- 著者
-
津田 誠
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬学会
- 雑誌
- ファルマシア (ISSN:00148601)
- 巻号頁・発行日
- vol.51, no.8, pp.755-759, 2015 (Released:2018-08-26)
- 参考文献数
- 22
- 被引用文献数
-
5
痛みを連想すると,恐らく多くの人はあまりいいイメージを持たないだろう.熱いものを触った時の痛み,どこかに手足をぶつけたときの痛み.一見,私たちにとって有害なものと思えるこのような痛みだが,私たちはこの感覚を経験し学習することで,痛みを伴う外傷を未然に避ける防御行動を習得することができる.このような生理的な痛みは急性疼痛と呼ばれ,私たちが安全に生きていくために必要な生体警告信号としての重要な役割を担っている.一方で,がんや糖尿病,脊髄損傷,手術の後遺症,HIV感染,多発性硬化症など多くの疾患で発症する慢性化した耐え難い痛みは,患者のQOLを極度に低下させ,疾患そのものの治療や,精神にも悪影響を及ぼしてしまう.また,四肢の切断や帯状疱疹ウイルス感染などの場合,患部の外傷は治癒したにもかかわらず,痛みだけが慢性的に残ることがある.このような疾患では,自発痛に加え,通常であれば痛みを起こすはずのない軽度な刺激,例えば衣服が肌に触れるという軽い刺激によってさえも強い痛みが出るアロディニア(異痛症)が特徴的である.すなわち,本来痛みが有する生体防御信号としての役割がこれらの疾患では完全に破綻しており,慢性化した痛みそのものが病気であるといえる.この慢性疼痛は,神経系の損傷や機能異常に起因することから「神経障害性疼痛」と総称される.全世界で数千万人が慢性疼痛で苦しんでおり,適切な痛みのコントロールが必要であるが,実際は強い鎮痛薬であるモルヒネにさえ抵抗性を示す症例が少なくなく,未だ有効な治療法も確立されていない.現在の疼痛研究における大きな課題の1つは,この神経障害性疼痛メカニズムの解明と有効な治療法の開発であり,その克服に向けて,様々な視点から研究が進められている.本稿では,まず末梢から脊髄,さらに脳へ至る痛覚伝達経路を概説し,神経の障害後に脊髄後角神経回路がどのように変化して神経障害性疼痛を引き起こすのかを,神経細胞および非神経細胞のグリア細胞に注目した最新の研究成果を交えて紹介する.