- 著者
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森田 哲夫
平川 浩文
坂口 英
七條 宏樹
近藤 祐志
- 出版者
- 日本霊長類学会
- 雑誌
- 霊長類研究 Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.29, 2013
消化管共生微生物の活動を通して栄養素の獲得を行う動物は微生物を宿すいわゆる発酵槽の配置により前胃(腸)発酵動物と後腸発酵動物に大別される.消化管の上流に微生物活動の場がある前胃発酵の場合,発酵産物と微生物体タンパク質はその後の消化管を食物とともに通過し通常の消化吸収を受ける.一方,後腸発酵ではその下流に充分に機能する消化管が存在せず,微生物が産生した栄養分は一旦ふりだしに戻り,消化を受ける必要がある.その手段として小型哺乳類の多くが自らの糞を食べる.このシンポジウムでは消化管形態が異なる小型哺乳類を対象にこの食糞の意義について考える.<br><br> 糞食はウサギ類に不可欠の生活要素で高度な発達がみられる.発酵槽は盲腸で,小腸からの流入物がここで発酵される.盲腸に続く結腸には内容物内の微細片を水分と共に盲腸に戻す仕組みがある.この仕組みが働くと硬糞が,休むと軟糞が形成される.硬糞は水気が少なく硬い扁平球体で,主に食物粗片からなる.一方,軟糞は盲腸内容物に成分が近く,ビタミン類や蛋白などの栄養に富む.軟糞は肛門から直接摂食されてしまうため,通常人の目に触れない.軟糞の形状は分類群によって大きく異なり,<i>Lepus</i>属では不定形,<i>Oryctolagus</i>属では丈夫な粘膜で包まれたカプセル状である.<i>Lepus</i>属の糞食は日中休息時に行われ,軟糞・硬糞共に摂食される.<br><br> ヌートリア,モルモットの食糞はウサギ類と同様に飼育環境下でも重要な栄養摂取戦略として位置付けられる.摂取する糞(軟糞,盲腸糞)は盲腸内での微生物の定着と増殖が必須であるが,サイズが小さい動物は消化管の長さや容量が,微生物の定着に十分な内容物滞留時間を与えない.そこで,近位結腸には微生物を分離して盲腸に戻す機能が備えられ,盲腸内での微生物の定着と増殖を保証している.ヌートリア,モルモットでは,この結腸の機能は粘液層への微生物の捕捉と,結腸の溝部分の逆蠕動による粘液の逆流によってもたらされるもので,ウサギとは様式が大きく異なる.この違いは動物種間の消化戦略の違いと密接に関わっているようにみえる.<br><br> ハムスター類は発達した盲腸に加え,腺胃の噴門部に明確に区分された大きな前胃を持つ複胃動物である.ハムスター類の前胃は消化腺をもたない扁平上皮細胞であることや,前胃内には微生物が存在することなどが知られているが,食物の消化や吸収には影響を与えず,その主な機能は明らかとはいえない.一方,ウサギやヌートリアと比較すると食糞回数は少ないが,ハムスター類にとっても食糞は栄養,特にタンパク質栄養に大きな影響を与える.さらに,ハムスター類では食糞により後腸で作られた酵素を前胃へ導入し,これが食物に作用するという,ハムスター類の食糞と前胃の相互作用によって成り立つ,新たな機能が認められている