著者
羽田 司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.6, pp.555-577, 2017-11-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
41

本研究はあらためて重要性を増している新品種の普及プロセスの解明を試みた.その際,イノベーションの普及研究で欠落していた「連続性」と「マーケティング」の視点を取り入れた.結果,既知の事実が再確認されるとともに,以下の新たな知見が得られた.革新的とされる農家には,「恒常的に革新的な農家」と「一時的に革新的な農家」が存在した.前者は新品種の情報に精通した相手へ主体的に接触し,新品種の取引価格が最高値の時に収益を最大限にできるように行動していた.一方,後者は農業経営の転換期や社会的立場から模範的に早期の品種更新を行っていた.また,農家の出荷形態と新品種の普及には密接な関係性がみられた.農協共販を志向する農家では農協の推奨品種となることで新品種が短期間で普及する一方,贈答用を中心とする宅配を志向する農家では既存品種のみの栽培でも収益を獲得でき,知名度の低い新品種の普及は緩慢となっていた.
著者
川久保 篤志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.6, pp.607-624, 2017-11-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
32

本稿は,GATTウルグアイラウンド合意によって米国からミニマムアクセス米が輸入され始めて20年以上経過した現在の米国の米需給と産地の動向を検討したものである.その結果,対日輸出基地であるカリフォルニア州では,①国内外市場の拡大で史上最高レベルの生産量と収益性を維持していること,②水利条件の制約で現在以上に栽培面積を拡大できないこと,③生産の中心は中粒米で,日本食ブーム下でも短粒米市場は拡大していないこと,④短粒米の中でも日本品種は栽培が難しく低収量なため積極的な栽培はみられないこと,が明らかになった.つまり,現在の米国では米の輸出圧力は小さく,かつ日本市場に合う短粒米の増産は期待できないので,現状の管理貿易の維持が米国にとっても最善の策であると考えられる.
著者
吉田 国光
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.5, pp.459-474, 2017-09-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
25
被引用文献数
1

本研究は,山腹斜面に人工林の卓越する景観が形成されてきたプロセスを,複合的に展開する生業活動と転出入をともなう就業動向を分析することから明らかにした.研究対象地域はかつて木場作と呼ばれる林業前作型の焼畑農業とマツ短伐期林業が営まれていた熊本県芦北町黒岩集落とした.その結果,人工林が卓越する景観となった要因として,就業地の遠隔化などで世帯員が減少したりする中で木場作から得られる生産物の役割が変化したことが大きく,マツクイムシの被害も相まってマツ短伐期林業の前作的な役割であった木場作が中止された.そして,林地や畑地など多様な土地利用から,スギ・ヒノキの人工林が卓越する土地利用が形成された.他方,面積は小さいものの自給的生産や小規模な販売目的の農業生産を通じた山腹斜面の利用は継続されている.景観は異なるものとなったが,住民の山腹斜面への関わり方は地域内外の需要に応じて利用形態を変容させるというもので一貫していた.
著者
佐藤 善輝 小野 映介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.5, pp.475-490, 2017-09-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
43

伊勢平野中部の志登茂川左岸において,地質調査,堆積物の放射性炭素年代測定および珪藻化石分析を行い,完新世後期における浜堤の地形発達過程を明らかにした.当地域には4列の浜堤が認められ,内陸側の浜堤Iの閉塞完了時期が最も古く,海側の浜堤IVが最も新しい.浜堤Iは,5,700~6,000calBPまでに後背地の閉塞を完了した.浜堤IIは3,300calBP頃に形成を開始し,2,700calBP頃に閉塞を完了した.浜堤IIIは少なくとも1,500~2,200calBP頃までには閉塞を完了した.浜堤IVは現成の浜堤である.浜堤Iの形成時期には,対象地域南方の雲出川下流低地で浜堤の発達が認められない.これは両低地間における埋没平坦面の有無,河川営力の相対的な大きさの違いを反映している可能性がある.また,浜堤IIおよびIIIの形成完了時期は雲出川下流低地と一致しており,1,500~3,000calBP頃にかけて伊勢平野中部の広域でほぼ一様に浜堤の発達が進んだことを示唆する.
著者
吉田 圭一郎 杉山 ちひろ
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.5, pp.491-503, 2017-09-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
42

本研究では,2010年に八丈島で発生したスダジイの集団枯損と立地条件や植生構造との関連性を明らかにすることを目的とした.地理情報システム(GIS)による解析から,枯損したスダジイは三原山の南西向き斜面の尾根上に偏って分布する傾向があった.南西向き斜面と北東向き斜面とで主要な構成種は共通しており,サイズの大きなスダジイの幹密度や胸高断面積合計はほぼ同等であった.したがって,スダジイの集団枯損の地域的な差異は,被害を受ける樹種の優占度や大径木の出現頻度といった植生構造の違いにより生じたものではないことが示唆される.ブナ科樹木の萎凋枯死現象は,カシノナガキクイムシが媒介する共生菌により通水阻害が引き起こされることで被害が生じる.これらのことから,八丈島では2010年の梅雨明け直後に卓越した乾燥環境が起因となり,より乾燥した立地条件となる南西向き斜面の尾根上を中心に,スダジイが一斉に枯損したものと推察された.
著者
桐村 喬 高木 正朗
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.5, pp.504-517, 2017-09-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
25

本研究の目的は,浄土真宗本願寺派の本山墓地である大谷本廟を対象として,大谷本廟に対する納骨および読経の申込者の分布から,本山に対する信者の宗教活動の空間構造の解明を試みるとともに,離郷門徒に注目して宗教的行動の特徴を明らかにすることである.分析の結果,合葬形式である祖壇への納骨の申込みは二大都市圏で多く,納骨堂である無量寿堂への納骨の申込みは非大都市圏で多い傾向が認められた.また,二大都市圏に居住する離郷門徒とそれ以外の門徒(在郷門徒)とで納骨先を集計すると,在郷門徒ほど祖壇納骨が多くなった.その背景として,無量寿堂に区画を持たない寺院の多さと,合葬形式である祖壇納骨の相対的な受容という要因が考えられた.さらに,読経申込みの頻度は本山のある京都府から近いほど高頻度になる傾向があり,宗教的行動の特徴よりも本山との近接性によって地域差が生じていると考えられた.
著者
両角 政彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.4, pp.324-347, 2017-07-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
29

2014年2月の降雪による園芸施設への雪害の発生形態と発生原因について,関東甲信地方の三つの地域(埼玉県北部地域,山梨県峡東地域,長野県諏訪地域)を事例に,園芸施設の構造特性と気象の変化および地域的要因に着目して明らかにした.園芸施設被害の誘因である降雪・積雪・積雪重量は各地に過去最大規模の被害をもたらしたが,これらに応じて被害が一律に発生したとはいえなかった.被害状況を量的側面(棟数被害率)と質的側面(金額被害率)からとらえると,埼玉北部は量的側面よりも質的側面の被害が小さく,山梨峡東は量的側面よりも質的側面の被害が大きく,長野諏訪は量的側面と質的側面の被害がともに相対的に小さかった.耐雪強度の高い施設ほど被害が少なく,耐雪強度の低い施設ほど被害が多いともいえなかった.被害の差異を発生させた素因として,地域ごとの農業生産形態と農業者による事前対策や発生対処などの対応行動が影響した可能性を指摘できる.
著者
南宮 智娜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.4, pp.348-362, 2017-07-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
24
被引用文献数
1

本研究は,韓国語と中国語の「東京」旅行ガイドブックの各3冊に掲載された観光名所を分類し,出現頻度と空間分布を検討した.また,既存研究で明らかになった英語圏のガイドブックの特徴とも比較した.観光名所の分類から見ると,韓国・中国のガイドブックは,商業施設を指向するのに対して,英語圏のガイドブックでは,酒場とレストランを指向する.東京都内の観光名所の空間的分布に注目すると,英語圏のガイドブックでは,JR山手線周辺とその内部に偏在するのに対し,韓国・中国のガイドブックではJR山手線周辺のみならず,近隣の県まで分布が広がる.韓国と中国のガイドブックを比較すると,観光名所の種類別において,韓国のガイドブックは,観賞型観覧施設・保養施設を指向し,宿泊施設も重視する傾向にある.一方,中国のガイドブックは,商業施設・飲食施設を重視する反面,全体的に宿泊施設の出現頻度が低いことが明らかになった.
著者
原 裕太 淺野 悟史 西前 出
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.4, pp.363-375, 2017-07-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
28

中国の条件不利地域農村では環境保全と住民生活の改善の両立を目標に,耕地の緑化,実施者への有期の食糧・現金支給,農業の構造調整が実施されている(退耕還林).黄土高原ではこれまで行政村を単位とした郷鎮スケールの空間的な現状や問題点の検証は行われていなかったため,退耕還林による成果が均一に波及していない場所の特徴把握や,要因の推定,効率的な対処等が困難であった.本稿では,陝西省呉起県の一地域を事例に,各種社会経済データを用いたクラスタ分析を行った.行政村の空間立地に着目することで,河岸地域の経済的優位性が見出され,その要因として,現地での土地利用調査からトウモロコシ栽培やビニルハウスの導入などが推察された.一方で丘陵奥地の行政村では退耕還林による農業の構造調整後も,低い平均収入や高い生活保護世帯率などが課題として存在していた.