著者
小林 裕和
出版者
相模女子大学専門職大学院社会起業研究科
雑誌
社会起業研究 (ISSN:24363456)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.52-67, 2021 (Released:2022-08-05)

本論文は、観光分野における社会的企業を研究対象として、その概念の整理をしたうえで、富山県富山市八尾町を拠点として事業を行う企業を事例として、その創業プロセスにおける必要な経営資源であるソーシャル・キャピタルに注目して、事業を構想してから創業までのストーリーを記述した。その結果、事業構想から実際の起業まで、通常の起業プロセスよりも早かったことを明らかにした。その考察から、観光分野においては、社会的企業にとって、多様なステークホルダーがかかわる観光の特性を生かして起業を促進することができるという優位性があるという、「ソーシャル・キャピタル構築強化理論」として、仮説的にて提示した。
著者
藤本 隆宏
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.3, pp.2-19, 2017-02-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
11
被引用文献数
1

本稿では,実態としての産業経済,とくに中小中堅企業を含む戦後日本の製造業において多く観察されてきた「現場指向企業」が,現代の標準的な教科書に登場する利益最大化を目指す資本指向企業とは行動パターンを異にしていることに着目し,企業の「現場指向性」(genba-orientedness)を前提とした簡単な古典派経済学的なモデルでその特性を分析してみる.ここで現場とは付加価値を生む場所であり,地域に埋め込まれ,自らの存続と雇用維持を目指す集団的意思を持ったある種の経済主体である.したがって「現場指向企業」の目的は,利益最大化を指向する教科書的企業の場合とは異なり,①企業の一部としての自らの存続(目標マークアップ率の確保)と,②地域の一部としての雇用量の維持の2つとなる.より具体的には,実際に観察される現場指向企業の行動を抽象化する形で,製品市場と労働市場における価格と数量,すなわち財の価格(P),数量(X),賃金(W),雇用数(N),を4軸とする4象限グラフを作成し.これを「PXNWモデル」と呼ぶ.このモデルは,水平の供給曲線(フルコスト原理を伴う古典派経済学的な生産価格),右下がりの需要曲線(製品差異化を前提とした独占的競争),リカード的な労働投入係数を介したリニアな必要労働力曲線,水平の労働供給曲線,および労働投入係数を介したリニアな賃金・費用曲線が仮定される.次にこのモデルを用いて,現場指向企業が,冷戦期の価格安定状況における生産性向上・賃金向上・有効需要創出を経て,利益率と雇用数という2つの目標を同時に満たすある定常状態から別の定常状態に移行できることを示す.次に,冷戦後のグローバル競争による価格低下状況における現場指向企業も,価格低落・生産性向上・有効需要創出を経て,ある定常状態から別の定常状態に移行できることを示す.要するに,現場指向企業が,一定の利益率と雇用数の確保,及び実質賃金の向上を目指すのであれば,工程イノベーション(物的生産性の向上)と製品イノベーション(有効需要の創出)の両方を行うことが必須であることを,この古典派経済学的モデルは示唆している.すなわち,実際の戦後日本の製造企業の典型的な行動パターンをよりよく描写できているのは,教科書的な利益最大化企業のモデルよりはむしろ,一定の利益率と雇用数を同時に追求する「現場指向企業」モデルである可能性を,本稿は示している.
著者
藤田 康範 藤本 隆宏
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.2-20, 2017-03-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
19
被引用文献数
1

本稿では,藤本(2017)が戦後の日本の中小中堅製造業の実態観察に基づいて提起した「現場指向企業」の経済モデルを出発点とし,現場指向企業のうち,生産性向上にも有効需要創出にも能動的に取り組む「積極的現場指向企業」の諸特性を分析する. ここで広義のものづくりの現場(以下「現場」)とは,工場,開発拠点,サービス拠点,店舗など,付加価値が生まれ流れる場所を指し,「現場指向企業(genba-oriented firm)」とは,現場が持つ能力構築能力や存続の意志を重視するゆえに,企業としての目標マークアップ率の確保と,地域の一部である現場の雇用量維持という2つの目標を持つ企業である.そして「積極的現場指向企業(active genba-oriented firm)」とは,現場指向企業のうち,上記の2目標を同時達成するために,能力構築による生産性向上とマーケティングや製品開発による需要創造の両方を積極的に行う企業を指す.こうした現場指向企業の理念型は,戦後日本の中小中堅企業に関する筆者らの長期的観察により導出されたものである. 藤本(2017)は,こうした現場指向企業の行動パターンを描写するために,製品市場および労働市場における財の価格(P),数量(X),賃金(W),雇用数(N)を4軸とする「PXNWモデル」を提示した.このモデルは,水平の供給曲線(フルコスト原理),右下がりの需要曲線(独占的競争),リカード型労働投入係数を介した線形の必要労働力曲線と線形の賃金・費用曲線を前提とする,古典派経済学的・スラッファ的なモデルである(Sraffa 1960). 藤本(2017)はこのモデルを用いて,「現場指向企業が,一定のマークアップ率と目標雇用数を維持しつつ実質賃金の向上を実現するためには,工程イノベーション(物的生産性の向上)と製品イノベーション(有効需要の創出)の両方を行う必要がある」ということを示したが,このモデルにおいては,生産性向上努力と有効需要創出努力は企業の主体性に基づく外生変数であり,したがって,「積極的現場指向企業」と「消極的現場指向企業」の区別についても,生産性向上努力と有効需要創出努力の多寡を指摘するにとどまっていた. そこで本稿では,上記のPXNWモデルを改変し,生産性向上努力と有効需要創出努力を内生化する.具体的には,「積極的現場指向企業は消極的現場指向企業に比べ,利益を有効需要創出や生産性向上のための投資に振り向ける傾向が大きい」という定型的事実に着目し,藤本(2017)では捨象されていた「有効需要創造のための費用」を明示化するとともに,同じく藤本(2017)で外生変数とされていた「マークアップ率の水準」を内生化する方向にPXNWモデルを改変し,現場指向企業によって生産性向上と有効需要創造が同時に行われる条件,すなわち,「積極的現場指向企業」が出現する条件を導出する. この内生化モデルにより新たに得られる主な知見は以下の通りである.(1)「生産数量の増加に伴って賃金率が低下する」という賃金逓減的な状況においては,グローバル競争の激化に伴って,①「労働生産性弾力性がやや高いが一定値以下」という賃金体系の下では積極的現場指向企業が出現し,②「労働生産性弾力性が極端に高い賃金体系の下では一転して消極的現場指向企業が出現する.(2)生産増加に従って賃金率が低下するがそのような賃金逓減の程度が小さい状況,「生産増加に従って賃金率が変わらない」という賃金一定の状況,あるいは,「生産増加に従って賃金率が上昇する」という賃金逓増的な状況においては,積極的現場指向企業は出現しないが,①労働生産性弾力性の非常に低い賃金体系の下では,「生産性は向上するが有効需要創造努力は減少する」という準積極的現場指向企業が出現し,②労働生産性弾力性がやや低いが一定値以上という賃金体系の下では,「生産性は悪化するが有効需要創造努力が増加する」という準積極的現場指向企業が出現する. まず第1節で背景と目的を説明し,第2節では原型のPXNWモデルの概要を示し,マークアップ率と雇用数の目標を同時達成しつつ賃金水準を高めるための必要条件を示す.第2節ではさらに,需要創造努力とマークアップ率の水準を内生変数化した本稿のモデルを提示し,続く第3節では,グローバル競争の激化が生産性と有効需要創造に与える影響を明らかにし,その上で「積極的現場指向企業」が出現する条件を導出する.最後に第4節で,本研究の結論を要約し展望を述べる.
著者
石原 俊時
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.3, pp.20-51, 2017-02-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
9

スウェーデン救貧連盟は,1918年の救貧法改革の実現に貢献した有力な圧力団体として注目されてきた.また,その児童福祉に関わる活動も,スウェーデンの児童福祉の発展に重要な役割を果たしたことが知られている.しかし,このように活動の一部に関心が集中する一方で,そもそもこの団体が如何なる課題をもち,どのような活動を展開したのかを検討する作業は十分行われてこなかった.そこで,本稿では,担った課題や活動の展開を万遍なく把握することを通じて,この団体の全体像を明らかにし,それによりこの団体がスウェーデン福祉国家の形成に果たした歴史的役割を解明することを試みることとする.この第3部では,主に1918年の救貧法改正以前までを対象として,この団体が如何なる活動をどのように展開してきたかを検討した.
著者
三和 良一
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.65-77, 2017-01-01 (Released:2022-01-25)

日本経済史研究を先導してこられた石井寛治氏の『資本主義日本の歴史構造』は,研究史で十分掘り下げられていない論点を選んだ分析の深さ,方法的に試みられる「数量分析重視の最近の経済史的アプローチでもなければ伝統的な社会経済史的アプローチでもなく,新たな政治経済史的アプローチ」の鋭さ,歴史法則論・国家論の展開の大胆さ,そして,社会科学,歴史学の研究者が真正面から対峙すべき現代の課題の所在提示の鮮明さを特徴とした力作である.石井氏の問題提起について,評者の評価と見解を述べたい.
著者
江原 慶
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.21-40, 2017-03-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
25

本稿では,小幡道昭氏の『マルクス経済学方法論批判』(御茶の水書房,2012年),『価値論批判』(弘文堂,2013年),『労働市場と景気循環─恐慌論批判─』(東京大学出版会,2014年)の3冊を,ひとまとまりの研究成果として通観し,そこで遂行されているマルクス経済学の変革の方向性を捉える.そのためにまず,『資本論』の理論体系から区別された固有の意味でのマルクス経済学の成立を,宇野弘蔵の発展段階論に求め,それは資本主義社会を総体として分析する総合社会科学としての意義を担っていたことを確認した.その上で,小幡氏の『批判』三書が,宇野の歴史的発展段階論の限界を見据えた全面的な改革プロジェクトであり,それは総合社会科学としてのマルクス経済学の再建への礎石となるとした.ただしそのためには,(1)景気循環の変容の理論化,(2)外的条件と歴史的・制度的要因とを峻別した上での原理論の再構築,(3)資本主義の歴史的多様性を再解釈するための歴史理論の再構成など,残された課題は多い.厖大な先行研究を十分吟味しつつ,マルクス経済学の理論・実証研究を一層推進していく必要がある.
著者
石原 俊時
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.31-64, 2017-01-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
32

スウェーデン救貧連盟は,1918年の救貧法改革の実現に貢献した有力な圧力団体として注目されてきた.また,その児童福祉に関わる活動も,スウェーデンの児童福祉の発展に重要な役割を果たしたことが知られている.しかし,このように活動の一部に関心が集中する一方で,そもそもこの団体が如何なる課題をもち,どのような活動を展開したのかを検討する作業は十分行われてこなかった.そこで,本稿では,担った課題や活動の展開を万遍なく把握することを通じて,この団体の全体像を明らかにし,それによりこの団体がスウェーデン福祉国家の形成に果たした歴史的役割を解明することを試みることとする.この第2部では,救貧連盟の設立過程を扱い,この団体が如何なる課題をもって設立されたのかを見ていく.
著者
宇野 洋輔 西岡 慎一 原 尚子
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.1, pp.2-25, 2016-12-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
64

本稿は,コンファレンス「物価変動とその中での経済主体の行動変化」(東京大学金融教育研究センターと日本銀行調査統計局の共催コンファレンス第6回)の導入論文である.本コンファレンスでは,長期にわたるデフレが終息し,基調としてマイルドなインフレへと転換しつつあるわが国物価の現状を踏まえて,まず,物価変動の背景やそれに関する論点について整理する.特に,経済主体の予想形成と企業の価格設定行動が物価変動とどのような関わりを持つかについて論点を整理する.次に,物価の変動に伴い企業や家計がどのように経済行動を変え得るかについて論点整理を行う.具体的には,まず,賃金面に焦点を当て,今後の実質賃金の動向を考えていく上で重要となり得るポイントを挙げる.また,インフレ局面への転換が,これまでの現預金を中心とした家計の慎重な投資行動をどの程度変え得るのかについても論点として提示する.