著者
大谷 侑也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.3, pp.211-228, 2018-05-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
32
被引用文献数
2

本研究は東アフリカ中央部に位置するケニア山(5,199m)の氷河の減少が周辺域の水環境・水資源にどのような影響を与えているのかを,実地観測,同位体比分析,年代測定,聞取り調査等から明らかにすることを目的とした.研究対象地域山麓部(約2,000m)では,降水量が概して少ないため,農業用水や生活用水をケニア山由来の河川水,湧水に依存している現状がある.調査と分析の結果,山麓住民が利用する河川水の涵養標高の平均は4,650m,湧水は平均4,718mとなり,氷河地帯の融解水が麓の水資源に多く寄与していることが明らかになった.また年代測定の結果,山麓湧水は涵養時から約40~60年の時間をかけて湧出していることがわかった.ケニア山の氷河は2020~2030年代には消滅することが予想されており,今回の結果から将来的な氷河の消滅は山麓の水資源に少なからず影響を与える可能性が示唆された.
著者
鈴木 允
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.2, pp.125-145, 2018 (Released:2022-09-28)
参考文献数
32

本稿では,愛知県東加茂郡賀茂村の『寄留届綴』を用いて,大正期の山村からの人口流出の実態を検討した.寄留届に記載された寄留先や寄留者の属性,寄留年月日を入力したデータベースを用いた分析から新たな知見を見出し,人口流出が人口動態に与えた影響を考察した.その結果,寄留者の大部分は若年層で占められ,その多くが県内への寄留であった.中でも,10代~20歳前後での一時的な近隣への単身寄留と,20~30代の世帯主とその同伴家族による都市部への寄留が多数を占めていた.前者では,結婚前の10代女性が女工として働きに出る寄留が目立ち,こうした動向が結婚年齢の上昇や大正期の出生率低下に影響を与えた可能性が考えられた.後者では,大都市への寄留者がそのまま都市内にとどまる傾向が見出され,都市人口の増加への寄与が考えられた.人口移動が都市化や人口転換に与えた影響をより動態的に解明していくことが,今後の課題である.
著者
中島 虹 高橋 日出男 横山 仁 常松 展充
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.1, pp.24-42, 2018-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本研究は,東京タワーの5高度(4, 64, 169, 205, 250m)における気温観測値(2001~2010年度)を用いて,晴天弱風夜間の東京都心における温位鉛直分布の特徴を明らかにした.解析に先立ち,強風時には鉛直方向に温位が一様となることを仮定して,観測値を補正した.通年の晴天弱風夜間を対象に,毎時の温位傾度鉛直分布にクラスター分析を施し,温位の鉛直分布を類型化した.このうち,下層から上層まで安定な場合や上層が強安定で下層が弱安定な場合は,冬季(11~2月)にはその頻度が夜半前から増加し日の出頃に極大となるが,夏季(5~8月)には全く現れない.上層の強安定層は都市上空の安定層の底面とみなされ,冬季夜間の混合層高度は約200mまたはそれ以上と考えられた.この高度は1960年代の観測結果よりも高く,都市化の影響が示唆された.また,温位鉛直分布の時間変化には,鉛直混合の促進・抑制とともに上空安定層底面の上昇・低下の関与が考えられた.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.1, pp.79-96, 2018-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
66

本稿では,第二次世界大戦期周辺における都市内部構造研究,具体的にはHoytの扇形モデルと,HarrisとUllmanによる多核心モデルが提起されたプロセスと背景を検討した.世界大恐慌,そして第二次世界大戦による研究活動や資料利用の制約の下で,これらのモデルは,軍務やビジネスといった実務を通じて得られた資料や議論を通じて構築された.一方,ShevkyとBellによる社会地区分析の出現は戦後,これらの制約が解消され,資料公開の進展や分析技術の発展によって研究者に新たな地平が開かれたことを示す,象徴的な成果であった.
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.2, pp.67-85, 2017-03-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
32

本稿は,医療供給主体間の関係から長崎県における医療情報システムの普及過程を明らかにした.大村市で構築されたシステムは,参加施設数の増加ペースをあげながら県全域に普及した.県内スケールでみると,普及促進機関による協調行動が,異なる利害をもつ主体による共通のシステムの運用を可能にした.また,普及促進機関による職能団体との協調およびコスト負担の軽減を通じて,市町の領域を超えてシステムが普及した.市町内スケールでみると,長崎市や大村市では,地域医師会や地域薬剤師会における信頼関係が,診療所や薬局のシステムの普及に重要な役割を果たしていた.システムの普及は単なる技術的な問題ではなく,地域間で異なる職能団体の特性に依存することが明らかになった.本稿の結果は,情報通信技術が社会インフラとして機能するため,その普及や効果に地域差が生じる要因をさまざまな空間スケールから解明することの必要性を示唆している.
著者
菊池 慶之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.4, pp.402-417, 2010-07-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
115
被引用文献数
2 1

1980年代後半以降,郊外核の成長や情報通信技術の発達により,それまでのオフィス機能の立地が抜本的に変化しつつあると指摘されるようになった.特にガローの示したエッジシティは,従来のオフィス機能の立地に関する研究に,肯定的にも懐疑的にも大きなインパクトを与えた.そこで本稿では,エッジシティが提示された1990年代以降の北アメリカ,西ヨーロッパ,日本の3地域におけるオフィス機能の立地研究を,面的な分散と再集中の視点から整理した上で,オフィス機能の立地に関する研究の地域的な差異と,その背景を検討した.3地域における研究動向の整理の結果,北アメリカのオフィス立地研究ではグローバリゼーションとの関わりによる脱中心化と再中心化が論点になっているのに対して,西ヨーロッパでは都市政策や社会的・経済的な発展段階とオフィス立地との関係が主要な論点となっていることが明らかになった.今後,日本においても分散や再集中がその都市独自の動きなのか,都市システムの再編やグローバリゼーションに基づく広範な傾向なのかを明らかにするために,都市間,地域間での比較を通した実証的研究の蓄積が必要である.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.4, pp.362-382, 2012-07-01 (Released:2017-11-03)
参考文献数
54
被引用文献数
1

本稿では,1990年代末期から2000年代中期にかけて主としてイギリスにおいて展開した政策論的(再)転回をめぐる論争を跡づけ,その内容を考察した.この論争の焦点は,反計量の動きから多様なかたちで展開していった1980年代以降のイギリス地理学の動きが政策的関わりの観点からどのように評価することができ,どのような可能性を持っているのか,ということにあった.この論争では,これらの研究がローカルな地域/政府スケールの政策に関して強みを持っていることが強調される一方で,その他のアプローチとの建設的な補完関係の構築や統合的な活用の重要性も主張された.また,建設的なかたちで公共政策に貢献する地理学を実現するためには,複線的な戦略が必要であることも示唆されている.
著者
山口 哲由
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.3, pp.199-219, 2011-05-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
42
被引用文献数
2 2

近年,山地では環境保全に関心が集まっているが,本研究では,中国雲南省シャングリラ県の村落を対象に,山地の移動牧畜での家畜群の季節移動経路や日帰り放牧の範囲を把握することで,放牧地内部での負荷の分布状況を明らかにした.放牧負荷は,垂直的な環境変化に応じた季節移動により分散傾向にあり,過度の負荷が生じている部分はほとんどみられなかったが,一部の幹線道路沿いに負荷が集中する傾向もみられた.一方で県全体の放牧地に関する統計資料の分析からは,高山草原の希薄な放牧利用に対して標高が低い放牧地への負荷の偏りが推測された.山地の過放牧対策は,これら標高による負荷の偏りや移動牧畜での放牧地利用による負荷の偏りにも配慮する必要がある.その場合,生産様式の理解を目的とした垂直性の概念に基づく移動牧畜の分析だけではさまざまなスケールで生じる負荷の偏りを把握することは難しいため,水平的な家畜群の移動や分布状況も踏まえた負荷分布の把握が求められる.
著者
佐藤 英人
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 = Geographical review of Japan (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.80, no.14, pp.907-925, 2007-12-01
参考文献数
57
被引用文献数
2 5

本研究の目的は, 大規模オフィス開発事業に伴うオフィス移転を, 従来, 住居移動で議論されてきたフィルタリングプロセスを適用して分析し, 新たに供給されるオフィスビルが, 既存市街地内のオフィスビルに対して, 不動産経営上, どのような影響を与えるのかを解明することである. 分析の結果, 横浜みなとみらい21地区には, 横浜市内から転出した企業が多く, 新旧オフィスビル間にはテナント企業の争奪が認められた. 争奪によって空室となった既存市街地内のオフィスビルでは用途転用が確認され, 公共施設や商業施設への転用が認められた. また, 引き続き事務所として利用されたオフィスビルは, 横浜市内への進出を目指す中・小規模企業の受け皿となっている. したがって, 大規模オフィス開発事業に伴うオフィス移転は, テナント企業の連鎖移動を誘発させ, 結果的には, 既存市街地のオフィスビルに入居するテナント企業の選別格下げが起る.
著者
林 奈津子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.4, pp.418-427, 2010-07-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
21
被引用文献数
1 1

静岡県西部の太田川下流低地において,1944年の東南海地震の際に生じた,噴砂地点と微地形・浅層堆積物との関係を考察した.液状化現象は一般的に,砂質の堆積物で構成される地表の微地形に対応して発生するとされるが,対象地域では局所的に後背湿地に集中して発生する場合がみられた.調査地における表層堆積物について検討したところ,後背湿地を構成する粘土-シルトの細粒堆積物の下位に,砂質シルト-砂の粗粒堆積物が検出され,噴砂地点の分布と対応することが明らかになった.さらに,この粗粒堆積物は遺跡で検出された埋没旧河道の両岸に認められ,地表の自然堤防構成層と同様の層相であるという特徴をもつことから,埋没した自然堤防構成砂層である可能性が高い.また,この自然堤防構成砂層が母材となった噴砂痕が弥生後期の考古遺跡から検出されており,1944年の地震時には,地表の微地形を構成する堆積物に加えて,このような埋没自然堤防構成砂層が液状化したと考えられる.