著者
松永 寛明
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.86-102, 2000 (Released:2017-03-30)

This study analyzes the relationship between the abolition of punishment in public space and social changes in Japan. Penal system in Edo period functioned to maintain the status order and then punishing people in public was indispensable to restore broken status order because symbolic event of violence to the offender's body revived social consciousness of the large social distance between offender and victim. Modernization and collapse of status order in Meiji period forced feudal penal system changed. Punishment vanished from public place because of Ritsu-ryou system introduced. The system was soft on criminals but it is not very important. Behavior and consciousness of intellectuals and statesmen who aspire to rationalize penal system represented a more important factor that they reflected changing social order; punishment in public space had been invested with a "punishment" meaning for rigid status order existing and it became a cruel behavior when status order collapsed. As a consequence, the feudal relics had been abolished in twelve years.
著者
奥田 知志
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.21-37, 2010

2006年1月7日JR下関駅は炎に包まれた.放火による焼失だった.犯人として逮捕されたのは8日前に福岡刑務所を一人満期出所した74歳男性.彼は,これまで50年近く刑務所で過ごしてきた.裁判の度に「知的障害」を指摘されてきたにもかかわらず,最後の犯行時に至るまで療育手帳は持っていなかった.放火は,重罪である.当然ゆるされるものではない.ただ彼を断罪することだけがこの社会のなすべきことだろうか.犯行動機とされる「刑務所に帰りたかった」は,今日の社会の現実を端的に指摘している.放火を断罪することは当然である.だがそれだけでは何も解決しない.この事件は,今日の社会のあり方をそのものを問うた事件であった.「障害」を持ち,家族もなく,働くこともできず,帰る場所もない者が,「刑務所に帰りたい」と願う.社会が彼に対して「罪を犯すな」言うことは簡単である.そうならば,ではこの社会はあの日犯罪以外のどのような選択肢を彼に提示できたであろうか.事件に関わった者として,また,ホームレス支援に関わった者としてこの事件の記録とこの事件が社会に与えた意味,そして何よりも今後の社会のあり方について考察する.
著者
南部 さおり
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.29, pp.96-111, 2004-10-18
被引用文献数
2

「代理人によるミュンヒハウゼン症候群」(MSBP)は,「(1)親あるいは親代わりの人物によって偽装された児童の疾患,(2)その児童は医学的検査や治療に差し出され,それは通常,絶え間なく,しばしば複合的な医療手続をもたらしている,(3)その加害者は自分が子どもの病気の原因であることを否認する,(4)子どもが加害者から分離されると,急性症状や病気のサインは消失する」の4つの基準を満たす用語として広く一般的に用いられている医学的概念である(Meadow 1995).しかし,提唱者であるメードゥ自身が認めるように,この基準は特異性に欠け,医師やソーシャル・ワーカー,司法関係者たちに混乱を生み出した.本稿は,医学的「症候群」としてのMSBP概念の特性と意義,同証拠が事実認定に与える影響を考察し,MSBPの概念がいかなる意義を持つべきかを明らかにする.MSBP概念は,発見が困難な虐待を発見するためのツールとして用いられることに最大の意義が存する.刑事事実認定においてMSBP証拠は,不可解に見える現象に対する医学的アプローチとして参照可能であるが,それはあくまでも「症候群」証拠にすぎず,その性質上,犯罪事実の認定に際しての「決定的証拠」とはなし難いものである.
著者
津島 昌寛
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.8-20, 2010

一般の人々がイメージする貧困は終戦直後の日本に代表される貧困(絶対的貧困)であるという.しかし,今や日本の貧困は質量的に大きく変容した.犯罪との関連で考える場合,貧困を絶対的貧困としてとらえること(金に困って食べ物を盗む)は適切とはいえないだろう.貧困問題が叫ばれる時代,貧困と犯罪の複合的な関係をあらためて問い直すことが必要である.本稿の目的は,貧困と犯罪を主題とする欧米の既存研究を検討し,貧困と犯罪との関連性を探ることである.まず,貧困の概念を整理するとともに,不平等など類似の概念とのちがいをさぐる.そのうえで,貧困と犯罪の理論的関連性を多面的な角度から明らかにする.その結果,貧困と犯罪は関係があるが,直接的因果関係でないことがわかった.しかし他方で,貧困は分岐的に変化しており,他のさまざまな社会的・文化的要因を介して,もしくは相互に触発し合い,犯罪行動の発生に影響をあたえていることが確認された.したがって,さまざまな間接的影響をあわせた,貧困が犯罪にあたえる総合的影響は小さくないようにおもわれる.最後に,犯罪社会学として今後取り組むべき貧困と犯罪に関連した研究課題をいくつか提示する.
著者
松永 寛明
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.86-102, 2000

This study analyzes the relationship between the abolition of punishment in public space and social changes in Japan. Penal system in Edo period functioned to maintain the status order and then punishing people in public was indispensable to restore broken status order because symbolic event of violence to the offender's body revived social consciousness of the large social distance between offender and victim. Modernization and collapse of status order in Meiji period forced feudal penal system changed. Punishment vanished from public place because of Ritsu-ryou system introduced. The system was soft on criminals but it is not very important. Behavior and consciousness of intellectuals and statesmen who aspire to rationalize penal system represented a more important factor that they reflected changing social order; punishment in public space had been invested with a "punishment" meaning for rigid status order existing and it became a cruel behavior when status order collapsed. As a consequence, the feudal relics had been abolished in twelve years.
著者
山本 功
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.25, pp.49-66, 2000

この論文では, 「援助交際」と呼ばれる現象の社会問題過程の一端を社会構築主義的に記述する.このカテゴリーにかかわる女子青少年がどのように位置づけられたのかに注目する.中心的にとりあげるのは, 東京都議会における「淫行処罰規定」制定の是非を都青少年問題協議会に諮問するかどうかが論じられた場合である.マスメディアに登場し, 人々の注目を集めたこの現象は, 東京都では青少年条例の改正運動を促し, 「淫行処罰」規定制定に関して賛否両陣営から例を見ない大量の陳情書・請願書が都議会に提出され, 淫行処罰規定を設けないという従来の都の方針の見通しが図られた。淫行処罰で彼女らを被害者とすることで「問題」の解決をはかるクレイムが議会で展開され, 議会の審議の過程では「少女を守るために淫行処罰を」という賛成派と, 「淫行処罰は少女をも傷つける.必要なものは教育である」という反対派の応酬がみられた.いずれにせよ, 少女を「被害者」と位置づけるレトリックであり, ある種の「被害者コンテスト」(Holstein and Miller 1990)が観察された。他方, 大阪府警は「援助交際は売春です」とのキャンペーンをはり, 援助交際の相手方を求めた女子高生を売春防止法違反とし逮捕した.この場合は援助交際にかかわる女子青少年は被害者としてではなく, 公共の秩序に対する「加害者」として位置づけられている.すなわち, ある現象を「逸脱」ないし「社会問題」と位置づけるに際し, それにかかわる者を「被害者」とする問題化と「加害者」とする問題化の双方が同時に観察されたのである.
著者
谷岡 一郎
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.32, pp.76-86, 2007-10-20

2010年には新しい裁判員制度-アメリカの陪審制に類似のもの-が日本でスタートするようである.現在までのところ,刑罰の決定(量刑)は専門の裁判官によってなされており,その決定は専門家による「さじかげん」をもとにしている.たとえば「罪を認めている」,「反省」,「生い立ち」などの明文化されていない要素や,その重みづけによるさじかげんである.従って犯罪や刑罰にそれほど詳しくない裁判員による新制度がスタートしたとき,具体的かつ客観的な量刑の評価基準,もしくはガイドラインが必要となるだろう.日本では近年,司法システムに若干の変更や改変がなされた.特に厳罰化の方向,つまり刑を重くする方向である.新しい犯罪類型が定義され,いくつかの犯罪において,最高刑が引き上げられもした.ただしこの厳罰化については,単に最高刑を引き上げるより,刑罰の「確実性」を増やす方が効果的ではないかとする議論がある.本稿でも司法制度および刑罰論の観点から,厳罰化の意味を考える.日本の刑法は明治時代初期に作られた.以来,当時には予想しえなかった多くの行為類型が犯罪と定義されてきた.しかし刑法典も時代によるほころびが見え,現代風の反社会的行為に対応しきれていないのではないか.少なくとも大衆の感覚ではそうである.司法制度全般を議論すべき時期が来ているように思う.本稿がその端緒となればこれにまさる幸せはない.
著者
浜井 浩一
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.36, pp.76-106, 2011-10-31

本稿の課題は,人口動態の変化,つまり少子・高齢化によって犯罪動向がどのように変化し,それに刑事司法制度がどのように対応しているのかを分析した上で,今後,少子・高齢化が更に進行する可能性の高い日本において,刑罰運用を含めた持続可能な刑事政策はいかにあるべきかを検討することにある.結論から言うと,少子・高齢化は,犯罪に対して最も活発な若者が減少し,犯罪に対して最も非活発な高齢者が増加するため,全体としては犯罪減少社会を作り出す.事実,罪種によって多少傾向の違いはあるが,窃盗においても,殺人においても犯罪は若者の減少と共に減少している.その一方で,年齢による犯罪率の変化を示す年齢層別検挙人員を人口比で示した犯罪曲線を詳細に分析してみると,そこには1990年代後半から微妙な変化が認められる.それは,30歳以降において加齢による犯罪の減少傾向が消失したことである.つまり,日本では,30歳を過ぎると犯罪から足を洗えなくなってきているということである.犯罪の背景要因には生活苦や社会的孤立が存在する.少子・高齢化は,消費を衰えさせ経済全体を衰弱させる.1990年代後半における経済不況の原因の一つは少子・高齢化である.つまり,少子・高齢化は,全体としては犯罪を減少させるが,不況を生み出すことで中高年の立ち直りを阻害する一面があるのである.日本の刑事司法は応報を基本とし,累犯加重を機械的に適用する傾向が強く,判決までの段階では犯罪者を更生させるという意識は乏しい.その結果として,万引きや無銭飲食などの高齢犯罪者が増加する中,彼らの多くが,軽微な犯罪の繰り返しで実刑となり,受刑者の高齢化は深刻な状況となっている.少子・高齢化社会において持続可能な刑事政策を実現させるために必要なこと,それは,これまでの「応報型司法」を改め,犯罪者の更生を可能とする「問題解決型司法」を目指すことである.そのために,同じ大陸系刑法の伝統を持ち,日本に次いで人口の高齢化が深刻なイタリアがいかに高齢犯罪者の増加を防止しているのかを参考に刑事司法改革の方向性について考える.
著者
生駒 貴弘 岡田 和也 長谷川 直実 佐々木 渉 平井 愼二
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.140, 2017 (Released:2018-10-31)

本研究は,物質使用障害に対する条件反射制御法の効果について検証したものである. この技法は,標的行動を司る反射連鎖を制御することを目的とするが,これまでの実践を通じて, 物質使用障害者の通院治療を継続させる効果,及びその再犯を防止する効果があると推測される. その根拠となる仮説として,第1に,この技法は,具体的な作業をステージの進行に従って積み重ね る構成であるため,通院目的と課題が明確であり,また通院を重ねるごとに効果が実感されるため, 通院を継続する動機づけが高められる.第2に,この技法を用いることにより,物質使用の引き金とな る刺激に遭遇した際の反射連鎖の作動性が減衰するとともに,物質使用に至る行動を司る反射連鎖を 止めるための人工的な刺激(動作と文言)を形成し活用することで、規制薬物再使用の危険性を低下 させることができる. 仮説の検証は,2種類の実態調査を行い,その結果について統計的に検討を行った. その結果,この技法は,物質使用障害者の通院治療を継続させる効果,及びその再犯を防止する効 果があることが示唆されたが,限定的な条件に基づく分析であることから,更なる実証研究の集積が 必要と思われる.
著者
ウィリアムズ アンディ
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.31, pp.52-73, 2006-10-18

近年,イギリスにおける性犯罪者への刑事司法の対応は,急速に処罰の度を高め,刑務所拘禁の長期化と,その釈放後の監督や監視の強化が進んでいる.そのような犯罪者の人権に関して多くの問題が提起される一方,この「厳罰化の上方への螺旋運動」(Nash 2006:105)が,一般大衆に不安や懸念を生ぜしめ,厳罰的な立法の展開を正当化する,メディア由来のモラル・パニックに煽られたものであるとも論じられる.本稿の分析では,モラル・パニックとモラル事業のコンセプトを理論的なフレームワークとして用い,そうした立法的な変化を概括するため,ポーツマスのポールズグローブにおける小児性愛犯罪者に対するデモを取りあげ,小児性愛犯罪者に関するメディアの報道や公衆の反応,さらには,刑事司法システムがその不安の表出にいかに対応したかという,相互に連関するさまざまな問題を検討する.モラル事業は,「犯罪の現実」を定義し,刑事司法政策の形成を助勢する,基本的なフレームワークの創出において,メディア,社会統制機関,モラル事業家,利益集団の間のシンボリックなリンクを生成する.本稿は,モラル・パニックを分析のフレームワークとして用いる諸研究の多くが,このモラル事業のコンセプトを無視することからくる,本来的な欠陥を有するものであることを主張する.
著者
浜井 浩一
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
no.38, pp.53-77, 2013-10-15

本稿は,2002年をピークとする一般刑法犯認知件数の急増・急減,特にその大きな原動力となった街頭犯罪認知件数の変動を分析すると同時に,近時,先進国の多くで犯罪が減少している状況を踏まえ,より長期的な視点から犯罪を減少させている要因を探ってみたい.言うまでもなく,認知件数は,様々なルートから警察に届けられた事件の中から警察が犯罪として認知した事件の件数を計上したものである.事件処理のスクリーニングが一定であれば,その数字は発生する犯罪の増減を反映する.反面,スクリーニング等の方法を変えると犯罪発生とは関係なく認知件数は増減する.さて,2002年をピークとする認知件数の減少はそのどちらによってもたらされたものだろうか.答えは,その両方である.2003年から街頭犯罪の認知件数の削減が警察評価における数値目標として設定された.街頭犯罪は,対象や手口がわかりやすいため防犯対策をとりやすい.自動販売機の堅牢化によって自動販売機ねらいは急速に減少した.車上ねらいや自転車盗・バイク盗も急減した.同時に,数値目標が一人歩きをして,車上ねらいの数え方を工夫する努力が行われたことも明らかとなった.いずれにしても暗数の少ない殺人等の認知件数や犯罪被害調査などから確実に言えることは,近時,犯罪が減少しているということである.では,殺人などの重大犯罪はなぜ減少しているのか.一つは,少子化の影響が考えられる.犯罪の主な担い手は30歳未満の若者である.若者の人口が減れば犯罪も減ることが予想され,日本でも戦後少子・高齢化の進行とともに犯罪は減少している.また,アメリカの心理学者ピンカーは,さまざまな資料を駆使して,現代人は,人類史上最も暴力の少ない時代に生きていると主張している.ピンカーは,それは種としての人類の進歩によるものであり,私たちの中にある共感や自己統制といった「より良き天使(better angels)」が復讐やサディズムといった「内なる悪魔(inner demons)」を凌駕した結果である主張している.2002年をピークとする認知件数の急上昇・急降下は,街頭犯罪をターゲットとし,数値目標を設定したことによってもたらされたものであり,そこに防犯意識の高まりが一定貢献したことは間違いない.しかし,防犯意識は,警戒心や不信感と表裏一体である.犯罪のない社会が市民を幸福にするとは限らない.認知件数を数値目標にすることの意味をもう一度考えてみるべきであろう.