著者
野津 牧
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.65-76, 2003-11-30

不適切な養育環境は,子どもの発達に著しい影響を及ぼす.本事例は,不適切な養育環境で育った男児・Aが児童養護施設に保護されてからの2年間の実践記録である.彼の育った環境は,ネグレクトともいえる養育環境であった.彼の両親は,出生届けを出さなかった.そのため彼は戸籍もなかった.保護されるまでの養育環境は,アパートの一室からほとんど出されることもなかった.保護されたときはよちよち歩きでことばもほとんどなかった.保護時点での発達検査では,Aの発達指数は40であり,中度の「知的障害児」と診断された.集団生活に移ったAは,半年後の発達指数が65,2年後の発達指数は77と急速な伸びをみせ,「知的障害」と診断された原因が養育環境からくるものであることを示した.本小論は,Aの2年間の成長過程を発達検査の結果を中心に紹介するとともに,不適切な養育環境に育った子どもの援助として,発達段階を考慮した援助方針の策定と子ども集団のかかわりが重要であることを示した.
著者
中尾 友紀
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.32-45, 2008-05-31

本論文の目的は,1941(昭和16)年に公布された労働者年金保険法に結実した老齢・廃疾・死亡に対する保険,すなわち「長期保険」に関する議論を,それが開始された1880年代にさかのぼって把握し,同法をその歴史的系譜に位置づけて再評価することから,同法に意図された社会保険としての本来的な意味を検討することにある.本論文では,同法以外に政府管掌の「長期保険」として同法立法以前に逓信省で立法された任意保険である簡易生命保険法および郵便年金法を取り上げ,特に適用範囲の制限方法および国庫負担に関する官僚らの議論に着目した.それらを分析した結果,戦前期日本の「長期保険」構想は階層別にあったこと,官僚らは社会保険としての「長期保険」について,あくまで「少額所得者」のみを適用範囲に検討したこと,そのうえで,労働者年金保険法に「少額所得者」である工場労働者を保護するための防貧政策としての性格を強く内包したことが明らかとなった.
著者
田中 耕一郎
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.30-42, 2010-08-31

本研究では,<重度知的障害者>を包摂する連帯規範の内容と深く関わる承認をめぐる問題について考察する.<重度知的障害者>をいかに承認しうるかという問いは,連帯規範の人間概念に<重度知的障害者>をどのように包摂しうるのか,という問いと同義であるが,現代の福祉国家を哲学的次元において基礎づけてきたリベラリズムの正義では,人間概念の核に自律性をおくがゆえに,そもそも<自律性なき者>(と評価された者)の存在は,その理論的射程に含まれてこなかった.本研究では,まず,リベラリズムの人間概念に異議を唱えたいくつかの倫理的思考を検討しながら,<重度知的障害者>の承認問題におけるそれらの可能性を考察する.次に,<重度知的障害者>も含め,あらゆる人間存在を包摂し,かつ,万人が自明と認めうる普遍的な人間的属性としてvulnerabilityを提起しつつ,この人間的属性から連帯規範を立ち上げることの可能性について考えていきたい.
著者
空閑 浩人
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.44-54, 2001-08-31

今日,社会福祉施設における利用者への虐待の問題が表面化・深刻化している。本稿では,その要因の1つとして施設内における職員組織や集団のあり方に着目する。まず,施設における援助者は職員組織や集団の一員として働くことになるが,そのことにより周囲からのさまざまな影響(状況の圧力)が,結果的に援助者を専門職倫理に反する行為に至らしめるといった社会心理的な要因を「服従」「同調」「内面化」という現象を通じて明らかにする。次に,そのような状況の圧力に屈してしまう援助者の「弱さ」に着目して,その克服に向けての考察を行う。援助者には,いかなる状況であっても,専門職倫理や価値に基づき,利用者の人権と生活を護るという職業的責任を果たす「強さ」が求められる。そのような「強さ」は自らの「弱さ」を認め,それに向き合うことによってこそ得られると考える。
著者
妻鹿 ふみ子
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.3-15, 2010-02-28

本稿は,福祉国家が新たな危機に直面しているとの認識の下,その危機への対応には社会的連帯を再編することが欠かせないことを議論するものである.すなわち,社会的連帯を基盤とした社会保障制度を核として脱近代化=脱工業化がもたらした社会の問題に対応してきたのが20世紀型福祉国家であったが,社会的連帯が著しく後退した今日,福祉国家の基盤が揺らいでおり,福祉国家は家族,地域,企業という社会システムが変容するなかでもたらされた新しい社会的リスクに対応できないでいる.したがって福祉国家の再編にはその思想的基盤としての社会的連帯の再編が不可避である.その際,人称の連帯の再編のあり方を探ることが求められるが,一方で非人称の連帯としての社会保障制度の後退を見過ごさないことも重要である.人称の連帯の再編にあたっては,親密圏の再編の構想を枠組みとして用いながら,支え合いのシステムの可能性を探ることが実際的である.
著者
蜂谷 俊隆
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.42-54, 2010-02-28

糸賀一雄の思想については,1946年の近江学園設立以前にその準備期間があるとされ,先行研究では宗教哲学の専攻や,教員時代に私淑した哲学者の木村素衛の影響が言及されている.しかし,糸賀の思想には木村以外の人物からの影響も少なくなく,糸賀の思想の全体像はまだ解明されているとはいえない.本論文では,糸賀が1941年に滋賀県庁に赴任した直後から戦後にかけて下村湖人と親交があり,下村の展開していた「煙仲間」運動に関与していることに着目した.そして,戦前に糸賀と下村が出会って,1954年に下村が逝去するまでの両者の具体的な交わりを明らかにするとともに,糸賀の「一隅を照らす」姿勢や「同心円」概念には下村の思想や「煙仲間」運動の運動方針,さらにその前身である壮年団の運動方針との関連がみられるという結論に至った.これは,糸賀の思想をとらえ直す際に重要な視点になると考えられる.
著者
野村 恭代
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.70-81, 2012-11-30 (Released:2018-07-20)

現在,精神障害者の地域移行が進められつつあるが,その実現には多くの障壁が立ちはだかる.その代表的なもののひとつが,精神障害者施設への地域住民からの反対運動などの「施設コンフリクト」である.精神障害者の地域移行を実現するためには,これらの問題を解決しなければならないが,精神障害者施設と地域住民とのコンフリクトに関し,現在,どこの地域で問題が発生しているのか,発生数はどのくらいであるのかなど,その現状を知る術はない.そこで,本研究では,1980年代および1990年代に実施された全国調査を概観するとともに,2000年以降の実態に関し,全国調査を行うことにより明らかにする.さらに,施設コンフリクトが発生した施設はどのような対処をしたのか,また,対処の結果どのような反応がみられたのかを検証し,コンフリクト発生から合意形成に至るプロセス(手段方法,要因)と合意形成との関連性について分析を行う.
著者
岩田 千亜紀
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.44-57, 2015-11-30 (Released:2018-07-20)
被引用文献数
5

高機能自閉症スペクトラム障害(ASD)と診断されている母親およびASDが疑われる母親14名についてインタビューを行い,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)による質的研究を実施した.その結果,対象者は,子どもの頃から親からの身体的・心理的虐待や,学校でのいじめなど,さまざまな外傷体験を有しており,結婚前から精神疾患を発症していたことが明らかにされた.さらに,妊娠・出産後は,妊娠・出産の不安,自身の特性に起因する悩み,子どもや夫,周囲との関係についてなどさまざまな悩みを抱え,思うようにいかない子育てから,ひどい抑うつや育児ノイローゼなどに至ったことがわかった.そして,母親がストレスや不安の軽減につながるか否かは,自身や子どもへの支援,夫からの理解,自身の特性の理解によって規定された.分析結果から,グレーゾーンの母親も含めた包括的な早期支援および,「子育て世代包括支援センター」を活用した多職種間連携による支援の必要性が示唆された.
著者
三宅 雄大
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.17-30, 2022-02-28 (Released:2022-05-21)
参考文献数
12

本稿の目的は,生活保護制度における大学等への「世帯分離就学」がどのような論理によって正当化され,維持されているのかを明らかにすることである.以上の目的を明らかにするべく,分析資料としては,2017年に開催された厚生労働省・社会保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」の議事録を用いる.分析結果として,部会の議論では:①「大学等非就学者/高卒就職者/非利用世帯との均衡」を理由に,大学等就学の「最低生活保障への包摂不可能性」が指摘されていた.そして,②これにより「世帯内就学」の正当性が否定され,③結果として「世帯分離就学」が消極的に正当化されていた.しかし,以上の「世帯分離就学」を正当化する論理には,いくつかの問題が含まれており必ずしも頑健なものではなかった.そのため,今後,あらためて「世帯分離就学」を正当化する論理を精査し,大学等就学時の「世帯認定」の在り方を検討する必要がある.
著者
鵜沼 憲晴
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.13-24, 2001-03-25 (Released:2018-07-20)

昨年6月に改正された社会福祉法総則は,社会福祉事業法から大幅に改正されたにも関わらず充分検討されていない。本稿は,これを解釈・検討し,問題点の提起を目的とする。(1)対象では,「社会福祉を目的とする事業」の範囲を史的変遷を踏まえながら明らかにし,またそれに含まれる事業が改正法において明示されていないことを問題とした。(1)法目的達成手段では,新設された「福祉サービス利用者の利益の保護」について,契約制度に移行した社会福祉事業による福祉サービス利用者のみを対象とした利益保護では不充分であること,利用者の権利体系構築の必要性等について考察した。(2)理念では,「福祉サービスの基本的理念」を中心に考察し,「個の尊厳」とは「人間の尊厳」と「個の尊重」との融合概念であること,「その有する能力に応じ」た自立支援では「能力」によって自立の範囲及び支援内容が制限される危惧を示した。最後に,社会福祉法全体の評価を行うとともに,社会福祉法が「基本法」となるための法律学的検討課題として憲法13条・25条との関連の追求を提起した。
著者
鈴木 浩之
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.1-14, 2016

<p>本研究では,子ども虐待の危機介入において,不本意な一時保護をされた保護者と児童相談所の協働関係の構築についてのプロセスとその構造を検討することを目的とする.研究においては,不本意な一時保護を体験した家族10組20人の研究協力者にインタビューを実施し,グレイザー派グラウンデッド・セオリーによりデータを分析した.その結果,33のコンセプトと12のカテゴリーが創出された.中核的なコンセプトは「折り合い」である.さらに,これらのカテゴリーは三つのステージに分類された.すなわち,「失う」「折り合い」「引き取る」である.これらの分析によって,不本意な一時保護を体験した保護者との協働関係を構築していくためには,「折り合い」にある,六つのカテゴリー「見通し」「支えられる」「担当者との関係」「話し合いの場」「子どもへの思い」「期待」の要件を整えることがソーシャルワークの課題であることが示唆された.</p>
著者
山田 壮志郎
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.17-29, 2008

本稿の目的は,ホームレス自立支援センターにおける支援記録の分析を通じて,ホームレス対策の課題を考察することである.近年のホームレス対策は,自立支援センターにおいて就労支援を行い,ホームレスの就労による自立を実現することを主要な目標としている.しかし,自立支援センターには,就労可能性が高く就労支援を特段必要としていないようにみえる層から,自立支援センターへの入所が適切でないと思われる層まで,多様な人々が入所しており,結果として目的の実現可能性に差異を生じさせている.また,劣悪な雇用環境やセンターでの集団生活,利用期限の設定といった問題も,入所者の就労による自立を困難にさせている.今後のホームレス対策は,ハウジング・ファースト・アプローチも視野に入れた居住場所の確保を前提に,自立を阻害する環境的な要因を取り除き,就労に偏らない多様な自立を容認しうる複線的なアプローチから形成される必要がある.
著者
横山 登志子
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.57-70, 2021

<p>本論文の目的は,ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害を受けた女性・母子の緊急一時保護の実態調査と追跡調査から支援課題を検討することである.緊急一時保護の実態調査結果からは,①複合的困難ゆえの短期間調整の難しさ,②「生命の危惧あり」の多さ,③子どもの被害の見えにくさ,④被害女性の生活経験にみる生活困難,⑤自立的な生活再建層を中心に予想される不安定さ,⑥継続する生活困難であった.また追跡調査からは約7割のケースで連絡がとれず生活基盤の不安定性が継続している可能性が示唆されたほか,電話が通じたケースでもほとんどのケースでさらなる転居がみられた.以上のことから,支援課題を3点指摘した.①複合的困難と転居に対応する連携強化,②子どもの被害に焦点を当てた支援,③アフターケアの強化である.</p>
著者
天畠 大輔
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.27-41, 2021-02-28 (Released:2021-03-31)
参考文献数
26

身体とコミュニケーションの両方に障がいをもつ筆者にとって,文章作成は社会との繋がりをもつための重要な手段の一つである.本研究の目的は,その「発話困難な重度身体障がい者」である筆者の文章作成実態とはいかなるものかを明らかにすることである.そのため,メール作成調査を通じて筆者の文章作成過程における介助者との「あ,か,さ,た,な話法」を用いた相互行為を詳細に読み解く.分析の結果,筆者は介助者によって,メール文面を作成するプロセスを変えていることがわかった.つまり,介助者によって「何を書くか(What to do)」「どのように書くか(How to do)」が変容していることから,「誰とおこなうか(With who)」の重要性が示された.これは介助者による解釈や提案を引きだすための戦略であり,筆者の自己決定は従来の「強い主体」の障がい者像とは異なる「弱い主体」を選び取ることで成り立っていた.