- 著者
-
杉藤 美代子
- 出版者
- 日本語学会
- 雑誌
- 國語學 (ISSN:04913337)
- 巻号頁・発行日
- vol.53, no.2, pp.98-99, 2002-04-01
誌上フォーラム:「国語学」と「日本語学」において,すでに多くの方が論じられてきたように,改名についてはたしかに問題を多々抱えている。かつて亀井氏が提案された頃とはちがい,現に「日本語教育」学会があり,月刊誌『日本語学』もある。しかし,各大学で講座名を「日本語学」に変更する例もあり,学会誌の体裁からしても,名称変更についてはもう後へは退けない状況にあるといえよう。むしろ,中身を検討すべきであろう。積極的に日本語の学を統合する学会への進展を志向すべき時期と思われる。「日本語学会」,学会誌の名称は『日本語学会誌』あるいは『日本語学研究』であろうか。ここで,とくに重要な点は,改名を機に,これを前進のときとみるか,伝統を失い後退であると考えるかである。自信と実力をもって,日本語に関する研究(手法の新旧を問わず)を深め,内容の充実と統合を図る。この際,それが必要と思われる。先学の優れた研究の灯を消してはなるまい。また,現在「国語学会」所属の方には,何らかの形で国語教育に関連のある方が多いと思われる。そこへの影響や問題点をも考慮に入れる必要があろう。日本語は,日本の文学,思想,哲学,宗教,社会,学術全般,情報,教育,すべての基になる言語であり,その日本語の研究と教育の活性化が現在においては急務である。いうまでもないが,多読によらねば日本語を読み取る実力は育たず,語彙も豊かになりにくい。大学の講義,高校の授業では,細部の理解とともに多くを読み,書き,文字,音声をもって表現する能力の育成が重要である。実は,古典の数々も,とくに困難の多い現代を生きる人生の書として,ディベートの種にもなるはずである。コンピュータで打ち込んだデータを処理することで卒論を書く,そういう時代だからこそ教育においては部分と全体とを把握する能力と意欲がほしい。学生,生徒の頭脳と精神を活性化するような迫力がほしい。研究は地味なものだが,教育の原動力として働くものでありたい。一方,外国人を対象とする日本語教育の分野では,外国語を専門とする学部出身の教員が多く,外国人をふくめて,従来とやや異なる視点から日本語を検討する。伝統的観点からすれば,あるいは物足りず,または外国の理論だけをよしとする傾向には問題もあろう。が,従来の,日本語を母語とする話者の視点とは異なる視野の広がり,また,文法研究の進展も見られ新しい「日本語学会」ではこの傾向も受け入れる機会になろう。その他に,現在,教育の場で困難な問題とされている「音声言語」がある。コミュニケーションの問題は重要であるが,日本語の音声については一般に理解が足りない。しかし,1989年,筆者は文部省の重点領域研究「日本語音声」(正式には「日本語音声における韻律的特徴の実態とその教育に関する総合的研究」)を申請し採択された。終了時には参加の研究者数は281名であった。国語学,言語学,方言学等の研究者が主体であったが,情報工学,電子工学,音声言語医学などいわゆる理系の研究者,また,教育関係,放送関係者も糾合して,日本語音声の韻律的特徴,つまりアクセント,イントネーション,リズム,ポーズ等の総合的研究を目指した。そこでは国語教育との統合の難しさを実感した。が,現在,そこで収集された音声データベースを利用して教材用CD ROMを数名の共同により作成中である。大学の国語学,日本語学の教育に使われる予定であり,これは画期的なことと思われる。そこで,次には,上記の「日本語音声」をなぜ考えたか,その発想について。また,新しいCD ROM教材について少しのべよう。周知のことだが,日本語アクセントは,歴史的,地域的対応関係が明らかにされている。これは,前世紀最大の国語学的,言語学的知見と考えられるものである。まず,井上・奥本(1916)による古文献に付記された声点の発見があった。そして,かの,金田一春彦(1937,1974)による類聚名義抄の声点の分類と方言アクセントとの関係の明示,服部四郎(1931 33)の方言アクセントの対応関係,平山輝男(1957等)の実地踏査による方言アクセントの収集,これらが基礎となって現在も研究は継承され,全国の方言アクセントのほぼ全貌が明らかにされている。この日本語研究は誇りに思ってよい。ところが,各地の貴重な方言アクセントが近年急激に変化している。このままでは,先学の貴重な研究成果も真偽さえ疑われる時代がくるかもしれない。従来,日本語アクセントは一般に各自が聴取により記号化して論じられてきた。が,各地域の生粋の方言話者が健在のうちに,全国共通の内容について,日本全国のアクセント,イントネーション等の発話者声を録音し,音声データベース化する必要があると考えた。全国100地点の高年齢者の音声収集がこれである。また,変化過程を捕らえるために,各都市の年齢別音声の収集も計画した。当時,デジタル録音機が開発されたと知って,研究の申請を決意した。間に合った,というのが実感である。これが推進できたのは,参加された方々の熱意と協力によるものであった。教育材料としても,記号化された資料を提示されるのと,音声を聞いて自ら比較し,考えるのとでは価値が異なる。今回作成の教材CD ROMでは,まず,音声の生成とアクセントの特徴,知覚を実感し,一方,各地域の方言話者によるアクセントを聞いて分類し,さらに,古文献の声点により先人の業績を実感するとともに,高年齢から小学生までの現実に生じているアクセントの変化を確かめる。いわば,日本語の音声のうち,まずアクセントを総合的に体験し考える,一つの試みである。今後の「日本語学」に何か示唆することがあれば幸いと考えて,敢えてここに紹介させていただいた。学会の再出発に声援を送り,この学会の前途に期待をもちたい。