著者
清野 紘典 中川 恒祐 宇野 壮春
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.226, 2013 (Released:2014-02-14)

全国的なサルの捕獲数は増加傾向で近年 2万頭 /年に達するが,被害問題は減少傾向になく,分布が拡大する地域もみられる.一方,過去の乱獲によって個体群が分断・消滅している地域があり,無計画な捕獲による個体群への不可逆的な影響が懸念されている.そのため,サルの個体数コントロールでは,群れ単位の総合的な被害管理を推進するとともに,適切なモニタリングに基づき保全を担保したうえで,効果的な被害軽減につながる方法論の検討が求められている. 保全に配慮した捕獲方法として,サル絶滅危惧個体群では問題個体の選択的捕獲の実践例がある (森光・鈴木,2013).また,効果的な捕獲方法はシカ等で専門家によるシャープシューティングの技術開発が進められている(鈴木 ,2013など).これらの考え方をふまえ,群れの安定的存続を確保しつつ,効率良く被害を減少させ,総合的被害対策を支援する個体数管理の手法を検討して実践した. 特定計画に則り立案された捕獲計画において,滋賀県の安定的個体群に位置する高レベル加害群 1群 (76頭 )を麻酔銃にて約 35%,25頭を短期間で捕獲した.捕獲対象は,人や集落環境に慣れ警戒心が低く・農作物への依存性が高い,高レベル加害個体とし,該当する個体を群れ内で特定して選択的に捕獲した.捕獲効率の低下を避けるため,捕獲者の存在を認知されないよう工夫し,かつ亜成獣以下の個体および周辺オス,劣位の成獣個体から順に捕獲するよう捕獲管理した.なお,群れ内の社会性を撹乱し分裂を誘発しないよう成獣メスの捕獲は最低限とした. 捕獲実施後,対象群は分裂せず,群れの加害レベルを低下させることに成功したことから,本法が保全への配慮と効果的な被害軽減の双方に機能する個体数管理の一手法となることが示唆された.本法の適用に必要な条件の検討,捕獲に必要な技術・技能的要件の吟味および実施体制の整備が今後の課題である.
著者
竹下 毅
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.228, 2013 (Released:2014-02-14)

日本各地で野生動物による農林業被害や生活被害が発生し,野生動物と人間との軋轢が社会問題となっている.これまで多くの地方自治体は野生動物問題の対応を地元猟友会に頼ってきたが,猟友会員の高齢化・会員数減少により猟友会員の負担は年々増加しており,従来行われてきた「猟友会に頼った野生鳥獣問題対策」が成り立たない地域や地方自治体も現れてきている.長野県小諸市も例に漏れず,平成 19年に 95人いた猟友会員数は平成 24年には 57人(年齢平均値 62歳,中央値 65歳)にまで減少・高齢化し,今後も減少していくことが予想される.このため,猟友会の負担を減らしつつ被害も減少させる「新たな野生鳥獣問題対策」を構築する必要があった. このような状況の中,長野県小諸市では野生動物問題を専門職とするガバメントハンター(鳥獣専門員)を地方上級公務員として正規雇用すると共に,行政職員に狩猟免許を取得させ,ガバメントハンターをリーダーとする有害鳥獣対策実施隊(以下,実施隊)を結成した. 銃器を必要とする大型獣(クマ・イノシシ)は猟友会員から構成される小諸市有害鳥獣駆除班(以下,駆除班)が主に対策を行い,小・中型獣は実施隊が主に対策を行うという分業体制を敷いた.この取り組みによって駆除班の負担を減少させると共に,被害を減少させることに成功した. 現在のガバメントハンターの活動内容は,1)有害鳥獣の捕獲・駆除,2)ニホンジカの個体数管理のための捕獲,3)野生鳥獣のモニタリング,3)猟友会と行政との連絡,4)市民への野生動物問題の普及啓発,5)捕獲動物の科学的利用である. 本発表では,小諸市にガバメントハンターが正規雇用される経緯と活動内容について報告するとともに,今後の課題について議論したい.
著者
清水 晶平 望月 翔太 伊豫部 勉 山本 麻希
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.107, 2013 (Released:2014-02-14)

イノシシ (Sus scrofa)は他の大型哺乳類と比較すると,足が体重と比べて短い.そのため,雪が深いと活動が困難となり,積雪 30cm以上の日が 70日を超える北陸~東北地方には生息できないと考えられていた.しかし,積雪量が 4mを超える 新潟県十日町市では,1995年頃からイノシシの生息痕が報告されている.新潟県では 1978年にはイノシシの生息は確認されなかったが,2003年に生息が確認され,2004年度は 20頭だった捕獲頭数が,2011年度には 791頭まで急増した.そこで本研究では,新潟県で定着しつつあるイノシシの分布に積雪が与える影響を評価し,今後の分布域拡大における積雪の影響について考察した. 本研究では,国土数値情報のデータと,LANDSATから作成した独自の土地被覆図を使用して分析を行った.捕獲頭数は,水稲共済損害評価に係る獣害申告データ(NOSAI)を使用した.ハンターマップの 5kmメッシュごとに,広葉樹林,針葉樹林,水田,畑地,鳥獣保護区,都市域,河川(各々の項目が占めるメッシュ内の面積),積雪量等の地形情報を GISアプリケーションを利用して抽出した.メッシュ内の捕獲頭数を従属変数とし,イノシシの行動に影響を及ぼすと予想される環境要因を独立変数として選択し,ポアソン分布を仮定した一般化線形モデルを作成した. その結果,捕獲頭数の多いメッシュでは,メッシュ内の広葉樹林・針葉樹林・畑地・鳥獣保護区の面積が多く,水田・都市部の面積と積雪量が少なかった.この結果から,イノシシは積雪量の少ないエリアに多く分布していること,比較的積雪量の少ない海岸寄りの林縁付近に位置する水田が被害にあいやすいことが示唆された.本結果と過去の積雪量と被害の拡大状況,捕獲効率等の結果から,今後のイノシシの分布拡大に積雪が与える影響について考察を行う.
著者
松沢 哲郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.18, 2013 (Released:2014-02-14)
参考文献数
2

チンパンジーの研究を日本とアフリカでおこなってきた.日本の研究室での認知研究から,チンパンジーには人間よりも優れた瞬間記憶能力のあることがわかった.しかし人間のように言語的シンボルを習得することは容易ではない.彼らの知性が実際にどう使われているかをアフリカの野外研究でみると,道具使用など文化的伝統がみつかった.「教えない教育・見ならう学習」を通じて,親から子の世代へと文化が受け継がれる.しかし詳細にみると,人間ほどには模倣ができない.積極的に教えることも無い.こうした事実をつなぎあわせると,人間に固有な「想像するちから」の存在が見えてきた.チンパンジーは基本的には「今」「ここ」「わたしひとり」という世界に生きている.しかし人間は,眼の前にないものに思いをはせ,遠く離れた者に心を寄せる.自分が生まれる前のできごとを記憶にとどめ,自分が死んだ後の未来にまで思いをめぐらせる.この世界にわたしひとりで生きているわけではない.親やなかまと助け合う暮らしが欠かせない.食べ物を分かちあう.経験や体験や感動を分かちあう.その蓄積としての知識や技術や価値を分かちあう.人間が固有に発達させた言語という認知機能の本質は,「個人の経験を, ①持ち運べる, ②他者と分かちあえる」ということにある.自分が見たもの聞いたことをもって帰って仲間と分かちあう.言語を通じて経験を共有する.他者と協力する,他者に手を差し伸べる,お互いに助け合う,そうした人間に固有な社会性が進化の過程で育まれてきた.その基盤にあるのは子育ての違いだろう.親が子どもを育てる.一般的には当然のことのように受け止められている.しかし身体や心が進化の産物であるのと同様に,人間の親子関係や社会性も進化の産物である.そう考えて動物の親子関係を広く見渡すと,親は子どもを産みっぱなしで育てない,というのが動物の基本だ.魚類や両生類では卵を産むが多くのばあいその世話はしない.一方で,鳥類は卵を温めて雛をかえし雛鳥に餌を与える.哺乳類では母乳という体液を与えるのが一般的だ.親が子育てに時間や労力をかけるようになった.生命の進化が約 38億年だとすると,親が子どもを育てるようになったのは,哺乳類や鳥類の共通祖先が確実に現れた約 3億年くらい前だと考えるのが妥当だろう.霊長類は四肢の末端で物をつかめる.かつて四手類と呼ばれていた.その四つの手で子どもは親にしがみつく.親は必ずしも子どもを抱かない.ニホンザルや類人猿をみるとそっと手をそえる.そうした濃淡はあるが母子のあいだの緊密な関係は一貫している.しかし子育ては母親だけのしごとではない.オランウータン,ゴリラ,チンパンジー(およびボノボ)と,ヒトに近縁な種を見比べてみると,母親以外の者すなわち父親やなかまが子育てに参加するようになってきたという傾向がある.野生チンパンジーの平均出産間隔は約 5年.女性は約 50歳で死ぬまで子どもを産み続ける.「おばあさん」という社会的な役割は原則として無い.一方,人間では,手のかかる子どもたちを短期間で産み,おとうさんズとおかんさんズという複数形で表現できる,おとなの男女が共同した子育てがみられる.人間に固有な社会性とその進化のシナリオについて紹介したい.
著者
和田 直己 谷 大輔 中村 仁美 大木 順司 西村 剛 藤田 志歩
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.80, 2013 (Released:2014-02-14)

脊椎動物の肢は前肢2本,後肢2本の合計4本である.4肢は 動物の体に前後,左右,さらに上下方向に作用する力に対して安定を保つに必要十分であり,また脊椎動物の特徴である体軸の運動を陸上で最大限に活用できる数である.前肢と後肢の機能は動物によって異なる.特に前肢の機能は多様で,動物を特徴づける.前肢は肩甲骨,鎖骨,烏口骨で体幹と連結する.哺乳類は体幹と前肢の連結において特に肩甲骨を発達させた脊椎動物である.肩甲骨の形質は動物の姿勢と運動の特徴を強く反映する.本研究の目的は肩甲骨の外形,力学的特性と動物の形質の関係を理解することにある.本研究の実験方法における課題は機能する肩甲骨の形状をとらえることにあった.そこで骨標本ではなく,全身,または前肢のCT撮影を行い,肩甲骨をPC上で構築し,計測を行った.本学会において,17目 100種の肩甲骨について調査した結果から導きだされた肩甲骨の形状と動物種,身体的特徴と運動との関係について発表を行う.謝辞国立科学博物館 山田格研究室,川田伸一郎研究室,大阪ネオベッツVRセンターのスタッフの方に深謝を.
著者
村松 明穂 松沢 哲郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.84, 2013 (Released:2014-02-14)

ヒトにおける数の概念の獲得の過程において,十進法に代表されるような位取り記数法を学習することは重要である.そこで,今回は,ヒトに最も近縁な種のひとつであるチンパンジー (Pan troglodytes)を対象とし,数の概念の学習に関する研究の第一段階として,アラビア数字の系列 1から19の学習に取り組んだ. 京都大学霊長類研究所で暮らすチンパンジーのうち 7個体は,これまでにアラビア数字の系列 1から 9を学習している.今回はそのうち 6個体を対象としてアラビア数字の系列 1から 19の学習をおこなった.学習においては,5種類の課題を用いた.1) 連続したアラビア数字の系列を用い,最初の刺激 1を固定し,試行ごとに呈示刺激個数が変わる課題,2) 連続したアラビア数字の系列を用い,最初の刺激として任意の数字a,最後の刺激として任意の数字 bを固定し,試行ごとに呈示刺激個数が変わる課題,3) 連続したアラビア数字の系列を用い,最後の刺激 19を固定し,試行ごとに呈示刺激個数が変わる課題,4) 非連続なアラビア数字の刺激を用い,セッション内では刺激呈示個数が固定された課題,5) 課題 4)と同じように刺激を呈示するが,最初の刺激をさわると他の刺激がマスキングされる作業記憶課題,であった. 課題 1)に関しては,難易度ごとの正答率,セッションごとの正答率,呈示刺激個数ごとの正答率について分析した.課題2),3)についても,1)と同様の分析をおこなった.課題4),5)については,正答率にくわえて,反応潜時についての分析をおこなった. 上記 5種の課題をおこなうことにより,チンパンジー 6個体は,アラビア数字の系列 1から 19の知識を獲得した.方法および分析結果についてくわしく報告する.
著者
座馬 耕一郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.202, 2013 (Released:2014-02-14)

昼行性霊長類は日中に活動性が高く,夜間に活動性が低い.しかし昼行性霊長類の中には,日中に昼寝をしたり,夜間に目をさます種も知られている.では彼らの 24時間の活動性は,実際にはどのような周期があるのだろうか?調査はタンザニア,マハレ山塊国立公園に生息する昼行性霊長類の野生チンパンジー( Pan troglodytes)を対象に行った.昼間の行動調査を 2010年 12月~ 2011年 1月に,夜間の行動調査を 2011年 8月~ 9月に行った.昼間調査は 8時から 18時まで,10分ごとにスキャンサンプリングを行い,仰臥位,伏臥位,横臥位を除く姿勢(座位,立位)をとっていた場合を活動性が高いと定義した.夜間調査は 18時から 7時まで,チンパンジーがベッドを作成した樹木付近で定点観察を行い,発声や活動音が聞こえた場合を活動性が高いと定義した.結果,昼間調査で活動性の高かった時間帯は,早朝と昼 12~ 14時,夕暮れであり,11時と 15時に活動性の低下がみられた.また夜間調査で活動性の高かった時間帯は,夕暮れと 23~ 2時,早朝であり,21~ 22時と 3~ 4時に活動性の低下がみられた.以上より,活動性には, 24時間中に,平均 6時間間隔の 4つのピーク(早朝,真昼,夕暮れ,深夜)をもつ周期があり,ピーク間の谷間に昼寝や夜間睡眠の時間帯があると考えられた.深夜の活動性は排泄時に活発になることが知られていることから,昼間の排泄リズムについても検討を行った.2003年 8月~ 11月に,朝 8時から夕方 16時まで個体追跡して収集した資料を分析したところ,排泄の観察頻度の高い時間帯は早朝と真昼(11~ 14時),夕方であり,10時と 15時に観察頻度が低かった.排泄リズムは活動性の周期とやや似ており,日中の採食 .排泄により作られたリズムが夜間の排泄に影響し,24時間の活動性の周期を作り出していると推察された.
著者
野瀬 遵 小林 秀司
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.269, 2013 (Released:2014-02-14)

ヌートリア Myocastor coypusは南米原産の適応力に優れた特定外来生物である.我が国において,輸入した繁殖個体が戦中・戦後の 2度にわたる毛皮需要低下により放逐され,各地で生息域を拡大している.岡山県では,生息条件が良好であった児島湾干拓地帯に放たれたものが定着するとともに,1970年代以降に県下一円に分布を拡げたと考えられている(三浦,1976). 岡山県においてはヌートリア駆除が促進されているが,この数十年ヌートリアによる農業被害額に大きな変動はみられず,従って個体群構造が比較的安定している可能性が示唆されている(小林ら,2012) 野生動物の駆除や保護を目的とする場合,その対象生物の生態の把握は必須.である.しかし,我が国におけるヌートリアの生態そのものに関する報告は三浦(1970,1976,1977,1994)に留まり,行動圏を長期的に調査した研究はない.そのため,岡山県笹ヶ瀬川にて,ラジオテレメトリー法を用いて,長期的なヌートリアの行動圏とコアエリアの推移を明らかにするべく個体追跡調査を開始した.調査個体は目視調査により,使用している巣穴が特定されていることと,縄張りをすでに確立していると考えられる比較的大型の個体を対象とした.捕獲した個体にヌートリア用インプラント発信器(CIRCUIT DESIGN,INC.社製 LT-04)を埋め込み放逐した.電波の受信には指向性のある 3素子八木アンテナ(有山工業社製 YA-23L),オールモード受信機(アルインコ社製 DJ-X11)を使用し,ラジオテレメトリー法による個体追跡調査を行った. 研究個体の現段階における日周期リズム・行動圏とコアエリアの算出・行動圏利用に関して報告する.また,今後は長期的にデータを積み重ね,ヌートリアの生態解明を目指す.
著者
中林 雅 ハミッド・アブドゥル アハマッド 幸島 司郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.116, 2013 (Released:2014-02-14)

本大会では,マレーシア・ボルネオ島に生息する食肉目ジャコウネコ科パームシベットの採食生態について発表を行う.【背景と目的】パームシベットは,発達した犬歯,裂肉歯,短い消化器官等,食肉目に共通する形質を有しながら,果実が食物の 70%以上を占める果実食傾向が強い食肉目である.パームシベットは,消化を阻害する大きな種子を飲み込み,果実を十分に消化しないまま排泄する等,食肉目特有の形態が果実の利用を不利にしているように見え,長い進化史において果実食に適応してきた果実食者とは異なる採食戦略を採ることが考えられる.そこで,パームシベットの採食戦略を明らかにするために,以下の観察を行った.さらに,パームシベットが選択する果実の特徴を明らかにするために,果実中の化学物質の分析を行った.【方法】2012年 12月から 2013年にかけて,結実木で,パームシベットを含む果実食者の採食行動を観察した.観察項目は,結実木を訪れた種,結実木での滞在時間(分),採食時間(秒),果実選択時間(秒)である.また,同一結実木内において,パームシベットが選択した果実と,標準果実の化学物質の組成を,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析し,比較した.【結果と考察】結実木での観察の結果,パームシベット 2種(Paradoxurus hermaphroditus, Arctogalidia trivirgata)の他にサイチョウ(Anthracoceros albirostris)とカニクイザル(Macaca fascicularis)が観察された.パームシベットは,結実木での滞在時間,採食時間,果実選択時間すべてにおいて他の 2種よりも長かった.このことは,パームシベットが利用可能な果実は限定されていることを示唆している.また,パームシベットによって選択された果実は,標準果実よりもグルコース量が有意に多かった.その他の化学物質についても分析を進め,得られた結果を基に考察を行う.
著者
市野 進一郎 フィヒテル クローディア 相馬 貴代 宮本 直美 佐藤 宏樹 茶谷 薫 小山 直樹 高畑 由起夫 カペラー ピーター
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.119, 2013 (Released:2014-02-14)

(目的)マダガスカルに生息する原猿類(キツネザル類)は,真猿類とは独立に群れ生活を進化させた分類群である.集団性キツネザルには,性的二型の欠如,等しい社会的性比,メス優位など哺乳類一般とは異なるいくつかの特徴がみられる.こうした一連の特徴は,社会生態学理論でうまく説明できないものであったが,近年,メスの繁殖競合によって生じたとする考え方が出てきた.本研究では,長期デモグラフィ資料を用いて,ワオキツネザルのメス間の繁殖競合のメカニズムを調べることを目的とした.(方法)マダガスカル南部ベレンティ保護区に設定された 14.2haの主調査地域では,1989年以降 24年間にわたって個体識別にもとづく継続調査がおこなわれてきた.そこで蓄積されたデモグラフィ資料を分析に用いた.メスの出産の有無,幼児の生存,メスの追い出しの有無を応答変数に,社会的要因や生態的要因を説明変数にして一般化線形混合モデル(GLMM)を用いた分析をおこなった.(結果と考察)出産の有無および幼児の生存は,群れサイズによって正の影響を受けた.すなわち,小さい群れのほうが大きい群れよりも繁殖上の不利益が生じていることが明らかになった.この結果は,ワオキツネザルの群れ間の強い競合を反映していると思われる.一方,メスの追い出しの有無は,群れサイズよりもオトナメスの数に影響を受けた.すなわち,群れのオトナメスが多い群れでは,メスの追い出しが起きる確率が高かった.このように,ワオキツネザルのメスは群れ内のオトナメスの数に反応し,非血縁や遠い血縁のメスを追い出すことで群れ内の競合を回避するメカニズムをもっているようだ.
著者
平川 浩文 長坂 有
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.111, 2013 (Released:2014-02-14)

コテングコウモリは春,残雪上のくぼみや穴でときおり発見されている.2010年の哺乳類学会にて,詳細を把握できた 13例の分析に基いて,冬眠の可能性が高いことを報告した.その後も情報収集を進め,2013年春までの 3年間に新たに 15の発見例が加わり,全部で 28例となった.この内,最新の 10例はすべて,発表者の二人が 2013年春に探して見つけたものである.今回の 10例より前には,1例を除いてすべて偶然の発見で,発見時に例外なくコウモリを手にとるなどの干渉が行われ,コウモリを元の場に戻した場合でもその後の経過観察が行われた例はなかった.探して見つけた 2007年の1例についてはコウモリに触れることなくしばらく観察が行われたものの,その後の経過観察は行われなかった.今回,研究目的で探索して 10例の発見に成功し,撹乱を避けた経過観察が初めて行われた.10例の内,1例はすでに死亡していたことが最終的に判明した.残り9例の内 1例を除いては発見時,体の動きがみられず休眠状態にあったと考えられた.発見後,撹乱を避けて観察を続けた結果,日没後 46分から 94分の間にその場を離れるのが確認された.その前には,顔を上げ,周囲を見回す仕草が確認できた.それまでの間,時々姿勢変化があった例も,まったくなかった例もあった.8例については穴から飛び去る瞬間も確認され,1例では飛び立ち時の写真撮影にも成功した.4例については,赤外線サーモグラフィ装置によって,その場を離れるまでの間,体温が上昇する過程を観察できた.5例については,翌朝,同じ穴に戻っていないことが確認された.さらに,1例は発見時の穴の形状から,穴が積雪下で形成され,コウモリが雪の中にいたことが強く示唆された.4例では,発見時,雨で体毛が濡れていたものの飛び立ちが確認されたことから,休眠中の雨濡れは生存の決定的な障害とはならないことがわかった.
著者
山田 文雄 大井 徹 竹ノ下 祐二 河村 正二
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.55, 2013 (Released:2014-02-14)

福島原発事故で放出された放射性物質による野生動物への蓄積と影響についての調査研究が開始されつつあるが,野生動物の管理については人間活動の制限もあり不十分な点が多い.今回の集会では,野生哺乳類のモニタリングや管理問題について,特にニホンザルや大型狩猟動物を対象に,研究成果や社会的問題を紹介し,今後のあり方を議論する.今後,行政機関にどのような働きかけが必要か,要望書の提出も見据えながら議論を行う.本集会は,2012年5月に開催した4学会合同シンポジウムを受けて,日本哺乳類学会保護管理専門委員会と日本霊長類学会保全・福祉委員会の共同開催とした.1.「福井県におけるニホンザルの生息状況と餌食物の歩車占領の実態、及び今後の保護管理の問題点」  大槻晃太(福島ニホンザルの会) サルの主要な餌を分析し,放射能汚染による餌への影響や放射能汚染に伴う耕作状況の変化によるサルの行動変化を明らかにした.人間活動の再開に向けたニホンザルの保護管理の問題点などについても話題提供したい.2.「福島市の野生ニホンザルにおける放射性セシウムの被ばく状況と健康影響」  羽山伸一(日本獣医生命科学大学) 世界で初めて原発事故により野生霊長類が被ばくしたことから,演者らの研究チームは,福島市に生息するニホンザルを対象に低線量長期被ばくによる健康影響に関する研究を 2011年 4月から開始した.サルの筋肉中セシウム濃度の経時的推移と濃度に依存した健康影響に関する知見の一部を報告する.3.「大型狩猟動物管理の現状と人間活動への影響  仲谷 淳(中央農業総合研セ)・堀野眞一(森林総研東北) イノシシやシカなどの大型狩猟獣で食品基準値を超える放射性セシウムが検出され,福島県を中心に獣肉の出荷規制が継続されている.狩猟登録者数が減少し捕獲数にも影響する一方,農業等の被害増加が懸念されている.最新の放射性セシウム動向と,震災地域における狩猟者の意識変化について紹介し,今後の大型狩猟獣対策の方向を考える.4.「福島件における野生動物の被爆問題と被害管理の現状と課題」  今野文治(新ふくしま農業協同組合) 東日本震災から 2年が経過したが,山林等の除染は困難を極めており,年間の積算線量が 100mSv/hを越える地域も存在する.多くの野生動物への放射能の影響が懸念されており,基礎的なデータの収集と保全に向けた対応が急務である.一方,避難指示区域の再編が進められており,帰宅が進むにつれて被害管理が必要となっている.新たな問題が発生する地域での野生動物と人間の共生に向けた情報の共有と整理が重要となっている.5.総合討論「今後の対応と研究について」  山田文雄・大井 徹(森林総合研究所),竹ノ下祐二(中部学院大学),河村正二(東京大学)企画責任者 山田文雄(森林総合研究所)・大井 徹(森林総合研究所・東京大学大学院農学生命科学研究科)・仲谷 淳(中央農業総合研究センター)・竹ノ下祐二(中部学院大学)・河村正二(東京大学)
著者
山田 文雄 友澤 森彦 中下 留美子 島田 卓哉 川田 伸一郎 菊池 文一 小泉 透
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.90, 2013 (Released:2014-02-14)

福島第一原発事故(2011年 3月)による放射性物質の生態系での動態や野生動物の影響を把握するため,地表や土壌中を生活空間とし短寿命のアカネズミなど小型哺乳類を対象に,1)原発から30kmの福島県川内村の国有林(高線量地,空間線量は平均 3.6 μSv/hr,2011年 10月測定)と,2)70kmの茨城県北茨城市の国有林(低線量地,空間線量 0.2 μSv/hr,2011年 12月測定)で継続調査を行った.放射性セシウム濃度(半減期約2年の Cs-134と約 30年のCs-137)は,1年目のアカネズミは高線量地(平均 4,415Bq/ kg生重,最大 18,034-最小 920Bq/kg, n=26)で低線量地(平均 1,124 Bq/kg,5,007-17Bq/kg,n=40)より 4倍,2年目は高線量地(平均 5,950Bq/ kg,最大 19,498-最小567Bq/kg, n=10)で低線量地(平均 370 Bq/kg,882-11Bq/kg,n=30)より 16倍高かった.ヒメネズミは高線量地(平均 5,360Bq/ kg,最大 26,218-最小 91Bq/kg, n=20)で低線量地(平均 221 Bq/kg,7,078-71Bq/kg,n=32)より約 24倍高かった.ヒミズは高線量地(平均10,664Bq/ kg,最大 29,061-最小 41Bq/kg, n=4)で低線量地(平均 650 Bq/kg,2,600-137Bq/kg,n=4)より 16倍高かった.高線量地のヤチネズミ(平均27,290Bq/kg,54,892-12,094, n=4)は高くアズマモグラ(1,017Bq/kg, n=1)は低かった.年変化(事故1年目と2年目)ではアカネズミは高線量地で変化は少ないが低線量地で70%減少し,アカネズミとヒメネズミの濃度は両地で類似し,アカネズミ,ヒメネズミ,ヤチネズミ及びヒミズが高濃度蓄積を示した.
著者
森脇 潤 下鶴 倫人 山中 正実 中西 將尚 永野 夏生 増田 泰 藤本 靖 坪田 敏男
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.242, 2013 (Released:2014-02-14)

動物が高密度に生息する地域において,集団の血縁関係を明らかにすることは,その地域を利用する個体毎の繁殖,行動および分布様式を解明する上で重要である.そこで知床半島ルシャ地区におけるヒグマの繁殖,行動および移動分散様式を解明することを目的として,個体識別調査および集団遺伝学的解析により,個体間の血縁関係を解析した.材料は,同地区でヘアートラップ,ダートバイオプシー等により収集された遺伝子材料 51頭(雄 21頭,雌 30頭)分と,周辺地区(斜里,羅臼および標津地区)で学術捕獲あるいは捕殺個体 164頭分の遺伝子材料および各種メディアの情報を利用した.遺伝子解析には 22座位のマイクロサテライト領域を利用した.その結果,ルシャ地区には 15頭の成獣メスと,その子供からなる集団が生息しており,血縁は大きく2つの母系集団に分かれていた.また,最大で 3世代が共存していた.ルシャ地区で繁殖に関与する父親は,現在までに 5頭認められ,近親交配やマルチプルパタニティーが存在することが明らかになった.ルシャ地区を利用する個体の中で,5頭の亜成獣オスが斜里および羅臼地区側へ移動分散して捕殺されていることも明らかになった.このように,高密度に生息する知床半島ルシャ地区でのヒグマ集団の血縁関係を明らかにすることは,従来の野外調査では明らかには出来ないヒグマの繁殖システムの解明に寄与するだけではなく,繁殖個体の周辺地域への移動分散を明らかにすることができる.尚,本研究はダイキン工業寄附事業 「知床半島先端部地区におけるヒグマ個体群の保護管理,及び,羅臼町住民生活圏へ与える影響に関する研究」の一環として行われたものである.
著者
徳田 宝成 岩下 明生 小川 博 安藤 元一
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.191, 2013 (Released:2014-02-14)

アライグマが高密度に生息している神奈川県鎌倉市において,緑地と市街地が混在した環境における夏季の胃内容物を調べ,他地域における先行研究と比較した.供試材料は鎌倉市において 6~ 8月に被害報告を受けて捕獲駆除された 39個体のアライグマである.取り出した胃は冷凍保存し,解凍後0.5mmメッシュの篩で水洗し内容物をハンドソーティングで分類した.供試した 39個体中 24個体に内容物を確認でき,目レベルの分類では 24項目を確認できた(グルーミング等による毛等,同時採食と考えられる地衣類,イネ科,その他植物,石は評価から除外した).出現頻度は,動物質において甲虫目 (58% )が最も高く,次いでヨトウムシ等のチョウ目(38%),アメリカザリガニ等の甲殻類 (29% )となった.植物質においてクワ等の果実類 (38% )が最も高く,次いでクルミ目 (4% )となった.人由来の食物をみるとピーマン等の農作物 (4%),パンの残飯 (4%)の出現はわずかであった.しかし,プラスチックの破片や袋等の人工的な無機物 (54% )は高率で出現した.同定不能の内容物も 67%存在した.これらのことから夏季における鎌倉市のような環境では,緑地を主要な採餌場とし動物質を多く利用しており,市街地の利用は相対的に少ないことが知られた.本研究と他地域の比較を行うために各地域における多様度指数 H’を比較したところ,鎌倉市が 3.5であるのに対し,いすみ市では2.9,原産地の米国では 1.7~ 2.6となり,鎌倉市の方が高い傾向が見られた.また Piankaの重複度指数 αを用いて各地域間の重複度を算出したところ,本研究‐各地域間においてはいすみ市が 0.62で最も高く,原産地の米国では 0.45~ 0.57となり,本研究と各地域における重複度は低かった.
著者
石田 彩佳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.179, 2013 (Released:2014-02-14)

近年ヒトへの警戒心が薄れることによって,人為的環境に接近するキツネが増加しており,畜産や農業被害あるいはエキノコックス症の感染リスク拡大が問題となっている.そのため北海道帯広市においては,キツネは有害鳥獣駆除の対象として年間約 150頭が駆除されている.キツネにとって家禽や農作物などは容易に手に入る餌資源であるため,しばしば利用することが知られている.しかしながら,キツネがどの程度の割合で農作物・家禽等を利用しているのかについて詳細に調べた事例は少なく,農地に出現するものの農作物ではなく専らネズミ類等の餌資源を利用していた場合,キツネの駆除施策そのものを見直す必要があるかもしれない.またエキノコックス症に関しては,キツネの糞中に排出される虫卵を経口摂取することでヒトへの感染が成立するため,排糞頻度の高い場所の環境要因を明らかにし,ヒトへ積極的に注意を促すことで,キツネの駆除個体数を減らしてもエキノコックス症感染リスクの低減が可能であるかもしれない. 本研究では日本を代表する農畜産業地域である十勝地方において,キツネの糞を用いて,その食性を明らかにする.さらにエキノコックス症感染リスク低減を目指して,キツネの糞が頻繁に排泄される地点の周囲環境要因を特定する.これらを把握することで現在のキツネの個体数管理方法の妥当性を検討し,農地におけるヒトとキツネとの共存を目指すための基礎情報を呈示することを目的とした.2012年の 5月から 10月にかけて 20ヵ所の調査区について月ごとに踏査を行い,合計 247個の糞を収集した.そのうち DNA分析によりキツネのものと認められたのは 141個であった.本発表では,これらのキツネの糞を用いた食性分析の結果および位置データによる排糞頻度の高い環境要因の特徴について考察する.
著者
加賀谷 祐太
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.168, 2013 (Released:2014-02-14)

トガリネズミ属(Sorex属)は,温帯・亜寒帯・寒帯の森林や草原に広く分布する小型哺乳類である.北海道には,専ら地表で活動を行うヒメトガリネズミ( S. gracillimus)およびバイカルトガリネズミ (S. caecutiens),地表および地中の双方で活動するオオアシトガリネズミ(S. unguiculatus),そして希少種トウキョウトガリネズミ(S. minutissimus)の 4種が生息している.腐植層の発達の程度は,トガリネズミ類の餌資源(地上徘徊性昆虫類およびミミズ類)の量に大きな影響を与えると考えられ,地表性のヒメトガリネズミ・バイカルトガリネズミ,および半地下性のオオアシトガリネズミの分布を決定づける重要な要因であると考えられる. そこで本研究では,土壌環境(腐植層の厚さ),節足動物資源量,ミミズ資源量の三つの要因に着目し,これらが地表性ヒメトガリネズミおよび半地下性オオアシトガリネズミの分布に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした.北海道鹿追町大雪山国立公園内において,2012年の 6月~ 8月に 20か所の調査区を徐々に標高を違えて設定し,各調査区において,トガリネズミ 2種の個体数調査,土壌環境調査(O層および A層の厚さを計測),節足動物資源量調査,ミミズ資源量調査を実施した.今回の発表では,生態的ニッチが異なるヒメトガリネズミおよびオオアシトガリネズミが,これらの要因にどのような影響を受けているのかについて比較議論する.
著者
中井 真理子 山下 國廣 福江 佑子 池田 透
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.128, 2013 (Released:2014-02-14)

特定外来生物アライグマの防除では,根絶に向けた低密度状況下における捕獲が課題となっている.本研究では,アライグマの痕跡の確認手段として,アライグマ探索犬の育成を試みた(2009年開始).動物の探索に特化する狩猟犬種群から甲斐犬を選び,行動学と学習理論に基づいたモチベーショントレーニングを採用した.今回の試験は,探索犬とハンドラー(犬の反応を読み取り指示を出す者)の能力確認を目的とした.捕獲したアライグマに VHF発信器を装着し,ラジオテレメトリー法により日中の位置を記録した.探索中の記録はボイスレコーダーと動画撮影で行い,インストラクター(訓練の指導者)とハンドラーの発言の違いを比較した. 夏季の探索試験は,2012年 7月の連続する二日間(アライグマの位置は同じ)に実施.現場は農地に隣接する針広混交林の林縁部で,林床は 100cm前後の草本類が密生する場所.一日目は一部でアライグマ臭気特有の行動が見られたが,ハンドラーの判断ミスで体力を消耗させたため,終了した.二日目は前日に反応を示した谷から絞り込み,朽木根元の樹洞に吠えて告知した.冬季の探索試験は,2012年 12月一日間に実施.現場は積雪約 40cmの平坦な農地で,民家が点在する場所.倉庫群周辺で動きが速くなり,発信音を確認した倉庫の風下で吠えて告知した. 探索犬は,野生アライグマの臭気を敏感に感知できた.ハンドラーは探索犬の反応を観察していたが,時々刻々と変化する風向きや地形などから臭気の流れを推測し的確に探索範囲を選ぶ判断力と経験に不足する部分があった.現場での活動には探索犬とハンドラーのペアが経験を積むことが重要である.また,気温が高いと体力消耗が早い点や探索の障害物となる植物の茂りの点などを考慮して探索計画を立てることで,より効率よく探索できると予想される. なお,本研究の一部は平成 23~ 25年度環境省環境研究総合推進費により実施された.
著者
小薮 大輔
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.157, 2013 (Released:2014-02-14)

ヒトの後頭部を構成する骨の一つに頭頂間骨という骨がある.形態学の教科書を紐解くと,頭頂間骨はヒト,齧歯類,奇偶蹄類,食肉類に存在し,異節類,鰭脚類,モグラ類,センザンコウ類などの系統では存在しないとされている.その進化的起源に関し 19世紀以来,幾人かの解剖学者が注目してきたものの,その有無が系統的に安定しないこと,そして成長に伴ってすぐに他の骨に癒合することから,多くの学説を混乱させてきた.そこで発表者は 300種以上の現生及び化石単弓類を対象に頭頂間骨の発生学的,系統学的変異を調査した.その結果,通説に反して全ての目で胎子期には頭頂間骨が存在することが確認された.胎子期初期には容易に確認しうるが成長に伴ってすぐに他の骨に癒合するため,多くの系統でその存在が見落とされてきたと考えられる.さらに,頭頂間骨は基本的に 2組の骨化中心(内側外側各 1組)から発生することが確認された.従来,祖先的単弓類の後頭頂骨 1組が哺乳類の頭頂間骨となり,祖先的単弓類の板状骨 1組が喪失することで哺乳類の後頭部は成立したと考えられてきた.しかし ,本研究の結果は哺乳類の頭頂間骨は進化的に 2組の骨から起源した可能性を示唆する.つまり頭頂間骨の内側骨化中心の 1組は祖先的単弓類の後頭頂骨 1組とのみ相同であり,また哺乳類に至る系統で喪失したとされてきた祖先的単弓類の板状骨は,実は頭頂間骨の外側骨化中心の 1組と相同であり,通説に反し哺乳類でも失われることなく存在していると考えられる.また最近の研究から,頭頂間骨を除きマウスの頭骨を構成する全ての骨は中胚葉もしくは神経堤細胞由来のいずれかに由来することが明らかになった.一方,頭頂間骨は内側が神経堤細胞から,外側は中胚葉からそれぞれ発生する.頭頂間骨におけるこの複合的な発生学的由来は,板状骨と後頭頂骨が進化的に融合して哺乳類の頭頂間骨が起源したことと関連しているかもしれない.
著者
佐鹿 万里子 阿部 豪 郡山 尚紀 前田 健 坪田 敏男
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.256, 2013 (Released:2014-02-14)

【背景】近年,エゾタヌキ Nyctereutes procyonoides albusの地域個体数減少が報告されており,この原因として疥癬やジステンパーなどの感染症や外来種アライグマの影響が考えられているが,その原因は明らかとなっていない.そこで本研究では,エゾタヌキ(以下,タヌキとする)を対象に,ホンドタヌキで集団感染死が報告されているイヌジステンパーウイルス(Canine distemper virus:以下,CDVとする)について疫学調査を行った.【材料と方法】調査地域は,2002~ 2004年に重度疥癬タヌキが捕獲され,さらにタヌキ個体数減少も確認されている北海道立野幌森林公園を選定した.2004~ 2012年に同公園内で捕獲されたタヌキ 111頭において麻酔処置下で採血を行うと同時に,マイクロチップの挿入と身体検査を行った.血液から血漿を分離し,CDVに対する中和抗体試験を行った.【結果】CDVに対する抗体保有率は 2004年:44.4%,2005年:8.3%,2006年:14.3%,2007年:11.1%,2008年:7.7%,2009年:54.5%,2010年:8.3%,2011年:0%,2012年: 0%であった.また,同公園内では 2003年に 26頭のタヌキが確認されたが,2004年には 9頭にまで激減し,その後,2010年までは 10頭前後で推移していた.しかし,2011年は 18頭,2012年には 16頭のタヌキが確認され,タヌキ個体数が回復傾向を示した.【考察】抗体保有率は 2004年および 2009年に顕著に高い値を示したことから,同公園内では 2004年と 2009年に CDVの流行が起きた可能性が示唆された.また,2002~ 2004年には,同公園内で疥癬が流行していたことが確認されているため,同公園内では CDVと疥癬が同時期に流行したことによってタヌキ個体数が減少したと考えられた.