著者
藤原 怜子
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
vol.116, pp.171-188,

2009年のニューイヤー・コンサートで一石を投じたバレンボイムのウィーン伝統音楽の見直しについて、その歴史的意味を考察する。シュトラウスの時代にはなかったウィンナ・ワルツのリズム上の魅惑的な溜めはどのように醸成されたのか。ウィーンの舞踏文化とクラシック界の現状を探りながら、ウィーンの人々にとって、あるいは観光客にとって、そしてメディアの向こうにいる世界中のファンにとって、振り撒かれる魅力の根源に迫る。毎年選出される新たな世界的指揮者のなかで、古楽出身のアーノンクールが目指す真のウィーン伝統音楽の再生は、多くの人々に刺激を与え、その成果が期待されるところである。甘く美しくなりすぎたウィンナ・ワルツに新たな解釈が加わることによって、新生ウィーンの音楽が生れる日は近い。
著者
多ヶ谷 有子
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:21898987)
巻号頁・発行日
vol.133, pp.37-60, 2015-12

ドラゴンなり龍が現実世界に登場する伝承は、洋の東西にある。中世英国を語る『ブリタニア列王伝』では、生贄にされかかった少年の日の魔術師マーリンが地下に住む赤龍(ブリトン人側)と白龍(侵略するサクソン人側)とが戦う現場を王に見せる。『マビノギオン』では、毎年五月祭前夜に恐ろしい竜が咆哮し災いをもたらすが、王者兄弟が蜜酒で酔わせて封ずる。日本のスサノオによるヤマタノオロチ退治では、オロチの尾から剣を得る。この剣が、天皇の神器のひとつとなったと信じられていた。政権が貴族から武士に移るという大変革をもたらした源平の合戦で、この神剣は幼帝とともに壇ノ浦に沈んで失われた。この変革に対し、『剣巻』は、源氏の名剣が源氏の棟梁である頼朝のもとに再び集まってめでたいと肯定する。『平家物語』は、沈んだのが神剣そのものか模剣であるか、版によって異なり、諸本でやや語る立場に差はある。だが滅びの美学を語り、この世は無常、武家の世になってもそれは同じ、と仏教思想で一貫する。慈円『愚管抄』は、天皇を武家が守護するようになったので神剣は役割を終えて退場したと歴史を論理化した。これは牽強付会ではなく、史実の現実を、現代的と言える思考方法で叙述したものと評価できる。
著者
島村 宣男
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.112, pp.145-179, 2007

最新のハリウッド情報によれば、イギリス・ルネサンス期の詩人John Miltonの傑作叙事詩Paradise Lost(1674)の映画化の企画が進行中であるという。周知のように、聖書は創世記を下敷きにした「人間の最初の不服従」(man's first disobedience)と「あの禁断の木の実」(the fruit of that forbidden tree)の物話である。これは、ときに「アメリカ最初の詩人」という比喩をもって語られるMiltonの詩想の浸透ぶりが、いかに強く、そして深いかを物語っているだろう。本稿は、先に公表した「"It's Milton. Always there<--The Devil's Advocate (1997)」に続き、Miltonの詩想のアメリカ大衆文化への影響のほどを探る試みである。ここで対象となるのは、特異な映像感覚で知られるDavid Fincherの演出によるハリウッド映画Se7en(aka. Seven, 1995)である。ジャンルの上からは所謂「心理的ホラー映画」(psychological horror movies)に属して、複数の映画賞も受賞して世評も高く、知的なメッセージ性を込めた問題作となっている。中世カトリック神学における伝統的な観念の体系、「七つの大罪」(the Seven Deadly Sins)をプロットの下敷きに据え、Miltonをはじめ、Dante, Chaucer, Shakespeareといった中・近世の詩人たちばかりか、Maugham, Hemingway, Capoteといった20世紀作家たちへの引用や言及が目配りよくなされているのがその特徴である。映画の成否は脚本(script)次第とはしばしば言われるが、このユニークな作品の脚本を執筆したのはA . K. Walker、とりわけ興味深いのは、本稿のタイトルの一部にもなっているMiltonの詩句への徹底した拘りである。本稿は、その映画台本(screenplay)の有意味的な台詞を分析することによって、「なぜMiltonか?」("Why Milton?<)という文化論的な問いへの解答の一例を提供する。
著者
中村 克明
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.101, pp.1-22, 2004

2001(平成13)年11月,自衛隊法の一部が改正され,「防衛秘密」保護規定が新設された。同規定は,防衛庁長官の判断であらゆる防衛事項を「防衛秘密」として指定し,これを取り扱う者(民間業者も含まれる)が秘密を漏洩した場合,その者を重刑に処する点,防衛庁長官の秘密指定をチェックする仕組みが何ら存しない点,テロ対策のいわばどさくさ紛れに制定された点等,多くの問題点を有している。このような法令は政府,防衛当局が戦後長年にわたって求め続けてきたものであったが,戦後のわが国における国家(防衛)秘密法制は大きく5期に区分することができる。その歴史は,戦前の国家秘密法令の廃止から日米安保体制の下における新たな国家秘密法制の復活,展開,そして著しい強化へと突き進んできた。今や,防衛情報に関する国民の知る権利はほとんど無きに等しいものとなり,国民はその命運を政府,防衛庁の判断,決定に委ねざるを得ない事態を迎えるに立ち至ったのである。
著者
橋本 和孝
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.120, pp.223-232, 2010

「食はシンガポールにあり」といわれている。東南アジアの中継ぎ貿易基地として発展してきたシンガポールは、多くの民族が集結している文明の結節点である。したがって、さまざまな食文化が、ここには集約されており、そのことをもって先のように語られるのである。本論は、1999年2月25日から3月1日にかけて関東学院大学文学部が国際交流として実施したシンガポールツアーについて、食という視点を交えながら、筆者の独自の経験を踏まえて、再構成したものである。メンバーは、学生5人、大学院生1人、教員6人という、合計12人のメンバーであった。
著者
橋本 和孝 高橋 一得
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.129, pp.65-79, 2013

21世紀に入って、日本は"ベトナム・ブーム"ともいうべき現象を経験してきた。大量の日本人観光客がホーチミン市に群がる構図である。一方、日本企業はベトナムへの投資を増加させ、他方、ベトナム政府は、日本のODAや民間資金に期待している。ベトナムの大都市では、日本語学校や大学における日本語学科が増加し、日本人のためのビジネスが活発化してきた。ホーチミン市には、「リトル・ジャパン」と語るに相応しい界隈も登場した。今日では、2000年代前半にはなかった日本人会も存在し、ベトナムおよびホーチミンの日本商工会の会員数は激増を見せている。論文は、"ベトナムの中の日本"が、ベトナムの経済、社会、文化にいかなる影響を及ぼすかを探究しようとしたものであり、2005年発表した Japan in Vietnam: A Case Study of Japanese Globalization について再考したものである。
著者
島村 宣男
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.122, pp.47-65,

アメリカ映画 Gran Torino(邦題「グラン・トリノ」)は、ハリウッド屈指のフィルムメーカー Clint Eastwood の監督・主演にかかる2008年度作品、翌2009年初頭に全米公開されるや大きな話題を呼んで映画ファンの評価も上々、国内の興行成績でも予想外の高収益を挙げた。朝鮮戦争で勲功を立てた元英雄で、フォード社の熟練機械工として勤め上げ、現在は悠々自適の生活をおくる老人ウォルト・コワルスキとラオス系移民(モン族)の少年タオとのこころの交流を、人間の誇り、父性、老いと死、暴力と贖罪といったテーマを軸に、悠揚迫らぬリアリズムの手法で描いた作品である。本稿は言語文化論の立場から、脚本家 Nick Schenk によるスクリーンプレイを通して、Eastwood 独自の語りの世界を読み解く試論である。
著者
島村 宣男
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.119, pp.173-195,

アメリカ映画Gran Torino(邦題「グラン・トリノ」)は、ハリウッド屈指のフィルムメーカーClint Eastwoodの監督・主演にかかる2008年度作品、翌2009年初頭に全米公開されるや大きな話題を呼んで映画ファンの評価も上々、国内の興行成績でも予想外の高収益を挙げた。朝鮮戦争で勲功を立てた元英雄で、フォード社の熟練機械工として勤めあげ、現在は悠々自適の生活をおくる老人ウォルト・コワルスキとラオス系移民(モン族)の少年タオとのこころの交流を、人間の誇り、父性、老いと死、暴力と贖罪、自己犠牲といったテーマを軸に、悠揚迫らぬリアリズムの手法で描いた作品である。本稿は言語文化論の立場から、脚本家Nick Schenkによるスクリプトを通して、Eastwood独自の語りの世界を読み解く試論である。
著者
島村 宣男
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.45-72,

アメリカ映画 Gran Torino(邦題「グラン・トリノ」)は、ハリウッド屈指のフィルムメーカー Clint Eastwood の監督・主演にかかる2008年度作品、翌2009年初頭に全米公開されるや大きな話題を呼んで映画ファンの評価も上々、国内の興行成績でも予想外の高収益を挙げた。朝鮮戦争で勲功を立てた元英雄で、フォード社の熟練機械工として勤め上げ、現在は悠々自適の生活をおくる老人ウォルト・コワルスキとラオス系移民(モン族)の少年タオとのこころの交流を、人間の誇り、父性、老いと死、暴力と贖罪といったテーマを軸に、悠揚迫らぬリアリズムの手法で描いた作品である。本稿は言語文化論の立場から、脚本家 Nick Schenk によるスクリーンプレイを通して、Eastwood 独自の語りの世界を読み解く試論である。
著者
橋本 和孝
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.125, pp.139-157, 2012

これまでベトナムに関する社会学的研究は、わが国にはほとんど紹介されてこなかった。社会階層ついても紹介されていない。論文の課題は、次の二点である。まず第1に、ベトナムにおける社会階層研究の一端を概観することであり、第2は既存統計を用いていかに社会階層を再構成できるかという点にある。第1の課題では、ホアン・バ・ティン「社会構造」(ファム・タト・ゾン=レ・ゴク・フン編『社会学 新版』2008年)とチン・ズイ・ルオン=ブイ・テ・クオン「社会階層と社会正義」(『ベトナムにおける社会発展-2000年における社会学の概観-』)を取り上げ、社会階層研究の一端を紹介する。第2の課題では、2009年版「労働力調査」結果を用いて、わが国ではかなりの伝統がある階級構成表を作成し、分析を行うことである。その結果、概ねわが国の1950年段階に当てはまるものの、サラリーマン比率から見れば、1975-1985年段階に当てはまると言える。
著者
小林 照夫
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.111, pp.3-23, 2007

本稿の考察は、複数の港を組織して成立したフォース・ポーツ・オーソリティ(the Forth Ports Authority)の事例が、東京湾諸港の問題としてのポート・オーソリティ論だけではなく、日本の多くの港の経営を考えるうえでの参考事例になるのではないかと言うことで言及した。そのための考察の手順としては、スコットランド産業革命期までの交易の中心であったフォース湾沿岸域の産業社会を、社会経済史の手法で回顧・展望する中で、かつての重要港湾リース(Leith)やグランジマウス(Grangemouth)をはじめとした現在のフォース・ポート・オーソリティを構成する諸港、グラントン(Granton)、バァントアイランド(Burntisland)、カーコーディ(Kirkcaldy)、メスィル(Methil)の史的意義を論じることにした。そうした考察を通して、フォース湾に所在するそれぞれの港とフォース・ポーツ・オーソリティの機能と役割について位置づける。
著者
深沢 広助
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.107, pp.1-13, 2006

『南海物語』は8つの作品から成る短編集である。ハリケーンや鮫など南海特有の自然の猛威が、人間や建物に与える甚大な被害を活描している。また、白人の優越性、権力、大胆不敵さなどを強調している。しかし、この短編集に登場する白人は、自分の使命に忠実で真摯な宣教師もいるが、アル中のスコットランド人、相手構わず暴力を振うドイツ人、射撃以外は能なしのヤンキー、といった甚だ偏った人物である。一方、南海の島民の場合は、沈着冷静、素朴さ誠実さなどを備えた人物を登場させ、白人の危急を救ったり誠心誠意白人に尽くしたりしている。ロンドンは『南海物語』を通して、白人がその優越性や権力をやみくもに振り回すのはマイナスであり、愚かな行為である、南海の島民が持つ沈着冷静、素朴さといった人間的徳性を兼ね備えるべきだと示唆している。
著者
岩佐 壮四郎
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.114, pp.151-196,

島村抱月の「審美的意識の性質を論ず」(一八九四・九-一二)は、のちに日本自然主義文学運動を理論的に支え、近代劇運動にも関与していくことになる彼の活動の「理論」の基本的立脚地を示す論考である。本論では、これまで、ショーペンハウァーの「同情」理論に依拠、カント、ヒューム、シラー、ハルトマンらを引用しながら展開されるその論理が、いわゆる「現象即実在論」の枠組みに制約されながらも、当時のドイツ観念論受容の水準を大きく抜く精密さを備えていたことを指摘した。また、カント、ショーペンハウァーのみならず、バーク、ラスキン等の芸術理論を批判的に摂取して展開されるその理論に、自然主義文学運動における「観照」理論がすでに胚胎していることをT・H・グリーンの自我実現説との関係に言及しながら論述、この論自体がいわゆる没理想論争の総括の意図をもって立論されたものであることについても論及を試みた。本稿ではこれらを受け、「現象と実在」「形と想」「自然美と芸術美」等の二項対立を設定しながら展開されるその考察が、一八九〇年代から世紀転換期にかけての日本の近代文学のみならず近代芸術の「認識」の枠組みを基本において支える内実を備えていたこと、その結論が「観察」と「写生」の季節の到来をすでに示していたこと、等を論じた。
著者
中村 克明
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.109, pp.177-232, 2006

本研究文献目録は,大正デモクラシー期を中心に活躍した軍事評論家・水野広徳に関する諸資料を収録したものである.作成の目的は,近代日本を代表する平和主義者でありながら,ほとんど忘れられた存在になっている水野とその思想の全貌を解明するための資料を書誌の形で研究者,市民に提供することである.ここでは,諸資料を「著作の復刻等」「研究書・伝記」「小説・エッセイ」「書誌」「辞典・事典」「年表」「論文の復刻」「雑誌論文・記事」「雑誌小説」「新聞記事」「ホームページ」の11項目に分類し,各項目中は--「雑誌小説」=著者(名)別・年月日順,「新聞記事」=新聞別・年月日順,「ホームページ」=URLのアルファベット順である以外は--それぞれ(原則として)出版年順に排列した.収録した資料は,1945(昭和20)年11月から2006(平成18)年10月まで(ただし,「新聞記事」に関しては1984[昭和59]年8月から2006[平成18]年11月中旬まで)に出版(発行)されたものとした.なお,「ホームページ」については2006(平成18)年11月2日時点でのURLを記した.本研究資料目録が,水野研究の進展に些かなりとも寄与できるものとなるならば幸いである.
著者
島村 宣男
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.116, pp.95-106, 2009

アメリカン・コミック界を代表して、いまや「アメリカのイコン」(the American icon)と化した《バットマン》、1989年から本格的なシリーズ化が始まったハリウッド映画界では、2005年からはよりリアルなヒーロー像をという期待に応える新シリーズがコア・ファンの熱烈な支持を獲得、第一作 Batman Begins(2005)に続く続編 The Dark Knight(2008)が記録的な興行収益を挙げたことはまだ記憶に新しい。アメリカ国内ではシリーズ三作目の期待がいよいよ高まるばかりだ。《バットマン》がなぜアメリカ人をかくも熱狂させるのかについては、筆者はここ20年にわたって計5篇の論文を公表し、「言語文化論」を意識した近著『新しい英語史』(2006)をはじめ、他の場所でも多少とも言及する機会があった。本稿は、先稿「"Why so serious?"--映画 The Dark Knight の倫理学」(2008)において、紙数の関係から論及を割愛した部分の考察にかかる。
著者
David J. Minton
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
vol.105, pp.49-93,

The first of these three articles was concerned with the context of Shakespeare's songs, in the plays and the mythological framework within which he was writing. The second is concerned with performance, and how the songs compare with those written for the court and aristocratic patrons by his contemporary, John Dowland, considered to be among the finest English song-writers, alongside Henry Purcell.The article presents an analysis of seven of Dowland's lute songs, the poetic structure but also their musical brilliance and techniques; how an understanding of these is vital to their performance, along with the context in which they were to be sung. Shakespeare became rich by knowing exactly what would sell, and changed according to the climate change after 1601. We have to see all art as conditioned by the climate and context for which it was produced. It is one of the greatest absurdities that all art is treated as serious, even lugubrious, when much of it was produced to lighten the soul in a spirit of fun and frequently sexual delight.Dowland was among the first composers in England to write music which exploited the system of harmonic progressions within major and minor diatonic scales recently devised in Italy, where he spent several years in the early 1590s. His First Book of Ayres composed in this new idiom was published in 1596, the date Romeo and Juliet was staged in London. The sexual freedom of the play is clearly one with the atmosphere relating to sexual dalliance and behaviour among the aristocracy of the 1590s, within which John Donne wrote his Songs and Sonnets and Elegies and Dowland his lute songs.The article describes the nature of the change from modal polyphonic writing, mainly for religious use, and the new harmonic and melodic forms called diatonic music that released the enormously inventive compositions of the next three centuries in Western Europe. Which was for use in secular contexts, principally in the theatre and courtly entertainments. Dowland was early in writing music for the last. In 1598 he became lutenist in the court of Christian IV of Denmark, a possible link to the setting for Hamlet. He returned to London and published in 1605 his Lachrimae, Greek for Tears, which contains the most moving instrumental music for a consort of viols, the string quartet of the time. This music exploited the sorrowful quality of the minor scales for the first time so that it earned the epithet Doleful Dowland. Performance of all his music has tended to relate to this epithet.The change in tastes on the accession of James I, a dour Scot from Calvinist Scotland with an obsession for the evils of witchcraft, had a very obvious effect on plays Shakespeare wrote, the poetry of such as John Donne and music such as that of Dowland. Donne wrote his hatred of Calvin and Luther. The 17th century saw the triumph, then humiliation of Puritans.Performance of Elizabethan music is typically sombre and serious; the escapism and great jollity which it provided for the circles in which it was played is lost. While the article demonstrates the poetical and musical jokes written into Dowland's songs. Shakespeare plays are attended by those who go expecting high language and literature, when plays of the 1590s to the death of Elizabeth I in 1601 were written to entertain an illiterate London populace and a decadent court, who wanted to laugh or be startled by excitements and horror like audiences everywhere. The last Twelfth Night written to lighten the atmosphere of religious conflict and doom as the old queen was dying, mocks posturings of love and is a heavy jibe at the Puritans in the gulling of Malvolio; which reflects the conflict between the Puritan City of London and the aristocratic court of Elizabeth. Romeo and Juliet of the mid-1590s is full of sexual jokes.Dowland's songs cover a very wide emotional range, many of them are courtly dances and others are just plain fun. There are, of course, those which express sorrow and the pain of love in various stages of the lover's progress. The article provides a brief look at this range.
著者
多ケ谷 有子
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.125, pp.75-101, 2012

9世紀から12世紀にかけての約350年間、日本においては国家による公的な死刑は行われなかった。江戸時代の水戸藩の『大日本史』のようにこの死刑停止の事実を疑う立場もあるが、「官符」などの公文書による規定があること、『西宮記』に記録されるような「口傳」があること、具体的に階級にかかわらず「詔」して「死一等を減じ、之を遠流に処す」旨の史的記録が多くあること、国家による死刑が行われた記録がないことから、実際に死刑は回避されて軽減され、事実上停止されていたことは、史実と結論できる。この死刑停止から死刑が復活したのは保元の乱以降、後白河天皇の側近の信西の建議による(『保元物語』等)。『古事談』には、国法に反して殺生(鷹狩)を行った武士が、白河法皇に追放の刑を受ける説話がある。これは上記死刑停止の最中であり、原則として死罪に問われることがない状況であったことを踏まえて理解すべきである。例外はあり、背景や理由が理想主義的とは言えないにしても、稀有にして有りえないような死刑停止が、平安期の日本に史実としてあったという事実は注目すべきである。