著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.87, no.2, pp.108-127, 2014-03-01 (Released:2019-07-12)
参考文献数
35

本稿では,福島第2原子力発電所が立地する福島県富岡町を事例に,原子力発電所の経済効果の世代間の差異に焦点を当て,原子力発電所の建設・稼働による地域社会・経済の再編および経済効果の変化の受容について検討した.主に文献・統計資料を検討した分析の結果,経済面では原子力発電所関連産業を中心とした構成に再編され,社会面では①在来住民,②原子力発電所の建設以降に流入・定着した住民,③流動性の高い短期在住者,の三つのグループに再編され,地方圏一般とは異なり,②や③の人口が大きな構成比率を占めていることが明らかになった.また,原子力発電所依存経済の時期限定性の問題は,このようなかたちで再編された地域社会の下で出現し,②のグループ,特に原子力発電所建設期に青年層として流入し,人口規模のピークを構成している1951~1955年生とその周辺のコーホートに最も大きな影響を与えていることも示された.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.489-501, 2016 (Released:2017-03-29)
参考文献数
28

福島第一・第二原子力発電所が立地している4町の中で,放射能の線量が低い楢葉町では,2015年9月5日に避難指示が解除されている.しかし,その後,約1年間を経過しても,帰還者の比率は1割にも満たない.その原因は,長い避難生活の中で避難先において生活の基盤が確立してしまったことだけでなく,帰還が可能となった後の楢葉町がもはや災害前の姿ではなくなってしまっていることにもある.本稿では,住民が生活することができなかった4年半の間にどのようなことが生じ,そのことが避難指示解除後の地域の有り様と町づくりにどのような影響を及ぼしているのかについて分析する.
著者
梶田 真
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.60-75, 2008-02-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
31
被引用文献数
1 1

本稿では, 地方交付税削減策の実態を詳細に検討した上で, 利害関係者の動きに注目しながら, 市町村合併政策との関係の中で小人口町村を対象とした地方交付税削減策が強く推進されたことに対する解釈を試みた. 分析の結果, (1) 地方交付税削減策と小人口町村の財政状況の悪化, 財政担当者の自町村の財政状況に関する認識の変化は時期的に明瞭に連動している, (2) 近年の小人口町村に対する基準財政需要額算定額に関する定量分析の結果, 2001年度という新たな転換点が検出された. この年度を境として, 重み付き回帰モデルの各パラメータの数値は, 増加から減少に転じ, 小人口町村の経常収支比率も急上昇する, (3) 構造改革を掲げた小泉政権の発足を契機として, 2001年度以降, 総務省は地方交付税制度の骨格を守るために小人口町村をスケープゴート的に扱うようになった, という3点が明らかになった.
著者
梶田 真
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.9, pp.645-667, 2003-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
44
被引用文献数
1

日本は昭和の大合併後,領域再編を行うことなく地方行財政を発展させ,福祉サービスの拡充を図ってきた.このような動きは,日本の財政調整制度である地方交付税が,増大していく地方自治体のサービス供給に必要な財源を保障したことによって可能となっている.それゆえに,地方交付税の配分構造は戦後,大きく変化しているが,この配分構造変化には領域再編を伴わない地方行財政の発展がもたらした,さまざまな地理的要因が反映されている.本稿では地方交付税の配分構造変化を定量的に分析し,その結果を福祉国家化,高度経済成長に伴う地域構造の変化,地域問の水平的政治競争に注目しながら解釈することを試みた.分析の結果,(1)地方財政における地方交付税の比重上昇,(2)都道府県から市町村への配分のシフト,(3)小人口自治体への傾斜配分の強化,という三つの動きが確認された.また,1990年代に入り,市町村では小人口自治体への傾斜配分が後退しているが,その原因として(1)大都市圏の政治的影響力の増大と(2)少子高齢化の進展による行財政改革圧力の高まり,の2点が挙げられる.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.6, pp.587-607, 2012-11-01 (Released:2017-11-16)
参考文献数
86
被引用文献数
2

本稿では,1990年代以降,ボトムアップ型・内発型の農村開発の推進を図ってきたEU・LEADER事業に関する学術研究の展望を行った.これらの研究は,農村開発をめぐるアクター間の権力関係の問題や,効果的なパートナーシップ構築における専門的な支援者の重要性,事業評価を通じた学習やエンパワーメントの重要性を明らかにしている.また,現場の動きを踏まえた理論化を通じて,内発型・外来型の二分論を超えた新内発型農村開発論の提起も行われている.こうした成果は,地域的・制度的な文脈の違いはあるものの,現代の日本の農村においてボトムアップ型・内発型農村開発を進める上での重要な論点を示している.また,現場の動きと社会理論の双方を踏まえて,より精緻な農村開発理論を提示しようとする試みは,農村開発に関わる研究者の研究戦略を考える上でも多くの示唆を与えるものである.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.4, pp.362-382, 2012-07-01 (Released:2017-11-03)
参考文献数
54
被引用文献数
1

本稿では,1990年代末期から2000年代中期にかけて主としてイギリスにおいて展開した政策論的(再)転回をめぐる論争を跡づけ,その内容を考察した.この論争の焦点は,反計量の動きから多様なかたちで展開していった1980年代以降のイギリス地理学の動きが政策的関わりの観点からどのように評価することができ,どのような可能性を持っているのか,ということにあった.この論争では,これらの研究がローカルな地域/政府スケールの政策に関して強みを持っていることが強調される一方で,その他のアプローチとの建設的な補完関係の構築や統合的な活用の重要性も主張された.また,建設的なかたちで公共政策に貢献する地理学を実現するためには,複線的な戦略が必要であることも示唆されている.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.99-117, 2011-03-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
64
被引用文献数
4 1

本稿では,政策的・社会的背景と関連づけながらBleddyn Daviesの研究を展望し,彼の研究のどの部分がどのような観点から地理学者によって注目・受容されたのか,そして,両者の関係がどのように変化していったのかを考察した. Daviesが地域的公正概念を案出した主たる契機は,10カ年保健福祉計画にあると考えられ,福祉国家の時代における彼の研究は問題告発的なものにとどまらず,問題解決のための政策や制度のデザインにまで広がっていた.福祉国家が転換期を迎えた1970年代後半以降,Daviesと彼を所長とするPSSRUのメンバーはより安い費用でよりよい効果を達成することができるケアシステムの提案のために注力した.彼等の努力はコミュニティケア実験プロジェクトと福祉の生産アプローチに結実した.1970年代における公共サービスの地理学の台頭の中で,地理学者は彼の地域的公正概念に注目した.しかし,体制批判的なスタンスが英語圏地理学において支配的な地位を獲得した1980年代以降,地域的公正概念は改良主義者の道具として強く批判されるようになり,後期のDaviesやPSSRUの研究はほとんど紹介・参照されることはなかった.
著者
梶田 真
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.13, pp.913-927, 2005-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
4 1

本稿では経営事項審査データを基に地方圏における土木業者の本店立地の空間パターンを分析した.分析の結果,(1)地方圏に本店を置く業者は完成工事高の規模や支店配置の面で全国ゼネコンとは明らかに区別される,(2)都道府県を超えた営業活動を行っている大規模土木業者の本店がある少数の道県を除いて,地方圏の各県では1位業者の完成工事高規模が62億円から81億円の間に集中し,県内における1位業者の卓越性が低い点で業者構造の類似性が高い,(3)極端に圏域の人口規模が小さい場合などを除き,地方圏の道県の土木関連部署のほとんどの出先機関の管轄域内には平均完成工事高10億円以上の土木業者の本店が立地している,という3点が明らかになった.(3)の知見は発注機関が入札において管轄域内に本店を置く業者を優先的に取り扱っていることによるものであり,発注機関の管轄域の編成が地方圏全域において土木業者の本店立地を強く規定していることが確認された.
著者
梶田 真
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.66, no.5, pp.423-442, 2014 (Released:2018-01-27)
参考文献数
101

Between the 1990s and 2000s, Anglophone researchers engaged in active discussions concerning policy relevance, the so-called ‘policy (re)turn’ debate. This debate occurred almost exclusively among academics, or what might be termed ‘pure’ geographers, and lacked participation from applied geographers and practitioners. This paper seeks to clarify the nature of these debates in the field of applied geography. Furthermore, this work examines relationships between applied geographers, so-called geographic practitioners, and “pure” geographers as well as academic establishments in the Anglophone world, especially in the United States, since the 1970s.First, this paper traces developmental processes within the field of applied geography since the early 1970s. In contrast to the pattern in Europe, within American academia applied geography lost vigor because of the strong theoretical focus that gained popularity in the discipline. This shift might be termed the rise of the ‘new geography’ within American academia. Additionally, another factor was a growing demand for positions at the level of university teaching staff owing to postwar economic prosperity and the entrance of baby boomers to university.There was, however, a resurgence of applied geography shortly after this initial decline of practical studies in favor of theoretical research. Following the relevance debate and the decrease of student enrollment within the field, applied geography began to once again gain popularity in the 1970s. These changes in the discipline were mainly brought about by state universities. These institutions were highly dependent on state subsidies and were therefore also governed by state policy. The geographical academies also pushed for the development of the field of applied geography. The Applied Geography Specialty Group (AGSG) and the James R. Anderson Medal of the Association of American Geographers (AAG) were established for distinguished applied geographers. Academic journals such as Applied Geography were also launched in the early 1980s.Since the 1990s, there has been a rise in geographical information technologies such as geographic information systems (GISs) and remote sensing. Owing to the popularization of the field through technological developments, an interest in geography was developed outside of the academic discipline. Following this development in the discipline, the National Research Council (NRC) published two documents, Rediscovering geography (NRC, 1997) and Understanding the changing planet (NRC, 2011). These reports emphasized the relevance and applied aspects of geography.However, academic studies in applied geography did not flourish in comparison with institutionalized progress within the field. Academic journals and sections of journals allotted to applied geography stagnated or were discontinued. Results taken from a citation analysis of journals such as Applied Geography and other key human geography journals demonstrate a lack of interaction between ‘pure’ geographers and applied geographers.This paper further discusses relationships between ‘pure’ geographers and academic establishments within the discipline of geography. ‘Pure’ geographers tended to criticize applied geographers for their lack of theoretical and philosophical grounding. They further critiqued applied geographers as free riders of geographical methodologies who made little contribution to their evolution. ‘Critical turn’ movements in geography led ‘pure’ geographers to exclusively concentrate their interests even further on thoughts and concepts in methodology with a philosophical background. Owing to these debates, these scholars asked applied geographers to reconsider the foundations of their research area and the relevant questions.[View PDF for the rest of the abstract.]
著者
梶田 真
出版者
地理科学学会
雑誌
地理科学 (ISSN:02864886)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.41-60, 2011
参考文献数
33
被引用文献数
1

本稿では,国土縁辺部にある一奥地山村旧A村(現在,G市A町)を事例として,1990年代末期以降の公共事業縮小・入札制度改革の下における土木業者の再編過程を跡づけた。1990年代末期以降,旧A村の地元土木業者は,公共事業縮小・入札制度改革に加えて,域外業者の参入に苦しみながらも,業者間競争を激化させたり,撤退や合併による経営基盤の強化という経営行動をとることなく,旧A村内外での受注調整を堅持し,売り上げの減少や利益率の低下の中で,自己資本を切り崩しながら「我慢比べ」を続けていることが明らかになった。このような事態が発生した一因として,国の土木業再編に関するシナリオにおいて,国土縁辺部における土木業者群の特徴などの地域的な文脈がほとんど理解されていないことが挙げられる。
著者
梶田 真
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.167-183, 2019 (Released:2019-07-13)
参考文献数
34

本稿は,大分市を事例として,1990年代以降における中等教育改革が,各学区の生徒の進学行動にどのような影響を及ぼしたのかを解明し,その結果に基づいて居住地選択にどのような変化をもたらすのかを考察した。一連の中等教育改革を通じて,県立高校では学校間の序列化が進み,公立中学校の進学実績にも有意な学校差を生み出した。最も進学実績の良い2つの中学校の校区では,他の校区に対しホワイトカラー層の卓越傾向が強まっていることが確認され,隣接学校選択制の結果においても,両校は最も人気が高く,競争の激しい中学校となっていた。一方で,こうした校区を志向する,子供のいるホワイトカラー層の世帯と,教育環境を重視する必要性の低い単身者/DINKs(double income no kids)等の子供のいない世帯の居住分化を示唆する動きもみられた。これらの知見は中等教育改革による学校内の同質化と学校間の差異化が,学区内の同質化と学区間の差異化という形で地理的に投影されていることを示すものである。
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.127, no.1, pp.53-72, 2018-02-25 (Released:2018-04-14)
参考文献数
37
被引用文献数
1

Because of limitations regarding available statistical data for units of year and enumeration, studies on socio-spatial patterns of Tokyo have not responded sufficiently to the dynamics of the so-called “doughnut phenomenon” period—a combination of urban sprawl and inner city decay—from the late 1960s to the early 1990s. Social maps for 1965 at the cho scale are created using statistics produced separately by the Tokyo Metropolitan Government. These maps are compared to those for 1980, because only the population censuses for 1965 and 1980 enumerate occupation data at this geographical scale. Subsequently, the dynamics of socio-spatial patterns in Tokyo for this period are examined. There were significant changes to names and territories of cho following enactment of the Addressing System Act of 1964. This was a serious problem for creating a social map on the cho scale, which was overcome by allocating either the 1961 cho territory or the current one according to cho name and date of statistics. The results of the analysis demonstrate that, in 1965, white-collar areas were formed as buffers around radial commuting train lines in western Tokyo, and areas between these in outer western Tokyo were not white-collar. Therefore, a star-shaped model, rather than a sector one, is suitable for representing socio-spatial patterns of the inhabitants of Tokyo in 1965. In 1980, the white-collar occupation ratio of these “between” areas rose rapidly, and a sectoral pattern clearly emerged. In eastern Tokyo, almost all areas were blue-collar in 1965, and moderate white-collar areas emerged along radial commuting train lines. The four main reasons for these changes are: 1) housing complex development at the sites of large plants; 2) abolishment of green belt policy; 3) new construction and expansion of radial train lines, especially subway lines; and, 4) expansion of sewage service areas. In western Tokyo, the culvertization of medium and small rivers, around which were former industrial areas, also made an important contribution to transforming blue-collar areas into white-collar areas. These results show the importance of infrastructure development in bringing about socio-spatial changes in Tokyo during this period.
著者
梶田 真
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.180-195, 2003-05-31
被引用文献数
1

バブル景気が崩壊した1990年代以降,わが国の建設業では大きな再編成が進みつつある.本稿は地理学的な観点から1980年代以降における建設業の動きを分析し,今後の動向を展望することを目的としている.本稿では特に土木業と公共投資の動きに注目する.オイルショック後の不況に対する1970年代後半の景気刺激策によって,1970年代の末期にわが国の財政は危機的な状況に陥る.1980年代に入ると欧米諸国では,小さな政府を志向したニューライトの台頭の中で公共投資が縮小し,工事内容でも維持・補修工事の比重が高まる.当時,わが国でも同様の動きが予想され,国はこのようなシナリオに基づいた建設業の産業ビジョンを発表する.しかし,バブル景気がはじまると建設需要は再び拡大し,さらに内需拡大を求める諸外国からの圧力によって公共投資額も再び増加した.これらの動きによって,わが国の建設業は1980年代に大きな再編成を経験することがなかった.しかし,1990年代に入って,バブル景気が崩壊すると民間需要は急速に縮小する.さらに,地価の大幅な下落によってゼネコン,特にバブル期に積極的に開発事業に乗り出した業者の経営状態は急速に悪化する.一方で,1970年代後半と同様に,国は1992年以降,毎年のように公共投資を中心とした景気刺激策を打ち出し,土木業中心の経営を行う地方の中小ゼネコンは好調な業績を上げた.地域的にも需要規模が急速に縮小した大都市圏と,民間需要の縮小を公共投資の拡大で補った地方圏との間で対照的な様相を呈する.1990年代後半に入ると長引く不況と,継続的に実施された景気刺激策によって国家財政は再び危機に陥る.当初,財政改革を主張する人々とさらなる景気刺激策を求める人々との間には激しい対立があった.しかし,1999年に公共投資額が減少に転じると,以後,わずか3年の間に公共投資額は10%以上も減少する.さらに,国は公共事業における事業コストの縮減と入札・契約改革を進め,再び建設業界の再編成を志向した産業ビジョンを発表する.市場の縮小によって経営状態が悪化した大手ゼネコンは事業コストの削減に乗り出し,情報化の進展による業者間競争の激化は,わが国の建設業の特徴の一つである,協力会組織の再編成をもたらしつつある.このように1990年代以降,わが国の建設業では大きな再編成が進んでいる.これは他産業において1980年代に生じた現象が,建設業ではバブル景気によって"延期された"ものと考えることができるだろう.
著者
梶田 真
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.1-18, 2008-03-30
被引用文献数
2

わが国において,公共事業が重要な地域間所得再分配機能を果たしている理由の一つは,地場・中小業者に対する様々な保護制度の存在にある.本稿では,国が発注する公共事業において,これらの保護制度を規定している官公需確保法の強化との関係から,制度運用変化の実態について分析を行った.さらに,官公需確保法の強化が地場の土木業者に与えた影響についても考察した.事例研究として取り上げたのは,中国地方建設局および島根県内の土木業者である.中国地方建設局では,官公需確保法の強化による分離・分割発注の増加や分任官契約限度額の引き上げによって,発注の主体が本局から地方事務所にシフトしていった.発注できる金額に上限がある地方事務所の入札では,主として指名競争入札が用いられ,原則的に各地方事務所の管轄域内の業者のみが指名されたため,地場業者の受注機会は拡大した.しかし,指名業者間での受注調整により,受注機会は管轄域内の大手業者を中心にバランスを取って配分された.それゆえに,官公需確保法の強化は,有力な業者の育成に寄与したのではなく,県内大手業者の平均的な底上げをもたらした,と結論づけられる.
著者
藤原 宏志 藤田 佳久 梶田 真 戸島 信一 鈴木 康夫 城倉 恒雄 根岸 裕孝
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.49, no.3, pp.244-249, 2003-06-30

2002年の地域大会として10月5日〜7日にかけて上記シンポジウムを開催した.10月5日の午後に宮崎市シーガイアワールドコンベンションセンターにて講演とパネルディスカッションを開催し,6〜7日に現地視察を宮崎県南郷村・諸塚村・椎葉村・五ヶ瀬町・熊本県蘇陽町等にて実施した.はじめに,藤原宏志氏(宮崎大学長)による特別講演「焼畑文化とむらづくり」,続いて藤田佳久氏(愛知大学)による基調講演「山村政策の展開と山村の再生を巡って」が行われた.これを踏まえて4名のパネル報告と藤田氏も加わった5名による討論を行った.座長は岡橋秀典氏(広島大学),宮町良広氏(大分大学)が務めた.討論の後,矢田俊文会長による全体総括が行われた.なお,現地視察の参加者は24名,パネルディスカッションヘの参加者は70名であった.