- 著者
-
今井 一洋
- 出版者
- 公益社団法人日本薬学会
- 雑誌
- 藥學雜誌 (ISSN:00316903)
- 巻号頁・発行日
- vol.123, no.11, pp.901-917, 2003-11-01
- 参考文献数
- 173
- 被引用文献数
-
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分析化学の本質は物質の検出にある.分析化学が方法に関する学問であり,多くの自然科学に横断的な方法について考える学問であるとすれば,物質の検出法に関する問題は分析化学で最も真剣に取り上げなければならない.一方で,検出の確実性はその検出の量的再現性によって検証される.ある研究者が得た結果を,他者が追試して量的に同じ結果が得られれば,その検出の妥当性が保証されるのである.分析化学で取り扱う検出には,定量と言う概念が絶えず付随しているものである.ある物質が天然に純粋な形で存在することは極めて稀である.特に生命科学の分野では,多くは他の物質と共存して存在している.したがって,その物質の検出のためには他の類似物質との識別が必要となる.物質の検出にはその物質の出す信号を捉えることが多い.その物質の信号と共存物質の発する信号(雑音)とを識別する必要がある.信号には種々の種類があり,それを捉えるための方法も数多くある.例えば放射能を出す物質を検出するには,その放射能を捉えればよい.非放射性の他の共存物質と識別でき,雑音ゼロの状態で高感度(信号/雑音比が大きい)に検出できる.しかし,共存物質も放射性物質であれば,信号と雑音とを識別できず,目的物質を検出できない.そこでそれらを除くか,分離するか,あるいは目的物質を取り出す必要がある.すなわち,物質を分離する方法が必要である.分析化学の取り扱う検出では,分離を伴わない検出は稀である.以上を概念図として示.した.筆者は生命現象を分析化学的に捉えるにはどうしたらよいかを考えてきた.生命は生体が恒常性維持機能を働かせることにより維持されている.筆者はこの維持機能に関わる生体分子を検出し,その変動を量的に捉えることにより生命現象を理解しようと考えた.生体には無数の分子が存在している.しかも,平常状態の生体は維持機能を絶えず微妙に働かせて平衡状態を保っているため,関連生体分子の変動は微小であり,数多くの共存生体分子の中からその分子のみを捉えることは容易ではない.従来の物質の検出法・分離法を十分利用するにしても,これらのみに頼っていては研究が進まないことが分かった.そこで以下のような方策を考えた.それは,生体の恒常性維持機能の及ぶ範囲内で生体に連続的に負荷を懸けると,それに抵抗する生体の反応が連続的に起こり,その結果として関連生体分子が連続的に増量し,周囲から浮かび上がって見えるようになる.そのような状態になれば関連生体分子のみを捉えられるであろうというものである.すなわち,ここでは共存生体分子が雑音であり,関連生体分子を信号と見なすと分かり易い.言うまでもなく,この生体分子を他の共存分子と分離して検出・定量するのである.この手法を種々の恒常性維持機能,例えば,血圧維持機能や血糖値維持機能に適用すれば,生命現象の一端が理解できるであろう.さらには,生体恒常性維持機能の変質として理解される病態,例えば高血圧や糖尿病と生体分子の動態との関連把握,それらに基づく治療,ひいては予防もできるのではないかと思われた.本論文は,生体分子の検出・分離・定量のための方法の開発と生体試料への適用,及び前述した生体恒常性維持機能の新しい側面からの研究について述べたものである.検出法としては,信号に対し雑音の少ないとされる光分析法(蛍光検出法,化学発光検出法)を取り上げ,分離・定量法としては高性能分離が期待される高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を取り上げて検討した.