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雑誌
STATPHYS28
巻号頁・発行日
2023-06-23
著者
堀優太 有元典文
雑誌
日本教育心理学会第58回総会
巻号頁・発行日
2016-09-22

問題と目的 集団内の発言しやすさの要因は,内的要因と外的要因に分けることができる。しかし,外的要因に関する研究は数多くない。Lobman & Lundquist (2007)は,話者や行為者以外の聴き手が行っているふるまいをaudience performance(以下apと略す)と定義した。本研究ではapを「話者や行為者の言動を受けた,聴き手となる個人及び集団のふるまい全般」と定義し,集団内の発言しやすさの要因としてメンバーのapに着目した。 これまで,心理学では発達を<個人の変化>として捉えてきた。しかし,ホルツマン(2014)は,発達を他者と共に皆が発達できる環境を創造しつつ,その中で自分を創造していくことと解釈した。つまり,発達を集団での<創造していく活動>と捉えたといえる。 以上の観点から,本研究では発達を集団という単位で捉えた。そして,apを用いてメンバーが発言しやすい場を創造し,その中で発言しやすい集団へと発達する過程を検討した。方 法 2015年12月12日から13日に渡り,横浜国立大学の教職必修授業の一環で行われた宿泊実習で観察を行った。宿泊実習に参加した大学4年生及び大学院1年生計15名(男子7名,女子8名)で構成された集団を観察対象とした。このとき筆者(以後Aとする)は集団の一員であったが,当初は他のメンバーから集団のリーダーとして位置づけられていた。 この宿泊実習ではミュージカルの作成が目的として設定され,作成にあたる話し合いやリハーサルといった風景を参加者の許可のもと,ビデオカメラで撮影した。映像データ中に観察されるapによって,(1)Aの立場の変化と(2)場の雰囲気の変化が見られる場面を抽出し分析を行った。結果と考察 場面は全部で3場面抽出された。各場面におけるapの変化を発話例と共に表1に示す。 場面1は宿泊実習開始時の場面で,発言しやすい雰囲気を作るapについて,apの概念を伝えることで集団内で検討する場面であった。はじめはAの問いかけに対して反応しないというapをメンバーは取っていたが,Aが話し合いの内容を模造紙に書き出すと,Aの問いかけに対し反応を返すというapが表れた。また,メンバー同士で質問をしあうといった行動が見られた。このことから,発言しにくい場であった集団が,Aが模造紙を共同作業のツールとして使用したことによってapが変化し,発言しやすい場となったことが推察される。このときのAの立場は集団をまとめるリーダーであったと考えられる。 場面2は,ミュージカルの内容について話し合っている場面であった。この場面では,Aが話し合いの内容をまとめるために,メンバーDに模造紙の記入を依頼した。その後,話し合いが進んでいくうちにメンバーIが自発的に話し合いの内容を模造紙にまとめる行動をとった。この時から,Aの立場が集団のリーダーとしての存在から,他のメンバーと対等な存在へと変化し,メンバーがより自主的に発言や行動をとることのできる場が徐々に創造されていたことが推察される。 場面3はミュージカルの話し合いの途中で休憩を取った場面である。ミュージカルで使用する曲をIがピアノで即興演奏しだした。それに対し,周りにいたメンバーや,トイレから帰ってきたメンバーがピアノに合わせて即興で歌を歌いだし,演奏の輪が広がっていった。このことから,即興的にふるまいやすい場を集団が創造してきたことが推察される。つまり,即興に対して参加しやすい雰囲気が集団内に存在していたことが考えられる。 以上の分析より,場面1ではAをリーダーとするapによって,やや発言しにくい場が創造されていたが,場面2ではAをリーダーから対等な一員とみなすようなapが行われ,より自発的に発言しやすい場が創造されていた。さらに,場面3では即興的なことができる場が創造され,また即興的なことに参加するというapも見られた。以上のことから,apの様態そのものがその後のメンバーのapを再帰的に変化させていたことが示唆された。つまり,集団がapによって発言しやすい場を創造し,その中で発言しやすい集団へ発達していったことが示された。