著者
黒木 和彦
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.6, pp.372-373, 2019-06-05 (Released:2019-10-25)
参考文献数
2

特別企画「平成の飛跡」 Part 2. 物理学の新展開超伝導研究の隆盛と今後
著者
九後 太一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.10, pp.734, 2019-10-05 (Released:2020-03-10)

追悼田中正先生を偲んで
著者
高橋 慶太郎 市來 淨與 杉山 直
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.61, no.9, pp.666-670, 2006-09-05 (Released:2022-05-31)
参考文献数
8

宇宙の様々な系に存在する磁場がいつ・どのようにして生成されたのかは宇宙論の大きな謎の一つである.我々はこれまで小さいために無視された効果を考慮することによって宇宙初期の密度ゆらぎが磁場を生成することを示した.ゆらぎの時間発展を数値計算で追うことによって磁場スペクトルを精密に評価した結果,宇宙のあらゆるスケールで磁場は生成されることを示した.これこそが,銀河に普遍的に存在する磁場の起源であるかもしれない.
著者
山本 喜久 宇都宮 聖子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.96-107, 2012-02-05 (Released:2019-10-19)
参考文献数
56

量子井戸にトラップされた励起子とプレーナマイクロ共振器に閉じ込められた光子が強結合を起こして生成される励起子ポラリトンは,その質量がアルカリ原子に比べて約10桁,励起子に比べて約4桁も軽いため,極めて高温・低密度で量子凝縮相を実現できる.一方,励起子ポラリトンは,数ピコ秒から数十ピコ秒という短い寿命を持つため,超流動液体ヘリウムやアルカリ原子ボーズアインシュタイン凝縮体(BEC)が熱平衡下の量子凝縮相を示すのに対し,非平衡開放系での量子凝縮を発現する.本稿では,急速に発展しているこの新しい量子凝縮相の研究をレビューする.特に,同じ非平衡系でありながら巨視的コヒーレンスを実現しているレーザー相転移との違い,2次元系に特有なBerezinskii-Kosterlitz-Thouless(BKT)相転移の実験的証拠,音波的な励起スペクトラム,高次軌道関数での量子凝縮,などに焦点を当てて解説する.

1 0 0 0 OA 微生物の発電

著者
高妻 篤史
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.5, pp.296-301, 2016-05-05 (Released:2016-07-12)
参考文献数
29

最近,クリーンエネルギーに対する関心の高まりから,微生物発電が注目を集めている.微生物を利用した発電装置は微生物燃料電池( Microbial Fuel Cell; MFC)と呼ばれ,そこでは微生物が燃料(主に有機物)から電子を取り出すための触媒として用いられる.微生物は様々な有機物を分解できる能力を持っているため,化学触媒では分解できない多種多様な化学物質から電気を作り出すことができる.このことは水素等の純粋化合物しか利用できない化学燃料電池と比べて, MFCが大きく有利な点である.また常温でも反応が可能であることや,有機物を餌にして自己増殖できることなども,微生物触媒の長所として挙げられる.こうした利点から MFCは廃棄物系バイオマスを利用した発電システム等への応用が期待されており,特に工業廃水処理プロセスに MFCを適用する技術に関しては,大型装置の開発が進むなど実用化に向けた動きが加速してきている. MFCでは,微生物が有機物を酸化分解し,その過程で生じた電子が微生物細胞内から電極(アノード電極)へと移動することによって電流が生じる.このプロセスには複数の微生物が関与する場合もあるが,純粋培養された状態でも発電が可能な微生物(発電微生物)も存在する.しかし生物の細胞膜は絶縁体であり,通常の生物は細胞の外へ電子を放出することはできない.ではいったい発電微生物はどのように細胞外の物質に電子を伝達するのだろうか? そのメカニズムは多くの微生物学者の興味を惹きつけ,その解明に向けた研究が世界中で盛んに行われてきた.その結果,発電微生物は細胞外に電子を放出するための導電経路(細胞外電子伝達経路)を備えており,この経路を介して電極に電子を直接,あるいは間接的に受け渡すことが明らかとなってきた.また電極の電位を制御すれば,この導電経路を介して逆に電極から微生物細胞内へと電子を注入できることも,最近の研究によって明らかとなった.注入された電子は細胞内の物質変換反応に使用されるため,電子注入によって微生物による有機物合成を促すシステムを構築することができる.このシステムは微生物電気合成系(Microbial Electrosynthesis System; MES)と呼ばれており,二酸化炭素や安価な低分子有機化合物から有用化合物を合成するプロセスの開発を目指して,現在基礎研究が進められている.このように,電極と微生物間の電子移動(細胞外電子伝達)を利用し,新たなバイオプロセス(“微生物電気化学プロセス ”)を創出しようとする試みが,近年活発化してきている.既存の学問分野の垣根をこえ,微生物学や化学・工学的知識の統合による技術発展を進めることが,実用化に向けた鍵となるだろう.
著者
鈴木 増雄
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.50, no.11, pp.880-883, 1995-11-05 (Released:2019-10-09)
参考文献数
29

学部学生時代から30数年ご指導を受けてきた久保亮五先生が去る3月31日に他界されて,もう3ヵ月が過ぎたが,今もって先生が身近に居られていつでもお逢いできるような気がしてならない.学部3年のときに受講した久保先生の熱力学・統計力学の講義は必ずしもわかり易くはなかったが,今でも思い出せるほど印象深い講義であった.それは,第一線で独創的な研究を行い,すでに世界的な業績をあげた物理学者の真摯な姿勢の窺える講義であった.
著者
江澤 雅彦
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.75, no.5, pp.289-294, 2020-05-05 (Released:2020-10-14)
参考文献数
31

トポロジカル絶縁体は近年発見された物性物理における重要な概念である.最近では物性物理に留まらず量子情報や素粒子など様々な分野で関心を集めている.トポロジカル絶縁体では,その名の通り試料内部(バルク)は絶縁体でバンドギャップがある一方,試料外部との境界にはギャップレスな状態が現れ金属的に振る舞う.これはバルクがゼロでないトポロジカル数をもつことの帰結であり,バルク境界対応と呼ばれている.ドーナッツとマグカップの例における穴の数のように,トポロジカル数は離散的な値しかとらない.今の場合,試料の外は真空であるからトポロジカル数はゼロである.一方,ギャップが開いている限りトポロジカル数は変化できないため,トポロジカル数が境界を挟んで両側で異なる値をもつためには境界でギャップを閉じなければならない.この結果,D次元のトポロジカル絶縁体にはD-1次元のギャップレス境界状態が現れる.このようにトポロジカル絶縁体の表面状態の存在はトポロジカルに保護されているので,ランダムさや不純物に対して堅牢であり,デバイスの微細化・高性能化・エラー耐性向上に寄与すると考えられている.同様の議論は超伝導体にも適用でき,トポロジカル超伝導体と呼ばれている.最近,このトポロジカル絶縁体を拡張した“高次”トポロジカル絶縁体という概念が提案され注目を浴びている.例えば3次元(D=3)の場合,従来のトポロジカル絶縁体では2次元表面にギャップレス状態が現れるのに対し,“2次”トポロジカル絶縁体では表面にはギャップがあり,境界の境界である結晶の稜線にヒンジ状態と呼ばれる1(D-2)次元状のギャップレス状態が現れる.同様に2次元(D=2)の場合,従来のトポロジカル絶縁体では試料端に1次元状のギャップレス状態が現れるのに対し,“2次”トポロジカル絶縁体では試料端にはギャップがあり,試料の角に0(D-2)次元状のゼロエネルギー状態(コーナー状態)が現れる.これらは従来のバルク境界対応と明らかに異なる.同様に高次トポロジカル超伝導体や高次トポロジカル半金属なども考えることができる.高次トポロジカル絶縁体は,バルク境界対応の観点から次のように理解できる.高次トポロジカル絶縁体もバルクはトポロジカル数で特徴づけられる.ただし,このトポロジカル数は鏡映対称性や回転対称性など,系がもつ対称性によって保護されている.このように対称性に保護されたトポロジカル数は,対称性が破れた場合には一般には量子化しない.よってトポロジカル数を規定する対称性が試料の境界で破れた場合,上述のギャップレス境界状態は混成してギャップが開く.しかしその場合でも境界の境界で対称性が満たされていれば,そこではギャップレス状態の存在が保証される.高次トポロジカル絶縁体のヒンジ状態はビスマスの単結晶で実験的に観測されている.また,鉄系超伝導体において高次トポロジカル超伝導を示唆するヘリカル・マヨラナ・ヒンジ状態が報告されている.この他,音響系,マイクロ波導波路,LC電気回路など人工トポロジカル系でも対応する現象が観測されている.電気回路ではトポロジカル相転移を容易に実現でき,インピーダンス共鳴によって実測可能である.さらに回路に抵抗を導入することで非エルミート・高次トポロジカル系へと自然に拡張される.また,回路にダイオードを導入することで非相反な非エルミート・高次トポロジカル系も実現できる.このように高次トポロジカル絶縁体へと概念を拡張することで,対象となる物理系が大きく広がるだけでなく,本来,トポロジカルな系の背後にある物理的構造も解き明かされつつある.
著者
増田 正孝 佐々木 真人
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.195-199, 2010-03-05 (Released:2020-01-18)
参考文献数
14

2つの導体を1ミクロン付近にまで近づけると,古典的な電気力,量子電磁力学で予測されるカシミール力と呼ばれる力の他に,素粒子標準理論を越えるような未知の力がはたらいているかもしれない.導体間の力をねじれ秤を用いて測定し,素粒子標準理論を越えるような未知の力の探査を行った.未知の力に対して得られた実験的制限及び余剰次元モデルの一つに対して行った検証に関して述べる.
著者
藏重 久弥 村上 晃一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.78, no.3, pp.120-124, 2023-03-05 (Released:2023-03-06)
参考文献数
26

Geant4(ジアントフォー)は,放射線シミュレーションのためのソフトウェアツールキットである.一般に,放射線とは運動エネルギーをもつ素粒子および原子核のことである(光子を含む.以後“粒子”と呼ぶ).粒子は電磁相互作用,強い相互作用,弱い相互作用によって物質との反応や粒子壊変を行う.素粒子・原子核実験においては,粒子個々に対する観測が行われ,ミクロな事象ベースでの解析が行われる.Geant4ではモンテカルロ法によって,対象となる粒子の一つ一つを物質との相互作用を考慮しながら発生点から停止・消滅点までシミュレーションを行う.Geant4は他の放射線シミュレータと異なり,オープンソースのプロジェクトとして,組み込み可能なクラスライブラリを提供している.それによって幅広い分野での応用が可能となり,素粒子・原子核実験,宇宙線観測はもとより,衛星での機器や人体への放射線の影響評価,放射線医学などに利用されている.Geant4は,LHCのための開発プロジェクトとして1994年に開始された.1998年12月に最初のバージョンであるGeant4 0.0が公開され,バージョン11.0-patch03が最新版となっている.LHC加速器の高輝度化計画HL-LHCに向けて,計算資源の効率的な使用および処理速度の向上が求められている.また,Geant4は粒子線治療における線量計算への応用も行われているが,この分野でも計算速度の向上が実応用への課題となっている.科学技術計算では,流体解析などの分野でベクトル化による並列処理は古くから行われてきた.一方,モンテカルロ法によるシミュレーションにおいては,条件分岐処理が重要であるためベクトル化には向かない.Geant4では各イベントは独立で並列に処理可能であり,MPIを用いたマルチ・プロセスによる並列化は以前から行われてきた.しかし,プロセスごとに測定器の形状記述や相互作用記述のためのメモリを確保するため,測定器の大型化・細密化に伴いメモリの使用量が増加している.そのため,マルチコア・プロセッサにおいて多くのプロセスを並列処理する場合の性能が課題となる.そこで,Geant4の最新リリースでは,マルチ・スレッドによるイベント並列処理に力を入れ,メモリ管理を改善することによる計算性能の向上を目指している.また,近年の高性能GPU(Graphics Processing Unit)やメニーコア・プロセッサに特化した並列化処理によるプログラミングが重要となってきている.そこで,Geant4で培った相互作用の知見を用いて,GPU上の超並列計算に適応した放射線シミュレータが,CUDAを用いて開発されている.粒子ごとの並列処理に取り組むことにより,従来の数百倍の処理速度を達成しており,粒子線治療における線量見積もりの精密化につながると期待されている.
著者
佐野 友彦 和田 浩史
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.12, pp.822-829, 2019-12-05 (Released:2020-05-15)
参考文献数
35

われわれの身のまわりには,大小さまざまな棒(rod)や板(plate)状のものがあふれている.これらは薄い構造または細長い構造と総称される.ロープ,植物のつる,パスタ,海底ケーブル,リボン,ピンポン球,卵の殻などはその一例である.薄い構造の特徴は,その「しなやかさ」にある.薄い板は小さな力によって容易に大きく曲がりねじれる.ここでは,幾何学と力学が密接に結びついている.力学分野はG. Galileiの材料力学の研究にはじまり,今日では完成された学問分野という印象がある.しかし,デジタル加工技術の急速な発展と普及によって,力学は魅力的な最先端分野として現代に甦った.今日,力学の研究では,負のポアソン比をもつメタマテリアルをはじめとして,新しい概念が次々に生み出されている.とくに,座屈不安定性のように,構造のもつ対称性が破れる過程を「機能の発現」とみなす考え方が浸透しつつある.薄い構造はお互いに力を及ぼしあうことで新たな機能を生み出す.植物のつるは風に飛ばされないように棒に巻きつき,外科医は糸を結んで傷を縫合する.これらの過程では摩擦が重要な役割を果たすため,従来の境界値問題とは異なる趣きがある.曲がった板のかたちは境界条件によって決まるが,摩擦の作用のもとでの安定性を考えるには,かたちをあらかじめ決めておく必要がある.つまり,通常の境界値問題とは異なり,「かたちと境界条件が同時に決まる」問題を扱わねばならない.われわれは理論,実験,数値計算を総合的に駆使してこの問題にアプローチし,摩擦によるかたちの安定性を議論する枠組みを提案している.薄い構造が示す動力学の代表例は「飛び移り座屈」(スナップ座屈)とよばれる転移現象である.飛び移り座屈は,食虫植物であるハエトリグサがすばやく虫を捕らえるときのような,植物が俊敏に動くための仕組みとしても注目を集めている.スナップは,薄板を両手でたわませ,そのたわんだ方向を逆転させることで容易に再現することができる.われわれは,板やリボンをあらかじめ幾何学的に拘束し,境界条件を変化させることで起こる飛び移り座屈の性質を明らかにした.細長いリボンを手にとり,これをその長軸が半円を描くように拘束する.両端を同じ向きにねじると,あるねじり角度でリボンの表と裏が反転しスナップする.さまざまな硬さや厚さのリボンを使ってこの現象を再現してみると,操作の単純さに反して,じつに豊かな現象が内在していることがわかる.薄い構造が示すしなやかなふるまいは,フックの法則(線形弾性論)と剛体回転(幾何学)によって記述される.しかし,同じ材質と寸法でも境界条件によってとりうる形は全く異なる.さらに,棒状のものは結んだり編んだりすることで,板状のものは折ったり切ったりすることで,それらの単純な構造に驚くべき多彩な機能をもたせることができる.身近なかたちのしなやかさについて考察することは,いっけん複雑にみえる生物力学現象をよりよく理解したり,それらにインスパイアされた生体規範材料をデザインすることにも繋がる.手元にあるケーブルや紙切れを曲げたりねじったりしてみると,まだ見ぬ構造のしなやかさに出会うことができるかもしれない.
著者
木下 俊一郎 伊形 尚久
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.8, pp.542-547, 2019-08-05 (Released:2020-01-31)
参考文献数
10

磁力線は,ひも状の実体である――この主張にすぐさま賛同してくれる読者は,どれくらいいるだろうか.だがこの描像は,電磁場によってブラックホールからエネルギーを引き抜く「Blandford–Znajek機構」の本質をきわめて自然に説明する.回転している物体に絡んだひもは,物体にトルクをおよぼしてその回転にブレーキをかける.この結果,物体は角運動量と回転エネルギーを失い,その角運動量とエネルギーはひもの張力を介して物体から取りだされる.物体をブラックホールに,ひもを磁力線に読み替えたものが,Blandford–Znajek機構の原理である.宇宙には,活動銀河核やガンマ線バーストといった,ほぼ光速に近い速度でプラズマガスを噴き出す,いわゆる相対論的ジェットを伴った天体現象が様々なスケールで存在する.このような天体の多くは中心にブラックホールをもつことが示唆されるため,そのブラックホールの回転エネルギーは相対論的ジェットの莫大なエネルギーの供給源となり得る.Blandford–Znajek機構は,非常に強い電磁場中を伝導性の高いプラズマが満たしている,電磁場優勢プラズマの環境下にあるブラックホール周辺ではたらく.ブラックホールの回転エネルギーから,高効率で強力なエネルギー流束を達成できるため,相対論的ジェットの駆動メカニズムとして盛んに研究されてきた.近年では,一般相対論的磁気流体力学に基づく数値シミュレーションも可能となり,エネルギー流束の生成も確認されている.ところが,Blandford–Znajek機構の物理的描像に対する理論的な説明は,研究者によって見解・解釈が異なっており,いくぶん混乱や誤解が生じている(一部には,この機構が因果的な問題をはらむという批判さえある).この系でとりあつかう対象には,電磁場・電流・プラズマの運動などに加えて,ブラックホールの強重力による顕著な一般相対論的効果もある.結果,電場や磁場などの様々な物理量が,場所や座標系に応じて相対的にその意味や解釈を変えてしまう.この点が物理的描像を見えづらくしている一端であろう.ここでは従来とは異なるアプローチとして,電磁気学における磁力線と,南部・後藤ストリングとの対応に着目する.すなわち,冒頭の主張である.磁力線は,接線方向に縮もうとする磁気張力と垂直方向に反発しようとする磁気圧をもつ.とくに張力の大きさは,南部・後藤ストリングと同じようにエネルギー密度と等しい.このような力学的性質は,磁力線を主体とする力学系として,ストリングの場合と類似した形に定式化される.いうなれば,磁力線は座標系の選び方などによらない“変わらない”物理的概念なのである.以上の観点に立つと,Blandford–Znajek機構で標準的な定常・軸対称系の磁力線は,ブラックホールまわりを一様角速度で剛体回転している南部・後藤ストリングと明白に対応づけされる.さらに特筆すべきは,エネルギー引き抜きの指標である単位張力あたりのエネルギー・角運動量流束が,どちらの系もエルゴ領域内の全く同じ場所・同じ代数関係式で決定されることである.この結果は,磁力線とストリングによる両者のエネルギー引き抜き機構が,運動方程式を解かずとも決まる局所的な同じキネマティクス,つまり張力により支配されていることを意味している.