著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
pp.0200515a, (Released:2020-05-30)
参考文献数
92

1990年代以降、日本でも経営・組織のシミュレーション研究が行われるようになってきた。本稿は、研究者間の関係も重ね合わせて、1990年代以降の日本の経営・組織のシミュレーション研究をレビューする。世界の研究の潮流は、シミュレーションの結果だけを、多くはメタファーとして引用するというものである。しかし、日本の一連の研究は、それとは異なる次のようなユニークな研究群である:(1) 既存モデルを批判的に検証した上で、(2) 自分でもシミュレーションを実施し、(3) シミュレーションの結果が実際に存在するのか現実の調査データで検証する。こうした研究がシミュレーション研究の可能性を切り開く。
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.9-40, 2004-01-25 (Released:2018-03-18)
参考文献数
18
被引用文献数
1

経営分野の若手研究者・大学院生を念頭に、英文論文を執筆するというプロセスを通して、研究の進め方、論文の書き方、さらには学界事情など、研究者の世界について解説する。
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
vol.2, no.6, pp.247-278, 2003-06-25 (Released:2018-03-19)
参考文献数
39
被引用文献数
3

ぬるま湯的体質の研究が出来るまでの過程を学会や周囲の反応などの裏話も含めて整理する。当初は論文や本にすることを意識していなかったが、学会などで叩かれたことで逆に発奮し、10年以上にわたって継続的に調査研究を続けることになった。その結果、思いもかけない事実や現象もとらえられることになる。
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
vol.15, no.11, pp.539-546, 2016-11-25 (Released:2017-02-25)
参考文献数
2

経営学の論文では「統計的に有意」によく出くわす。標本調査は全数調査と比べて安く実施できるが、どうしても標本抽出に伴う標本誤差が生じてしまう。しかし標本抽出を「くじ引き」にすれば、その標本誤差も確率を使って評価できる。それが有意確率で、実は仮説からの乖離が標本誤差の範囲を超えていますよ (=標本誤差では片づけられないですよ) という意味で「統計的に有意」だったのである。
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 組織学会
雑誌
組織科学 (ISSN:02869713)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.21-32, 1992 (Released:2022-07-15)
被引用文献数
5

組織行動上の問題点として指摘されることのある命令,指示の「やり過ごし」の現象がどういった意味をもち,どういった条件,要因のもとで発生するのかをゴミ箱モデルを使って理論的に考察するとともに,実際の調査データを用いて,こうした理論的予想が正しいものかどうかを検討する.さらに調査から明らかになってきた日本企業におけるやり過ごしの実態とその果たしている機能についても考察する.
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
vol.14, no.7, pp.357-386, 2015-07-25 (Released:2016-07-25)
参考文献数
26
被引用文献数
1

組織やシステムを設計するには、まずはそれがどのように形成されてきたのかを理解する必要がある。日本企業の行動や組織を理解する鍵は「仕事の報酬は次の仕事」である。そうした思想で構築されたシステムはどのように運用されているのか。そこから理解が始まる。
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.245-270, 2011

<p>『赤門マネジメント・レビュー』創刊10周年記念「トップダウンロード賞」(有料論文部門)をいただいた拙稿「英文論文のススメ」にまつわる下積み時代のエピソードから始まる連載の第1回。ウェーバーの「鉄の檻」が実はパーソンズの誤英訳で、本当は「殻」の意味だったことを知り、そのイメージが自分の下積み時代の記憶と重なって想像力をかきたてられ、「殻」概念を企業経営の視角として敷衍してみようと企図するまでを描く。</p>
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
vol.19, no.5, pp.139-157, 2020-10-25 (Released:2020-10-25)
参考文献数
37

本稿は、日本企業X 社を対象に、2004 年度から2015 年度までの12 年間に行われた年に一度の質問調査票を使った全数調査データに基づいている。因果関係は、組織が大きく揺れ、多くの変数が変動する場合にのみ現れるが、長期的定点観測により、見通し指標が職務満足と相関し、時系列で連動していることがわかった。他方、自己決定と職務満足の相関は疑似相関であり、時系列でも連動していなかった。また、社長が事業所を訪問し、従業員と対話の機会を設けたことで見通し指数は向上したが、社長が交代して事業所訪問をやめた途端、見通し指数が低下したことも確認できた。さらに、勤続年数に関係なく、比較的低い見通し指数の人が集まる世代が発見され、コーホート効果も確認されている。
著者
高橋 伸夫 中野 剛治
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
vol.2, no.10, pp.481-530, 2003-10-25 (Released:2018-03-19)
参考文献数
29
被引用文献数
4

ややもすると特許件数やロイヤルティー収入の額に目が行きがちな大学の技術移転を産学連携の現場の視点から捉え直す。そこは、マーケッタビリティーを機軸とする営業活動の中で、大学と大学に所属する研究者の権利をいかに守るかのせめぎ合いの現場である。真の技術移転とは特許の移転ではない。特許を作り出せるだけの技術をもった人の移転である。研究教育機関としての大学の真価はそこにある。
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 グローバルビジネスリサーチセンター
雑誌
赤門マネジメント・レビュー (ISSN:13485504)
巻号頁・発行日
vol.2, no.8, pp.339-366, 2003-08-25 (Released:2018-03-19)
参考文献数
15

日本型の人事システムの本質は、給料で報いるシステムではなく、次の仕事の内容で報いるシステムだということである。仕事の内容がそのまま動機づけにつながって機能してきたのであり、それは内発的動機づけの理論からすると最も自然なモデルでもあった。他方、日本企業の賃金制度は、動機づけのためというよりは、生活費を保障する視点から賃金カーブが設計されてきた。この両輪が日本の経済成長を支えてきたのである。今こそ原点に立ち返り、従業員の生活を守り、従業員の働きに対しては仕事の内容と面白さで報いるような人事システムを再構築すべきである。
著者
高橋 伸夫
出版者
特定非営利活動法人 組織学会
雑誌
組織科学 (ISSN:02869713)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.14-27, 1998 (Released:2022-07-22)
被引用文献数
5

日本企業で見られる意思決定の多くは,ゲーム理論や決定理論から見ると一見不合理なものに感じられるが,実は「未来の重さ」によって導かれた合理的なものである.非ゼロ和の世界では均衡も安定ももはや説得的ではなく,これらに代わって経営の現場で実際の行動に意味を与え続けてきたのが「未来の重さ」である.単に概念としてではなく,実際に手応え,やりがい,生きがいとなって,われわれの日常感覚の基礎をなしてきている.
著者
高橋 伸夫
出版者
一般財団法人 日本国際政治学会
雑誌
国際政治 (ISSN:04542215)
巻号頁・発行日
vol.1990, no.95, pp.63-78,L9, 1990

The purpose of this paper is to review the changing patterns of Chinese communist perception of the world during the 1950s, focusing on the rise and fall of the theory of intermediate zone. The theory was first articulated by chairman Mao Zedong in an interview with an American journalist Anna Louise Strong in August 1946. The intermediate zone means the vast area lying between the United States and the Soviet Union. The theory contended that not the East-West conflict but the conflict between the American imperialism and the oppressed people of the world formed the main contradiction in the present situation. This view was accompanied by a characteristic notion of international security. According to Mao, it was the bold struggle against imperialism that would promote &ldquo;peace&rdquo; among world great powers. Such a notion marked a contrast with the Soviet attitude which saw &ldquo;The Great Alliance&rdquo; as essential in securing world peace.<br>With the increasing pressure from Moscow to unify ideology within the socialist camp, the term &ldquo;intermediate zone&rdquo; vanished from the Chinese documents since late 1948. But the logic of the theory still influenced the perception of the Chinase leaders until 1952.<br>There were remarkable changes in the framework of Chinase world view after 1953. Firstly, the notion of peaceful coexistence was introduced into the Chinese policy papers. Secondly, the evaluation of neutralism was adjusted. Thirdly, the demarkation of the socialist camp was redefined. These changes altogether modified the previous notion of international security underlying the theory of intermediate zone. Namely, the idea that people's bold struggle against imperialism in the intermediate zone would reduce the probability of world war was replaced by the notion that consultation among the great powers was indispensable for promoting world peace. With this notion on international security, Chinese communist theory proceeded to the diplomacy of peaceful coexistence.<br>In 1958 the theory of intermediate zone was revived. While it emphasized the necessity of daring anti-imperialist struggle in the intermediate zone as it did in the late 1940s, it did not discard the idea that the coordinated effort between the communist nations and the Asian nationalist regimes was effective in eradicating the influence of American imperialism from Asia.<br>The revival of the theory of intermediate zone brought about a discrepancy with regard to the notion of peaceful coexistence between the Chinese and Russians. Although such a discrepancy was relative in character, it was destined to deepen by the transformation of the world system in the late 1950s.