- 著者
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辰巳 格
- 出版者
- 一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
- 雑誌
- 高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
- 巻号頁・発行日
- vol.26, no.2, pp.129-140, 2006 (Released:2007-07-25)
- 参考文献数
- 40
伝統的な言語観では,言語には文法ないし規則があるとする。英語の動詞活用たとえば過去形生成を例にとると,動詞の語幹末音素に応じて形態素⁄-t⁄, ⁄-d⁄, ⁄Id⁄を付加する (例:⁄luk⁄→⁄lukt⁄)。日本語の動詞活用は数十あるが,やはり規則がある。しかし,英語でも日本語でも規則の適用ができない例外的な動詞がある (例: ⁄giv⁄→⁄geiv⁄)。この場合には,頭の中の辞書が参照され,辞書からその動詞の過去形が引き出される。単語の読みも同様である。綴り→読みの規則があり,それに従って読みが出力される規則読み(“mint”→⁄mint⁄)がある。その一方で例外的な読みもあり,辞書を参照して読みが出力される ( “pint”→⁄paint⁄)。これらの機構のいずれが損傷されたかにより,規則動詞⁄規則綴りの障害,あるいは例外活用⁄例外綴りの障害が出現すると考える。 言語には規則も辞書もない,とする別の言語観もある。コネクショニストは,単語の音韻,意味,文字表象の 3層からなるニューラル·ネットワークを構築し,シミュレーション研究を行っている。この見方では,一見,規則と見えるものは,規則動詞の語尾のように同一パタンをくり返し学習することによって生じる般化である。例外活用では,単語の意味情報から単語の特定が行われ,その過去形が計算される。読みについても同じネットワークを用いる。動詞活用と読みの障害パタンは音韻表象,意味表象の障害により説明できるとする。 本稿では,言語に関する認知神経心理学の主要な 2つの説を紹介し,日本語の動詞活用と読みについて考え,こうした考えが発達性失読や特異的言語発達障害にも適用できることを示す。