著者
外山 紀子 長谷川 真里
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.131-143, 2011-03

本研究では、質問紙調査を実施することにより、様々な人権や公共の福祉が葛藤する場面における大学生(n=246)の判断と推論を検討した。調査対象者の中には法学専攻の学生は含まれていない。様々な人権の葛藤を含む4つのストーリーを提示した。道徳的判断を求める質問紙(n=141)では「どうすべきか」という判断を求め、法的判断を求める質問紙(n=105)では「もしあなたが裁判員だったとしたら、どのように考えますか?裁判員としてどうすべきかを判断してください。」と質問した。大学生の判断は、性別、現在の専攻、高校時代の社会科選択科目、法律用語に関する知識量、人権について深く考えさせられた経験の有無によって大きく異ならなかった。また、道徳的判断と法的判断との間にも明らかな相違がなかった。さらに、「適正手続きの無視」、「人柄への過度の注目」、「一方の利益のみを考慮」、「可能性の決めつけ」といったヒューリスティックスがかなりの大学生に認められた。
著者
若林 宏輔 渕野 貴生 サトウ タツヤ
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.87-97, 2014 (Released:2017-06-02)

日本には、表現の自由を守る観点から刑事事件報道に対する規制はない。渕野(2007)は、日本の公判前報道(Pre-trial Publicity)の幾つかの内容が被告人に対する予断・偏見を作り、刑事裁判の公正性を阻害している可能性を指摘している。一方で、法務省(2009)は、報道規制の代わりに、裁判官の説示(Judicial Instruction: JI)によって市民は証拠能力のない情報を無視することができるとしている。本研究は、問題が指摘されている刑事事件報道と、それを無視するように促す裁判官の説示の効果の関係について調べた。本研究では、比較のために2つのタイプのJIが準備された。一つ目の説示は、証拠能力のない情報を無視する上での証拠法に関する説明が含まれていた(理論的根拠を含む説示)。そして、二つ目の説示ではこれらの説明を含まずに、これらの情報を無視することだけが指示された(公判のみ参照説示)。実験1では、渕野(2007)が問題ある報道と指摘している2種類-自白・前科情報を含む報道を用いて検討した。結果、いずれの裁判官の説示にも、報道によって得られた証拠能力のない自白の情報を無視させる効果はなかった。さらに実験2では、新聞報道に特有な表現方法の効果と説示の種類の効果について調べた。この時、理論的根拠を含む説示は裁判員を無罪の判断に導いた。これらの結果を踏まえ、刑事事件報道の在り方について議論した。
著者
向井 智哉 三枝 高大 小塩 真司
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.86-94, 2017

理論犯罪学では"法律の感情化"と二分法的思考が厳罰傾向に影響を与えてきたという議論がなさ れている。本研究はその理論的議論を検証するため、質問紙法による調査を行い、二分法的思考、 社会的支配志向性、仮想的有能感、情報処理スタイルといった変数が厳罰傾向に及ぼす影響を明ら かにすることを試みた。その結果、検討に含めたすべての変数が有意であったが、その中でもとく に情報処理スタイルと二分法的思考が厳罰傾向の大きな予測因子であることが示された。この結果 は厳罰傾向にはある種の"非合理的"な要素が含まれており、刑罰に関する世論を理解しようとする のであれば、そのような要素を考慮に含める必要があることを示唆している。
著者
岩本 憲武
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.7-11, 2016 (Released:2018-01-29)

本稿は、自閉スペクトラム症を有する少年の事件を担当する弁護士に求められる技術を論じたものである。自閉スペクトラム症のある少年の被告人について裁判員裁判において少年法55 条移送決定がなされた事例を取り上げて、弁護人が裁判官・裁判員に伝えるべき3 つのポイントを示した。1 つ目は“What”つまり、少年の障害とは「何」であるのかということである。この点については、公判審理の早い段階で、被告人質問や家族の証人尋問をおこなうことが有効である。2 つ目は“How”つまり少年の障害が「どのように」事件に影響したのかということである。この点については、家庭裁判所の社会記録を利用することに加えて、精神科医など専門家の証言を活用することが重要である。3 つ目“Why”つまり少年の障害が事件に影響したことが「なぜ」弁護人が求める結論をもたらすのかということである。この点については、弁護人が、裁判所の量刑の考え方を理解した上で、説得的な弁論を展開する必要がある。そして、より重要なことは、自閉スペクトラム症を持つ少年について、家庭裁判所の検察官送致決定により刑事公判を受けること自体を避けることである。そのためには、付添人である弁護士に、短期間に専門家の助力を得るなどして的確な活動方針を立てて充実した活動をおこなうことが求められる。
著者
安原 浩
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.12-15, 2012 (Released:2017-06-02)

刑事裁判実務に長年携わった経験からは、取調べの科学化、あるいは高度化がいかに困難かを指摘せざるを得ない。日本では密室の取調べが定着し、裁判所もこれまでその結果を尊重してきたからである。しかし裁判員裁判をきっかけに、これまでのような供述調書依存の刑事裁判が構造的に変化しつつあり、可視化が進展する素地が生まれつつある。
著者
森 直久
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.81-91, 2005-01

被疑者に対する不当な取り調べの抑止のため、取り調べ状況の可視化の必要性が叫ばれている。しかし取り調べ状況の可視化、少なくとも対話体資料の作成と開示は、被疑者だけでなく、すべての供述者についてなされるべきであろう。本論文は、実際の刑事事件を題材に、供述心理学の立場からこの問題を考察した。わいせつ事件の被害者とされている女子学生の供述調書に加え、彼女が二人の教師との間で繰り広げた、捜査初期の会話テープが分析された。このテープには、後の捜査で明らかとなるわいせつ行為の大要が含まれていた。しかし、それらはしばしば、教師の度重なる同一質問や促しの結果語られていた。また後の捜査で登場する事項が否定的に語られたり、このテープ以外ではほとんど登場しない事項が語られていたりした。被害者の供述が、このようなコミュニケーションによって整形されていったとすれば、その信用性は低いと言わざるを得ない。他方これが例外的な事態であることが判明すれば、供述の信用性と取り調べの適切さが認められたであろう。取り調べ状況の可視化がなされていたら、どちらの事態が発生していたのかを判断することも、被害者の供述が信用できるか判断することも容易であったであろう。
著者
サトウ タツヤ
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.26-37, 2011-10

司法臨床は新しい概念であり有望ではあるが曖昧な概念であり本稿ではいくつかの視点から検討を行った。まず弁護士として家事事件を扱う立場、家庭裁判所の調査官の立場、加害者治療の立場、カナダにおける問題解決型裁判所の視察を行った立場からのそれぞれの司法臨床のあり方について検討を行った。次に司法臨床の根本にある問題解決を支えるために必要なシステム論、法と心理の協働のための理論であるモード論について紹介を行った。最後に、司法臨床と類似の考え方である犯罪心理学や治療法学と比較を行うことでその異同を明らかにしつつ、司法臨床の今後の可能性について論じた。
著者
鶴田 智
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.128-140, 2020 (Released:2022-11-01)

本研究は、犯罪者に対する法的制裁と社会的制裁の相補性に着目し、法の素人と司法の量刑判断の差が素人の「社会的制裁意図」に及ぼす影響を明らかにする目的で行った。一般的に、犯罪者が受ける制裁は、法的制裁と社会的制裁に分けられる。先行研究では、法的制裁と社会的制裁の間には、どちらか一方が減少することによって、他方が増加するという相補的な関係があると指摘されている。本研究は、その可能性を検証するために、大学生を対象とした実験を行った。実験では、まず参加者に犯罪事件のニュース記事を提示し、犯罪者に対する量刑を判断してもらった。次に、司法の量刑判断の結果を提示し、犯罪者に対する「社会的制裁意図」などへの回答を求めた。その結果、参加者の量刑判断と比べて、司法の量刑判断が足りていないほど「社会的制裁意図」が強まり、法的制裁と社会的制裁の相補性の原理に基づく判断が確かめられた。本研究により、法的制裁は社会的制裁の抑制要因になりうるという知見が得られた。
著者
遠山 大輔
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.8-11, 2017 (Released:2019-01-01)

本稿では京都府の「舞鶴高 1 女子殺害事件」における、防犯カメラ画像の鑑定の問題点について事 例報告を行なう。本件は N 氏が被害者をわいせつ目的で殴打して殺害したとされた事件であった ( 後に N 氏の無罪が確定した )。本件では、被害者と思われる人物と自転車を押す男性と思われる人 物が、遺体発見現場近くの防犯カメラに記録されていた。このカメラ画像の鑑定書が証拠のひとつ とされていた。鑑定書では、人物の服装や自転車、また耳たぶの酷似が根拠として挙げられ、N 氏 と防犯カメラに記録された人物が同一であると結論づけられていた。この鑑定書について、別の専 門家に意見を求めたところ、1 画素にどれだけ対象が記録されているかで画像の値打ちが決まり、 見えるか見えないかも決まるとのことであった。これにより、耳たぶの画像については 1 画素に 2.5 × 2.5 センチ程度しか記録されていないなど、提示された防犯カメラ画像では同一性について 論じることはできないという結論を得ることができた。鑑定は同一性判断の基準や表現について検 証可能な形で行われる必要があると感じている。
著者
綿村 英一郎 分部 利紘 高野 陽太郎
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.98-108, 2010 (Released:2017-06-02)
被引用文献数
2

This study aimed at specifying lay judges' punishing strategy. Preceding experimental studies have concluded that the principal strategy is retribution because a crime's objective seriousness always affected preferred punishment. This conclusion is based on the assumption that objective seriousness is identical to subjective seriousness, which underlies retribution. We tested this assumption by directly assessing subjective seriousness while experimentally manipulating objective seriousness. A pass analysis of 128 college students' answers to a questionnaire revealed that objective seriousness affected preferred punishment directly without substantial mediation of subjective seriousness, probably through knowledge about the common relation between a crime's consequence and punishment. However, preferred punishment was also affected by subjective seriousness, which could be determined by such factors as a criminal's attribute other than objective seriousness. This latter finding confirmed that lay judges' punishing strategy is at least partly based on retribution.
著者
山内 佑子 高橋 雅延 伊東 裕司
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.83-92, 2008 (Released:2017-06-02)

認知インタビュー(Cognitive Interview:以下CI)は認知心理学の実験的知見をもとにFisherとGeiselmanによって開発された記憶促進のための事情聴取方法である。想起方法としてCI技法を用いない標準インタビュー(Standard Interview:以下SI)とCIの2条件を設けて比較した従来の研究では、CIはSIよりも正確な情報を引き出すことが明らかにされている。本研究では2つの実験において、CIの有効性に及ぼす目撃者の性格特性の差異の影響を検討した。すなわち、参加者を向性テストの結果によって外向性高群と外向性低群に分けた後、銀行強盗の短いビデオを呈示した。実験1ではSI条件とCI条件を比較した。実験2では全員がCIを受ける前に、CI技法による想起の経験か、CI技法によらない想起の経験のいずれかを行った。その結果、CIの有効性は目撃者の性格特性によって影響を受けることが明らかとなった。これらの結果についてはCIにおけるラポール形成の面から考察した。