著者
KOBAYASHI HIROSHI
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.41-56, 1969

Eilema属はヒトリガ科Arctiidae,コケガ亜科Lithosiinaeに属し,非常に種類の多いグループで,北米を除く各大陸に分布している.日本に分布しているEilema属の各種は互いによく似ているばかりでなく,♂♀でまったく違った翅形・色彩・斑紋を示す種もあって,これまでその同定,学名の適用に多くの誤りがあった.INOUE & YAMAMOTO (1961, Kontyu, Vol.29:72〜78)は特に学名の使用法が混乱している5種の整理を発表し,また,井上(1961,日本産蝶蛾総目録,6:626〜629)は日本産(琉球列島を除く)として12種を挙げている.本文では,上に述べた文献を中心として学名および和名を採用し,主に♂交尾器の形態による既知12種の分類を試みた.♂交尾器は,最も信頼できる種の区別点を示すがcornutusの形や数には個体変異があり,ことに小さな骨片から成る場合は,その数が必ずしも一定していないので,この点は注意しなければならない.日本産のみについて比較すれば,この属の♂交尾器は,全体としてよくまとまっているが,E. cribrata STAUDINGERヒメキホソバだけが,かなり異質的なvalveを持っている. Juxtaの形態から,この属は2つのグループに大別できる. 1.Juxtaは骨化の強い角状の突起をなす:E. degenerella WALKERシロホソバ, E. fuscodorsalis MATSUMURAヤネホソバ, E.japonica LEECHキマエホソバ, E. minor OKANOニセキマエホソバ, E. coreana LEECHヒメキマエホソバ, E. griseola aegrota BUTLERキシタホソバ, E. okanoi INOUEミヤマキベリホソバ. II. Juxtaの骨化はいっそう弱く,両側にある1対の棒状骨片は,種によって中央で,融合するが,決して角状の突起とならない.このグループはvalveの形から史に2つに分けられる. 1,ValveはEilema独特の形で, harpeが先のとがった角状の突起:E. nankingica DANIELヒメツマキホソバ, E. tsinlingica DANIELキムジホソバ, E. depressa pavescens BUTLERムジホソバ, E. laevis BUTLERツマキホソバ. 2.Valveには角状のharpeがなく,先端部は丸味をもち,帯状に小針状物が並んでいる:E. cribrata STAUDINGERヒメキホソバ.翅脈にはかなり個体変異があるが,前翅に小室をもつのはE. depressaどlaevisだけで,両種ともその特徴は安定していない.脈8と9は有柄だが, E. japonicaだけは合して1本の脈となっている.脈11が12と完全に離れているのはE. fuscodorsalisだけで,他の種では12と接するが翅頂まで,または短距離の間結合する.
著者
福田 晴夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.103-106, 2008-03-30
参考文献数
11

マダラチョウ亜科の幼虫は毒々しい斑紋により身を守ることが知られ,斑点型,縞模様型,その混合型に大別されるが,ルリマダラ属には3例(ルリマダラ,ミダムスルリマダラ,バテシイルリマダラ)ながら無紋で警告斑紋を持たない幼虫がいる.では彼らはいかにして身を守るのか.本報では台湾産ルリマダラの観察例を主にしてこの問題を論ずる.台湾の苗栗県竹南濱海森林公園における2006年4月の野外観察,およびその後の飼育時の観察によると,幼虫(とくに中-終齢)の防衛行動は次のようなものである.(1)隠ぺい的行動:休息時,頭胸部を釣針型に丸め,突起を倒して静止している.(2)威嚇的行動:ものに驚くと,体と突起を激しく震わせて威嚇する.(3)転落行動:威嚇の後,身体前半を内側に曲げたまま仰向けに反り返るようにしてして落下する.これらは多くのマダラチョウ類にも見られるものではあるが,それらの転落は強い接触刺激を受けた時であり,幼虫のこれほど激しい威嚇行動はない.しかるに,本種は人が撮影に近づいただけで何らかの刺激を感知し,激しく威嚇した後すぐに転落した点が特徴的である.これには単色で細長い体形と長い突起という形態的特徴と深く関わっている可能性が高い.もちろん,単なる転落行動なら草食性幼虫のほか造巣性幼虫でもみられ,警告色斑紋の幼虫にもみられるものであるが,ルリマダラ属の中で少数種のみが,なぜこのような戦術をとるのか興味深く,本格的な調査が期待される.
著者
保田 淑郎
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.49, no.3, pp.159-173, 1998-06-30 (Released:2017-08-10)
参考文献数
49

筆者は,日本産の本属の種についての検討を1956年に行い,当時の知識と雌雄交尾器の形態から,日本のものはAdoxophyes orana(Fischer von Roslerstamm)であるとした.その後,農業上,園芸上の害虫として本属に属する種が重要視され,特にリンゴとチャをそれぞれ加害するもの(リンゴコカクモンハマキ,チャノコカクモンハマキあるいはコカクモンハマキのリンゴ型,チャ型)について多くの研究者による生態学的,生理学的,形態学的な研究が進められてきた.このような経緯の中で筆者は再び1975年,リンゴを主に加害するリンゴコカクモンハマキにA.orana fasciata Walsinghamの名をあて,チャノコカクモンハマキに対しては種名を決定できぬままAdoxophyes sp.として対応した.ハマキガ亜科の昆虫は明瞭な性的二型を有するが,Adoxophyes属のものも例外ではない.特に,今回新種として記載した2種は顕著な性的二型を示す.また,幼虫期における温度の差,すなわち低温,高温によって成虫の翅の基色や斑紋に変化が生じる.一般的に幼虫期に高温を経験すると成虫の斑紋は明瞭,濃色となる傾向があり,外見では同定が容易ではない.しかし,雄の前翅のcostal foldやその内面の特化した鱗片群,雌雄交尾器などの詳細な形態を比較検討した結果,チャノコカクモンハマキとリンゴコカクモンハマキは形態的に識別可能であり,さらにチャノコカクモンハマキとされていたものには2種が混同されていたことが明らかになった.今回,現在の混乱を避ける意味で日本に分布するものについて一応の整理をおこなったが,今後もさらに総合的な研究が続けられる必要がある.本論文では日本産Adoxophyes属を次のように整理した.1.Adoxophyes orana fasciata Walsinghamリンゴコカクモンハマキ翅は赤色味を帯び,斑紋は乱れている.Costal foldの内部両面には白色で紡錘形の特化した鱗片群を密に有する.バラ科植物を主に寄主とし,北海道と本州とに分布する.2.Adoxophyes honmai sp.nov.(新種)チャノコカクモンハマキ翅は黄土色で光沢があり,斑紋は明瞭である.Costal foldは3種の中ではもっとも狭く,内面には特化した鱗片群はない.主にチャを寄主とし本州西南部に分布する.おそらく四国,九州にも分布すると思われる.3.Adoxophyes dubia sp.nov.(新種)ウスコカクモンハマキ(新称)本種はチャノコカクモンハマキと混同されていた.翅は白っぽく光沢があり,斑紋は明瞭である.Costal holdは3種の中ではもっとも大きく長く,その内面は褐色で紡錘形の特化した鱗片群で裏打ちされている.本州西南部,四国,九州,琉球列島に分布する.本種は本州のネジキとヤブサンザシで飼育,羽化した記録はあるが,本州でチャからは得ていない.
著者
有田 豊 由良 文隆
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.91-92, 1988-05-10

コシアカスカシバSesia molybdoceps(HAMPSON)の食草としてはブナ科のツクバネガシが知られていた(渡辺,1967).著者らは愛知県の名古屋市内と春日井市内で1983,1985,1986年に同じブナ科のクリ,クヌギ,コナラよりスカシバガ科の幼虫を見つけ,飼育した所いずれの植物からもコシアカスカシバが羽化した.幼虫は樹幹の樹皮下を楕円状に食害し,樹液に体の半分がつかっていた.樹皮の外に,糞を出すが,その穴より夏の間にしみ出た樹液にスズメバチ類やカナブンなどの甲虫が吸汁に集まっていた.幼虫は8月上旬頃より幼虫の坑道やその近くの樹皮下で木屑をつづり合わせたマユを作り蛹化する.井上によって本種の♂と♀が講談社の日本産蛾類大図鑑に図示されたが,その内の♂は,Sesia contaminata(BUTLER)ハチマガイスカシバの♂の間違いである.
著者
横地 隆
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.6-18, 2005
参考文献数
11

イナズマチョウ属の1新種と6新亜種の記載を行い,同属における1タクソン,Euthalia occidentalisのレクトタイプ指定を行った.I.新種の記載 Euthalia(Limbusa)koharai sp.n.(図1-4) ♂.前翅長43-48mm.翅形:前翅,前縁は滑らかに湾曲し,翅頂はやや丸みを帯びる;外縁はわずかに内側に凹み,各翅脈端は突出する;後縁は直線状.後翅.外縁は各翅脈端で強く突出する.斑紋:前翅表面,地色は濃緑茶色;亜基部付近の本属特有の環状斑群は明瞭;外中央白紋列は淡黄色で1a室から第6室におよび,第3室の外側に黒色のくさび形の縁取りがある;前縁には白色鱗が侵入しない;亜翅端部は第6室と第8室に淡黄色紋がある;亜外縁部は第1b室から前縁部にかけて黒色帯があり,第3,4室で内側に偏位する;縁毛は白色で翅脈端は黒色.後翅表面,地色は前翅と同様;中室端の黒色だ円形紋は明瞭;黄白色の外中央紋列は第1b室から第7室におよび,その外側にはブーメラン型の黒紋列がある;外中央白紋列の外側には青白色域があり,外縁にむかって濃紺色に段階的に変色する;縁毛は白色で翅脈端は黒色.前翅裏面,地色は個体変異をみるが緑がかった黄茶色;亜外縁部は第1a室から前縁部に黒色帯があるが,第1b,2室を除いて痕跡的.後翅裏面,地色は前翅と同様;基部の不正形環状斑は明瞭;外中央白紋列の内側は黒条があり白紋の内側を縁どる;亜外縁部は第1b室より第7室まで緑青色帯があるが,第1b室では顕著な黒紋となる.翅脈:後翅中室端は開く.触角:表面は黒色,裏面は一様に褐色である.♂ゲニタリア(図9):Uncusは先端方向に一様に先細る;valvaはやや細長く,中央部がやや太く,先端部分は10数個の短い棘がある;valvaの先端は下方が外側に90度程度捻れる.♀.前翅長48-51mm.翅形:♂に同形だが全体に丸みを帯びる.斑紋:♂に類似する;裏面地色は前後翅の地色は個体変異をみるが,淡黄緑色.翅脈:♂と同様.触角:♂と同様.分布:中国雲南省,広西壮族自治区.新小名koharaiは,昆虫研究者の小原洋一氏(東京)に因む.本種は中国大陸を分布の中心にもつEuthalia属のLimbusa亜属に含まれる.Limbusa属には前後翅を貫くイチモンジ白帯をもつグループがあり,本種もこれに属する.これらは互いに類似した特徴のため,種間の鑑別は容易ではない.本種に最も類似する種は,thibetanaとalpherakyiであり,以下に鑑別点を列記する.なお,ここで言及する種thibetanaとは,従来より種undosaとして認知されているものを指す.筆者の調査で,undosaはthibetanaのシノニムとするのが正しいことが分かった.本件については,別の機会に詳細を報告する予定である.種thibetanaとの鑑別 1)Koharaiはthibetanaに比べ大型で,翅形はやや丸みを帯びる.2)Koharaiのイチモンジ帯は,前翅は淡黄色,後翅は黄白色であるが,thibetanaはさらに黄色味が強い.3)Koharaiの表面地色は濃緑青色であるが,thibetanaは茶色味が強い.種alpherakyiとの鑑別 1)Koharaiでは後翅中央白帯の外側に青白色が出現するが,alpherakyiでは認めない.2)Koharaiでは♂前翅第3室の白紋は外側に尖るが,alpherakyiではほぼ平坦.3)Koharaiでは♂ゲニタリアのvalva先端はほぼ90度に捻れるが,alpherakyiでは捻れは緩やか.II.新亜種の記載 1.Euthalia(Limbusa)pacifica masaokai ssp.n.(図5-8) ラオス北部・サムネアを基産地とするこの新亜種は,原名亜種pacificaに比べて次のような相違点がある.♂.表面の地色は深緑色を呈する(原名亜種は茶褐色);前翅第3室に黄色斑を認める;後翅黄色域が小さく,第1b室と第2室の一部に認める(原名亜種では第1b,2室の全てと第3,4,5室に及ぶ);裏面の地色は青緑色を呈する(原名亜種はウグイス色);後翅裏面の斑紋は明瞭に出現(原名亜種はぼやける).♀:表面の地色は深緑色を呈する(原名亜種はモスグリーン色);前翅の斜白帯は大きく出現;後翅亜外縁の斑列はやや不明瞭;裏面の地色は青緑色を呈する(原名亜種はウグイス色).分布:ラオス北部.新亜種名masaokaiは,名古屋市立大学名誉教授,正岡昭博士に献名した.2.Euthalia(Limbusa)duda bellula ssp.n.(図10-13) ラオス北部・サムネアを基産地とするこの新亜種は,原名亜種dudaに比べて,♂♀ともにはるかに大型.後翅の白帯外側は原亜種の紫色がかった青色とは異なり,濃青緑色を呈する.また裏面は明るい黄緑色となる.分布:ラオス北部,ベトナム北部.新亜種名belluiaは,ラテン語で「優しい,優雅な」の意.3.Euthalia(Limbusa)hebe tsuchiyai ssp.n.(図14-17) ラオス北部・サムネアを基産地とするこの新亜種は,原名亜種pacificaに比べて次のような相違点がある.♂:原亜種に比較して大きい;表面の地色は深緑色を呈する;中央帯は細く,クリームイエロー;裏面の地色は銀色がかった青緑色.♀:原亜種に比べ,大きい;表面の地色は深緑色を呈する;前翅斜帯は濃いクリームイエロー;裏面の地色は青緑色.分布:ラオス北部,ベトナム北部.新亜種名tsuchiyaiは,医療法人輝山会記念病院理事長,土屋隆博士に献名した.4.Euthalia(Limbusa)pulchella niwai ssp.n.(図18-21) ミャンマーのカチン州北部を基産地とするこの新亜種の♀は,亜種pulchellaに比べて大型.裏面の地色はpulchellaの青緑色に対して,本亜種は黄緑色.♂は未知.分布:ミャンマーカチン州北部。新亜種名niwaiは,岐阜県国保上矢作病院院長,丹羽傳博士に献名した.5.Euthalia(Limbusa)pyrrha ueharai ssp.n.(図22-25) ラオス北部・サムネアを基産地とするこの新亜種は,原名亜種pyrrhaに比べて,♂は地色が暗くなる.♀は地色が濃緑色でやや大型,前翅紋列は白色.分布:ラオス北部,ベトナム北部.新亜種名ueharaiは,神奈川県在住の昆虫研究者,上原二郎氏に献名した.6.Euthalia(Limbusa)aristides kobayashii ssp.n.(図26-29) 中国浙江省・麗水を基産地とするこの新亜種は,原名亜種aristidesに比べて,♂は翅表の地色がうすくなり,イチモンジ帯がやや太い.♀は大型で,翅表の地色は青緑色を帯び,イチモンジ帯は白色となる.裏面色調は全く異なり,原名亜種のような黄緑色ではなく青白色を帯びる.分布:中国浙江省,福建省.新亜種名kobayashiiは,三重県志摩町国保前島病院の元院長,小林端博士に献名した.III.レクトタイプの指定 Limbusa亜属のoccidentalisについて,レクトタイプの指定を行った.Euthlia occidentalis(図30,31) E.occidentalisは,3♂2♀をもとに,Ta-tsien-lou,Sialou,Tien-tsuen,Moupin(中国四川省)を基産地として記載されたが,BMNHには4♂(!)2♀がタイプシリーズとして保管されている.このうち1♂1♀がタイプ箱(No.4-5)に保管されている.2♀は別種のstrephonとnaraであるため,タイプ箱に保管されている1♂をレクトタイプに指定した.IV.Limbusa亜属に関する覚書 下記にaristides,formosanaのタイプ標本に関する覚え書きを記した.1.E.aristides(図32,33) Tien-tsuen,Siao-lou,Mou-pin,Ta-tsien-lou(中国四川省)を基産地とするaristidesは,原記載でタイプの個体数は明記されていない.BMNHには50♂がタイプとして保管されている.すべてOberthurコレクションのラベルが付され,内訳はMou-pin産7♂,Siao-lou産24♂,Tien-Tsuen産8♂,Ta-tsien-lou産11♂である.このうち,Mou-pin産のうちの2♂(タイプ箱No.17-218)は種aristidesではなく,別種のthibetanaである.タイプ箱に保管されている1♂は,タイプ指定のラベルが付されているが,原記載ではホロタイプ指定はされておらず,また以後の年代にもレクトタイプ指定は行われていない.2.Euthalia formosana E.formosanaはFruhstorferにより,1908年に6♂をタイプとして記載された.MNHNのFruhstorferコレクションに現存するformosanaの個体は6♂2♀である.このうち,5♀には"VI08"(June1908と推察)のラベルがあり,タイプシリーズと考えられる.1♀には"Type(red)"を示すラベルが付されているが,原記載ではタイプは全て♂であることから,記載時の♂♀誤同定の可能性もあろう.なお,残りの1♂1♀には,原記載発行年以後のラベルが付けられている.
著者
大和田 守 岸田 泰則 Seegers Rainer
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.199-201, 2007
参考文献数
8

2006年8月26日,長野県奈川村入山で採集をしようとしていたところ,午後5時頃から日没前に小型で白色の蛾がたくさん飛んでいた.蛾は樹冠部すれすれを素早く不規則に飛び,ときに森の内部にも入ってきていた.このうち5頭を採集することができたが,すべてウススジギンガの雄であった.その場所で灯火採集も行い,ギンガ類をできるだけ採集し固定したところ,ハルタギンガ,クロハナギンガ,アイノクロハナギンガ,ヒメギンガ,ウススジギンガ,エゾクロギンガの6種が混ざっていた.昼間飛翔していた蛾は,明らかに何かを探しているように見えた.採集できた5頭ともウススジギンガの雄であったことから,飛んでいたギンガがすべてウススジギンガの雄であった可能性が高いし,この飛翔が交尾のためのウススジギンガ雄の通常の採雌行動と推定できた.
著者
倉田 稔
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.39-46, 1970

第8報としてシタバガ類Catocalaとギンガ類Chasminodes(共にヤガ科Noctuidae)をまとめ,あわせて分布上興味ある本州未記録種と中部地方の未記録種などを数種記録する.本文に先だち常日頃御指導いただいている信州大学小山長雄博士並びに東京都の杉繁郎氏に深謝いたします.
著者
北原 正彦 入來 正躬 清水 剛
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.253-264, 2001-09-30 (Released:2017-08-10)
参考文献数
24
被引用文献数
3

To examine the relationships between the northward distributional expansion of the great mormon butterfly, Papilio memnon Linnaeus, and climatic warming in Japan, we analyzed a data set on temperatures near the northern range limit of the species for the past ca 60 years from the year 1940 until 1998. Within the distributional range of the species in southwestern Japan in the year 2000, a significant increase in temperature (i.e., climatic warming) occurred and a significant increase in the latitude of the northern range margins was detected during the period analyzed. That is, the latitude of northern range margins in the species increased with the increasing mean temperature of the coldest month and annual mean temperature in southwestern Japan. Thus, it is suggested that climatic warming as a major external factor may have played an important role in its northward expansion. The averages of annual mean temperatures and mean temperatures of the coldest month near the northern range margins were 15.46℃ and 4.51℃, respectively. Our analysis also suggested that there were different types of northward range expansion patterns of the species. We discuss the patterns mainly from the point of external factors.
著者
佐藤 力夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.49, no.3, pp.213-218, 1998
参考文献数
4

Deinotrichia dentigerata Warrenは,近年Hypomecis属に置かれてきたが(Sato,1988;Holloway,1993),Hollowayは同属とは交尾器の形態がかなり異質であることを指摘し,新属の必要性を示唆した.このたび,スマトラ産の"dentigerata"に2種混じっていることが明らかになり,さらにフィリピン諸島のネグロス,レイテ,ミンダナオから近縁の別種が発見された.これら3種について研究を進めた結果,新属の設定が妥当と認められたので,2新種とともに記載した.属名のMarobiaは,Hypomecisのシノニムとして整理されるまで,長い間親しまれてきた属名Boarmiaのアナグラムである.新属.Marobia Sato.模式種:Deinotrichia dentigerata Warren,1899.新種.M.dairiensis Sato(スマトラ),M.philippinica Sato(ネグロス,レイテ,ミンダナオ).
著者
大島 康宏 矢田 脩
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.297-302, 2005

Eliot (1969)によって認められたミスジチョウ亜族の属Pantoporiaに含まれるオーストラリア区固有のPantoporia venilia (Linnaeus, 1758)を, 特に雌雄交尾器の形態によって再検討した.その結果, P. veniliaは, Igarashi & Fukuda (1997)によって報告された特異な幼虫の形態と寄主植物に加えて, 成虫の形態に今まで知られていない注目すべき特徴を持つことが見出された.これらの形態ならびに生態的特徴はPantoporiaに近縁と言われているLasippaやこれらの属を含むNeptinaの他の諸属である, Neptis, Phaedyma, Aldaniaと比較してもきわめて特異なものであり, 本種をNeptinaにおける独立の属として扱う十分の資格があると考えられた.Scudderは, 1875年に本種をすでに属Acca Hubner, 1819のタイプ種として指定しているので, 本種を模式種とするAcca Hubner, 1819を復活し, 本種に対してAcca venilia (Linnaeus, 1758)の学名を使用することを提案する.
著者
西村 正賢
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.107-116, 2008-03-30 (Released:2017-08-10)
参考文献数
13

The genus Ragadia in Indo-China is revised taxonomically, and four species, R. makuta, R. crisilda, R. crito and R. critias, are recognized. The latter three species are very similar to one another and have been variously treated in the past. The geographical variations including the male genitalia are described for these species.
著者
刈谷 啓三
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.225-230, 1992

Geographical variation of Papilio lorquinianus Felder (C.) & Felder (R.) from the Moluccas, Indonesia, was reviewed and a new subspecies, Papilio lorquinianus boanoensis ssp. n., from the island of Boano, off the coast of western Seram, was added.
著者
刈谷 啓三
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.225-230, 1992-09-30 (Released:2017-08-10)

Geographical variation of Papilio lorquinianus Felder (C.) & Felder (R.) from the Moluccas, Indonesia, was reviewed and a new subspecies, Papilio lorquinianus boanoensis ssp. n., from the island of Boano, off the coast of western Seram, was added.
著者
〓 良燮 坂巻 祥孝
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.263-268, 1995-01-20 (Released:2017-08-10)
参考文献数
11

北海道産のハマキガ科9種とシンクイガ科1種について,その寄主植物に新たな知見が得られたので報告する.特にフタオビホソハマキ,コナミスジキビメハマキについては,これまで寄主植物がまつたく知られていなかつたものである.また,ゴトウヅルヒメハマキ,クワヒメハマキ,ネギホソバヒメハマキはいままで単食性(monophagous)と考えられていたが,2科以上を寄主とする漸食性(pleophagous)または多食性(polyphagous)の可能性があることがわかつた. T0rtricidaeハマキガ科 Eupoecilia citrinana Razowskiフタオビホソハマキ いままでに食草についてはまつたく知られていなかつたが,今回初めてナガボノシロワレモコウの花床(バラ科)に潜入し加害することが明らかになった.本種の所属するホソハマキガ族は独立の科ホソハマキガ科として扱われていたが,最近ではTortricinae亜科の1族として扱われている(Kuznetsov and Stekolnikov(1973), Razowski(1976)。ホソハマキガ族は,ブドウホソハマキのようにヨーロッパでブドウの大害虫となっているものも含んでおり,日本では現在のところ42種が知られている.しかし,日本では幼虫の寄主植物に関する知見は少なく今後,幼生期を用いた分類学的,生態学的研究が要望されるグループである.本族の幼虫はほとんどが狭食性で,根,茎,花床などに潜入するが,まれには草木の葉を巻くものもある. Eudemis profundana([Denis & Schiffermuller])ツママルモンヒメハマキ これまでにエゾノウワミズザクラ,ズミ,コナラ(ブナ科)などが寄主植物として知られていたが,シウリザクラ(バラ科)も食することがわかった. Olethreutes siderana(Treitschke)ギンボシモトキヒメマハマキ チダケサシ,トリアシショウマ,ウツギ(ユキノシタ科)やシモツケソウ(バラ科)が食草として知られていたが,今回,エゾノシロバナシモツケ(バラ科)も食することがわかった. Olethreutes hydrangeana Kuznetsovゴトウヅルヒメハマキ 模式産地の南千島ではツルアジサイ(ゴトウツル)(ユキノシタ科)の花芽を食するが,今回初めてシナノキ(シナノキ科)も食草とすることが明らかになった. Olethreutes mori Matsumuraクワヒメハマキ クワ(クワ科)の大害虫として知られ,これまで単食性と考えられていたが,今回バラ科のアズキナシの葉も食害することがわかった. Lobesia (Lobesia) yasudai Bae et Komaiハマナスホソバヒメハマキ(新称)ノリウツギ(ユキノシタ科),ハマナス,シウリザクラ(バラ科)が食草として知られていたが,今回,キク科のハンゴンソウの花床,ヨブスマソウの花床やゴボウの実も食害することがわかった. Lobesia(Lobesia)bicinctana(Duponche1)ネギホソバヒメハマキ ヨーロッパで100年前に単子葉植物の数種のネギ属(ユリ科)の加害記録があるのみだったが,今回双子葉植物のナガボノシロワレモコウ(バラ科)の花床を加害することが明らかになった. Enarmonia flammeata Kuznetsovコナミスジキヒメハマキ 成虫はササ群落で多数の個体が観察されるが,食草は不明であったが(川辺,1982),今回初めて幼虫がチマキザサ(クマイザサ)の幼鞘に潜って加害することが明らかになった. Rhopobota neavana(Hubner)クロネハイイロヒメハマキ これまでにリンゴ,ズミ,ナナカマドなどバラ科植物を加害することが知られていたが,今回モクセイ科のヤチダモも食することがわかった. Carposinidaeシンクイガ科 インド・オーストラリアを中心に世界に広く分布するが,世界に約200種,日本で13種が記録されている小さな分類群である. Copromorphidae(インド・オーストラリアを中心に約60種記載)と本科の2科でシンクイガ上科(Corpomorphoidea)を構成し,幼虫は樹皮,花,果実などに穴をあけ食入するものが多い(Scoble,1992). Carposina sasakii Matsumuraモモノヒメシンクイ これまでリンゴ,モモ,ナシなどの果実を加害する著名な害虫として知られていたが,今回ハマナス(バラ科)の果実も食することがわかった.
著者
中谷 貴壽 宇佐美 真一 伊藤 建夫
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.204-216, 2012
参考文献数
30

日本列島は氷河期には大陸と繋がっていた時代があり,その期間には大陸起源の北方系生物は分布を拡大し,間氷期にはこれらの生物は大陸へ避難し,あるいは一部の個体群を除いて絶滅したと考えられてきた.しかし,筆者らの高山蝶に関する研究によると,ベニヒカゲは古い時代の氷河期に渡来し,間氷期にも日本列島の高山帯で複数の個体群が生き残り,互いに生殖隔離された結果列島内で複数の系統に分化した後に,次の氷河期に分布を拡大するというサイクルを繰り返してきたことが明らかになった(複数レフュジア・モデル).これはヨツバシオガマ他数種の高山植物で明らかにされたシナリオ,初めの氷河期に大陸から渡来した系統が間氷期に本州中部山岳で生き残り,次の氷河期に新たに侵入した系統が東北地方以北に分布するという時間差侵入仮説(単一レフュジア・モデル)とは異なる.本研究ではサハリンを含む日本列島から17のハプロタイプを見出した.複数地域または複数サンプルから検出された系統的意義を有するハプロタイプは,本州では飛騨山脈北部・白山,飛騨山脈南部,八ヶ岳,木曽山脈,赤石山脈の5系統に,また北海道では大雪山の高標高部と山麓の低標高部の2系統に分かれている(利尻島高山帯にも孤立した個体群が分布するが未検).サハリン,北海道,本州の個体群は,過去の異所的分断により分断分布を成している事が明らかである.本州では飛騨山脈で複数のハプロタイプが混生しており,複数のイベントによって現在の分布が形成されたと考えられるので,NCPAにより過去の分布変遷史を推定した結果,5つのクレードで統計的に有意なイベントが推定された.それによると,クモマベニヒカゲの中部山岳地域における分布の変遷は,分断と拡散の繰り返しであることが示唆された.日本列島における分布変遷 日本列島へ進出したクモマベニヒカゲの個体群は,サハリン・北海道・本州の現在の分布域を包含する地域に分布を広げた.その後の温暖期にサハリン,北海道,本州のレフュジアに分断され,それぞれが別々の系統に分化した.次の温暖期に,本州の中部山岳地域では飛騨山脈北部系統,同南部系統,赤石山脈・木曽山脈系統の3系統に分断された.続く氷河期に分布を拡大し,飛騨山脈の北部系統と南部系統は,後立山連峰の針ノ木岳付近(以後針ノ木ギャップと呼ぶ)で混生地帯を形成した.さらにその後の温暖期に現在見るような離散分布が形成された.ベニヒカゲとの比較による系統地理的な特徴 広域に分布するハプロタイプの系統関係を概観すると,両種ともに飛騨山脈と赤石山脈産のハプロタイプの間に大きな遺伝的差異のあることが示される.初期の単一な遺伝的組成をもつ集団が,その後の温暖期に分布を縮小する過程で飛騨山脈と赤石山脈に分布する二つの個体群に分断された結果,二つの系統に分岐したことを示唆している.飛騨山脈と赤石山脈のレフュジアに源を発する2系統の遺伝的距離は,ベニヒカゲとクモマベニヒカゲとの間で差異があり,分岐年代には若干の差があったと考えられる.またベニヒカゲとクモマベニヒカゲ共に,赤石山脈の系統は,飛騨山脈系統の北部集団とより近縁である事は,その後の気候変動に適応して分布を拡大したルートが両種で類似している可能性を示唆している.飛騨山脈では,ベニヒカゲは単一のハプロタイプが産するが,クモマベニヒカゲでは針ノ木ギャップで混生地を挟んで南北2系統に分かれており,両系統の間に2塩基の差が認められる点が大きく異なる.白山山系は飛騨山脈とは地理的に非常に離れているがベニヒカゲ,クモマベニヒカゲ(クモマベニは飛騨山脈の北部系統)共に同じハプロタイプが分布しており,二つの山系の個体群間ではきわめて最近まで遺伝的交流のあったことが示唆される.八ヶ岳では,ベニヒカゲは飛騨山脈と同一のハプロタイプが,またクモマベニヒカゲは飛騨山脈の南部系統と1塩基差の近縁なハプロタイプが見出され,両地域の個体群の近縁性が示唆される.これに対して木曽山脈では,ベニヒカゲは飛騨山脈と共通のハプロタイプが見出されるのに対して,クモマベニヒカゲでは赤石山脈と近縁であり,木曽山脈の個体群の分布変遷は両種の間で異なっていた可能性が示唆される.一方サハリンと北海道の個体群に関しては,ベニヒカゲは共通のハプロタイプが分布するなど,最近まで遺伝的交流があったことが示唆されるが,クモマベニヒカゲの個体群は遺伝的に非常に異なっており,古くから生殖隔離が続いていることが示唆された.ベニヒカゲとクモマベニヒカゲは同じ属に含まれる近縁種であり,また生息環境も似ているが,いくつかの地域では異なる分布変遷史をたどったようだ.このように種によって生殖隔離の始まった時期や場所が異なる事例はヨーロッパでも知られている.Erebia medusaはヨーロッパでは針葉樹林内の草原を主たる生息地としているが,ルーマニアとブルガリアの28集団について調べた研究によると,ドナウ河を挟んで南北2系統に分断されており,最終氷期にそれぞれの集団が分布を拡大したもののドナウ河を越えて遺伝的交流が成されることはなかったとしている.一方E.medusaと同様に針葉樹林内の草原を主たる生息地として広域分布するErebia euryaleでは,ルーマニア産とブルガリア産は遺伝的によく似ており,最終氷期以降にドナウ河を越えて遺伝的交流があったとする研究がある.このように大陸内でしかも生息環境が類似した種でも,第四紀の氷河サイクルに対する適応は種によって異なる事例があるように,日本列島内における第四紀の気候変動に対する高山蝶の適応は,種特異的ないろいろなパターンが存在することが強く示唆される.針ノ木ギャップの生態的意義 すでに述べたように,飛騨山脈におけるクモマベニヒカゲのハプロタイプは,鹿島槍ヶ岳から烏帽子岳に至る針ノ木ギャップで2系統の混生地帯が見られる.タカネヒカゲは標高約2,700m以上の岩礫帯からハイマツ帯にかけての高山帯にのみ生息する真性高山蝶で,針ノ木ギャップ付近では爺ヶ岳から烏帽子岳の間で分布を欠いており,雪倉岳から鹿島槍ヶ岳・布引山にかけて分布する北部系統と,烏帽子岳以南に分布する南部系統に分岐している.一方,ベニヒカゲは針ノ木ギャップを含む飛騨山脈全域に単一の系統が分布する.針ノ木ギャップ付近におけるこれら3種の高山蝶の分布状況は,種の標高に対する適応の度合いを反映したものとなっている.針ノ木ギャップ付近の地形および植生をみると,全体に標高が約2500-2600mと低いために尾根の多くが樹林帯で覆われており,冬季季節風の風上に当たる尾根の西側では樹林が尾根まで迫り,風下側の東側は雪崩によって削られた急峻な崩落地形となり,あるいは両側の切り立った狭い尾根が断続的に見られる.急峻な崩落地にはイネ科やカヤツリグサ科の遷移途上の草地すら見られない.蓮華岳の頂上付近にのみ広い緩傾斜の砂礫帯があり,コマクサが大群落を形成するがハイマツはあまり生えていない.このような植生が,イネ科やカヤツリグサ科植物を食草とする高山蝶たち(タカネヒカゲ,クモマベニヒカゲ,ベニヒカゲ)の分布を規制しているものと考えられる.針ノ木ギャップ付近におけるタカネヒカゲの不連続分布の原因を約10万年前の立山噴火による噴出物の堆積に求める説もあるが,3種の高山蝶にみられる分布パターンは,それぞれの種が持つ高度適応力の強さを反映しており,生態的要因がより強く働いた結果であると考えられる.従来は日本列島の生物相形成に関して,大陸からの複数回の進出によって氷河サイクルに適応したとする事例(単一レフュジア・モデル)が指摘されるケースが多かった.しかし筆者らによるベニヒカゲやタカネヒカゲ,さらには今回報告したクモマベニヒカゲの研究で示唆されるように,高山性生物の種によっては古くから日本列島に侵出し,日本列島内で氷河サイクルを通じて分布の分断・拡張を繰返してきたケース(複数レフュジア・モデル)が少なくないことが伺われる.
著者
中谷 貴壽 宇佐美 真一 伊藤 建夫
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.204-216, 2012-12-28 (Released:2017-08-10)
参考文献数
30

日本列島は氷河期には大陸と繋がっていた時代があり,その期間には大陸起源の北方系生物は分布を拡大し,間氷期にはこれらの生物は大陸へ避難し,あるいは一部の個体群を除いて絶滅したと考えられてきた.しかし,筆者らの高山蝶に関する研究によると,ベニヒカゲは古い時代の氷河期に渡来し,間氷期にも日本列島の高山帯で複数の個体群が生き残り,互いに生殖隔離された結果列島内で複数の系統に分化した後に,次の氷河期に分布を拡大するというサイクルを繰り返してきたことが明らかになった(複数レフュジア・モデル).これはヨツバシオガマ他数種の高山植物で明らかにされたシナリオ,初めの氷河期に大陸から渡来した系統が間氷期に本州中部山岳で生き残り,次の氷河期に新たに侵入した系統が東北地方以北に分布するという時間差侵入仮説(単一レフュジア・モデル)とは異なる.本研究ではサハリンを含む日本列島から17のハプロタイプを見出した.複数地域または複数サンプルから検出された系統的意義を有するハプロタイプは,本州では飛騨山脈北部・白山,飛騨山脈南部,八ヶ岳,木曽山脈,赤石山脈の5系統に,また北海道では大雪山の高標高部と山麓の低標高部の2系統に分かれている(利尻島高山帯にも孤立した個体群が分布するが未検).サハリン,北海道,本州の個体群は,過去の異所的分断により分断分布を成している事が明らかである.本州では飛騨山脈で複数のハプロタイプが混生しており,複数のイベントによって現在の分布が形成されたと考えられるので,NCPAにより過去の分布変遷史を推定した結果,5つのクレードで統計的に有意なイベントが推定された.それによると,クモマベニヒカゲの中部山岳地域における分布の変遷は,分断と拡散の繰り返しであることが示唆された.日本列島における分布変遷 日本列島へ進出したクモマベニヒカゲの個体群は,サハリン・北海道・本州の現在の分布域を包含する地域に分布を広げた.その後の温暖期にサハリン,北海道,本州のレフュジアに分断され,それぞれが別々の系統に分化した.次の温暖期に,本州の中部山岳地域では飛騨山脈北部系統,同南部系統,赤石山脈・木曽山脈系統の3系統に分断された.続く氷河期に分布を拡大し,飛騨山脈の北部系統と南部系統は,後立山連峰の針ノ木岳付近(以後針ノ木ギャップと呼ぶ)で混生地帯を形成した.さらにその後の温暖期に現在見るような離散分布が形成された.ベニヒカゲとの比較による系統地理的な特徴 広域に分布するハプロタイプの系統関係を概観すると,両種ともに飛騨山脈と赤石山脈産のハプロタイプの間に大きな遺伝的差異のあることが示される.初期の単一な遺伝的組成をもつ集団が,その後の温暖期に分布を縮小する過程で飛騨山脈と赤石山脈に分布する二つの個体群に分断された結果,二つの系統に分岐したことを示唆している.飛騨山脈と赤石山脈のレフュジアに源を発する2系統の遺伝的距離は,ベニヒカゲとクモマベニヒカゲとの間で差異があり,分岐年代には若干の差があったと考えられる.またベニヒカゲとクモマベニヒカゲ共に,赤石山脈の系統は,飛騨山脈系統の北部集団とより近縁である事は,その後の気候変動に適応して分布を拡大したルートが両種で類似している可能性を示唆している.飛騨山脈では,ベニヒカゲは単一のハプロタイプが産するが,クモマベニヒカゲでは針ノ木ギャップで混生地を挟んで南北2系統に分かれており,両系統の間に2塩基の差が認められる点が大きく異なる.白山山系は飛騨山脈とは地理的に非常に離れているがベニヒカゲ,クモマベニヒカゲ(クモマベニは飛騨山脈の北部系統)共に同じハプロタイプが分布しており,二つの山系の個体群間ではきわめて最近まで遺伝的交流のあったことが示唆される.八ヶ岳では,ベニヒカゲは飛騨山脈と同一のハプロタイプが,またクモマベニヒカゲは飛騨山脈の南部系統と1塩基差の近縁なハプロタイプが見出され,両地域の個体群の近縁性が示唆される.これに対して木曽山脈では,ベニヒカゲは飛騨山脈と共通のハプロタイプが見出されるのに対して,クモマベニヒカゲでは赤石山脈と近縁であり,木曽山脈の個体群の分布変遷は両種の間で異なっていた可能性が示唆される.一方サハリンと北海道の個体群に関しては,ベニヒカゲは共通のハプロタイプが分布するなど,最近まで遺伝的交流があったことが示唆されるが,クモマベニヒカゲの個体群は遺伝的に非常に異なっており,古くから生殖隔離が続いていることが示唆された.ベニヒカゲとクモマベニヒカゲは同じ属に含まれる近縁種であり,また生息環境も似ているが,いくつかの地域では異なる分布変遷史をたどったようだ.このように種によって生殖隔離の始まった時期や場所が異なる事例はヨーロッパでも知られている.Erebia medusaはヨーロッパでは針葉樹林内の草原を主たる生息地としているが,ルーマニアとブルガリアの28集団について調べた研究によると,ドナウ河を挟んで南北2系統に分断されており,最終氷期にそれぞれの集団が分布を拡大したもののドナウ河を越えて遺伝的交流が成されることはなかったとしている.一方E.medusaと同様に針葉樹林内の草原を主たる生息地として広域分布するErebia euryaleでは,ルーマニア産とブルガリア産は遺伝的によく似ており,最終氷期以降にドナウ河を越えて遺伝的交流があったとする研究がある.このように大陸内でしかも生息環境が類似した種でも,第四紀の氷河サイクルに対する適応は種によって異なる事例があるように,日本列島内における第四紀の気候変動に対する高山蝶の適応は,種特異的ないろいろなパターンが存在することが強く示唆される.針ノ木ギャップの生態的意義 すでに述べたように,飛騨山脈におけるクモマベニヒカゲのハプロタイプは,鹿島槍ヶ岳から烏帽子岳に至る針ノ木ギャップで2系統の混生地帯が見られる.タカネヒカゲは標高約2,700m以上の岩礫帯からハイマツ帯にかけての高山帯にのみ生息する真性高山蝶で,針ノ木ギャップ付近では爺ヶ岳から烏帽子岳の間で分布を欠いており,雪倉岳から鹿島槍ヶ岳・布引山にかけて分布する北部系統と,烏帽子岳以南に分布する南部系統に分岐している.一方,ベニヒカゲは針ノ木ギャップを含む飛騨山脈全域に単一の系統が分布する.針ノ木ギャップ付近におけるこれら3種の高山蝶の分布状況は,種の標高に対する適応の度合いを反映したものとなっている.針ノ木ギャップ付近の地形および植生をみると,全体に標高が約2500-2600mと低いために尾根の多くが樹林帯で覆われており,冬季季節風の風上に当たる尾根の西側では樹林が尾根まで迫り,風下側の東側は雪崩によって削られた急峻な崩落地形となり,あるいは両側の切り立った狭い尾根が断続的に見られる.急峻な崩落地にはイネ科やカヤツリグサ科の遷移途上の草地すら見られない.蓮華岳の頂上付近にのみ広い緩傾斜の砂礫帯があり,コマクサが大群落を形成するがハイマツはあまり生えていない.このような植生が,イネ科やカヤツリグサ科植物を食草とする高山蝶たち(タカネヒカゲ,クモマベニヒカゲ,ベニヒカゲ)の分布を規制しているものと考えられる.針ノ木ギャップ付近におけるタカネヒカゲの不連続分布の原因を約10万年前の立山噴火による噴出物の堆積に求める説もあるが,3種の高山蝶にみられる分布パターンは,それぞれの種が持つ高度適応力の強さを反映しており,生態的要因がより強く働いた結果であると考えられる.従来は日本列島の生物相形成に関して,大陸からの複数回の進出によって氷河サイクルに適応したとする事例(単一レフュジア・モデル)が指摘されるケースが多かった.しかし筆者らによるベニヒカゲやタカネヒカゲ,さらには今回報告したクモマベニヒカゲの研究で示唆されるように,高山性生物の種によっては古くから日本列島に侵出し,日本列島内で氷河サイクルを通じて分布の分断・拡張を繰返してきたケース(複数レフュジア・モデル)が少なくないことが伺われる.
著者
檜山 充樹 大瀧 丈二
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.53-65, 2018

<p>Seasonal polymorphism in butterflies is widely known among lepidopterists but has not been studied comprehensively. In this study, we analyzed a complete list of Japanese butterflies to elucidate possible morphological features that exhibit seasonal polymorphism. We found that 150 of 250 species were multivoltine; of these, 113 species exhibited seasonal polymorphism in adult wing color, wing shape, or body size. Approximately 65% of seasonally polymorphic species had darker color on the dorsal side of wings in the high-temperature season, and nearly 40% of seasonally polymorphic species had lighter color on the ventral side of wings in the high-temperature season. Most species exhibited no morphological changes in wing shape, and more than 60% of seasonally polymorphic species showed a seasonal change in body size. The darkening of dorsal wing color in the high-temperature season was the most frequent phenotypic change among all Japanese butterfly species. Our results further indicated that seasonal polymorphism trends in Japanese butterflies varied among butterfly families.</p>
著者
Takahashi Mayumi
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.108-116, 1981-09-20

筆者は,"第1次静岡大学コロンビア・アンデス学術調査,1967"(静岡大学理学部・静岡大学山岳会)および"第1次奥アマゾン調査"(日本アンデス会議・共同通信社)に参加したが,そのときに採集したジャノメチョウ科のスカシジャノメ亜科Haeterinae(11種)とオナガコノマチョウ亜科Biinae(2種)の記録を報告する.この中には,コロンビア在住のレオポルド・リヒター博士(Dr. L. RICHTER).が1972年にコロンビア南端部のコトウエ川(Rio Cotuhe)で採集された数頭の標本のデータも含まれている.調査した場所は,ペルーのディンゴ・マリア(Tingo Maria)を除いては,いずれもコロンビア領に属し,コロンビア北部のサンタ・マルタ山地(Sierra Nevada de Santa Marta),大平洋岸のキブド市(Quibdo)に近いラ・トゥロへ(La Troje),その南側のサバレタス(Zabaletas),カリマ川の下流(Bajo Calima)付近などブエナヴェントゥーラ(Buenaventura)市の周辺,カウカ川に沿うラ・ピンターダ(La Pintada),東コルディエラ山脈(Cordillera Oriehtal)の山麓の小都市フロレンシア(Florencia)に近いサン・ホセ(San Jose),コロンビア南端部のアマゾン河に沿うレティシア(Leticia),それにペルーのウアジャガ川(Rio Huallaga)に沿うティンゴ・マリアである.これらのうち,すくなくとも,サンタ・マルタ山地,ラ・トゥロへ,サン・ホセなどのスカシジャノメ亜科とオナガコノマチョウ亜科に関しては,まだ発表されたことがないので,ここに発表されたこれらの地域に関するデータは,分布上の新知見といえよう.上記の地域の中で,これらの蝶がもっとも豊富に見られたのは,サン・ホセ付近の熱帯降雨林である.このサン・ホセというところは,ちょうどアンデスの一部・東コルディエラ山脈がアマゾンの大平原と接する位置にあり,大部分は牧場になっているが,ところどころに残されている熱帯降雨林には,おどろくほどのスカシジャノメ亜科の蝶が見られることがある.ここでは1973年8月26日から27日かけて,計6種21頭の個体を採集することができた.同地ではさらにオナガコノマチョウ亜科に属するもの1種1頭を採集した,この両亜科の蝶は,いずれも南米の熱帯降雨林の林床にすむもっとも代表的なものである.スカシジャノメ類は,林床の地表すれすれの低いところを活発に飛びまわり,ときどき地表や下生えの葉上に翅を半ば開いた状態で静止するが,感覚は鋭敏で,人の気配を感じるとすぐ飛びたち,下生えの内部をくぐるようにして飛び去る習性がある.CithaeriasやHaeteraに属するものは,翅の大部分が透明で,うす暗い熱帯降雨林の内部では,後翅の赤色斑や黄色斑のみがよく目立つ.食草は未知であるが,おそらくイネ科の草本ではなく,ヤシ科そのほかの林床性の単子葉植物ではないかと思われる.このリストに含まれる13種の中でもっとも注目されるものは,Pierella hortona HEWITSONである,この種は属Pierellaの中でも比較的まれな種であり,エクアドルのアマゾン地域から原名亜種hortona HEWITSONが,ブラジル北西部のネグロ川Rio Negro流域から亜種hortansia C. et. R. FELDERが知られている.このリストの中に含まれているものは,筆者がサンホセで採集した1♂1♀と,リヒター博士がコトウエ川で採集された1♂であるが,これらは原名亜種hortonaに比べて,雌雄ともに前翅中室端の青紫色斑が小さく,またその外縁部が直線的になり,その青紫色斑は原名亜種のように楕円形にならずに半月形となる.また,後翅の青紫色斑の位置は,亜種hortensiaのように内側にずれることがなく,原名亜種と大差がない.おそらくコロンビア南部に分布する新亜種に相当するものと思われるが,材料が十分でなく,変異の傾向も明らかでないので,ここでは新亜種としての記載を保留する.
著者
宮崎 俊一 石井 実
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.88-96, 2004-03-20 (Released:2017-08-10)
参考文献数
17
被引用文献数
1

2000年5月から2002年5月にかけて,京都府西南部の西山公園予定地(以下,西山)および大原野森林公園(以下,大原野)の2調査地において,トランセクト法によりテングチョウLibythea celtis celtoides Fruhstorfer成虫の季節消長を調査した.西山は海抜約90mの丘陵地で,谷あいには畑,水田,ため池,屋敷,社寺があり,その周辺はコナラ,アカマツなどを主体とする雑木林とモウソウチク林に囲まれていた.大原野は海抜約600mの稜線と海抜400-450mの渓谷を含む山地で,コナラやアカマツを主体とする雑木林,ケヤキ林,スギ・ヒノキの植林などで被われていた.本調査の結果,本種成虫の季節消長には,羽化直後の活動期(I期),越夏期(II期),秋期の活動期(III期),越冬期(IV期),越冬後の活動期(V期)という5期が認められた.羽化直後の活動期(I期):5月下旬から6月中旬.成虫の密度は他の期と比べて最も高く,成虫密度(ルート1kmあたりの目撃個体数)は,西山では2000年が10,2001年が40,大原野では両年とも30-40個体であった.成虫は田畑や雑木林の周辺で群がって吸水するなどの行動が顕著であった.また,ナタネの花から吸蜜する個体が見られた.越夏期(II期):6月下旬から9月下旬.夏眠期と考えられ,ごく少数の成虫しか観察されなかった.7月にクリから吸蜜する個体が見られた.秋の活動期(III期):10月上旬から11月上旬.成虫密度はI期の数%から20%程度であった.田畑や雑木林の周辺に少数が集合したり,ノコンギク,セイタカアワダチソウから吸蜜するのが観察された.越冬後の活動(V期):3月中旬から6月上旬.このうち4月下旬までは密度が高く,I期の1-30割程度のピークを示した.5月上旬以降は密度が低下し,一部は6月上旬まで確認された.両調査地ともに2001年の成虫密度が高く,周辺地域と連動した発生密度の高まりが考えられた.しかし,2000年は両調査地で成虫密度に差があったことから,密度変動の様相は隣接地域でも異なることがわかった.本種の生息には食樹ばかりでなく,新成虫の集合する田畑や雑木林の周辺などの明るいオープンスペース,越夏と越冬のための樹林などが必要であることがわかった.本種は,それらの要素を含む里地里山のような適度な撹乱がくりかえし加わる環境を放浪する性質をもつものと考えられる.