンマムシ毒の致死量(LD50値)は1.22±0.40mg/kgであった.Cepharanthinはマムシ毒投与後に毒の作用を僅かに活性化したが,毒量に応じた適正な投与時間を選べば致死量の4~5倍以上の毒に対しても有効に作用した.マムシ毒とCepharanthinの間に用量致死相関がみられた.一方,マムシ毒はラットの腹腔内投与によって末梢血管の出血を伴う不可逆的な血圧降下を示し,さらに心拍数も抑制した.また心電図上に心室収縮の延長,相対不応期の延長そして拡張期の短縮を惹起し,変力性的にも変時性的にも心機能の抑制を示した.また,Cepharanthinは不応期の短縮と拡張期の延長作用を示し,心機能を元進した.そして,マムシ毒の障害作用に対して末梢血管の出血回復による血圧の上昇,心拍数の抑制の解除,PおよびR波振幅の部分的回復および延長した相対不応期の短縮など心機能を改善した.これらの循環器系に対する作用は致死作用を抑制していると考えられた.