著者
高波 紳太郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.3, pp.175-190, 2019-05-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
54

薩摩半島の川辺盆地周辺において,基盤地形に応じて階段状に堆積した阿多溶結凝灰岩に発達する遷急点群の平均後退速度を明らかにした.特に永里川における後退期間の大きく異なる2遷急点での結果から,最終氷期中の降水量減少が岩盤侵食速度を低下させたかどうかを考察した.現地露頭調査や掘削資料に基づく阿多火砕流堆積時の原地形の復元により,遷急点形成当初の位置を推定し,その現在までの後退距離および長期的な平均後退速度を求めた.短期的な後退速度の算出には人工の曲流短絡で生じた遷急点を用いた.結果,遷急点の平均後退速度は11万年間で2.0~2.6 cm/年,最近315年間では0.8~2.0cm/年と推定され,氷期を含む長期的な速度が温暖期に限られた短期的な速度をやや上回った.過去11万年間の薩摩半島では,気候変動に伴う河川流量,すなわち降水量の減少による岩盤侵食速度の極端な低下はなかったことが,地形学的に強く示唆された.
著者
宇根 義己 友澤 和夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.3, pp.153-174, 2019-05-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
42
被引用文献数
3

インド・デリー首都圏のムスリム居住地ジャミア・ナガルに展開する繊維・縫製産業を事例に,都市インフォーマル部門における産業集積の存立構造を明らかにした.調査対象の作業場における現場労働者,経営者は主に低所得州の農村地域出身であり,当該地域における地縁・血縁関係を基盤にして人材が当地へ供給されている.作業場は卸売・輸出業者との近接性を活かした高い接触頻度により,賃加工型の受注を獲得している.また,デリーの卸売・輸出業者によるサプライチェーンの一端を担うことが当集積の存立をもたらしている.現場労働者の生活環境は良好とはいえないが,出来高制を基本とした長時間労働のため,フォーマル部門の労働者の最低賃金以上の収入を得る者もある.また,現場労働者から作業場の経営者となる経路が確認された.現場労働者による起業を可能としているのは,多額の投資を必要としないことや労働力の確保が容易な点などであった.
著者
戸所 隆
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.3, pp.135-152, 2019-05-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
38
被引用文献数
2

知識情報社会の今日,工業社会で世界最先端にあった日本は,東京と他地域との格差拡大と相対的国力低下問題を抱える.情報革命を牽引するコンピュータシステムは水平ネットワークの横型社会を指向するが,日本の地域社会システムや意識構造は基本的に中央集権型政治行政に代表される垂直ネットワークの縦型社会で,その齟齬が成長を妨げている.この是正には首都機能移転による水平ネットワーク型国土構造への転換と日本人の意識変革が求められる.地理学は時代の転換期に日本を創る基盤として大きな役割を果たしてきた.過去・現在のみならず未来に向かっても文理融合,俯瞰的視点から社会に地理学の研究成果を発信することと地理教育の振興が重要となる.しかし,国民の地理的認識力・地理教育基盤が弱体化している.そのため総合的体系的な地理学研究・教育の場として,地理学部創設が多くの大学に必要である.
著者
谷 謙二 斎藤 敦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.1, pp.1-22, 2019-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
39
被引用文献数
7

2018年3月に公示され,2022年から実施される新高等学校学習指導要領では,「目標」と「内容」に地理情報システム(GIS)の利用を掲げた新科目「地理総合」が必履修科目とされた.本研究では全国の高等学校に対してアンケート調査を行ってGIS利用の現状と課題を明らかにし,「地理総合」の実施に向けて必要な対応を検討した.調査の結果,高校でのGIS利用率は23.9%であった.GISを利用している教員は,地理を専門とし,大学でGISを実習形式で学ぶか,GIS研修を経験し,情報機器の整備された学校に勤務する傾向がみられた.GIS利用者は無償のGISソフトやサービスを利用し,WebGISへの期待が大きい.GIS利用の課題として情報機器の整備が第一に挙げられ,普通教室での投影機器とインターネット接続の普及が急務である.その上でGISを利用できる教員を研修等により増やす必要がある.GIS研修に際しては,教員の意欲や技術を考慮し,WebGISの閲覧・操作を中心とした簡便な内容が求められる.
著者
澤田 康徳
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.6, pp.487-503, 2018 (Released:2022-09-28)
参考文献数
33

本研究では,日本有数の暑熱地域である熊谷市の小・中学校において,アンケート調査により養護教諭の職務上の暑熱に対する関心の契機と認識を明らかにした.関心の契機の得点(5段階)にクラスター解析を施した結果,各契機群中の上位得点の割合が,市~国の政策で大きい政策契機群,熊谷市で高温を記録した事実で大きい事実契機群,市内での異動で大きい経験契機群に類型化された.情報は,政策契機群では国や市の情報を多用し,事実契機群では気象庁などの公開情報を,経験契機群では身近な情報を,それぞれ多用している.暑熱の認識地点は,政策契機群で市の情報と対応する郊外に多い.事実契機群で推測により都心,経験契機群で実際の訪問や異動により都心および郊外北が,それぞれ多く,契機群ごとに空間認識や認識理由が異なる.近年,地域での気候対応が求められ,養護教諭の情報活用や気候認識を踏まえた養成や研修の必要性を本研究結果は示している.
著者
朝倉 槙人
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.6, pp.437-461, 2018 (Released:2022-09-28)
参考文献数
44

農村空間の商品化による地域活性化論が地理学や周辺諸分野で注目されている.既往研究の多くがルーラリティを観光資源とみなし,その商品化の過程や持続可能性を検討してきたのに対し,本稿では群馬県みなかみ町たくみの里におけるルーラリティの特質に留意して,ルーラリティの構築がホストの実践や商品の構築に果たす意味を,ホストの立場に即して検討した.「真正」なルーラリティを担保する集合的記憶のスケールは重層的であり,「真正」なルーラリティの構築が重視されるたくみの里においては,多様な集合的記憶を根拠とした多様なたくみの里像が地域にとって「真正」なものとなる.加えて,ルーラリティの存立に資するホストの実践が,地域の存立に資する実践とみなされることで,設立期に想定された「真正」なルーラリティに反するたくみの里像でさえ,当地にとって「真正」なものとなる.ルーラリティの構築をめぐるホストの実践の諸相をとらえなければ,農村空間の商品化という現象をとらえることはできない.