著者
兼子 諭
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.360-373, 2014 (Released:2015-12-31)
参考文献数
50

本稿は, アレグザンダーの「市民圏」論の検討によって, 公共圏論の理論的な刷新を図ることを目的とする.公共圏論に大きな影響を及ぼすハーバーマスは, 公共圏を公論形成の領域と規定する点ではマクロ的な観点を保持する. だが, 直接的な対話による了解を志向する討議を公共圏におけるコミュニケーションのモデルとすることから, 民主的社会における市民の意思形成とマクロレベルでの政治プロセスの接続という点で理論的困難を抱えている.これに対してアレグザンダーは「市民圏」概念を提唱する. 彼は, 市民圏におけるコミュニケーションを, 討議から, 感情的な共感に訴えることでオーディエンスからの承認を求めるパフォーマンスに代替することを主張する. 彼に従えば, 基本的なコミュニケーションをパフォーマンスとして捉えることこそが, 民主的社会における公共圏のより適切な理論化につながる.理論的課題は多く, 公共圏におけるコミュニケーションがスペクタクルとして上演されることを肯定するだけという評価もあるかもしれない. だが, アレグザンダーの市民圏論が, 現代の民主的社会と公共圏の関係に対する新たな洞察を可能にすると, 筆者は主張したい.
著者
長谷川 公一
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.308-316, 2014 (Released:2015-12-31)
参考文献数
5

第18回世界社会学会議は, 2014年7月13日から19日まで, 横浜市のパシフィコ横浜を会場に開催され, 無事終了した. 国際社会学会の世界社会学会議 (World Congress of Sociology) は4年に1度開催される社会学界最大の学術イベントである. 本稿では, 組織委員会委員長というホスト国側の責任者の立場からこの会議の経過と意義を振り返り, 本大会の成果を今後に引き継ぐための課題を提起したい.1960年代以来, 長い間先送りされてきた世界社会学会議の開催がなぜ2014年大会の招致というかたちで実現したのか, その背景は何だったのか. 開催都市に横浜を選んだのはなぜか. 組織委員会をどのように構成したのか. 世界社会学会議横浜大会は, これまでの世界社会学会議と比べてどのような特徴をもつのか. 組織委員会として, 組織委員長として, どのような課題に直面し, 腐心したのか. 横浜大会の成果と意義は何か. 横浜大会はどのような意味で「成功」といえるのか. 横浜大会の成果を, 研究者個々人が, また日本社会学会がどのように継承していくべきかを考察する. 日本の社会学の国際化・国際発信の重要なワンステップではあるが, 横浜大会は決してゴールではない. 日本社会学会は, 日本の社会学の国際的な発信を, 引き続き組織的にバックアップしていくべきである.
著者
植田 今日子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.33-50, 2004-06-30

近年の公共事業見直しのうごきと自然環境への意識の高まりから, 川辺川ダム (熊本県) はその必要性を厳しく問われる公共事業である.頭地地区を含めた五木村, 相良村 (一部) はこれまで36年間, 大挙離村や地域社会内部での対立を経験しながら水没予定地域としてありつづけてきた.五木村は現在ダムの「早期着工」を訴える立場にある.なぜ周囲で声高に事業の必要性が問われる中, 自らをさんざん苦しめてきたダムの早期着手を訴えなければならないのだろうか.本稿では, 水没予定地である五木村頭地地区でのフィールドワークをもとに, ダム計画に対して3つの異なる立場をとってきた五木村の水没3団体が, いかにして自らの団体を他団体と差異化しつつ, 「早期着工」という総意を成立させているのかを明らかにすることで, 「早期着工」表明の論理に近づくことを目的とした.<BR>これまで, 公共事業によって損害を被るはずの人びとが事業の早期着手を訴えるということは, 自己利益の最大化として功利主義的に捉えられることが多かった.しかし「早期着工」の意思表明には, 公共事業が生活の場における諸関係にもたらしてしまう意味を克服しようとする遂行的意味があった.それは, 世帯ごとの意思決定を配慮・尊重するがゆえに, むらがむらとして成立しないという状況において実践された, むらの生成という言遂行的な意志表明であった.
著者
赤枝 香奈子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.129-146, 2005-06-30

同性間の親密な関係は, しばしば「同性愛/友情」という二項対立的な図式によって解釈される.しかし女性同士の親密性については, 従来, その分類が曖昧であるとされ, 同性愛と友情が連続的であるのみならず, 母性愛とも連続性をもつものとみなされてきた.<BR>公的領域と私的領域の分離に基づく近代社会において, 親密性は私的領域に属する事柄とされる.そして性・愛・結婚を三位一体とする「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」によって, 私的領域は形成されてきたと言われる.しかし, 母性愛と女性同士の友情や愛情は, 必ずしも親和的ではなかった.それはロマンティック・ラブの核心に位置するとされる, 生殖から解放された「自由に塑型できるセクシュアリティ」 (A.ギデンズ) を志向するかどうかという違いに端的に表される.近代日本の女学校において見られた女性同士の親密な関係は, しばしば「安全な」友情か「危険な」同性愛に分断され論じられてきたが, 現在から振り返った場合, 彼女たちの親密な関係は, まさしくロマンティック・ラブの実践であったといえる.そのような親密性は, 女学校において実践される限りは, 健全な成長の一段階としてみなされたが, ひとたび女学校の外へ出ると, 「異常」のレッテルを貼られ, 「母」とは対照的に位置づけられ, スティグマ化された独身女性の表象である「老嬢」と結びつけられ, 貶められた.
著者
原田 謙 杉澤 秀博 小林 江里香 Jersey Liang
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.382-397, 2001
被引用文献数
1

本研究は, 全国高齢者に対する3年間の縦断調査データ (1987-1990) を用いて, 高齢者の所得変動の実態を明らかにし, 貧困への転落, 貧困からの脱出という所得変動の関連要因を検証することを目的とした.本人と配偶者の年間所得の合計が120万円未満の高齢者を貧困層と操作的に定義し, 関連要因として社会経済的地位およびライフイベント指標を分析に投入した. 分析の結果, 以下のような知見が得られた.<BR>(1) 各時点の貧困層の出現割合は 34.7% (1987), 31.7% (1990) であったが, 追跡期間中に全体の8.8%が貧困転落, 11.8%が貧困脱出を経験していた.<BR>(2) 社会経済的地位に関して, 学歴が高い者の方が貧困転落の確率が低く, 最長職の職種によって貧困転落・貧困脱出の確率が異なった.<BR>(3) 高齢期のライフイベントに関して, 追跡期間中における配偶者との死別は, 女性にとってのみ貧困転落のリスク要因であった.追跡期間中における失職は貧困転落のリスク要因であり, 就労継続は貧困脱出の促進要因であった.<BR>(4) 社会経済的地位, ライフイベントの影響をコントロールしても, 性別, 年齢, 生活機能といった要因が, 高齢者の所得変動に有意に関連していることが明らかになった.具体的には男性の方が女性より貧困脱出の確率が高く, 高齢である者, 初回調査時点の生活機能が低い者の方が貧困脱出の確率が低かった.
著者
吉田 民人
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.260-280, 2004-12-31
被引用文献数
1

17世紀の「大文字の科学革命」に発する正統的科学論は, 物理学をモデルにして「法則」以外の秩序原理を考えない.この「汎法則主義」に否定的または無関心な一部の人文社会科学も, 「秩序原理」なる発想の全否定を含めて, 明示的な代替提案をしていない.それに対して「大文字の第二次科学革命」とも「知の情報論的転回」とも名づけられた新科学論は, 自然の「秩序原理」が改変不能=違背不能=1種普遍的な物質層の「物理科学法則」にはじまり, 改変可能=違背不能=2種普遍的な生物層のゲノムほかの「シグナル記号で構成されたプログラム」をへて, 改変可能=違背可能=3種普遍的な人間層の規則ほかの「シンボル記号で構成されたプログラム」へ進化してきたと主張する.<BR>この新科学論の立場から人文社会科学の《構築主義》を共感的・批判的に検討すれば, 第1に, 《構築主義》の争点とされる本質と構築の非同位的な2項対立は, 物質層の「物理科学的生成」と生物層の「シグナル型構築」と人間層の「シンボル型構築」という秩序原理の3項的な同位対立として読み解かれる.第2に, 言語による構築を認知 (ときに加えて評価) 的なものに限定して指令的な構築を含まない《構築主義》を「認識論的構築主義」と批判し, 認知・評価・指令的な3モードの構築を統合する「存在論的構築主義」への拡張・展開を訴える.一言でいえば, 《構築主義》は人文社会科学における〈法則主義との訣別〉へと導く理論だという解釈である.
著者
本郷 正武
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.69-84, 2011-06-30 (Released:2013-03-01)
参考文献数
23
被引用文献数
1 1

本稿は,いわゆる「薬害HIV」感染被害者たちが,強い偏見と差別の最中,どのようにして訴訟運動に参加しえたのかを,社会運動論,とりわけ「良心的支持者」概念の観点から考察する.HIVが混入した非加熱濃縮血液製剤により血友病患者がHIVに感染した「薬害HIV問題」は,国と製薬会社を相手取った「薬害HIV訴訟」へと発展した.しかし,偏見と差別が渦巻く状況下で,感染被害者たちはHIV感染告知をめぐる医師との「すれ違い」があったり,血友病患者会などでの人間関係が破砕されていた.このような訴訟運動への参加の障壁が高い中で,感染被害者たちはいかにして訴訟運動にコミットできたのであろうか.ある訴訟運動を支援する会は「当事者性の探求」を掲げ,たんに感染被害者のプライバシーを守るだけでなく,無自覚に感染被害者をいたたまれない状況に追い込まないことをめざした.このような活動理念は,「当事者捜し」を回避し,運動から直接の利益を得ないにもかかわらず運動参加する「良心的支持者」として感染被害者が振る舞うことを可能にした.このことは,問題の深刻さを示すとともに,感染被害者がより安全な形で運動参加する方法をも提示している.本事例で示した良心的支持者概念の戦略上の「転用」は,いわゆる「当事者」概念と同様に,「誰が良心的支持者になる/なれるのか」という問いについても論題が開かれていることを示すものである.
著者
石島 健太郎
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.295-312, 2015

<p>本稿は, 身体障害者の介助において, 利用者の決定に対して自身の存在が不可避にもってしまう影響を踏まえたうえで, 介助者がいかに介助の実践に臨んでいるのかを問う.<br>介助者は手段にすぎないという主張に対し, 近年では利用者の決定に先だって介助者の存在がこれに影響していることが指摘され, そうした存在として介助者を記述することが提案されている. こうして従来の研究は利用者に対する介助者の実践を考察してきたのだが, 利用者の自己決定が介助者のあり方を理由として控えられてしまう状況に介助者が気づくのは別の介助者を通してであることを踏まえると, 介助者間の実践も検討される必要がある.<br>そこで本稿では, 身体障害をもつALSの患者とその介助者を対象に, インタビュー調査を行った.<br>その結果, 他の介助者を通じてある介助者が利用者の自己決定に影響していることが可視的になった場合, 介助者間の相互作用によって状況が改善され, 利用者が要望を出しやすい状況が達成されることもある一方, 介助者間の相互作用が抑制される場合もあることが発見された. また, そこでは利用者の自己決定の尊重という障害者の自立生活において重要な理念が逆機能的であることも明らかにされた.<br>こうした介助者間の実践を描くことは, 従来の利用者に対する介助者の実践とは別の切り口から, 利用者の生が制限されないようにするための方法を考えるために参照されうる.</p>
著者
湯浅 陽一
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.242-259, 2015

<p>政策の形成によって解決されるべき課題として「負担の分配」を取り上げ, 社会学がいかなるかたちで貢献できるのかを論じる. 負担は, 利得の発生に不可避的に付随して生じるものであり, いずれかの主体が何らかのかたちで引き受ける (=分配される) ことによって処理されなければならない. 分配にあたっては, 公平さと, それを担保するためのルールが公正な手続きによって形成されることが重要となる. 公正なルール形成をめぐる討論は, 社会システムの影響を受ける. 本稿では, 受益圏・受苦圏, 経営システム・支配システム, 公共圏・アリーナ, 合理性・道理性の諸概念を用いながら, 整備新幹線建設, 旧国鉄債務処理, 高レベル放射性廃棄物処理問題の各事例でのルール形成を分析した. その結果, 経営システムと支配システムの逆連動による負担の転嫁について, 「溶かし込み」や「転換」といった型が見られること, 公共圏の設計図が明確でないこと, 地方財政制度が2つのシステムの逆連動に促進的に作用していることなどが明らかとなった. さらに現在では, われわれ自身が負担を先送りされた将来世代になりつつあり, 受益と受苦の関係から公平な負担分配を考えることが困難な「負の遺産」の処理に直面していることも指摘した. これらの課題は, 社会学的な知見に基づきながら, より強固な公共圏を構築することで対処されなければならない.</p>
著者
宮本 みち子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.204-223, 2015

<p>1990年代後半以後, それまで低迷していた若者研究が活発になり, その後2000年代の中盤あたりまで, 政府の若者政策の活発化を背景に, 学術研究とマスメディアのさまざまな言説のブームとなった. それらを区分してみると, ①フリーターなどの若者の実態把握を中心とする調査研究, ②国際比較の観点で, 先進工業国の若者の実態と施策を検討する研究, ③日本における労働を中心とする若者施策の検討, ④フリーターやニートやひきこもりなどから脱出するためのアドバイス本, ⑤フリーターやニートを巡る言説分析の5つに分かれる.<br>2000年代の取り組みは, 研究者, 行政, 民間団体の密接な共同関係を抜きには発展しなかった. そのなかで, 若者の実態を分析し, 社会政策の課題として提示したことが研究者の役割であった. 社会学は, 無業者問題を社会的包摂の課題として位置づけ, 社会政策を構想できる. また, 若者問題を包括的に理解するという視点や方法論は社会学が得意とするところである. 社会学者は社会政策の視点をもち, 長期的な視野に立って若者への社会投資が必要であることを主張する必要がある.</p>
著者
村瀬 洋一
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.21-40, 1999
被引用文献数
1

政治的影響力は直接測定するのが困難であり, 全国レベルでの政治的影響力の格差に関する実証的研究は乏しかった。本研究は, 政治的影響力の指標として, 「政治的有力者との人間関係 (関係的資源) の保有量」という変数を用いて分析を行った。1975, 1995年の社会階層と社会移動全国調査 (SSM 調査) 男性データを分析した結果, (1) 1975年時点では地域間格差が明確に存在し, 議員との関係的資源は, 大都市部住民の保有は少ないことが分かった。 (2) 1995年時点でも, 大都市部住民の保有は少ないが, 町村や大都市よりも, 人口10万人未満の小規模な市において, とくに議員との関係的資源保有が多く, 地域とつきあい保有は凸型の関連があった。 (3) 資源保有の規定因としては, 年齢, 世帯資産, 自営業であること, などの変数が大きな規定力を持つ。 (4) 1995年では, 学歴や役職などの業績主義的変数が規定力を持つ一方, 地域の効果は縮小している。最近では, 政治的影響力の地域間格差の構造に変化が起きている。