18 0 0 0 OA 皮膚感覚と脳

著者
山口 創
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.9-16, 2017 (Released:2020-07-07)
参考文献数
6

本稿では皮膚と心の関係について紹介し、触れることが及ぼす生体への作用や心理的な意味に ついて考察した。まず皮膚が「露出した脳」といわれる理由について、生理学的な知見を紹介し、 境界としての皮膚について心理学的に論考した。次に触れることの作用について、皮膚上の神経 線維の点と、脳内ホルモンのオキシトシンの点から紹介し、それが相手との親密な人間関係の構 築や、癒しをもたらす作用機序について紹介した。さらに触れる際に重要な点として、触れる速 度や圧の重要性について指摘した。最後に、皮膚を入力と出力の両面から捉える必要性について 述べた。皮膚に触れることは通常は刺激の入力としての視点である。しかし一方で、皮膚は内臓 など身体内部や心の働きが表出される部位でもあるため、出力としての視点もまた重要である。 従って入力として皮膚に触れることを通じて、相手の内部状態を同時に把握し、触れて癒すといっ た多面的に皮膚を捉える態度が大切である点について述べた。
著者
和田 恒彦 全 英美 宮本 俊和
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.51-56, 2016 (Released:2020-05-20)
参考文献数
7
被引用文献数
1

【目的】棒灸は治療家のみならず、セルフケアとしても用いられているが、火傷の過誤が報告されるなど、温度特性について把握しておく必要がある。棒灸の燃焼部からの高さ、経時的な温度変化、影響範囲について検討した。 【方法】4mm厚のシナベニア板上に置いた1mm厚のアメゴムシート上に熱電対(ST-50 理科工業)を燃焼部直下(0mm)、直下から外方3.75mm、7.5mm、15mm、30mm、45mmの6点に設置し、温度インターフェイス(E830 テクノセブン)を介してパソコンに温度データを取り込んだ。棒灸(温灸純艾條 カナケン)は、先端から熱電対までの高さを20、30、40、60、80、100mmと変えて10分間経時的に6回測定した。 【結果および考察】測定時の室温は24.5±2.5℃だった。測定点の平均最高温度は、高さ20mmでは44.1±4.7℃、30mmは38.5±2.6℃、40mmは36.2±4.5℃、60mmは29.4±2.9℃、80mmは26.8±2.3℃、100mmは25.6℃±3.1℃だった。高さの100mmの燃焼部からの水平距離では直下から3.75mmでは25.9±3.3℃、7.5mmは25.9±3.2℃、15mmは25.9±3.1、30mmは26.1±3.0℃、45mmは26.3±3.1℃だった。また、高さ20mmで直下と外方部の温度逆転が、260秒後に外方15mm、290秒後に7.5mm、310秒後に3.75mm、430秒後に30mm、600秒後に45mmとの間に見られた。灰による影響と思われる。 【結語】直下では燃焼部に近いほど最高温は高かったが、高さ100mmでは遠いほど温度が高く、経時的には水平距離と温度の関係の逆転もみられた。棒灸は燃焼部からの高さにより、上昇温度、刺激範囲を可変でき、術者が刺激を調節することができることが確認された。
著者
ノライニ アズリン 成島 朋美 野口 栄太郎
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.63-71, 2019 (Released:2020-05-20)
参考文献数
30

【緒言】足底を対象とするマッサージは、「足裏マッサージ」「リフレクソロジー」や「足ゾーンセ ラピー」等様々な名称で呼ばれ世界各国で行われている。研究領域では、E.Ernst による臨床研究 を対象としたSystematic review(以下SR)が報告されており、我が国では看護領域での研究が数 多くある。しかし、これらの報告から足裏マッサージの特徴である、ゾーンの存在を客観的に確 認することが出来なかった。そこで今回は、ゾーンの実在を確認することを目的に検討を行った。 【対象と方法】対象は同意を得た健常成人6 名(27 ~ 63 歳)に対し、平成30 年9 ~ 12 月に室温 25.0 ~ 26.5 度、湿度50 ~ 60%の室内で、生理機能測定として左第5 足趾皮膚血流、左下腹部腸音、 胸部で心電図を測定した。足裏マッサージ(以下FM)は、1 回目左FM、2 回目右FM とし各人2 回行った。生理機能測定は、安静15 分間・FM15 分間・FM 後30 分間の連続測定を行った。また 1 週間後の同時間帯に1 回目と同部位で生理機能測定を行いながら、右FM を左FM と同様の術式 で施術を行った。 【結果と考察】左第5 足趾皮膚血流の反応は、左右FM 中には減弱し、その後、左FM 側は増加、 右FM 側は減少と左右で異なる反応を示した。このことから、FM 側では交感神経緊張による末 梢血流の一時的な減少に続き増加を示し、FM 刺激反対側では全身反応としての血流増加反応が 起こった可能性があると考えられた。腸音は左FM により増加し右FM で減少する傾向を示した、 腸音は一律に増加・減少するのではなく個体差や体調の相違で反応が異なる事が推察された。心 臓のゾーンのある左足底のFM でHigh Frequency/Low Frequency(以下HF/LF)の有意な増加を 認めた。その結果から心臓に対応するゾーンの実在が示唆された。
著者
藤井 亮輔 矢野 忠 近藤 宏 福島 正也
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.87-95, 2017 (Released:2020-07-07)
参考文献数
8

【目的】あん摩マッサ-ジ指圧業の実態を需給の現状と業者の年収を中心に考察し当該行政の政策 検討の基礎資料に資する。 【対象】全国から収集した鍼灸マッサージ業者102,831件から抽出した20,000件を調査の客体とし た。 【方法】収集した業者名簿102,831件(施術所76,505件、出張専門業者26,326件)から層化二段 無作為法で抽出した施術所17,000件、出張専門業者3,000件に無記名式質問紙調査票を2016年10 月末に送付し同年11月18日までの回答を依頼した。 【結果】未着票(21.0%)を除く 15,793 通が有効に着信し 4,605 人(29.2%)から回答を得たが、 うち769人(16.7%)は休業中か廃業していた。この未着率、 休業廃業率や取扱患者数等の結果から、 営業中のあん摩マッサージ指圧(以下、あマ指という)業者は44,040件、同業者が2016年10月 に扱った延べ患者総数は3,822,000人(雇用者を含む)、実働あマ指師総数は88,900人が算出され、 同月にあマ指師1人が扱った延べ患者数は43人(営業24日/月換算で1日1.8人)と推計された。 また、前年分年収(中央値)は視覚障害者の128万円に対し晴眼者は400万円で、前者の42%が 100万円以下の階層に集中していた。 【考察】国民一世帯当たりの所得額の中央値を標準とすると2015年の同所得額(4,270,000円)は 月間90~120人分の施術料収入に相当する。この人数を充たすには概算で1日4~5人分の売り 上げが必要となるが、この格差(1.8人との差)は実働あマ指師の供給力余力の大きさを示す目安 と考えられる。一方、接骨院等の急増であマ指市場は供給超過にあり生活難に陥る視覚障害者が 急増している。よって、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(以下、あ はき師法という)の第19条1項による職業選択の自由の制限は必要かつ合理的範囲内であり需給 の現状からも許容されると考える。 【結論】本研究により、あマ指師の供給力の余力幅が十分な規模にある実態と、晴眼者と比べて生 活難に陥る視覚障害業者が急速に増えつつある現状が明らかとなった。
著者
藤沼 康樹 長谷川 尚哉
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.1-12, 2020 (Released:2021-06-28)
参考文献数
15

COVID-19 パンデミックにより非常事態宣言が発表され、地域の医療需給体制は変化をきたした と考えられるが、診療所の領域においても受療行動の変化を体験することとなった。Face to Face で受診するという役割から、感染症への対応にシフトし、その結果、軽症救急、健康問題に関連 したよろず相談のアクセシビリティも低下することとなった。鍼灸院においても同じような傾向 をとったと聞き及ぶが、この度は日本人の受療行動とケアのエコロジーから考えてみることにす る。病の意味へのアプローチとして FIFE、ライフ・ヒストリー、サルトジェネシスについての解 説を行い、家庭医の診察室に陪席する体験をしていただければと思う。その上で、これからの鍼 灸院を鍼灸学における診断治療技術以外に必要な事を想像する作業をディスカッションしてみた。
著者
望月 幸治 柿谷 愛子 河野 雄一 丸山 功揚 南 裕香理 和田 恒彦 徳竹 忠司 濱田 淳 宮本 俊和
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.85-88, 2016 (Released:2020-05-20)
参考文献数
14

【目的】鍼施術での臓器損傷リスクを回避するためには人体の層構造の解剖学的な理解が必要である。体幹部における鍼施術の危険深度に対する検討はこれまで解剖遺体や生体に対しMRI、CTでの研究がなされてきた。しかし仰臥位が主であり臨床上行う腹臥位での検討は少なく、側臥位で検証している研究は見当たらない。 そこで、腰背部を仰臥位、腹臥位、側臥位でMRI横断面にて撮像し、腎兪、志室の経穴部の体表-腎臓間の距離および腹部内臓の位置や形態の変化を観察した。 【方法】被験者1名(男性:身長159cm、体重50kg、BMI19.8)に対しMRIにて腹部領域を仰臥位、腹臥位、左側臥位の3方向にて撮像し、腎兪、志室穴相当部位の体表から腎臓までの矢状面に平行な直線の距離を計測した。腎兪の位置を第2腰椎棘突起下方の陥凹部より外方3cmに、志室の位置を外方6cmとして計測した。また体位の違いによる体表面の輪郭、腹部内臓の位置の変化を観察した。 【結果】今回の被験者では腎兪の直下には腎臓がなかった。志室から腎臓までの距離は仰臥位では右 (37.0mm)、左 (39.1mm)、腹臥位では右 (35.0mm)、左(39.1mm)、側臥位では右 (39.7mm)、左 (43.2mm)であった。 また腎臓は移動し、形態も変化した。体表面の輪郭は腹臥位では前側がつぶれたまんじゅう型、側臥位ではお腹が垂れた三角おにぎり型に近づくなど形態の変化が認められた。 【結語】仰臥位、腹臥位、左側臥位の体位の違いにより体表-腎臓間距離、体表面の輪郭、腎臓の位置が変化をすることが分かった。
著者
徳竹 忠司
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.27-34, 2016 (Released:2020-05-20)
参考文献数
13

身体に刺入した鍼を電極として低周波通電を行い、痛覚閾値の上昇が起こったという新聞報道により、鍼鎮痛は世界的に知られるところとなった。 鍼通電(EA: Electro-acupuncture)による痛覚閾値の上昇は、生体が有している鎮痛機構の賦活によるものであることが解明され、一応の決着が付けられた。以降、EAは鎮痛効果以外に末梢循環促進・神経機能の調節・筋伸展性向上・自律神経反応など現代医学的観点から多方面での応用がなされるようになった。現時点で共通理解がされている分類は以下の通りである。 【①筋肉パルス】対象組織:骨格筋。目的:筋内循環促進。通電周波数:1 Hz~10 Hz。通電時間:15分程度。 【②神経パルス】対象組織:体性末梢神経。目的:神経機能の調節。通電周波数:通常1 Hz。通電時間:15分程度。 【③椎間関節部パルス】対象組織:脊柱の椎間関節部周囲。目的:循環改善・支配神経の閾値の上昇。通電周波数:通常1 Hz。通電時間:15分程度。 【④皮下パルス】:対象組織:皮下組織。現在のところ臨床的な効果のみの観察にとどまっている。通電周波数:通常30 Hz~50 Hz。通電時間:20分程度。 【⑤反応点パルス】目的:自律神経反応。現段階では解剖学的な組織分類に従うものではなく、経験的に施術効果が得られる通電方法を総称している。 EAの施術による効果を引き出すためには対象とする患者が訴える症状の病態把握が重要であるため、面接・身体診察による情報収集の能力が必要となる。本稿ではEAの総論について概説を試みる。
著者
松平 浩 吉本 隆彦
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.1-9, 2018-11-30 (Released:2020-05-20)
参考文献数
42

腰痛は、再発・慢性化する者が一定数存在するため、慢性化の要因を理解し、早期にスクリーニングして適切に対応することが望まれる。人間工学的要因に加えて、心理社会的要因の重要性が明らかになってきたこともあり、慢性腰痛の診療において適切な介入手段を提供するためにkey となる概念が“層化アプローチ”である。治療では、エクササイズと心理社会面へのアプローチが主軸であり、セルフマネジメントの強化が重要である。本稿では、上記を中心に診療ガイドラインおよびエビデンスを踏まえて整理したい。
著者
近藤 宏 藤井 亮輔 矢野 忠 福島 正也
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.49-55, 2019 (Released:2020-05-20)
参考文献数
26

【緒言】視覚障害のあるあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師がその技術を活かし、ヘルス キーパーとして企業に雇用されている。しかし、企業内に開設された施術所の状況、ヘルスキー パーの正確な人数や業務の詳細について全体を網羅した基礎的資料はみられない。本研究の目的 は、全国の保健所に登録された施術所情報から企業内に開設された施術所の所在地等を明らかす ることである。 【方法】全国の保健所から収集されたあはき業に係る都道府県ごとの施術所名簿データ(76,505 件) から名称、所在地、業務の種類を抽出し、データベースを作成した。データベースから法人企業 のみをスクリーニングした。さらにWeb 検索エンジンを用いて当該企業を照合し、企業内に開設 された施術所を有する企業名と産業分類を特定した。集計は、届出施術所数、企業数、都道府県 別数、企業の産業分類、業務の種類について行った。 【結果】届出された施術所数は、282 件であった。その内、53 件が異なる所在地で複数の届出をし ていた。そのため企業数は200 件であった。届出をした業務の種類は、あん摩マッサージ指圧の み135 件(47.9%)が最も多かった。都道府県別での所在地では、東京都147 件(52.1%)が最も 多く、次いで、大阪府48 件(17.0%)であった。産業分類別では、情報通信業92 件(32.6%)が 最も多く、次いで製造業19.1%であった。 【考察】大企業の本社が多い都道府県は東京都と大阪府である。大企業の本社数が多いために、企 業内に開設された施術所が大都市に集中しているのではないかと考える。 【結語】全国の保健所に登録されている施術所情報から、企業内に開設されたあん摩マッサージ指 圧・はり・きゅう施術所の開設数、所在地、企業の産業分類、業務の種類を明らかにし、基礎的 資料を資することができた。
著者
藤井 亮輔
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.17-25, 2016 (Released:2020-05-20)
参考文献数
7

明治期の富岡兵吉に始まるわが国の病院マッサージ師は一貫して数を増やしたが、マッサージ診療報酬の引き下げ(1981年)で潮目が変わり、直近の統計でピーク期(1990年、7,040人)の4分の1を割り込んだ。EBM隆盛の医療界で医療マッサージの消滅を免れるには関連のエビデンスの構築が欠かせない。本稿は、その研究推進策の基調として昨年度の学術大会で企画された表題の講演に筆を加えたものである。 エビデンスは治療法等の有効性・安全性を示す客観的証拠とされ、その質は臨床研究のデザイン、すなわち、症例報告、ケースシリーズ、症例対照研究、コホート研究、ランダム化比較試験(RCT)、メタアナリシスの順で高くなるとされる。中でも、ランダム化された2群間の効果の有無を統計学的に比較するRCTは有効性の証明に威力を発揮する。 1980年代、優れた研究デザインの開発や医学情報の電子データベース化が進む中、「治療法を選ぶ際の根拠は正しい方法論に基づいた観察や実験に求めるべき」とのSackettらの主張を端緒にEBM(Evidence-based Medicine)の流れが形成され90年代後半以降の潮流となった。その理念は、①患者の問題を見極め、②その解決に必要な情報を探し、③得られた情報を吟味し、④どの情報を選ぶかを患者と共に考え、⑤その結果を評価するという行動指針である。EBMを実践する過程で患者に提供する医学情報は一般にRCTによる論文が推奨される。 この観点から筆者らは、1983年〜2015年までの医中誌Webに掲載されたマッサージ関連論文のレビューを行った結果をWebに公開し、良質の論文をA4紙1枚の構造化抄録(SA)にまとめて提供してきた。しかし、1万件を超える候補書誌のうちSAに採用された論文は30件、そのうち適切にランダム化されていたRCTは12件にとどまった。さらに、これらの論文の掲載誌情報から、当該研究の担い手の過半数が看護の領域に関わる人たちである可能性が高い。 このように、わが国ではマッサージ関連の質の高いエビデンスと研究の担い手が著しく不足している。その裾野を広げるため、斯界には日常臨床における症例観察の構築と臨床研究教育の普及を図るための戦略的な取り組みが求められる。
著者
井畑 真太朗 村橋 昌樹 山口 智
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.43-46, 2022 (Released:2023-06-28)
参考文献数
9

突発性難聴は原因不明の急性感音性難聴である。2015 年に厚生労働省「難治性聴覚障害に関する調査研究班」によって改訂された診断基準によると、「純音聴力検査での隣り合う3 周波数で各30dB 以上の難聴が 72 時間以内に生じた」と定義されている。2012 年度の疫学調査の結果、人口10 万人あたり年間 60.9 人発症すると推定され、年代別発症率は、50 歳から 70 歳に多い。治療法ではステロイド剤、代謝・循環改善薬、高圧酸素療法が実施されているが、全ての治療法の効果 の立証が不十分である。 突発性難聴の鍼治療については、2015 年突発性難聴に対する鍼治療の有効性に関するメタ解析が報告されており、標準治療 VS 標準治療+鍼治療の比較では併用群の方が予後良好であったとの報告があるが、抽出された研究の多くは症例数が少なくバイアスリスクが高いため、大規模なラ ンダム化比較試験が必要であるとされている。 当科では医療連携を推進しており、診療各科より鍼治療の依頼がある。近年耳鼻咽喉科より診療依頼があった突発性難聴患者の実態の特徴は、重度の突発性難聴患者が多く、発症から約 1 ヶ 月と通常聴力が固定された後、鍼治療を開始する患者が多かった。この患者群に対し頸肩部等に鍼治療を継続した結果、概ね良好な結果が認められた。以上より、突発性難聴に対する鍼治療は現代医療において有用性の高い治療法である可能性が示唆された。今後はさらに症例を増やし、質の高い臨床研究を推進し、鍼治療の有効性や有用性を明らかにしたい。
著者
山口 智
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.45-53, 2017 (Released:2020-07-07)
参考文献数
17
被引用文献数
2

脳血管障害はわが国の死因第4位であり、有病者数も110万人を超え、地域医療、特に在宅医 療において最も重要な疾患といっても過言ではない。近年、 その原因としては脳梗塞が年々増加し、 患者全体の約4分の3を占める程になってきている。 当科においては後遺症である中枢性疼痛、痙性(痙縮)、肩手症候群等の西洋医学的に積極的な 治療法が少なく、リハビリテーションの阻害因子になりやすい患者が神経内科やリハビリテーショ ン科、脳神経外科等から診療依頼がある。鍼灸治療は個々の症状に対する治療とQOLの向上を目 的とした共通治療に大別し、特に鍼通電療法を基本に実施している。海外の報告や当科の臨床研 究の成果より、後遺症や合併症に対し、概ね期待すべき効果が得られている。また、鍼治療を早 期から開始することで、より有効性が高いことも示されており、急性期における鍼治療の有用性 についても、今後検討する必要がある。 脳血管の神経支配は上頸神経節由来の交感神経や、翼口蓋神経節や内頸神経節、耳神経節由来 の副交感神経に加え、感覚神経である三叉神経の関与が明らかとなり、脳血管障害や片頭痛の臨 床に重要な役割を果たしている。鍼灸治療においても、顔面部からの刺激が極めて有効性の高い ことを痛感している。 鍼刺激による脳血流の増加反応は、患者と健常者、さらに患者でもその程度により反応に差異 のある事が明らかとなり、こうした鍼治療による生体の正常化作用が伝統医療の特質と考えてい る。
著者
砂川 正隆 池本 英志 福島 正也
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.1-7, 2017 (Released:2020-07-07)
参考文献数
33

鍼通電療法は、様々な症状に対して生体の調節機構を介して効果を発揮する。ここでは、鍼 通電療法の生理学的作用を、同じ電気刺激療法であるが鍼を使用しない経皮的電気刺激療法 (transcutaneous electrical nerve stimulation; TENS)ならび通電を行わない置鍼(円皮鍼)と比較した。 TENSとの違いとして、鎮痛作用に関しては、鍼を刺入した局所における変化が起こりうること、 分泌される内因性オピオイドの種類が異なることが報告されている。 置鍼との違いとして、オレキシン分泌に与える影響を検討した。オレキシン神経は、大脳辺縁 系、視床下部、脳幹などからの入力情報を統合し、摂食行動や情動行動、覚醒や睡眠、循環や呼吸、 緊急反応、内分泌系、鎮痛といった種々の行動や自律機能の調節を行っている。術後痛モデルと 脳挫傷モデルにおいては、鍼通電療法はオレキシンAの分泌を促進するが、慢性閉塞性肺疾患モ デルにおいてはオレキシンAの分泌亢進を抑制した。社会的孤立ストレスモデルにおいては、上 昇したオレキシンAの分泌が円皮鍼によって抑制された。無処置の動物に対しては置鍼群と電気 鍼群とで比較した場合、置鍼群でオレキシンAの分泌が有意に増加したことから、通電の有無が オレキシンの分泌に関して異なった反応をもたらす可能性はある。しかし病態モデルでは、必要 な場合には分泌を促し、分泌が過剰な場合には抑制的に作用しており、通電の有無に関係なく中 庸化作用が認められた。 鍼通電療法でも刺入の深さや刺激強度、使用する経穴などを変えることによって得られる効果 はさまざまである。鍼通電療法の作用機序を明らかにするには、更なる研究が必要である。
著者
佐藤 美和 福島 正也
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.91-96, 2019 (Released:2020-05-20)
参考文献数
6

【目的】起立性調節障害(OD)は、思春期に好発する循環系を中心とした自律神経機能不全とされ、 不登校等の原因になることも多い。本稿は、薬物療法の効果が十分に得られなかったOD 患児に 鍼灸治療を行い、改善がみられた症例を報告する。 【症例】14 歳、男性、中学生[主訴]起床困難、入眠困難[現病歴]X-1 年1 月頃から食欲不振、 入眠障害、起床困難を生じ、登校が困難になった。近医小児科でOD の診断を受け、薬物治療を 行うも改善しないため、X 年1 月に鍼灸治療を開始した。[現症]起床困難、午前中の体調不良が みられ、学校は遅刻・欠席が続いている。その他に、四肢の冷え、腹痛、食欲不振等がある。生 理機能検査では、OD テスト:陽性、体位変換負荷サーモグラム(立位、臥位):陽性、24 時間ホ ルター心電図パワースペクトル解析:LF<HF(副交感神経優位)で異常が認められた。[服用薬物] ミドドリン塩酸塩(2㎎ )・3 錠、スボレキサント(20㎎ )・1 錠等。[治療]自律神経機能の調整を目 的に、1 ~ 2 週間に1 回、計16 回の鍼灸治療を行った。1 ~ 5 診目は、頭頂部・四肢・腹部への 置鍼術(10 分、16 号40㎜、刺鍼深度5 ~ 15㎜)、手指・足趾爪甲角部への棒灸を行った。6 診目 以降は、頭頂部・背部への鍼通電療法(50Hz 間欠波、10 分、 20 号40㎜、刺鍼深度5 ~ 15㎜)を 追加した。効果判定のため、2 診目以降のOD 症状、登校状況、3 診目以降の起床時血圧の記録を 依頼した。 【結果】2 ~ 4 診目(21 日間)は、遅刻・欠席が93%、起床困難が67%、腹痛が67%、食欲不振 が24%の日に認められた。13 ~ 16 診目(30 日間)は、遅刻・欠席が0%、起床困難が0%、腹痛 が3%、食欲不振が0%の日に認められた。OD 症状および自律神経機能の改善が認められたため、 16 診で治療を終了した。 【考察】藤原ら(1997)の報告同様に、鍼灸治療は自律神経機能を調整し、OD を改善したと考える。
著者
山口 正貴
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.45-52, 2018 (Released:2020-05-20)
参考文献数
26

国民生活基礎調査によると、腰痛は有訴者率1 位という状況が10 年以上も続いており、腰痛保 有者は約2800 万人とも言われている。この原因の一つには、約85%は原因不明で特異的な身体所 見に乏しく、画像所見と必ずしも一致しない非特異的腰痛であることが考えられる。しかし、そ の疼痛源は、椎間板や椎体、椎間関節、靭帯、筋・筋膜など複数の脊椎構成要素に存在すると考 えられている。近年では心理社会的要因の関与も示唆されており、より複雑化している。このよ うに非特異的腰痛患者は要因が多様なため、有効な治療法の確立が難しく慢性化している患者が 少なくない。そこで、筆者らは理学療法士の視点から有効な治療法の確立を目指し研究を進めて いる。本稿では、筆者らが行っている研究の一部を紹介する。 6 か月以上持続している慢性の非特異的腰痛患者に対する4 種のストレッチングの介入効果を、 初回評価におけるdirectional preference(DP)の有無で比較した。 初回評価でDP を認めた症例41 名、DP を認めなかった症例32 名に分類し、週1 回の介入と4 週間のセルフエクササイズを指導した。介入前後でVAS、ROM、SF-36、JOABPEQ、ODI を評価した。 その結果、いずれの項目も群間には有意差を認めず、2 群とも介入前後で疼痛・身体機能・精神 機能すべての項目で有意な改善を認めた。 以上のことから、本ストレッチングはDP の有無に関わらず、慢性の非特異的腰痛患者全般に有 効である可能性が示唆された。
著者
福島 正也
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.73-77, 2019 (Released:2020-05-20)
参考文献数
9

【緒言】2017 年9 月10 日から11 日にかけて、プロ野球投手が鍼治療のミスにより長胸神経麻痺に なった可能性があり、球団側が投手に謝罪したとの報道があった。この報道は、鍼治療と長胸神 経麻痺の因果関係が明らかにされないままに行われており、鍼治療のイメージに対する悪影響が 懸念される。Twitter は代表的なソーシャル・ネットワーキング・サービスで、そのコンテンツで あるツイートの分析は、社会心理学における感情反応の調査等に応用されている。本研究は、ツイー トの分析により、報道内容が鍼治療のイメージに与えた影響を調査することを目的に実施した。 【方法】調査は2017 年12 月に実施した。調査対象は、報道日と、その前後1 週間時点および前後 1 ヶ月時点のツイートとした。検索方法は、“鍼”or“針治療”or“はり治療”or“はりきゅう”or “針灸”を検索語とする掛け合わせ検索とし、日本語でのツイートを抽出した。抽出されたツイー トは、ツイート数の比較、およびKH Coder(Ver. 2.00f)を用いたテキストマイニングによる、頻 出語、コロケーション統計(“鍼”のコンコーダンス検索)、報道日の共起ネットワークの分析を行っ た。 【主な結果】報道日のツイートは、ツイート数が約4.4 倍に増加し、報道内容と関連した語が多く 抽出され、“怖い”“ 酷い”という語が共起していた。 【考察】調査結果から、報道内容は、一定の注目を集め、相応の社会的インパクトをもつものだっ たと考える。また、報道内容にネガティブな感情を抱いた者が多かったことが示唆された。本調 査結果は、報道内容に対する短期的な感情が反映された可能性が高いと考える。今後、報道の長 期的な影響の調査や、高度情報社会に対応した鍼治療のイメージブランディングが求められる。
著者
翁 良徳 矢野 忠
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.57-64, 2016 (Released:2020-05-20)
参考文献数
22

【目的】肩こりに用いられる按摩手技の中から母指揉捏法と母指圧迫法の2種類を選択し、その効果について生体組織硬度と気分の両面から分析し、各手技の特徴を明らかにするとともに肩こりに対する効果的な手技について検討することとした。 【方法】①対象:肩こりを自覚している21人(男性10人、女性11人、年齢27~49歳)とした。これらの対象者を封筒法にて母指揉捏法を行う揉捏群、母指圧迫法を行う圧迫群、無刺激対照群の3群に分けた。②施術部位:母指揉捏法あるいは母指圧迫法を研究対象者の肩上部から肩甲間部にかけて左右5分ずつ合計10分間施術した。施術は側臥位にて行った。③評価指標:生体組織硬度測定、肩こりの評価(部位、性質、程度)、気分の評価とした。なお、生体組織硬度の測定部位は肩上部中央(肩井)とし、座位にて行った。④実験行程:介入群は介入前10分間、介入10分間、介入後10分間とし、5分間隔で肩上部の生体組織硬度を測定した。対照群も同様の行程とした。肩こりの評価は実験開始前に、気分の評価は実験終了後とした。 【結果】揉捏群と圧迫群で肩上部の生体組織硬度は低下したが、対照群では認められなかった。その効果は揉捏群でより大きかった。気分は揉捏群と圧迫群で施術後、陽性気分へ変化した。 【考察】揉捏群、圧迫群ともに対照群に比して生体組織硬度は低下し、気分も陽性気分へ変化したことから肩こりには母指揉捏法も母指圧迫法のいずれの手技も有効であることが示された。しかし、凝りに対しては母指揉捏法の方が、いい気分への誘導には母指圧迫法がより効果的であることが示唆された。これらのことから圧迫法を加味した母指揉捏法が適切な手技であると考えられた。 【結語】母指揉捏法は凝りの緩解に、母指圧迫法はいい気分を誘導するのに適した手技であることが示唆された。
著者
畑瀬 理惠子 糸井 信人 長谷川 尚哉 林 正敏
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.33-40, 2020 (Released:2021-06-28)
参考文献数
26

【目的】当院の妊娠 28 週以降の骨盤位矯正を目的とした鍼灸治療を含む施術介入が骨盤位矯正率 に与える要因として初・経産婦別、骨盤位診断妊娠週数、鍼灸治療初診時妊娠週数 ( 以下、初診時 妊娠週数 )、骨盤位診断妊娠週から鍼灸治療開始までの期間 ( 以下、治療開始期間 ) を検討し、さ らに産科の紹介の有無によってその要因に差があるか検討することを目的とした。 【方法】2009 年 2 月から 2010 年 12 月までの 23 ヶ月間において、当院で骨盤位矯正を目的に鍼灸 治療を含む施術介入を行った 188 例(年齢 32.2 ± 3.9 歳;範囲 22 ~ 45 歳 ) を調査対象とし、このデー タを解析・分析した。 【結果】平均治療回数は 1.5 ± 0.9 回 ( 範囲 1 ~ 6 回 )。骨盤位矯正率の年別内訳は 2009 年 80.6%( 施術総数は 72 例、骨盤位矯正数は 58 例 )、2010 年は 97.7%( 施術総数は 133 例、骨盤位矯 正数は 130 例 ) であった。骨盤位矯正率は解析全年において 91.7% となり、経時的に増加する傾 向にあった。また、病鍼連携の有無で比較したところ、病鍼連携あり矯正群では病鍼連携なし矯 正群に比べ、骨盤位診断妊娠週数 (p=0.001)、初診時妊娠週数 (p<0.001)、治療開始期間 (p<0.001) を有意に短縮させた。 【考察】骨盤位の矯正率に影響を与える要因は医師から骨盤位の矯正を目的とした鍼灸院の紹介が あることによって短縮され、骨盤位矯正率を高める可能性があると示唆される。そのためには病 産院と鍼灸院が密接な情報共有を行い、それを持続するための関係を構築することが重要である と考える。 【結語】医師による骨盤位矯正を目的とした鍼灸院への紹介により、骨盤位矯正率は経時的に増加 した。
著者
佐藤 想一朗 新原 寿志
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.93-100, 2022 (Released:2023-06-28)
参考文献数
7

【目的】鍼灸が広く国民の健康に寄与するためには、その安全性が担保されなければならない。今 回我々は、消費者庁と独立行政法人国民生活センターが管理運営を行っている事故情報データバ ンクシステムに登録された鍼灸とその関連療法に関する有害事象ついて調査し、事故情報データ バンクシステムの有用性について検討した。 【方法】事故情報データバンクシステムの運用開始(2009 年 9 月)から 2020 年 12 月 31 日までに 登録された事故情報を対象に、フリーワード検索を行った(鍼、針、ハリ、はり、バリ、ばり、粒、灸、 キュウ、やいと、ヤイト、艾、モグサ、もぐさ、経穴、ツボ、つぼ)。該当した事故情報を、鍼灸 とその関連療法に関する有害事象とその原因療法について分類・集計した。 【結果】有害事象では熱傷が 149 件と最も多く、痛み 79 件、体調悪化・症状悪化 42 件、気胸 36 件、 体調不良・気分不良 33 件、皮膚障害 29 件、鍼の抜き忘れ 28 件、内出血 26 件、感覚障害 24 件、 腫脹 21 件と続いた。灸療法、艾蒸療法、他の温熱療法、電気療法、光線療法、吸角療法の有害事 象では熱傷が最も多く、各々 95 件、20 件、4 件、4 件、2 件、2 件であった。鍼療法では痛みが 43 件、 耳鍼療法では皮膚障害 9 件が最も多かった。 有害事象の重症度では、「医者にかからず」が 101 件と最も多く、治療期間が 1 ヶ月以上 82 件、 1 週間未満 48 件、1 ~ 2 週間 47 件、3 週間~ 1 ヶ月 40 件と続いた。 【結論】事故情報データバンクシステムには、気胸などの重症例から、論文や会議録に発表されな い鍼灸やその関連療法に関するマイナーな有害事象(熱傷、痛み、体調悪化・症状悪化など)や 軽症例まで多数登録されていた。本調査の結果、事故情報データバンクは、文献調査に比較して 情報量・信憑性・正確性については劣るものの、鍼灸やその関連療法に関する有害事象の把握や リスクマネジメントを考える上で、有用かつ貴重な情報源であることが示された。
著者
皆川 陽一
出版者
一般社団法人 日本東洋医学系物理療法学会
雑誌
日本東洋医学系物理療法学会誌 (ISSN:21875316)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.65-68, 2022 (Released:2023-06-28)
参考文献数
14

現在、わが国の総人口は減少し続けている。さらにその分布をみると生産年齢人口の減少、高齢者人口の割合が増加している。そのため、経済活動や社会保障制度をはじめとした様々な分野に影響が生じることが考えられる。企業に関して言えば、希望する人材を確保するのが難しくなると同時に、企業に健康で長く定着する対策や従業員 1 人 1 人が良好な労働パフォーマンスを発 揮するための施策などを打ち出さなければならない。 労働パフォーマンスに影響を与える因子を考えると、その要因は様々であるが、2000 年代より「休暇を取るほどでもないが、なんとなく調子が悪い、いまひとつ仕事がはかどらない」という労働者の状態(プレゼンティーイズム)が、仕事の生産性を低下させ、企業に多額の損失を与えていることが指摘され始めた。また、その原因のうち、多くの労働者が抱える様々な慢性的な症状(例: 肩こり、腰痛)による損失総額は、病気による欠勤(アブセンティーズム)や治療費をはるかに上回っていることが判明した。こうした状況を受け、企業も生産性の改善につながる対策を実践する機運が高まりつつあるが、様々な症状に対する包括的かつ実効性のある対策は示されていない。 そこで、本稿では、プレゼンティーイズムの概要を述べるとともに、労働者が抱える様々な慢性的な症状に包括的に対応することが可能と思われる「鍼治療」に着目し、東京都鍼灸師会の協力を得て行った健康上の理由で労働遂行能力が低下していると自覚しているオフィスワーカーに対して月額合計最大 8,000 円まで「鍼治療」に要した費用に対する助成が受けられる群と受けられない群のランダム化比較試験で得られた結果について一部ご紹介する。