著者
Heppner John B.
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.13-15, 1987-05-20
被引用文献数
1

Palaeosetidaeという原始的な蛾には,オーストラリアのPalaeoses sp.,チリのOsrhoes sp.および東洋区のGenustes sp.とOgygioses spp.の5種が含まれる.チリの種はごく最近までコウモリガ科に所属すると判断されていた(NIELSEN and ROBINSON, 1983).Palaeosetidaeの生態については,TURNER(1922)によるオーストラリア産の本科の記載に成虫と生息地についての短いノートがあるだけで,そのほかはなにもわかっていなかった,ISSIKI & STRINGER(1932)の東洋区の種の記載にも,生態についてはなにも書かれていない.1985年の台湾蛾類調査の際,台湾の中央山地でOgygioses caliginosa ISSIKI and STRINGERの成虫を7月2-4日に観察できた.この場所は台南州嘉義郡奮起湖の近くで,標高は約1450mである.生息地は小さな溪谷で,川が流れており,植物が繁り,また苔で覆われた岩や木生シダがあった.TURNER(1922)も,クイーンズランドのPalaeoses scholastica TURNERについて湿った木生シダのある場所だったと述べている.彼は,成虫の飛翔活動についてはなにも記録していないが,シダや苔で覆われた枝などをスウィープして採集しており,この蛾を比較的不活発なものと考えた.台湾でもOgygioses caliginosaの成虫はほとんど飛ばないようであるが,飛ぶ場合は溪流沿いで曇った日でも晴れた日でも半日陰になる場所である.O.caliginosaの成虫の場合はほとんど溪流の植物に沿ってすれすれに飛んでいる.O.caliginosaの飛翔はかなりのろく,まっすぐに飛び,トビケラによく似ている.ネットなどをふって飛翔中の成虫をびっくりさせると,ただちに飛翔を中止し,林床に真っ直ぐ落ち,落ち葉の間でもっともらしく死んだまねをする.地面から1-2mの高さの大きな葉の裏で休息するのを好む.成虫が休息する時は翅を腹部の上に(屋根型に)畳み,葉上で中脚を前方に伸ばす.また前脚は休息には使用されず折り畳んでいる.成虫が飛ぶ前に苔に覆われた岩の上で休息しているのを一度だけみかけた.台湾では交尾を観察できなかったので,.O.caliginosaの食草は未知のままである.(文責編集部)
著者
井上 寛
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.271-287, 1998-10-05

Artona(Balataea)martini Efetovタケノホソクロバ:本種とA.funeralis(Butler)ヒメクロバについては杉(1997)を参照されたい.本土から食草と共に移入されたものである.Hyblaea puera(Cramer)キオビセセリモドキ:大林隆司氏によって父島でクマツズラ科のハマゴウで幼虫が発見された.杉(1982,蛾類大図鑑,pl.35:14)の写真は父島産の雌である.Banisia myrsusalis elaralis(Walker)ヒメシロテンマドガ:父島と母島でそれぞれ1♀がとれているにすぎず,本土では屋久島産の1♀しか知られていない(井上,1982:304).Banisia whalleyi Inoueコシロテンマドガ(新称):父島と母島に多産する特産種.Belippa boninensis(Matsumura)オガサワライラガ:父島と母島に多産する特産種で,新属Contheyloidesのもとに記載されたが,この属を本文でBelippaのシノニムにした.Gathynia fumicosta islandica Inoueアトキフタオの小笠原亜種:原名亜種とちがって極めて変異性に豊んでいる.父島と母島に多産.スズメガ科は,エビガラスズメ,キョウチクトウスズメ,ホシホウジャク,イチモンジホウジャク,キイロスズメの5種がとれているが,確実に土着しているものが此のうちどれかはっきりしていない.Utetheisa pulchelloides umata Jordanベニゴマダラヒトリのミクロネシア亜種:土着性はあやしい.Hyphantria cunea(Drury)アメリカシロヒトリ:竹内・大林両氏によると,父島で1994年に発見され,以来定着してしまったらしい.Nyctemera adversata(Schaffer)モンシロモドキ:父島で2頭とれただけで土着しているかどうかわからない.Nola infranigra Inoueシタジロコブガ:父島と母島には土着しているようである.シャクガ科の追加.Pelagodes antiquadraria(Inoue)オオサザナミシロアオシャク:第2報で既に記録したが,久万田博士が父島でヒメツバキ(ツバキ科)を食べている幼虫から羽化させた1♂を検することができた.Perixera illepidaria(Guenee)コブウスチャヒメシャク:大林氏によってガジュマル(イチジク科)とレイシ(ムクロジ科)で幼虫が飼育され1♂1♀の成虫がえられた.本州でわずかしか得られていない珍種(井上,1982:444).Gymnoscelis subpumilata Inoueホソバチビナミシャクは第2報で記録したが,竹内氏によってマンゴウ(ウルシ科),ワダンノキおよびセングングサ(以上キク科)から父島と母島で幼虫が発見された.Gymnoscelis tristrigosa tristrigosa(Butler)トベラクロスジナミシャク:これも第2報で記録した種だが,シロトベラ(トベラ科)で竹内氏が幼虫を飼っている.沖縄県ではオキナワトベラが食草として知られている(井上,1982:514).Gymnoscelis esakii Inoueケブカチビナミシャク:竹内氏はマンゴウ(ウルシ科)から幼虫を得て成虫を出している.Collix ghosha ghosha Walkerオオサビイロナミシャク:大林氏によって父島でモクタチバナ(ヤブコウジ科)で,竹内氏によって兄島で同じ植物から幼虫が飼育された.メイガ科の追加.Eucampyla estriatella Yamanakaシロチビマダラメイガ:四国・九州・奄美大島・沖縄本島から記載された種で,父島と母島でとれている.Cryptoblabes gnidiella(Milliere)ネッタイマダラメイガ(新称):地中海地方が原産と推定され,幼虫が果実,干果などにつくところから,人為的に世界の熱帯圏に運ばれ土着してしまった.Microthrix inconspicuella(Ragonot)サビイロマダラメイガ:山口県を基産地とするSelagia manoi Yamanaka,1993は同じ著者(1998)によってM.inconspicuellaのシノニムとされた.アフリカからインド,ネパール,日本(本州)などに広く分布する.Indomyrlaea eugraphella(Ragonot)シロフタスジマダラメイガ(新称):東南アの広分布種で,父島と母島で7頭とれている.Hampson(1896)は乾燥タバコとMimusops elengi(アカテツ科)を食草とし,Meyrick(1933)はジャワから今はシノニムとされているSalebria iriditisという新種を書いたとき食草としてクサギ属(クマツズラ科)と名称不明の果物を挙げている.Musotima kumatai Inoueクマタミズメイガは母島産の1♂で第3報で記載したが,父島でとれた2♂1♀を検した結果,色彩斑紋に大きな変異のあることがわかった.M.colonalis(Bremer)ウスキミズメイガに近縁だが,外観ばかりではなく雄交尾器の形態にも明確なちがいがある.Eurrhyparodes tricoloralis(Zeller)オオアヤナミノメイガ(新称):父島でとれた1♀にこの種名を当てはめたが,アヤナミノメイガの仲間はまだ十分に種の解析が行われていないので(井上,1982:332),将来学名が変更されるかもしれない.Palpita munroei Inoueオオモンヒメシロノメイガ:第3報では種名未定で記録したが,この属についてはInoue(1996b)の論文で詳しく書いたのでそれを参照されたい.
著者
湯川 淳一
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.47-74, 1984-09-20
被引用文献数
1

インドネシアのジャワとスマトラの間のスンダ海峡にあるクラカタウ諸島の動植物は,1883年の大噴火で死滅したと言われており,その後の動植物の再移住に伴う生態遷移の過程は地理生態学者らの注目の的になっている.筆者は,爆発後100年目の昆虫相を調査するために,1982年にこれらの島々と周辺地域(パナイタン島とジャワ西海岸のチャリタ村)を訪れる機会を得た.他の昆虫に比較してチョウは同定が容易で,しばしば,亜種の区別まで可能である.また,寄主植物や分布に関する知見も多い.さらに,どの調査でもチョウの採集や目撃の記録は数多く報告されている.したがって,寄主植物そのものの分布や採集記録が同時に備わっていれば,チョウは地理生態学上,恰好の研究材料となり得る,幸いにもクラカタウ諸島の植物相の遷移に関しては,これまで比較的充実した調査・研究がなされており,チョウのような食植性昆虫の再移住を考察する上で,きわめて有益な情報が用意されている.クラカタウ諸島では39種,パナイタン島では29種,チャリタ村では18種のチョウを採集した.クラカタウ諸島とパナイタン島で採集したチョウの大部分のものはジャワ亜種に属しており,これらの島々へは,スマトラよりもむしろジャワから移住した種の方が多いことが明らかとなった.クラカタウ諸島4島全体での39という種類数は,ジャワの583種の6.69%,スマトラの686種の5.68%に当り,この100年間でまだほんの一部のチョウしか再移住していないことを示している.ジャワでの種数に対する割合を科別で比較してみると,セセリチョウ科が2.21%で最も低く,シロチョウ科とマダラチョウ科,シジミチョウ科が10.32〜11.43%と高かった.島の生物相では,しばしば,不調和性が見られるが,クラカタウの蝶相ではあまり顕著ではなかった.クラカタウ諸島は4つの小さな島からなっており,その内の1つ,子クラカタウ島は1927年から1930年にかけての海底火山の活動によって形成された新しい島である.この島は面積も小さく(280ha),植物は約50種,しかも,それらの生育地が限られているために,チョウも僅か8種しか確認できなかった.これに対し,面積が大きく,地形も複雑で,植生も比較的豊富な大ラカタ島(1,152ha)やセルツング島(784ha)ではより多くの種類が採集された.ジャワ西海岸のチャリタ村やパナイタン島で,きわめて普通に見られる何種かのチョウがクラカタウ諸島でまったく採集できなかった.これらのチョウの寄主植物を調べてみると,いずれも,植物そのものがクラカタウ諸島に移住していないことが判明した.また,ヤコブソンやダンメルマンらがクラカタウ諸島の昆虫相を調べた1908年から1932年にかけて,島に生息していたいくつかのチョウが1982年の調査で発見されなかった.これらの大部分のチョウの寄主植物も,かつては島に繁茂していたにもかかわらず,現在では絶滅したか,あるいは,生育場所が限られているということがわかった.とりわけ,イネ科やヤシ科を寄主としていたチョウは島から消えていったものが多い.これとは反対に,これまでクラカタウ島で採集されたことのないチョウが14種も新しく記録された,とくに,シジミチョウ科が多かった.草原などオープンランドに生息する,いわゆるr-淘汰を受けた種にかわって,K-淘汰を受けた種が遅れて移住してきたものと考えられた.このように,植生の遷移に伴って種の入替りが起こりつつ,クラカタウ諸島のチョウの種類数は,1908年の6種から1919〜1922年の32種へ,そして,1928〜1934年の29種から1982年の39種へと変化してきた.マッカーサーとウィルソンは島に移住してくる生物の移入率と移住した生物の絶滅率が等しくなる時点で,島における種類数は平衡に達すると述べている。今回示したクラカタウ諸島へのチョウの移住曲線の増加傾向からも明らかなように,チョウの種類数は爆発後100年を経過した現在も平衡状態に達しているとは考えられない.島を調査した植物生態学者らは,いわゆる熱帯季節林と呼ばれる極相林に達するのに,なお多くの年月を要し,様々な植生段階を経過すると予測している.また,1つの植生段階は10年以上も継続すると言われている.そうだとすれば,寄主植物の遷移に大きく依存しているチョウ相は今後も変化し続け,種類数も増加していくに違いない.しかし,その時々の植生段階の優占種やその他の構成樹種が合わせもつ一定の容量によって最高種数が決定されるため,その植生段階が続く間,種類数はいわゆる偽平衡に達するであろう.したがって,移住曲線はなめらかに増加するのではなく,植生の遷移に応じて段階的に変化していくものと考えられる.クラカタウ諸島は長期に亘る生態遷移を研究する上で掛け替えのない天然の大実験場と言える.これまで提唱された地理生態学に関する様々な理論を検証するためにも,また,再移住の過程を分析するに足る多くのデーターを得るためにも,今後の定期的な調査の必要性を強調しておきたい.
著者
宮田 彬
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.1-5, 2005-01-01

ツリフネソウトラガSarbanissa yunnanaの発見を報告した論文(宮田・野崎,1989)で,ノブドウにつく謎の幼虫について言及し,おそらくそれがベニモントラガSarbanissa venuataの幼虫であろうと述べた.その後,長い間調べる機会が無かったが,大分県九重町地蔵原に移って間もなく2003年9月27日再びノブドウにつく幼虫を発見した.前2回の遭遇では幼虫は茎に70頭から100頭の大きな群れを作っていた.しかし今回は1本のノブドウに12-19頭からなる小さな4つの群れが見つかった.群れにはリーダーがおり,敵を威嚇するときはリーダーが頭を上にそらせ体を震動させると,メンバーが一斉に同じ行動を行った.また摂食の際,群れは解散したが,終わると元の葉に戻ってまったく前と同じように並んだ.地蔵原は海抜約830mの高原で涼しいためか低地では二度も失敗した幼虫飼育は順調で,数日でクヌギの朽ち木に潜り込み蛹化した.2004年8月10日から15日にかけてベニモントラガ2♂1♀が羽化した.ツリフネソウトラガもベニモントラガも地蔵原には多いので,両種の成虫の発生期を調べた.その結果,ベニモントラガは年1回8月に出現する一化性の種であるが,ツリフネソウトラガは初夏と夏の年2化であることがはっきりした.
著者
三枝 豊平 李 伝隆
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.1-"24-Plate1", 1982-12-20

ウンナンシボリアゲハBhutanitis mansfieldi(RILEY, 1939)は,中国の雲南地方で採集を行った英国の植物学者,G.FORRESTの採集した蝶類標本の中から,M.J.MANSFIELDが見出した1♀の標本に基づいて記載された種である.本種は原記載以来全く標本がえられず,しかもこの標本には信頼にたるデータが全くついていなかった.本種はBhutanitis属の他種に比較して,翅形や翅斑がLuehdorfia属と一見類似したところがあり,しかも白く顕著なsphragis(交尾後付属物)をつけているために,MUNROE(1960),ACKERY(1975),日浦(1980)は本種とLuehdorfia属との類縁関係に触れており,本種の♂の発見に期待していた.特に日浦(1980)は,斑紋,翅形,翅脈,交尾後付属物,爪等の形態にもとついて,本種を模式種とするYunnanopapilio属を創設した.1981年春に,北海道山岳連盟は中国四川省の貢〓山(ミニヤ・コンガ山)に登山隊を派遣したが,その際同山麓の新興村の近く標高2,200mの地点で,隊員の梅沢俊,故浦光夫の両氏が全く偶然にも本種を♂♀合わせて14頭も採集した.これらの標本は次に述べる亜種的な相違をあらわしているものの,その諸形質はB.mansfieldiと完全に一致し,この種と同一種であることはほとんど疑いない.本論文では,これらの標本にもとついて新亜種の記載を行い,またその形態学的形質を近縁種やLuehdorfia属と比較することによって,本種の分類学的位置について言及する.Bhutanitis (Yunnanopapilio) mansfieldi pulchristriata subsp. nov.斑紋や翅形の詳細は原色図版で示されているので省略し,従来不明であったいくつかの形態学的特徴について記述する.複眼は大形で黒色,全面に長さ約0.3mmの黒色の細毛を密生する.触角の先方2/3では各小節の先端の下面が鋸歯状に突出する.♂交尾器:第8背板の形状は一般的,その後縁部には長く硬い黒毛をいくらか生ずるが,鱗毛状の軟毛はみられない.♂交尾器は比較的大形,tegumenはその周縁部に沿って走る円形の内面隆起線と,これにとり囲まれた十字形の内面隆起線を具える;uncusは基部がほぼ左右に二分され,基部側縁に有毛の小隆起を生じ,著しく細長く,直線状に後方へ伸びる1対のuncal processを生ずる;valvaは側面からみるとほぼ菱形で,端半部にはsetaeを生じ,内面は広くanelliferとなり,遊離骨片または膜状片としてのharpeは存在しない;valva先端部はかなり強く細まり,突起状になる;aedeagusは著しく長く,直線状,先端は鋭く尖る.♀交尾器:第8背板は腹板と完全にゆ着し,その後半部の側部は下方へ拡大し,両側縁は第8腹節の腹中線部でほぼ相接する;apophysis anteriorisを欠く;ostium bursaeは第8腹板の前縁に近く開口し,その周囲は弱く隆起し,またその後方の腹中線部は顕著な竜骨状突起となる.Sphragisは今回採集された3頭の♀のいずれにも付着しており,色彩は黄白色ないし淡黄褐色.その形状や大きさはやや変異がみられるが,いずれも交尾した状態での♂交尾器の先端部の鋳型の形状をなし,ostium bursaeの両側にあたる位置にはvalvaeの先端部に対応する1対の小孔があり,aedeagus挿入部近くには1〜2本の細くやや曲ったフィラメント状のものが突き出している.前翅長:(♂)40.0-42.5mm,(♀)41.0-43.5mm.翅開長:(♂)67.0-72.0mm,(♀)71.0-73.0mm.分布:中国四川省.完模式標本♀,中国四川省濾定県新興(2,200m),7.iv.1981,梅沢俊採集(中国科学院動物砥究所蔵).別模式標本:11♂♂2♀♀,完模式標本と同一データ,梅沢俊または浦光夫採集(中国科学院動物研究所,北海道大学農学部昆虫学教室,九州大学教養部生物学教室,国立科学博物館,大阪市立自然史博物館,五十嵐邁所蔵).新亜種♀の原名亜種♀からの相違点.1)翅表の黄色条や黄紋は新亜種の方がより減退し,細くまた小形,2)後翅裏面中空の分岐した黄色細条の前枝は新亜種では第5,6脈基部の中央近くで終る(原名亜種では第6脈基部で終わる),3)後翅第4脈の尾状突起は新亜種の方が長く,尾状突起を除く第4脈長の約3/4,尾状突起の先端は強くサジ状に拡大する,4)第3脈の尾状突起も長く,これを除いた第3脈長の1/5よりやや長い,5)後翅表第2室にも亜外縁橙色紋があらわれる.
著者
船越 進太郎
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.39, no.3, pp.193-198, 1988-09-20

ヤガ科カラスヨトウ亜科Amphipyra属の蛾は初夏に羽化した後,夏眠場所へ移動し数ヶ月を過ごす.夏眠期間は種によって異なり,オオウスヅマカラスヨトウA.erebinaが8月下旬に姿を消すのに対し,オオシマカラスヨトウA.monolithaやカラスヨトウA.lividaの中には,11月中旬になっても夏眠場所に残るものがいる.しかし,夏眠期間中にあっても光に誘引されるものがいて,7月から9月に至る期間,この属の蛾の採集記録は少なくない.そこで,光に誘引される個体は夏眠個体とは多少とも異なった生理状態にあるのではないかと考えて,この実験を行った.材料は岐阜市三田洞の白山神社拝殿と同地域に位置する百々ヶ峰山(341.5m)の中腹で採集した夏眠個体36(17♂19♀)および光に誘引されたカラスヨトウ4(3♂1♀)を用いた.これらの個体を黒砂糖溶液を与えながら飼育し,金網を張った木箱の中に一匹ずつ入れて赤外線を照射し,その動きをカイモグラフに記録した.実験は1987年6月30日より7月22日の間に行い,17時より翌朝8時までの活動状態を調べた.木箱は恒温室内に置き,温度や湿度を一定に保ち,自然光が入り込む条件および24時間照明の条件を設定した.また,1987年8月1日,岐阜県山県郡美山町の神明神社および1987年9月19日,岐阜市三田洞の白山神社において,拝殿より約5m離れた位置に100W水銀灯を設置した.拝殿軒下で夏眠する蛾の種,個体数,静止位置を記録した後,水銀灯を点灯した.点灯時間は1時間で,その間,光に飛来する個体を捕獲した.消灯後,再度軒下の個体を記録した.以上の結果,室内実験において24時間照明下では,カラスヨトウの光誘引個体も夏眠個体も全く動かなかった.自然光下では19:30前後より活動が始まり,多くの個体は断続的に活動したが,中には一晩中動き続ける個体がいた.全ての個体は4:30頃までに活動を停止した.しかし,夏眠個体と光誘引個体との間に行動の差違を見い出すことができなかった.神社拝殿の夏眠個体の中で,8月上旬のオオウスヅマカラスヨトウは,大半が光に誘引された.しかし,カラスヨトウ,ツマジロカラスヨトウA.schrenckii,オオシマカラスヨトウは全く誘引されず,多少静止位置を変えるものがいたが,夏眠を継続した.
著者
井上 寛
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.69-75, 1978-06-01

Okano[岡野磨瑳郎]は,台湾産のタイワンアゲハモドキの学名を論じ(1958,1964),学名はEpicopeia formosana Nagano, 1912(=E. hirayamai Matsumura, 1935)とすべきであるという結論に達し,さらに第3の論文(1973)では,E. formosanaのなかで,前後翅に白帯のあるのがf. formosana,白帯のないのがf. hirayamaiとした.また第3の論文では,E. hainesii Hollandアゲハモドキの台湾亜種matsumurai okanoを記載し,そのなかで,ジャコウアゲハの♀のように翅の白っぼい型をf. albaと名付けた.私は以前から,日本,朝鮮,台湾などに産するこの属の種や亜種に関心をもち,標本や文献を集めてきたし,British Museum (Natural History) (以下BMNHと略す)では,タイプ標本を含め,多数のシナ産の標本を検することができたので,Okanoがまったく言及していない文献や大陸の標本を含めて,2種の学名や地理的変異についての私見を述べることにした.
著者
大野 豪
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.202-204, 2000-06-30
参考文献数
6

アワノメイガ属の一種ウスジロキノメイガの幼虫は,タデ科のオオイタドリおよびイタドリを寄主としているが,これらの植物と同所的に生息する他の植物にも食入する場合があることが明らかになった.新たに記録された本種の寄主は以下のとおりである.オオヨモギ,ハンゴンソウ,アキタブキ,オナモミ属の一種(以上キク科),エゾニュウ(セリ科),ギシギシ属(タデ科),カラムシ属の一種(イラクサ科).イタドリ類が生息していない地点においては,これらの植物にウスジロキノメイガが食入する例は知られていない.したがって,上記植物への食入は,偶然による幼虫の移動分散によって生じたと考えられる.得られた羽化成虫は外見上正常であり,これは本種幼虫がイタドリ類以外の植物でも生育可能であることを示している.アワノメイガ属の種ごとの寄主範囲は多様であり,植物の属レベルでの単食性種から,多数の科にまたがる広食性の害虫種まで存在する.ウスジロキノメイガが潜在的に広食性であることは,メス成虫の寄主選好性における遺伝的変化のみによって,寄主範囲の多様化が生じうることを示唆する.本属の寄主選好性の種間・種内変異,およびその遺伝的背景を解明することは,農業害虫を含む植食性昆虫における食性の進化機構を理解する上で重要であると思われる.
著者
中島 秀雄
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.195-205, 1991-10-15

Operophteraは日本に6種分布している.そのうち,Operophtera brumata(LINNAEUS)は旧北区に広く分布しており,日本でも全国的に広く産することが知られていた.そして,その近縁種のO. fagata (SCHAR-FENBERG)はヨーロッパに分布し,brumataに比べて♂の前翅長が大きく,黄白色で光沢があり,♀においても前翅長が大きいことで明確に識別されていた.私は,日本の各地の多数の個体を採集して調べて行くうちに,日本のものにも♀の前翅に大小の差があることに気づき,fagataの分布の可能性を考慮して再検討した.しかし,ヨーロッパの2種の雌雄を入手して比較したところ日本のものは外観および交尾器にbrumata, fagataとは明瞭な差異が認められ,別種と判断できた.さらに,日本に生息しているものを交尾ペアを重点的に比較した結果,2種含まれている結論に達したので,これらを新種として記載した.Operophtena brunnea NAKAJIMA, sp. n. コナミフユナミシャク(新称) ♂の前翅長は14-17mm.外観はbrumataに似る.触角の中央部から先端の各節は短い.前翅は灰褐色から暗褐色で中横線,外横線,亜外縁線は波状に走る.翅の色は変化に富むが,brumataのように赤みを帯びることはない.♀の前翅長は1-3mm.体は暗褐色で前翅は非常に小さい.♂交尾器はbrumataに似るが,valvaの幅は狭い.Cornutiは長短2本の針状の突起からなり,brumata, fagata,もう一種の新種のvulgarisに比べて短い.♀の交尾器ではsignumを欠く.一方brumataは2個,fagataでは1個生じる.北海道,本州,九州に分布し,各地で採集されている.関東地方でみると,低山地に多いが,中禅寺湖(1,300m)などがかなり高標高の地域まで産するOperophtera vulgaris NAKAJIMA, sp. n. オオナミフユナミシャク(新称) ♂の前翅長は16-22mm.触角は中央部から先端の各節で長く,前種との良い区別点となる.前翅長は変化に富むが一般にbrumata, fagata, brunneaに比べて大きい.前翅の色も変異があるが,灰白色から灰褐色である.Brunneaとは個体変異を含めてみると,外観で区別することは困難であるが,本種では中横線が前縁の近くで外側にくの字状に切れ込み,真っすぐ前縁に向かううbrunneaとの区別の目安になる.♀の前翅長は3-5mm.Brunneaに比べて前翅が大きい.Fagataに似るが前翅がやや幅狭い.♂交尾器のvalvaはbrumata, fagataに比べて幅狭い.Brunneaに非常によく似ており,valvaの形状で区別するのは困難である.Cornutlはbrunneaに比べて長いのでこの点で区別できる.♀交尾器のsignumは1個生じる.その形状は小さい突起が多数集合するが,その数には変化があり,突起がほとんど無く板状になるものもある.本種は北海道,本州に広く分布し,前種との混生地も多い.そして,垂直分布は関東地方でみると500m位の低山から1,500mの亜高山帯まで産する.多摩湖(150m)では本種は生息しない.高尾山山頂付近(480m)ではbrunnea, vulgarisともいる.
著者
井上 武夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.111-116, 2000-03-31

ベアティフィカアグリアスの後翅裏面には黒色斑が列をなし,外縁から第2列目の黒色斑は円形で内部に白色または青色の小斑点をともない,眼とひとみに例えられている.第2室から7室までの眼状紋には1個,1b室の眼状紋には2個の白色斑点が通常認められる.眼状紋の大きさは各個体では7個がほぼ同じであるが,亜種間では異なり,ベアータ亜種とスタウディンゲリ亜種は小さく,ベアティフィカ亜種とストゥアルティ亜種では大きい.白や青の小斑点をもたない極めて小さな眼状紋をペルー産4頭の雄に認めたので報告する.写真1-4は1996年7月15日にサティポ近郊のシャンキで採集された雄で,後翅赤色斑は基部に限られ,典型的なベアータ亜種である.7個の眼状紋はかなり小さいが,1b室と2室の眼状紋は特に小さい.ベアータ亜種では1b室の眼状紋が2個に分離している個体を半数に認めるが,この個体では一個の黒点しか認めない.拡大写真では左右の1b室眼状紋の辺縁に白色鱗粉が認められるが,中心部には認めない.第2室の眼状紋は7個の中では最も小さい.右側の拡大写真では黒線が交差しているだけで,円とは遠くかけはなれた形状をしている.左側のは虫が描かれたようで,円形とは言い難い形状をしている.写真5-8は1996年8月5日にチャンチャマーヨ(中部ジャングル地帯)コロラド河流域で採集された雄で,後翅赤色斑は基部に限られ,典型的なベアータ亜種である.7個の眼状紋はかなり小さいが,2,4,6室の眼状紋は特に小さい.1b室の眼状紋は2個に分離しており各々に青色小斑を認める.第2室の眼状紋は7個の中では最も小さい.右側の拡大写真では2-4室の眼状紋の辺縁に白色鱗粉が認められるが,中心部には白も青も認めない.左側の2室眼状紋には白の小斑が中心近くに認められるが,4室の白色鱗粉は眼状紋の辺縁にのみ見られる.写真9-12は1994年2月4日にペバス近郊アンピヤック河流域で採集された雄で,後翅鮮紅色斑は第4列黒色斑の内側まで拡がり,中室には2個の黒色斑の痕跡が認められ,典型的なベアティフィカ亜種である.2-4室の眼状紋は他と比べ2分の1以下であり,ひとみを認めない.右側の拡大写真ではやや大きい2室の眼状紋中心に,少数の青色鱗粉からなるひとみが認められる.3,4室の眼状紋の辺縁には白色鱗粉が認められるが,中心部には白も青も認めない.左側では4室眼状紋中心近くに白と青の鱗粉各1個が認められる.2室と3室の眼状紋には白も青も認めない.写真13-16は1985年8月21日にイキトス近郊イタヤ河流域で採集された雄で,後翅黄色斑は第3列黒色斑の内側まで拡がり,中室には黒色斑の痕跡が認められず,典型的なストゥアルティ亜種である.1b室の眼状紋は他と比べ3分の1以下であり,ひとみを1個しか認めない.右側の拡大写真では1b室の眼状紋は中央部でくびれ,外則部分には青色鱗粉に縁どられた白小斑が認められ,内側部分にも青色鱗粉が1個認められる.左側では1b室眼状紋は中央でほぼ2個の眼状紋に2分され,外側眼状紋には青色鱗粉に縁どられた白小斑が認められる.内側眼状紋は外側の半分以下の大きさしかなく,中心部分には白も青も認めない.しかし,その下部には白の切れ込みがあり,その上に青の鱗粉1個が認められるところから,通常の眼状紋が中心線で上下に2分され,下部が消失したと推測できる.ベアティフィカアグリアスの7個の眼状紋の形状は亜種間ではかなり異なる.著者が所有する137頭のベアータ亜種,36頭のスタウディンゲリ亜種,195頭のベアティフィカ亜種,107頭のストゥアルティ亜種をカラー写真にして比較した.1b室の眼状紋が2個に分離している個体は,各々全体の54%,39%,4%,4%であった.1b室の2個のひとみが全く認められない個体の比率は各々8%,6%,0%,0%であった.1b室のひとみが1個しか認められない個体の割合は各々6%,8%,0%,1%であった.眼状紋の形状は前2亜種間,後2亜種間では類似しており,異常型の出現頻度も似通っていたことから,各々は同一グループに属すと考えられる.後2亜種グループでは肉眼的にひとみを認めない個体は稀であるが,報告した第3と第4の個体以外では,写真を拡大すると眼状紋の中心に青色小斑を認めた.また,このグループで1b室にひとみが1個しかない個体は報告した第4の個体以外になく,極めて稀な変異と考えられる.7個の眼状紋の大きさが個体内で大きく異なることは極めて稀である.ベアータ亜種,スタウディンゲリ亜種の2亜種では,産地によって眼状紋の大きさは異なるが,ベアティフィカ亜種,ストゥアルティ亜種の2亜種のものよりかなり小さい.報告した第1と第2の個体の最小眼状紋の大きさは大差ないが,第3,第4の個体の最小眼状紋に比しかなり小さいのは,亜種グループが異なるためである.報告した4頭は,7個の眼状紋のいくつかが極めて小さく,その中心部に白や青の鱗粉を認めない点で稀な変異体であり,亜種を越えてparvulaocelli var.nov.と命名した.
著者
柴田 洋昭 今福 道夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.268-276, 2010-03-15

ツマグロヒョウモンArgyreus hyperbiusとミドリヒョウモンArgynnis paphiaの食草外産卵について調べた.母蝶による産卵場所は,食草およびそれ以外のものを含むケージの中で,卵の被食率は野外の自然条件下で調べた.ツマグロヒョウモンは,食草にも食草外にも産卵したが,石や枯れ葉よりは生きた植物に多く卵を生み,また食草近くに多く生む傾向を示した.ミドリヒョウモンは食草から離れたケージの上部に産卵した.ミドリヒョウモンの卵の被食率は地表付近で高かったことから,本種の高所への産卵習性は,地上捕食者から卵を守るために進化したものと思われた.一方,しばしば見られたマグロヒョウモンの食草外産卵については,被食回避や,産卵習性の移行の可能性を検討した.
著者
江田 慧子 中村 寛志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.121-126, 2011-10-11
被引用文献数
2

ミヤマシジミの食草は在来のコマツナギであるが,近年中国産コマツナギが道路法面の緑化に使われるようになってきた.本研究では,ミヤマシジミ幼虫が中国産コマツナギを摂食して正常に成長するかどうかを確認し,その生存率と発育状態を在来コマツナギを食べた個体と比較した.孵化直後のミヤマシジミの幼虫を在来コマツナギ食43個体と中国産コマツナギ食65個体のグループに分け,25℃,16L:8Dの恒温器で成虫まで飼育した.♂の発育期間は♀より約2日ほど早かった.生存率,羽化不全率,発育期間に関しては,在来コマツナギ食と中国産コマツナギ食では差がみられなかった.蛹体重と前翅長の平均値は,在来コマツナギ食より中国産コマツナギ食の方が大きかった.これらの結果から,ミヤマシジミが中国産コマツナギを食草にする可能性を考察した.
著者
宮田 彬
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.115-121, 2001-06-30
参考文献数
6

筆者の知る限りでは,ヒメジャノメとヒメウラナミジャノメの「縄張り行動」に関する具体的な報告はない.「縄張り」と関係深い「一定の場所に滞在し見張る」,「同種個体あるいは異種のチョウを追跡する」などの行動は,ジャノメチョウ科に限らず多くの科でも観察されているが,当たり前の現象なのか意外に記録が少ない.そこで予報としてヒメジャノメとヒメウラナミジャノメについて観察した事実を記録し,チョウ類同好者の注意を喚起したい.観察場所は,大分市富士見ヶ丘の自宅の庭とその付近である.ヒメジャノメM-1個体:2000年7月27日-8月1日まで,B地点の数本のベニカナメモチが植わったやや暗い一角に本種の雄がおり,早朝,いつも高さ約1mあたりから飛び出した.夜はその辺りで眠ったらしい.8月1日,捕えマークした(M-1).その雄は8月5日まで5日間毎日同じ場所に出現したが,その日から8月8日まで留守をし,帰宅後は見られなかった.マーク前の7月27日から31日まで見られた個体も同一個体と思われ,それはベニカナメモチの垣根を中心に直径約2-3mほどの狭い「縄張り」を10日間も占拠していた.その間,同種または異種のチョウとの関係は観察出来なかった.ヒメジャノメM-2とM-3:8月8日以来,新鮮な雄がBの外側の隣家のヤマモモの木陰付近を占拠していた.8月12日,早朝,Bに来たので,捕らえマークした(M-2).翌日の朝,M-2はAのアラカシの高さ160-170cmの葉上にいた.午前8時30分,そこから2mほど南のAのブルーベリーの葉上に別の新鮮な雄(M-3)がいた.その時,M-2の所在は分からなかった.午後6時50分,M-2が突然Eの池の縁に現れ,やがて東側のアジサイの茂みに姿を消した.その後,両個体とも二度と見られなかった.マーク前の8月8日から11日まで4日間見られた雄と,M-2は同一個体らしい.8月13日に縄張り外のAやEに姿を見せたのは,別の雄M-3がAに現れたことと関係があるかも知れない.ヒメウラナミジャノメの場合:8月27日からDのアベリアの垣根で毎日見かけた雌と同一と思われる個体が,30-31日,アベリアの高さ60cmの下草で翅を閉じぶら下がり眠っていた.その雌はマーク後もDの狭い場所に留まり,9月2日まで見られ,縄張り内のキク科植物の花をよく吸蜜し,また時々ガクアジサイの葉上で翅を半開きにして静止していた.この個体も同種の他個体または異種と接触する場面は観察出来なかった.
著者
高橋 真弓 カイムーク エカチェリーナL.
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.153-170, 1997-08-30
参考文献数
18

自然環境と蝶類東シベリアのヤクート地方の自然環境はきわめて厳しく,その中心都市ヤクーツク市の気温は,1月平均-41.2℃,7月平均18.7℃,月別平均気温の年較差は実に59.9℃に達する.とくに東部の山間地スンタル・ハヤタなどでは冬の最低気温が-60℃に達することもあるという.このような極寒地にもなお多くの蝶類が生息することには驚きを禁じえない.ヤクート地方の植生は,主としてグイマツLarix dahurica(落葉針葉樹)からなる比較的明るいタイガであり,概して樹木の成長が悪く,樹幹もあまり太くならない.林の切れたところにはツンドラ(寒地荒原)や乾性草原が見られ,地下数十cm以下は夏でも解氷せず,永久凍土となっている.蝶類の大部分は年1化性の寒地性の種で,環北極種や東シベリア固有のものも多い.またヒオドシチョウ,シータテハ,オオイチモンジのような少数の純森林性の種も見られるが,大部分はツンドラや乾性草原にすむ広義の草原性蝶類である.ヤクート地方の低地帯の雪解けは5月にはほぼ終わる.5月下旬からクモマツマキチョウ,ミドリコツバメ,アサヒヒョウモンなどが現われて蝶の活動期に入り,6月下旬の夏至のころから約3週間ぐらいがその頂点となる.7月下旬には種類数・個体数を減じ,"秋の蝶"の季節となり,6月の蝶と顔ぶれがすっかり入れかわってしまう.このリストにあげた90種のうち,日本との共通種は31種で,この中にはウスバキチョウ,ミヤマモンキチョウなどの日本の"高山蝶"が9種含まれているが,キアゲハ,モンシロチョウ,ツバメシジミなど平地にも多い種が含まれていることは注目される.また同じ種でも,ヤクート地方の蝶は,夏の長い日長,夏のかなりの高温,長い越冬期における極度の低温など日本の高山地帯とは大きく異なった自然環境のもとで生活しており,これらの蝶の生活は,種の存在のしかたについての興味深い問題を投げかけている.二,三の種の分類についてこのリストにあげた90種の蝶の分類は,主として最近ロシアから出版されたTuzov(1993)およびKorshunov&Gorbunov(1995)による分類にもとづいている.しかし東シベリアの蝶の分類は全体として現在研究の途上にあり,今後多くの命名上の変更が行われるものと思われる.つぎにこの報文でとくに分類上問題となる種についてコメントしておきたい.14a-b.Pieris bryoniae(Hubner,1791)ヤマスジグロチョウTuzov(1993)およびKorshunov&Gorbunov(1995)にしたがい,とりあえずヤクート地方で採集されたものをP.bryoniaeとして扱い,東部のスンタル・ハヤタで採集されたものを亜種schintlmeisteri(Fig.12),その他の地方のものを亜種vitimensis(Figs 10,11)とした.シベリアにおけるP.bryoniaeとP.napiの関係については未解決の問題が多く,今後の形態,生態,雑種などに関する詳細な研究が期待される.24.Lycaeides idas verchojanicus(Kurentzov,1970)タイリクミヤマシジミ(新称)Kurentzov(1970)はverchojanicusをヒメシジミ"Lycaena argus"の一亜種としたが,ここで扱う材料の♂交尾器の特徴(とくにvalva先端やjuxtaの形状)(Figs 3D,H)や,前肢と中肢脛節の長い刺状突起を欠くことから,これは明らかにヒメシジミではない.♂交尾器の全般的特徴(Higgins,1975)や翅斑から,verchojanicusは,ユーラシア大陸からアラスカにかけて広く分布するLycaeides idasの一亜種である可能性が大きい.Korshunov&Gorbunov(1995)はこのverchojanicusをL.tancreiの一亜種としているが,ここで扱う個体は,すくなくとも翅斑に関するかぎり,Kurentzov(1970)がカラーで図示したL.tancreiとは著しく異なったものである.いずれにしても今後シベリアにおけるverchojanicusとtancreiとの関係に関する詳しい研究が期待される.なお,verchojanicusはヤクート地方においてミヤマシジミL.argyrognomon jakuticaと混飛していることが多く,両者は明らかに近縁の別種である.両者の分布範囲を考慮して,L.idasに対してタイリクミヤマシジミの和名を用いることにしたい.39.Clossiana dulkeiti(Kurentzov,1970)マガダンヒョウモン(新称)スンタル・ハヤタで採集された1♂を,交尾器の特徴により,Kurentzov(1970)にもとづいて,C.dulkeitiと同定した.またこの個体の翅斑の特徴は,ウラジヴァストーク市のロシア科学アカデミー極東支所の生物学・土壌学研究所に保存されるタイプ標本の特徴ともよく一致する.本種では♂交尾器valvaのcosta先端の突起が細長く伸びて,その先端部の膨らみが弱く(Fig.5C),その形状は近縁のC.erdaヤクートヒョウモン(新称)やC.distinctaチュコトヒョウモン(新称)と明らかに異なる.C.erdaでは突起の柄が短く,その先端の膨らみが著しく(Fig.6C),またC.distinctaではその先端部が顕著な足形になっている(Kurentzov,1970;高橋,印刷中).また,本種ではvalvaのharpe先端部が少しくびれているのも特徴で(Fig.5D),C.erdaやC.distinctaではこのようなくびれが見られない.Tuzov(1993)はC.dulkeitiをC.distinctaの亜種とし,Korshunov&Gorbunov(1995)は,これをC.erdaの亜種としているが,上記の理由により,Kurentzov(1970)にしたがって,これを独立種として扱いたい.本種はヤクート地方の東方に接するマガダン州のコルィマ山脈のオムスクチャン連峰とマダウンスキエ裸峰から知られ,その分布範囲はマガダン州からヤクート東部にかけての一帯とみられ,その分布範囲をもとに,マガダンヒョウモンの和名を用いることにする.
著者
小林 隆人 稲泉 三丸
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.20-30, 2003-01-10

オオムラサキの幼虫の越冬期の死亡率とその要因を明らかにする試みの一つとして,栃木県真岡市において1999年11月下旬から2000年3月末にかけて以下の実験を行った.幼虫が越冬している林床の枯葉に,天敵の捕食活動を防止するための1mm,5mm,40mmメッシュのネットを地表に被せた区,風などの物理的要因による枯葉の移動を防ぐために枯葉に重りをつけた区,および無処理区を設けた.いずれの区においても死亡個体数は11月下旬から12月末までは少なかったが,越年後の1-2月には増加した.調査終了時のこれら5つの試験区での幼虫の生存率は64-70%で,全ての調査日において試験区間の生存率の差は有意でなかった.ペンキで標識を付けた枯葉に,越冬幼虫1個体,2個体,3個体に相当する重りをつけ,11月下旬に林床に設置し,翌年3月に再確認したところ,枯葉はすべて設置した地点から見つかった.調査期間中の真岡市における最低気温は-9.3℃,12月の最低気温は-8℃であった.越冬期前半(12月)の越冬幼虫を室温5℃から-5,-10℃まで徐々に低下させた条件,あるいは急激に低下させた条件に置いた場合の生存率はいずれも90%以上の高い値を示し,処理間で有意な差はなかった.幼虫が越冬する枯葉に対する給水頻度を実験的に変えたところ,毎日,4日に1度,7日に1度,15日に1度の間隔で給水した区での幼虫の生存率は高い値を維持したが,30日に1度の給水区,および全く給水しなかった区では,3月初めより他の区に比べ有意に低くなった.野外において幼虫の死亡率を調べた期間において1日当たり10mmを越える降水があった日は1月上旬と3月中-下旬に限られ,20日以上の間降水がない期間が3回あった.以上の結果から,越冬期に捕食者によって死亡するオオムラサキ幼虫の個体数,枯葉の移動による幼虫の消失数は少なく,低温による死亡数も越冬期前半に関しては少ないと考えられた.本種幼虫の越冬期の死亡要因の1つとして枯葉に対する給水頻度が働いている可能性が示唆された.
著者
田下 昌志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.52-62, 2009-01-10
被引用文献数
2

筆者は,2005年5月から2006年4月にかけて長野市の郊外でクヌギが主要植生となっている里山のうちから,長野市松代地区と同市新諏訪地区の2箇所で,人間の活動と里山のチョウ類の多様性との関係を調べるため,ラインセンサス法によりチョウの種と個体数を数えるモニタリング調査を実施した.調査地のうち松代地区は,森林の施業が行われており,現在でも多くの里山昆虫が見られる地区で,一方の新諏訪地区は,かつては豊かなチョウ相を示したが,現在は,森林化が進みチョウ影をあまり見かけなくなった地区である.その結果は,松代地区で39種541.00個体,新諏訪地区で32種379.00個体を観察した.種多様度を示すH'や1-λは,松代地区より新諏訪地区で高い値を示した.これは,松代地区では,オオムラサキやジャノメチョウの個体数で全観察個体数の約50%を占め,特定の種が突出したためである.人為的な管理が行われている里山は,特定の種にとって特に生息に適する環境を生み出しているほか,森林でありながらジャノメチョウの様な草原性の種を産するなど,人為に伴う攪乱により,種数は多いものの種の均衡性の乏しい環境を生み出していた.過去における松本市および長野市の平地部でのラインセンサス結果をもとに,人為による攪乱度(HI指数)と種多様性(H')を比較すると,人為の適度な干渉のもとで最大の種(チョウ群集)多様性が生み出されることが示された.
著者
MURAYAMA SHU-ITI OKAMURA HACHIRO
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.10-25, 1973-07-01

われわれは1972年4月1日より8日までの短期間,フィリピンのルソン島各地で採集を行い,確実な目撃種4種を含めて計129種五百数十頭の蝶類を得た.おもな採集地はSanto Thomas(2日,5日), Ashin(3日,4日,6日), Tagaytay(1日), Atimonan(8日), Baguio(7日)Manila近郊低地(8日)等である.4月は同地で一年中最も暑い時期にあたり,同月下旬よりは雨期に入る.アゲハチョウ科全体としては,ひとつの発生期の山をすぎた感があったが,ミスヂチョウ類やシジミチョウ類には好時期とみえ,短期間の割に成果を収めえた.岡村にとっては今回は第2回目のルソン島採集であった.129種のうち,新種と思われるもの2種,新亜種と思われるもの7種のほか,未記録種と覚しきもの若千あり,なお学名の決定に研究の余地あるものが少くない.また岡村はAshin, BaguioにおいてPapilio rumanzovia, P. hydaspes, P. ledebouriaの採卵を行い,阿江茂博士に托して飼育・羽化に成功をみたが,P. benguetana 1♀は同氏よりのお知らせによると,2個産卵したうち1卵のみ孵化し第5令に達したが惜しくも死亡したということであった.学名の前に*記を付したものは目撃種,また和名の後に*印を付したものは今回新しくつけられたものである.掲載の写真は従来図示されることの少なかった,あるいは全く図示されたことのない種,亜種または性を選んだ.
著者
井上 武夫 新井 久保
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.207-213, 1997-11-30

黄色と赤色はベアータアグリアス裏面の基本色ではあるが,ペルー産の表面に現われることは稀であり,後翅前縁第7室に黄色斑をともなうA.b.stuarti var.fulvescens Rebillardが唯一記載されているにすぎない.著者らは1984年以来ペルー国内で500頭以上のベアータアグリアスを収集してきたが,雌1頭,雄7頭の前翅前縁に黄色または赤色紋を認めた.写真1,2は1987年9月22日にイキトスで採集された雌で,前翅前縁と第12翅脈との間の第12室,および第11,12翅脈間の第11室に黄褐色紋が認められる.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第11,12室に認められ,中室にも広く散見される.また,第10翅脈上にも少数認められる.写真17はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaela(Biedermann)と同定できる.写真3,4は1986年8月3日にイキトスで採集された雄で,前翅前縁第11室に黄褐色紋が認められる.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第11室に認められ,第10,12室と中室,および第10翅脈上にも認められる.写真18はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaelaと同定できる.写真5,6は1987年1月31日にイキトスで採集された雄で,前翅前縁基部に黄褐色紋が認められる.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第12室基部に認められ,少数は第11室,および第12翅脈上にも認められる.写真19はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaelaと同定できる.写真7,8は1993年8月にイキトスで採集された雄で,前翅前縁第11,12翅脈が黄褐色になっている.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第11,12翅脈上に認められ,第9,10翅脈上にも散見される.また,前縁と第12室基部にも多数認められる.写真20はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaelaと同定できる.写真9,10は1993年9月にヤバリ河で採集された雄で,前翅前縁基部に黄褐色紋が認められる.拡大写真では多数の黄褐色鱗粉が第11,12室基部,および第11,12翅脈上に認められる.写真21はその裏面であり,後翅基部の黄褐色斑は大きくA.b.stuarti f.micaelaと同定できる.写真11,12は1991年11月13日にペバスで採集された雄で,前翅前縁基部に赤色紋が認められる.拡大写真では多数の赤色鱗粉が前縁と第12翅脈上基部に認められ,少数は第11,12室にも認められる.第11,12室には青色鱗粉も認められる.写真22はその裏面であり,後翅基部の鮮紅色は大きく,中室内に退色した黒色斑を認め,A.b.beatifica var.incarnata Michaelと同定できる.写真13,14は1996年10月1日にアタラヤで採集された雄で,前翅前縁第11室に赤色紋が認められる.拡大写真では多数の赤色鱗粉が第11室に認められ,第10,12室と中室にも認められる.第11室基部には青色鱗粉が認められる.写真23はその裏面であり,後翅基部の赤色斑は中室基部まで拡がっておりA.b.beata f.staudingeri Michaelと同定できる.写真15,16は1996年9月5日にサティポで採集された雄で,前翅前縁第11室に赤色紋が認められる.拡大写真では多数の赤色鱗粉が第11室に認められ,第10,12室と中室にも認められる.第11室基部には青色鱗粉が認められる.写真24はその裏面であり,後翅基部の赤色斑は小さくA.b.beata Staudingerと同定できる.以上,ペルー産ベアータの5変異体のうちA.b.beata f.pherenice Fruhstorferを除く4変異体の前翅前縁に黄色または赤色紋を認めた.ブラジル産のA.b.hewitsonius Batesには前翅前縁に大きな黄色斑が出現することは周知の事実であるが,ペルー産では知られていなかった.A.phalcidon fournierae var.viola Fasslを連想して,著者らはこれら8頭をpseudoviolaと呼んでいる.
著者
柳田 慶浩 中島 秀雄
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.63-78, 1999-03-30 (Released:2017-08-10)
参考文献数
16
被引用文献数
2

The moth fauna of the Ogasawara (Bonin) Islands was surveyed from March 22 to March 29, 1998 on Chichi-jima I., Haha-jima I. and Ani-jima I. A total of 101 species including 12 unrecorded species is listed.
著者
山本 毅也
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3-4, pp.104-111, 2017-12-31 (Released:2018-03-25)
参考文献数
7
被引用文献数
2

Besides the red (normal) and white color forms of the hind wing anal angle spots in Sasakia charonda, there exists the pink color form. Through test crosses by the hand pairing method, this study demonstrates that the red and pink forms occur from different alleles of an autosomal gene, the former being dominant and the latter recessive. White and pink color forms are in incomplete dominance and the color of the hind wing anal spots in the F1 generation shows a color cline between white and pink.