著者
玉井 眞理子 Tamai Mariko タマイ マリコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.3, pp.91-104, 1998-03

本論文の目的は、初期シカゴ学派モノグラフの一つ『ジャック・ローラー』の生活史法を再評価することである。これまでこのモノグラフは生活史を入手する手法や、他の多くの資料を用いて生活史を実証している点が評価されてきた。だがここで特に注目する方法論上の特徴は、調査者クリフォード・ショウと調査対象者スタンレー少年が矯正者(更生させる者)と矯正対象者(更生される者)の関係にあり、研究の過程で矯正計画が試みられ、その結果現実に少年が更生することによって、非行要因に関するショウの仮説が検証されていることである。この仮説検証は、(1)他の様々な資料によって非行要因の仮説が提示され、(2)非行少年の生活史によって仮説が裏付けられ、(3)仮説に基づいた矯正計画を実施し、非行少年が更生してゆく経緯がその生活史で示される、の三部構成で展開されている。これは「単に記述的であるだけで、なぜかという疑問に答えていない」という、質的調査になされてきた従来の批判を越えるものであり、生活史法の新たな可能性を開拓したとして評価される。
著者
大平 睦美 Ohira Mutsumi オオヒラ ムツミ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.14, pp.27-35, 2009-03

本稿では、大阪府の中高一貫校である私立K学院中学高等学校における学校図書館の変遷を述べた。そして、それら学校図書館の変遷を述べる中で、学校図書館のあり方について検討を行った。その結果コンピュータ導入によって、本を検索しやすくなるなど、利点があった一方、生徒たちの理想とする図書館像との相違があることがわかった。また、学校図書館のあり方としては、利用者と資料・情報を媒介し、人との出会いの場としての媒介ともなるメディア・センターを目指すことが課題であると考えられた。
著者
西川 昭子 Nishikawa Akiko ニシカワ アキコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.21, pp.55-65, 2016

本研究では,筆者の2016年の研究に引き続き,同じ心理的指標(SRS-18)と別の組み合わせの生理的指標で測定し比較し,これに音楽嗜好という観点を加えながら,音楽とストレスの関係を検討することを目的とした。年齢が20歳~69歳(平均34.50±16.48)32人の対象者に対して,音楽聴取前後のストレスの変化を,心理的指標と生理的指標で測定した。また,音楽聴取後,聴取音楽の好き嫌いについても評価してもらった。その結果,音楽がストレスに何らかの影響を与えていることは両指標において認められたが,心理的指標で得られた結果は,生理的指標で得られた結果よりも顕著であり,音楽嗜好と心理的ストレスとは関わりが深い可能性を示した。また,音楽聴取前の心理的・生理的ストレスの状態が,聴取音楽に対する感じ方や嗜好に影響を及ぼす可能性が示されたが,特に,アミラーゼ活性で得られた結果は,生理的ストレスが高い人にとって音楽は,良い刺激になっていた可能性を示すものだった。つまり,(生理的)ストレスを感じる状況では,人は音楽を好ましいと感じる傾向を示す可能性があると言える。
著者
土井 裕貴 ドイ ユウキ Doi Yuki
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.83-95, 2014-03-31

本稿は、対人援助職従事者において近年問題となっているバーンアウト、バーンアウトに関わる概念として着目されている感情労働などについて概観し、その関係性と今後の研究展望、課題について述べたものである。バーンアウトと感情労働の関係については、感情労働の遂行自体がポジティブな面、ネガティブな面の両面を兼ね備えているという見解が主であること、更には感情労働ではなく、感情労働をしたくてもできない状況がバーンアウトに関係があるとの報告も見受けられ、複雑な関係性を取っているということが明らかとなった。共感疲労については、研究対象が限られており、今後の蓄積が必要だと明らかになった。これらの現状を踏まえ、バーンアウト、感情労働、共感疲労について検討した結果、それぞれの共通課題として質的なアプローチによる丁寧な記述が必要だということ、また、対人援助職の「しんどさ」を描くために包括的な概念として精神的な疲労に着目する必要性が示唆された。
著者
小野田 正利
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.23, pp.181-194, 2018

特集 新教職課程にむけて等閑視されつつあった「総合的な学習の時間」が、次期の学習指導要領では、重要なカリキュラムとして位置づけられるようになる。この一種の「手のひら返し」のような扱いの中で、今後における「総合的な学習の時間」あるいは「総合的な探求の時間」が、本当の意味での主体的・自律的な「学びと行動」になるためには、生徒たちの身近な問題をテーマとする必要がある。特に高校や中学校には、学校周辺に住む近隣住民からの「生徒の振る舞い、騒音」をはじめとした、多くの苦情・クレームが学校に寄せられる時代となっている。この場合、その対応にあたるのが教職員であり、生徒たちはその主たる当事者であるにもかかわらず、蚊帳の外に置かれて、窮屈な活動状態を余儀なくされることが多い。むしろこの身近なテーマ=課題を、探求的で問題解決的な活動で生徒たち自らが克服していくことが大事となっている。長野県立松本深志高校では、生徒が中心となって自らこの課題の解消に乗り出し、地域住民代表・生徒代表・教職員代表の3 者による「鼎談深志」の発足にこぎつけた。本稿では、この取り組みを参考にしながら、他の中学校や高校においても、「学校の抱える近隣トラブル」を「総合的な学習の時間」として積極的に取り組むことの意義を明らかにし、そのための実践的な指導方法と留意点を明らかにした。
著者
大澤 智子 Osawa Tomoko オオサワ トモコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.7, pp.143-154, 2002
被引用文献数
1

論文トラウマ体験を持つクライエントとのセラピーに従事する臨床家は、自身はそのような体験をしたことがないにも関わらず、クライエントと同じような外傷性のストレス反応を示すことが報告されている。このような現象は「二次受傷(Secondary Trauma)」または「こ二次的外傷性ストレス(Secondary Traumatic Stress)」と呼ばれ、その研究は1990年代ごろから主にアメリカで盛んになった。しかし、二次的外傷性ストレスおよび二次受傷は一握りの専門家にしか知られていない。それにはこの概念が発達過程であるため、多くの名称や関連概念が存在しており、理解に困難を覚えるところにも寄与していると思われる。そこで、この論文は、その中でも代表とされる「燃えつき(Burnout)」、「逆転移(Countertransference)」、「外傷性逆転移(Traumatic Countertransference)」、「代理受傷(Vivarious Traumatization)」、「共感的疲弊(Compassion Fatigue)」をとりあげ、それぞれの特徴を考察し、今後の課題を提示した。
著者
藤野 遼平 Fujino Ryohei
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.25, pp.37-49, 2020-03-31

本研究では,現代青年に顕著なキャラを介した友人関係について,友人グループがどのように影響を与えているのかを検討した。本研究の目的は,キャラを介した友人関係に特徴的であるとされる友人グループの性質がキャラの有無及びキャラの受け止め方とどのように関連し,心理的適応に影響を与えているのかを明らかにすることであった。大学生171名に質問紙調査を行った。分析の結果,キャラの有無は友人グループの性質および心理的適応に関連が見られず,友人グループの性質である同調性と心理的距離が居場所感及び自尊感情に影響を与えていた。またキャラの受け止め方では,自尊感情にはキャラの積極的受容やキャラ行動が影響を及ぼしている一方で,居場所感には友人グループの性質である心理的距離と同調性が影響を及ぼしていた。以上の結果から,キャラは自尊感情を高めるものの居場所感とは関連せず,心理的適応を高めるためにはキャラを見直すよりも所属している友人グループの特徴を見直すほうが重要であることが示唆された。
著者
管生 聖子 塚原 久美 Sugao Shoko Tsukahara Kumi スガオ ショウコ ツカハラ クミ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.26, pp.75-85, 2021-03-31

原著 / スンエ・キム(Sunhye Kim), ナ・ヤング(Na Young), ユリム・リー(Yurim Lee)翻訳 / 管生聖子, 塚原久美本論文は、人工妊娠中絶(以下、中絶)に関連する諸問題が韓国政府の人口調整政策によっていかに歴史的に影響を受けてきたか、また韓国の現代のリプロダクティブ・ジャスティス運動がいかに社会変革に寄与したかを調べたものである。2019年4 月11日、韓国の憲法裁判所は中絶禁止が違憲であると判決を下した。これにより、韓国議会は2020年12月31日までに制定66年になる反中絶法(堕胎禁止法)を改訂しなければならなくなった。この歴史的な判決は、韓国の数多くのフェミニスト団体、医師たちの組織、障害者権利グループ、若きアクティビストたち、宗教団体が力を結集し2017年に立ち上げたジョイント・アクション・フォー・リプロダクティブ・ジャスティスのためのジョイント・アクション(Joint Action for Reproductive Justice,以下Joint Action)の運動と密接に関連していた。本論文では、韓国におけるリプロダクティブ・ジャスティス運動の重要な鍵を握っているJoint Actionの運動と活動について論じる。Joint Actionは、障害をもつ女性たちの団体から始まった活動で、ひとたび力を結集してからは、中絶をプロチョイス対プロライフの二項対立を超えた社会正義の問題とする枠組みで捉えることで集合的に活動してきた。本論では、Joint Actionの構成や戦略、主要課題に注目することで、韓国における中絶を脱犯罪化した2019年の憲法裁判所の判決にJoint Actionがいかに影響し、いかにして裁判所が個々人の生殖の健康と権利の保障は国家の責任であるとの判断に至ったかを分析する。
著者
今井 貴代子 Imai Kiyoko イマイ キヨコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.77-88, 2007-03

1970年代以降日本に定住するようになった新来外国人の数は増加の一途をたどっている。彼らに対する日本語教育支援は推進されつつあるが、学習の機会が全ての人に十分に提供されているとは言えない。これまでのニーズ調査や生活実態調査では、学習の場に参加していない外国人の多さが指摘されるとともに、学習要糞の高さが明らかにされてきた。しかし、このような調査は量的な調査に限られることが多く、学習状況や学習ニーズが具体的な生活背景から検討されることは少ない。本稿では、公的な学習の場に参加していない中国人女性2人へのインタビューをもとに、具体的な生活状況から学習ニーズを検討する。インタビューから以下のことが示唆された。1)ことばの面で最も不自由しているのは職場でのやりとりである。しかし、職場では相互交流によるインフォーマルな日本語学習が行われている。2)学習状況や学習ニーズは、移住という社会プロセスの中で変化する。新たなコミュニティへ参加する段階において最もニーズが顕在化する。今後は、こうしたインフォーマルな学習に着目すると同時に、移民プロセスという観点から学習ニーズをとらえることが求められる。
著者
石川 友香 Ishikawa Yuka イシカワ ユカ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.7, pp.193-204, 2002-03

論文本論文の目的は「日常的交わり」に焦点を当てながら、ヤスパースの教育思想を問い直していくことである。「交わり」概念はヤスパース思想の中心概念の一つであるが、先行研究の多くはその実存的側面のみを強調し、そこに至るまでの日常的な交わりを二次的なものと見なしてきた。しかし毎日の生活の中で教育という営為が不断になされ、教育がそこに根づいたものである以上、日常的交わりの意味を問うことは不可避といえる。ヤスパースによれば、人間は「可能的実存」であるが、それはあくまでも「可能的」であって、常態ではありえない。実存への途上にある「非実存的」存在、つまりあたりまえの人間同士が生み出し、社会との深い連関のもとでなされる教育の中にはっねに対立や矛盾がっきまとう。こういった対立や矛盾は、ただ解消されることだけが問題なのではない。その過程における人間相互のせあぎあいの中に、新たな教育関係を構築する芽が見いだされる。つまり日常的交わりは、実存的交わりと分断されるものではなく、それを常に内に含みながら存在しているといえるのである。
著者
村田 直子 Murata Naoko ムラタ ナオコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科教育学系
雑誌
大阪大学教育学年報 (ISSN:13419595)
巻号頁・発行日
no.13, pp.55-65, 2008

時間は生まれてから死ぬまでの我々の生に密接に関わっているものである。それゆえ時間的に連続した自己を保てることが、個人の同一性や主体性ζ大きく関係し、発達や健康の一つの指標となる。本論の前半部では、時間的展望研究や精神医学的な理論を援用して、時閣的連続性から見た自己のあり方について考究を深めた。また現代日本における分裂や解離の機制に言及し、時間的連続性を達成することの困難さについても論じた。一方心理療法においては、クラィエントとセラピストの関係がもっとも重視され、セラピストはクラィエントと時間を共に生きることが面接場面では要求される。筆者は、Schwingの「母なるもの」や、Jacobyの「楽園願望」、Winnicottの「存在の連続性」等の知見を用い、クライエントとセラピストが協同して時間的連続性を紡いでいくことの重要性を強調した。常に未来と直面し続けるという自己更新の作業は孤独であるが、他者の存在によって新たな可能性が生まれることと思われる。