著者
小林 昭裕
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
造園雑誌 (ISSN:03877248)
巻号頁・発行日
vol.52, no.5, pp.277-282, 1989-03-31
被引用文献数
1

石狩平野は低地に位置する立地条件から,石狩川の洪水氾濫に幾度も見舞われてきた。そのため,北海道開拓以来,水害対策が継続的に取り組まれた。こうした中,1981年8月に発生した洪水は,記録的な豪雨が基本的要因であったが,石狩平野の低地における水害対策上,水系自体の治水に加え,自然条件を考慮した土地利用の必要性が示された。本論では,主として石狩平野特有の泥炭地等の低湿地の土地利用について,考察した。
著者
小野 良平
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.64, no.5, pp.825-830, 2001-03-30
参考文献数
22
被引用文献数
1

都市における歴史的遺産である庭園の保全には,遺産としての歴史性の価値付けが求められるが,その概念および評価は多義的であることが保全のためにも有効と思われる。本稿は小石川後楽園を事例として,庭園が周囲の都市空間の変容から影響を受けるばかりでなく,都市の自然環境あるいは社会環境などの側面において都市空間に影響を与えてきた歴史として読み直し,この作業を通して庭園の歴史性の概念の再考を試みた。庭園と都市空間相互の関係性はその庭園の立地する場所の新しい歴史を創造し続けており,この意味において歴史性とは単なる芸術学術上の真正な価値ばかりでなく,より広い概念で捉え,評価されるべきと考えられる。
著者
野口 智美 仙田 満 矢田 努
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.63, no.5, pp.691-694, 2000-03-30
被引用文献数
3 1

集合住宅のベランダ計画・設計の基礎的資料を得ることを目的とし,東京都区内集合住宅での居住者へのヒアリング及びベランダ観察調査から,利用の現状と居住者意識の分析を試みた。集合住宅では園芸が多くの居住者に望まれており,趣味・楽しみや安らぎ・潤いを与えている。ベランダ広さの満足感は,鉢植え設置可能面積の確保と関係が深いと言え,要求緑量に対する提供すべきベランダ広さ算定の(延べ幅に着目した)指標作成についてその可能性が示された。また鉢植えは,リヒング前・柵腰壁・広い奥行き・物干し竿無し、という位置に配置され易く,植物高さの違いによる配置の偏りも見られる。更にベランダ利用の実状と計画との違いも見られた。
著者
東梅 貞義 佐藤 哲 前川 聡 花輪 伸一
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.102-105, 2002-11-15

渡り鳥とその生息地の保全は、比較的長い国際的な歴史を持つ。本報告では渡り鳥の中でもっとも長距離の渡りを行う鳥類グループのひとつであるシギ・チドリ類の保全をケーススタディとして取り上げ、地球規模の環境問題解決の視点と地域レベルで取り組む視点の現状と保全を推進するために必要な条件の検証を行う。1995年にアジア太平洋地域渡り性水鳥保全戦略が提唱され、96年に東アジアオーストラリア地域シギ・チドリ類重要生息地ネットワークが新たな国際的渡り鳥保全の枠組みとして発足した。日豪政府とNGOである国際湿地保全連合(WI)が中心となり、発足当時から日本国内の研究者、政府機関、環境NGOの幅広い参加と支持を得てこれまで実施されてきた。シギ・チドリ類は、多国間にわたる広大な範囲の生息地を必要とし、特定の時期に特定の地域の生息地を利用する必要がある。例えばホウロクシギ(全長63cm)は3月中旬にオーストラリアを出発し、3、4月に中継地の日本などの干潟に渡来し休息と採食を行い、5月には繁殖地のロシア極東部に到達する。繁殖終了後の秋期になると、非繁殖期(越冬期)を過ごすため日本などを経由しながら南半球へと渡り、年間往復2万5千キロを超す長距離を移動する。
著者
柳 五郎
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
造園雑誌 (ISSN:03877248)
巻号頁・発行日
vol.47, no.5, pp.31-36, 1984-05-31

摘要:公園営造においては植栽工事が重要な役割を果している。植栽工事の設計費用は樹木費,植付材料費,人件費から構成される。明治初期,横浜彼我公園では樹木費を中心とした設計に始まった。公園営造では植栽工事一式における樹木費,さらに植木職人による請負見積方式では植付材料費を,そして震災復興事業以後,東京市の直営積算方式では人件費をもってその取扱の変遷を見た。これは植木職の役割を高く評価することにあった。
著者
平岡 直樹 佐々木 邦博 伊藤 精晤
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.61, no.5, pp.455-458, 1998-03-30
参考文献数
22

本研究の目的は, ベルギーの首都ブリュッセルにおいて, 近代都市計画の始点とされるイギリスの田園都市論の影響のもと, 20世紀初頭, 田園地域に数多く建設された住宅地の特徴を明らかにすることである。そのためにそれらの分布や規模, 計画技法, 住民共同組織の形態, 共有施設等を整理分析した。その結果, ハワードにより提案されたような真の自立した都市像ではなく, 既存市街地に部分的に依存し, 低層低密な2連戸住棟, テラスハウスによる中世風不規則配置構成を持った比較的小規模な田園郊外としての特徴を有していることが明らかになった。
著者
林 まゆみ
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.62, no.5, pp.435-438, 1999-03-30
参考文献数
26

中世末期から織豊期にみられる寺院や城郭の石垣普請には技術水準の高い土木,造園的職能の形成が示唆されている。本研究では,これら石垣普請の職能形成に関して,当時の日記や史料などからの検討や,土木作業にあたっていた散所といわれる階層を含む民や寺社の座の分析,また,現存する石垣の遺構を考察することなどを通じて,石垣普請に携わった職能の発展過程を検討した。その結果,石垣普請に関わる職能は大工や河原者などの職能形成には遅れるものの,権門寺社の石垣構築や佐々木六角氏や浅井氏などの戦国大名の居城建設等を契機として,散所の民や権門寺社お控えの職人層が各地で石垣を積み,技術力を高めそれらが安土城で集大成された後,秀吉の時代に棟梁化して石垣積みの穴太としての地位を高めていく過程が考察された。
著者
奥 敬一 深町 加津枝 森本 幸裕 奥 敬一
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.63, no.5, pp.587-592, 2000-03-30
被引用文献数
8

京都大学芦生演習林を訪れた48グループの一般利用者を対象として写真投影法による調査を行った。得られたテータから,現実の森林レクリエーション行動下において体験され,評価される森林景観を,視対象,視点,視距離,地形,構図などの複合的な要素からなる景観型として整理し,それらの操作可能性を論じるとともに,景観型と来訪者の利用形態との関係を検討した。その結果,林内散策行動の条件下で景観体験となりやすい景観のパターンが抽出された。また,レクリエーション利用者の環境に対する態度は,異なる複数のタイプとしてとらえられ,多様な景観体験を確保したレクリエーション地域計画の必要性が示唆された。
著者
十代田 朗
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.59, no.5, pp.105-108, 1996-03-29
参考文献数
30
被引用文献数
1

近代におけるわが国のリゾートの成立には,西洋から輸入された「避暑」思想が深く関わっていた。そこで,本研究は,未だ解明されていない「避暑」がわが国で受容され普及し実践されていった過程を明らかにしている。主要な分析結果は,以下の4点である。1)外国人が気候風土の異なる地に「転地」してすごすという「避暑」を輸入し,日本人がそれを模倣し,浸透していった。2)避暑地としては明治中期には,既存温泉地が選ばれたが,その後,外国人は高原を発見し避暑地とした。3)明治後期から避暑地としての繁栄は海浜に移ったが,これは健康意識と深い関連があった。4)避暑のための長期滞在を可能にする宿泊システムが存在していた。
著者
進士 五十八
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
造園雑誌 (ISSN:03877248)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.24-31, 1989-08-25
被引用文献数
1
著者
十代田 朗 安島 博幸 武井 裕之
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
造園雑誌 (ISSN:03877248)
巻号頁・発行日
vol.55, no.5, pp.373-378, 1992-03-31
被引用文献数
1

戦前の東京には,武蔵野を中心に数多くの別荘が存在していた。しかし,これらの別荘は同時代に高原や海浜に盛んに立地していた避暑・避寒を目的とした別荘とは異なり,気温の違いを求めたものではなかった。これらはわが国における別荘の原型のひとつであるが,武蔵野に関する研究は,多くがその開発史や風景・イメージに関するものであり,武蔵野に存在した別荘はあまり研究の対象とされることがなかった。そこで本研究では,市区史,地誌,古地図,現地踏査,別荘所有者へのヒアリング,伝記などによって,戦前の武蔵野における別荘の多くが"はけ"に立地し,レクリエーション拠点,書斎,農園など多様な利用がされたこと,その成立背景を示した。
著者
松本 浩 下村 彰男 熊谷 洋一 小野 良平
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.59, no.5, pp.225-228, 1996-03-29
参考文献数
12
被引用文献数
7 3

本研究では,身近な自然が豊かな東京西部の野川流域において,環境問題を扱う市民団体の活動の変遷を明らかにし,今後の活動の展開について考察することを目的とした。野川流域に存在し,かつ野川流域の環境や開発に関心を持ち活動している市民団体を対象にし,ヒアリング,会報等の出版物をもとに,活動対象,目的を達成する手段としてみた住民との関わり,行政との関わりの3つの観点から検討を進めた。その結果,野川流域の市民団体の活動の変遷は,「行政要求型」の1種類だった活動のタイプが,「まち型」「浸透実践型」が加わり,3種類に多様化してきたことがわかった。
著者
姜 信龍
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
造園雑誌 (ISSN:03877248)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.16-33, 1993-08-27
被引用文献数
1

1876年の開国以降,欧米の公園に関する情報が国内にかなり伝えられ,韓国々内でも居留地内に最初に公園が造成され始めた。複雑な社会・政治状況に影響され,居留民・独立協会・韓国政府によって公園が造成されていったが,公園造成は制度化されることなく,日本の植民地になった。日本人居留民にとって,神社保護のために整備された境内外そのものは公園地であった。韓国政府によりパゴダ公園が造成されたものの,造成から約13年が経過した1913年から一般市民の平日入園が達成された。特に,独立公園と仁川各国居留地内に造成された自由公園は,最初から市民或は居留民のために造成された近代的な意味の公園として評価される。
著者
姜 信龍
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
造園雑誌 (ISSN:03877248)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.61-66, 1993-03-24

1407年開設された釜山倭館は,龍頭山を中心とした地域一帯に1677年4月に移館・新築された。この草梁倭館が日本専管居留地に開放され,この時すでに龍頭山上には彼らによって神社が営まれていた。総督政治になると,神社参拝強要に代表される皇民化政策によって,神社境内外は拡張され神域化されていく。神社と公園の併立といった考え方は変わり,「神社と公園の並立は不可」となった。そのためか,神社創建と並行して造成された公園のすべてが,特に都心に位置する公園としての機能を失い,韓国人には嫌われるものとなった。公園内の神社建築の殆どが,韓国独立と同時期に,市民の手によって破壊されていったのは当然なことと言える。
著者
李 樹華
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.461-464, 2003-03-31
参考文献数
7
被引用文献数
1

This paper involves the planting design and using of Musa spp., an important and a special plant for Chinese gardens. Through literature studying and observation on gardens of Suzhou, the major results of the findings are: (1)It began from at least 2100 years ago to plant Musa spp. in imperial gardens in the Han Dynasty(B.C.206-A.D.220). Then, this plant was being used in imperial and private gardens from the Jin Dynasty(256-420). (2)Musa spp. not only have special tree-form, fresh and green stems and leave, but also can demonstrate the landscape in tropical subtropical land rather than Cycas revolute and Trachycarpus spp., etc. And Chinese cultured people like enjoying the sound beat by rain, the form swung by wind and the shadow by sunlight in day and by moonlight in night.(3)The typical methods of planting design were usually planting Musa spp. together with strange rocks, with Firmiana platanifolia, with bamboo, etc. (4)The places planting Musa spp. were inside the garden's doors, near the front of windows, under the side of roof and corridor, near the railing, near the steps and near the stream, etc.
著者
清水 裕子 川崎 圭造 伊藤 精晤
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.517-520, 2003-03-31
参考文献数
10
被引用文献数
2 1

Expectations have been placed on scenic thinning in recent years in recovering the environmental conservation function and promoting recreational purposes of the increasing uncontrolled artificial forest stands. Although there have been recent reports on scenic thinning, there are very few examples of implementation. This study was conducted for the purpose of examining the possibilities of scenic thinning by investigating its impact on the place where Ito et al practiced it within the Shinshu University in 1992. We conducted the study by complete enumeration and vegetation survey of the tree and bush layers against the forest where scenic and ordinary thinning were carried out stand (scenic and ordinary thinning areas) and made a comparative review. As a result, there were no significant disparities of tree layers between both areas and no difference were found in the growth, which was expected in the scenic thinning area. However, with the bush layer, the average height of bush layer of arboreal vegetations was significantly taller with the scenic thinning and the differences in the distribution of tree height were great as well. This suggests that woodlands managed by scenic thinning can be lead effectively to multiple layered forest stands in comparison to ordinary thinning and indicates the forest's stability and the possibility of natural scenic cultivation.
著者
俵 浩三
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
造園雑誌 (ISSN:03877248)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.73-83, 1987-11-15

函館公園の成立史については、既に二、三の先学による論考があるが、まだ十分に解明されていない点も多い。ここでは主として開拓史関係文書を使用し、明治7年に函館公園が開設された直接的な動機、および明治11〜12年に函館公園が大整備された時の諸事情を、社会的背景を含めて明らかにし、函館公園の成立が、当時の日本の公園の歴史の中で、特異な地位を占めるものであったことを明らかにした。