著者
井口 佳重
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.16-30, 2009-04-01

明治33年4月,大阪毎日新聞社社長の原敬は「ふり仮名改革論」を発表し字音仮名遣いの改革を試みる。その後,この改革案での仮名遣いが「現代かなづかい」制定まで同紙上にて実践される。大正期に首相となる原は「臨時国語調査会」を設置し,総会では「仮名遣改定案」が提出されるが,その背景に新聞の仮名遣い改革があった。字音の表音的仮名表記を目指す原改革案では,(1)同年出される小学校令施行規則「新定字音仮名遣」(棒引き仮名遣い)での長音符号「ー」は使用しておらず,(2)活字印刷の際生じる振り仮名の文字数の問題から,ウ列・オ列の拗長音の表記法に特異性を有する。同時期の新聞各紙を調査,検討した結果,原改革案による表音的仮名遣いは各紙で採用され,他新聞各社でも仮名遣い改革が実行されたことが明らかとなった。こうした実態から,新聞各社が積極的に国語の施策に関与し仮名遣いの整理を促したことが推量される。
著者
内田 智子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.1-15, 2015-07-01

本稿は、蘭学資料に見られる「アルファベット表記の五十音図」の特徴とその掲載目的を考察するとともに、蘭学者がこの音図に基づいて行った音声分析について述べたものである。蘭学資料の音図は、従来日本語をアルファベット表記したものという程度の認識であったが、本稿では、蘭学学習においてこの音図が「音節」の概念を理解するために重要な役割を果たしたことを示した。また、蘭学者中野柳圃がこの音図によって行った音声分析を国学者の記述と比較した。当時の国学者がワ行音を「ア行音+ア行音」「喉音」と捉えていたのに対し、柳圃はアルファベットと音図によって「子音+母音」「唇音」という結論を導き出したことを指摘した。
著者
安田 尚道
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.4, pp.1-15, 2008-10-01

本居宣長『古事記伝』の「仮字(カナ)の事」は万葉仮名の二類の書き分けを初めて指摘したものであるが、橋本進吉はこれをあまり高く評価せず、"本居宣長が見付けたのは、特定少数の語についての仮名のきまりであって、コ音・メ音等の仮名全体に通じてのきまりではない。十数個の仮名に二類の別があるのを発見したのは石塚龍麿である。"とする。しかし、『古事記伝』の「仮字の事」を詳しく検討することにより、宣長が、キヒビミケメコソトモヨ等について二類の区別があったことを発見していたこと、さらに、二類の仮名を配列するにあたって中国漢字音(中古音)を念頭に置いていたらしいこともわかる。

10 0 0 0 OA 可能動詞の成立

著者
三宅 俊浩
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.1-17, 2016 (Released:2017-03-03)
参考文献数
23

本稿は「読める」等「可能動詞」の成立過程について論じる。従来その成立については「レル」起源説,「得ル」起源説,下二(一)段自動詞「切ルル>切レル」等への類推説という三つの説が存在する。本調査により,中世末期の「読ムル」が動作主を取らず対象語に備わる一般的な可能属性を叙述するものであり,さらにこの様相は語彙的・意味的・統語的に近世前期の可能動詞と連続的であることが確認された。一方,「レル」「得ル」は「読ムル」および可能動詞の様相と著しく異なるものであった。さらに自動詞類推説について検証すると,属性叙述を行う有対下二(一)段自動詞と四段他動詞の関係は,可能動詞および「読ムル」と派生元の四段他動詞との対応と並行的であることがわかった。以上から可能動詞は属性叙述を行う下二(一)段自動詞への類推により成立したと結論付けた。
著者
高木 千恵
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.1-15, 2009-10-01 (Released:2017-07-28)

関西若年層が使用する文末形式クナイについて,自然傍受による用例収集と大学生対象のアンケート調査をもとに,韻律的・形態的・構文的特徴および文法的意味を中心に考察した。イ形容詞の否定疑問形式に由来するクナイは,疑問上昇調のイントネーションを伴い,主として動詞の基本形に後続することが多い。意味的には本来の<否定>としての機能を失っており,<同意要求>に特化したモダリティ形式である。関西におけるこのようなクナイの成立には,動詞述語の二重否定(疑問)形式であるンクナイ・ヘンクナイがすでに定着していたこと,および<同意要求>にコトナイという形式が使われていたことが関わっている。また,クナイを東京のことばと捉えている話者がおり,東京語化に対する抵抗感がクナイの浸透を阻む可能性もある。
著者
青木 博史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.1-15, 2009-04-01 (Released:2017-07-28)

動詞の重複形には,終止形重複と連用形重複がある。本稿では,「語」レベルにとどまらず,「句」レベルを含む「構文」として,歴史的観点から分析を行う。終止形重複は,古くは通常の終止形述語同様,文終止に用いられたが,動詞としての述語性を失う形で副詞化した。連用形重複は,従属節専用の形式であるが,述語性を獲得するために「重複+スル」の形を生み出し,「複合動詞重複+スル」「重複句+スル」の形で現在も用いられている。重複構文は,古今を通じて「結果継続」を表すことはない。変化動詞の重複形においても,「重複+スル」等の形で動的な事態の繰り返しを表す。「踏み踏みする」のような「単純動詞重複+スル」が用いられなくなるのは,「踏み踏み」が「語」と認識され,「重複語+スル」の形が拒否されるようになったためと考えられる。
著者
金水 敏
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.18-31, 2005-07

『天草版平家物語』に用いられた「ござる」を、文法的機能によって分類するとともに、原拠本と対照させることによって、「ござる」の意味派生の手がかりを得ることができる。「ござる」の語源的意味に近い空間的存在文では、ほとんどの用例が尊敬表現であるが、その他の用法では丁寧表現が多数を占めている。その要因は、丁寧表現には主語に対する選択制限がなく、尊敬表現より広い範囲で使用されることによると思われる。また、「ござる」の文法化、存在動詞の語彙項目の変化等も「ござる」の敬語的意味の変化に影響を与えていると考えることができる。
著者
森 勇太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.3, pp.1-16, 2013-07-01 (Released:2017-07-28)
被引用文献数
1

現代語では,動詞の連用形に相当する形式で命令を行う"連用形命令"が西日本を中心に見られる。この連用形命令は宝暦頃から見られはじめるものであるが,本稿では,この連用形命令の成立過程を考察した。近世前期には,すでに敬語助動詞「やる」の命令形「やれ」が「や」と形態変化を起こし,待遇価値も低くなっている。また,終助詞「や」も近世上方に存在していた。このことから連用形命令は近世上方において,敬語助動詞命令形「や」が終助詞と再分析され,「や」の前部要素が命令形相当の形式として独立し,成立したと考える。この連用形命令が成立したのは,待遇価値の下がった命令形命令を避けながらも,聞き手に対して強い拘束力のもと行為指示を行うという発話意図があったためである。また,各地で敬語由来の命令形相当の形式(第三の命令形)が成立しており,連用形命令の成立も"敬語から第三の命令形へ"という一般性のある変化として位置づけられる。
著者
小川 晋史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.99-111, 2011-10-01

琉球(諸)語には、一般に受け入れられていて規格の定まった表記法と言えるものは存在せず、方言によって、あるいは一つの方言の中でも様々な表記が提案されたり、個人によって書き方が違ったりしている。これは、現代において危機言語が生き残っていく上で不利な状況である。本稿では、琉球語がこのような状況になった歴史的背景を概観するとともに、表記の現状に関して具体的な問題点を複数とりあげる。その上で、それらの背後に存在するより大きな問題について考える。具体的には、方言の多様性に起因する問題と、言語研究者に起因する問題について考える。その後で、筆者が考えるこれからの琉球語に必要な表記法のかたちについて述べる。本稿全体を通じて、琉球語の表記を整えることは研究者にしかできないことであり、研究者が協力して取り組むべき課題であるということを論じる。
著者
堀江 薫
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.93-107, 2005-07

本稿は、言語類型論の観点から、日本語と韓国語の文法化の対照を行う。具体的には「名詞の文法化」「アスペクトの文法化」「活用形の文法化」という三つのケーススタディを通じて、両言語の文法化に見られる共通性と相違点を明らかにすることを目的とする。両言語の文法構造の類似性を反映して、文法化に関しても表面的には多くの共通性が認められる反面、詳細に観察すると、両言語の間には、文法化パターンの生産性(拡張の度合い)や具体的な文法化の経路の詳細に関して興味深い相違点が観察された。今後は、適時的観点はもとより、談話に繰り返し現れる言語形式、構文が次第に固定化し、一定の文法的意味を表すようになる動的・共時的現象としての文法化の側面にも着目し、両言語の文法化の対照研究が生産的に行われることが期待される。
著者
安井 寿枝
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.29-44, 2008-04-01

谷崎潤一郎『細雪』の中心人物である蒔岡家四姉妹の使用する、尊敬語について以下のことを論述する。四姉妹が使用する尊敬語には、関西方言であるものと、標準語であるものが存在する。中でも姉妹が最も使用している尊敬語は、はる敬語であり、姉妹によって接続に差があるものが見られた。五段動詞に注目すると、次女の幸子は、aはる型を多く使用し、末の妹である妙子は、やはる型の拗音を多く使用している。また、一段動詞では、姉妹に共通して「出る」「見る」のような語幹部分が一音節のものは、やはる型を使用し、「できる」「見せる」のような語幹部分が二音節のものは、i/eはる型を使用するという使い分けが見られた。その他、関西方言の尊敬語では、船場言葉としての「なさる」が存在している。その使用は船場言葉としては動詞+なさる型であり、標準語としては本動詞「する」の敬意型であった。標準語の尊敬語では、れる/られる型・お〜になる型・御〜型・いらっしゃる型・特定単語型が存在する。特に、れる/られる型では、不特定の人物に対する使用が確認された。このような使用は従来、はる敬語に限って見られる特徴とされている。
著者
吉田 永弘
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.4, pp.18-32, 2013

可能の「る・らる」は,中古では否定可能を表す用法しか持たず,中世になって肯定可能を表す用法が現れたと言われている。本稿では,通説の検証を行いながら,肯定可能の「る・らる」の展開を描く。まず,実現の有無という観点から肯定可能を<既実現可能><未実現可能>の2類に分け,事態の性質によって,I既実現の個別的事態,II恒常的事態,III一般論,IV未実現の個別的事態の4種に分ける。その上で,中世以前はI〜IIIの<既実現可能>に留まり,IVの<未実現可能>は近世に現れることを示す。また,<未実現可能>が出現した要因を,未実現の事態の表現方法の変化のなかに求める。
著者
櫻井 豪人
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.3, pp.17-32, 2013

『英和対訳袖珍辞書』初版(文久二1862年刊)の訳語は約6〜7割が『和蘭字彙』の訳語と一致すると言われてきたが、具体的にどの語が『和蘭字彙』から取られた訳語であるかを特定することがこれまで困難であった。本研究では、『和蘭字彙』の日本語部分の全てを電子テキスト化することで『和蘭字彙』の訳語を直接検索可能にし、それにより、『和蘭字彙』に見られない『袖珍』初版の訳語の例を明確に示すとともに、それらから窺われる『袖珍』初版の訳語の特色と編纂態度の一端を描き出した。
著者
竹村 明日香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.16-32, 2013-04-01

キリシタン資料によると,中世末期のエ段音節ではエ・セ・ゼの3音節のみが硬口蓋化していたと考えられる。しかし中世期資料によっては他の工段音節でも硬口蓋化していたことを窺わせる例もあり,果たしてどの音節が硬口蓋化していたのかが問題となってきた。本稿ではこの問題を解決する一助とするため,近世〜現代九州方言のエ段音節を通時的・共時的に観察した。結果,エ段音節では,子音の調音点の差によって硬口蓋化が異なって現れていることが判明した。即ち,歯茎音の音節では子音の主要調音点を変える硬口蓋化が生じているのに対し,軟口蓋音や唇音の音節ではそのような例が認められない。このような硬口蓋化の分布は,通言語的な傾向と一致している上に,キリシタン資料のオ段拗長音表記とも平行的であることから,中世エ段音節の硬口蓋化の分布としても十分想定し得るものであると考えられる。
著者
簡 月真
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.61-76, 2006

本稿では,台湾でリンガフランカとして用いられている日本語を対象に,一人称代名詞の運用の実態およびその変容のメカニズムの究明を試みる。台湾高年層による日本語自然談話に日本語一人称代名詞のほかに閩南(びんなん)語一人称代名詞の使用が観察された。これは,日本語一人称代名詞の形式面と運用面の複雑さを回避するために,形式と運用規則が単純でかつ優勢言語である閩南語一人称代名詞が採用された,いわゆる単純化の結果である。ドメイン間の切換えから,閩南語一人称代名詞は台湾高年層のin-group形式の役割を果たしていることがわかる。ただし,日本語能力の低いインフォーマントの場合,日本語一人称代名詞への切換えはない。ドメインおよびインフォーマントの日本語能力に応じた使用の連続体から,閩南語の一人称代名詞は連体修飾語の場合に現れやすい傾向があること,言語構造面の単純化と連動して言語行動面においても単純化が漸次的に進行しつつあることが指摘できる。独自の体系を持つ台湾日本語は,日本語の変容のあり方を探るための貴重な例となっている。
著者
毛利 正守
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.1-15, 2011-01-01

筆者は,これまでに字余りをいくつかの視点から眺めてきたが,本稿では,脱落現象という観点を導入して字余りを生じる萬葉集のA群とB群の違いを追究した。その際,唱詠の問題が関わるかも知れない和歌の脱落現象は除外し,あくまで散文等の脱落現象をとり挙げ,それと字余りとを比較するといった立場をとっている。A群もB群も唱詠されたものとみられるが,B群は,散文の脱落現象と同じ形態または近似した形態のみが字余りとなっており,A群は,基本的に脱落現象とは拘わらずいかなる形態も字余りをきたしている。散文における脱落現象というものは,日常言語に基づいた音韻現象の一つである。これらを総合的にとらえて,B群の字余りは,音韻現象の一つであると把握し,A群の字余りは,日常言語のあり方とは離れた一つの型として存する唱詠法によって生まれた現象であると位置づけた。
著者
小木曽 智信
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.4, pp.49-62, 2013-10-01

古典語研究の精密化・高度化のためには単語の情報が付いたコーパスが必要とされる。そうしたコーパスの構築のためにはコンピューターによる古典語の形態素解析(自動品詞分解)が必要だが,従来,古典語の形態素解析は困難であるとされていた。こうした中で,筆者らは,既存の解析器と組み合わせて実用的な解析を可能にする電子辞書「中古和文UniDic」を新たに開発した。この辞書は,統計的機械学習の手法に基づき,電子化辞書UniDicの見出し語を拡充し,手本となる単語情報つきの古典語コーパスを作成することで開発された。これにより,平安時代の仮名文学作品について約97%(辞書への未登録語が存在する場合は約96%)の精度で正しく解析することが可能になった。この辞書による解析結果を用いることで,従来は不可能だった用例検索や統計的手法にもとづく新しい古典語研究が可能になった。UniDicは短単位という揺れの少ない斉一な単位を採用しているため,作品や時代を超えて解析結果を比較することができる。中古和文UniDicは無償で一般公開されており,国語研究所の「日本語歴史コーパス 平安時代編」の構築に利用されている。
著者
久保薗 愛
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.18-34, 2016-10-01 (Released:2017-04-03)
参考文献数
34

18世紀前半の鹿児島方言を反映するロシア資料には,過去否定を表すヂャッタという形式が見られる。この形式と,19世紀以降の過去否定形式を比較したところ,ヂャッタからンジャッタへという変化が認められた。近世半ば以降,本方言では否定とそれ以外の要素を分けて表現する方向に変化したものと思われる。また,表記に使用されるキリル文字の音価及び日本語表記の様相を分析した結果,この形式は否定の連用中止形デ(ヂ)+アッタに由来する可能性が高いことを論じた。
著者
大堀 壽夫
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.1-17, 2005

文法化の典型例を「自立性をもった語彙項目が付属語となって、文法機能をになうようになるケース」すなわち脱語彙化と規定し、その基準として、意味の抽象性、範列の成立、標示の義務性、形態素の拘束性、文法内での相互作用を挙げる。そして拡大したケースとして、元々自立形式でなくても、使用範囲が広がって機能の多様化が起きる多機能性の発達、および特定の語形に限定されない構文の発達を検討する。とりわけ後者においては、談話機能が重要な役割を果たす。文法化の道筋は多くの言語において共通性が見られる。その動機づけとして、具体的領域から抽象的領域への概念拡張としてのメタファー、および同一領域における焦点化のシフトとしてのメトニミーという二つのメカニズムを考察する。加えて、意味変化における一般的制約についてふれる。
著者
中本 謙
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.1-14, 2011-10-01

琉球方言のハ行子音p音は,日本語の文献時代以前に遡る古い音であるとの見方がほぽ一般化されている。このp音についてΦ>pによって新たに生じた可能性があるということを現代琉球方言の資料を用いて明らかにする。基本的に五母音の三母音化という母音の体系的推移に伴って,摩擦音Φが北琉球方言ではp,p^?へと変化し,南琉球方言では,p,fへと変化して現在の姿が形成されたと考える。従来の研究に従い,五母音時代を起点にするのであれば,ハ行子音においても起点としてΦを設定しても問題はないと考える。そして,この体系的変化と連動してワ行子音においてもw>b,の変化が起こったとみる。また,ハ行転呼音化現象や語の移入時期という側面からもp音の新しさについて考察する。内的変化としてΦ>pが起こり得る傍証としてkw>Φ>pの変化傾向がみられる語も示した。