- 著者
-
西川 洋一
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2002
12-13世紀は、ヨーロッパにおける、いわゆる実務的文字文化が急速に展開した時代であった。ドイツでは12世紀に、その基本的に開かれた宮廷の構造を媒介として、イタリア、フランス等、王権が関係を持っていた地域の様々な新しい潮流が流入するようになる。それを受けて、12世紀末以降、当時もっとも進んだ証書実務を誇っていた教皇庁の証書を巡る様々な理論や観念が取り入れられる。これに対して後期シュタウフェン朝の書記局は、徐々にシチリア王国の文書行政の要素の影響が強まって、制度化の程度が高まると同時に、南イタリアの官僚制を前提として、特権状から命令状への重心の移行が見られるようになる。これに対して、都市においては、単に社会生活・経済生活の複雑化というような理由のみならず、その共和制的な政体に特有の条件によって文字文化が発展を遂げる。それが特に早期にかつ顕著に進行したのはイタリア中世都市においてであった。教会裁判権を嚆矢とする裁判手続きの文書化とともに、共和制という政体に規定されて、役職者の選挙、役職者のコントロール、あるいは公共的な目的のための租税の徴収等の目的で、多様な文書が作成されるようになる。同じ傾向は、少し遅れるものの、ドイツやフランドルなど、北ヨーロッパにおいても見られた。この地域では、都市初期(Stadtschreiber)が、徐々に法学を学んだ者たちによって占められるようになり、文書行政を担当するのみならず、参事会の顧問、外交、さらには都市の自己意識の表現である歴史叙述等にも携わった。しかし文書を媒介とした法的な専門知識と、伝統的な共和制的な統治の間には、常に緊張関係が残っていた。