- 著者
-
山内 貴史
島崎 崇史
柳澤 裕之
須賀 万智
- 出版者
- 公益社団法人 日本産業衛生学会
- 雑誌
- 産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
- 巻号頁・発行日
- vol.65, no.2, pp.63-73, 2023-03-20 (Released:2023-03-25)
- 参考文献数
- 17
抄録:目的:わが国における「治療と仕事の両立支援」では,診療報酬改定や,制度についての事業所,医療機関ならびに労働者への情報提供と普及啓発が進められてきた.一方,われわれは,(1)中小企業の労働者は病気の治療のため両立支援を申し出ることにデメリットを強く感じていること,および(2)産業保健スタッフや柔軟な勤務・休暇制度の有無などの要因とは独立して,職場の協働的風土が労働者の両立支援の申出意図を高める可能性があること,を明らかにしてきた.本研究では中小企業の労働者を対象とし,協働的風土および被援助への肯定的態度と,情報提供前・後の両立支援の申出意図の変化との関連を分析することを目的とした.対象と方法:2021年10月,中小企業勤務の20歳~64歳の正社員で,病気による就業制限の経験がなく,両立支援について内容を把握していない労働者モニター3,200人を対象としてオンライン調査を実施した.対象者はわが国の業種・従業員規模別の就業人口割合の縮図となるようサンプリングされた.まず,回答者ががんや脳卒中などに罹患し,主治医から通常勤務は難しいと指摘された場面を想定させ(情報提供「前」),このような状況下での両立支援の申出意図を尋ねた.次に,両立支援のリーフレットを提示し概要を把握させたうえで(情報提供「後」),再度両立支援の申出意図を尋ねた.協働的風土および被援助への肯定的態度を主たる説明変数,両立支援の申出意図を目的変数とした2項ロジスティック回帰分析を実施した.結果:2,531人(79.7%)が両立支援を「情報提供前・後ともに申し出る」と回答した一方で,情報提供前に「申し出ない」と回答した586人のうち173人は情報提供後に「申し出る」と回答が変化していた.「情報提供前・後ともに申し出ない」を参照カテゴリとした2項ロジスティック回帰分析において,産業保健スタッフや柔軟な勤務・休暇制度の有無などの要因とは独立して,協働的風土が強く職場内での支援の先例がある場合には両立支援の申出意図の報告が多かった.とりわけ,情報提供「前」に両立支援を「申し出ない」と回答した者のうち,従業員数が50人~299人の事業場に勤務し,協働的風土が良好で社内に支援の先行事例がある者では,情報提供「後」に支援を「申し出る」への回答の変化が有意に多かった.考察と結論:中小企業の労働者において,リーフレットを用いた情報提供前・後で両立支援の申出意図に顕著な変化は見られず,約8割が「情報提供前・後ともに申し出る」と回答した.協働的風土が良好で社内に支援の先行事例がある者では,情報提供「後」に支援を「申し出る」への回答の変化が有意に多かった.本研究の結果から,協働的風土や支援事例の有無などの職場環境要因が,両立支援に関する情報提供の有用性や両立支援の申出意図を高める可能性が示唆された.