著者
高木 千恵
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.19-34, 2005-04-01

関西若年層は,カジュアルな場面における方言談話でも標準語形ジャナイ(カ)を使用している。1970年代生まれの男女70人分の談話資料を分析した結果,ジャナイ(カ)が方言形チャウ(カ)・ヤンカと用法を分担する形で受容されていることが明らかとなった。関西若年層が用いるジャナイは名詞・ナ形容詞述語の否定形であり,<否定><同意要求>の用法を担っている。旧形式であるチャウ(カ)は<推測>の,ヤンカは<認識要求>の形式として,棲み分けの形でジャナイ(カ)と併存している。ジャナイ(カ)の受容は標準語との接触によって起きた変化だが,これは方言が標準語に取って代わられる共通語化の一過程ではなく,方言体系の再編成という変化のメカニズムによって説明されるものである。
著者
菊地 悟
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.108-122, 2006-04-01

歌人・石川啄木の「ローマ字日記」のローマ字表記自体の研究のため、市立函館図書館・函館市文学館所蔵の複写版を閲覧し、原本により忠実なテキストを作成した。「ローマ字日記」におけるローマ字表記の変遷は大別して4期に分けることができ、日本式からヘボン式に劇的に転換する第2期と第3期の間には「国音羅馬字法略解」というローマ字の表が挿入されている。この表は、ほぼ日本式の表であるが、拗音がアイウエオの5段にわたり、擬音の後の母音には『独立発音符号』として「¨」を付ける旨の注記がある、という二つの特徴がある。後者に関しては、実際の日記の表記でもわずか2例ではあるが、使用が認められた。国立国会図書館所蔵のローマ字関係文献を調査したところ、前者には南部義簿ら、後者には末松謙澄、丸山通一らの例を見出せ、啄木の表記が語学の素養ある碩学に通じる点のあることをうかがわせる成果が得られた。
著者
澤崎 文
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.75-61, 2012-01-01

万葉仮名はその一般的な定義の中に、字母である漢字の字義を捨象して機能する文字であることが合まれているが、『万葉集』において、訓仮名は字母の字義を利用して表記されることがある。本稿では、『万葉集』における訓仮名について、これまで指摘されてきたような字義を表現に利用するための字母選択だけではなく、そこに表記されることで読者に表現意図を意識させてしまうような字義の文字はなるべく使用を避け、万葉仮名の字義を意識させないための字母選択がなされたことを指摘する。また、平安時代の平仮名資料に見られる訓仮名出自の字母を『万葉集』と比較し、『万葉集』における字義を意識させない字母と同じ性質の字母が使用されていることを指摘して、平仮名の表音性に関係づける。
著者
ローレンス ウェイン
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.1-16, 2011-07-01

本稿では13,610の姓からなる苗字アクセントデータベースに基づいで、複合語構造の姓はアクセントの付与の仕方によって三つのタイプに分かれることを提案する。無標のタイプ(姓の三分の二以上)ではアクセント型が姓の後部成素の長さによって決定される。二つ目のタイプ(姓の約四分の一)では、特定の音環境に適用する規則が姓を有標のアクセントにする。残りの姓(六パーセント程度)は例外的に語形の一部としてその不規則的なアクセントを習得せざるを得ない。
著者
三宅 俊浩
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.1-17, 2019-12-01 (Released:2020-06-01)
参考文献数
16

本稿は近世尾張方言におけるラ抜き言葉の成立過程について論じる。尾張方言では,中央語(上方・江戸)に約100年先駆けて19世紀初頭にはラ抜き言葉が用いられるが,初期は2拍動詞にのみ起こる現象であった。その成立は,尾張ではラ行五段動詞の可能動詞形(ex. おれる)と尊敬レル形(ex. おられる)の意味対立をラ音の有無によるとみなす異分析が生じ,この異分析が[語幹‐接辞]の分析が困難な2拍一段動詞に過剰適用されたことによると推定した。この「異分析の過剰適用」を促した主要因はレル・ラレル敬語法と,可能動詞として頻用されるラ行五段動詞オルであると考えられる。この仮説によれば,同条件を備えていない中央語ではラ抜き現象が生じず,同条件を満たす中国地方にラ抜き言葉が多いこととも整合する。
著者
飛田 良文
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.48-68, 2008-01-01

明治初年の英語教育は、大学南校と慶応義塾から始まった。そのとき使用された英文典のテキストが、クワッケンボスとピネヲの二つの英文典であった。教育課程には外国人教師が正しい発音で教授した正則と、日本人教師が発音におかまいなく翻訳を目的とした変則とがあった。正しい発音を示し、その訳語を普及するために、大学南校と慶応義塾とは、テキストの翻刻とその翻訳書「英文典直訳」を公刊した。そこには言語構造が異なるため、英文に則した逐語訳には、新訳語、新しい訳し分けが必要となった。その中には定着したもの、消滅したものがある。消滅したものの一つが六時制の訳し分けであるが、これこそが欧文直訳体の文末表現の特徴であることを提示した。
著者
内丸 裕佳子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.1-15, 2006-01-01

本稿で考察対象にするのは付帯状況,継起,原因・理由,並列を表す動詞のテ形節である。これらのテ形節を統語的に考察し,次の2点を主張する。(1)「しか-ない」テスト,「さえ」焦点化テスト,擬似分裂文テストから,付帯状況を表すテ形節はVPで付加構造をとり,継起,原因・理由,並列を表すテ形節はTPで等位構造をとることを主張する。(2)統語構造に対応してテという形態が二分できることを示す。付加構造を形成するテはアスペクトマーカーとして機能し,等位構造を形成するテは接続形式として機能することを主張する。テ形節の統語構造を提示することは,テ形節の形態的制約に説明を与えることにつながる。本稿はテ形節の形態と統語構造との相関を捉えるためのモデル提示である。
著者
森 勇太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.3, pp.1-16, 2013-07-01

現代語では,動詞の連用形に相当する形式で命令を行う"連用形命令"が西日本を中心に見られる。この連用形命令は宝暦頃から見られはじめるものであるが,本稿では,この連用形命令の成立過程を考察した。近世前期には,すでに敬語助動詞「やる」の命令形「やれ」が「や」と形態変化を起こし,待遇価値も低くなっている。また,終助詞「や」も近世上方に存在していた。このことから連用形命令は近世上方において,敬語助動詞命令形「や」が終助詞と再分析され,「や」の前部要素が命令形相当の形式として独立し,成立したと考える。この連用形命令が成立したのは,待遇価値の下がった命令形命令を避けながらも,聞き手に対して強い拘束力のもと行為指示を行うという発話意図があったためである。また,各地で敬語由来の命令形相当の形式(第三の命令形)が成立しており,連用形命令の成立も"敬語から第三の命令形へ"という一般性のある変化として位置づけられる。
著者
林 直樹
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.15-30, 2012-04-01

埼玉特殊アクセントとの連続性が指摘されている東京東北部アクセントの実態を明らかにするため,当該地域生育者87人分のリスト読み上げ式データを用いて分析を行った。当該地域アクセントの1)音調実態,2)年層差,3)地域差の3つの観点から分析を試みたところ,東京東北部全体は共通語化・東京中心部化しつつも,埼玉特殊アクセント的特徴である「型のゆれ」や「IV V類尾高型」が残存する傾向にあった。この残存傾向は,とくに高年層に顕著であった。以上の結果から,次の2点を明らかにした。1) 埼玉特殊アクセント的なあいまいアクセントから東京中心部的な明瞭アクセントへの変化は「同一語ゆれ]「形式ゆれ」の消失プロセスとして説明できると思われる。2) 地理的分布の非連続性は鉄道網の開設時期という都市化の観点から説明できる。
著者
日高 水穂
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.77-92, 2005-07

東北方言に広く用いられる文法形式のうち,移動の方向・着点を表す格助詞サ,目的語を表示する格助詞コト・トコ類,退去時制を表すテアッタ・タッタ形を取り上げ,その文法化の方向性と地理的分布の関係を考察した。これらの形式の文法化による変化の方向性を見ると,共通に,東北地方の日本海側の方言では,文法形式の機能を大幅に変質させる文法化が生じているのに対し,東北地方の太平洋側の方言では,本来の意味用法を維持する範囲での文法化が生じている。こうした文法化の方向性に見られる地域差を,言語地図による伝統方言の分布調査,若年層を対象とした多人数調査,方言による語りを文字化した昔話資料の用例調査などによって検証した。
著者
平子 達也
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.18-35, 2015-01

金田一(1954[1975])は,石川県能登島諸方言のアクセントが京阪式アクセントから東京式アクセントへの変化の中間段階を反映しているとした。確かに,能登島別所方言における動詞活用形のアクセント交替現象などから,この方言の先史において金田一の想定する「語頭隆起」が起こったと考えられる。また,別所方言と近隣の向田方言との比較からは,向田方言において「語頭隆起」の後,隆起した語頭拍がアクセント核を担うようになる変化と,もとあったアクセント核の有無および位置を保持しつつ,語声調の対立を失うという変化が起こりつつあるものと考えられる。特に後者の変化は,現代東京方言と京都方言における複合語アクセントの対応関係とも符合するものである。「語頭隆起」の後の変化についても能登島諸方言のアクセントは東京式と京阪式とを結ぶ変化モデルとなるのである。
著者
堀川 宗一郎
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.4, pp.34-18, 2015-10-01

これまで、芸術的要素を含む写本資料においては、多くの表記研究が為されてきた。その一方で、消息・文書といった実用的な資料を対象とした表記研究は、あまり蓄積されてこなかったように思われる。そこで、鎌倉遺文所収の仮名文書を採り上げ、「とん」の表記に着目し、実用的な書記実態の一端を明らかにする。鎌倉遺文における「ん」は、撥音・促音の表記の他、モの異体字としても使用される。「ん」がモの異体字として使用されるのは、「とん」という文字連続に限定され、必ず連綿で表記されることで、「ん」がモの異体字だと判読できる。また、連綿で表記された「とん」という文字連続は、必ずしも語や文節など意味とは対応しない。これを「固定的連綿」と呼ぶ。「固定的連綿」は「とん」以外の文字連続にも認められ、書記者の居住地域や性別・身分に左右されない、鎌倉時代における書記法の一つと捉えられる。
著者
橋本 行洋
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.92-107, 2006

本稿は、新語の成立および定着・普及の経緯を「食感」という語を通して観察するとともに、その要因について考察したものである。「食感」は近年広く用いられるようになった新語であるが、この語は教科書や公的文書にも使われ、筆者のいうところの《気づかない新語》の一つに数えることができる。この語はもと食品学・調理学研究者の間で、「味・香・触」を総合した〈広義の「食感」〉の意味で用いられたが、食品のテクスチャー研究が本格化した1960年代ころから、現在のような口内の触覚を示す〈狭義の「食感」〉の用法が多く見られるようになった。この〈狭義の「食感」〉発生の背景には、先行する同音の類義語「触感」の存在が関与しているものと考えられる。「食感」が《気づかない新語》となり急速に一般語化した要因としては、この語が漢字表記を本来の形とする漢字語であること、また「味」や「色」に対応する触覚を総合することばの欠を補うものであったことや、「食味」「食育」などの「食-」語彙の一つに位置づけられるといった、《語彙体系のささえ》の存在があげられるだろう。
著者
銭谷 真人
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.48-66, 2014-10-01

明治33年の小学校令施行規則において平仮名の字体が定められる以前から、既に文学作品などの出版物において、字体は収斂していく傾向にあった。本稿においてはそれが出版物全般に見られる現象であったのかを、明治期の代表的な大新聞の一つである『横浜毎日新聞』を調査することにより検証した。また使用できる字体が制約される活版印刷の導入が、仮名字体にどのような影響を及ぼしたかについても考察を加えた。使用される活字を基準に調査を行った結果、やはり字体は統一される傾向にあったことが判明した。ただし単純に時代が下るにつれて収斂していくのではなく、場合によっては字体数が増加することもあった。そしてそれには使用される活字が大きく関わっていることが考えられた。また字体の選択には仮名文字遣いも関係しており、使い分けのある、あるいはかつて使い分けのあった字体が最後まで用いられ続けたものと考えられた。
著者
松森 晶子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.1-17, 2017-01-01 (Released:2017-07-01)
参考文献数
30

首里方言の「iːʧi息, uːʃi臼, wuːki桶」に代表されるように, 北琉球(奄美大島から沖縄本島まで)の各地には, 一部の2音節名詞の語頭音節の母音が長くなっている体系がある。この長音節の出現にアクセントが関与していることは, 服部(1932)によってはじめて指摘された。さらに服部(1979)は, その長音節が日本祖語(本稿の日琉祖語)の段階から存在していたことを論じた。本稿は, この2音節名詞の語頭に見られる長音節は, (日琉祖語ではなく)北琉球祖語の段階であらたに生じた, という仮説を提示する。本稿では, この長音節発生の原因は北琉球祖語のアクセント体系に求められるとし, これは(1)同じ体系内の単独形が似た他の型との区別のため, そして(2)体系内の同系列の3音節名詞と同じ型を内部に実現させるため, という2つの理由により生じた, という仮説を提示する。
著者
木村 義之
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.34-41, 2018-01-01 (Released:2018-07-01)
参考文献数
9
著者
橋本 行洋
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.4, pp.33-48, 2007-10-01 (Released:2017-07-28)

<夕食>を意味する「よるごはん」は、現在若年層を中心に使用される新語と見なされているが、その成立は少なくとも第二次大戦前後にまで遡ると見られる。当初は児童が用いる稚拙な印象の語であったため、文字資料に残されることが少なかったが、近年では夕食時間帯の遅延や朝食の欠食という食環境の変化に伴い、これが妥当な表現という意識が生じて使用が拡大し、新聞記事や国会発言および小学校教材等でも使用されるという、《気づかない新語》としての性格をも有するに至っている。「よるごはん」の成立要因としては、<夕食>時間帯表現における「よる」の使用があげられるが、さらにその遠因に、二食時代の「あさ」-「ゆう」の対応に「ひる」が加わった結果、「ひる」-「よる」という対応意識の生じたことが存すると考えられる。「よるごはん」の出現は、食事時間帯語彙に「よる」が加わった点で新しいものであるが、旧くは存在しなかった「よる」を前項要素とする複合語という点においても特筆すべき存在で、語彙史・語構成史の両面から注目すべき語と言える。
著者
石崎 博志
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.15-29, 2011-10

本稿は『琉球入學見聞録』「土音」を分析し、ここに表れた琉球語のカ行ア段音とハ行ア段音の音価、カ行イ段音の口蓋化について考察した。その結果、琉球語の発音を示す音訳漢字の使用傾向から、語によってはカ行ア段音が喉音であったこと、ハ行ア段音は一部の語彙を除いて/p-/音を失い、[hua]或いは[Φa]音であり、一部のカとハは[ha]と[hua]([Φa])という違いで音韻的区別が保たれていると結論づけた。またカ行イ段音は、音韻的にはタ行イ段音と未合流だったものの、ガ行イ段音はカ行イ段よりも先んじて口蓋化が発生していた可能性を指摘した。また、音訳漢字の使用状況の混乱などから、琉球語を記した音訳漢字の基礎方言に琉球からの留学生が学んだと思しき南京官話が反映している可能性を論じた。
著者
荻野 千砂子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.39-54, 2011-10-01

本稿では,南琉球八重山地方の授受動詞体系が現代共通語の授受動詞体系と異なる文法を持ち,日本の中古中世の敬語授受動詞の仕組みと酷似する特徴を持つことを指摘する。八重山地方の授受動詞タボールンは概略「下さる」に相当するが,時に話者は「頂く」や「与える」と説明する。そこでタボールンを詳しく調査した結果,「お与えになる/下さる/頂く」の意味が併存し,「下さる]よりも,室町時代の中世語「給はる」の用法に酷似することが明らかとなった。中古中世の授受動詞と八重山地方の授受動詞は,現代共通語授受動詞が持つ視点と人称制約がなく,敬意優先の体系を持つ点で共通する。この共通点の下では,(1)与え手上位者は奪格を取り,主格非明示の用法を持つため,「お与えになる/下さる/頂く」の対立が生じない,(2)受け手下位者を主語とする場合,受身形を用いて「頂く」に相当する語を産出する,という特徴が見られる。
著者
菊地 恵太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.101-117, 2018-04-01 (Released:2018-10-01)
参考文献数
10

本稿では「棗」「攝」等の略字体「枣」「摂」に見られる畳用符号(同一構成要素を繰返す符号)「〻」及びそれを横に並べた「〓」に着目し、その使用状況の変遷を明らかにする。日本では当初、畳用符号による省画は中国由来の「〓・〓」(䜛・〓)に限られていたが、同一構成要素3つ乃至4つの字体を「〓」符号で省略する手法が室町中期頃より見え始め、室町後期以降同様の省略法を用いる字種が広く見られるようになる。さらに同一構成要素2つの字種の場合でも、「〻」を用いて省画する手法が「䜛」「〓」以外の「棗」「皺」等といった字種にも見られるようになった。こうした一連の過程から、略字体の生成過程・使用の変遷において「分析的傾向」と呼べる側面が存在することを示した。