遠矢浩規 (@tohyaofficial)

投稿一覧(最新100件)

今書いてるものの関係で、幕末維新の京都~江戸間の「旅費」(大名とかではなく庶民・藩士レベルの)がいったいいくらかかるのか知りたかったところ、こんなすばらしい論文がネットにころがってました。谷釜尋徳「近世後期における江戸庶民の旅の費用」https://t.co/kvHVKfZ4Tv
RT @machi82175302: 拙稿「慶応元年中央政局における薩摩藩の動向―将軍進発と条約勅許を中心に-」(『神田外語大学日本研究所紀要』10号、2018.3)がリポジトリで公開されました。ダウンロードも可能です。よろしければ、ご覧ください。https://t.co/e1…

お気に入り一覧(最新100件)

11 0 0 0 OA 平田神学の遺産

明治20年5月19日、矢野玄道が死去。幕末維新期の著名な平田派国学者で、千人以上の門人がいたらしい。また、間接的な影響力という点で、三ツ松誠「平田神学の遺産」(『宗教研究』92-2、2018年)が、大隈重信・副島種臣らを指導した枝… https://t.co/irRbd8mWjK
大正4年5月11日、古荘嘉門が死去。幕末の肥後藩出身で、井上毅と同門。明治初期に河上彦斎と共に反政府の運動に関与。野口真広「台湾総督府内務部長古荘嘉門について」(『社学研論集』4)曰く、明治20年代の対外硬運動を担った国権党初代総… https://t.co/tyJSmrnjIh
真辺将之「近代日本における動物と人間」(『早稲田大学大学院文学研究科紀要』60-4、2015年)は、近世から近代、そして現代に至る過程で複雑化してきた人間と動物の関係性を、鯨・犬・馬を素材に分析。例えば犬に関しては、近世までは食用… https://t.co/5BPuQNDShP
昭和20年4月10日、文倉平次郎が死去。幕末期に太平洋を横断した咸臨丸に関する調査を行い、昭和13年に『幕末軍艦咸臨丸』を著した。中公文庫の上下巻などの形で何度か復刊された。『史学』17-2(1938年)所収の會田倉吉の書評は、文… https://t.co/89xUleLt3H
明治41年2月16日、建野郷三が死去。幕末の小倉藩士で、幕長戦争で長州藩と交戦。小倉城の落城後も抗戦を主張し、赤心隊を結成した。明治期に大阪府知事、駐米公使などを歴任。片岡正彦「明治18年の淀川洪水と北河内」(『京都歴史災害研究』… https://t.co/11ZMoAhIr7
明治21年2月10日、松浦武四郎が死去。何度も蝦夷地探検を行い、幕末期には蝦夷地通として有名だった。北海道の名付け親でもある。三浦泰之「松浦武四郎研究の現状と課題」(『北海学園大学人文論集』65、2018年)は、松浦が置かれた時代… https://t.co/RXOQrlTwtP
慶応3年12月25日(1868年1月19日)、三田の薩摩藩邸焼き討ち事件があった。奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(三)」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50、2015年)は、諸史料から事件の実態解明を試み、益満… https://t.co/dFqCC8DSLA
明治32年1月19日、勝海舟が死去。金澤裕之「咸臨丸米国派遣の軍事史的意義」(『近代日本研究』26)は、海舟の目指した海軍像がサンフランシスコで見た米国海軍で、そのイメージは木村芥舟も共通だったとする。金澤氏の著書『幕府海軍の興亡… https://t.co/9uqs02VzmG
明治19年1月11日、小野梓が死去。大隈重信の腹心として、立憲改進党創設などに参加。大日方純夫「早稲田大学歴史館における小野梓の位置」(『早稲田大学史記要』49、2018年)は、小野が「教養をもった人によって構成される国家・社会を… https://t.co/0QqCcGbScy
@tohyaofficial 堀内誠之進とのつながりがもし確認できたら興味深いですね。 ところで、、和田仁『赤心報国党と篠原箭太郎』 https://t.co/2gmYOgNBBG では、冨永儀三郎が鶴崎の「毛利先生」に面会を求め… https://t.co/R8405ogJSq
「明治前期における旧土佐藩郷士たち―歴史における進歩と反動―」https://t.co/cteD6PG6uJ で、百做社の「士族授産のためのお金下さい!」願書を 「『古勤王党なんてやってすみませんでした
齋藤伸郎氏の『土方久元日記 明治十四年』は、Amazonの電子書籍で購入できる。また、同氏には、「品川弥二郎 明治十四年懐中日記」(『獨協学園資料センター研究年報』8・9、2017年)や、「佐佐木高行日記群の全貌」(『日本歴史』7… https://t.co/lixzHyZ8fg

1 0 0 0 OA 西南記伝

そうそう思い出した! 国デジの『西南記伝』下2に、土佐挙兵計画で立志社から西郷軍への連絡に行った藤好静さんの写真載ってて驚いたんですよ。 しかも岩神昂とツーショット。君がコンビ組んでるのは村松政克だろ…!?と。
岩佐純といえば、最近読んだ論文で一番面白かったもの。 CiNii 論文 -  明治維新期西洋医学導入過程の再検討 https://t.co/DDwUEd1L76 #CiNii
昭和20年4月19日、歴史家の原平三が死去。戦死である。文部省維新史料編纂官を務めた人物。生前に単著は出なかったが、死後に論文集『幕末洋学史の研究』と『天誅組挙兵始末考』が、新人物往来社から刊行された。下記は、横山伊徳氏による前者… https://t.co/dX3JryW7Xg
後藤乾一「ジョン万次郎・平野廉蔵と小笠原諸島」(『アジア太平洋討究』29、2017年)は、幕末の水野忠徳らによる小笠原の調査について、幕府が「回収」と同時に領有権の裏付けとなる「開拓」を重視したと指摘。「開拓」の重要な柱となったジ… https://t.co/bXlnTAWmIL
@tohyaofficial https://t.co/Govr0yuU3p 民権運動~選挙大干渉が中心の本なようでした。 高知県選挙管理委員会が出してるので、専門書というよりは、橋詰氏が一般向けに分かりやすく書いたというものだと思います。
いま川原塚茂太郎見てたら金陵会議についての「金陵日誌抄」なんて資料が残ってたんですね。宮地美彦の字?がなんともいえない笑 https://t.co/zt4jFfWcFb
板垣退助「維新前後経歴談」(第四回講演速記録、明治45年4月23日)では、その時の会談内容が述べられています。板垣は「討幕の兵」を挙げることを西郷に約束したと語っています。信憑性の検証は必要でしょうが、参考にはなると思います。… https://t.co/kxgSQrKLqt
奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(3)-「薩摩藩邸焼き討ち事件」の史料的解明(その2)-」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50、2015年)は、従来の研究で未活用だった史料も駆使して、慶応3年末の江戸を分析。 https://t.co/PftHWod9up

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明治2年6月6日(1869年7月14日)、鵜殿鳩翁(長鋭)が死去。幕臣で、日米和親条約交渉に携わり、文久3年に浪士組取扱。永井尚志は、「人材登庸を重んし、職掌を辱めす」と評した(河内八郎「伊達宗城とその周辺(続)」『茨城大学人文学… https://t.co/Xm5slYzUve
RT @zasetsushirazu: 明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗以来行わ…
明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗… https://t.co/4lKvXaygaN
RT @zasetsushirazu: 慶応4年5月22日(1868年7月11日)、益満休之助が死去。江戸の撹乱工作を主導した。奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(三)」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50)は、江戸の薩摩藩邸焼き討ち事件で逮捕され、勝海舟に引き…
慶応4年5月22日(1868年7月11日)、益満休之助が死去。江戸の撹乱工作を主導した。奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(三)」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50)は、江戸の薩摩藩邸焼き討ち事件で逮捕され、勝海… https://t.co/0SxH1qXlf7

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1 1 1 1 OA 人物偶録

唐突に熊本藩に興味を持ったので、細川護久・長岡護美兄弟について書かれてる本無いかな〜。とりあえず国デジで見つけたのは、護美公のふわふわ逸話。招待されたことはもちろん招待したことも忘れちゃう呑気ぶり(笑) https://t.co/qf9iyzWoOR
RT @shunsukekosaka: 日本語で読める彼の業績は少ないが、貴重な講演翻訳として「システムとしてのローマ帝国」 https://t.co/5KvfknQiFl と「紀元66年、132年のユダヤ人反乱とローマ帝国」https://t.co/zj5q6dEcp7 があ…
RT @shunsukekosaka: 日本語で読める彼の業績は少ないが、貴重な講演翻訳として「システムとしてのローマ帝国」 https://t.co/5KvfknQiFl と「紀元66年、132年のユダヤ人反乱とローマ帝国」https://t.co/zj5q6dEcp7 があ…
RT @shunsukekosaka: 「民主政ローマ」論についてはこちらの有益な研究動向サーベイがある。共和政ローマ史研究者の参照必須文献。https://t.co/Il18LcphDB
RT @dragoner_JP: ネットで読める文ではこれが面白い。陸軍で内務班による暴力を経験した鈴木は、陸軍の悪習改善の為に東京帝大で教育学を学び、教育の国家化によって、全国民の教育機会を均等化し、さらには同和・差別問題も解消しようとしていたと → 教育将校 ・ 鈴木庫三…
RT @zasetsushirazu: 明治2年6月6日(1869年7月14日)、鵜殿鳩翁(長鋭)が死去。幕臣で、日米和親条約交渉に携わり、文久3年に浪士組取扱。永井尚志は、「人材登庸を重んし、職掌を辱めす」と評した(河内八郎「伊達宗城とその周辺(続)」『茨城大学人文学部紀要…
RT @zasetsushirazu: 明治2年6月6日(1869年7月14日)、鵜殿鳩翁(長鋭)が死去。幕臣で、日米和親条約交渉に携わり、文久3年に浪士組取扱。永井尚志は、「人材登庸を重んし、職掌を辱めす」と評した(河内八郎「伊達宗城とその周辺(続)」『茨城大学人文学部紀要…
RT @nekonoizumi: 渡邊 麻里「歌舞伎イヤホンガイド前史―1960年アメリカ公演における同時通訳―」 『文化資源学』16巻 (2018) https://t.co/HdPABjcABf 「1975年、歌舞伎座において、日本人のための日本語による、同時解説イヤホン…
RT @Historian_nomad: 村上先生の新作めたんこおもしろいからこっちもリンクはっとくんでみなさんどうぞ(今年出たのがさっそくpdf公開とかさすが https://t.co/AroyxuiqXC
明治2年6月6日(1869年7月14日)、鵜殿鳩翁(長鋭)が死去。幕臣で、日米和親条約交渉に携わり、文久3年に浪士組取扱。永井尚志は、「人材登庸を重んし、職掌を辱めす」と評した(河内八郎「伊達宗城とその周辺(続)」『茨城大学人文学… https://t.co/Xm5slYzUve
RT @zasetsushirazu: 明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗以来行わ…
RT @zasetsushirazu: 明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗以来行わ…
RT @zasetsushirazu: 明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗以来行わ…
RT @nnnnnnnnnnn: 『世界神話学入門』の後藤明がイモについてわかりやすく語った講演の書き起こし。最近タピオカミルクティのフレーバーとして日本でも認知度が高まってきたタロ芋についてもかなり言及してる。 CiNii 論文 - 南方世界の儀礼食(芋)から https…
明治7年7月12日、伊達慶邦が死去。幕末の仙台藩主で、東国最大の国持大名。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主。綿抜豊昭「伊達慶邦一座の七種連歌をめぐって」(『中央大学文学部紀要 言語・文学・文化』119、2017年)は、藩祖の伊達政宗… https://t.co/4lKvXaygaN
RT @Carex_minima: 車で走ってて「冬でもないのに竹が枯れてるやん。強烈な除草剤でもぶっかけたか?」と思ったけどピンときた。「開花だ!」 竹の開花は100年に1度らしいけど、有性生殖の機構はどうなってるんやろかと調べたら、超面白かった。和文落ちてるのホント有難い…
RT @zasetsushirazu: 慶応4年5月22日(1868年7月11日)、益満休之助が死去。江戸の撹乱工作を主導した。奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(三)」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50)は、江戸の薩摩藩邸焼き討ち事件で逮捕され、勝海舟に引き…
慶応4年5月22日(1868年7月11日)、益満休之助が死去。江戸の撹乱工作を主導した。奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(三)」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50)は、江戸の薩摩藩邸焼き討ち事件で逮捕され、勝海… https://t.co/0SxH1qXlf7