著者
MURAYAMA SHU-ITI
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.66-68, 1959-11-15

著行は本文で台湾産コモンタイマイ及び5種の蝶類異常型の記載を行った.これらの材料は土として陳維寿氏の提供にかかるものでここに謝意を表する.コモンタイマイについては原種とみられる手もとのインド・アッサム産(Fig.3)や南シナ産の標本とくらべると,前翅表面1b室の中央1a脈に接して存在するやや矩形の緑色紋が基部の側に向ってこれに近く存在する,より小形な緑色紋と相融合する傾向をもつことが注意される.融合しない個体では,細い黒線で2つの紋が境され,原種の様に全く離れることはない.この点がもっと多くの個体で確認されると台湾の本種は地方型として分離出来るだろう.但し梅野氏(Zephyrus,5:247-248)が指摘された台湾産の本種は後翅の尾状突起が原種程長いものはないという点は,必ずしもすべての個体にあてはまらない.写真でみるように,♂には短い個体はあるが,♀は長く,♂でも♀と同様のものもあるから,これは固定した特徴となし難い.次にシロオビアゲハについては私はさきにNew Ent.Vol.7,No.1(1958)で応♂2異常型を記載したが,今回は2♀♀1♂を記載する。元来♂♀共に多型の種でこれらにすべて命名の必要があるとは思わないが,顕著なものにはある方が便利だろう。♀-ab.scintillansのTypeでない方の個体は一応同系列の異常型としたが,色彩は非常に趣きを異にし,中室端及び第2,3,4室基部の白紋は橙黄色をおび,これに続く赤紋及び第1室の長大な赤紋は紫白色をおび,後翅全体として赤紋はえび茶色を呈するが,裏面も同様赤紋に著しく紫白色鱗を交える.
著者
Gorbunov Oleg G. 有田 豊
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.69-90, 1995-06-20
被引用文献数
6

スイス,ジュネーブの自然史博物館に保管されているスカシバガと著者たちのスカシバガ,さらにフランス,パリの自然史博物館のTinthia spilogastra Le Cerf,1916とSynanthedon duporti Le Cerf,1927のタイプ標本を調査した.本報では,1新属と7新種を記載し,2既知種(1新記録種を含む)を記録した.これでベトナムから22種類のスカシバガが記録されたことになる.Tinthiinae Le Cerf Tinthiini Le Cerf 1.Tinthia spilogastra Le Cerf,1916(Figs 1,17)ビルマ(ミャンマー)から記載された小さな種で,今回1♀をベトナムから新しく記録した.Similipepsini Spatenka,Lastuvka,Gorbunov,Tosevski&Arita 2.Similipepsis bicingulata sp.nov.(Figs 2,12a-d)日本産のコシボソスカシバに非常に良く似ている種で,1♂が知られているのみである.Sesiinae Boisduval Sesiini Boisduval Cyanosesia gen.nov.中型のスカシバガで,♂の触角の繊毛は非常に短く,前翅は細長い.♂ゲニタリアはEusphecia,Scasiba,Sesia属などと非常に異なる.Type species:Cyanosesia tonkinensis sp.nov.3.Cyanosesia tonkinensis sp.nov.(Figs 3,11,13a-e)Paranthrene zoneiventris Le Cerf,1916に良く似るが,後翅の中室紋やCu_1の位置などで区別できる.4.Cyanosesia vietnamica sp.nov.(Figs 4,18)前種に非常に良く似るが,腹部背面第4節と5,6節後縁が橙黄色なので区別される.Osminiini Duckworth&Eichlin 5.Aschistophleps xanthocrista sp.nov.(Figs 5,14a-c)後脚の長い特異な種で,同属のA.ruficrista(Rothschild),A.cruentata Swinhoe,A.haematochrodes Le Cerf,A.lampropoda Hampson,A.metachryseis Hampsonなどとは前後翅,腹部,後脚などの色彩で区別される.Synanthedonini Niculescu 6.Synanthedon aurifasciatum sp.nov.(Figs 6,19)腹部第4節背面に赤橙色の帯をもつ種で,1♂のみで記載した.7.Ichneumenoptera duporti(Le Cerf),comb.nov.(Figs 7-8,15a-e,20)この種はすでにLe Cerfによって1927年にベトナム,トンキンから記載されている.著者の一人(Gorbunov)は今回新たに日本産のホウロクイチゴに極めて良く似ているキイチゴ属の1種から本種の幼虫を見いだした.幼虫は食草の地上1m位の所に少し膨らんだゴールを形成し,3-5cmの短いトンネルを作っている.3月1日に採集した幼虫は4月15-21日の間に6♂12♀羽化した.8.Ichneumenoptera vietnamica sp.nov.(Figs 9,16a-e)この属の他のおおくの近似種に似るが,腹部の帯の色彩で区別される.9.Ichneumenoptera caudata sp.nov.(Figs 10,21)前種同様近似種がおおく,前翅前縁部,腹部の色彩で区別される.前種と共に食草や生態は不明である.
著者
石井 実
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.81-83, 1989-03-20

ウラナミシロチョウ(C.pyranthe)の移動1987年7月17日の11時〜12時10分,コタキナバル(Kota Kinabalu)国際空港近くのアルー海岸(Tanjung Aru)においてウラナミシロチョウの移動を観察した(図1のa).蝶は海岸の東側に接した公園を横切り,砂浜の上を飛んでから海へと飛び出して行った。この日は晴天であったが強い西風が吹いていたので,蝶は公園内では西向きに飛んでいたが,砂浜に出ると風に押されて飛翔コースを南西ないしは南の方向に変えた.11時36分から10分間に視界内を32個体が通過していった.ウスキシロチョウ(C.pomona)の移動1987年7月23日午後,内陸部のラナウ(Ranau)〜テルピッド(Telupid)間をドライブ中,ウスキシロチョウが西向きに道路を横切るのに気づいた(図1のb).確認した27個体のうち,21個体が西へ,5個体が南西へ,1個体が北西へ向かって飛んでいた.1983年7月12日にもタンブナン(Tambunan)付近のクロッカー(Crocker)山脈南西斜面で,ウスキシロチョウの南西方向への移動に遭遇した(図1のc).この時は,13時15分から15分間に約20個体がクロッカー山脈の斜面を登って行った.
著者
主原 憲司 佐伯 護 佐々木 博一 上田 豊
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.38-41, 1971-10-30

筆者の1人,主原は1968年2月23日,滋賀県鈴鹿山脈で採集したヒサマツミドリシジミの卵1個を成虫まで飼育して,本種の生活史の一部を知ることができた(本誌,Vol.20, No.3&4に報告).更に,1969年秋,鈴鹿山脈および京都北山で採集した本種の卵を飼育して,その生活史の大要を知ることができた(蛹までの飼育経過は1970年5月3日,本会25周年記念大会で報告).その後1970年秋に鈴鹿山脈,および北山(京都,滋賀両府県にわたる)で,ブナ科植物3種から本種の卵を多数採集した.これらの資料からえられた本種の生活史の一部,卵,幼虫,蛹のおおよその形態について現在までに知りえた知見を報告したい.本文に入るにさきだち,日頃より御指導をいただき,今回の報告に際しても種々御教示下さった九州大学教授白水隆博士,国際大学教授丹 信実先生,平安高校井上宗二先生に厚く御礼申し上げるとともに,写真撮影をしていただいた三井正晴氏,主原信宏氏に深く感謝する.
著者
RAZOWSKI JOZEF YASUDA TOSIRO
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.14, no.4, pp.80-89, 1964-05-30

日本産のハマキガ亜科に属する8新種を記載し,併せて現在まで同定を誤まられて来た1種の種名の訂正を行った.尚,8新種の内3新種は大英博物館に保存せられていたものに基いた.2) Acleris simplex RAZOWSKI et YASUDA タカネミダレモンハマキ(新称) この属の中では大型の種で,秋に長野県山岳地帯,北海道で普通.A. hastianaと混同せられていたがゲニタリヤで区別出来る.寄主植物はシラカンバである. 2) A. hokkaidana RAZOWSKI et YASUDA キタハマキ(新称) 大英博物館に保存せられていた北海道産の♂に基いたもので詳しい記録は不明である. 3) A. electrina RAZOWSKI et YASUDA トガリハマキ(新称) 奈良春日山と長野県蓼科とで採集されたA. orphnocycla MEYR.に似たもので成虫越冬するものと考えられる.4) A. crassa RAZOWSKI et YASUDA シロウマハマキ(新称) 長野県白馬山麓及び岐阜県池野で記録された大型種,秋に出て成虫越冬するものと考えられる.非常に個体は少ない.5) A. phantastica RAZOWSKI et YASUDA アカネハマキ(新称) 美麗種,秋に出現し東北より四国まで個体は少ないが採集出来る.A. delicatanaに似ているが赤い色と,前翅の菱形の斑紋に特徴がある.6) A. ophthalmicana RAZOWSKI et YASUDA コガラシハマキ(新称) 小型の,針葉樹を加害すると思われる,斑紋に非常に変化の多い種で,秋に長野県山岳地帯に多産するものである.これは A. albiscapulanaに非常に良く似ているが,新種の方には前翅基部の黒色の小さな毛の束がない. 7) A.takeuchii RAZOWSKI et YASUDA ヒメサザナミハマキ(新称) 竹内吉蔵氏の採集品によるもので岐阜県と大阪とで記録されている.A. lacordairanaに似ているが新種は翅面に暗褐色の細いサザ波の斑紋が一面にある.8) A. roxana RAZOWSKI et YASUDA ヒダハマキ(新称) 小型の種,前種に似るが斑紋が不鮮明で前翅基部に大きな黒斑があるのが特徴.岐阜県高山で採集したものである. 9) A. ulmicola MEYRICK ニレハマキ A. boscanaと同定されて来た種で,夏型,秋型の2型がある.北海道に普通である.寄主植物はアキニレ.この結果boscanaは日本におらない事となる.
著者
津吹 卓
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.223-228, 2003-09-30

Five satyrine species were found around tree-sap sources of Quercus acutissima at Hino City in the suburbs of Tokyo in July and August 2002. In all species beak marked individuals were observed. The ratio of beak marked individuals to all captured ones were 40% and 13% in Lethe sicelis and L. diana, respectively in 4 days of July. This meant that a considerable number of beak marked Lethe butterflies were found in the field.
著者
原 聖樹 岩重 力 伊藤 哲夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.65-68, 1974-08-01

Catopsilia scylla (Linnaeus)は,♂ の前翅が純白色,後翅は橙黄色,♀は前翅乳白色,後翅暗黄色で,表面前後翅の対照があざやかな美しいシロチョウである.分布は,南ビルマからマレイ半島・マレイ群島をへてフィリピン・オーストラリアにおよんでいる.Corbet&Pendlebury (1947)によれば,ボルネオ島から未知であったが,1968年8月に森下和彦氏がサバ州Inanam(海岸線平野部)で2♂♂を採集され,この島にも分布していることが明らかになった(森下,1970).1972年12月26日〜73年1月10日,筆者らは昆虫調査団を編成してボルネオ島北東部のサバ州(マレーシア領)でキナバルカンアオイ?の探索を行なったが,その際多数の本種を目撃し,同地ではけっして珍しいものではないことを確認できた.普通種ながら分布上の問題を含む種のように考えられるので,とりあえず問題提起の意味をかねてその概要を報告しておく.
著者
INOUE HIROSHI
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.9-13, 1961-06-25

Callidrepana hirayamai NAGANOヒラヤマカギバ このカギバは原記載(1918,昆虫世界,22:358,pl.12,f.7)で長野県木曾山産の1♂(1915年7月3日,平山修次郎採集)が記録されて以来全然引用されず,私は名和昆虫研究所でtype specimenをさがしたが見付けることができなかったので,日本産蝶蛾総目録,4:372,1956では「分類上の位置不明」として置いた.1960年の春からカギバガ科全体の再検討をはじめたところ,鹿児島県肝属郡田代村産の大型なCallidrepanaの1♂(1928年5月13日河田党採集)を入手したが,これはまぎれもなく野村(1937,九大農学部学芸雑誌,7:450,f.13)が屋久島からニューギニアのC. discipunctataの亜種として記録した♂(1936年11月15日)と同じ種だった.しかしCallidrepanaは東洋熱帯に多くの種が分布し,私にはとうてい正しい同定ができそうもないので,British MuseumのA.E.WATSON氏に標本を送り比較をお願いしたところ,恐らく新種であろうとの解答が来た.丁度私の標本が英国へ郵送されている間に,山本義丸氏から屋久島で採集された新種としてCallidrepana yakushimalis YAMAMOTOヤクシマカギバの原稿がTineaに投稿されたので,私は編集者としてこれを他の原稿と共に印刷所へ送った.更に昨年秋に国立科学博学館に送られて来た和歌山県串本の蛾のなかに体が虫害でなくなった同じカギバの1♂(1959年2月10日,森島千景採集)を見出し,前に述べた鹿児島の♂と共に,C. hirayamaiの原記載と読みくらペたところ,疑いもなくこの大型のCallidrepanaこそヒラヤマカギバであることが判明した.私がこの結論に達したときは,既にThiea,Vol.5,No.2の印刷が進行してしまい,山本氏の新種を取り消すことができなくて,残念ながらそのまま発表されてしまった(1960,Tinea,5(2):334,f.1-3).以上のような経過でヒラヤマカギバは,屋久島・九州南部及び本州南半の太平洋側に分布していることがわかったので,今後更に各地から発見されることが期待される.Oreta pur purata INOUEインドガギバ このカギバは長野(1917,昆虫世界,21:460,465:1917,名和昆虫研究所報告,2:129,pl.3,f.14)によって九州からO. extensa WALKERインドカギバとして記録された.そのご松村(1927,北大農学部紀要,19:45,pl.4,f.7)は台湾産の1♂に基ずいてO. extensa ab. fuscopurpurea という「異常型」を発表し,これはPsiloreta extensa f. fuscopurpureaタイワンキオビカギバとして昆虫大図鑑:746,1931に引用されている.Oretaの仲間もCallidrepanaと同じように東洋熱帯に栄えている属で同定がむずかしいので,WATSON氏にジャワ産の「真の」extensaを借用して日本産とくらペたところ,四国や九州のインドカギバが外観でも雄交尾器の形でも全然別の種であることがわかった.更に昨年秋に北海道大学農学部でfuscopurpureaのtypeを調べたが,これは日本のインドカギバと同じであった.異常型として発表された学名は種あるいは亜種名としての先取権をもたないので,ここに改めて新種として記載した.最近インドカギバをO. extensa fuscopurpurea MATSUMURAという亜種としているのは,私(1956,蝶蛾総目録,4:370)が何も根拠なしに,ab(又はf.)をsubsp .に変えたためで,亜種に昇格させるペき理由は誰も述べていない.なお,台湾にはインドカギバのほか真のO. extensa WALKERも分布している.インドカギバも暖地の蛾で,分布図に示した通り,四国の南半から九州に分布していて,ヒラヤマカギバよりもはるかに沢山採集されている.
著者
Dubatolov V.V. KORSHUNOV Yu. P. GORBUNOV P. Yu. KOSTERIN O. E. LVOVSKY A. L. 猪又 敏男
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.49, no.3, pp.177-193, 1998-06-30

東アジアには翅斑の特徴同様♂交尾器のよく分化したベニヒカゲ属のふたつの近縁種が分布していることが明らかになった.それらはクモマベニヒカゲErebia ligea(Linnaeus,1758)およびもう一つは同所的な種で,後者は古くErebia ajanensis Menetries,1857の名称をもち,本報では次の3亜種に区分した.1.原名亜種E.ajanensis ajanensis Menetries,1857ロシア,ハバロフスク州のオホーツク海沿岸地方に知られる.かつてはE.ligeaの亜種に位置付けられていた.今回,ロシア科学アカデミー動物学研究所(セント・ペテルスブルク)に保管されていた標本を後模式に指定して,標記の名称と均質群の地理的範囲を確定させた.2.亜種E.ajanensis kosterini P.Gorbunov,Korshunov et Dubatolov,1995ロシア,マガダン州南部に分布する.本集団は先にP.Gorbunov他(1995)で"Erebia kosterini"として新種として発表したものである.3.亜種E.ajanensis arsenjevi Kurentzov,1950ロシア極東地区南部,朝鮮,中国北部および東北部?に知られる.この集団もE.ligeaの亜種とされ,Kurentzov(1970)では独立種として扱われながらも,名称のつづりが誤っていた.本報でこの名称を担う後模式指定(ロシア科学アカデミー極東支部土壌生物学研究所)をして,地域集団を確定させた.上記3つの集団に対する名称群は,いずれも今回初めての昇降格,[種との]結合がなされた.また,それらの集団は広義の日本列島(サハリンを含む)の集団とは関連がない.一方,従来のE.ligeaについても検討し,本報においてE.ligea koreana Matsumura,1928およびE.eumonia Menetries,1859のそれぞれの後模式を指定した.後模式標本の指定後,名称eumoniaはE.ligeaの最も古い東方亜種名として活用できることとなり,北部を除くアルタイ山脈からマガダン州および朝鮮に分布する真のクモマベニヒカゲに適用した.この広大な地域から記載されたE.ligeaと想定される群は,E.ligea sachalinensis Matsumura,1919,E.ligea rishirizana Matsumura,1928およびE.ligea takanonis Matsumura,1909を除き,すべてE.ligea eumoniaの異名と考えられる.
著者
井上 寛
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.63-73, 1991-07-15

本文を書くに当たって標本を提供していただいた平野長男,飯島一雄,神保一義,亀田満,佐々木明夫,高橋雅彌,田中多喜彦,山本光人,矢崎克己,吉本浩の諸氏,故江波戸俊彌,渡辺徳の両氏に厚く御礼申し上げる.Nola neglecta INOUE シロバネコブガ(新称) 私が長いあいだN.nami(INOUE)ナミコブガとN.ebatoi(INOUE)ウスカバスジコブガと混同していたもので,北海道でナミコブガと同定されていたものの一部は本種にぞくし,ウスカバスジコブガは今のところ北海道でとれていない.ナミコブガに最も似ているが,翅全体がいっそう白っぽく,前翅外横線が各脈上でこまかく屈曲せず,直線的でなめらか.北海道,本州の東北及び中部山地に分布する.Nola funesta INOUE クロバネコブガ(新称) 翅は細く,前翅外縁は傾斜している.体翅とも黒いが,前翅の基部と中央部は他の部分より淡色.雄触角の繊毛は長い.長野県の島々谷と愛知県北設楽郡段戸裏山で春に採集されている.恐らく中部山地に広く分布しているだろう.Nola hiranoi INOUE ヒラノコブガ(新称) 雄触角の櫛歯は,最長の部分で小節の幅の2倍くらい.前翅の基半と頭胸背は淡黄色,外縁部は暗い赤褐色,外横線の部分は赤褐色帯となる.N. trilinea MARUMOミスジコブガにやや似ているが,前翅が赤褐色で横線が不明瞭なので区別できる.長野県豊科町大口沢で平野長男氏が1981年7月25日に採集した2♂2♀と,群馬県水上町谷川温泉で吉本浩氏が1989年8月8-11日にとった1♀しか検していない.Meganola basisignata INOUE トウホクチビコブガ(新称) 後出のエチゴチビコブガの第2化に近い大きさで,M.costalis(STAUDINGER)ヘリグロコブガにやや似ているが,雄触角の櫛歯ははるかに長い.前翅の内外横線は不明瞭で,前縁部でやや黒っぽくなる.前後翅とも横脈点がある.宮城県と秋田県でとれた4♂しか私は検していない.Meganola bryophilalis (STAUDINGER) モトグロコブガ ベルリンでSTAUDINGERのタイプ標本を検した結果,M.basifasia (INOUE)とbryophilalisとが同種であるとの確信を得たので,モトグロコブガの北海道亜種をM. bryophilalis basifascia (INOUE),本土亜種をM. b. hondoensis (INOUE)とし,沿海州の原名亜種と区別した.Meganola strigulosa (STAUDINGER) エチゴチビコブガ 上記の種と同じく,タイプ標本(沿海州)を調べたら,strigullosaはM. satoi (INOUE)と同種なのでエチゴチビコブガをM. strigulosa satoi (INOUE)という日本の亜種としたNola strigulosa STAUDINGERは,LEECH,1889,以来今日までM. fumosa(BUTLER)クロスジコブガのシノニムとされていたし,一時私(1958,1959)は沿海州や北海道亜種としていたが,これは明らかに間違いである.前翅内横線がfumosaでは強く外方に半円形に張り出しているが,strigulosaではそのようなことはない.
著者
〓 良燮 坂巻 祥孝
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.263-268, 1995
参考文献数
11

北海道産のハマキガ科9種とシンクイガ科1種について,その寄主植物に新たな知見が得られたので報告する.特にフタオビホソハマキ,コナミスジキビメハマキについては,これまで寄主植物がまつたく知られていなかつたものである.また,ゴトウヅルヒメハマキ,クワヒメハマキ,ネギホソバヒメハマキはいままで単食性(monophagous)と考えられていたが,2科以上を寄主とする漸食性(pleophagous)または多食性(polyphagous)の可能性があることがわかつた. T0rtricidaeハマキガ科 Eupoecilia citrinana Razowskiフタオビホソハマキ いままでに食草についてはまつたく知られていなかつたが,今回初めてナガボノシロワレモコウの花床(バラ科)に潜入し加害することが明らかになった.本種の所属するホソハマキガ族は独立の科ホソハマキガ科として扱われていたが,最近ではTortricinae亜科の1族として扱われている(Kuznetsov and Stekolnikov(1973), Razowski(1976)。ホソハマキガ族は,ブドウホソハマキのようにヨーロッパでブドウの大害虫となっているものも含んでおり,日本では現在のところ42種が知られている.しかし,日本では幼虫の寄主植物に関する知見は少なく今後,幼生期を用いた分類学的,生態学的研究が要望されるグループである.本族の幼虫はほとんどが狭食性で,根,茎,花床などに潜入するが,まれには草木の葉を巻くものもある. Eudemis profundana([Denis & Schiffermuller])ツママルモンヒメハマキ これまでにエゾノウワミズザクラ,ズミ,コナラ(ブナ科)などが寄主植物として知られていたが,シウリザクラ(バラ科)も食することがわかった. Olethreutes siderana(Treitschke)ギンボシモトキヒメマハマキ チダケサシ,トリアシショウマ,ウツギ(ユキノシタ科)やシモツケソウ(バラ科)が食草として知られていたが,今回,エゾノシロバナシモツケ(バラ科)も食することがわかった. Olethreutes hydrangeana Kuznetsovゴトウヅルヒメハマキ 模式産地の南千島ではツルアジサイ(ゴトウツル)(ユキノシタ科)の花芽を食するが,今回初めてシナノキ(シナノキ科)も食草とすることが明らかになった. Olethreutes mori Matsumuraクワヒメハマキ クワ(クワ科)の大害虫として知られ,これまで単食性と考えられていたが,今回バラ科のアズキナシの葉も食害することがわかった. Lobesia (Lobesia) yasudai Bae et Komaiハマナスホソバヒメハマキ(新称)ノリウツギ(ユキノシタ科),ハマナス,シウリザクラ(バラ科)が食草として知られていたが,今回,キク科のハンゴンソウの花床,ヨブスマソウの花床やゴボウの実も食害することがわかった. Lobesia(Lobesia)bicinctana(Duponche1)ネギホソバヒメハマキ ヨーロッパで100年前に単子葉植物の数種のネギ属(ユリ科)の加害記録があるのみだったが,今回双子葉植物のナガボノシロワレモコウ(バラ科)の花床を加害することが明らかになった. Enarmonia flammeata Kuznetsovコナミスジキヒメハマキ 成虫はササ群落で多数の個体が観察されるが,食草は不明であったが(川辺,1982),今回初めて幼虫がチマキザサ(クマイザサ)の幼鞘に潜って加害することが明らかになった. Rhopobota neavana(Hubner)クロネハイイロヒメハマキ これまでにリンゴ,ズミ,ナナカマドなどバラ科植物を加害することが知られていたが,今回モクセイ科のヤチダモも食することがわかった. Carposinidaeシンクイガ科 インド・オーストラリアを中心に世界に広く分布するが,世界に約200種,日本で13種が記録されている小さな分類群である. Copromorphidae(インド・オーストラリアを中心に約60種記載)と本科の2科でシンクイガ上科(Corpomorphoidea)を構成し,幼虫は樹皮,花,果実などに穴をあけ食入するものが多い(Scoble,1992). Carposina sasakii Matsumuraモモノヒメシンクイ これまでリンゴ,モモ,ナシなどの果実を加害する著名な害虫として知られていたが,今回ハマナス(バラ科)の果実も食することがわかった.
著者
山本 晃
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.50-56, 1970-04-30

大甲渓流域の蝶類については,鹿野(1927),水戸野(1930),野村(1931),江崎(1932),などの報告がある.筆者は1966年および!968年の夏に大甲渓上流附近,主としてサラマオを中心とした地域において蝶類の採集を行った.両年とも短期間の滞在でもあり,また天候も不順であったために十分な採集は行えなかったが同地域の夏期の蝶相の概要を知ることができた.得られた蝶は,すでに同地域あるいは隣接地域から知られた種類ではあるが,中には従来,明確な産地の記録の比較的少ないものも含むのでここに報告したい.本文に先だち,この報文の発表をすすめて下さった九州大学白水隆博士に感謝の意を表する次第であります. なお日程は次の通りである.1966年7月18日〜7月20日 1968年7月26日〜8月2日
著者
Kellies Axel 有田 豊
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.187-235, 2001-06-30
参考文献数
43
被引用文献数
4

ここ10年くらいの間にベトナムの鱗翅目相がかなり解明されてきた.スカシバガ科も多数の昆虫研究者の協力によってかなりの資料が得られるようになった.著者らも1996年よりベトナムでの調査を開始し,1997年よりスカシバガ科の合成性フェロモンを使用することにより多数の種類と多くの個体を収集することができた.近年のベトナムのスカシバガ科の報告は,Romieuxによって1950年に採集され,主にスイスのジュネーブ博物館に保存されている資料によってなされている(Gorbunov,1988;Gorbunov&Arita,1995a,1995b,1995c,1996,1997).また,著者らの資料による報告もなされつつある(Arita&Gorbunov,2000a,2000b,2000c;Gorbunov&Arita,2000a;Arita&Kallies,2000).本報告では,スカシバガ科,ヒメスカシバガ亜科に所属する21種を報告した.ヒメスカシバガ亜科を調べた結果,他の鱗翅目と同様に,北ベトナムのファウナは北東インドや南中国と関係が深いことが明らかになった.すなわち,Trichocerota.dizona Hampson,1919,T.radians Hampson,1919およびT.proxima Le Cerf,1916などは北東インドから知られており,今回北ベトナムからも記録された.さらに,Caudicornia tonkinensis sp.nov.,Entrichella pogonias Bryk,1947およびTrichocerota melli sp.nov.などは南中国からも記録された.Subfamily Tinthiinae Le Cerf,1917 Tinthiini Le Cerf,1917 Ceratocorema Hampson,1893,gen.rev.=Neotinthia Hampson,1919,syn nov.C.hyalina sp.nov.(Figs 2,31,45)非常に小さいスカシバガでこの属の他の種類はインド,ミヤンマー,ラオス,マレーシアなどから知られている.C.yoshiyasui sp.nov.(Figs 3,46)前種同様に小さい種で北ベトナムのクックホンで得られた.Parathrenopsis Le Cerf,1911=Oligophlebiella Strand,1916,syn.nov.P.flaviventris sp.nov.(Figs 4,47)この属の種類は,東アジアと東南アジアから5種類が知られているのみである.Caudicornia Bryk,1947 C.xanthopimpla Bryk,1947(Figs 5,32)この種類は北部ミャンマーから知られていたが,今回北ベトナムの最高峰のファンシーパン山の近くのサパ(標高1,950mのところ)で合成性フェロモンによって採集された.C.tonkinensis sp.nov.(Figs 6,7,33,48)図示したように際だった性的二型の種類である.幼虫はキイチゴの一種の前年茎の基部近くに潜っているのが発見され,飼育の結果本種の雌が羽化した.雄は午後に合成性フェロモンに飛来した.本種は南中国からも発見された.Entrichella Bryk,1947 E.pogonias Bryk,1947(Figs 8,9,10,34)本種は,中国のE.leiaeformis(Walker,1865)や同じく中国のE.meilinensis(Xu&Liu,1993)や韓国のE.shakojianus(Matsumura,1931)などに酷似している.再調査が必要である.E.tricolor sp.nov.(Figs 11,12,34,49)この種は腹部第4と5節の橙黄色と白の帯によってこの属の他の種類と容易に区別される.南中国からも記録された.Trichocerota Hampson,1893 T.proxima Le Cerf,1916,comb.rev.(Figs 13,36)本種は腹部基半分が黒褐色で残りの半分が灰色がかった黄色の2色で,他の種類とは際だって異なる.北部ミャンマーから知られていたが,北部ベトナムからも記録された.T.radians Hampson,1919(Figs 14,15)本種も前翅の長い透明部分から他の種と容易に区別される.北東インドから知られていたが,北部ベトナムからも記録された.T.spilogastra(Le Cerf,1916),comb.rev.本種はすでに,Gorbunov&Arita(1995c)によってベトナムより記録された.T.melli sp.nov.(Figs 16,17,37,50)本種の前翅の青い輝きはこの属の種としては非常に特徴的である.中国南東部と北ベトナムから記録された.Paradoxecia Hampson,1919=Paranthrenina Bryk,1947,syn.nov.P.myrmekomorpha(Bryk,1947),comb.nov.(Figs 18,19,38)本種は腹部基半分が黒褐色で,外半分が灰黄色である.北部ミャンマーから知られていたが,今回北ベトナムからも発見された.P.vietnamica Gorbunov&Arita,1997本種は,Gorbunov&Arita(1997)によって記載された1雌が知られているのみである.P.luteocincta sp.nov.(Fig.20)本種は腹部の幅広い2本の帯が特徴的である.P.karubei sp.nov.(Figs 21,51)本種は腹部の幅広い橙黄色の帯が特徴的である.P.dizona(Hampson,1919),comb.nov.(Figs 22,23,39,52)本種は北東インドから知られていたが,今回北ベトナムから発見された.P.tristis sp.nov.(Figs 24,25,40,53)本種は腹部に帯が全く現われないことからこの属の他の種類から区別される.Rectala Bryk,1947 R.magnifica sp.nov.(Figs 26,27,41,54)本種は雌雄ともに腹部に幅広い黄色の帯が存在することにより他種と間違うことはない.Pennisetiini Naumann,1971 Corematosetia gen.nov.翅脈はヒメスカシバガ亜科のPennisetia属に似るが,雄の触角がPennisetia属ではbipectinate(両櫛歯状)であるのに対して本属では単毛である.また雄のゲニタリアではバルバが大変異なる.C.naumanni sp.nov.(Figs 28,42,43)北ベトナムのタムダオで1雄が得られているのみである.Similipepsini Spatenka et al.,1993 Similipepsis Le Cerf,1911=Vespaegeria Strand,1913 S.helicellus sp.nov.(Figs 29,30,44)本種は開張15mmと大変小さく,また腹部が強くくびれており,チビドロバチに非常によく擬態している.Milisipepsis Gorbunov&Arita,1995 M.bicingulata(Gorbunov&Arita,1995)本種は,Gorubunov&Arita(1995c)によって記載されたホロタイプのみが知られている.
著者
中村 正直
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.25-26, 1951-12-31

Anal comb of the Japanese Colias hyale poliographus Motsch, was described. The comb is transverse and consists of thirteen teeth. The tooth is elongate and obtuse at the apex; basal half fused with each other but free apically; every third tooth has a small process on a side which is fused at the base. The length of the teeth is subequal excepting those at each side of the comb which are shorter than terest. This is somewhat allied to the anal comb of C. philodice eurytheme Bdvl. from N. America, which was illustrated by Peterson, However, detailed comparison is impossible on account of his sketch being too rough.
著者
緒方 正美 三木 正男
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.28-30, 1993-06-30

Daphnis nerii (Linnaeus) is recorded from Shikoku for the first time. A female specimen was captured at Niihama, Ehime Pref.
著者
加藤 義臣 大日向 健人 中 秀司
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.1-8, 2009-01-10
参考文献数
19
被引用文献数
1

A nymphalid butterfly Hestina assimilis assimilis, which was recently discovered in Kanagawa prefecture in Japan, undergoes larval diapause and show a seasonal change in wing color pattern: summer and spring (white) morphs. In the present study, temperature and photoperiodic conditions responsible for the control of seasonal morph determination was investigated. First, when post-diapause larvae were reared under various temperatures (15℃, 20℃, 25℃ or 28℃) at a long photoperiod (16L-8D), most of the eclosed adults were of white morph (spring morph). Second, larvae were initially exposed to a short photoperiod (10L-14D), and then transferred to 16L-8D to avoid diapause occurrence. Resulting adults were white morph. Third, individuals were reared at various temperatures (15, 20 or 25℃) under a long photoperiod (16L-8D) through larval and pupal stages. Low temperatures of 15℃ were quite effective for white morph production, but moderate (20℃) or high (25℃) temperatures were not effective, and all butterflies produced developed black veins on the wing (summer morph). Fourth, in experiments where different rearing temperatures were combined during the larval life, a temperature of 15℃ combined with 20℃, but not with 25℃, was effective for producing some intermediate or white morphs. Fifth, the temperature-sensitive stage for white morph production was mostly located in the 3rd and 4th instars (in partiular, 4th instar). In these experiments, white morph production was closely linked with extremely delayed larval development. The results strongly suggest that not only a short photoperiod, but also a relatively cool temperature including 15℃ is quite effective for white morph production even without an intervening larval diapause. Probably, an unknown neuro-endocrine mechanism may be responsible for the seasonal morph regulation as in the case of other butterfly species.
著者
小林 隆人 北原 正彦
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.201-212, 2005-06-20

ゴマダラチョウとオオムラサキは同じ寄主植物を利用し, 寄主植物の根元で越冬するなど似たような生活環を持つチョウである.本研究では, これら2種について, 越冬幼虫の密度と様々な環境要素との関係を, 落葉広葉樹二次林(以下, 二次林)の断片化が進んでいる都市部と二次林が広く残存する都市郊外において調べた.オオムラサキの幼虫の密度は都市部よりも郊外において有意に高かったのに対し, ゴマダラチョウの幼虫の密度は郊外と都市部の間で有意な差がなかった.調査地と種を独立変数とした二元配置の分散分析の結果から, オオムラサキは都市化による二次林の減少に敏感であるのに対し, ゴマダラチョウはオオムラサキよりも二次林の減少への適応力が優れているなど, この2種は互いに異なる生活史戦略を持っていると思われた.寄主植物周囲の森林および二次林の面積とオオムラサキの幼虫の密度の間には都市と郊外の双方において正の相関が認められた.これに対し, ゴマダラチョウの幼虫の密度は木の周囲の森林や二次林の面積とは有意な相関がなかった.オオムラサキの幼虫の密度が周囲の二次林の面積の減少とともに低下したことには, 二次林面積の減少によって雌成虫による産みつけられる卵の密度が低下したこと, もしくは若齢あるいは中齢幼虫の死亡率が高くなったことが関係していると思われる.一方, ゴマダラチョウの幼虫の密度と周囲の二次林面積との間に有意な相関が見られなかった理由の一つは, 雌成虫が周囲の二次林面積に関係なく餌植物に産卵を行っていたことと思われる.この他に, 幼虫の死亡要因がオオムラサキと異なっていて, 死亡率が周囲の二次林面積に関連しないことも考えられる.本研究により, 両種が日本において地理的にはある程度共存するものの, 局所的には分布地域が異なる原因を明らかにするために有効な手掛かりが得られた.
著者
小林 隆人 北原 正彦
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.201-212, 2005
参考文献数
14

ゴマダラチョウとオオムラサキは同じ寄主植物を利用し, 寄主植物の根元で越冬するなど似たような生活環を持つチョウである.本研究では, これら2種について, 越冬幼虫の密度と様々な環境要素との関係を, 落葉広葉樹二次林(以下, 二次林)の断片化が進んでいる都市部と二次林が広く残存する都市郊外において調べた.オオムラサキの幼虫の密度は都市部よりも郊外において有意に高かったのに対し, ゴマダラチョウの幼虫の密度は郊外と都市部の間で有意な差がなかった.調査地と種を独立変数とした二元配置の分散分析の結果から, オオムラサキは都市化による二次林の減少に敏感であるのに対し, ゴマダラチョウはオオムラサキよりも二次林の減少への適応力が優れているなど, この2種は互いに異なる生活史戦略を持っていると思われた.寄主植物周囲の森林および二次林の面積とオオムラサキの幼虫の密度の間には都市と郊外の双方において正の相関が認められた.これに対し, ゴマダラチョウの幼虫の密度は木の周囲の森林や二次林の面積とは有意な相関がなかった.オオムラサキの幼虫の密度が周囲の二次林の面積の減少とともに低下したことには, 二次林面積の減少によって雌成虫による産みつけられる卵の密度が低下したこと, もしくは若齢あるいは中齢幼虫の死亡率が高くなったことが関係していると思われる.一方, ゴマダラチョウの幼虫の密度と周囲の二次林面積との間に有意な相関が見られなかった理由の一つは, 雌成虫が周囲の二次林面積に関係なく餌植物に産卵を行っていたことと思われる.この他に, 幼虫の死亡要因がオオムラサキと異なっていて, 死亡率が周囲の二次林面積に関連しないことも考えられる.本研究により, 両種が日本において地理的にはある程度共存するものの, 局所的には分布地域が異なる原因を明らかにするために有効な手掛かりが得られた.