著者
船越 進太郎
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.39, no.3, pp.193-198, 1988-09-20 (Released:2017-08-10)

ヤガ科カラスヨトウ亜科Amphipyra属の蛾は初夏に羽化した後,夏眠場所へ移動し数ヶ月を過ごす.夏眠期間は種によって異なり,オオウスヅマカラスヨトウA.erebinaが8月下旬に姿を消すのに対し,オオシマカラスヨトウA.monolithaやカラスヨトウA.lividaの中には,11月中旬になっても夏眠場所に残るものがいる.しかし,夏眠期間中にあっても光に誘引されるものがいて,7月から9月に至る期間,この属の蛾の採集記録は少なくない.そこで,光に誘引される個体は夏眠個体とは多少とも異なった生理状態にあるのではないかと考えて,この実験を行った.材料は岐阜市三田洞の白山神社拝殿と同地域に位置する百々ヶ峰山(341.5m)の中腹で採集した夏眠個体36(17♂19♀)および光に誘引されたカラスヨトウ4(3♂1♀)を用いた.これらの個体を黒砂糖溶液を与えながら飼育し,金網を張った木箱の中に一匹ずつ入れて赤外線を照射し,その動きをカイモグラフに記録した.実験は1987年6月30日より7月22日の間に行い,17時より翌朝8時までの活動状態を調べた.木箱は恒温室内に置き,温度や湿度を一定に保ち,自然光が入り込む条件および24時間照明の条件を設定した.また,1987年8月1日,岐阜県山県郡美山町の神明神社および1987年9月19日,岐阜市三田洞の白山神社において,拝殿より約5m離れた位置に100W水銀灯を設置した.拝殿軒下で夏眠する蛾の種,個体数,静止位置を記録した後,水銀灯を点灯した.点灯時間は1時間で,その間,光に飛来する個体を捕獲した.消灯後,再度軒下の個体を記録した.以上の結果,室内実験において24時間照明下では,カラスヨトウの光誘引個体も夏眠個体も全く動かなかった.自然光下では19:30前後より活動が始まり,多くの個体は断続的に活動したが,中には一晩中動き続ける個体がいた.全ての個体は4:30頃までに活動を停止した.しかし,夏眠個体と光誘引個体との間に行動の差違を見い出すことができなかった.神社拝殿の夏眠個体の中で,8月上旬のオオウスヅマカラスヨトウは,大半が光に誘引された.しかし,カラスヨトウ,ツマジロカラスヨトウA.schrenckii,オオシマカラスヨトウは全く誘引されず,多少静止位置を変えるものがいたが,夏眠を継続した.
著者
綿引 大祐 吉松 慎一 竹内 浩二 大林 隆司 永野 裕
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.53-60, 2017

<p> 属 <i>Acidon</i> Hampson はインドからオーストラリア地域にかけて21種(そのうち2種は雌しか知られていない正体不明種)が知られ,Kononenko and Pinratana(2013)でいうところの"<i>Mecistoptera</i> generic group"に属する一群である.本グループには<i> Acidon </i>属のほか,<i>Mecistoptera</i> Hampson,<i>Perciana</i> Walker,<i>Hiaspis</i> Walker,<i>Hepatica</i> Staüdinger,<i>Coarica</i> Moore,<i>Ruttenstorferia</i> Lödl,<i>Lophomilia</i> Warren の7属が含まれており,さらにHolloway(2008)は形態学的な研究から<i> Gonoglasa</i> Hampson も本グループに含めるべきとの見解を示している.また,本グループは全世界でおよそ600種を含む大属である<i>Hypena</i> Schrankと近縁であることから,ヤガ上科の中でも特に分類学的問題を抱えたグループに属している.ヤガ上科の高次分類は今なお混沌としており,本種を含む"<i>Mecistoptera</i> generic group"の種は,日本産蛾類標準図鑑2(岸田,2011)に従うとヤガ科アツバ亜科とカギアツバ亜科にまたがって含まれる扱いとなる.ここでは最近の分子遺伝学的な研究であるZahiri <i>et al</i>. (2012) に従いトモエガ科アツバ亜科として扱った.以下に本新種の特徴を示す.</p><p><i>Acidon sugii</i> Watabiki & Yoshimatsu sp. nov. シマイスノキアツバ(新称)</p><p>前翅長:♂12.3-16.0 mm, ♀12.1-15.4 mm. 雄の触角は両櫛歯状で,下唇髭は非常に長く頭部の5倍程度の長さを有する.雌の触角は糸状で,下唇髭は雄より短い.雌雄ともに前後翅の色調は黒褐色から赤褐色で,前翅の内横線と外横線の間および亜外縁線より外側は暗色になる傾向があり,個体によっては薄紫色の鱗粉を散布する.環状紋は通常白色あるいは黒色の点状であるが,大きな白色紋状となる個体もある.前後翅とも裏面には黒褐色線があり,後翅はその内側に黒褐色紋を伴う.</p><p>本種は日本における本属の初記録種で,交尾器の形態からボルネオ島より記載された <i>Acidon calcicola</i> Holloway が最も近縁な種であると考えられる.両種は外見上よく似ているが,本種の雄は触角が両櫛歯状,下唇髭が頭部の5倍程度の長さを有するのに対し,<i>A. calcicola</i> を含む <i>Acidon</i> 属の他の種は,雄の触角が繊毛状や毛束状であり,下唇髭は頭部の2-4倍程度の長さであることから容易に識別できる.また,雄交尾器からも明瞭に識別できる.</p><p>分布:小笠原諸島(兄島・父島・母島). 寄主植物: マンサク科シマイスノキ (<i>Distylium lepidotum</i> Nakai)</p><p>本種の兄島と母島から得られた1雄2雌の標本を用いた分子遺伝学的な検討も行った結果,得られた分岐図と解析データから,兄島と母島間においておよそ1%の塩基置換率が確認された(Fig. 14).また,チョウ目における同属内の種間のミトコンドリアDNA (COI) 領域の平均塩基置換率はおよそ7~8%であるとされるほか (Hebert <i>et al</i>., 2009; Hausmann <i>et al</i>., 2011),ヤガ科ヨトウガ亜科 <i>Tiracola</i> 属における近縁種の塩基置換率がおよそ5.1%程度であったことが示されているが (Watabiki and Yoshimatsu, 2013),今回分子遺伝学的解析を併せて行った <i>Perciana marmorea</i> Walker,ナンキシマアツバ <i>Hepatica nakatanii</i> Sugi, および本新種の平均塩基置換率はおよそ6.2%であり,属以上のレベルで一般的に見られるような大きな遺伝的差異は見られなかった.</p><p>本種は日本産ヤガ上科の分類学者であった故杉繁郎氏の助言をもとに竹内・大林(2006)においてクルマアツバ亜科の属名・種名の未決定種として初めてリストアップされた種である.そこで本種の学名は杉繁郎氏に献名し,和名は杉氏が竹内と大林に書面上で提示していたもの(杉私信,1996)と同様に,シマイスノキアツバとした.なお,竹内・大林(2006)では"シマイスアツバ"として扱われたが,これは杉氏提案の和名を誤って略してしまったものである.</p>
著者
中谷 貴壽 宇佐美 真一 伊藤 建夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.387-404, 2007
参考文献数
57
被引用文献数
2

日本列島産ベニヒカゲの種内系統関係を調べるため,aethiopsグループの主要な地理的変異と,外群としてErebia属および近縁属合計6種を用いて分子系統解析を行った.種ランクについては系統樹(近隣結合法と最大節約法による解析では亜種ランクまでのトポロジーは同じため近隣結合法による樹形をFig. 2に示す),地域集団ランクについてはネットワーク樹(統計的節約法)によって解析した. 大陸産近縁種を含む系統関係 種ランクでは,共通祖先種からscoparia, alcnena, neriene, aethiops, niphonicaがほぼ同時期に分岐している事が示唆され,いずれも高いブートストラップ値で支持される.Scopariaとniphonicaが分割されている点を除けば,従来の形質に基づく亜種レベルまでの分類が分子系統的にも支持される.Fig. 2に示すように,scopariaとniphonicaは分布域が地理的に近接しているものの,種ランクの分化が進んでいる事が示唆される.Erebia vidleriはカナダBritish ColumbiaからアメリカWyomingにかけて局地的に分布する種で,E. niphonicaと似ているとの指摘がある.Warren (1936)は1種で1グループとしaethiopsグループの隣に置いている.その生息地は針葉樹林縁の明るい草原であり(Fig. 5d), aethiops (Fig. 5a), neriene (Fig. 5b), niphonicaの生息環境とよく似ている.しかし分子系統的にはaethiopsグループとは遠い位置にある事が示唆された.亜種ランクでの分岐に関しては,E. aethiopsではCaucasus集団(ssp. melusina)の分岐が深く,その他のスイス(ssp. aethiops)・Middle Ural (ssp. goltzi)・Sayan (ssp. rubrina)の集団はあまり分化していない.E. nerieneではAmur地域集団(ssp. alethiops)とSayan・モンゴル集団(ssp. neriene)に分岐している.日本列島産ベニヒカゲ集団については,Sakhalinから2種,北海道から24種,本州から26種のハプロタイプを検出した.ネットワーク樹(Nakatani et al., 2007)によると北海道で3系統,本州で2系統が認められた.北海道産集団(Fig. 3a)は,西部系統が稚内付近から日本海岸沿いに渡島半島まで分布し,中部Sakhalin,利尻・礼文両島の集団も含まれる.広域分布のハプロタイプHA000から狭分布型の多くのハプロタイプが派生している.東部系統はオホーツク海沿岸から道央・日高山脈まで広い範囲に分布する.日高山脈北部に狭分布型のハプロタイプが産する他は,すべてハプロタイプHD000であり遺伝的に均一な集団である.北部系統はネットワーク樹では北部系統に結合されるが,他の系統とは遺伝的距解か離れており,北部の狭い範囲に分布している.本州産集団(Fig. 3b)では,北部系統が東北地方から上越山系の東半分と赤石山脈に分布する.また南部系統は上越山系の西半分と赤石山脈以外の中部山岳に広く分布する.Sakhalin集団では,南部Sakhalin, Yuzhno-Sakhalinsk産は北海道北端の稚内市周辺に限って分布するものと同じハプロタイプであり,また中部Sakhalin, Khrebtovyi Riv. 産は利尻島,礼文島に分布するハプロタイプに近縁なタイプであった.Sakhalinと北海道を分ける宗谷海峡の水深は約60mであり,最終氷河期の約1.1万年前以降に海峡が形成されたとされる(大嶋, 1990, 2000).Sakhalin南部集団は北海道北端集団と遺伝子的に同じ集団であることが確認され,またSakhalin中部の集団も利尻・礼文など北海道北部集団と近縁であることが遺伝子的に確認された.すなわち,宗谷海峡が形成されるまではSakhalinと北海道のベニヒカゲ集団の間には遺伝的交流があったことが裏付けられた.一方利尻島と礼文島を北海道本島と分ける利尻水道の水深は海図によると約80-85mであって,宗谷海峡よりも古い時代から海峡となっていた可能性がある.北海道本島の集団と比較して,利尻・礼文集団の方が,Sakhalin南部産の集団より分子系統的に分岐が古いという結果と整合性がある.大陸とSakhalinを分ける間宮海峡の水深は宗谷海峡よりもさらに浅く,海峡の形成は約4,000年前以降とされる(大嶋,2000).朝日らの調査(朝日ほか,1999;朝日・小原,2004)によるとSakhalinにおけるベニビカゲの分布は北緯51-52°より北では生息が確認されておらず,永久凍土が存在するほど寒冷な気候には適応できないものと推測される.陸化されていてもその環境がベニヒカゲの生息に適さないものであれば往来は不可能である.現在よりも寒冷な氷河期には間宮海峡は陸化していたものの,ベニヒカゲが大陸との間を行き来できる環境ではなく,Sakhalin・北海遠のベニヒカゲ集団は最終氷河期に大陸との間を往来することはなかったと考えられる.これはSakhalin・北海道集団が対岸のAmur地域のnerieneとされる集団とは分子系統的に非常に離れた存在であるという解析結果から示唆される. Aethiopsグループの系統地理 Aethiopsグループの生息環境をみると,aethiops (Fig. 5a), neriene (Fig. 5b), scoparia (竹内, 2003), niphonica (中谷・北川2000;中谷・細谷,2003)は,いずれも針葉樹林内やその林縁の明るい草原が主な生息環境となっている.またalcmenaの生息環境は渡辺(1993;私信)によると,中国甘粛省夏河(Xiahe, Gansu, China)では乾燥した潅木帯(Fig. 5c)である.Aethiopsグループの生息環境と現在の分布域(Fig. 1)からみると,共通祖先種はBaikal湖付近の針葉樹林と草原がモザイク状に拡がる地域を中心に分有していたと推定される.そして環境の悪化(温暖化または乾燥化)によっていくつかの集団に隔離分布したもののうち,東部の分布近縁部にあたるSakhalin・北海道付近でsconariaが分岐し,近縁部南部の中国で乾燥地に適応したalcmenほが分岐した.またSayan・Baikal地域の北部でnerieneが分岐した.Niphonicaは大陸の東南方で分岐した可能性が考えられる.これらの分岐年代はほぼ同時期とみられる.その後の環境改善(寒冷化または湿潤化)期にaethiopsはBaikal, Sayanから西へCaucasus, Uralを経てヨーロッパまで分布を拡大し,niphonicaは日本列島へ進出した.NerieneとaethiopsはSayan, Altaiでも分布を拡大し,Baikal地域からSayanにかけて混生状態を生じた.中国東北部から朝鮮半島北部に分布する集団は現在nerieneとされるが,朝鮮半島北部の集団は本州産niphonicaと同じとする見解(川副・若林,1976)や,移行型がみられるとの指摘(江崎・白水,1951)もあり,今後の調査が期待される.すでに述べたようにaethiopsグループの内,alcmenaを除くタクサはいずれも針葉樹林の林縁を主な生息域としており,乾燥が強い広大な草原には生息していない.このような生態から推定すると,ヨーロッパにおけるErebia epiphron (Schmitt et al., 2006)と同じように,分布を分断され孤立化した集団の隔離は,間氷期の温暖期だけではなく氷河期の乾燥が強い環境下でも起こっていた可能性が考えられる.分岐の年代推定はErebia属全体の進化プロセスの中で検討していく必要がある.
著者
北原 曜
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.150-157, 2014-12-30 (Released:2017-08-10)

Neope goschkevitschii and N. niphonica are closely related species that occur sympatrically in various areas of Japan. In order to verify the possible existence of natural hybrids and genetic introgression between these species, artificial hybridization and backcrossing experiments were conducted by hand pairing. The results showed that adult male and female F1 hybrid individuals of both species were not capable of reproducing and that genetic introgression between these species must not occur in the natural environment.
著者
関 照信
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.14-20, 1969

(1)宮崎平野に生息しているタテハモドキは,新しく確認されたオギノツメを食草にして世代をくりかえし,確実に土着していることをつきとめた. (2)宮崎平野での食草は,オギノツメ(キツネノマゴ科;多年草;3月〜11月)であるが,一部では,スズメノトウガラシ(ゴマノバグサ科;一年草;7月〜11月)が利用される. (3)周年経過(発生回数)は,年に3世代から5世代になるが,最も順調な経過をたどるものでは,第1化は5月下旬;第2化は6月下旬;第3化は7月下旬;第4化は8月下旬;第5化は10月上旬から成虫が発生する.ただし,成虫の寿命が長い関係で,各世代の間にはかなり深い重なり合いがある. (4)越冬態は成虫で,その主力は10月に羽化する第4化の秋型であるが,一部第3化のおそい秋型と,第5化のはやい秋型がこれに加わる. (5)11月下旬以降は,食草が霜害で枯死するので,卵や幼虫は死滅してしまい,活蛹も12月上旬までしか確認していない.
著者
関 照信
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.1-11, 1968

(1) タテハモドキの季節型決定要因を究明する目的で,若干の基礎的な実験を行なった. (2) タテハモドキの季節型決定要因には,日長と温度が関係しており,日長が主要因になっていると考えられる. (3) 秋型の決定要因には,短日と低温が関係しており,それらは単独でも効果をあらわす場合が認められたが二要因が相乗的に作用すると,秋型が100%羽化する. (4) 夏型の決定要因には,長日と高温が関係しており,それらは単独でも効果をあらわす場合が認められたが,二要因が相乗的に作用すると,夏型が100%羽化する. (5) 湿度も季節型の決定に関与しているようで,高温・暗黒下では,少湿(乾燥)は秋型要因として,多湿は夏型要因として作用する場合が認められたが,さらに充分な実験と慎重な考察を必要とする.
著者
関 照信
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.84-89, 1967

(1)1963年10月以来,宮崎市においてタテハモドキの生息に注意してきたが,1965年には大発生が確認されるに至った。(2)1965年11月から1966年4月にかけて,野外採集によって成虫越冬を確認した。(3)宮崎市における成虫越冬の記録は,生態分布の最北限に当る。(4)野外における最低気温の記録は,本調査による測定では,-3.5℃であった。(5)越冬中でも気温の高い日(18℃以上)には,飛翔活動および吸蜜行動が認められた。(6)1965年11月と12月に採集した20個体についての飼育実験では,1966年4月30日までに11個体が越冬を完了した。(7)飼育実験の結果,10℃〜12℃では寒冷マヒがおこり,18℃〜20℃では自然に覚醒がおこることを観察した。(8)宮崎市大塚町〜下北方町における食草はオギノツメであることを確認した。
著者
小林 茂樹 松岡 悠 久万田 敏夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.37-42, 2017

<p><i>Macarostola</i> 属は,インド~オーストラリア区から26 種が知られ,成虫の前翅は鮮やかな橙赤色の地に白や黄色の斑紋をもち,美麗種を多く含む.幼虫は日本産種を除き,フトモモ科の植物を利用する.日本では,ベニホソガ <i>M.japonica</i> Kumata, 1977(寄主植物:ゴンズイ,ミツバウツギ科)の1 種のみが知られていた.しかし,De Prins and De Prins (2016)は,ウェブサイト上にレンブ(フトモモ科)から得られた日本産本属の標本写真を本属の一種 <i>M.zehntneri</i> (Snellen, 1902)として掲載した.吉安は,2016年3 月に沖縄島において野生化したフトモモ(フトモモ科)からベニホソガ属の幼虫を採集した.羽化した成虫と大阪府立大学所蔵標本を検討した結果,前翅の斑紋の特徴から <i>M. zehntneri</i> と同定した.雌雄交尾器を初めて図示し,分布と寄主を追加するとともに,これまで報告のなかった幼虫の潜孔,マユの写真を図示した.幼虫は初め,葉にナメクジの這ったような細い潜孔を作り,その後潜孔を脱出し,葉を円錐形に巻き内部を摂食する.老熟すると巻いた葉から脱出して葉縁を強く折り曲げて細長いマユを紡いで蛹室を作り,その中で蛹化した.また,ミトコンドリアDNAのCOI 領域の一部(DNA バーコード領域)の配列(658bp)を決定し,遺伝距離を比較した結果,同属の他種(<i>M.japonica</i>, <i>M. ida</i>)と明確に区別でき、最も近かったのはオーストラリアの学名未決定種であった.</p><p>フトモモベニホソガ <i>Macarostola zehntneri</i> (Snellen, 1902)(和名新称)(Figs 1-4)</p><p>開張8-10 mm.前翅の斑紋は,翅頂の2 つの黒色斑紋,後角部にL字形の白色斑紋を除き,6 ないしは7 つの黄色の斑紋をもつ.原記載では前縁の黄色斑紋は3 つであるが, 日本産ではしばしば第一斑紋が2 つに分かれる.日本産のベニホソガ <i>M. japonica</i>は,頭部が橙赤色,黒色斑紋を持たない,前縁の斑紋が白色,雄交尾器のバルバはより丸みを帯びる,雌交尾器の1 対のシグナは短く,同じ長さであるなどの点で本種と識別できる.幼虫は,両種とも葉を円錐形に巻くが,ベニホソガでは,ミツバウツギ科のゴンズイを利用し,葉縁を折らないでボート形のマユを葉上に作る.</p><p>寄主植物:フトモモ,レンブ(フトモモ科),国外ではフトモモ(新記録),レンブ,同属の <i>Syzygium cumini</i> が知られる.</p><p>分布:日本(新記録):沖縄(沖縄島,石垣島);国外では台湾(新記録),インドネシア,インド.</p>
著者
関村 利朗 松原 あゆみ 蘇 智慧
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.46-52, 2017

<p>アフリカ産のアゲハチョウ: オスジロアゲハ(<i>Papilio dardanus</i>),フォルカスミドリアゲハ(<i>Papilio phorcas</i>),ルリアゲハ(<i>Papilio nireus</i>),アフリカオナシアゲハ(<i>Papilio demodocus</i>)と日本に生息するアゲハチョウ科のチョウとの分子系統関係を,ミトコンドリアDNAの <i>ND5</i>,<i>COI</i> と<i>COII</i> 遺伝子領域の塩基配列を使って分析し,検討した. アゲハチョウ属(<i>Papilio</i>)の分子系統樹を作成するにあたっては,本研究で得られた10種のチョウの塩基配列データの他に20種類の<i>ND5</i>,<i>COI</i> と<i>COII</i> 遺伝子データを米国国立生物工学情報センター(NCBI)から取得して利用した.特に,本研究ではアフリカと東・南アジア(日本を含む)地域に生息するチョウのベーツ擬態の起源に注目した.本研究で得られた主な結果は以下の通りである.(1)オスジロアゲハ(<i>P. dardanus</i>)とフォルカスミドリアゲハ(<i>P. phorcas</i>)は,姉妹関係を示したが,日本に生息するアゲハチョウ属のチョウと分子系統的類縁関係を持たない.(2) ルリアゲハ(<i>P. nireus</i>)は,マダガスカルに生息するオリバズスルリアゲハ(<i>P. oribazus</i>)そしてエピフォルバスルリアゲハ(<i>P. epiphorbas</i>)と姉妹関係を示した.しかし,日本産のアゲハチョウ類とは類縁関係を示さなかった.(3) アフリカオナシアゲハ(<i>P. demodocus</i>)は,アジアの東部および南部地域に広く生息するオナシアゲハ(<i>P. demoleus</i>)と姉妹関係を示した.これは,この2種のチョウが近縁であり共通祖先由来であることを示唆している.この結果は<i>COI</i>,<i>COII </i>と<i> EF-1α </i>遺伝子を用いた Zakharov <i>et al</i>.(2004)のものと一致する.(4)クロアゲハ(<i>P. protenor</i>)とオナガアゲハ(<i>P. macilentus</i>)に観察される雌雄両性擬態はシロオビアゲハ(<i>P. polytes</i>)とナガサキアゲハ(<i>P. memnon</i>)に見られる雌限定の擬態と緊密な関係があることが示唆された.(5)<i>P. glaucus</i>(clade J)と<i> P. clytia</i>(clade K)の姉妹関係は強く支持された.最後に,アフリカと東・南アジア(日本を含む)に生息する蝶に見られる雌限定擬態について,分子系統学的議論だけでなく他の視点(例えば,最近発見された目的遺伝子)からも議論した.</p>
著者
那須 義次 宮野 昭彦
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.58-61, 2015

Two Japanese species of Wockia are treated. Wockia koreana is newly recorded from Japan, with illustrations of adult and genitalia. A color photograph of adult W. magna is also provided. The phylogeny of the family Urodidae and the morphology and biology of the genus Wockia are summarized.
著者
高橋 真弓
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.139-148, 1978-09-01 (Released:2017-08-10)

静岡大学コロンビア・アンデス学術調査,1967により,南米コロンビアのサンタ・マルタ山群において採集されたジャノメチョウ科のPronophilini 14種の記録を,前報の2種に続き,第2報として報告する.これらの種はいずれも海抜1,300〜3,470mの雲霧林または上部の灌木を混じえた草原(パラモ)に見られ,このうち10種はこの山群の固有種,2亜種は固有の亜種であり,SierrasteromaとParamoはこの山群固有の属と考えられる.
著者
李 興根 吉本 浩
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.125-144, 1994-10-30 (Released:2017-08-10)

クマバチモドキ属の2種のスズメガ, Sataspes tagalica BoisduvalとS. infernalis (Westwood)は互いに近縁な昼飛性の蛾で,クマバチの仲間(Xylocopa spp.)に擬態する.香港には,これまで記録のなかったinfernalisを含め,両種ともに分布する.筆者は,1991年7月, tagalicaの終齢幼虫を採集したことをきっかけに, 1992年4月から1994年6月にかけて香港各地で幼生期の観察を行ったのでここに報告した.食草は両種ともPapilionaceae科のツルサイカチの一種Dalbergia benthami Prainで,香港の17箇所で卵または幼虫を確認した.これらの中で,特にTai Po Kau自然保護区とAberdeen貯水池はこの属の卵が多数見つかっており,前者はまた,香港で唯一infernalisの卵が得られたところである. Sataspes 2種の幼生期については, Mell(1922)やBell & Scott (1937)などによる記述があるが,筆者自身の観察に基づいて記載すると次の通りである.卵は球形,淡緑色で, tagalicaでは1.5×1.25×1.0mm, infernalisではやや大きく1.5×1.5×1.0mm.若く,または新鮮でやや大きな葉上に好んで産卵される.卵は約4日後に孵化する. 1齢幼虫は両種とも明るい青緑色で黒い尾角を持ち,互いによく似ている.頭部は丸く,顔面は黄緑色.主に葉裏の主脈に沿って静止する.脱皮前には, tagalicaで9mm, infernalisでは11.5mm位まで成長する. 2齢では頭部三角形で,浅く二叉した頭頂に向けて尖り,表面は微刺毛で被われる.体は青緑色で,側面には7本の斜帯を備え,黒色の尾角に連なるものはよく発達する.体長10-16mm. 3齢になると, 3-4腹節にかけて1対の赤色に縁取られた橙黄色紋が側面に現われる.これらの紋の出方には変異が見られ, tagalicaでは全幼虫期を通して無紋のもの, 2つの紋の間に背面にダイアモンド型の3番目の紋をもつもの,さらに通常の2紋型でも左右で大きさが異なるものや,左右のいずれかが消失するものがあった.また,野外で得られた1頭(ただし5齢幼虫)では,カナリアのような黄色で,側面に錆び様の赤紋と背面には全長の2/3に亙る同色の槍状紋を持っていた.この幼虫は羽化には至らなかったが,同様の幼虫からtagalicaが得られている.これら幼虫の変異は,成虫で知られるいくつかの型や性とは無関係のようである.一方infernalisでは,観察した8頭すべてが橙色紋を持つものであったが, Seitz(1928)は無紋型のことを述べているし, Holloway(1987)はBell & Scott (1937)を引用して,いくつかの幼虫が3-4腹節背面に赤褐色のダイアモンド型の紋と側面により大きな紋を持つことや,小さな紋がこの紋の前方および6節に生じることを挙げている. 3齢虫は16-26mm位.側面の斜帯は白または黄白色で明瞭になる.尾角背面は黒色,側面は黄白色で,先端淡黄色.4齢は28-40mm.橙黄色紋の中は小さな赤い点または円で満たされ,全体に橙色になる.尾角は両種とも全体淡緑色. 5齢では頭部の形が再び変わり,頭頂は丸みを帯びる.顔面には2本の縦帯が走るが,これら2本の帯の間の色合いは2種で異なり, infernalisでは淡緑色でほとんど白っぽいのに対し, tagalicaでは中庸な緑色である. 5齢虫の体長は40-65mm.頭方と尾方に向けて細まる.蛹は尾端の形状が両種で異なっており, tagalicaでは尾突起が側方に張り出すのに対し, infernalisではそのようにならず後方にすぼまっている.成虫では両種ともいくつかの型が知られているが,それらの同定は検索表にある通り.ただし, tagalicaの亜種chinensisと型protomelasは,いずれも型tagalicaと同じと考えられるという.香港での周年経過は, tagalicaでは年4世代,蛹越冬で,非越冬世代の孵化後の幼生期の長さは♂では平均48日,♀では58日であった.一方infernalisでは,4月から6月にかけての1世代しか観察されなかった.孵化後の幼生期の長さは♂で平均45.4日,♀では54日であった.成虫の行動について, Mell (1922)は,早朝水浴するだけで吸蜜しないと述べているが,筆者はtagalicaのランタナでの吸蜜を2度にわたって目撃したほか, Tennent(1992)による同じクマツヅラ科のハリマツリの一種Duranta lerensでの記録がある.産卵は,筆者自身は見ていないが,曇天の1992年6月28日の午後1時50分,恐らくtagalicaのものが観察されている.卵は1卵づつ産みつけられ,いくつか例外もあるが, Mellが述べているように,通常は1株に1卵の割合のようである.香港のクマバチモドキの保護のためには,公園や特別地域,特にTai Po Kau自然保護区のDalbergia benthamiの生け垣を法的に保護する必要がある.枝の刈り込みは,どうしても必要な場合でも選択的になされるべきであり,また成熟したbenthamiの枝はできる限り手をつけず,刈り取りも禁ずるべきである.適当な保護方策が取られることにより,他地域では大変稀で,生態的にもあまり詳しく調べられていないクマバチモドキの個体群にプラスのフィードバックがもたらされることを期待する.
著者
李 興根 吉本 浩
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.125-144, 1994

クマバチモドキ属の2種のスズメガ, Sataspes tagalica BoisduvalとS. infernalis (Westwood)は互いに近縁な昼飛性の蛾で,クマバチの仲間(Xylocopa spp.)に擬態する.香港には,これまで記録のなかったinfernalisを含め,両種ともに分布する.筆者は,1991年7月, tagalicaの終齢幼虫を採集したことをきっかけに, 1992年4月から1994年6月にかけて香港各地で幼生期の観察を行ったのでここに報告した.食草は両種ともPapilionaceae科のツルサイカチの一種Dalbergia benthami Prainで,香港の17箇所で卵または幼虫を確認した.これらの中で,特にTai Po Kau自然保護区とAberdeen貯水池はこの属の卵が多数見つかっており,前者はまた,香港で唯一infernalisの卵が得られたところである. Sataspes 2種の幼生期については, Mell(1922)やBell & Scott (1937)などによる記述があるが,筆者自身の観察に基づいて記載すると次の通りである.卵は球形,淡緑色で, tagalicaでは1.5×1.25×1.0mm, infernalisではやや大きく1.5×1.5×1.0mm.若く,または新鮮でやや大きな葉上に好んで産卵される.卵は約4日後に孵化する. 1齢幼虫は両種とも明るい青緑色で黒い尾角を持ち,互いによく似ている.頭部は丸く,顔面は黄緑色.主に葉裏の主脈に沿って静止する.脱皮前には, tagalicaで9mm, infernalisでは11.5mm位まで成長する. 2齢では頭部三角形で,浅く二叉した頭頂に向けて尖り,表面は微刺毛で被われる.体は青緑色で,側面には7本の斜帯を備え,黒色の尾角に連なるものはよく発達する.体長10-16mm. 3齢になると, 3-4腹節にかけて1対の赤色に縁取られた橙黄色紋が側面に現われる.これらの紋の出方には変異が見られ, tagalicaでは全幼虫期を通して無紋のもの, 2つの紋の間に背面にダイアモンド型の3番目の紋をもつもの,さらに通常の2紋型でも左右で大きさが異なるものや,左右のいずれかが消失するものがあった.また,野外で得られた1頭(ただし5齢幼虫)では,カナリアのような黄色で,側面に錆び様の赤紋と背面には全長の2/3に亙る同色の槍状紋を持っていた.この幼虫は羽化には至らなかったが,同様の幼虫からtagalicaが得られている.これら幼虫の変異は,成虫で知られるいくつかの型や性とは無関係のようである.一方infernalisでは,観察した8頭すべてが橙色紋を持つものであったが, Seitz(1928)は無紋型のことを述べているし, Holloway(1987)はBell & Scott (1937)を引用して,いくつかの幼虫が3-4腹節背面に赤褐色のダイアモンド型の紋と側面により大きな紋を持つことや,小さな紋がこの紋の前方および6節に生じることを挙げている. 3齢虫は16-26mm位.側面の斜帯は白または黄白色で明瞭になる.尾角背面は黒色,側面は黄白色で,先端淡黄色.4齢は28-40mm.橙黄色紋の中は小さな赤い点または円で満たされ,全体に橙色になる.尾角は両種とも全体淡緑色. 5齢では頭部の形が再び変わり,頭頂は丸みを帯びる.顔面には2本の縦帯が走るが,これら2本の帯の間の色合いは2種で異なり, infernalisでは淡緑色でほとんど白っぽいのに対し, tagalicaでは中庸な緑色である. 5齢虫の体長は40-65mm.頭方と尾方に向けて細まる.蛹は尾端の形状が両種で異なっており, tagalicaでは尾突起が側方に張り出すのに対し, infernalisではそのようにならず後方にすぼまっている.成虫では両種ともいくつかの型が知られているが,それらの同定は検索表にある通り.ただし, tagalicaの亜種chinensisと型protomelasは,いずれも型tagalicaと同じと考えられるという.香港での周年経過は, tagalicaでは年4世代,蛹越冬で,非越冬世代の孵化後の幼生期の長さは♂では平均48日,♀では58日であった.一方infernalisでは,4月から6月にかけての1世代しか観察されなかった.孵化後の幼生期の長さは♂で平均45.4日,♀では54日であった.成虫の行動について, Mell (1922)は,早朝水浴するだけで吸蜜しないと述べているが,筆者はtagalicaのランタナでの吸蜜を2度にわたって目撃したほか, Tennent(1992)による同じクマツヅラ科のハリマツリの一種Duranta lerensでの記録がある.産卵は,筆者自身は見ていないが,曇天の1992年6月28日の午後1時50分,恐らくtagalicaのものが観察されている.卵は1卵づつ産みつけられ,いくつか例外もあるが, Mellが述べているように,通常は1株に1卵の割合のようである.香港のクマバチモドキの保護のためには,公園や特別地域,特にTai Po Kau自然保護区のDalbergia benthamiの生け垣を法的に保護する必要がある.枝の刈り込みは,どうしても必要な場合でも選択的になされるべきであり,また成熟したbenthamiの枝はできる限り手をつけず,刈り取りも禁ずるべきである.適当な保護方策が取られることにより,他地域では大変稀で,生態的にもあまり詳しく調べられていないクマバチモドキの個体群にプラスのフィードバックがもたらされることを期待する.
著者
今福 道夫 大谷 剛 竹内 剛
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-10, 2000-12-20 (Released:2017-08-10)
参考文献数
29

蝶の翅の色彩パターンの理解のためには,雌雄間での行動的相互交渉の観察が重要である.しかし,翅の色彩にしばしば著しい性的二型を示すゼフィルス類については,そのような観察は非常に少ない.そこで,性的二型の種であるミドリシジミNeozephyrus japonicusの行動を兵庫県三田市の「人と自然の博物館」にある縦12m,横8m,高さ4mの金網のケージのなかで1999年6月11日から13日にかけて観察した.ペイントマーカーで個体識別した♂12頭と♀10頭を放したところ,2回の求愛行動と1回の交尾が観察された.交尾に先立ち,♂は♀に側面から触角を広げて接近し,次第に平行に並ぶように向きをかえて,腹端を♀の腹端に近づけた.交尾は容易に成功せず,しばしば上記の行動を繰り返したり,短い飛翔を行ったが,夕方の6時26分に交尾に成功した.交尾時間は約3時間であった.交尾後♀を食草と共に保ったが,産卵は確認できなかった.後にこの♀の腹部を解剖したところ,大きな精胞が1つ見つかった.捕獲下でのゼフィルス類の交尾の誘導の意味について議論した.
著者
橋本 健一 八谷 和彦
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.229-236, 2006
参考文献数
23
被引用文献数
1

The photoperiodic induction of diapause in a newly established population of Pieris brassicae (L.) in Hokkaido, Japan was investigated. The critical photoperiod for pupal diapause was about 13hr50min at 20℃. In the fields of Sapporo City in Hokkaido, diapausing pupae were obtained late in September. The present results obtained in the laboratory correlated well with the photoperiodic conditions of the diapause incidence observed in the field late in September. A well synchronized emergence from diapausing pupae was induced by chilling at 5℃ or 10℃ for 160 days. The conditions were comparable to the period of cold season in the habitat of this population.
著者
Straatman R. 井上 貞信
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.124-126, 1984

本稿は,去る6月27日逝去された故阪口浩平博士(京大教授)の研究上の必要により,いわゆる真正Ornithoptera属の食草を,種の段階まで究明するための中間的な報告である.著者の1人STRAATMANは,多年にわたり,トリバネアゲハ各種の克明な記録を作製してきた.これまで,公表の機を得ぬまま本日に至った観察・飼育ノートにもとずき,食草に関し判明した部分をリストの形で掲出した.さらに,母蝶の産卵した食草とその幼虫の食草が必ずしも一致せず,産卵された食草を摂食した幼虫が斃死する特異な例などを注記した.
著者
山内 健生 矢田 脩
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.243-246, 1999-09-30
被引用文献数
1

Gandaca harina simukensis Yamauchi et Yata,ssp.nov.インドネシアのメンタワイ諸島バツ群島のシムク島からGandaca harinaの一新亜種,simukensis ssp.nov.を記載した.本亜種は,雄の翅が淡いレモン色であること,雌の翅表が淡いクリーム色,裏が黄色みを帯びた淡いクリーム色であること,雌雄前翅表面の黒帯の巾が極めて狭く一様であることなどから,原名亜種と容易に区別できる.特に,本亜種の雌に見られる前翅表面の非常に狭い黒帯は他のいずれの亜種にも見られない.本亜種の雌雄交尾器の形態は,Gandaca harinaの種内変異の幅に含まれた.
著者
Spatenka Karel 有田 豊
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.95-106, 1992
被引用文献数
1

著者らは日本から5新種,1新亜種と中国から2新種のスカシバガを見いだし記載した. 1. Synanthedon esperi Spatenka & Arita, sp. n.沖縄島与那で採集された1雌のみが知られている.本種はanal tuftが赤いことや腹部腹面が黄色であることから他の種とたやすく区別できる.食草や生態は不明. 2. Synanthedon multitarsus Spatenka & Arita, sp. n.本種は腹部背面第4節後縁にのみ1本のやや広いレモン色の帯をもつことで他の種と分けられる.ヤナギ類(北海道)やネコヤナギとカワラハンノキ(愛知県)から飼育によって多くの成虫が得られた. 3. Synanthedon yanoi Spatenka & Arita, sp. n.本種は腹部背面第2節と第4節後縁に黄色の細い帯をもつことで他の種と区別できる.北海道斜里郡小清水町と大分県黒岳からのみ知られ,食草その他のことは不明である. 4. Synanthedon pseudoscoliaefoyme Spatenka & Arita, sp. n.前翅のdiscal spotの形がヨーロッパのS. scoliaeforme (Borkhausen, 1789)に少し似ているが本種ははるかに小さく腹部背面第2節と第3節に白い帯をもつことで区別される.京都の宝ケ池で5月10日に1雌が得られただけである. 5. Synanthedon scoliaeforme japonicum Spatenka & Arita, sp. n.ヨーロッパのS. scoliaeforme (Borkhausen, 1789)に酷似するが日本産のものはより大きい. Anal tuftが基亜種ではオレンジ色であるが亜種japonicumでは黒いことが大きな差異である.基亜種の食草はシラカンバであるが本亜種も北海道斜里郡で川原進氏によってシラカンバの幹の根際より蛹が繭とともに発見され1雄1雌が羽化した. 6. Synanthedon fukuzumii Spatenka & Arita, sp. n.腹部背面に「赤帯」をもつSynanthedon属のいくつかの種に似るが本種は腹部第4節の後縁にのみ赤帯をもつことから他の「赤帯」の種から区別できる. 7. Sesia solitera Spatenka & Arita, sp. n.中国青海省日月山の高山帯(3500-4000m.)で得られた1雄のみが知られる.非常に特異な種で他に近似の種はない. 8. Similipepsis yunnanensis Spatenka & Arita, sp. n.中国北部雲南省のA-tun-tseの高山帯(約4000 m.)で得られた2雄をドイツ・ボンのAlexander Koenig動物学博物館のHoneコレクションより見いだした.本種はいわゆる腰の細い種類で日本のコシボソスカシバに良く似る. Yunnanensisでは腹部背面第3節と第6節にナレンジ色の帯をもつがtakizawaiでは第3節に帯はない.
著者
城本 啓子 櫻谷 保之
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.215-237, 2007-03-30 (Released:2017-08-10)
参考文献数
47

1990年から2006年まで各地で野外調査を行った結果,19科44種の植物が8種のヤママユガ科ガ類(シンジュサン,ヤママユ,ヒメヤママユ,クスサン,ウスタビガ,オナガミズアオ,オオミズアオ,エゾヨツメ)の餌植物として確認された.新たか餌植物として,カバノキ科のイヌシデでヤママユ,ヒメヤママユ,クスサン,ウスタビガ,エゾヨツメの幼虫が各地で確認され,ウバメガシではウスタビガとヒメヤママユの幼虫が確認された.また,ウスタビガではヤナギ科2種と植栽種であるハナミズキ,ヒメヤママユではネジキとオオバクロモジ,クロガネモチ,クマノミズキも餌植物として確認された.最も多くのヤママユガ科分類が利用していた餌植物はイヌシデとコナラで5種(ヤママユ,ヒメヤママユ,クスサン,ウスタビガ,エゾヨツメ),統いてクリで4種(ヤママユ,ヒメヤママユ,クスサン,ウスタビガ)の利用があった.また,日本におけるヤママユガ科ガ類の今回および既知食樹記録とヤママユガ科ガ類の系統の関係についても考察を行った.餌植物種によるクラスター解析では,地理的分布の狭いヤママユガ科ガ類3種(ヨナグニサン,ハグルマヤママユ,クロウスタビガ)の距離は短くなった.すなわち分布の狭い種は餌植種が少なくなっており,分有の広いシンジュサンは餌植物の科によるクラスター解析では距離が一番長くなった.ヤママユガ科ガ類間の餌植物種の類似度(Ochiai指数:OI)は,同じ属であるヒメヤママユとクスサンの間ではやや高かったが(07=0.425),他の種との類似度はあまり高くないことが示された.また,シンジュサンの餌植物種(24種)の約38% (9種)が羽状複葉を利用しているなど,植物の葉の形態によって選択している種もあると考えられた.ヤママユガ科ガ類の餌植物種は生息環境の植生や,クスサンのような集団発生する種においては餌植物の枯渇により周囲の植物への移動などにより多様化していったと考えられる.ウスタビガやオオミズアオの雌成虫がライトに誘引された際に建物の壁などへの産卵する現象が見られた.このような誤産卵やイヌシデのような他の鱗翅目幼虫があまり利用していない"空きギルド"を利用することなどにより,ヤママユガ科ガ類の餌植物種数はヤママユガ科種間同士の重複をある程度避けながら広がっていったと考えられる.