著者
定本 久世 高橋 宏暢
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.131-134, 2012-09-20 (Released:2012-10-17)
参考文献数
11

本技術ノートでは,次世代シーケンサーを用いた非モデル動物の全トランスクリプトーム解析について説明する。これまで,非モデル動物のように参照となるゲノムDNA情報がない場合,次世代シーケンサーの配列データを貼り合わせて長い配列情報を得ることが難しかった。また,代表機種であるIllumina社シーケンサーでは,他社機種に比べて安価で大量の配列データが得られるものの,シーケンスデータの配列長が短い。これら技術,費用の両問題により,次世代シーケンサーによる非モデル動物のトランスクリプトーム解析はなかなか進んでこなかった。最近になり,トランスクリプトームデータ解析に特化した,参照配列を必要としない配列貼り合わせ(de novo assembly)プログラムが複数発表されている。我々は,Illumina社シーケンサーとこれらのプログラムを用いて非モデル動物組織のde novoシーケンス,トランスクリプトーム解析を行い,良好な結果を得た。これらの結果を含めて一連のde novoトランスクリプトーム解析手法を紹介したい。
著者
冨菜 雄介 Daniel A. WAGENAAR
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.168-177, 2018-12-25 (Released:2019-01-21)
参考文献数
16

本技術ノートでは,2台の蛍光顕微鏡を上下に組み合わせて作製した両側型顕微鏡を利用することで可能となった網羅的膜電位イメージング法を紹介する。材料はチスイビル類(医用ビル; Hirudo verbana)の体節神経節である。ヒルの体節神経節はその背腹表面の2層に総計約400個のニューロンの細胞体が分布する。単離した神経節の背側と腹側に分布するニューロン群を膜電位感受性色素で染色し,この2層から同時に膜電位イメージングする手法(両側膜電位イメージング法)を適用した。また,新規な膜電位感受性色素VoltageFluorを用いることで,カルシウムイメージングでは検出の困難な閾値下脱分極性シグナルや過分極性シグナルを良好なS/N比で記録することが可能となった。今後の課題は,褪色を避けながら長時間イメージングを行うこと,セミインタクト標本において膜電位イメージングを行うこと等である。
著者
弘中 満太郎
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.58-67, 2008 (Released:2008-05-22)
参考文献数
65

アリ類やハチ類によって代表される中心点採餌者は, 中心点となる巣と餌場との間を移動する。移動中の個体にとって巣と餌場は目的地であり, 彼らは目的地の間接的な情報を利用することで定位を完遂するナビゲーターである。昆虫が採餌において利用するナビゲーションシステムは, トレイルフェロモンに代表される経路追随システム, 移動方向と距離をベクトル積算する経路積算システム, ランドマークを記憶する地図基盤システムの3つに大別される。それぞれのシステムにおいて, 彼らは自身が作り出すcue(手がかり)や, 彼らの外環境に存在する種々のcueを利用している。最近の研究から, 外環境のcueを用いる昆虫のナビゲーションシステムでは, 空間情報の記憶が重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。 空間情報の獲得, 保持, 再生及び統合といった記憶の特性は, 種や利用されるシステムによって大きく異なり, これはナビゲーターが必要とする記憶の機能が異なるためと考えられる。本総説では, 昆虫の間接的な情報を用いたナビゲーションシステムの多様性を紹介し, それぞれのシステムで必要となる空間情報の記憶に関する知見を概説する。
著者
塚本 寿夫
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.84-91, 2022-08-01 (Released:2022-08-17)
参考文献数
60
被引用文献数
1

動物の光受容タンパク質オプシンについての研究は,150年以上の歴史があり,動物の感覚機能や三量体Gタンパク質が介するシグナル伝達についての理解を深めることに貢献してきた。またこの10年ほどには,動物オプシンを研究対象としてだけではなく,細胞応答を光によって操作する道具として活用する研究も進められ,光遺伝学optogeneticsの発展にも寄与している。この総説では動物オプシンの分子的な性質とシグナル伝達特性を簡単に解説し,それらの性質・特性が光操作ツールとしてどのように利用されているのかについて紹介する。特に,動物オプシンをツールとして活かすことで,どのような細胞応答をどのように光操作できうるのかについて力点をおいて概説する。
著者
市川 敏夫
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.10-23, 2015-03-16 (Released:2015-04-03)
参考文献数
22

多くの昆虫は前跗節に1対の爪を持ち,種によってさらに爪に付属した爪間盤や褥盤などをもつ。これらの接着装置(器官)の基質や対象物への接着/脱着などの動作の監視および調節は歩行など様々な行動の遂行に重要である。前跗節の形態は生息環境などに適応して様々であるが,動かす仕組みは多くの昆虫に共通である。爪の基部がその背側部分で跗節先端にある担爪突起と関節を形成し,腹側部は爪牽引盤に接続している。歩行時,腿節や脛節にある爪牽引筋が収縮するとその長い腱を介して,爪牽引盤が跗節最終節先端のソケット構造に引き込まれ,爪などは腹側−側方に屈曲してソケット構造の縁に接触すると共に基質に噛み込む。この前跗節の動作のモニターに関与する機械感覚器の配置パターンを数十種の昆虫類で調べた。全ての昆虫に共通して,爪牽引盤や爪基部が接触するソケットの部分(内側面,外側面あるいはエッジ部)に毛状感覚子(触覚センサー)と鐘状感覚子(ひずみセンサー)がセットになって配置されており,このセンサーシステムが前跗節の動作の監視のための基本設計であることが示唆された。また,昆虫類によっては,爪の中あるいは担爪突起の中あるいは双方に様々なパターンで鐘状感覚子が追加配置され,それらが爪にかかる負荷を受容することによってシステムの高度化を担っていることが示唆された。爪間盤は基質との接着面積の大きい接着器官であるが,器官の正中面に対して左右対称な位置に鐘状感覚子,毛状感覚子または両感覚子が配置されており,接着面との傾きの検知システムが基本設計であることが示唆された。
著者
佐々木 謙
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.3-9, 2010 (Released:2011-04-27)
参考文献数
50
被引用文献数
1

社会性昆虫に見られる成虫期の表現型多型はカーストと呼ばれ,繁殖や巣内の仕事の効率を高めるために進化した性質であると考えられている。カーストの形態分化は幼虫期の神経・内分泌系による作用と異なる遺伝子発現を通して起こる。近年,カースト間で異なる栄養代謝系の遺伝子発現に関する研究が進み,カースト特異的な内部・外部形態への分化が分子レベルで解明されつつある。非繁殖個体であるワーカーは,繁殖個体不在の条件下において,成虫期の外部形態を維持したまま,一部の内部器官や行動を可塑的に繁殖型に転換することができる。カーストの転換に伴う行動変化は脳の生理的変化の結果生じるが,その行動変化は脳の構造にまで影響を与え,最終的にはカーストに特殊化した脳をつくり出す可能性がある。このようなカースト分化や転換における基本的な生理・分子メカニズムは,多くの社会性をもつハチ目で共通していると考えられる。その一方で,社会性の進化の程度により,生殖腺刺激ホルモンの制御機構が種間で異なる例も見つかっている。本稿では,社会性昆虫における繁殖制御メカニズムを紹介するとともに,その内分泌メカニズムの進化についても議論したい。
著者
石川 由希
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.191-202, 2016-12-26 (Released:2017-01-13)
参考文献数
93

シロアリは,高度に発達した社会構造を持つ昆虫である。この社会性は,ほぼ同一のゲノムから生まれた個体が異なるふるまい(=分業)をおこなうことによって成立している。どのような仕組みで同一ゲノムから生まれた個体が異なる行動や形態を示すようになるのだろうか?また単独性の祖先種から,どのように複雑な社会性が進化したのだろうか? 本稿ではまず,シロアリの社会性に関して,特に混乱しがちな特殊な用語を含めながら解説する。次に,同一のゲノムから異なる表現型が分化する発生経路やその仕組みに関して紹介する。さらに,それぞれの個体が異なるタスクを分担する神経生理学的基盤に関する最新の研究を紹介する。最後に,シロアリの社会性進化がどのような生理/神経機構の改変に起こってきたのかを考察する。
著者
津守 不二夫
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.124-131, 2021-12-01 (Released:2021-12-10)
参考文献数
31

やわらかい生体の運動の工学的な模倣について紹介する。 骨格(内骨格や外骨格)構造のない生体の運動が一例となる。 例えば軟体動物や環形動物である。また,生体組織として繊毛や鞭毛の運動,消化管の蠕動運動といった例もやわらかい運動として挙げられる。このような個体の運動を模倣するため,柔軟な素材を用いて作られた人工構造が近年注目されており,ソフトロボティクス分野として取り扱われている。本稿では,このような構造を産業用ロボットハンドに代表される関節を有するロボットと比較しながら,その特徴について説明する。利用されている材料や手法についていくつかの例を示し,その中でも磁性粒子分散柔軟材料を用いた外部磁場駆動構造について詳しく述べる。生体模倣運動の具体例として人工繊毛および這行運動について示す。前者では生体繊毛運動に観察される非対称性やメタクロナール波の実現について,後者については進行波の発現方法について説明する。これらを通じ,生体との相違および工学的手法の現状,将来について考察したい。
著者
渡辺 愛子 坂口 博信
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.20-31, 2006-01-30 (Released:2007-10-05)
参考文献数
93

スズメ目の鳴禽類, オウム目, ハチドリ目に属する鳥は, 音声学習によってさえずり (歌) を発達させ, 種内のコミュニケーションに用いている。鳴禽類の雄の幼鳥は, 成長期に手本となる鳥の歌を聞いて記憶し練習することで歌を完成させる。この練習時には, 自分のさえずる歌が学習目標となる歌の手本にどれだけ近づいたかを常にモニターするために, 聴覚フィードバックが必要であることが明らかにされている。さらに, 成鳥が完成後の歌を維持するためにも, 同じ理由で聴覚フィードバックが必要であることが, 筆者等の研究も含めた近年の報告により明らかになってきた。成鳥での聴覚フィードバックの重要性については, 鳴禽類の種で異なる結果が報告され, いまだに不明な点が多い。そこで本稿では, 筆者等の研究結果を交え, まず行動レベルで聴覚剥奪後の歌の特徴を比較して, 成鳥の歌の維持における聴覚フィードバックの必要性について検討した。次に, 聴覚剥奪によって成鳥の歌が変化する時に起こる脳内の変化を調べ, 聴覚フィードバックによって制御される成鳥の歌維持の脳内機構についても考察した。
著者
松浦 哲也 加納 正道
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.96-105, 2008 (Released:2008-10-16)
参考文献数
41
被引用文献数
1

動物行動の多くは,さまざまな環境要因によって決定される。また,それらのうちあるものは特定の刺激により発現し,しかも定型的である。コオロギは空気流刺激に対し,逃避行動をはじめとして飛翔や遊泳など,さまざまな行動を発現する。すなわち,発現する行動はコオロギのおかれた状況により大きく異なる。このことから,空気流刺激に対するこれらの行動は単なる反射ではないことがわかる。コオロギの腹部末端には尾葉と呼ばれる突起があり,尾葉上には多数の機械感覚毛が存在する。これら感覚毛の動きによって感覚ニューロンの活動へと変換された空気流情報は,腹部最終神経節内の複数の巨大介在ニューロンへと伝えられ統合される。巨大介在ニューロンの活動は,逃避行動の発現に重要な役割を担っている。本稿では,はじめにコオロギの逃避行動と尾葉上に存在する機械感覚毛および巨大介在ニューロンの反応特性について概説する。次に,巨大介在ニューロンの活動と逃避行動の関係,成長にともなうこれらニューロンの反応特性の変化について述べる。また,片側の尾葉を失ったコオロギの行動補償と,巨大介在ニューロンの可塑的性質に関する最近の知見も紹介する。コオロギの神経系の研究は,動物行動の神経基盤を理解する上で重要な手がかりになると考えられる。
著者
水波 誠
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.63-73, 1994-06-30 (Released:2011-03-14)
参考文献数
43
著者
田渕 理史 並木 重宏
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.100-111, 2019-08-06 (Released:2019-08-26)
参考文献数
128

脳は内発的に情報を生み出すことで自身の構造を創り上げることが出来るだけでなく,情報表現のために機能状態を自身で創り換えることも出来るシステムである。 最近の研究から,“神経細胞の自発活動パターン”が,この過程において重要な役割を担っている可能性が示唆されている。 しかしながら,自発神経活動パターンがどのような分子機構によって形成され,どのような情報を伝達しているのか,さらに神経回路の設計指針としてどのように使われているのかなど,まだよく分かっていないことが多い。本総説では,発達期神経系において観察される自発神経活動パターンの時間構造と,それらの形成を担っている分子機構に関して,筆者ら自身の研究も含めた最近の動向を紹介する。 さらに,神経系の発生ないし生後発達の過程において脳の神経回路の基本構造を創り上げる時だけでなく,成熟した脳がより最適化された情報表現を行うために神経回路の機能状態を創り換える時においても,特異的な時間構造パターンを有する自発神経活動が神経機能の再構築のために使われている可能性を議論したい。また,自発神経活動の時間構造の機能的意義の理解に向けた将来発展的な方法論の開発の必要性についても考察したい。
著者
塚本 勝巳
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.249-262, 1993-12-31 (Released:2011-03-14)
参考文献数
23
被引用文献数
3 2
著者
安東 宏徳
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.45-53, 2018-04-13 (Released:2018-04-27)
参考文献数
27
被引用文献数
1

潮間帯や浅海域に生息する海産生物の多くは,月齢に同調して産卵する。これらの動物は,月周期もしくは半月周期で生殖を繰り返すが,そのリズムの調節機構は現在のところほとんどわかっていない。我々はこれまで,日本各地の海岸で潮汐サイクルに依存しながら新月と満月の日に産卵するクサフグを用いて,その半月周性の産卵リズムの調節機構について研究してきた。フィールドの産卵回遊行動調査や水槽内行動実験,視床下部-下垂体系のホルモンの遺伝子発現解析,メラトニンの分泌やメラトニン受容体遺伝子の発現解析,概日時計遺伝子の解析など,さまざまな分子生理生態学的なアプローチを行ってきた結果,クサフグが生息環境の違いに応じて異なる産卵リズムを持つことや産卵期には内因性の半月周リズムを持つこと,また,半月周リズムを作る時計機構や生殖関連神経ホルモンの周期的発現調節には,クリプトクロームとメラトニンが関与していることがわかってきた。また,クサフグの松果体や間脳では,メラトニン受容体遺伝子が約15時間周期のウルトラディアン発現をすることが明らかになり,クサフグは概日時計と共に,概潮汐時計に関連する新規の時計を持つ可能性がある。概日時計と概潮汐時計があれば,半月周リズムを発振することができる。