著者
高山 善行
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.1-15, 2005-10-01

助動詞「む」は連体用法で≪仮定≫≪婉曲≫を表すと言われているが,実際にはよくわかっていない点が多い。本稿では,このテーマをモダリティ論の視点から捉え直し,新しい分析方法を提案する。まず,Aタイプ(「〜φ人」),Bタイプ(「〜む人」)という名詞句の対立を設定し,それらの用例を平安中期文学作品から抽出する。そして,述語の性質,時間・場所表現との共起,「人」の数量の観点から,両名詞句の性質を比較してみた。その結果,Aタイプには制約が見られないが,Bタイプにはいくつかの点で制約が認められた。Bタイプでは「人」が非現実世界(想像の世界)に位置づけられているのである。この事実をもとに,本稿では,連体用法「む」は非現実性を標示する機能(「非現実標示」)をもち,名詞句の標識として働いていると結論づける。
著者
野田 高広
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.1-15, 2010-01

アスペクト形式Vテイル・テアルの通時相については坪井(1976)以来相当な研究の蓄積があり多くの新しい知見が得られてきているが、特に中世以前には有生性(animacy)などの基準では説明ができない例(「偏に後世を思て念仏を唱へ<て有>___-けるに」(今昔物語集))が多く存在し問題になる。そこで本稿では『今昔物語集』を考察対象として、そこでは時空間的な個別性(specificity)と主格に立つ物の意図性が形式選択に深く関与しており、両者を共に満たす場合にテイルが選択される傾向が強いことを主張する。導入に続く2節では本稿のアスペクトの意味分類基準を示し、3節では資料の概要と方法について述べた。4節が実例の検討で、4.1と4.2では意図性に焦点を当てて論じ、4.3では傍証としてのヴォイス関連の現象を取り上げた。4.4では形式選択の時空間的個別性との相関について論じ、5節で結論を示した。
著者
大西 拓一郎
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.69-81, 2008-01-01

方言に関する主要な資料として,記述文献,辞典,分布図,談話資料,音声資料,フィールドワーク等を対象にそれぞれの性質を概観する。方言自体が古典化しようとしている現在において,その資料化手続きや資料性を問い直すことは,方言学という学問の基盤を検証する上で重要な過程にほかならない。そのことを通して浮き彫りになるのは,方言という言語情報に特有の非記録性という性格であり,同時に考えるべきことは情報元の限定性の問題である。方言学の研究資料を検討することで,方言学の抱える問題点が見えると同時に,進むべき方向も見えてくる。そのような検討とともに実行される資料の作成は,常に方言学に課せられた責務でもある。
著者
岡崎 和夫
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.96-111, 2008-01-01

確かな新資料の出現は、従来の研究にあらたな成果を導くものとして期待されるが、案に相違するばあいも少なからず認められる。小稿は、平安時代後期成立の仮名散文作品を中心に扱って、本文にかかわる先蹤の成果の質を問い、研究の課題をさぐることを主眼とし、次下の二点を指摘することを通して、資料研究の現在に、語学的側面から、また文学的側面にも及んで新たな視点を呈示する。はじめに、「暦日の吉凶」の意を持つ平安時代語と解されてきた諸語のうちその確かさが認定されるのは「ひついで」以外にないと考えられることを諸資料本文の追尋によって日本語学的見地から実証し、現在に至る資料研究のありよう、またその応用の現況にも修正を求める。これにあわせて『日本国語大辞典』『広辞苑』ほかの諸辞書の記述のありようの不確かさにも言及して修訂を求める。次に、これまで永く「たそに(誰そに)……」などと解されてきた『四条宮下野集』の当該本文を例にして、冷泉家本の仮名字体の検討から「たうに(答に)……」と論定すべきことをあきらかにし、本文の文脈と主意の理解、またそれに連動する文学的理解にも言及して従来の知見に修正を求める。
著者
八亀 裕美 佐藤 里美 工藤 真由美
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.51-64, 2005-01

東北諸方言のアスペクト・テンスについては,少しずつ体系的な記述が進んできている。しかし,東北諸方言の精密な記述のためには,(1)アスペクト・テンス・ムード体系というムード面もとらえた枠組み,(2)動詞述語だけではなく,形容詞述語・名詞述語まで包括的にとらえる視点,の2点が不可欠であるように思われる。本稿は,宮城県登米郡中田町の方言(以下,中田方言と呼ぶ)について,この2点をふまえた記述を行った。その結果,この方言には次のような特徴があることがわかった。(1)東北諸方言に広く見られるいわゆる「過去の〜ケ」を持たない,(2)すべての述語にパラダイム上一貫して2つの過去形が見られる,(3)その各形式に意味・機能上の一貫性が認められる。特に注目されるのは,「体験的過去」と呼ぶことができる過去形がすべての述語に見られることである。また,中田方言の具体的記述を通して,方言研究における述語の文法的カテゴリーの総合的記述の方法論を提示した。
著者
山口 響史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.4, pp.1-17, 2015-10-01

本稿は,近世のモラウ・テモラウを観察し,(1)迷惑を表す用法と(2)(サ)セテモラウの成立プロセスを明らかにする。形式上(1)には,<マイを後接する単文の例>と<複文の条件節での使用例>の二つが存し,前者は近世前期から見られるが,後者は近世後期からしか見られない。後者の形式面での成立は,テモラウ全体の条件節での使用増加の流れに沿うものである。さらに,(1)の成立は,テモラウ成立当初の「主語が事前に働きかける」用法から「主語の事前の働きかけのない」用法まで表すようになったことの中で説明可能であり,本動詞モラウの「乞う」意味の希薄化の帰結と捉えられる。(2)の成立は,「与え手の動作における他動性」が減じていく前接動詞の取り得る範囲の拡がりの一現象面であり,本動詞モラウにおける対象物の抽象化の帰結と捉えられる。本稿で観察されたテモラウの変化は,使役的な性質から受身的な性質へという方向性を持つものであると指摘する。
著者
崔 建植
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.121-107, 2006-01-01

籍帳における同一家族間の人名には、年長者と年少者との間において、「大-小」「兄-弟」などによる長幼の序列に対応した対比的命名の存することが認められる。本稿は、籍帳でみられるこのような命名法が、資料的性格を異にする記・書紀の人名における命名にはどのような様相で現れるのかを調査し、命名のあり方について検討したものである。記・書紀の命名には籍帳ではほとんどみられない「中」が散見されるが、「中」には序数詞的な序列性があり、同じく序列性をもつ「弟」と呼応している。これに対して、美称性を有する「若」の場合は、「大-(小-)若」という対応において、美称性から序列性へと変容していることが認められる。人名(固有名詞)においては、その名に長幼の序列を含む続柄が存在し、そういった人名特有の環境下にあっては、美称性の形態素が、意義的に対応する形態素と共に序列性として用いられることがあると言える。
著者
坂井 美日
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.32-50, 2015-07-01

本稿では項の位置を対象に,上方語におけるゼロ準体からノ準体への変化を次のように明らかにする。a. 連体形節+「の」は中世末から散見するが,約200年間,「の」の付加率は上昇しない。その間,形状タイプと事柄タイプの様相に有意差はない。b. 形状タイプは,明和-安永期から寛政-文化期の間に,ゼロ準体からノ準体への移行を進展させ,事柄タイプはそれに続いて,文政-天保期から大正期にかけて移行を進展させた。これらの結果から,当初「の」がモノ・ヒト代名詞であったとする説は取り難く,「の」は当初から特定の指示対象を持たない文法要素であったと考えられ,属格句+「の」における「の」を起源とすると考えるべきである。更に,項位置におけるゼロ準体から準体助詞準体への変化の直接要因は,連体形と終止形の同形化であるとは考え難く,他方言の様相も視野に入れると,形状タイプの構造変化を契機とするという仮説が立てられる。
著者
佐藤 貴裕
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.158-144, 2008-01

上田万年・橋本進吉(一九一六)が指摘するように、近世節用集は、慶長期の草書本を介して易林本から派生したが、易林本の欠点も引きついだ。平井版・草書本でも修正がなされなかったわけで、慶長期の節用集編纂の限界を思わせる。しかし、一〇項目にわたる編集上の諸点について寿閑本を検討すると、易林本本文を尊重しつつも、批判的に見つめなおして再整備をほどこすなど、高度な修訂が認められた。こうした改編ができたのは、開版者であり、編者でもあったろう寿閑の学識や出版に関する能力によることが、当時の文献や寿閑の他の出版書から推測・確認された。また、寿閑本から慶長一六年本を派生するにあたっては、複製の印刷技術を大胆に導入したことが知られた。このようなことから寿閑本(および慶長一六年本)は、慶長期を代表する先進的な節用集であると位置づけられ、今後の利用のための検討が期待されるとした。
著者
土岐 留美江
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.16-31, 2005-10

平安時代の和文資料における会話文をもとに終止形終止、連体形終止、ナム・ゾ共起係り結びの三者を比較分析した結果、以下のような連体形終止の特徴が見出された。1.動詞文では感情・思考・知覚動詞が多く、具体性のある現在時の事柄や話者の評価・解説を述べる場合に多い。2.形容詞文では属性的形容詞は見られず、情緒的形容詞に偏る。3.助動詞文では(1)感情・思考(2)過去・完了(3)推量(4)否定(5)断定の順に多い。これらの諸特徴から、連体形終止文の表現性の本質は発話者に情報の絶対的優位性があることを示すものであるという結論に至った。
著者
石山 裕慈
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.63-51, 2009-07

従来、字音直読資料は規範性の高い字音注を得られる資料群として重視されてきたが、その一方で漢文訓読資料や仮名交じり文の日本漢字音には見られない特徴がある。すなわち、親鸞自筆『観無量寿経註』においては、同じ文字列を訓読した場合「語頭」として出現すると考えられる箇所で中低型回避や連濁などといった日本語化が発生している例が散見され、直前の文字との間に境界が置かれない場合があったということが読み取れる。このような現象は句の一字目と二字目の間に多く発生しているという特徴もあり、これは漢語全般に二字のものが多いという傾向を反映したものと考えられる。さらに、この傾向は親鸞自筆資料のみならず、同年代の字音直読資料二点においても観察されるのであり、字音直読資料に現れた漢字音とは常に「規範的」と言えるわけではないことが指摘できる。
著者
岡崎 友子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.77-92, 2006-04-01

現代語のソ系(サ系列)の指示詞には対話現場に対象も,先行文脈に先行詞もない用法がある。これらはソ系の曖昧指示表現・否定対極表現であり,ソ系(列)・サ系列がそもそも持っていた中心的な用法であることを,心的領域を用いて指摘した。これについてはまず,現代語の感動詞・曖昧指示表現・否定対極表現は,照応用法と同様に,談話情報領域内の要素を対象とする指示であること,また,古代語(上代・中古)では照応用法・観念用法と連続する,今,現在目に見えない,感覚できない対象の指示であったことを明らかとした。そして,歴史的な変化の中でソ・サ系列は観念用法を失い,曖昧指示表現も次第に衰退していった(感動詞も「ソウ」に偏っていく)。そのため,感動詞・曖昧指示表現・否定対極表現と,照応用法のつながりが感じられにくくなり,例外的・周辺的なものと考えられるようになったことを指摘した。
著者
彦坂 佳宣
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.61-75, 2006-10

準体助詞には,本州ノ,九州ト,土佐・北陸・山陰ガ,新潟県ガン,山形県ナ等がある。地理学的には連体格から発達したノ・ガが新・古の関係,ト・ナは地域性が強くて更に古く,格助詞トとナリに由来すると推定した。文献からは,ノは中央語である近畿で近世初期には発達したとされ,恐らく江戸も同じ。一方,新潟・土佐・九州の近世方言文献によれば,他の形式もこれに遅れない時期に独自に発達したと考えた。その分布要因は,ノ・ガの尊卑表現と連体格/主格の構文分担機能とが関連し,ガは周辺地域で前者が,ノは中央地域で後者が優位の時期に発達し近隣へ伝播したと推測した。発展的用法であるノニ・ノデ・ノダ等の論理的表現は中央語が先かと思われ,地方語との差異も見られる。
著者
森 勇太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.78-92, 2010-04-01

本稿では命令や依頼などの行為指示表現について,尊敬語命令形と受益表現命令形の用法の歴史的関連を調査した。中世末期では,「-ください」などの受益表現命令形は,受益表現の本来的な用法である上位者に対する話し手利益の表現("依頼")を中心として用いるが,近世以降用法を広げる。一方「-なさい」などの尊敬語命令形は,近世までは行為指示表現のすべての用法で用いることができるのに対し,近代以降受益表現命令形の中心的な用法である"依頼"から用いることができなくなる。この歴史的変遷の要因として,近世から近代にかけて,"話し手に対する恩恵があるときは受益表現で標示する"という語用論的制約ができたことを指摘し,話し手に対する利益がある用法から尊敬語命令形が衰退することを述べる。
著者
鳴海 伸一
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.60-45, 2012-01-01

漢語「随分」の受容と変容を例に、どのような過程を経て程度的意味・評価的意味が発生するのかを明らかにし、漢語副詞の意味変化のパターンを示した。「随分」」は、もともと程度的意味を持たなかったのだが、具体的な分量の意味を表す量副詞用法を介して抽象的な程度的意味を表すようになった。さらにその後、程度の高さを表すだけでなく、そのような程度性を有する事態に対する評価的意味を伴うようになった。この「量的意味」・「程度的意味」・「評価的意味」は、程度的意味とその周辺的な意味として、意味的に近接していると同時に、「量的意味」→「程度的意味」→「評価的意味」というように、通時的な変化の道筋でもあり、それは、程度副詞の成立とその程度的意味の変化のパターンと位置付けられることを示した。
著者
金 愛蘭
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.18-33, 2006-04-01

語彙調査の結果などによれば,20世紀の後半には,外来語の増加に伴って,少なからぬ外来語が基本語彙の中に進出したと推測される。そうした外来語の多くは,生活の近代化に伴って借用され,多用されるようになった具体名詞であるが,一方では,抽象的な意味を表す外来語の中にも,雑誌や新聞などで数多く用いられるようになり,基本語彙の仲間入り(基本語化)をしたとみてよいものがある。しかし,抽象的な外来語の基本語化は,生活の近代化といった言語外的な要因によってではなく,意味・用法の記述によつて明らかになる言語内的な要因によって説明しなければならない。本稿では,そのような記述の一環として,新聞文章における外来語「トラブル」の基本語化に注目し,1960年ごろから新聞に使われ始めた「トラブル」が,1980年ごろまでにはその意味・用法を3種6類にまで拡大させ,最終的には,新聞で報道される機会の多い《深刻・決定的な危機的事態に至る可能性を持って顕在化した不正常な事態》を「広く」「概略的に」表すことのできる,それまでの新聞語彙にはなかった「便利」な単語として成立したことを明らかにし,そうした基本語がそれまでの個別の類義語とは別に必要とされた背景に,20世紀後半における新聞文章の概略的な文体への変化があるとの見方を提示する。
著者
村井 宏栄
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.4, pp.1-15, 2012-10-01

平安期成立の多くの部首分類体字書や音義書とは異なり、三巻本『色葉字類抄』の「作」注記は字体注記と見なしがたい例がまま見られる。本稿は三巻本の「作」注記の概要を述べ、「又作」と「亦作」の差異について以下3点を指摘した。まず第一に、各注記形式の重出例や交替例により、「又作」「亦作」は正-俗等の評価を含意しない異体・異表記注記であると考えられる。第二に、三巻本の「亦作」はほぼウ篇以降のみに出現し、これは二巻本でいう下巻部分に限定される。よって、「亦作」の分布には『色葉字類抄』の改編過程が関与すると考えられる。第三に、『大漢和辞典』との照合及び見出し字・注記字の構成要素の共通性から検討した結果、「亦作」の主たる機能は異字体(異形同字)を示すことにあるのに対し、「又作」のそれは異字体を包含した異表記を表示するものと言える。熟字の見出しに「又作」が施された場合、この傾向はより強く認められる。
著者
色川 大輔
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.82-67, 2014-10

本稿は本居宣長『詞の玉緒』六之巻の助動詞「らむ」についての説である「かなの意に通ふらん」の所説から、『古今和歌集』七番歌と八四番歌についての解説を取り上げ、その説の拠って来るところについて、従来あまり関連が調査されていない歌学書や古典文学注釈書の解説との関連を探った。結果、七番歌について従来『顕注密勘抄』を引いているとされるところについては契沖『古今余材抄』とそれに後続する荷田春満や賀茂真淵の『古今和歌集』注釈に触発されたもの、八四番歌を「しづ心なく花のちるかな。何とてしづ心なく花のちるらん」と解するのは、賀茂真淵の『百人一首』注釈の説を取ったものであると結論した。そして以上の考証を通じ、本居宣長が『詞の玉緒』において当時新進の学問であった国学の古典注釈の成果を己の語法学説に取り入れたありさまについて考えた。
著者
竹内 史郎
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.2-17, 2005-01

本稿は,中世室町期を下限とし,サニ構文の成立,その意味タイプの拡張および接続助詞サニ等について論じる。以下具体的に示す。1サニ構文は,上代語のサ語法や,キニ(形容詞準体句+ニ)やクニ(ク語法+ニ)といった接続形式等を考慮すれば,「名詞節+主節の背景を提示する助詞ニ」という方法で成立したと説明でき,接続部サニは別個の形態素の連続と考えられる。2 10世紀以前のサニ構文は,「内的徴証-有意志文」という意味タイプ(以下原タイプ)に集中する。当初のサニ構文は意味類型の対応によって原因理由文であることが特徴づけられていた。3ところが,11世紀以降時代を下るにつれて,10世紀以前の意味タイプにおける制約が緩んでくる。すなわち,原タイプの勢力が維持されつつも,「外的徴証-有意志文」などの種々の意味タイプへの拡張が例外的に生じた。また,形容詞語幹のみならず形容動詞語幹にサニが下接するようになった。4 15世紀には,原タイプと拮抗する形で「外的徴証-有意志文」という意味類型の対応を表すタイプが定着した。主にこのことを要件として,別個の形態素の連続であったサニは単一形態として再分析され,形態素間の境界が消失した結果,原因理由の接続助詞になったと認められる。ここにおいて,サニ構文は原因理由の意味をもつ接続形式による原因理由文となった。
著者
原田 幸一
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.16-31, 2015-07

本稿は,若年層による日常会話をデータとし,「トイウカ」の使用を分析した。分析の結果,「トイウカ」の用法は発言改正用法(<暫定提示><言い換え><譲歩補足>)と話題調整用法(<話題導入><話題維持>)に分類できること,種々の形式のうち縮約形「てか」が出現数と使用者数が最多であること,テ系では発言改正用法より話題調整用法のほうが「てか」の割合が高く,ツ系でも発言改正用法より話題調整用法のほうが「つか」の割合が高いことを明らかにした。分析結果にもとづき,縮約形「てか・つか」の使用に関して「単純化(simplification)」の傾向を指摘した。また,広義文法化の立場から「トイウカ」が文法化の一事例として位置付けられることを主張した。