著者
澤田 聡 渡邉 直行 五十嵐 均
出版者
群馬県立県民健康科学大学
雑誌
群馬県立県民健康科学大学紀要 (ISSN:18810691)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.73-76, 2011-03

目的:2004年にLANCETに掲載された論文"Risk of Cancer from Diagnostic X-rays : estimates for the UK and 14 other countries"(英国を含む14か国における診断用X線検査による発がんリスクを推定したもの)を教育的にレビューし,診療放射線技師による放射線防護の視点より,Computed Tomography(CT)検査の妥当性について考察する.方法:論文を読み,そのデータや結論をレビューし,関連文献検索を加えた.結果:示されたがん発生リスクのデータには疑問の余地がある.しかしながら,医療被ばくにおいて本邦のCT検査が大きな比重を占めているということは事実である.結論:医療被ばくの低減には,CTによるX線検査の頻度を下げること,装置間,施設間による線量のバラツキを最小化することがかかせない.
著者
渡邉 直
出版者
海人社
雑誌
世界の艦船
巻号頁・発行日
no.636, pp.142-147, 2005-01
著者
渡邉 直
出版者
海人社
雑誌
世界の艦船
巻号頁・発行日
no.703, pp.94-97, 2009-03
著者
作本 悦子 渡邉 直行 小倉 敏裕
出版者
群馬県立県民健康科学大学
雑誌
群馬県立県民健康科学大学紀要 (ISSN:18810691)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.67-72, 2011-03

目的:The Lancetに掲載されたBerrington氏らによる論文をレビューし,CT検査の在り方について考察する.方法:Risk of Cancer from Diagnostic X-rays : estimates for the UK and 14 other countriesという論文をレビューし,CT検査の利益および不利益という見地から,CT検査の在り方について考察する.結果:本論文において,診断X線検査の放射線による発がんの寄与リスクは,他国に比べ日本が最も高く,日本で年間に発症するがんのうち,3.2%(年間7,587例の発がんに相当)が,診断に使われている放射線によるものであると推定された.結論:放射線を人体に照射する業務を行う我々は,患者に放射線による有害な影響の可能性を上回る利益を提供できるようにするべきであり,防護の最適化について,より工夫する必要がある.
著者
富田 幸代 亀山 敦史 渡邉 直子 牧野 麻子 高山 沙織 細井 隆太郎 勢島 典 中西 万理子 色川 大輔 石井 善仁 杉山 利子 齋藤 淳 角田 正健
出版者
特定非営利活動法人 日本歯周病学会
雑誌
日本歯周病学会会誌 (ISSN:03850110)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.15-23, 2013-03-28 (Released:2014-04-10)
参考文献数
22
被引用文献数
2 1

本研究では,口臭外来を受診した患者の実態,口臭質問票の回答および客観的評価である臭気測定器(オーラルクロマTM)による口臭診断との関連性を分析し,心理的口臭症患者の不安障害の傾向を捉えることができるか検討することを目的とした。対象者は,2009 年 1 月から 2011 年 12 月までに東京歯科大学千葉病院口臭外来を受診した患者 363 名とした。口臭質問票の項目の一部(性別,年齢,口臭の自覚の有無,口臭を意識した時期,口臭を意識するようになった契機,口臭による社会生活や家庭生活への影響,口臭について相談できる人の有無)とオーラルクロマTMによる検査結果の関連性を分析した。臭気測定器による分析は,臭気物質の中で口臭の強弱と強い相関が認められるCH3SH 濃度を指標とし,対象者を臭気レベルを下げるための治療が必要か否かにより,口臭なし群と口臭あり群に分けた。その結果,対象者のうち口臭を自覚する者は 8 割を超えていたが,そのうち約半数は口臭なしと診断され,口臭の自覚と口臭の有無との明確な関連性は認められなかった。口臭の診断,治療には心理的側面も含めた様々な面からのアプローチが必要であると思われた。特に心理的口臭症患者への対応では,エゴグラム等の分析を待たずに,口臭質問票の一部の項目と口臭測定結果から,不安障害を有する患者の傾向をある程度捉えることが可能であると考えられた。 日本歯周病学会会誌(日歯周誌)55(1):15-23, 2013
著者
渡邉 直人 中川 武正 宮澤 輝臣
出版者
一般社団法人 日本アレルギー学会
雑誌
アレルギー (ISSN:00214884)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.29-38, 2009-01-30 (Released:2017-02-10)
参考文献数
22

【目的】我々が考案したドライパウダー吸入薬統一指導箋についての実用性の調査を行った.【方法】市立病院薬局及び関連の調剤薬局4ヵ所に勤務する薬剤師31名を対象に,統一指導箋による吸入指導を行いアンケートにて評価した.【結果】(1)指導内容は,よくまとまっている61%,まあまとまっている39%.(2)指導方法は,大変説明し易い29%,まあ説明し易い68%,変わらない3%.(3)指導時間は,かなり短縮できる13%,まあ短縮できる58%,変わらない29%.(4)患者さんの理解度は,よく理解している17%,まあ理解している71%,変わらない13%.(5)複数の吸入薬を使用する場合は,統一吸入指導箋の方がいい74%,どちらでもいい10%,各種指導箋に応じた方がいい16%で,(6)統一指導箋の推奨理由は,指導が簡便である30%,説明時間を短縮できる13%,患者さんの理解に混乱を減らせる57%であった、(7)逆に各種指導箋に応じた方がよい,と答えた者の理由は,むしろ個々の特徴を活かし種類ごとに説明した方が患者の知識や理解力が高まるとの意見であった.また,それぞれの吸入薬に既に指導箋が個別に入っているため,配布する統一吸入指導箋とかえって混乱する可能性もあるなどであった.(8)今回の統一吸入指導箋で気づいた点に関する意見では,絵や写真があるとさらにいいなどが挙げられた.【考察】統一吸入指導箋は指導が簡便で患者さんの混乱を減らせることより実用性が高いと考える.
著者
渡邉 直樹
出版者
宇都宮大学国際学部
雑誌
宇都宮大学国際学部研究論集 (ISSN:13420364)
巻号頁・発行日
no.16, pp.125-137, 2003-10

Japanologen in Europa und USA betrachten die Meiji-Zeit in Japan, also die Zeit von der Mitte des 19. Jahrhunderts bis zum Anfang des 20. Jahrhunderts, als das Zeitalter der japanischen Aufklarung, und sie nennen als reprasentativen und typischen Vertreter dieser Zeit Yukichi Fukuzawa, der einen grossen Beitrag zur Modernisierung Japans geleistet hatte. Sein Hauptanliegen war, Japanern die europaische Wissenschaft anstatt des in Asien verbreiteten traditionellen Konfuzianismus naher zu bringen, der uber einen Zeitraum von etwa 250 Jahren, der sogenannten Zeit der Tokugawa, die Grundlage japanischer Denkart und Herrschaft gewesen war. Diese Modernisierung Japans versuchte er aus einer Geschichtsanschauung herzuleiten, die damals in Europa von der Ideologie des Imperialismus gepragt war. Das war die Geschichtsanschauung u. a. des Franzosen Guizot oder des Englanders Buckle, die geschichtliche Veranderungen und damit den Zivilisierungsprozess mit dem geistigen Fortschritt der Menschen identifizierten. Es war das Ziel von Fukuzawa, das damalige Japan so zu entwickeln und zivilisieren wie fortschrittliche "Westliche Lander", nicht nur auf sozialem, sondern auch auf geistigem Gebiet. Dazu schien es ihm unabdingbar, die Weltanschauung der Burger und die Gesellschaftstruktur Japans zu verandern. Fortschrittliche und zivilisierte "Westliche Lander" waren fur Fukuzawa zwar bis zu einem gewissen Grad nachahmenswerte Vorbilder, aber eine zu weit gehende Verwestlichung des Landes wollte er vermeiden. Wichtig erschien ihm der Ausbau der Beziehungen zwischen den europaischen Landern und Japan und versuchte besonders das Modell der freien Marktwirtschaft zu ubernehmen, das aber in Japan nur schwer mit der Moralitat des Konfuzianismus in Einklang zu bringen war. Er war kein Idealist, sondern ein Praktiker. Das war die ausschlaggebende Eigenschaft, die den Aufklarer Fukuzawa kennzeichnete. Gegenwartig werden die Verdienste Fukuzawas kontrar beurteilt: Die meisten Forscher in Europa und den USA schatzen den Aufklarer Fukuzawa positiv ein und stimmen darin uberein, dass er bei der Modernisierung Japans in der Meiji-Zeit eine entscheidende Rolle gespielt hatte. Demgegenuber gibt es in Japan kritische Stimmen gegen ihn, die ihm vorwerfen, an der Ideologisierung der Invasionskriege Japans in Asien maβgeblich beteiligt gewesen zu sein. Man konnte diese Vorwurfe auf die Tatsache reduzieren, dass Japaner den wahren Aufklarungsbegriff des Westens und das damit zusammenhangende Kausalitatsprinzip nicht richtig verstanden haben, das doch die Grundlage der wissenschaftlichen Denkart der Aufklarung gewesen war.