著者
大川 孔明
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.133-151, 2020-08-01 (Released:2020-08-14)
参考文献数
22
被引用文献数
1

本稿では、文連接法(接続詞、指示詞、接続助詞、無形式)を指標に、クラスター分析を用いて平安鎌倉時代の文学作品を比較し、それらがどのような文体類型として位置づけられるのかを考察した。その結果、平安鎌倉時代の文学作品は、相対的に[1]接続助詞率が高い接続助詞型(『竹取物語』『源氏物語』など)、[2]接続詞率・指示詞率が高い接続詞指示詞型(『大鏡』『宇治拾遺物語』など)、[3]無形式率以外の数値が低い無形式型(『蜻蛉日記』『徒然草』など)に分けられることを明らかにした。また、和漢の対立と文連接法が文体的に関係していることを指摘し、さらには、典型的和文の文体的特徴が接続助詞に現れることから、典型的和文の実態の一端を明らかにした。
著者
張 明
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.51-67, 2020-04-01 (Released:2020-06-01)
参考文献数
8

本稿は不定機能を持つ前接要素「某(ボウ)」を考察対象とし,類義関係にある「ある」と比較しながら,「某」が独自に持つ統語的特徴,「某」の不定機能がどこから生じるのかという意味論的位置付け,「某」の使用によってもたらされた語用論的効果といった課題を詳しく検討するものである。「某」の指示対象は固有名を持ち,「某」とはその固有名の部分を何らかの理由によって明かさないという表現である。「某」の不定機能は固有名の部分を明かさないことから生じるものであり,語として本来的に不定機能を持つものではない。また,「某」が独自に持つ統語的特徴として,同じ形式が再度出現できること,主題に現れること,「ある」と共起することが挙げられる。これらの統語的特徴は「某」の意味論的位置付けの根拠にもなる。最後に,「某」の使用によってどのような語用論的効果が生じるのかについて検討する。
著者
笹井 香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.4, pp.18-34, 2017-10-01 (Released:2018-04-01)
参考文献数
13

「ばか者!」「恥知らず!」「嘘つき!」などの文は、先行研究において文として適切に位置づけられてきたとは言いがたい。本稿では、これらの文が、同じく体言を骨子とする文である感動文や呼び掛け文などとは異なる形式や機能をもつことを明らかにし、これらを新たに「レッテル貼り文」と位置づけることを試みた。レッテル貼り文は「性質、特徴、属性などを示す要素+人や物を示す要素」という構造をもつ名詞(=レッテル)から成り立つ体言骨子の文で、対象への価値評価にともなう怒りや呆れ、嘲り、蔑み、嫌悪、侮蔑などの情意を表出することを専らとする文、即ち悪態をつく文である。このような文は、その言語場において話し手が対象に下した価値評価が名詞の形式(=レッテル)で表され、文が構成されていると考えられる。このような文を発話することによって、対象に下した価値評価、即ちレッテルを貼り付けているのである。
著者
江口 正
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.34-50, 2018-04-01 (Released:2018-10-01)
参考文献数
17

九州各地の方言は動詞活用の組織に特徴があり,二段活用(特に下二段)が残存して古い特徴を保つ一方,一段動詞がラ行五段化するという新しい変化の方向を併せ持つ。このふたつの特徴は方向性が逆であるため,別個の説明が与えられることが多かった。本稿では,大分方言に見られる動詞終止形の撥音化現象を手掛かりに,それらの特徴はいずれも「同音衝突の回避」が関係するという仮説を提出する。
著者
西岡 敏
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.55-68, 2011-10-01

竹富方言の敬語は、他の八重山語諸方言と同様、話題の人物(第三者あるいは聞き手)を立てる素材敬語が敬語動詞ないしは敬語補助動詞によって表され、聞き手に対して丁寧さを示す対者敬語が終助詞(文末詞)によって表される。本稿では、前者のうち、尊敬の補助動詞「トールン」(to:runN、くださる)、謙譲の補助動詞「オイスン」(oisuN、差し上げる)・「ッシャリルン」(Q∫eriruN、申し上げる)に焦点を当て、どのような文脈において使用可となるか、どのような意味の漂白化(すなわち、文法化)の過程にあるかについて論じた。補助動詞「トールン」は恩恵の意味が逓減、補助動詞「ッシャリルン」は発言の意味が残存している。また、後者の対者敬語的終助詞のうち、「ユー」(ju:)と「ナーラ」(na:ra)の使い分けについて示した。いずれも聞き手への丁寧さを示すが、「ユー」は話し手が聞き手との距離を置く表現であり、「ナーラ」は話し手が聞き手と共通の基盤に立っていることを積極的に示す表現である。
著者
高田 祥司
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.4, pp.32-47, 2008-10-01 (Released:2017-07-28)

日本語東北方言と韓国語には,過去形として,「〜タ」/-ess-ta(過去形1)の他に,「〜タッタ」/-essess-ta(過去形2)という形式が存在する。後者は前者と異なり,(1)現在との断絶性,(2)直接体験・認識の解釈,(3)トキ節/ttay節で<限界達成後>を表さない,(4)反事実条件文への使用という特徴を持つ。これは,<過去>の<継続性>を表す「〜テアッタ」/-e iss-ess-taを出自とし,その文脈的意味を受け継ぐためだと説明される。-essess-taは,より原形に近い古い用法を保ち,<継続性>やその派生的意味<過去パーフェクト><発見>を表し,存在動詞への使用は難しい。一方,「〜タッタ」は形容詞・名詞述語に用いにくい。また,両言語の回想表現「ケ」/-te-も(1),(2)を持つが,話し手の行為の体験は表さず,過去形2とは逆に(2)(認識)に基づき,文脈的に<過去>や<継続性>を表す。両言語では,過去形1が現在の状態を表すことと関わり,(1)を持つ過去形2や回想表現が<過去>を現在から明確に区別している。
著者
野田 大志
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.1-16, 2011-04-01

本稿は,現代日本語の[他動詞連用形+具体名詞]型の複合名詞を,構文理論(construction grammar)における構文であると位置づけ,その構文的意味形成について包括的,体系的に分析した。まず,考察対象とする複合名詞の多様な構成要素間の関係性を構文的な多義性と位置づけ,個々の複合名詞の意味の検討を踏まえてボトムアップ的に抽出した7つの構文的意味を認定した。次に意味形成における2つのレベルの比喩の関与について検討した。1つ目として,個々の複合名詞の意味形成への比喩の関与について明らかにした。2つ目として,構文的意味拡張(構文的多義ネットワークの形成)の動機づけとしての比喩の関与について明らかにした。
著者
笹井 香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.16-31, 2006-01-01

現代語の感動文の研究において感動文とされるのは,感動喚体句の形式をもっと考えられている文(本稿ではA型と呼ぶ)であり,「なんと〜だろう!」の形式による文は,多くの先行研究で疑問文の周辺にあるものと扱われてきた。しかし,本稿では「なんと〜だろう!」の形式による文の特徴として,(1)「なんと」は不定語としては機能していない,(2)「なんと」は属性概念を持つ語と体言の両方を要求するため,「なんと〜だろう!」の形式による文は必ず文中にコトを構成する, (3)「なんと」と共起する「だろう」等の判断辞は,判断辞としての意味の対立をもたず,その意味の変質に伴い接続形態も変化している,以上のことを明らかにした。さらに,「なんと」形式による文は,形式,表現ともにA型と対応していることを指摘し,感動文であることを述べた。
著者
辻本 桜介
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.35-51, 2016 (Released:2017-03-03)
参考文献数
18

本稿では、中古語において主節主体の動きを表す動詞終止形に接続するトテが、引用とは異なる意味を持つことに注目し、このようなトテを特殊用法のトテと称して分析した。まず、「と言ひて」などのト+引用動詞テ形は主節主体の動きを表す動詞終止形を受けないこと、特殊用法のトテは敬語動詞を受けやすいことから、特殊用法のトテの前接要素は引用された表現の文末でないと考えられる。特殊用法のトテの前件は主に意志動詞と2つ以内の成分という単純な構造を取り、前件事態と後件事態は空間的・時間的に近接するが前件事態は後件事態の後に完遂されるという先後関係がある。文の主体が有情物に限定され前件動詞の例が意志動詞に偏ることも踏まえると、特殊用法のトテを用いる文は、前件では主体が何らかの動作の実現に自ら向かっていることを大まかに示し、後件では前件動作に向かう中で主体が引き起こす事態を詳細に述べる、という構造を持つものと言える。
著者
高山 善行
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.1-15, 2005-10-01 (Released:2017-07-28)

助動詞「む」は連体用法で≪仮定≫≪婉曲≫を表すと言われているが,実際にはよくわかっていない点が多い。本稿では,このテーマをモダリティ論の視点から捉え直し,新しい分析方法を提案する。まず,Aタイプ(「〜φ人」),Bタイプ(「〜む人」)という名詞句の対立を設定し,それらの用例を平安中期文学作品から抽出する。そして,述語の性質,時間・場所表現との共起,「人」の数量の観点から,両名詞句の性質を比較してみた。その結果,Aタイプには制約が見られないが,Bタイプにはいくつかの点で制約が認められた。Bタイプでは「人」が非現実世界(想像の世界)に位置づけられているのである。この事実をもとに,本稿では,連体用法「む」は非現実性を標示する機能(「非現実標示」)をもち,名詞句の標識として働いていると結論づける。
著者
丹羽 哲也
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.95-109, 2010-10-01

相対補充連体修飾関係は、修飾節と主名詞との意味関係においては様々であるが、主名詞が相対名詞で、それを修飾節が補充する関係にあるという点で共通し、「名詞+助詞」が相対名詞を補充する関係と並行的である。相対修飾の修飾節はモノ(人・具体物など)を表す「モノ相対節」と事柄を表す「コト相対節」とに分けられるが、モノ相対節の中に、現代語では成り立たずに中古語では成り立つという一つのタイプがある。中古語には準体節が存在し、それが相対節と対応することにおいて、現代語では表し得ない種類の相対節を可能にしていたと推測される。
著者
金澤 裕之
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.47-53, 2007

近年、主に話しことばで、例えば「多くの方が来ていただき…」というような、「○○(=相手)が△△していただく」という表現をよく耳にする。授受を表わす部分が「てくださる」ではないこの表現は、現在一般に「誤用」と考えられているが、使用場面の急速な広がりの背景には、これまでの言語ルールを超えた何らかの理由があるように感じられる。本稿では、話しことばの実際の用例において、「てくださる」と「ていただく」の両者が入り得る場面でも「ていただく」の方が遥かに高い割合で選択されていることを確認しつつ、そうした現象の背景にあるものとして、現代人の敬語意識における一つの心理的な傾向について考察し、併せて、複雑な体系を持つ日本語の授受表現における単純化の方向への一つの兆しが、こうした現象に現われているかもしれない可能性について言及する。
著者
高田 三枝子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.34-45, 2006-04-01

本研究は語頭有声破裂音のVOTに注目し東北から関東にかけての地域,また話者の生年との関係を分析した。資料は1986〜88にかけて全国統一的に収集された録音資料を用いた。その結果東北と関東の間で大きな地域差が見られ,東北では話者の世代(生年)に関わらずほとんどの場合VOT値がプラスの値をとること,一方関東では世代差がみられ,生年の遅い話者ほどプラスの値をとる割合が高いことを明らかにし,さらに北関東(茨城・栃木)内を詳細に検討することによりここに見られる東北・関東間の境界が,先行研究で指摘されてきた東北的な音声音韻に関する現象の境界とほぼ一致することを指摘した。
著者
又吉 里美
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.49-64, 2007-01-01

本稿は、沖縄津堅島方言の手段表示機能を有する格助詞を取り上げ、構文論的な分析を行い、助詞の意味機能を見出そうとするものである。本稿の結論は以下の三点である。1.津堅島方言の手段表示機能を有する助詞には〓i、〓ka、karaの三つの助詞があることを見出した。2.三つの助詞は承接する名詞、結合する動詞によって使い分けられる。動詞の性質との関わりに注目すると、特に「動作行為、変化、移動」の性質を持つ動詞と結合し、これらの動詞の性質によって取りうる助詞が異なる。その対応関係は次の通りである。〓iは動作行為/状態変化の動詞と対応する。〓kaは位置移動/形質(状態)変化/状態変化の動詞と対応する。karaは移動動作/情報発信/情報獲得/生成の動詞と対応する。3.〓ka、karaと結合する動詞は動作行為、状態変化の中でもより限定された性質を持つ。その結果、承接する名詞も自ずから限定される。しかし、〓iはこのような限定の制約がない。その結果、〓kaやkaraの意味機能を獲得しつつあり、使用範囲を拡張しつつある。