著者
平 雅行
出版者
大阪大学
雑誌
大阪大学大学院文学研究科紀要 (ISSN:13453548)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.41-151, 2000-03-15
著者
平 雅行
雑誌
人間文化研究
巻号頁・発行日
no.40, pp.350-296, 2018-03-10
著者
平 雅行
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.157, pp.159-173, 2010-03-15

中世社会における呪術の問題を考える際、その議論には二つの方向性がある。第一は中世を呪術からの解放という視点で捉える見方であり、第二は中世社会が呪術を構造的に不可欠としたという考えである。前者の視角は、赤松俊秀・石井進氏らによって提起された。しかし、中世社会では呪詛が実体的暴力として機能しており、天皇や将軍の護持僧は莫大な財と膨大な労力をかけて呪詛防御の祈祷を行っていた。その点からすれば、中世では呪詛への恐怖が薄れたとする両氏の考えは成り立たたない。とはいえ、合理的精神が着実に発展している以上、顕密仏教と合理性との関係をどう捉えるかが問題の焦点となる。そこで本稿では『東山往来(とうさんおうらい)』という書物をとりあげ、①そこでの合理性や批判精神が内外の文献を博捜した上で答えを見出そうとする挙証主義によって担保されていたこと、②その挙証主義は顕密仏教における論義や文献学研究を母胎として育まれたことを明らかにした。さらに密教祈祷においても、①僧侶が医療技術を援用しながら治病祈祷を行っていたこと、②一宮で行われた豊作祈願の予祝儀礼も、農業技術の達成を踏まえたものであったことを指摘した。そして、高い合理性を取り込んだ呪術、呪術性を融着させた高度な合理主義が顕密仏教の特質であると論じた。そして、顕密仏教が中世の呪術体系の頂点に君臨できた要因として、①文献的裏づけの豊かさと質の高さ、②祈祷を行う僧侶の日常的な鍛錬、③呪詛を正当化する高度な理論の3点をあげた。最後に、合理性と呪術性の共存、呪術的合理性と合理的呪術性との混在は、顕密仏教だけの特質ではなく、程度の差こそあれ、現代社会をも貫く超歴史的なものと捉えるべきだと結論している。
著者
井上 寛司 山岸 常人 小林 准士 平 雅行 久留島 典子 関根 俊一 淺湫 毅 松浦 清 大橋 泰夫 小椋 純一 和田 嘉宥 的野 克之 田中 哲雄 松本 岩雄 鳥谷 芳雄 花谷 浩 山内 靖喜 野坂 俊之 石原 聡
巻号頁・発行日
2009 (Released:2009-04-01)

天台宗の古刹である浮浪山鰐淵寺は、中世出雲国一宮出雲大社の本寺として創建され、極めて重要な役割を果たした。本研究は、鰐淵寺に対する初めての本格的な総合学術調査であり、鰐淵寺の基本骨格や特徴、あるいは歴史的性格などについて、多面的な考察を加え、その全容解明を進めた。
著者
平 雅行
出版者
大阪大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1992 (Released:1992-04-01)

1.顕密体制論が定説化した現在にあっても、中世国家が宗派・寺院をどのように編成・配置したかは、なお不明な点が多い。そこで本研究では、北京三会・三講など中世前期の国家的法会の実施・運営過程の分析を行うことによって、この課題にアプローチしようとした。史料の収集については、法会の実施時期の史料はかなり収集できたが、法会の準備段階については、日記史料の検索がなお不十分である。たいへん手間のかかる作業であるが、諸々の俗権力との交渉を分析するには、この方面の作業をさらに進展させる必要がある。2.三講の出仕僧は証義・講師とも興福寺僧が最も多く、中世興福寺の地位からして、やや意外である。これは延暦寺・東大寺・園城寺とは異なり、興福寺だけが顕教僧のみで構成されていた特殊性に起因していよう。3.中世僧綱所・法務を中世仏教行政の総攬者と見るか否かで、私を含め論争が行われてきたが、その機能の形骸化を改めて確認した。特に綱所が東寺の他、仁和寺・延暦寺・南都に設置されている事実は、寺社勢力の分裂の結果、統合機能を果たすべき綱所が空中分解したことを物語っていよう。4.寺社勢力の統合は法務・綱所ではなく、俗権力たる院が達成していた。そのことは僧事(僧侶の人事)の決定場所が天皇御前から院御前に変化したことからもわかる。実際、三会の人選にも院が介入した事例がある。また承久の乱の後、鎌倉幕府が仏教行政や人事にしばしば介入している。ただ現在のところ、三会三講などへの幕府の直接介入は確認できなかった。5.以上の研究成果の内、一部は拙著『日本中世の社会と仏教』の新稿論文「中世宗教史研究の課題」に発表し、また一部は同書旧稿論文への加筆という形で発表した。