著者
辻 洋志 林 江美 池田 宗一郎 玉置 淳子
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
pp.JOSH-2021-0012-GI, (Released:2022-02-08)
参考文献数
57

日本では2020年1月からの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大に伴い,職場では地域の感染状況や職場環境に合わせて適切な感染防止策を行う事が求められている.複数の学術・業界団体がガイドラインを発表し,防止策のアイデアが提供されているものの,現場ではすべての対策を講じることは現実的に困難である.効果の優れる対策を検討し,優先的に行う事が求められている.従来から職場の衛生管理では,複数の介入を組み合わせて,また介入は優先順位をつけて行う事を基本とする労働衛生管理モデルが広く利用されてきた.本稿では代表的な労働衛生管理モデルを改めて紹介する.また,それら労働衛生管理モデルを応用した,優先順位に基づく効率的な職場におけるCOVID-19対策について検討し,整理された対策視点を提案する.
著者
今北 哲平 田治米 佳世 池成 早苗
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
pp.JOSH-2019-0018-GE, (Released:2020-02-21)
参考文献数
44

医療現場では,患者や患者家族から職員に対するセクシュアルハラスメントが問題となっている.そこで本研究では,病院に勤務する職員478名を対象として,患者等から職員に対するセクシュアルハラスメントの実態調査を実施した.その結果,患者等からのセクシュアルハラスメントの被害経験率は42.7%であり,すべての職種,性別に被害経験があった.被害内容は「身体の一部への接触」,「容姿のことを言われる」,「性的行為を迫られる」,「性差別的発言や扱い」など多岐にわたっていた.ロジスティック回帰分析の結果からは,看護・介護職は「容姿」(aOR = 2.64 [1.12-6.20]),リハビリ職は「抱きつき」(aOR = 4.04 [1.41-11.60])や「性的話題」(aOR = 2.50 [1.06-5.87]),事務職は「性的質問」(aOR = 5.17 [1.39-19.20])というセクシュアルハラスメントを,他の職種よりも有意に受けやすい可能性が示された.一方,被害について一度も相談したことがないと回答した人は被害経験者のうちの46.5%であり,相談しなかった理由は「大したことではないと思った」,「相談しても意味がないと思った」,「我慢しなければならないと思った」,「患者の疾患特性によるものだと思った」など多岐にわたっていた.本研究の結果から,職種や性別を限定せず,かつセクシュアルハラスメントの定義や具体例を示すことで,適切な実態把握ができる可能性が示された.さらに,被害についての相談を促進するためには,相談行動の阻害要因ごとに取り組みを検討することが有効と考えられた.
著者
冨田 一 崔 光石 中田 健司 本山 建雄
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.27-36, 2008 (Released:2013-07-02)
参考文献数
34
被引用文献数
1

既に100/200Vから220/380Vに昇圧された韓国と我が国との電気火災および感電事故を比較して,将来、我が国が低圧の配電電圧として230/400Vが採用された場合に想定される電気安全上の課題について留意点を抽出した.昇圧の進展と電気火災発生件数には相関性が見られ,電気火災の主因である短絡は,その発生過程の究明と防止対策が電気火災防止にとって重要になる.昇圧化後にも老朽設備を使用し続けると,電気火災が発生し易くなるので特に注意が必要である.昇圧の進展と感電死傷者数には相関性が見られない.この要因には,有効な接地方式の選定や漏電遮断器の普及が感電事故の抑制に寄与したことが考えられる.昇圧による電気事故を防止するには,配電方式や対地電圧に応じた適切な接地方式の選定や接地技術の開発,電気設備,漏電遮断器の安全性向上などのハード面の安全対策に加えて,電気安全関連法令の遵守,定期点検の徹底,老朽設備を適切に運用するためにメンテナンス体制の整備などのソフト面での安全管理体制の確立も重要である.
著者
生田 孝
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.13-21, 2014 (Released:2014-04-13)
参考文献数
31
被引用文献数
1 1

いわゆる「新型うつ病」が近年世間に広まり,産業保健の現場でも「新型うつ病」の社員にどのように対処すべきか,多くの企業で喫緊の問題となっている.しかしながら,精神医学的に見ればいわばこれは「ゴッタ煮」概念であり,そこには,疾患としてのうつ病や軽度の精神病,神経症,ある種のパーソナリティ障害,適応障害,怠業や逃避行動,あるいは健常者における一過性の不適応行動まで含まれており,学問的な信頼性と妥当性を有した疾患概念ではない.しかしながらそれは,いわば現代日本の時代精神を反映している.その意味で「新型うつ病」は,極めて流動的であり,数十年の時間スパンに耐えうるかどうかは疑問である.その内実を知るには,精神疾患の成因論的視点が不可欠であり,少なくとも当該者の対応には,経験を積んだ精神科医による詳細な生活史の把握と成因論的(つまり,心因性・内因性・外因性の)見方,および状況因と性格因的視点が不可欠である.
著者
梅崎 重夫 福田 隆文 齋藤 剛 清水 尚憲 木村 哲也 濱島 京子 芳司 俊郎 池田 博康 岡部 康平 山際 謙太 冨田 一 三上 喜貴 平尾 裕司 岡本 満喜子 門脇 敏 阿部 雅二朗 大塚 雄市
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.13-27, 2014 (Released:2015-03-26)
参考文献数
19

日本の強みは,現場の優秀な作業者や管理・監督者及び生産技術者が質の高い安全管理と生産技術に基づく改善を実施していることにある.したがって,この“現場力”を基盤に置いた上で,技術に基づく安全の先進国と言われる欧州の機械安全技術や社会制度を適切に活用すれば,日本の現場力と欧州の機械安全技術を高次の次元で融合させた新しい枠組みの安全技術と社会制度を構築できる可能性がある.本稿では,以上の観点から日本で望まれる法規制及び社会制度のあり方を検討した.その結果,今後の日本の社会制度では,安全をコストでなく新たな価値創造のための投資として位置づけること,高い当事者意識と安全な職場を構築しようとする共通の価値観を関係者間で共有すること,及び再発防止から未然防止,件数重視から重篤度重視への戦略転換と想定外の考慮が重要と推察された.また,実際の機械の労働災害防止対策では,特に経営者及び設計者に対して欧州機械安全の基本理念と災害防止原則を普及促進するとともに,①ISO12100に定めるリスク低減戦略,②モジュール方式による適合性評価と適合宣言に関する情報伝達を目的としたマーキング,③マーキングの情報に基づく機械の使用段階での妥当性確認,④機械の設計・製造段階への災害情報のフィードバックが特に重要と考えられた.
著者
土屋 政雄 馬ノ段 梨乃 北條 理恵子
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.19-23, 2017-02-28 (Released:2017-03-03)
参考文献数
24
被引用文献数
1

ストレスチェック制度の開始により,労働者のセルフケアに対する関心も高まっていくことが予想される.制度のねらいから,生産性向上を視野に入れたセルフケアの普及が望まれる.本稿では,「マインドフルネス」や「アクセプタンス」といった概念を用いた方法について,その特徴,科学的根拠,実施する際の参考となる情報などを解説する.先行研究よりマインドフルネスについてはすでに多くの研究が行われているが,アクセプタンスに関する研究は数が少なく,途中段階であることが明らかとなった.ストレス症状低減についてはどちらも一定の効果が期待されるが,生産性向上についてはさらなる研究の蓄積が必要と思われる.
著者
前田 光哉
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
pp.JOSH-2015-0025-CHO, (Released:2016-08-11)
参考文献数
66

2011年の東電福島第一原発事故の教訓を踏まえ,厚生労働省においては,今後仮に原子力発電所に事故が発生した場合に備え,労働者が緊急作業に従事している間の被曝線量の管理について検討した.検討の基本的な考え方は,①ICRPの正当化原則,②緊急被曝限度の考え方,③原子力災害の危機管理の観点,④ICRPの最適化原則に基づくものであった.厚生労働省は,検討結果を基に2015年8月に改正電離則を公布した.改正の内容は,①特例緊急被曝限度の設定,②特例緊急作業従事者の限定,③被曝線量管理の最適化,④特例緊急作業従事者に係る記録等の提出等,⑤緊急作業従事者の線量の測定及びその結果の確認,記録,報告等の5点である.また,特例緊急被曝限度の設定に当たっては,数多くの文献レビューの結果に基づき検討したが,同様に低線量被曝の文献レビューを行った食品安全委員会及び低線量被曝のリスク管理に関するワーキンググループの検討結果を紹介するとともに,最近の低線量被曝に係る主要な文献の内容を紹介した.今後,放射線作業に従事する労働者の線量管理方策を検討する場合は,高線量の急性被曝だけではなく,低線量の慢性被曝による健康影響を考慮に入れる必要がある.それに備えて,長期的に労働者を追跡した疫学研究を積極的に推進していく必要がある.
著者
髙田 琢弘 吉川 徹 佐々木 毅 山内 貴史 高橋 正也 梅崎 重夫
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
pp.JOSH-2020-0022-GE, (Released:2021-02-11)
参考文献数
26

本研究は,過労死等の多発が指摘されている業種・職種のうち,教育・学習支援業(教職員)に着目し,それらの過労死等の実態と背景要因を検討することを目的とした.具体的には,労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センターが構築した電子データベース(脳・心臓疾患事案1,564件,精神障害・自殺事案2,000件,平成22年1月~平成27年3月の5年間)を用い,教育・学習支援業の事案(脳・心臓疾患事案25件,精神障害・自殺事案57件)を抽出し,性別,発症時年齢,生死,職種,疾患名,労災認定理由および労働時間以外の負荷要因,認定事由としての出来事,時間外労働時間数等の情報に関する集計を行った.結果から,教育・学習支援業の事案の特徴として,脳・心臓疾患事案では全業種と比較して長時間労働の割合が大きい一方,精神障害・自殺事案では上司とのトラブルなどの対人関係の出来事の割合が大きかったことが示された.また,教員の中で多かった職種は,脳・心臓疾患事案,精神障害・自殺事案ともに大学教員と高等学校教員であった.さらに,職種特有の負荷業務として大学教員では委員会・会議や出張が多く,高等学校教員では部活動顧問や担任が多いなど,学校種ごとに異なった負荷業務があることが示された.ここから,教育・学習支援業の過労死等を予防するためには,長時間労働対策のみだけでなく,それぞれの職種特有の負担を軽減するような支援が必要であると考えられる.
著者
芳司 俊郎 池田 博康 岡部 康平 齋藤 剛
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.3-15, 2012 (Released:2012-08-03)
参考文献数
7
被引用文献数
1 1

1980年に我が国で産業用ロボットの本格的な普及が始まってから約30年が経過した.その間,労働安全衛生規則において産業用ロボットの運用規制がなされているにもかかわらず,依然として,労働災害が発生している.そのため,その要因を調査し,労働安全衛生規則の在り方を検討するため,本論文では,産業用ロボットによる労働災害に見られる問題点を分析した.その結果,多くが自動運転中に,何らかのトラブル等で可動範囲内に立ち入って被災するケースが多く,同規則の有効性の検討が必要と考えられた.これは,規則自体の問題なのか否かを調べるため,日本工業規格と労働安全衛生規則の規定の比較を行ったところ,技術的方策の差異と,現実の担当範囲の違いがあることが明らかとなった.また,ロボットメーカとユーザへのアンケートにより,これらの問題点を聞いたところ,両者の規定内容の差異を問題視しており,内容の整合を求めていることが確認された.これらの結果を踏まえ,労働安全衛生規則等に関して,(1)産業用ロボット本体及び設置後の残留リスクをユーザに情報提供すること,(2)技術の進展等に伴う新たな課題について規定すること,(3)日本工業規格と労働安全衛生規則の役割の違いに留意しつつ両者の整合性を図ること等の提言を行った.
著者
鈴木 一弥 吉川 徹 高橋 正也
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.23-35, 2022-02-28 (Released:2022-02-28)
参考文献数
52

目的:過労死等の防止のために職場で行う自主的・組織的対策を支援する方法あるいはツールを検討するための文献・資料調査を実施する.調査結果に基づいて既存の成果と今後の課題を整理する.方法:長時間労働による心身の健康障害の予防のためにこれまでに開発されたツールの事例(対策支援のチ ェックリスト, ガイドライン等)を学術文献データベース(MEDLINE,PubMed,JMEDPlus)の検索で収集し た.検索キーワードはツール等を示す用語(チェックリスト,ガイドライン,マネジメントシステム,ツールキ ット)と労働時間との論理積とした.2000~2019年の英語および日本語の学術論文を対象とした.公的または 公益的機関が提供しているツールに関して,インターネットによる探索的な検索も実施した.結果:学術文献データベースで72件(英文)および67件(日本語)がヒットした.タイトルと抄録の内容 により,対策を支援するツールの開発・提案や言及がなされた文献を選択した結果,労働時間の長い労働者に対する面接指導の実施を定めた「総合対策」への組織的な対応方法を改善するアクションチェックリストの開発が 1編,面接指導を支援する実務的ツールに関する研究が2編,交代勤務に関するチェックリストの開発が1編,航空安全を主目的としたFRMS(Fatigue risk management system)に関する研究が2編あった.インターネットの 検索の結果では,省庁と公益的な組織によって,いくつかの特定の業種・職種を対象としたツールの公開があった.医療労働のコンプライアンス支援ツール,交代制勤務に関するガイドライン,職場環境の自主的改善を支援するアクションチェックリスト,運送業における業務の内容や建設業における商慣行の改善のためのガイドライン,医療と運送業の対策好事例の提供等があった.交代勤務に関するガイドラインは,その予防的・包括的な内 容が特に参考になると思われたので,4種のガイドラインの内容を整理して表に示した.収集されたすべてのツ ールを,包括性,直接の使用者,改善の対象,介入の方法等に基づいて分類した.考察:長時間労働にかかわる自主的な取り組みを支援するツールの開発は現状では少数であった.組織体制の改善,参加型の人間工学的改善の支援,ストレスに関わる心理社会的要因の改善,職種・業種に特有の業務の改善を支援するものがあり,それぞれに特徴があった.過労死等を予防する包括的な対策ツールの要件に関する参考資料の収集ができた.
著者
今北 哲平 田治米 佳世 池成 早苗
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.11-22, 2020-02-28 (Released:2020-02-29)
参考文献数
44
被引用文献数
1

医療現場では,患者や患者家族から職員に対するセクシュアルハラスメントが問題となっている.そこで本研究では,病院に勤務する職員478名を対象として,患者等から職員に対するセクシュアルハラスメントの実態調査を実施した.その結果,患者等からのセクシュアルハラスメントの被害経験率は42.7%であり,すべての職種,性別に被害経験があった.被害内容は「身体の一部への接触」,「容姿のことを言われる」,「性的行為を迫られる」,「性差別的発言や扱い」など多岐にわたっていた.ロジスティック回帰分析の結果からは,看護・介護職は「容姿」(aOR = 2.64 [1.12-6.20]),リハビリ職は「抱きつき」(aOR = 4.04 [1.41-11.60])や「性的話題」(aOR = 2.50 [1.06-5.87]),事務職は「性的質問」(aOR = 5.17 [1.39-19.20])というセクシュアルハラスメントを,他の職種よりも有意に受けやすい可能性が示された.一方,被害について一度も相談したことがないと回答した人は被害経験者のうちの46.5%であり,相談しなかった理由は「大したことではないと思った」,「相談しても意味がないと思った」,「我慢しなければならないと思った」,「患者の疾患特性によるものだと思った」など多岐にわたっていた.本研究の結果から,職種や性別を限定せず,かつセクシュアルハラスメントの定義や具体例を示すことで,適切な実態把握ができる可能性が示された.さらに,被害についての相談を促進するためには,相談行動の阻害要因ごとに取り組みを検討することが有効と考えられた.
著者
高橋 正也
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.23-30, 2014 (Released:2014-04-13)
参考文献数
43
被引用文献数
1

労働者の安全と健康を確保するためには,労働の量的および質的側面の改善が必要である.現在でも,長時間労働の削減や職場の心理社会的環境の改善に向けて,多くの努力がなされている.このような職場の労働条件の向上に加えて,職場以外における過ごし方,特に余暇,を適正にすることは,労働安全衛生の水準をさらに高めるのに有益であると期待されている.最も基本的な余暇は終業後から次の勤務までの時間である.欧州連合の労働時間指令に示されているように,この時間間隔の確保はなにより重要であり,そこで行われる休養や睡眠の充実に不可欠である.同時に,労働に費やす時間の減少にもつながる.一日ごとの余暇活動の中でも,量的および質的に充分な睡眠は労働者の安全,疲労回復,健康維持に必須であることが実証されている.一方,週休二日制であれば,週末に二日間にわたる休日が得られる.こうした一週ごとの余暇を適切に過ごせると(例えば,長い朝寝を避ける),疲労回復には一定の効果がある.ただし,週内で蓄積した睡眠不足による心身への負担を完全に解消するのは難しいことに留意する必要がある.さらに,良好な睡眠を長年にわたってとれない状況が続くと,高血圧,心疾患,糖尿病,肥満などの健康障害が起こりやすくなるばかりか,筋骨格系障害や精神障害などの理由で早期に退職せざるをえない確率が2~3倍高まることが示されている.多くの労働者では,一生の中で労働者として過ごす時間はほぼ半分を占める.一生涯の生活の質を高めるためにも,労働時間の中,そして外の要因(余暇と睡眠)が最適化されなければならない.この課題を達成するには,行政,事業所,労働者個人それぞれの層で,余暇の見直しと根拠に基づいた実践が求められる.
著者
友常 祐介 矢嶋 まゆみ 奥野 浩 山本 一也
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
pp.JOSH-2021-0017-JI, (Released:2023-01-13)
参考文献数
26
被引用文献数
1

2011年3月に起きた東日本大震災に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所における事故において,日本原子力研究開発機構では最初の1年間にのべ約45,000人の職員が本来の職場を離れて電話相談,一時帰宅支援,環境モニタ リングなどの支援業務に従事した.特に,住民と直接に接する電話相談に従事した職員には,感情労働に伴うストレスがかかった.同機構の核燃料サイクル工学研究所ではこれらの支援業務に従事した職員に対して,組織的なメンタルヘルスケアを行った.本論文では,今回の活動を支援者への支援の具体例と位置づけ, 原子力災害において住民等の支援を行う職員のメンタルヘルスについて考察した.
著者
濱島 京子
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.177-188, 2022-09-30 (Released:2022-09-30)
参考文献数
17

厚生労働省は,職場のあんぜんサイトにて労働災害の発生状況等を記載した「死亡災害データベース」および「労働災害(死亡・休業4日以上)データベース」をExcelデータで公開している.このExcelデータの機械判読性は高くなく,自然言語処理技術などのコンピュータプログラムを用いてデータを加工,編集,分析をする際に様々な問題が起こりやすいことが課題となっている.そこで,総務省が示した「統計表における機械判読可能なデータの表記方法の統一ルール」を援用し,機械判読上の問題点を調査した.さらに,定型データ項目における誤記や表記ゆれの状況等を把握した.そして,これら問題の具体的な内容を示した上で,不具合の発生を抑止するためにデータベースシステムを活用すべきこと,テキストファイルに記述可能な半構造化データ形式によるデータ公開を提言した.
著者
加藤 善士 太田 充彦 八谷 寛
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3, pp.173-179, 2019-09-30 (Released:2019-09-30)
参考文献数
10

労働基準監督署では,労働災害の重篤度を休業見込期間により判断し,労働災害防止施策を展開している.しかし,労働災害の休業が当初の休業見込期間を超えて長期に及ぶことがある.的確な労働災害防止施策を展開するためには,休業期間を早期に正確に把握することが重要となる.そこで某労働基準監督署管内の過去3 年間に発生した労働災害1,672件(男性1,204名,女性468名)について,事業場から報告される労働者死傷病報告と労働者災害補償内容を対比し,休業見込期間と実際の実休業日数の乖離状況を調べ,業種,事業場規模,性別,年齢,業務経験期間,平均賃金との関連を検討した.休業見込期間を超えて実際に休業した者の割合は男性で71.2%,女性で63.9%であった.休業見込期間(中央値:男性30日,女性28日)と実休業日数(中央値:男性50日,女性39日)は男性の方が長かった.休業見込期間を超えて休業する者の割合は,男性において事業場業種,事業場規模,年齢で有意な差が認められた.また,実休業日数/休業見込期間比の中央値は男性1.38,女性1.20と男女間で有意な差があった.労働災害の重篤度を休業見込期間で判断することは,重篤度を過小評価する可能性が高く,実休業日数が休業見込期間を超える割合には,男女で差があった.
著者
北條 理恵子 坂本 龍雄 黒河 佳香 藤巻 秀和 小川 康恭
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.51-56, 2011 (Released:2011-09-30)
参考文献数
30
被引用文献数
1

室内空気中の化学汚染物質による健康障害と考えられる,シックハウス症候群(SHS)と化学物質過敏症(CS)の発症や増悪には「におい」が関与することが報告されている.しかしながら,今までに室内空気汚染物質の健康影響を「におい」自体からとらえた実験研究はほとんどない.今後,労働衛生の重要な課題として不快な「におい」発生の予防と対策が必要である.我々は,職場で問題となる揮発性有機化合物(VOCs)および真菌由来揮発性有機化合物(MVOCs)の「におい」に焦点をあて,「におい」そのものが引き起こす健康影響を実験動物により検討する嗅覚試験法の確立を計画している.本稿では,近年問題となっている室内空気汚染物質による健康影響について解説したのち,嗅覚試験系の確立のため,我々が開発した基盤的な試験法を紹介する.
著者
水谷 高彰
出版者
独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.45-48, 2009 (Released:2009-06-30)
参考文献数
5

近年,オゾナイザー(酸素をオゾンにする装置)の開発により,10vol.%を超える高濃度オゾンガスが酸素ガスから直接,得られる様になった.前報では,オゾン濃度15vol.%以下,初圧1.0MPa以下の条件下における分解爆発限界濃度や最大爆発圧力,火炎伝ぱ機構とオゾン濃度,圧力の関係を実験から明らかにした.本研究ではオゾン濃度15vol.%以下,大気圧のオゾン/酸素混合ガスの最小着火エネルギーを測定した.最小着火エネルギーはオゾン濃度の増加にともない,指数関数的に減少し,オゾン濃度15vol.%近傍では10mJ程度となった.この値は,大気圧下、化学量論組成近傍のメタン/空気混合ガスの最小着火エネルギー0.2mJより大きい値であるが,可燃性粉じんの爆発における最小着火エネルギー1~300mJ程度から比較すると決して大きい値ではない.オゾナイザーの開発がさらに進み,15vol.%を超えて高い濃度のオゾン/酸素混合ガスが製造される様になれば可燃性混合ガスと同程度,もしくはそれ以上に着火危険性が高い混合ガスになることが示唆される.最小着火エネルギーの測定条件の検討のため,放電間隙を変えて14vol.%オゾン/酸素混合ガスの最小着火エネルギーを測定した結果,放電間隙3~4mmで最小値をとった.この結果は,消炎距離が2~3mmであるという以前の研究結果と符合した.
著者
濱島 京子
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.25-31, 2017-02-28 (Released:2017-03-03)
参考文献数
13
被引用文献数
1

理工学系大学の学部生に向けた安全学の教育では,学生らが,災害防止における将来の自らの役割を自覚し,まずは技術的側面から問題を解決する考え方を習得することを目標とすべきである.リスクアセスメントの教育は重要であるが,単に手法を解説する方法ではこの目標を達成することはできない.そこで,リスクアセスメントの手順を,問題解決の思考様式を研究する分野での,一般的な問題解決の考え方からながめると,リスクアセスメントが災害防止に有効であるための,条件がみえてくる.この分野では,問題には構造があり,構造を変えることが解決である,と考える.これより,災害の問題構造をとらえて構造を変える力が人や組織にあることが,リスクアセスメント実施の前提条件となる.教育では,この観点に基づいて内容を組み立てる必要があるものと考える.さらに,労働安全分野でのリスクアセスメント教育に関する考察として,問題解決における構造の考え方を用いると,リスクアセスメントと危険予知との違いを区別することができることを示す.
著者
今北 哲平 田治米 佳世 池成 早苗
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.11-22, 2020

<p>医療現場では,患者や患者家族から職員に対するセクシュアルハラスメントが問題となっている.そこで本研究では,病院に勤務する職員478名を対象として,患者等から職員に対するセクシュアルハラスメントの実態調査を実施した.その結果,患者等からのセクシュアルハラスメントの被害経験率は42.7%であり,すべての職種,性別に被害経験があった.被害内容は「身体の一部への接触」,「容姿のことを言われる」,「性的行為を迫られる」,「性差別的発言や扱い」など多岐にわたっていた.ロジスティック回帰分析の結果からは,看護・介護職は「容姿」(aOR = 2.64 [1.12-6.20]),リハビリ職は「抱きつき」(aOR = 4.04 [1.41-11.60])や「性的話題」(aOR = 2.50 [1.06-5.87]),事務職は「性的質問」(aOR = 5.17 [1.39-19.20])というセクシュアルハラスメントを,他の職種よりも有意に受けやすい可能性が示された.一方,被害について一度も相談したことがないと回答した人は被害経験者のうちの46.5%であり,相談しなかった理由は「大したことではないと思った」,「相談しても意味がないと思った」,「我慢しなければならないと思った」,「患者の疾患特性によるものだと思った」など多岐にわたっていた.本研究の結果から,職種や性別を限定せず,かつセクシュアルハラスメントの定義や具体例を示すことで,適切な実態把握ができる可能性が示された.さらに,被害についての相談を促進するためには,相談行動の阻害要因ごとに取り組みを検討することが有効と考えられた.</p>
著者
久保 智英
出版者
独立行政法人 労働安全衛生総合研究所
雑誌
労働安全衛生研究 (ISSN:18826822)
巻号頁・発行日
pp.JOSH-2016-0007-SHI, (Released:2017-01-20)
参考文献数
34
被引用文献数
2

本稿では,近未来の働き方とそれによる労働者の疲労問題,そしてその対策について,先行研究を踏まえながら,著者の私見を述べた.その論点は,1)情報通信技術の発達による飛躍的な労働生産性の向上は,これまで労働者の生活時間のゆとりではなく,逆に新たなる作業時間に結びつく可能性があること,2)その影響により,労働者の働き方は,いつでもどこでも仕事につながることができ,ますます,オンとオフの境界線が曖昧になるかもしれないこと,3)その疲労対策としては,オフには物理的に仕事から離れるだけではなく,心理的にも仕事の拘束から離れられるような組織的な配慮と個人的な対処が重要であること,4)最近,注目されている勤務間インターバル制度と,勤務時間外での仕事のメールなどの規制としての「つながらない権利」を疲労対策として紹介したこと,に要約できる.いずれにしても,公と私の境界線がもともと曖昧なわが国の労働者にとっては,オフを確保することが近未来に生じうる労働者の疲労問題に対しての有効な手立てとなるだろう.