著者
石根 幹久花田 恵介小山 隆藤田 敏晃
雑誌
第56回日本作業療法学会
巻号頁・発行日
2022-08-29

【序論】脳卒中によって運動麻痺が上肢に生じると,日常生活で麻痺手を使用できなくなる.客観的な上肢機能評価と日常生活での麻痺手の使用頻度には正の相関があるが,この傾向がすべての患者に当てはまるわけではない.脳卒中亜急性期の対象者のなかには,上肢機能評価の結果が良いにも関わらず,それに見合った麻痺手使用が日常生活に汎化されない患者が存在する.このような“mismatch”(Esser,2019)のある患者は,半側空間無視(Buxbaum,2020)や体性感覚障害(Esser,2021)や,自己効力感の低下を有すると指摘されている.しかし,これらは多数例における相関を調べた研究であり,“mismatch”の原因を詳細に検討した症例報告はほとんど見当たらない. 今回,麻痺が改善したにも関わらず,病棟生活での麻痺手使用が少なく,主観的な変化にも乏しかった脳卒中亜急性期の症例を経験した.そこで,本例の麻痺手使用と主観的変化が乏しい要因を検討したので報告する. なお,本報告は症例本人に発表の意図を十分説明し書面にて同意を得た.【症例】70歳代の右利き男性である.病前のADL,IADLは自立していた.夜間に左半身麻痺を自覚し,翌朝も改善しなかったため当院に救急搬送された.頭部MRI拡散強調画像にて右放線冠~内包後脚に高信号域を認めた.また,FLAIR画像では右内包前脚~尾状核に陳旧性出血と思われる低信号域を認めた.その後は保存的に治療された. 【作業療法経過】第2病日のBRSは上肢Ⅳ,手指Ⅳ,FMA-UEは26点であった.体性感覚は正常であった.FIMは運動項目30点,認知項目29点.MMSE-Jは23点,MOCA-J19点であった.第14病日にFMA-UEは56点まで改善したがMALのAOU,QOM共に1点,3軸加速度計 (花田,2020)ではUse Ratioが0.70であり,非麻痺側上肢を多く使用していた. 作業療法ではADL練習と,修正CI療法やReoGo-J®︎を用いた上肢機能練習を,1回あたり40-60分を週6回行った. 第37病日のBRSは上肢Ⅴ,手指Ⅴ,FMA-UEは60点まで改善した.FIMも運動項目57点,認知項目34点に改善した.一方,MALのAOUは2.44点,QOMは2.33点で,Use Ratioも0.61と改善に乏しかった.そのため,この”mismatch”を検討する目的で,神経心理学的検討を行った.【mismatchに対する検討】MMSE-J29点,MOCA-Jは24点,RCPMは26点であった.TMTはA73秒,B138秒と低下していた.BVRTは正答数4で年齢相応であった.Kohs でIQは71.4で構成障害はなかった.BIT通常検査成績は143/146 点,Fluff Testは9/9で,半側空間無視や半身無視もなかった. また,観念性失行や観念運動性失行もなかった.しかし両手で”かいぐり”動作をしようとすると左手を動かせなくなった.Garbalini(2012)の検査でも両手を協調的に動かす際に左手を動かせなくなった.また,やる気スコアが19/42点であった.【考察】本症例は,両手を動かす際に左手を動かせなくなる運動無視を呈していた.日常生活動作は両手で行うことが殆どなので,これが”mismatch”に関与した可能性が考えられた.また,軽度のアパシーも麻痺手の使用行動に影響したかもしれない. 今後,麻痺手への介入だけでなく生活での使用に関与すると言われている症状に対しどのようなアプローチを行うべきか検討していく必要がある.
著者
與田 夏菜恵花田 恵介小山 隆藤田 敏晃
雑誌
第56回日本作業療法学会
巻号頁・発行日
2022-08-29

【はじめに】脳卒中後の体性感覚障害は,運動麻痺と同じく,麻痺手での物品操作を難しくするとともに,学習性不使用を助長する.しかし,どのような体性感覚障害が麻痺手の機能や日常生活での麻痺手使用に影響を与えるかについてはあまり検討されていないように思われる.今回,重度の体性感覚障害を呈した亜急性期の脳卒中患者2例を経験した.各症例における運動機能や感覚機能の経過を詳細に評価したので報告する.なお,本報告はご本人に発表の意図を十分説明し書面にて同意を得ている.【事例】事例1 50歳代後半の右利き男性.病前生活は自立していた.早朝に突然左半身の麻痺と呂律困難が生じたため,当院に救急搬送された.頭部MRIでは右視床に出血巣を認めるとともに,左橋に陳旧性梗塞を認めた.既往に糖尿病,高血圧,不整脈があった.初期評価時の上肢機能はFMA-UEが47点で,FMA-Sは0点であった.MMSEは29点,MoCA-Jは27点で認知機能は全般的に保たれていた.第14病日にはFMA-UEが52点に向上した.MALはAOUが0.3点,QOMが0.4点で,3軸加速度計(Bailey,2015)によるUse Ratioは0.59であった.また,第12病日の体性感覚検査では,触覚や温痛覚が強く障害されていた.運動覚も重度に鈍麻しており,拇指探し試験はⅢ度であった.二点識別や立体覚は検査困難であった.一方で,重量覚 (SOT-600, 酒井医療)は20g差が弁別できた,また,紙ヤスリを使った手触り覚は,粗めの番手であれば#20差を弁別できた.事例は「触った感触はないが,力の入れ具合で弁別できる」と語った.事例2 60歳代前半の右利き女性.病前生活は自立していた.知り合いの店に入るなり倒れたため当院に救急搬送された.頭部MRIでは左被殻に出血巣を認めた.既往歴はなかった.初期評価時の上肢機能はFMA-UEが24点で,FMA-Sは0点であった.発話はジャルゴン様で聞き取りにくく,錯語も強かったが,単語レベルでの簡単な動作従命は可能であった.第18病日にはFMA-UEが44点に向上した.MALはAOU,QOMともに0点で,Use Ratioは0.73であった.体性感覚検査では,触覚や温痛覚,運動覚,拇指探し試験は事例1と同じく重度に障害されており,二点識別や立体覚は検査困難であった.重量覚は40g差でなければ弁別できなかった.また,紙ヤスリは#40差でも弁別できない時があった.【方法】 事例1は第4病日より,事例2は第2病日より作業療法を開始した.2症例とも移乗動作やトイレ動作獲得に向けたADL練習や上肢機能練習(ReoGo-J®︎を含む)を1回あたり40-60分,週6回行った.前述のように介入開始時と発症約2週経過時に加え,発症1ヶ月経過時にも同様の評価を行った.【結果】事例1 FMA-UEは62点に改善した.MALはAOU1点,QOM2点で,顔を洗うときに左手も添える,お茶碗に手を添えて食事をするなど使用場面が見られるようになった.Use Ratioは1.05と病棟生活でも左右手が同等の使用量まで改善した. 事例2 FMA-UEは57点に改善した.MALはAOU1点,QOM0点であった.Use Ratioは0.76で,発症2週時と変わらなかった.【考察】重度体性感覚障害であった2事例に対し,亜急性期における麻痺手の上肢機能や体性感覚機能の改善経過を比較した.事例1,2ともにFMA-UEは大幅に改善したが,麻痺手の使用行動には明らかな差が見られた.発症後約2週目に評価した体性感覚検査では,2事例とも基本的な体性感覚が重度に障害されていたにも関わらず,事例1は事例2と異なり,重量覚や手触り覚が比較的保たれていた.2事例の検討より,体性感覚の各様式のなかでも,能動的触知覚(active touch)の残存が,日常生活における麻痺手使用に影響を及ぼす可能性が示唆された.