著者
小林 由佳 井上 彰臣 津野 香奈美 櫻谷 あすか 大塚 泰正 江口 尚 渡辺 和広
出版者
公益財団法人 産業医学振興財団
雑誌
産業医学レビュー (ISSN:13436805)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.225-250, 2021 (Released:2021-01-01)
被引用文献数
1

多様化する産業保健上のニーズに応える能力として、産業保健専門職のリーダーシップが注目されている。本稿では産業保健専門職がリーダーシップをさらに向上させ、活動を展開していくための指針となる考え方を提案することを目的とし、リーダーシップ研究の文献レビューから産業保健専門職のリーダーシップにふさわしい概念を検討し、活動事例による例示を行なった。文献レビューでは、これまでの変遷から、近年提唱された「権限によらないリーダーシップ」に着目し、適応型および共有型リーダーシップの産業保健専門職への適用の有用性を掘り下げた。さらに事例検討から、両リーダーシップは産業保健専門職が日常的に発揮できるものであり、課題解決に有効となり得ることが示された。
著者
大類 真嗣 田中 英三郎 前田 正治 八木 淳子 近藤 克則 野村 恭子 伊藤 弘人 大平 哲也 井上 彰臣 堤 明純
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.101-110, 2020-02-15 (Released:2020-02-22)
参考文献数
27

大震災の支援に当たった専門家による研究成果と経験に基づき,災害時のメンタルヘルスと自殺予防に資する留意点についてまとめた。支援の対象と支援方法の重点は,被災からの時期・段階によって変化する。とくに被災による避難時と避難指示解除時はともに留意が必要である。対象のセグメンテーションを行い,必要な支援を必要なタイミングで届ける必要がある。真に支援が必要な対象やテーマは表出されない場合があることに留意する。震災後に生まれた子どもや母親の被害,高齢者の認知症リスクも増えることが観察されている。被災者だけではなく,その支援を行う自治体職員や保健医療福祉職員のメンタルヘルスにも配慮する必要がある。避難地区だけでなく避難指示解除地区においても自殺率が高いという知見も得られている。教育や就労支援,社会的役割やサポートまで,総合的・長期的な支援が必要で,保健医療関係者だけではない分野横断的なネットワークの構築が平時から必要である。危機的な状況であるほど,なじんだ手段しか使えない。平時からの教育・訓練・ネットワーク化で被害の緩和を図っていく必要がある。
著者
江口 泰正 井上 彰臣 太田 雅規 大和 浩
出版者
日本健康教育学会
雑誌
日本健康教育学会誌 (ISSN:13402560)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.256-270, 2019-08-31 (Released:2019-08-31)
参考文献数
34
被引用文献数
12

目的:忙しい労働者における,運動継続が出来ている人の特性について,特に運動継続の理由・動機に着目して探索的に明らかにし,新たな行動変容アプローチに関する示唆を得ることを目的とした.方法:労働者に対して運動実施状況や運動継続の理由等について質問紙による横断的調査を実施し,1,020名から回収できた.無効なデータ等を除いた最終的な分析数は521名分であった.継続理由の強さを1~5点に得点化し,平均値を運動継続群と非継続群で比較した.また継続理由を因子分析した.結果:労働者における運動継続者の継続理由の上位[推定平均値(SE)]には,体力向上[4.02(0.12)],体型維持[3.98(0.13)]や健康への好影響[3.90(0.12)]など,健康への利益が多かったが,非継続者も上位は同様で,得られる利益について認識していることが明らかになった.次に継続理由の因子として「楽しさ・高揚感」「依存・自尊」「外観・陶酔」「健康利益」「飲食的充足」の5つが抽出された.このうち運動継続者に見られる顕著な特性として「楽しさ・高揚感」の重要性が示唆された.また「飲食的充足」は,非継続者の方が継続者より有意に得点が高かった.結論:労働者における運動継続への動機として「楽しさ・高揚感」が最も重要であることが示唆され,この因子に対する良いフィードバックが継続へのアプローチとして有効となる可能性がある.
著者
吉村 健佑 川上 憲人 堤 明純 井上 彰臣 小林 由佳 竹内 文乃 福田 敬
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.11-24, 2013-02-20 (Released:2013-02-26)
参考文献数
25
被引用文献数
5 3 1

目的:本研究では,職場におけるメンタルヘルスの第一次予防対策の実施が事業者にとって経済的利点をもたらすかどうかを検討することを目的とし,すでに公表されている国内の研究を文献検索し,職場環境改善,個人向けストレスマネジメント教育,および上司の教育研修の3つの手法に関する介入研究の結果を二次的に分析し,これらの研究事例における費用便益を推定した.対象と方法:Pubmedを用いて検索し,2011年11月16日の時点で公表されている職場のメンタルヘルスに関する論文のうち,わが国の事業所で行われている事,第一次予防対策の手法を用いている事,準実験研究または比較対照を設定した介入研究である事,評価として疾病休業(absenteeism)または労働生産性(presenteeism)を取り上げている事を条件に抽出した結果,4論文が該当した.これらの研究を対象に,論文中に示された情報および必要に応じて著者などから別途収集できた情報に基づき,事業者の視点で費用および便益を算出した.解析した研究論文はいずれも労働生産性の指標としてHPQ(WHO Health and Work Performance Questionnaire)Short Form 日本語版,あるいはその一部修正版を使用していた.介入前後でのHPQ得点の変化割合をΔHPQと定義し,これを元に事業者が得られると想定される年間の便益総額を算出した.介入の効果発現時期および効果継続のパターン,ΔHPQの95%信頼区間の2つの観点から感度分析を実施した.結果:職場環境改善では,1人当たりの費用が7,660円に対し,1人当たりの便益は点推定値において15,200–22,800円であり,便益が費用を上回った.個人向けストレスマネジメント教育では,1人当たりの費用が9,708円に対し,1人当たりの便益は点推定値において15,200–22,920円であり,便益が費用を上回った.上司の教育研修では2論文を解析し,Tsutsumi et al. (2005)では1人当たりの費用が5,290円に対し,1人当たりの便益は点推定値において4,400–6,600円であり,費用と便益はおおむね同一であった.Takao et al. (2006)では1人当たりの費用が2,948円に対し,1人当たりの便益は0円であり,費用が便益を上回った.ΔHPQの95%信頼区間は,いずれの研究でも大きかった.結論:これらの研究事例における点推定値としては,職場環境改善および個人向けストレスマネジメント教育では便益は費用を上回り,これらの対策が事業者にとって経済的な利点がある可能性が示唆された.上司の教育研修では点推定値において便益と費用はおおむね同一であった.いずれの研究でも推定された便益の95%信頼区間は広く,これらの対策が統計学的に有意な費用便益を生むかどうかについては,今後の研究が必要である.
著者
櫻谷 あすか 津野 香奈美 井上 彰臣 大塚 泰正 江口 尚 渡辺 和広 荒川 裕貴 川上 憲人 小林 由佳
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
pp.2022-015-E, (Released:2023-07-15)

目的:近年,質の高い産業保健活動を展開するために,産業保健専門職がリーダーシップを発揮することが求められている.本研究では,産業保健専門職が権限によらないリーダーシップを発揮するために必要な準備状態を測定するチェックリスト(The University of Tokyo Occupational Mental Health [TOMH] Leadership Checklist: TLC)を開発し,TLCの信頼性・妥当性を統計的に検証することを目的とした.対象と方法:文献レビューおよび産業保健専門職を対象としたインタビューに基づき,6因子54項目(自己理解10項目,状況把握10項目,ビジョン9項目,心構え12項目,業務遂行3項目,人間関係構築10項目)から構成される尺度のドラフト版を作成した.次に,産業保健専門職(人事労務,安全衛生,健康管理のいずれかの部門に所属する者)300名を対象に,webによる横断調査を実施し,信頼性・妥当性を検証した.結果:主因子法・プロマックス回転を用いた探索的因子分析を実施した結果,5因子51項目が得られた(自己理解8項目,状況把握10項目,ビジョン9項目,心構え12項目,業務遂行12項目).次に,確認的因子分析を行った結果,適合度指標はCFI = 0.877,SRMR = 0.050,およびRMSEA = 0.072となった.また,TLCの5つの下位尺度のCronbach’α 係数は,0.93~0.96となった.TLCの合計および下位尺度はいずれも,ワーク・エンゲイジメント,職務満足度,および自己効力感との間に有意な正の相関が認められた(p < .05).一方,心理的ストレス反応との間に有意な負の相関が認められた(p < .05).加えて,「権限によらないリーダーシップを発揮したことはあるか」という質問に対して「はい」と回答した群は,「いいえ」と回答した群に比べて,TLCの合計得点および下位尺度得点が有意に高かった(p < .001).考察と結論:本研究で産業保健専門職向けに新たに開発したTLCは一定の内的一貫性,構造的妥当性,構成概念妥当性(収束的妥当性および既知集団妥当性)を有することが示唆された.
著者
吉村 健佑 川上 憲人 堤 明純 井上 彰臣 小林 由佳 竹内 文乃 福田 敬
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
pp.E12003, (Released:2012-12-21)
被引用文献数
3 3 1

目的:本研究では職場におけるメンタルヘルスの第一次予防対策の実施が事業者にとって経済的利点をもたらすかどうかを検討することを目的とし,すでに公表されている国内の研究を文献検索し,職場環境改善,個人向けストレスマネジメント教育,および上司の教育研修の3つの手法に関する介入研究の結果を二次的に分析し,これらの研究事例における費用便益を推定した.対象と方法:Pubmedを用いて検索し,2011年11月16日の時点で公表されている職場のメンタルヘルスに関する論文のうち,わが国の事業所で行われている事,第一次予防対策の手法を用いている事,準実験研究または比較対照を設定した介入研究である事,評価として疾病休業(absenteeism)または労働生産性(presenteeism)を取り上げている事を条件に抽出した結果,4論文が該当した.これらの研究を対象に,論文中に示された情報および必要に応じて著者などから別途収集できた情報に基づき,事業者の視点で費用および便益を算出した.解析した研究論文はいずれも労働生産性の指標としてHPQ(WHO Health and Work Performance Questionnaire)Short Form 日本語版,あるいはその一部修正版を使用していた.介入前後でのHPQ得点の変化割合をΔHPQと定義し,これを元に事業者が得られると想定される年間の便益総額を算出した.介入の効果発現時期および効果継続のパターン,ΔHPQの95%信頼区間の2つの観点から感度分析を実施した.結果:職場環境改善では,1人当たりの費用が7,660円に対し,1人当たりの便益は点推定値において15,200–22,800円であり,便益が費用を上回った.個人向けストレスマネジメント教育では,1人当たりの費用が9,708円に対し,1人当たりの便益は点推定値において15,200–22,920円であり,便益が費用を上回った.上司の教育研修では2論文を解析し,Tsutsumi et al.(2005)16)では1人当たりの費用が5,290円に対し,1人当たりの便益は点推定値において4,400–6,600円であり,費用と便益はおおむね同一であった.Takao et al(2006)17)では1人当たりの費用が2,948円に対し,1人当たりの便益は0円であり,費用が便益を上回った.ΔHPQの95%信頼区間は,いずれの研究でも大きかった.結論:これらの研究事例における点推定値としては,職場環境改善および個人向けストレスマネジメント教育では便益は費用を上回り,これらの対策が事業者にとって経済的な利点がある可能性が示唆された.上司の教育研修では点推定値において便益と費用はおおむね同一であった.いずれの研究でも推定された便益の95%信頼区間は広く,これらの対策が統計学的に有意な費用便益を生むかどうかについては,今後の研究が必要である.
著者
廣川 空美 森口 次郎 脊尾 大雅 野村 洋子 野村 恭子 大平 哲也 伊藤 弘人 井上 彰臣 堤 明純
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.68, no.5, pp.311-319, 2021-05-15 (Released:2021-06-03)
参考文献数
17

メンタルヘルス不調者のサポートのために,地域職域連携が謳われているが,実行性のある取り組みは少ない。とくに小規模事業場は課題が多く,地域と職域との密接な連携による対策が求められる。地域で実践されている好事例や認識されている課題を挙げ,メンタルヘルス対策の連携の阻害要因を整理し,実行性のある連携方法を提案することを目指したシンポジウムを開催した。 産業保健総合支援センターを核にした地域専門医療機関との連携による事例では,地域の専門医療機関の情報提供とその有効活用の工夫が示された。地域における産業保健を支援する医療リソースの把握と事業場への情報提供は産業保健総合支援センターが貢献できる領域である。 京都府では,医師会や行政が,地域の産業医,精神科医,人事労務担当者等関係者間で,連携目的に応じた定期的な会合や研究会を開催しており,多様な「顔の見える」多職種連携が展開され,関係者間で発生する課題や不満も含めて議論されている。 社会保険労務士として企業のネットワークを,障害者雇用に活用している事例では,地元の事業活動の核となる金融機関や就労移行支援事業所等と連携して,有病者や障害者のインターンを中小企業で受け入れるプロジェクトが展開されている。フルタイムの雇用にこだわらず,事業場のニーズと有病者の就業可能性をすり合わせる仕組みは,メンタルヘルス不調者の復職などに応用できる可能性がある。 相模原市では,評価指標を設定しPDCAを回しながら零細企業を対象とする支援を行っている。具体的には,市の地域・職域連携推進連絡会において,中小事業所のメンタルヘルス対策を含めた健康づくりの推進を目的に,事業所を訪問し,健康経営グッドプラクティスを収集して,他の中小事業所の事業主へ周知する取り組みを行っている。 連携の阻害要因には,職場から労働者の家族等に連絡が取りにくい点,メンタルヘルス不調者が産業保健のケアの対象から漏れたときの支援の維持方法,保健師等専門職がいない職場でメンタルヘルスを進める工夫,サービスを展開するマンパワーの不足が挙げられた。職域と地域の連携のギャップを埋めるためには,保健師や臨床医を含む関係者による,それぞれのメリットを求めた連絡会や勉強会等の顔の見える関係づくりは有用で,小規模事業場へのアプローチは健康問題全般の支援にメンタルヘルスを組み込む形で行うことが受け入れやすいと考えられた。
著者
加賀田 聡子 井上 彰臣 窪田 和巳 島津 明人
出版者
日本行動医学会
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.83-90, 2015 (Released:2015-11-19)
参考文献数
39

看護師を対象に、感情労働による心理学的影響を調べた近年の先行研究では、感情労働がバーンアウト/抑うつの悪化や職務満足感の向上に影響を与えることが着目されている。しかし、日本の看護師を対象に感情労働の心理学的側面に着目した先行研究は少なく、感情労働を要素別に分類し、ワーク・エンゲイジメントやストレス反応との関連を検証した研究は、我々の知る限り見当たらない。そこで本研究では、日本の看護師を対象に「看護師の感情労働測定尺度:ELIN」を用いて感情労働の要素を詳細に測定し、これらの各要素とワーク・エンゲイジメント、心理的ストレス反応および身体的ストレス反応との関連を検討することを目的とした。関東圏内の1つの総合病院に勤務する女性病棟看護師306名を対象に、感情労働(ELIN:「探索的理解」、「ケアの表現」、「深層適応」、「表層適応」、「表出抑制」の5下位尺度からなる)、ワーク・エンゲイジメント(The Japanese Short Version of the Utrecht Work Engagement Scale:UWES-J短縮版による)、心理的ストレス反応および身体的ストレス反応(職業性ストレス簡易調査票:BJSQによる)、個人属性(年齢、診療科、同居者の有無)に関する質問項目を含めた自記式質問紙を用いて調査を実施した(調査期間:2011年8~9月)。分析は、感情労働とワーク・エンゲイジメント、心理的ストレス反応および身体的ストレス反応との関連を検討するため、感情労働の各下位尺度を独立変数、ワーク・エンゲイジメント、心理的ストレス反応および身体的ストレス反応を従属変数、個人属性を調整因子とした重回帰分析を実施した。重回帰分析の結果、感情労働の構成要素の一つである「探索的理解」とワーク・エンゲイジメントとの間に正の関連が、「表出抑制」とワーク・エンゲイジメントとの間に負の関連が認められた。また、感情労働の構成要素の一つである「深層適応」と心理的ストレス反応および身体的ストレス反応との間に正の関連が認められた。これらの結果から、「探索的理解」を高め、「表出抑制」や「深層適応」を低減させるようなアプローチによって、看護師が自身の感情をコントロールしながらも、心身の健康を保持・増進するために有効な可能性が示唆された。