- 著者
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金 愛蘭
- 出版者
- 日本語学会
- 雑誌
- 日本語の研究 (ISSN:13495119)
- 巻号頁・発行日
- vol.2, no.2, pp.18-33, 2006-04-01
語彙調査の結果などによれば,20世紀の後半には,外来語の増加に伴って,少なからぬ外来語が基本語彙の中に進出したと推測される。そうした外来語の多くは,生活の近代化に伴って借用され,多用されるようになった具体名詞であるが,一方では,抽象的な意味を表す外来語の中にも,雑誌や新聞などで数多く用いられるようになり,基本語彙の仲間入り(基本語化)をしたとみてよいものがある。しかし,抽象的な外来語の基本語化は,生活の近代化といった言語外的な要因によってではなく,意味・用法の記述によつて明らかになる言語内的な要因によって説明しなければならない。本稿では,そのような記述の一環として,新聞文章における外来語「トラブル」の基本語化に注目し,1960年ごろから新聞に使われ始めた「トラブル」が,1980年ごろまでにはその意味・用法を3種6類にまで拡大させ,最終的には,新聞で報道される機会の多い《深刻・決定的な危機的事態に至る可能性を持って顕在化した不正常な事態》を「広く」「概略的に」表すことのできる,それまでの新聞語彙にはなかった「便利」な単語として成立したことを明らかにし,そうした基本語がそれまでの個別の類義語とは別に必要とされた背景に,20世紀後半における新聞文章の概略的な文体への変化があるとの見方を提示する。