著者
臼杵 陽
出版者
法政大学経済学部学会
雑誌
経済志林 = 経済志林 (ISSN:00229741)
巻号頁・発行日
vol.79, no.4, pp.113-140, 2012-03-20

In this article, I discuss a recent trend in studies on a Palestinian political leader, al-Hajj Amin al-Husayni (1895-1974) with special attention to the relationship between Hajj Amin and the Nazis (National Socialists) during the Second World War. Hajj Amin's enemies have accused him of collaborating with the Nazis. Appointed the Grand Mufti of Jerusalem in the early 1920s, he escaped arrest by the British authorities from Palestine in 1937 for his role in the Palestinian Arab revolt in 1936. He went into exile in Nazi Germany and stayed there until the end of the war, after the failure of Rashid Ali Kaylani's coup in Iraq in 1941. Recently a lot of new studies have been published to emphasize his political role under the Nazi regime. These studies claim that Hajj Amin shared the Nazis'hatred of the Jews. Some researchers also assert that Nazi ideology persists among radical Arab nationalists and Islamic fundamentalists in the Middle East and that the collaboration between the Nazis and Hajj Amin during the war introduced the political and ideological ideas of Nazism into an Arab and Islamic context, especially after September 11, 2001. Against this background, this article tries to re-touch the picture of Hajj Amin's role from Arab and Palestinian perspectives.
著者
臼杵 陽
出版者
Japan Association for Middle East Studies (JAMES)
雑誌
日本中東学会年報 (ISSN:09137858)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.59-84, 2013-01-05 (Released:2018-03-30)

本論文は大川周明の生涯を通して彼のイスラームへの関心の変化を論じる。大川は右翼のアジア主義者として知られているが、イスラーム研究者でもあった。彼は東京帝大時代スーフィズムに関心をもった。しかし、彼は 1913年、内的志向の精神的イスラームから外的志向の政治的イスラームその関心を転換させた。同時期、「コーランか剣か」を預言者ムハンマドの好戦的表現だと考えていた。しかし、オスマン帝国崩壊後はイスラームに関して大川は沈黙を保った。約20年後の1942年、大川は著名な『回教概論』を刊行した。同書は読者の期待に反して、日本の戦争宣伝を意図するものではなかった。同書は日本的オリエンタリストの観点から理念型的なイスラームとイスラーム帝国絶頂期の理想化されたイスラーム国家の姿を描いたものだったからである。戦後、東京裁判の被告となったが精神疾患のため免責された。大川は松沢病院でクルアーンの翻訳を行なう一方、完全な人格としての預言者ムハンマドへの崇敬を通してイスラームへの関心を取り戻した。晩年の大川は開祖を通してキリスト教、イスラーム、仏教などの諸宗教を理解する境地に達したのである。
著者
臼杵 陽
出版者
日本中東学会
雑誌
日本中東学会年報 (ISSN:09137858)
巻号頁・発行日
no.9, pp.1-35, 1994-03-31

本論は,1950年から1951年の2年間にほとんどがイスラエルに移民したイラク・ユダヤ人に関して,1941年にバグダードで起こったファルフードと呼ばれているユダヤ人襲撃事件,ファルフードが契機となって活発化したイラクにおけるシオニスト地下運動,共産主義者とシオニストとの相互関係,そしてイラクからイスラエルへのユダヤ人大規模移民の研究動向を整理する試みである。議論の際に依拠するのは,主にイスラエルにおけるヘブライ語および英語による最近の研究成果であるが,必要に応じてアラビア語による研究にも言及することになろう。イスラエル人研究者(圧倒的にイラク出身者)による研究および記述は概して,シオニズムのイデオロギーを前提として議論を展開する。すなわち,ユダヤ人はファルフードを契機としてイラク社会への同化は不可能となり,ファルフードのような「ポグロム」の再発に対する防衛措置としてシオニスト地下運動が展開された。しかし,パレスチナ問題の展開に対応してイラク政府がユダヤ人に対して抑圧的な政策をとったため,結局,ユダヤ人はイスラエルへの移民の道を選ばざるを得なくなったという説明である。ところが,約12万人のユダヤ人が移民せざるをえなくなった事態はイラクのユダヤ人コミュニティ内部を見ただけでもより複雑な過程を取ったといえる。そこで,大量移民への過程の一端を明らかにするため,シオニスト地下運動のみならず,ユダヤ人共産主義者とシオニストの関係をも検討する。シオニズム以上に若いユダヤ人知識人を動員することのできた共産主義運動はシオニストが提唱するような,移民によってユダヤ人の直面する問題を解決することには反対し,イラク社会への同化による問題解決の方向性を堅持した。しかし,ソ連による国連パレスチナ分割決議への支持(1947年11月)を契機に共産主義者とシオニストとの協力関係の土壌が生まれた。結局,共産主義者はイスラエル国家設立(1948年5月)を機にシオニストと協力してイラクのユダヤ人コミュニティの防衛に当たり,そのほとんどがイスラエルに移民した。イラク社会への同化の立場は伝統的なユダヤ人指導者屑にも共通した考え方であった。しかし1950年3月のイラク政府による国籍剥奪法の制定を契機として,多くのユダヤ人が出国登録をした。その最中,ユダヤ人に対する爆弾爆発事件が起こった。この事件はユダヤ人の出国登録を加速度的に促進することになったが,本論の最終章でこの事件をめぐる議論を紹介して,イラク・ユダヤ人におけるシオニズム運動,共産主義,そして大量移民に関する今後の研究課題を提示したい。巻末に,今後の研究の便宜のため,イラク・ユダヤ人のシオニズム運動,共産主義運動,および大量移民に関するヘブライ語,アラビア語,英語による主要な関係文献のリスト(論文も含む)を,筆者が実際に入手しえた範囲内で付すことにする。
著者
黒木 英充 飯塚 正人 臼杵 陽 佐原 徹哉 土佐 弘之 間 寧 栗田 禎子 佐藤 幸男
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2004

地域間交流の問題は昨今盛んに議論されているが、東地中海地域は世界最古の文明を発達させ、古来活発な地域間交流を実現してきた。それは地中海という海域とその周辺地域における人間の空間的移動が極めて円滑であったことに拠っている。また、同地域では言語的・宗教的・文化的に多様な複合的性格をもつ社会が形成されてきたが、人間が文化的共同体の間を移動したり、その複合性を都市空間や文化活動で重層化したりする営みも見られた。この「明」の側面と、近現代においてパレスチナ問題を初め、バルカンの民族紛争、レバノン内戦、キプロス分割など、民族・宗派的対立もまたこの地域で進行してきたという「暗」の側面が、これまで別個に論じられてきたばかりで、両面を統合的に把握する努力が顧みられなかった。この欠を埋めて、民族・宗派対立問題に関する新たな解釈を打ち出し、人間の移動性がますます高まりつつある世界における文明交流の枠組み作りに資する知見を得るため、4年間にわたり、海外調査や国内での研究会、国際ワークショップを重ねた結果、次の点が明らかになった。1) 移動する人間に対する「保護」の観念が、東地中海地域で歴史的に深く根付き、それが制度化されてきたが、19世紀半ば以降、これが換骨奪胎され、「保護」の主体が法的基盤を持たぬまま入れ替わったことにより、現代の対立状況が招来された。2) 新たな「保護」のシステムを支える普遍的価値の創出が望まれる。これは現代の東地中海地域における民族・宗派問題の解決可能性を考慮するならば、一元的尺度による統治の実現をめざすのではなく、当該地域の複合的性格を反映した他者を包摂する弾力性に富んだ多元的な統治システムをめざすべきである。今後は、1)をふまえたうえで2)の点について、多角的で学際的なアプローチを展開する必要があろう。本研究はその方向性を明確に指し示すことができた。
著者
臼杵 陽
出版者
岩波書店
雑誌
世界 (ISSN:05824532)
巻号頁・発行日
no.617, pp.p167-171, 1996-01
著者
臼杵 陽
出版者
法政大学経済学部学会
雑誌
経済志林 (ISSN:00229741)
巻号頁・発行日
vol.79, no.4, pp.113-140, 2012-03

In this article, I discuss a recent trend in studies on a Palestinian political leader, al-Hajj Amin al-Husayni (1895-1974) with special attention to the relationship between Hajj Amin and the Nazis (National Socialists) during the Second World War. Hajj Amin's enemies have accused him of collaborating with the Nazis. Appointed the Grand Mufti of Jerusalem in the early 1920s, he escaped arrest by the British authorities from Palestine in 1937 for his role in the Palestinian Arab revolt in 1936. He went into exile in Nazi Germany and stayed there until the end of the war, after the failure of Rashid Ali Kaylani's coup in Iraq in 1941. Recently a lot of new studies have been published to emphasize his political role under the Nazi regime. These studies claim that Hajj Amin shared the Nazis'hatred of the Jews. Some researchers also assert that Nazi ideology persists among radical Arab nationalists and Islamic fundamentalists in the Middle East and that the collaboration between the Nazis and Hajj Amin during the war introduced the political and ideological ideas of Nazism into an Arab and Islamic context, especially after September 11, 2001. Against this background, this article tries to re-touch the picture of Hajj Amin's role from Arab and Palestinian perspectives.
著者
臼杵 陽
出版者
日本評論社
雑誌
一橋論叢 (ISSN:00182818)
巻号頁・発行日
vol.116, no.4, pp.748-761, 1996-10

論文タイプ||論説(特集 地中海世界における少数集団 = Minorities in the Mediterranean World)
著者
臼杵 陽
出版者
岩波書店
雑誌
世界 (ISSN:05824532)
巻号頁・発行日
no.663, pp.30-33, 1999-07